白紗の舞曲

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月03日〜04月08日

リプレイ公開日:2008年04月20日

●オープニング

●セベナージ領・領主の館
 4月を迎えようとも、その村は雪に閉ざされていた。
 キエフの北に位置するその領地はやや冬が長い傾向はあるのだが、それにしても雪の深さは異様だった。
「他の地域は春に向かっているというのに」
 領内の地図を前に頭を抱えたているのは領主マルコ。同席する一人息子となったアルトゥールが、父の言葉に肩を竦めた。
「冒険者が調べてきたはずです、父上。あの地方には雪の女王──スノウクイーンがいるのです」
「‥‥本当の話だったのか」
 今さらながらに目を丸くする領主。彼には、雪の女王など夢物語の産物に過ぎなかったのだろう。
「冒険者はオーグラを退治し、蛮族の居場所を告げ、女王と遭い見えたのですよ。冒険者ギルドから報告書も届いたというのに信用していなかったのですか?」
 我が父ながらなんと愚昧なことか。
 北方の公国ノブゴロドの血を色濃く受け継いだアルトゥールは、伯母や母と同様に冷静で計算高く、気紛れな思考回路の持ち主である、彼が内心で毒づくのも無理はあるまい。だからこそ跡目相続の問題が生じ、デビルに付け込まれ、領地は大打撃を被ったばかりなのだ。その甚大な被害が色濃く残る領内を見ていると思ったが──息子の死に囚われていただけだったようだ。
「ならば退治すればいい」
「どうやって?」
 ──領内の騎士を赴かせれば良い。
 愚直な父領主は発想も安易だった。領内の騎士はデビルの爪痕やモンスター退治、蛮族との折衝で手が離せない者が多い。
「‥‥それなら、冒険者に任せればよかろう」
「遭遇したのも彼らです、それが筋でしょう。しかし、ただでさえ強力な女王が何故か盗賊と手を組んでいますからね」
 必ず成功するとは考えない方がいいですよ、とアルトゥールは念を押した。それほどに相手は強大なのである。
 苦虫を噛み潰したような領主は羊皮紙に手紙をしたためると、執事へとそれを預けた。自らキエフに赴く様子がないところを見ると、やはり事態を甘く見ているのだろう。知れば知るほど父の手腕に不安を覚えるアルトゥールは自らがキエフに赴く事も諦めた。

 ──結果的に、それがトラブルを防げない一助となってしまったのだが。


●冒険者ギルドINキエフ
 カウンター越しに、ドワーフと紳士が対峙していた。
 ドワーフは自慢のヒゲを三つ編みにしたベテランギルド員。紳士は、セベナージ領主からの使いで訪れた執事である。
「確認させていただくが‥‥スノウクイーンを退治する、それが依頼じゃな?」
「ええ。領内から撤退させるだけでも構いません、人々が無事に春を迎えられることが重要なのです」
「盗賊は逃げられても構わない、と?」
「はい、優先順位としてはそうなります。スノウクイーンに比べれば被害は微々たるものですから」
「以前の報告書に拠れば、どんな状況で共にいるのかまで掴めてはいないようですが」
「それでも、スノウクイーンは退治していただきたいというのが、我が主人の依頼なのですが‥‥」
「スノウクイーン退治、盗賊付き。そこまでは了解しました。しかしですの、この日数では‥‥」
「‥‥一刻も早く討伐していただきたいという、意志の表れなのです」
 渋面のギルド員へ、執事は穏やかにきっぱりと言い切った。決して、主の記載ミスなどではないのである。彼にとっては。
「‥‥魔法の靴を用いたとしても、往復で時間を殆ど使い果たしてしまいますぞ」
 一部の冒険者が愛用するセブンリーグブーツ。歩く程度の労力で素晴らしく早い速度の移動が可能となる魔法の靴は、歩ける場所で使う物、である。道なき森の中や、降り積もった新雪の上などでの使用は困難だ。
「間の森を迂回せずに突き抜ければ間に合うはずでございますが」
「‥‥どうしても曲げないのなら、そのまま依頼書を作成しよう。ただし、冒険者が集まらなくても知らんぞ」
 最終的に折れたのはギルド員だった。

