薔薇色の甘い罠
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月12日〜12月15日
リプレイ公開日:2007年12月22日
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●オープニング
●冒険者ギルドINキエフ
その日、冒険者ギルドへ訪れたのは薔薇色の瞳の冒険者。とはいえ、冒険者ギルドに冒険者が訪れるのは珍しいことではなく、手の空いていた顔見知りのギルド員が気軽に声をかけてきた。もっさりとしたヒゲを三つ編みにした、ドワーフのギルド員である。
「依頼探しかの?」
「残念ながら、今日は依頼人よ。初めての体験よ、きゃー☆」
何だかいつにも増してテンションが高いのが、自称依頼人のローサ・アルヴィート(ea5766)、若干75歳のエルフである。
依頼を出すなら話を聞こうとカウンターの内側、低位置に座したギルド員は、正面の席をローサに勧めた。
「で、どんな依頼かの? 失せ物探しか? くまきち退治か?」
ちなみに、くまきちというのは彼女のペットの熊である。昔の可愛さはもう残っていないが、頼りになる相棒だ。周囲に混乱を撒き散らしてしまうため、街中を連れ歩くようなことはできないけれども。
普段なら即座にツッコミを入れるローサであるが、今日は何だか歯切れが悪い。
「実は、そろそろあたしの誕生日で、さ」
「なんじゃ、依頼を出してまで祝わせたいのか」
「違うわよっ! いや、祝ってもほしーけど!」
「じゃあ、何じゃの?」
──もじもじもじ。
「実は、さ」
重い口が開かれたのは、普段とのギャップに凍り付いていたギルド員が漸く平静を取り戻した後だった。
「収穫祭のとき、ちょっとした約束をしたのよね。でもアイツ、なかなか表に出てこなくて、約束なかなか果たせないのよ」
だから彼女は考えたのだ、約束が果たせるようにパーティー開こうと。
アイツが少しでも気軽に来れるように、沢山の人を呼ぼうと。
つまり、今回の依頼はアイツが訪れやすいように頭数を増やすためのサクラである。
「あたし一人じゃ心細‥‥じゃなくって、きっと来ないかなって」
その予想に少しだけ寂しげな色を滲ませたローサは、気丈に微笑んだ。
「独善的な依頼でごめんね、でも報酬はきちんと用意するから。お願いします」
「報酬が用意されるなら、構わんぞ」
ぺこりと頭を下げたローサにヒゲの内側で微笑んで、ギルド員は羊皮紙にペンを滑らせた。
「アイツとやらの目に触れないようにこっそり掲示してやるが‥‥アイツとは誰のことか、聞いても良いかの?」
改めて問われ、ローサの頬はみるみるうちに朱に染まる。隠すように両手で頬を覆い、消え入るような声で名を告げた。
「ダイちゃ‥‥ディック・ダイよ」
●リプレイ本文
●会場手配
スィリブローの看板娘キーラの視線は淡々と冷たい。その態度もまた、酒場のウェイトレスとしては珍しく素っ気無い。それでいて荒くれ者の冒険者をも黙らせる妙な迫力があるのだ。
「どうしても駄目っすか」
こくり。以心伝助(ea4744)の言葉に無言で頷くキーラ。誕生日を彩るブリヌィまでメニューにあるのだからバースデーパーティーくらい、と思うのだが。尚も食い下がろうとした伝助を、キーラの鋭い眼光が射抜いた。
(「くっ、キーラさん──できやすね」)
睨んだ者へアイスコフィンを発動するだの石化させるだのと噂されるキーラの眼差しは確かに伝助の肝を冷やした。考えてみれば確かに友人の多い酒場では今回の計画に無用なハプニングを招きかねぬ。うーんと腕を組んだ伝助の元へ友人サラサ・フローライトとフィニィ・フォルテン(ea9114)が朗報を携え顔を出した。
「喜べ、キーラが会場を提供してくれた」
「姐さん‥‥あっしは今まさにキーラさんに断られた所っすよ」
「キーラさん違いですよ。コーイヌールのキーラさんが了承してくださったんです」
少し前に『美味しい保存食を作る』という壮大な野望に立ち向かっていた戦友、レストラン・コーイヌールの主キーラが場所を提供してくれたのだ。
「聖夜祭も始まりましたし、当日は大衆料理を振舞うイベントを行って賑やかしてくれるそうですよ」
