紅蓮の尖兵
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■ショートシナリオ担当：やなぎきいち 対応レベル：11〜ｌｖ 難易度：難しい 成功報酬：14 G 48 C 参加人数：6人 サポート参加人数：2人 冒険期間：12月31日〜01月15日 リプレイ公開日：2008年03月10日 |
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●オープニング
●発案それをカイザード・フォーリア（ea3693）が考えたのは年の瀬も押し迫った頃、である。
キエフの北に位置するセベナージ領ではアバドンとの最終決戦を行っている所で──いや、もう終わったのかもしれない。
しかし、彼の地に潜む悪夢は‥‥アバドンという巨大なデビルだけではない。随所に強大なモンスターが潜んでいるのだ。それらの被害も減少の傾向を見せず、聖夜を迎え新年を迎えようというこの日にも命の灯は着実に消えていることだろう。
「モンスターの勢力を殺ぐには、越冬をしている今こそが好機です。‥‥幸い、ここには手の空いている冒険者がいる」
趣旨に賛同した５人の冒険者が発起人の言葉に頷いた。
依頼料が生活の糧となる冒険者だからこそギルドに依頼が掲示されるのを待つ必要がある。
しかし、それだけでは一向に被害は軽減されぬのだ。
人々のことを、その笑顔を思えば──剣を振るうことは、必ずしも無償ではない、のである。
冒険者が領内で活動すること自体は領主にとっても何ら問題はないことである。
しかし、寝た子を起こすような事態になる可能性を秘めているためカイザードはセベナージの領主への事前連絡を行うことを考えた。協力体制が築ければ、モンスターの情報を逐次届けてもらうことも期待できる。さすれば、自分達の計画もより有意義なものになろう。
「ですが‥‥アバドン討伐で揺れ動く只中とあっては‥‥なかなかお目通りもかなわないのではないでしょうか‥‥」
少女がぽつりと呟いた。後継者が自ら先陣を切っている最中であればこそ、対応されぬ可能性も‥‥確かにあった。
「確か、アルさんがキエフに滞在されているはずっすよ。アルさんに話を通して、道中ご領主様にお会いする方が堅実かと思いやす」
「確かに、その方が協力いただける可能性も高そうですね。滞在場所は、知っておられるのでしょうか？」
頷いた情報屋は、セベナージ領主次男アルトゥール・ラティシェフ（ez1098）の元へとカイザードを案内した。
●計画
蝋燭が揺れる。明るく照らし出された室内では、栗色の髪の青年が冒険者の話に耳を傾けている。
「ふぅん、面白そうだね」
渋々計画を聞かされていたアルトゥールは、全てを聞き終わる頃には片頬をあげた皮肉気な笑みを湛えていた。
「依頼を出すほど被害がでているわけではないけれど数箇所気に掛かっている場所があるんだ、ルートを決めるならそこを含めるといい」
領内の簡素な地図を広げてアルが示したのは、チェルニゴフに近い、キエフ湖から北東に位置する森。
「この周辺でオークの目撃情報が増えつつあるんだけど、人を襲っていない。目撃情報と数の関連は不明だけれど、何か起きる気配はある」
そこから指を滑らせていき、キエフ湖の北西に位置する街を示す。
「ここに領主の館がある」
そのまま指を滑らせ、領内南西に指が止まる。
「冬が来る前、大型の熊の目撃情報が相次いだ地点だよ。春になって被害が起きる可能性はある」
今はこれくらいしか情報がないね、とアルは肩を竦めた。
「あとは‥‥その情報屋によれば領内の北方が不自然に雪が深くなっているらしいくらいかな。ああ、フロストウルフに遭遇した場合は手を出さないでくれ。蛮族と行動を共にしている可能性がある」
豪奢な椅子に深く背を埋め、アルトゥールは情報屋からカイザードへ視線を移した。
「僕から父上へ連絡はしておくから、ルートに屋敷への訪問を組み込むといい。アバドン退治の結果如何では立ち寄り辛いことになっているかもしれないけれどね」