 キエフと現地を直線距離で結ぶ森では、昨今、アースソウルの出没が確認されている。
 金属を持って森に入った物は、いつの間にか森の入り口に戻されてしまうのだという。
 アースソウルを退治するとしても、一度は森に入らねばなるまい。
 しかし、森を抜ければ、現地では丸一日の活動が可能だろう。
 魔法の靴を用いたとすれば、天候に恵まれた場合でも現地では1時間程度しか時間は取れない。
 武力だけでは解決できぬ難度となったのは、やはり領主の記載ミスのせいだとギルド員は内心で毒づいた。

●今回の参加者

 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

フィーナ・アクトラス(ea9909

●リプレイ本文

●緑林の迷走
 頭上を幾重にも覆う常緑樹の葉。こんもりと積もった雪が光を遮り、森の中はどこか辛気臭く──せめて自分だけは明るくあろうと藺崔那(eb5183)は健気に振舞う。しかし、話題は彼女を裏切り一同の心を冷たく重く締め上げた。
「なんかさ、さっきから風景が同じに見えちゃって。ローサさんがいるから、迷うはずもないのにね」
「‥‥ごめん、多分迷ってる」
 期待を込められた森の案内人ローサ・アルヴィート(ea5766)は、正直に告げた。案内人を生業にするだけの知識も経験も持ち合わせている──つまり、何らかの力が邪魔をしているということ。
「引き返そう」
 アースソウルが森に立ち入らせたくないのならば、出ることは可能に違いない──カイザード・フォーリア(ea3693)の決断は早い。
「シオン、大丈夫?」
「私はこの国の生まれよ? 零こそ──」
 せめてもの暖をと手を握られシオン・アークライト(eb0882)は笑みを湛えて手を握り返した。数日前、緊張で冷たく強張っていた雨宮零(ea9527)の手は今は暖かい。流れる時は違えども着々と人生を歩む2人にローサが羨望の眼差しを向けたことに気付き、その愛らしい反応にキリル・ファミーリヤ(eb5612)は小さく笑った。生憎キリルの心に未だ特定の女性はいない。が、忠誠を心に決めた貴族がいた。
(「僕にできることを‥‥それがあの方の望みなら」)
 しかし、彼の御方の望みを叶えるには眼前の障害を排除せねばならぬ。森を流離う時間など無いのだ。
「金気は無いはずなのだがな‥‥」
 振り出しに戻った切迫感が滲むヴィクトル・アルビレオ(ea6738)の言葉は、皆の心情を代弁していた。
「仕方あるまい。女性には失礼かもしれんが、互いに荷物の確認をしよう」
 合理的なカイザードの案で友人の荷物を確認し、問題の品を見つけた以心伝助(ea4744)が溜息を零した。
「ローサさん‥‥いくら何でも調理器具は無理っすよ」
「え、あ、あたし!? ‥‥ごめんっ!」
 ペットが背負っていた荷物、その底辺と一体化して安定感を醸し出していた鍋。それが迷走の原因だった。頼るべき案内人が迷走しては森を抜けられよう筈も無い。手を合わせ勢い良く頭を下げたローサを責めることもなく、一向は再び森へと足を向けた。

