●リプレイ本文
●会場Hunting☆
弥生も終盤のある日、春が薫ると言ってもまだ風も冷たく名残の雪も消えぬ、そんなキエフで──セフィナ・プランティエ(ea8539)とヴィクトル・アルビレオ(ea6738)はドゥーベルグ商会のルシアン・ドゥーベルグと悪巧みの真最中☆
「実は‥‥」
かくかくしかじかで、と状況の説明をするセフィナに、ルシアンは緩やかな笑みを浮かべた。
「誕生日はお祝いしないといけないわよね」
「それで、会場にルシアンさんのお屋敷をお貸しいただけないかと思いまして‥‥」
図々しいお願いですけれど、と恐縮しながら尋ねたセフィナへのルシアンの回答は、諾。
誕生日は盛大に祝うのが慣わしである、こと商売が絡まぬ限り、ルシアンに断る理由はないようだ。
セフィナの成功を追い風に、ヴィクトルも頼みごとをする。
「ついては、部屋だけでなく台所も貸していただけるとありがたいのだが」
「もちろん、バースデーパーティーにご馳走は必須だもの、キッチンだけ貸さないなんて言わないわよ」
意外に乗り気であるルシアンに胸を撫で下ろし、笑顔を交わす二人のクレリック。
だが忘れてはいけない。これは隠密行動なのだ──忍者にすら悟られてはいけないという、超難度の。
「とりあえず、ジャパンの雛祭りというお祝いをすることにしてありますので‥‥」
「ルシアン殿も、くれぐれも気をつけてくれ」
「まぁ、サプライズ・パーティーなのね。解った、気をつけるわ」
場が場なら悪の組織の悪巧みそのものであろう。しかし、その交渉でどうやら会場は確保できたようだ。
後は見切り発車の買い出し部隊が帰還するのを待つばかり‥‥
●Let‘s 買い出し★
「雛ちゃーん! 元気だった? 風邪ひかなかった?」
「雛は忍者なのよ? いつも元気よ?」
リュシエンヌの言葉に答えた雛菊はにこりと笑い、一刃の椛児の鬣を撫でた。
「‥‥‥」
その姿に宮崎桜花(eb1052)はじっと視線を注ぐ。ほっぺすりすりしても、余裕を残した笑みを浮かべた雛菊。
「久しぶりに会いますけど元気でしたかぁ?」
「‥‥離れろ」
ぎゅっと抱き付いた野村小鳥(ea0547)を引っぺがし、護るように間に立った娘はぎゅっと雛菊の手を握った。
「もう、にゃんにゃんってば相変わらず雛ちゃん命なんだからっ」
「お前は『帽子のおじさん』だろう? 楽しそうに話していたとカルルに聞いた」
「な‥‥そ、そんな反撃にゃんにゃんじゃないっ!」
ローサと娘のやりとりもいつも通りの元気なもので、あはは、と雛菊が笑った。
しかし──やはり、どこか大人びた眼差しで受け入れているように見える。
「雛ちゃん、どうしたのかしらね?」
可愛い子の機微には敏い青龍華(ea3665)が首を傾げた。
「悩みでもあるっすかねー?」
以心伝助(ea4744)の目にはそう映った。しかも、彼女がお仕事モードのように見える──そう漏らすと、私もそう思います、と桜花も頷いた。
楽しいはずのサプライズ・バースデーは、どうやら険しい道のりの先にあるようだ。
●桃の節句Making☆
「大工さんになったみたいな気分〜♪」
トンテンカンテンとひな壇を作るカルル・ゲラー(eb3530)はとても楽しげだった。アドバイスを貰いに行ったレストランの主は素気無かったけれど。
「祝われる相手を知る者達が考え、作るべきだろう。それでこそ祝いにもなる」
良く考えれば、彼は少女の嗜好など全く知らない。カルルが仲間と相談して考えるべき事柄だった。
「ふぅ‥‥」
目頭を押さえて溜息を零したのはユキ・ヤツシロ(ea9342)。ちまたちの着る衣装の準備中のようだ。
