●リプレイ本文
依頼人から資料の入った平らな木箱を受け取ったケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)は、重さに負けてふらりとバランスを崩した。
「大丈夫ですか」
ケヴァリムごと、テッド・クラウス(ea8988)は木箱を支える。
「あは、ちょーっと無理っぽい? でも大丈夫、仕事はちゃんとするからさっ! で、中見てもいいかな?」
「勘弁してくれ、報酬がもらえねぇと困るんだ」
食費すら依頼人持ちだという豪勢な依頼ゆえに、失敗した時の出費は嵩むはず。
『中身は読めもしないだろうが、モノが情報だけに開封は厳禁だからな』
くれぐれもと言い渡された些細な条件を満たすことがどんなに面倒なことか‥‥アール・ドイル(ea9471)は額を押さえて天を仰いだ。
「私も気になりますけど、我慢しましょうねぇ。お手紙を運ぶのは、私たちシフールのお仕事ですし〜」
「ガードナーさんにも見るなって言われてるし、お互いプロの冒険者として耐えましょう?」
ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)とフィーナ・アクトラス(ea9909)はにこにことケヴァリムに進言した。
「今回も、なんだか面白い旅行記が残せそうです」
咄嗟にケヴァリムの手から木箱を奪っていたテッドの責任感溢れる行動に、ラヴェリウス・クリストファス(eb1365)は嬉しそうに呟き、それが耳に入ったか、テッドは苦笑しながら木箱を馬車へ載せた。
そんな木箱へ注目していないのは、ヘルガ・アデナウアー(eb0631)だ。その真っ直ぐな視線の先にいるのは、レイ・ミュラー。そっと歩み寄り、お久しぶりねと声をかけた。
「レイさんが色々アドバイスしてくれたおかげで、順調に冒険者をやってるわ。お礼をしたいのだけど、今度は受け取ってくれるかしら?」
ひとときとはいえ、恋心を抱かれていた騎士は、僅かに困惑の色を滲ませた。悪戯っぽく微笑み、ヘルガは言葉を繋げる。
「ただの保存食も一手間を加えると違うものよ」
そういうことならと微笑み返したレイは、優しくヘルガの手を取った。
「そろそろ出発しましょうか」
カルナ・デーラ(eb0821)はテッドとレイの馬を引いて来た。テッドは御者をすると申し出たため、テッドの馬にはラヴェリウスが乗り、レイと共に左右を固めることになっている。そして全員が乗ったことを確認しようとし、1人足りないことに気付いた。
「あれ、ケヴァリムさん?」
「こっちだよん♪ 上から見張るから、このままでいいよ〜」
馬車の簡素な幌の上から顔を覗かせるケヴァリム。軽く手を上げ了承の意を示すと、カルナも馬車へと乗り込んだ。いよいよ、シュティール領へ向けて出発だ。
「平和ですね〜」
「ちょっと、周囲を見てきますね」
「は〜い、いってらっしゃい、よろしくねぇ」
ミミクリーで鳩に変化したラヴェリウスが青空へ飛び立ち、頭上で風に乗り、気持ち良さそうに旋回する。
馬車の縁に腰掛けて穏やかな日を浴びながら、鳩ラヴェリウスを見送ったミルフィーナは幸せそうに背中を伸ばした。
座ってばかりだと疲労が溜まり身体も固まってしまうため、食事以外にも度々休憩をとる冒険者たち。
身体がなまると主張したアールに、ケヴァリムとミルフィーナがやけに必死に同意していたのは‥‥彼らなりの目的があるからだ。
しかし、日の光を浴びて‥‥シフールサイズの竪琴を慣れた手つきで爪弾き始めた。
「動物さんの鳴き声は〜ワンニャンヒヒーン〜ホーホーホ〜♪」
歌の方も動物の声色も、奏でられる曲には及ばないものの、明るく風に乗る曲は聴く物の張り詰めていた神経を宥めるものだった。
「ホーホーホ〜♪」
一緒に動物の声色を真似しながら、ケヴァリムは幌から降りて踊り始める。