●白銀の疾駆
 鬱蒼とした森をただ只管に突き進む。
 金気を取り除いたローサと親友伝助が先導と索敵を行う。行動を阻害するバックパックはカイザードや零、キリルが分担して預かり、彼等により大きな自由を与えた。モンスターを良く識るヴィクトルが危険地帯を割り出し、彼から出される指示を疾風やふれっさが尊守し、その鋭敏な嗅覚で好戦的な動物やオーガ種との遭遇は極力避ける。
 彼等は知る由も無い事だが、蛮族との遭遇が回避されたのは崔那の運に守られての結果だった。失われた刻を取り戻すことは叶わぬが、森を抜けるというその一点に於いてのみ、最大限に時間を節約した自負が、彼等の胸にあった。
 そしてそれは事実。己惚れなどではない。
 しかし、森を抜けた先は──牡丹雪の舞う白き世界。
「視界が悪すぎて駄目ですね」
 コートの裾を翻し高き枝より飛び降りた零は肩に積もった雪を払って頭を振った。概観は辛うじて視認できるが微細までは難しい。かといって、これ以上近付けば逆に発見される率ばかりが高く、危険を伴おう。
「砦の様子が少しでも解ると良かったんすが」
 悔しさを感じさせぬ冷静な面持ちで伝助が遠目に砦を見遣る。以前に捕縛した盗賊を尋問しようにも、彼等はセベナージ領主の住む地にて投獄されている。キエフより現地まで直線ルートを採ることにしたため、多少の情報を受け取ることもできず臍を噛んだのは初日の話。
 今、森の終焉に到達せし彼らの眼前には、目的地でもある古い砦。森を抜けた時刻は昼に近かった。天候は雪。視界は白く煙る。滞在できるのは粘っても夜半まで。
「条件の厳しい依頼だと知っていて受けたとはいえ‥‥こう悪条件が揃うと、笑うしかないわよね」
 艶やかな銀の髪を掻き上げたシオンの眼差しは、しかし挑戦者のもの。諦めの気配など微塵も感じさせぬ凛とした眼差しに、零の特徴的な瞳が瞬いた。
「では、攻城といくか」
 諦めぬのはシオンばかりではない。カイザードもまた、強い眼差しを白紗に覆われた砦へと転じた。領主等は彼が自らに課した使命は充分に果たしたと考えていたが、彼本人は対峙しながらも討ち損じたことを負い目と考え責を感じていた。
 気ばかりが逸るが、白き花舞う地では女王に有利。人の利は冒険者にあるが、地の利はなく、時の利を確実に手中に収めねばならぬ。しかし、幸いにも半日の猶予は、それを得るに足るものだった──彼等が、時を見定めようとしたのであれば。生憎、崔那やローサの提唱した「朝」はとうに過ぎ去った。代替案は出ぬままに、一刻を争い、突入することを決めたのだ。
 危険を推して罠探索に向かった伝助と、やや距離を置きフォローに徹したローサ。2人が鳴子や雪に埋れた落とし穴等モンスター対策と思われる罠を見つけ得る限り解除した後、各々に必要な魔法を纏いて慎重に砦へと距離を詰めていく。
「雪の女王かぁ、去年も聞いたけど、同一の存在なのかな」
 昨年現れた雪の女王へ思いを馳せた崔那。その呟きにヴィクトルは足を止めた。冒険者が少年を連れ逃亡した昨年の一件について、件の女王の生死は確認していない。しかし、一度対峙しても区別はつかなかった。総じてモンスターというものは人の目からでは個体の区別がつき辛いものなのだ。
「‥‥どうだろうな」
 それならばなおさら倒さねばなるまい、と決意も新たに──白く積もりし雪を踏みしめた。