どこか楽しげに呟くと、冒険者らを追い立てるように手を振った。
気分屋なアルトゥールではあるが、領民のためと思えば情報の提供を惜しむこともないだろう。
酒場で待つ仲間達はとりあえず第一の関門が突破できたという朗報に安堵の息を漏らした。
あとは、自分達の計画次第──知恵を絞り額を寄せ合い、移動すべきルートを選定するべく熟考を始めるのであった。
新年の足音は、もう、そこまで来ている──‥‥
●今回の参加者
ea3693 カイザード・フォーリア（37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国）ea4744 以心 伝助（34歳・♂・忍者・人間・ジャパン）
ea6738 ヴィクトル・アルビレオ（38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国）
ea6855 エスト・エストリア（21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国）
ea9342 ユキ・ヤツシロ（16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国）
ea9968 長里 雲水（39歳・♂・浪人・人間・ジャパン）
●サポート参加者
神楽 香（ea8104）／ 近衛 厳嶺斎征國（ea8168）●リプレイ本文
ゴーン‥‥ゴーン‥‥
弔いの鐘の音。訪れた街は雪の白と喪の黒に染め上げられていた。
「‥‥これは」
思わず息を呑み、ユキ・ヤツシロ（ea9342）は怯えたように足を止めた。
渦巻く悲しみの源は、領主の館。門扉の前に手向けられた白い花の数々が、その屋敷の不幸を物語っていた。
「リュドミールさんが、アバドンと相打ちに」
黙祷を捧げ、以心伝助（ea4744）が短く伝える。隠すことはできなかった──彼の死に関わった者として。
「こんな格好で失礼するよ‥‥驚いただろう？」
領主は弔問客の対応で手が離せず、現れたのは先ごろキエフで会ったばかりのアルトゥール・ラティシェフ。黒を纏うその顔には、彼らしからぬ疲労が色濃く滲む。
「この度は‥‥」
「堅苦しい挨拶は充分だ」
頭を下げようとしたエスト・エストリア（ea6855）を手で制し、カイザード・フォーリア（ea3693）へ目を転じた。
「例の件だろう？ 了解は取り付けてあるけどね、こんな事情で父上殿は手が空かない」
「状況が状況ですから‥‥我々は許可とお力添えがいただけるのであれば十分です」
カイザードは冷静だった。領主が了承しているのならば支障はない。むしろ、かなりの騎士らを領主の館に留まらねばならぬ状況は、猫の手も借りたいであろう領主側の距離を狭める事になる。
「できれば、連絡だけは密に取れるようにしていただきたいのですが」
「こちらから定期的にシフール便を送ることは可能だけれど‥‥それが精一杯だよ、貴族でもね」
一抹の希望は敢え無く潰えた。
そう、シフール飛脚は危険地帯への随行はしない。それは彼らの安全のためでもあり、自由を好む性質ゆえでもある。地位ある者が相手でも、その対応は基本的に変わらない。身を護ると保証しようとも頷くものではない──
「手紙を持ってきた飛脚へ返信を持たせるのは構わないだろうか」
訊ねたヴィクトル・アルビレオ（ea6738）は諾の返事を得たが、長里雲水（ea9968）はアルに見えぬよう小さく肩を竦めた。飛脚と言えどただのシフール。その速度は人間の２倍程度──
（ま、無いよりマシかね）
宿を用意したという領主側の好意をありがたく受け──‥‥地獄の行軍は幕を開けることとなった。
●沈黙のオーク
さて、先ず向かうはオークが目撃された村。道中耳にした情報を鵜呑みにするのならば敵の数は凡そ２０。しかし敵の戦力を正確に把握せんと、伝助が単身斥候に赴いた。
「助」