穏やかな空気に、テッドとカルナは微笑み合った。
その頃、馬車から少し離れた森の中では、レイを連れ出したヘルガが束の間の逢瀬を楽しんでいた。
「賊は出なくていいから、かわいい動物さんに会えないかしらね?」
「そうですね。もっとも、ヘルガさんより可愛らしい動物はそうそう現れないでしょうけれど」
至極当然のように言われ、頬を桜色に染めるヘルガ。
(「ああ、やっぱり素敵‥‥レイさん‥‥」)
「あの‥‥っ!」
再び抱いた想いを伝えようとした時、人間大のとても大きな鳩が舞い降りた。そして変化を解いたラヴェリウスは‥‥一糸纏わぬ、生まれたままの姿。
「キャーッ!!」
「す、すみません!!」
「これを使ってください」
差し出されたレイのマントをしっかり身につけるラヴェリウスも、勢いでレイの胸に飛び込んでしまったヘルガも、顔から火を噴きそうなほど赤面していた。そして、抱きつかれたレイも同様である。
「そ、そういえば‥‥馬車を追って、お子様が来ているようですよ?」
「レイさん、私の知らない所で‥‥こ、子供が!? フケツよーっ!!」
「はい? ──ち、違いますよっ!!」
レイ=天然タラシの噂=隠し子、とどこか明るく屈折した思考で導いた回答らしい。
一瞬硬直した騎士は、ヘルガに突き飛ばされて我に返ると、必死に首を振り否定する。
その否定を受け、明るく屈折した思考はさらに異なる回答を導いた。ぽむ、と手を叩きにこやかに宣言した。
「じゃああれですね。駆け落ちだ」
「違いますっ! と、とりあえず小さな子がいるなら保護しないと‥‥」
「さすが父親ともなると、責任感が‥‥」
「違います!!」
「おい」
明るい楽曲が流れる中、最初に気付いたのはアールだった。隣に立つフィーナを肘で突く。
促されて見た茂みの陰からは、動物たちの声色に釣られたのだろうか、金茶の髪の少女が覗き込んでいる。年は8歳にも満たないだろう。
アールとテッド、カルナの3人がいつでも飛び出せる状態であることを確認し、フィーナが声をかける。
「あら、こんな所で何をしてるの? 女の子が一人で行動するには危険よ?」
「‥‥ふわふわの、もこもこの声がしたの‥‥」
「はじめまして、こんにちは。お嬢さん、お名前は?」
声はすれども姿が見えない動物たちに、少女は首を傾げている。少女の前に屈み、カルナは優しく問いかけた。
「クリスティア・ガードナーっていうの。こんにちは」
「ガードナー?」
テッドは眉根を寄せた。ガードナーといえば、今回の依頼人の名がヴォルフ・ガードナーである。
少女の髪を留めている色鮮やかなフクロウの髪留めは、素人目に見ても本物の宝石。そしてそれは、彼女が裕福な家の娘であることを証明している。
「面倒だ、帰しちまったらどうだ?」
「駄目ですよ、アールさん。ヴォルフ・ガードナーさんのお嬢さんなら、帰る途中で何かあった時、僕らの不手際と言われかねません」
「ヴォルフ・ガードナーはお父様よ?」
彼の豪快かつ大雑把な性格なら、一纏めにしてしまうだろう。
そして、彼の金払いの良さなら──‥‥
「彼女の食料がないですが‥‥まあ、それは全員で負担しましょう」
「ガキの相手は苦手だが、そういう事なら仕方ねぇな」
ジャパンには海老で鯛を釣るという言葉があるが、今アールの脳裏にあるのはそんな情景だった。
ニヤリと笑い、パリに戻るまでクリスティアを保護することにしたのだった。
「でも、私たちはお仕事の途中ですからぁ、良い子にしていてくださいね〜」
ほにゃっと微笑んだミルフィーナを、ぎゅむっと抱きしめるクリスティア。
「シフールさん、か・わ・い・い〜!!」
目を輝かせた少女に、ぬいぐるみのように抱えられたミルフィーナ、少女の腕が首を絞めている。
「く、苦しいです〜‥‥」
「うわっ、ミルフィーナちゃんが死んじゃうっ!?」
慌てて駆け寄ったケヴァリム、ミルフィーナを救出!