●城壁の剣舞
「甘い!!」
 振るわれた棍棒に横っ面を打たれた盗賊が壁際に吹っ飛んだ!
「はあっ!!」
 カイザードに負けじと、振るわれた一撃を軽やかに避けた零が木刀を叩き込む! 骨の軋む音が腕に伝わり闘志を削ごうとするも、護るべき仲間達を想い優しき心を奮い立たせた。
 司祭のヴィクトル、回復担当のキリル、主装備がスリングのローサに加え、彼等の護衛を担当するシオンは未だ砦に侵入していない。敵の頭数を減らさねば、女王との戦いは不利になるばかり。
「喰らえ、猛龍波!!」
 進入路の死角に潜んでいた崔那が飛び出し、双拳から必殺の一撃を繰り出した!! 右の拳を避けた盗賊も左の拳までは避けきれず、血反吐を吐いて昏倒する!
「失礼するっすよ」
 するりと戦場を抜け城壁へ跳んだ伝助は、立ち竦む男の鳩尾を一蹴し、前屈姿勢になったがら空きの背へ木刀を振り下ろす! 硬質な音を立てながら、ラージボウが城壁から落下する。弓兵が伝助へと射るその矢が炎を揺らした。
「行くわよ!!」
 城壁上よりの射撃が止んだその隙は仲間が産んだもの。そう信じ、盾を構えたシオンは仲間達を促した! 聖なる結界から踏み出した仲間を庇いながら進入路へと駆ける!
「ちっ、増援か。退け!!」
 その姿を見咎めた盗賊が仲間に声を掛ける。ブラックホーリーに晒されながらも一撃では倒れることなく戦線を離脱し、勝手知ったる砦の中を走り抜けていく!
「逃がさん!」
 瞳から戦意は消えていない、つまり逃亡ではない。有利な場に移らんとしていることを察し、カイザードが距離を詰める!
「これでも喰らっとけ!」
 ──パシャン!!
 投じられたのは水袋。しかし飛び散ったのは油。ぬるり、と頼りの棍棒が滑る。そして滑らずの靴も、油が起毛を寝かせ、滑らずとは言えぬ様相と化した。
「うわっ」
 すぐ後ろを追っていた伝助も油を踏んでバランスを崩す。
「駄目だね、油を何とかしないと」
 床の油なら毛布を被せれば歩くことは可能であろう。しかし貴重な戦力であるカイザードの攻撃があてにならぬのでは困るのだ。
 そうして盗賊たちが僅かに稼いだ時間、それは決して長くは無かったが、彼等が態勢を立て直すには充分な時間だった。