もちろん、潤沢でない予算も折込済みである。
●薔薇降誕祭
青天ながら小雪の舞う12月13日。コーイヌールの店内は冒険者酒場の賑わいを髣髴とさせる人の入りで、計画に荷担したアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)と伝助は視線を交わして小さくほくそ笑む。これならばターゲットは何の疑いも持たずに現れるだろう。
依頼人であり今日の主役でもあるローサ・アルヴィート(ea5766)は白き装束に身を包み、ゴブレットを高く掲げ上げる。身に纏うはAngelic Archerの二つ名に相応しくエンジェルドレス、天使の額冠、天使の羽飾り、紅のローズブローチ。金の髪を彩るヘアピン・パルファムは薔薇の瞳に相応しい香りを放っている。杯を満たす液体はアンナの用意したシェリーキャンリーゼだ。
「サービスだ」
言葉少なに店主キーラ・アンハートが提供してくれたのは温もりを感じる色味に、ベリーのソースとミントのソースで薔薇が描かれているデコレーション・チーズケーキ。しかし何より皆の心に焼きついたのは依頼人のはちきれんばかりの笑顔だろう。
「あたし25歳おめでとうー!!」
「76年目の誕生日か‥‥まだまだ生きるな、がんばれよ」
「そこ、聞こえない振りしないー!!」
淡々と吐きすてる王娘(ea8989)の額をビシッと突付き、主役は嬉しそうに微笑む。
「でも祝ってくれてるのよね、ありがと」
「別に長生きしろよかそういう意味は無いからな」
「‥‥ねえお願い。年寄り扱いはやめて。あたしはまだ25なの!!」
「そうですよ、娘さん。ローサさんはまだ2度目の25歳ですよ」
憐れに思うたキリル・ファミーリヤ(eb5612)のフォローはどこか的が外れていたが、鋭い視線を自身に向けさせた点ではフォローと言えるかもしれない。
「ふふ、ローサさん、とっても綺麗ですよ」
目を細めたフィニィの言葉はまるで結婚式の控室を覗いた友人のそれで──その印象どおり、誕生日を祝うよりも大きな意味を持っていた。そう、今日は依頼人ローサが彼女の想い人ディック・ダイ(ez0085)と共に過ごせるよう画策する、何よりも大きな誕生日プレゼント‥‥もとい、使命があるのである。
共に使命に挑むアンナは、ゴブレットにグレープジュースを注いでくれた伝助の複雑な表情に気付き、首を傾げた。トレードマークの猫耳ヘアバンドが、ぴょこんと揺れる。
「どうかしたのね?」
「なんか、むずむずするっす‥‥視線を感じるような‥‥」
それは皆が集まったころから感じていた違和感。同業者にも一目置かれる忍びの伝助に見つけられないのだから、相手もなかなかの腕前に違いない。その視線の主は、ほどなく、飄々とした風体で姿を現した。
「よう、遅れたな」
そして今宵のターゲット──ディックである。キリルと伝助の間にさり気なく位置取った行動で視線の理由を察し、伝助は内心苦笑した。
──女性が苦手な彼は、パーティーに招かれた他の面子に男性がいることを確認していたのだ、と
「じゃあ、全員揃ったところで改めて乾杯なのね♪」
アンナが一同の顔を見回した。皆の手にゴブレットが行き渡るのを確認し、キリルの顔を見る。祝福の言葉を紡ぐのに、彼が最も相応しいのだ。頷いてローサに向き直ると、にこりと微笑み、キリルは耳触りの良い声で寿ぎの言葉を紡ぐ。
「ローサさん、次の一年もあなたにとってよい年でありますように‥‥セーラ様の祝福あれ。お誕生日おめでとうございます、乾杯!」
「「「おめでとう!」」」
●祝福の品
テーブルクロスに色とりどりのリボン、どこか幻想的なキャンドルに愛らしいペインティングの施されたコースターなどパーティーに宛がわれたテーブルの周囲は他のテーブルと様相が異なる。それはパーティーが醸し出す雰囲気もあろうが、キリルの細やかな心遣いの結晶でもあった。誕生日らしく、それでいてロマンティックに。
供されるワインやエールが程よく頬を染め、心地良い酔いが回り始めた頃合が──プレゼントを贈るのに適したタイミングだろう。
「お誕生日おめでとうございやす」