「‥‥ごめんね?」
「けほ、けほ‥‥大丈夫です〜。ぎゅむってされると苦しいですけど、仲良くしましょうね〜」
「一緒にふわふわのモコモコちゃん、探そうな!」
「うん! ふわふわのもこもこ〜!」
ふわモコ同盟、結成!
「テッドさん、自分‥‥ちょっと自信がなくなりました」
「僕もです、カルナさん‥‥」
ヘルガ、ラヴェリウス、レイが戻ると、1人増えたメンバーで改めてシュティール領へと出発しようと、地図を開いた。
「その分岐を左です、テッドさん」
「でも、あの標識は右がシュティールって書いてありますけれど‥‥」
木で作られた簡素な矢印は、右へ向かう方へシュティールと記されている。
預かってきた地図を見ていたカルナは、おかしいですね、と首を傾げた。
「すみません、誰か道案内代わって下さい」
諦めたテッドが馬車内を振り返った。シュティール領への道のりは、思った以上に遠いようだ。
往路はクリスティアが合流した以外は、数度迷いそうになったが無事にシュティール領へと辿り着き、レイを含む騎士と神聖騎士の4人が領主へ荷物を届け──領主ヴィルヘルム・シュティールと奥方フィリーネ・シュティールへ面会を果たした。
木箱の封と、中に納められていた羊皮紙を確認し、目新しい情報でも書かれていたのだろうか、楽しげに瞳を輝かせて羊皮紙を箱へ戻した。
「遠いところを、すまなかったな。今晩はゆっくり休み、明日この金をガーランドへ届けてくれ」
そう言いかけたところで、そっと現れた執事がフィリーネへと小声で何かを伝えた。病弱な夫の顔色が良いことを確認したうえで、奥方は領主へと何かを耳打ちする。
「失礼、急ぎの客らしい。本当は、たとえ一晩でも休んでもらいたい所なのだが‥‥」
30Gの入った皮袋を4つ用意し、4人へと託す。
「よろしくお願いしますね、レイさん」
「はい、お預かりします‥‥フィリーネ様」
レイの瞳が一瞬熱っぽく奥方を捉えたことにラヴェリウスもテッドも気付いたが、何も言わなかった。
そして4人は、街のはずれで飼われている羊に夢中になっているふわモコ同盟の3人を説得し、馬首をパリへ向けた。
「美味しいね〜」
1人1食ずつ自分に保存食を提供していることなどまったく知らず、クリスティアはヘルガがひと手間かけた保存食を、幸せそうに頬張っている。
「そうね」
短く返事をしたのはフィーナだ。幸せそうに、戻した干し肉の入ったスープを啜る。
──ガサッ
その僅かな音に気付いたのは、当然ながらフィーナとヘルガ。音のした方をそっと見ると、ケヴァリムの後ろの茂みから兎が顔を出していた。
ヒクヒクと鼻を動かして、ケヴァリムがふわモコ用にと地面に投げていた保存食、シフールでは食べきれない余剰分に引かれてきたようだ。
兎に気付いたケヴァリム、すかさず抱き上げた!
「ふわモコ、ゲットー!」
すりすりと、その柔らかな毛に頬ずりするケヴァリムに、ミルフィーナとクリスティアが駆け寄った!!