茶色の柔らかな毛を総毛立てた相棒の小さく呼んだ伝助は、訓練を積んだ忍犬が怯える相手がいると気を引き締めた。
オーク、その数は１３──麓の村の話では、目撃され始めた当初は今より数も多く、オークロードと思しき存在も確認できたようだ。しかし、昨今、オークの中に見受けられるのは禍々しき赤と黒。
気配を殺し覗いたオークの巣には──
「‥‥！」
口元を押さえ、伝助は仲間の元へと舞い戻った。
「オークの群れを率いているのはオーガとオーグラっす。しかも、あっしが見たのは‥‥」
黒きオーグラがオークの臓腑を食い千切っている場面。
恐らく、オークロードは既に喰われ群れは乗っ取られたのだ。
「ユキ、どうする？」
カイザードの声に皆がユキを振り返る。集団を率いるのがオーグラならば放置するわけにはいかぬ。しかしユキは大量の血を見れば狂気に包まれる。『食事中』にでも遭遇しようものなら戦闘どころではない。
そして、少女は選んだ。
「‥‥大丈夫、です」
この話に一枚噛んだ時から覚悟は決めていた。冬場の魔物はいつにも増して容赦が無く、血を見ずに済まぬことは自明の理だった。
「伝助、柴丸はどうした」
「見張ってやす。大きな動きがあれば報せに──‥‥柴丸！！」
ヴィクトルの問いかけに答えんと口を開いた伝助の前に、肩口に血を滲ませた柴丸が姿を現した！
●曼珠沙華
「ん〜、拙い事態ですねぇ」
エストが愛犬の背を叩く。彼女等後衛の、貴重な護衛である。
「試練に挑みし者にご加護を──」
ヴィクトルのホーリーフィールドが展開し、二人半の聖職者たちを護るように包み込む。彼等にとって、文字通りの生命線だ。
「長里殿！」
オーラパワーを付与したカイザードの聖剣が悪鬼を迎え打たんと銀の弧を描く！
「踊りましょう、大地の精霊力よ〜♪」
おっとりした言葉とは裏腹に紡がれた魔法がオークの空に叩き落した！ オーラを纏った霞刀は雪を断ち、その勢いで落下するオークを鋭く薙いだ。分断された腕から、湯気を伴い鮮血が迸る！
「ユキ！」
咄嗟に翻した聖骸布でヴィクトルは柴丸を癒すユキの頭を覆う。敵は強大、貴重な戦力を狂気の餌食にはできない──
出会い頭の一撃にオークたちは明らかに怯んだ。しかし背後のオーグラの圧力が逃亡を許さぬ──彼等に残された道は捨て身の突撃！
力任せの単調な攻撃を交わす雲水には余裕すら覗く。霞刀の舞は紅の曼珠沙華を雪に群生させ、むせ返る程の死臭で周囲を包み込む‥‥。雲水と両翼をなすカイザードの戦闘もまた圧巻だった。面頬はまるで鬼そのもの──聖剣を携えた地獄の使者は、青と金の双眸を鋭く走らせ冷静に正確に容赦なく命を殺ぎ落としてゆく。
「雲水！！」
叫んだヴィクトルのブラックホーリーがオーグラを襲い、雲水へ振り翳した巨斧が僅かに逸れた！
「まぁだ、お嬢さん方を泣かすわけにゃいかねぇよな」
その一撃を自力で避けることは叶わぬであろう事実に、霞刀を握りなおした雲水は我知らず小さく笑った。
「セーラ様〜、悪しき者へその御手を〜♪」
歌うようなエストの詠唱。まだ信仰の浅いエストへとセーラの与え給う数少ない奇跡、コアギュレイト。数度目のそれが、二匹目のオーグラを捉えた！
好機を逃さんと背後から跳躍した伝助が巨躯の肩に足をつく。
「失礼」
その双剣が、両の眼窩に突き立った。主の意図を察した２匹の犬は両足の腱をクナイで断つ。そしてカイザードの聖剣は──
「民の前に恐怖は撒かせん」
骨の合間を縫うように、心の臓腑を貫いた。
もう１匹のオーグラと対峙する雲水は軽く口笛を吹いた。負けてはいられない。いつしか散り散りに消えたオークたち。オーガは既に倒れたが、雲水も左腕に痛手を負っている。
「負けねぇぜ、オーグラさんよ」
鋭い一撃が固い腹部を貫いた！ 怒り狂うオーグラの斧が戦場を凪ぎ‥‥血で滑り、空を飛んだ。
「やべぇっ！！」
向かう先は、結界。
「ギャン！！」
愛犬に庇われたエストの詠唱がオーグラを縫い──ゆうゆうと歩いたヴィクトルが、その巨躯に触れた。
「タロン神よ、祝福と試練を──」