先ずプレゼントを差し出したのは伝助である。取り出したのは白やぎ黒やぎのデザートナイフ。二匹のやぎが愛らしい装飾のように寄り添う二人になってほしいという願いを込めて。だがしかし、伝助自体は中立の立場──今回は友人ローサの喜ぶ顔が見たいだけで、恋敵ミィナのことも同様に応援している。
「それとは別になりやすが‥‥これ、使ってみやす? まじないみたいなものだと思うっすけども」
こそりと伝助が袂から覗かせたのは魅惑の香袋。ちらりと見たローサは頬に少しだけ紅を差して、首を振った。
「サラサちゃんに貰ったヘアピンがあるからね。あ、でも上手くいったら、いつかちょうだい?」
「‥‥そうっすね」
それならばと香木は懐に仕舞い、ゴブレットを掲げた。
「おめでとうございます」
キリルが差し出したのは彼の掌よりやや大ぶりの花束だった。緑の草と凛とした白い花を、柔らかな山吹の布が包み、橙のリボンで結ばれている。購入後一度マーチのご飯になり、実は2つ目だったりする。ちなみにマーチをはじめとした皆のペットたちは留守番中。食べ物を扱う店に連れて来ちゃいけません。
「こんな時期なので花があまり手に入らなくて‥‥もっと華やかにしたかったのですけれど」
せめて華やかにと願ったラッピングは、瞳の薔薇ではなく‥‥敢えて、太陽のような性格を模した。純白の衣装の中心に抱かれた花束は決して派手ではなかったけれど、今日のどこかはにかんだローサによく似ていた。
「ううん、これで充分っ。素敵なブーケよね、どうもありがとう♪」
「あたしからは‥‥ごめん、フィニィさんのプレゼントと被っちゃったのね」
苦笑しながら差し出されたのはエンジェルドレス。前日にフィニィがローサに贈ったものと同じドレス、である。ローサの希望をリサーチして準備した服だったが、二着は要らぬだろうとバックパックに押し込めかけた、そのとき。
「ううん、ありがたく頂戴するよっ」
ローサがぎゅっと、アンナを抱きしめた。その顔には大輪の花が咲く。
「あたしってば、ほら、大騒ぎするじゃない? きっと今日も汚すと思うのよね。真っ白いドレスなんて一着じゃ全然足りないしっ」
「そう‥‥なの? それじゃ、あたしからもお祝いなのね。‥‥でも、ドレスを着たときは少しおしとやかにした方が華やぐと思うのよ」
嬉しさと気恥ずかしさを忠告で押し隠し、白いドレスは手から手へ。
汚さぬうちにとドレスを仕舞い込んだローサは、ひょいと目の前のローストチキンを口にした。キーラの料理のようにキエフ料理としての味ではないが、他の料理とは風味の異なるローストチキンは舌に楽しい。料理を先日始めたからこそローサにも、それがどれほど手間隙かかる料理かということが知れた。
「にゃんにゃんは何にもくれないのー?」
「‥‥ローサが今口にしているものがそれだ」
「えっ? ‥‥美味しいよにゃんにゃん。ありがと」
多くは語らない、そんなことをする柄ではないから。
多くは語らない、そんなことを喜ぶ彼女ではないから。
しかし、溢れる想いは止まらない。
「ありがとう、皆愛してるよー!」
「ええい、煩いっ!」
娘が何と喚こうとも、それは幸せを彩るスパイスにしかならなかった。
●偽りの対決
わざと距離を置き、その様を眺めていたディックに歩み寄ったのは伝助だった。
「ディックさん、せっかく来たのに一人で飲んでても勿体無いっすよ。あっしと飲み比べでもしやせん?」
「俺ぁ静かに飲むのが好きなんだが‥‥勝負するからにゃ負けねぇぜ?」
ほんのりと回る酒が挑戦を受けさせ、二人の眼前にはみるみるうちに空き瓶が山のように転がっていく。
「ほらほら、食べないと悪酔いするよっ」
替えのドレスができたことで勇気が湧いたのだろう、厨房に入り込んだローサが抱えた謎の物体をテーブルへ置いた。
「‥‥何だこりゃ」
「見て解るでしょー!? ペリメニよペリメニっ」
「‥‥まあ、味は悪くねぇがな‥‥」
フォークでつついた物体を口に放り込み、ディックは口の端を上げた。
そのディックの対面で、伝助が潰れた。もとより酒が入っていた上に決して強くはないのだから当然だが──これもまた作戦。
「じゃ、代打あたし♪ ほら、約束もあるし丁度いいじゃない?」
くす、とキリルは小さく微笑んだ。気恥ずかしい時に要らぬ理由を口走るのはローサの癖のようだった。