「根を詰めすぎるのも良くない。適度に休むことだ」
助言する主夫ヴィクトルは、ひな壇に掛ける緋布を用意している。大きな布の端を真っ直ぐに祭るのは至難の業。ゆえにパパにお鉢が回ったようだ。めらりと揺らめく闘志が目に見えるようだ。
「‥‥もしヴィクトル様がオーラ魔法の使い手でしたら、龍華様のように‥‥オーラを漲らせているのでしょうね」
「龍華さんは何事にも命懸けですものね。わたくしたちも見習わなくてはいけませんわね」
ぽつり呟いたユキにセフィナは手を止めて微笑んだ。龍華が料理をする際にオーラエリベイションを使用することがあるのは、彼等のなかではちょっと有名な話となりつつある──当然、今日も料理の下拵えでばっちり使っている。
「セフィナ様の、それは?」
「ランチョンマットです。桃の節句というくらいですから、花は多いほうが良いかしらと思いまして」
桃の花弁を刺繍するセフィナ。雛菊へはもちろん雛菊模様をあしらい、もう一人、花の名を持つ影の主役の分もしっかり名前どおりの植物を誂えるつもりのようだ。
「こちらが終わったら‥‥お手伝い、させてくださいませ」
「セフィナさん何から手伝いましょうかぁ?」
ユキの言葉に被せるように、小鳥の声が元気に響いた。
「お料理の方はもうよろしいですの‥‥?」
「ええっとぉ‥‥下拵えですし、あとは一人でも大丈夫って龍華さんがぁ〜」
答える言葉はしどろもどろ。それで皆が察したのだった。
『フフフ‥‥‥食材を活かす物品によって捌かれるがいいわーっ!!』
包丁を手に目を爛々と輝かせて叫んだ龍華が怖かったんだろう、と。
「小鳥、足元に気をつけるんだぞ」
「もう、解ってますよぉぉぉっ!?」
やれやれ、と苦笑したヴィクトルが釘を刺した途端、足をもつれさせた小鳥が転んだ。追い討ちをかけるように、手にしていたトレイが頭に降る!
──くわわわん。
「きゃうっ!? うー、気合入れすぎましたぁ‥‥」
「‥‥気合い?」
あんまり関係なさそうだけどなぁ、とカルルは小さく首を傾げた。
●Himegoto★
ん〜、と首を傾げた龍華が声をあげた。
「足りない食材があるわね‥‥誰か買い出し行ってくれない?」
それは示し合わせていたやりとり。さり気なく、さり気なく──
「それじゃ、あっしが。お雛ちゃんも手伝ってくださいやせんか?」
「はーい♪」
ぴょん、と椅子から飛び降りた雛菊は疑いを知らぬ眼で伝助を見上げる。その楽しげな様子にちょっと悩んだのはカルルだった。
「ボクも一緒に──」
「カルルさん、よろしければ手を貸していただけませんか?」
彼が皆まで言うより早く、セフィナが早口で会話を振った。いつもより少し大きな声は、良く通りカルルの声を掻き消して。頼まれたカルルは嫌な顔1つせずに笑顔で頷いた。
セフィナが作りたかったのは、伝助と雛菊が2人きりで言葉を交わす機会。忍びとしての悩みだとするならば、セフィナや他の友人が訪ねても雛菊の口は割れまい。
(悲しくもあり、誇らしくもあり‥‥ですわね)
去り行く背中に見せた微笑み。
その信徒の願いを、セーラは聞き届けたのか、2人の周囲からほんの僅かな時間がだけ、人が消えた。
「お雛ちゃん、何を悩んでるんすか?」
小さな声で単刀直入に訊ねる伝助に、雛菊は小さく訊き返した。
「伝ちゃんお兄ちゃんには、主様はいる?」
「ええ、一応」
「そっかぁ‥‥雛の兄様は、死んじゃったなの」
表情を翳らせる雛菊。主に添い遂げることが絶対の生き方ではないと伝助は思う。しかし──傍から見ていて、雛菊と兄・慧雪との繋がりは主従や肉親としてのそれより強く感じる。
(あれ?)