右手に癒しを、左手に死を持ち、祈られるままにタロンは試練を与え、そしてオーグラは折れた。
「ちぇっ、いい所だけ取ってくのはナシだぜ」
「それも試練ということだ」
ヴィクトルの言葉に雲水はつまらなそうに頭を掻いたが、ユキとエストの手厚い看護で、ちょっぴり気分が浮上した。
●不運という名の星の下に
十分な休息と共に数度目の情報収集を行った冒険者らは、吹雪に乗じて現れる神出鬼没な盗賊団の噂を耳にした。
「吹雪‥‥フロストウルフということはありませんか〜？」
「盗賊団でなく蛮族ということか‥‥」
「しかし、吹雪と北方を繋げるなら『女王』も有り得るぞ」
だが確たる情報のある熊も無視できぬため、予定より北寄りにルートを変更しつつ、熊の確認を優先した。
そうして街を出た日の午後。日もそろそろ陰ろうかという刻だった。
──ぴくっ。
「どうした、トゥマーン」
ヴィクトルが愛犬の異変に手綱を引く。
「何かいるのか？」
ヴィクトルがデティクトライフフォースを使用すると‥‥生命の反応が多数。警戒心を覗かせた。下馬したカイザードが油断無く周囲を窺う。目撃情報がなくとも魔物や動物、蛮族の居場所など刻一刻と変化する。剣に手をかけたヴィクトルの手をそっと包み、警戒心に方向を与えたのは同乗していたユキだった。庇うように少女の前面に立ったスノウが凛と森に視線を向ける。
それは今までとは違う、敬意を払ったとさえ見える仕種で──‥‥
「‥‥フロストウルフです」
ヒュッ、と飛来する矢を紙一重で避けたカイザードが声を張る。
「敵対する意志はない、ここを通してくれ！」
しかし、彼の身に降り注ぐ視線は敵意と憎しみに満ちていた。主を護るように立ち塞がり交戦の命を待つ忍犬たちが足に力を溜めるように姿勢を低くした。しかし主たちは命を発さぬ。蛮族に同行するフロストウルフ──それはひと時でも共に肩を並べ、この国を護った者達だと知っているから。憎しみも、冒険者の産物だと知っているから。
『──』
一向に武器を手にせぬ冒険者等の前に、純白の狼が姿を現した。ユキのスノウより一回りも二回りも大きい狼は、検分するような視線をカイザードへ向けた。この口から吹雪が吹かれれば盾を構える暇は無い、カイザードとて重傷‥‥悪くすれば瀕死。聖職者たちはその一吹きで命の花を散らしかねない。
「我々に交戦の意志も、森を傷つける意志もない。憎しみの源を不幸な事故とは言わないが──今は目を瞑って戴けないだろうか」
ゆらり、ゆらりと思案するように尻尾が揺れる。無防備に命を晒す緊張に背筋を冷たい汗が流れ落ち‥‥四肢が、身体が、凍ったように強張っていく。そんな緊張を知ってか知らずか佇む者達をゆうるりと一瞥し──神と扱われし老獪なフロストウルフは身を翻しゆったりとした足取りで森に姿を消していった。
「──」
蜘蛛の巣の如く全身を絡めた緊張を吐き出すように溜息をついたカイザードの手を、その隣で恐怖と戦っていたユキがきゅっと握った。──そして雲水はエストの肩を叩いた。命を賭けていたのはカイザードだけではない。最後尾に控え、彼の言葉を月の魔法に乗せ白き狼に伝えていたエスト‥‥雲水しか知らぬことだが、彼女もまた戦闘回避の立役者だった。
蛮族と遭遇したことを報せに街へ戻り、一同は改めて熊の目撃された村へと足を伸ばした。
●事件は飛脚と共に
「熊の目撃は初冬までっすね。アバドンは村に重点を置いて襲撃してやしたから、森に大きな被害はありやせん」
「ふむ‥」
そう締め括った伝助の情報を静かに聞いていたヴィクトルが自身の知識と照合する。彼は魔物全般への造詣がとても深い。
「番のキングベアだな。強大だが、所謂モンスターの類ではない。目撃されないのは冬眠しているだけだろう」
「ってことは、下手に突付けば文字通り寝た子を起こすわけか‥‥どうするよ？」
雲水につられ、一同の視線がカイザードに集まった。珍しく僅かに逡巡した発案者は、そんな自分を諌めるように首を振り力強く言い切った。
「‥‥北の調査を優先しよう。雪に埋もれた熊の巣を探すより女王の有無を確認する方が重要だ」