微笑んだキリルは羊皮紙のキャンパスに木炭を滑らせ始める。んー、と首を傾げるとすみませんが、と二人へ声を掛けた。
「もう少し寄っていただけませんか」
「断る」
「そんな即答しないでください。今日の記念に絵を描いてみようかと思ったんですよ‥‥」
だがディックは国々を股にかける怪盗の一味。今は共闘しているとはいえ、手配書になりかねぬ絵が残ることは好ましくないのだろう。誕生日の記念ならローサだけを描けばいいと主張するディックへ、キリルは返す言葉を失う。助け舟を出したのは厨房から『ローサ秘蔵の』としたブリーチーズを運んできたアンナである。
「ディックさんの隣にいるときが一番綺麗な顔をしてるのね。キリルさんのモデルになるのがローサさんでも、プレゼントのつもりで隣にいてあげたらどうかしら」
何か用意してあるのなら無理にとは言わないけれど、と微笑んだアンナに一瞬反論しかけた言葉を飲み込み、不承不承ディックは頷いた。シェリーキャンリーゼをディックのゴブレットへ注ぎながら『気を使わせてごめんね、ダイちゃん』とローサは悪びれず肩を竦めた。
視線で礼を述べるキリルに頷いて、秘蔵のブリーチーズをテーブルに供するアンナ。本当は天津風美沙樹がプレゼントにと届けたものだが、それを使ってローサの願いに近付くことが美沙樹の望みであったため、真実は罠を仕掛けた仲間たちしか知らない。けれど、きっとそれでいいのだ。
アンナのアシストで距離の縮まった二人に届くよう、フィニィが妖精の竪琴を爪弾き始めた。
──穏やかな、心に染み入る音色がコーイヌールを包み込んでいく‥‥
●十三夜の月
「ローサさん、もう止めた方がいいのね」
ストップをかけたのはアンナだった。ローサも伝助同様、酒に強いわけではない。ディックに負けるのは自明の理だった。
「う〜ん‥‥」
うつらうつらと船を漕ぐローサに呆れ、金の髪をさらりと撫でながら娘はぽつりと呟いた。
「ローサを送って行ってやってくれ‥‥疲れていそうだしな」
身長差があるため彼女にローサは運べまい。男手である伝助はテーブルに突っ伏したままで、キリルへはフィニィとアンナが一足先によろしくと頭を下げている。その辺りの連携にぬかりはない。
舌打ちをし肩を貸すディックに、娘は礼だとロイヤルヌーヴォーを差し出した。
「おい、歩けっ。服が汚れンぞ‥‥ちっ」
足はもつれ、思うように歩かぬローサに舌打ちしたディックは彼女を背負おうとしたが──ドレスを着た女性を背負うのは失礼ですよとキリルに窘められ、両腕で抱き上げるとキリルを鋭く睨みつけて店を去っていった。
その後姿を眺めながら、娘は理解ができないと首を振る。
「何だかんだで逃げぬのだな、ツンデレという奴だろうか‥‥私には理解できん」
「あら、そうなの? 娘さんはディックさん以上にツンデレだと思うのよね」
ぽつりと漏らしたアンナに娘は歯軋りと共に凍てつく視線を投げた。
「あとは報告を聞くだけですね。ふふ、巧く行ってくれればいいのですけれど」
ローサに聞かせたかった、懐かしい曲。
いつか彼女の晴れの日に歌えることを願い、まだ訪れる未来のために‥‥月光の歌姫は艶やかに歌う。
♪ 引き合わせしは 御神の奇跡
流れし先に 幸よあれ──‥‥
●酔夢の名残
──カタン。
小さな音と共に窓が開けられた。窓を開けた人物は、部屋の主を起こさぬように部屋を出る。
「ダイちゃん‥‥。いい加減、全部盗‥‥むにゃむにゃ」
やがて日が動き‥‥寝言を漏らすローサの顔に、窓からの陽光が降り注いだ。身を捩り、ローサは薄っすらと目を開けた。
「あたしいつの間に寝‥‥って、あれ‥‥?」
テーブルには飲みかけのロイヤルヌーヴォーと安物の葉巻。薄っすらと、そのワインを飲み交わした記憶が浮上する。ベッドに寝かされたと同時に目が覚め、酔いに任せて酒を飲んだのは、夢ではなさそうだ。夢でないのなら誕生日にと貰ったプレゼントが‥‥
「‥‥夢じゃ、ない?」
確かに残っていた。右手の指を彩る薔薇の指輪。
──あたしは大抵の事じゃあ諦めませんよ。
銀のトレイと共に告げられた恋敵ミィナ・コヅツミの言葉に負けぬ勇気が胸に沸き立った。
「脈、あるのかな‥‥♪」
指輪をひと撫でし、家を飛び出した。いつもの酒場で結果の報告を待つ、協力者達のもとへと──‥‥