「うしゃぎさんっ! 可愛いのー!! 本物ーっ!!」
「ふわふわのモコモコさんです〜!」
二人は手を伸ばし、ケヴァリムに抱えられながら──いや、抱きつかれながらというべきかもしれない──も、もしゃもしゃと野菜を頬張る兎にそっと手を伸ばした。
冬を乗り切るための、ふわふわとした柔らかな毛が、指先に触れて、ふうわりと形を変える。
温もりを持つ、もこもことしたその塊は、柔らかく指先を包むようで──
「「きゃーーー!!!」」
予想と違わぬ手触りに、二人の少女は堪えきれず叫んだ。
その叫びに、いつも以上の満面の笑みを湛えるフィーナ。
「可愛いわねぇ。でもあなたたち、ちょーっとうるさいわよ♪」
聖母のような穏やかな微笑みを浮かべつつ、片手には愛剣──もとい、愛ハンドアックスの姿が。
「うわぁぁんっ! おばちゃんが怒ったぁぁ!!」
「おば‥‥!? クリスティアさん‥‥一度、世間を知るべきよね」
殺気に当てられ泣き出した少女へ、容赦なく狙いを定めるハンドアックス!!
「だ、だめですぅ〜!」
「フィーナさん、落ち、落ち着いてっ!」
食事を邪魔されて微笑みを深くしたフィーナから泣きじゃくるクリスティアを守ろうと、必死に庇うシフール二人。この二人も目に涙が滲んでいる。
ちなみに、フィーナの全力の一撃、シフールの彼らに当たれば軽傷ではすまない。
「まあ、フィーナさん、落ち着いてくださいっ。相手は子供ですよ!」
「そうですよ。神に仕える貴女が、清らかな手で罪のない子に怪我をさせてはいけません」
後ろから必死に羽交い絞めにするテッド、ピントのずれたことを言いながらハンドアックスを押さえるレイ。ふわモコ同盟を守ろうと身を張るラヴェリウス。しかし、フィーナは止まらず──
「フィーナさん、冷めちゃうわよ?」
「それもそうね、美味しくいただかなくちゃ!」
ヘルガの何気ない一言で事態は沈静化したのだった。
「こ、怖かった‥‥」
ケヴァリムの漏らした一言に、一体、何人が内心で同意したのだろうか
そして、何事もなく夜は更けて‥‥
「アールおじちゃん‥‥」
「起きたのか」
焚き火の傍にアールの姿を認め、夜中に起き出したクリスティアはいそいそと歩み寄った。
子供の相手は嫌いだと豪語するアールが共に見張りをしていたカルナに救いを求めるより早く、少女が言った一言。
「‥‥おしっこ‥‥」
「はぁ!?」
「我慢できないー!」
「おい、ちょっと待て!!」
いつもはどこか不敵に余裕すら見せているアールだったが‥‥さすがに動揺を隠せない。
「ヘルガさんを起こしてきますね」
そんな彼の姿にくすくす笑いながら、カルナはヘルガを起こす。フィーナを起こさなかったのは、クリスティアが怖がらないとも限らなかったからだ。
「ヘルガさん、すみません‥‥起きてもらえますか?」
「うぅん‥‥カルナさん? こんな夜中に‥‥だめよ、私にはレイさんが!」
「あの‥‥ちょっと、こちらに来ていただけますか‥‥」
「‥‥でもカルナさんだったら‥‥いいかな?」
寝惚けていることも重なり、大いなる勘違いをしたヘルガが現実を突きつけられ愕然としたのは言うまでもない。
もっとも、彼のそんな優しさに視線が熱っぽくなる辺り、彼女もただでは起きないというか。
様々な騒ぎを経て戻った、120Gの届け先でもあったパリ・ガードナー商会は、クリスティアの蒸発で大騒ぎだった。
「クリスティア!!」
「勝手に出かけてごめんなさぁい‥‥でも、ふわふわのもこもこさんに会ったの! ガルゥお兄ちゃんのおかげよ!」
よほど心配したのだろう、少し頬がこけている。そして、
「悪かったな、余計な面倒まで背負い込ませて。少ないが、受け取ってくれ」
アールの読みどおり、ヴォルフ・ガードナーから別料金が支払われたのだった。
「実入りは良かったが‥‥疲れたぜ。やっぱ、ガキの相手は苦手だ」
肩を回して、アールはボヤいた。
コキッと鳴った肩に、お疲れ様ですとテッドが労いの言葉をかけた。