ふと気になり、伝助は言葉を発した。
「お雛ちゃん、ご両親は?」
「雛は赤ちゃんの時に兄様が拾ってくれたから、父様も母様もいないの」
「そうだったすか‥‥」
雛菊にとって兄は師匠で、恩人で、主で、家族で。故に雛菊にとって常に兄が全てで、何者にも替えがたい存在だったのだ。しかし、兄妹のやりとりを目にしたセフィナらは言うだろう──仕事を終えた妹に労いの言葉もかけず、面倒そうに抱き上げなおざりに撫でる。兄は、それだけの情しか持ち合わせぬようだった、と。
「忍びらしくないかもしれやせんが‥‥あっしにとって一番の主は自分自身っす」
大切なことを明かしてくれた彼女に、伝助も秘密を1つだけ打ち明けた。
「主へは‥‥その『自分』が従えって命を出してるから従ってるって感じなんすよ」
‥‥まぁ、中にはこういう生き方もありやす、と頭を掻いた伝助に、雛菊は神妙な面持ちで頷いた。
──そして少女は、胸のうちで1つの結論を選んだ。
●皆でCooking☆
初日にローサが口を利いてくれていたお陰で、それぞれが少し痛い出費をすることで、ルシアンから僅かながらの醤油、それから米と海苔を入手した。米粉は手に入らなかったが、団子にするには小麦粉でも構わないだろう。煎餅は、まあ無くても何とかなる。茶は雛菊の持っている物で済ませることになった。
「手に入らないものは別のもので代用するしかないですねー」
ふぅむ、と小鳥は食材を見回した。蛤の代わりは二枚貝で、鯛の代わりは赤っぽい魚。共に市場で見かけた品だ。
「ふわ‥‥お吸い物に散らし寿司に尾頭付き!! ‥‥に、お饅頭?」
下拵えが終わっただけだが、ずらりと並んだ食材から推測できるジャパンの料理に雛菊の瞳が輝いた。
(‥‥よし)
小さくガッツポォズをするのはお父さん。相談には乗れないが、この笑顔を見られただけでも試みはまず成功だろう。
「ジャパンの料理三昧だもの、しっかりお手伝いしなくちゃね?」
言った桜花に頷き、腕まくりをした少女はヴィクトルの団子製作の手伝いに加わった。三色の団子は見目鮮やかだ。
「ユキちゃん、セフィナちゃん、こっちもいい?」
「あ‥‥はい」
ジャパン料理のメイン担当は小鳥。龍華は華国風の祝い、桃饅頭を作るつもりのようだ。頷いたユキは金の煙草入れを手元に置いた。
「蒸篭って、こんな感じかにゃー?」
「充分よ♪」
器用なカルルが言われるままに作り上げた蒸篭もどきを受け取ると、小さい饅頭を作り始める。
「うちの国だとお祝いの時にこれが出るのよー。大きいお饅頭の中から小さいお饅頭が出るの、面白いわよ」
一緒に作ってはサプライズ感が減少するけれど。
それでも、彼女が喜んでくれるならと、皆で餡を包み始めた。
●Surprise誕生会★
料理が並び、伝助が根性で捜し出した、ジャパンとは少し違う‥‥桃っぽい花がひな壇を彩る。
お内裏様とお雛様は桜花と雛菊、三人官女はユキ、セフィナ、小鳥。五人囃子は伝助、龍華、カルル、一刃、キリル。右大臣と左大臣は娘とローサ。三人の仕丁は年長組のルシアン、ヴィクトル、リュシエンヌがそれぞれ飾られた。
菱餅の代わりにひし形に切った三段重ねの野菜ケーキ。セフィナの雛あられを少しもらって──白酒はないけれど、桃の節句の雰囲気は充分に出ている。
「それじゃあ〜」
ぐるりと皆を見回した小鳥がこくりと頷くと、皆は一斉に雛菊へ向き直った!