「了ー解」
にやりと笑って鐙に足をかけた雲水。普段より高くなった視界にシフールの姿が映り‥‥その勢いのまま激突した！
「っつ‥‥どうした、急ぎかい？」
一瞬のうめきを飲み込み、全速力で飛来した飛脚から羊皮紙を受け取る。封蝋に記された印は目に焼き付けたアルの物。
「‥‥大将、嬉しくないが正解みたいだぜ？」
羊皮紙に目を通した雲水は斜に構えた笑みを消した。鞍上から差し出された羊皮紙に記されたのは、火急の事態。
苦々しげに舌打ちしたカイザードは現在地とルートを記した羊皮紙を飛脚へ預け、先陣を切って馬を駆った。
足元で速度を落とさせる、穢れ無き美しき新雪が──今は女王の手先にも思えた。
●白き女王とマリオネット
この内の数名は辛酸を舐めさせられたこともある、想定していた中で最も敬遠したい相手──フロストクイーン。
羊皮紙は、彼女が村に姿を現したという報。急行した村には暗い雰囲気が漂い、村人たちは被害の小さな教会に集っていた。
「あの‥‥けが人の手当てをさせてほしいですの‥‥」
「私もお手伝いしますね〜」
惨状に蒼白になったユキは村人に真摯な眼差しを向ける。追随したエストは回復に狂化時のフォローを兼ねるつもりなのだろう。
「被害は今のところ家屋と家畜に出ているだけっすね」
「‥‥女王って理性ってか、美学みたいなモノがあった気がするけどな？」
伝助の言葉に雲水は首を傾げる。その間にも戸板を打つ吹雪はますます強くなり──
「考える暇はなさそうだぞ、長里殿。女王陛下のお出ましだ」
吹雪の様子を窺っていたカイザードが純白の人影を捉え、命綱たる盾を手に極寒の吹雪へ通ず扉を開いた──！
縁有る女王かどうか──個体識別の手段を持たぬ冒険者に、それは解らなかった。ただ、冒険者が邪魔だ‥‥女王のとってそれだけだということは、エストにもカイザードにも直ぐに解った。
「邪魔立てするな！」
魅了されているのだろうか、盗賊団が女王を護る盾となる。女王の前に２人、左右の雪の中に数人ずつ。
「スノウ！」
『オォォォォン！』
鴇の声の如くフロストウルフの遠吠えが響き──吹雪を見舞う！！
「ユキさん、危ない！」
右側面へフロストウルフが吹雪を吐いた隙に左から矢が飛来する。庇った伝助はその全てを捌くこともできず、矢傷を負い‥‥
「心優しき汝に、痛みなき眠りを与えよう‥‥」
女王の慈悲により、氷の棺に囚われた。忍犬が敵意を剥き出し、冷静さを欠く──！
「雲水さん、盗賊纏めてやっちゃいますのでぇ、フォローお願いしますね〜」
状況の激変にも負けず、相変わらずのエストはされど豪胆な魔法で盗賊たちの戦意を削ぐ。
ならばと距離を詰めた盗賊へは霞刀が躍り掛かり、にやりと笑って雲水が突撃を阻んだ！
「近付けさせねぇぜ？」
その隙にユキの解呪に救われた伝助が一人ずつ的確に気絶させていく。
ゆえに、隙を見せず女王と対峙していたカイザードのみが気付いた──彼女が大きく息を吸い込んだことに。
「来るぞ！！」
カイザードの言葉と、女王の痛烈な吹雪はほぼ同時。
警戒していた一撃であるが、オーラを纏いしカイザードが間近でそれを散らしたこと、雲水の盾とスノウの身体が後衛へ注ぐ吹雪を逸らせたこと、そしてヴィクトルのホーリーフィールドが間に合ったこと。
その全てを総合して考えるのならば、やはり運が味方をしたとしか評せまい。
「‥‥冒険者‥‥」
ゆらりと昏い焔を瞳に宿らせた女王は、冒険者を一瞥し白き御手を伸ばすが──左右から飛び出した盗賊に取り押さえられ、白く舞う雪の奥へと姿を消した。
「盗賊とフロストクィーン、ですか〜。これだけでは済みそうもないですねぇ」
おっとりしたエストの言葉が、背筋を冷たく滑り落ちていった。
さりとて時間は淡々と過ぎ行くもの。
約束の時間が流れ、カイザードに加えラティシェフ家の用意した報酬が支払われた。冒険者の成果は領主一族が望む以上で十二分なものだったが──壱つだけ、ちくんと指先に棘が刺さった、気がした。