「雛ちゃん、桜花様、お誕生日おめでとうございます♪」
「「「おめでとう!!」」」
ユキの言葉に会場が唱和☆
「わ、私もですか!? あの、あ、ありがとうございます‥‥!」
丸っきり想定外だったのだろう、いつもは凛々しい桜花の瞳が感激して少しばかり潤んでいた。
「誕生日プレゼントの代わりに美味しいご飯一杯作りましたよぉ♪ たくさん食べてくださいねぇー」
腕を振るった小鳥は張り切って次々と料理を運び──コケた。
「危ないっ! ‥‥ゆっくり運べばいいのよ?」
「はわー、すみませんですー」
寸でのところで龍華に抱え込まれた小鳥、苦笑いを浮かべて料理を持ち直した。
「お誕生日、おめでとうございやす♪」
伝助は弥生生まれの雛菊と桜花へ、それぞれ越後屋剣玉とホーリーキャンドルを差し出した。女の子の喜ぶ物など全く知らぬ伝助の、それは精一杯の心遣いである。
伝助からの贈り物を両手で受け取り、桜花は嬉しそうに目を細めた。
「‥‥久しぶりに見るの」
驚きの度合いから測るに、少女は今日のこの祝いの席に薄々感づいていたようだ。しかし受け取った品をどこか懐かしそうに受け取り、ありがと、と頭を下げてありがたく頂戴した。
「これはリュシエンヌと一刃から預かったものだ」
交渉ごとが進め易くなるという『海の儚き泡』と幸運を招く『金の羽鶴』を手渡して二人の名を告げる。効果を聞くと海の儚き泡が一刃からの贈り物で、羽鶴がリュシエンヌからの贈り物なのだと思い──それぞれの立場から応援してくれている二人に感謝した。
「そして、こちらは私からだ」
紅葉の手のひらに、赤い欠片を乗せる。ルビーの欠片だった。綺麗な紅色に驚き、弾かれたようにヴィクトルを見上げる。
「身飾りのことなど、自分では考えんだろう?」
浮かんだのは父親の笑顔だった。お守りを兼ねているなど野暮な事は言わない。笑顔が覗けば、それでいいのだ。
「こちらはキリルさんからのお手紙です。わたくしは、雛ちゃんが早く理想の忍者さんになれるようにお祈りさせていただきますね」
「うわぁ、ありがとー」
「ふふ、こちらこそ‥‥またこうやってお祝いできることが、雛ちゃんからの何よりも素敵な贈り物です。ありがとう」
手紙を手渡すセフィナの、緋色の癖っ毛に彩られた優しい笑顔が、次の瞬間、揺らいだ。
「でも、出来れば‥‥お友達として、雛ちゃんを支えたい。一人で大人になってしまったら、寂しいです。雛ちゃん」
「セフィナお姉ちゃん‥‥」
声を詰まらせたセフィナに、雛菊の胸がツキンと痛んだ。伝助と話し、自身で選んだ道。それは、風雅な彼女と袂を分かつことになるかもしれない道だったから。
「‥‥‥」
去年より少し大きくなった腕でセフィナを抱きしめた。
「雛ちゃんは忍者の前に子供だし、仕事以外の所ではまだまだ甘えてくれて良いのよー? その方が私達も嬉しいしね」
そんな少女の頭をそっと撫でて、龍華が穏やかな笑みを湛えた。
今年、雛菊は9歳になった。
そして、その日を境に消息が途絶え──やがて、噂を耳にするようになる。
夜色の装束を纏いし死神たちの噂を。
●カルルくんの日記
サプライズはちょっと失敗しちゃったけど、誕生日のお祝いはばっちりだったみたい。
締めは鮭茶漬けだったんだよ〜♪ ご飯ものの後にお茶漬け、これはばっちりサプライズだったみたい☆
そういえば、将来の夢は兄様に負けない立派な忍者になることって言ってたけど‥‥雛菊ちゃん、どれくらい強いんだろうね?