●白紗の舞曲
「スノウクイーン‥‥」
 盗賊を追った冒険者は、砦の中央で‥‥ターゲットに遭遇した。大きく崩れた天井から吹き込む風に白い装束が舞い踊り、ちらりちらりと零れる雪が彩る妖しくも美しき女性。
「女王よ、この地は春を待ち侘びています。北へ帰ってはいただけないでしょうか」
 何か理由があるのならば対話も可能なはず。キリルの優しき考えが、問いかけとなって女王に届いた。しかし女王は怜悧な瞳で冒険者を撫でまわすばかり。
「幼子たちの飢餓と辛苦を取り除くまで‥‥ここを離れる気はない‥‥」
 訥々と語る女王の言葉は慈愛を感じさせるもの。彼女なりの善意であるが故に、冒険者の心へ楔を打ち込んだ。冬の辛さも飢えも知っているキリルは、アバドンの騒動で輪を掛けているであろう領内の民を想い、主と決めた者の姿を脳裏に描いて女王へと胸を張った。
「春が訪れれば‥‥解放されます」
「勝手な言い分かもっすが、ずっと春が来ないと気が滅入っちゃうっす。人にとって、心は大きな要素なんすよ」
 伝助も頷いた。それが女王の嗜虐心を煽ってしまったようだ。
「汝ら、我を愚弄するか‥‥幼子の悲しみを増長させる行為、許しはしない‥‥」
「悲しみを増長させてるのはあなたの方だよ、スノウクイーン!!」
 崔那の声が響き渡ると、女王の髪がぶわりと広がった!!
「キリル、下がって!」
「偉大なる父よ、正しき季節をもたらす戦いに祝福を」
 シオンの言葉に数歩下がったキリルを含めて、ヴィクトルの祈りが結界を生成する。
「敵も魔法薬を使用したようだな」
 カイザードの言葉通り、盗賊の傷はすっかり癒えていた。死した、あるいは意識を手放した者が減ったのだろう、女王の前に立ちはだかるは3名。カイザード、零、伝助がそれぞれに対峙した。ここを抜けねば女王へは辿り着かぬ。ならばと二匹の犬が疾走し盗賊の目を撹乱させる!!
「目障りだ、駄犬!!」
 振るった剣が腹部を裂いた!!
『キャイン!!』
「ふれっさ!?」
 悲鳴をあげて吹っ飛んだのはローサの愛犬。目に戦意を宿しつつも立ち上がる術を失い動きが緩慢になった愛犬の元に膝をつく。ペットというより相棒だったふれっさがこんな姿になるとは、誰が思おう。
「ローサ!!」
 ──パシィィン!!
 崩れ落ちた彼女の頬をヴィクトルが叩いた。
「メタボリズムを掛ける。死んだわけではなかろう!! お前が連れてきたのだ、ローサが護らずに誰が護る!!」
「パパさん‥‥」
 潤み揺らいだ瞳。その紅に光が戻る。キッと顔を上げたローサ、そのスリングから放たれた石が武器を振り下ろさんとした盗賊の手を打った! その姿に頷き、ヴィクトルがメタボリズムの詠唱を開始する。
「ヴィクトル!!」
 飛び出したのはシオン。その身を以って庇わんと飛び込んだ彼女の視界は、しかし次の瞬間大きく変動した。目の前を吹雪が通り過ぎてゆく。
 白紗が消えた時、ぐらりと倒れたのは最愛の人物。
「‥‥れ‥‥い‥‥‥?」
「‥‥良か‥‥護れ‥‥僕の、大切‥‥人‥‥」
 ふわりと微笑み、そして身体の力が抜けた。
「いや、嫌よ! 貴方がいないと笑えない、幸せなんてない!!」
 悲しみと憎悪と、鬩ぎ合う二つの感情がシオンの冴えた青眼を紅に染めた。
「許さない‥‥踊り狂いなさい、全て溶けて消えるまで!!」
 後先など微塵も考えず、女王へと突撃していくシオン。
「小癪な‥‥」
 女王の詠唱がブリザードを喚ぶ。しかし、魔法が髪を振り乱そうとも悠然と歩むシオンの足は止まらない。
「喰らえ!!」
 シオンへ放たれた矢はカイザードの盾が阻む。
「‥‥脈はあります、意識さえ戻れば大丈夫です」
 零を診るキリルの声が聞こえる。パシッ、パシッ、と頬を叩くと零はうっすらと目を開け──狂気に囚われた恋人に駆け寄ろうとし、床に堕ちた。
「飲んでください、今の負傷では回復魔法が効きません」
 無理矢理に口に流し込んだ魔法薬、しかし零は嚥下する余力も無い。
「我に仇為す者よ‥‥美しき棺に眠れ‥‥」
 肉薄したシオンを、氷棺が封じた!!
「敵はシオンさんだけじゃないんだよね。連龍爪!!」
「冬は過ぎたのだ。雪消の水となりて春を潤せ、女王!」
 猛龍波より威力を落とし確実に当てることを狙った連龍爪。隠し球で、崔那は背後から急襲した!
 そして氷棺の陰から飛び出したカイザードが、飛来した鮮血滴る長剣を手に女王の胸を貫いた!!
「‥‥子ども、たち‥‥笑‥‥」
 最期まで子どもたちへの想いを抱いたまま、冬の化身はあっけく崩れ落ちた。
「助かった」
「お互い様ですから」
 死角に潜むのは崔那の特権ではない。意識を取り戻した手負いの盗賊が背後から冒険者を狙い、武器を奪われた。キリルは胸を貫き、その剣を前衛のカイザードへ投じた、それだけの話。しかし、信頼と信念がなくば暴投となる剣だった。
 こうして、長き冬は雪の女王と数名の盗賊の血を以って終焉を迎えた。

●終幕の緞帳
 傷ついた身体を引きずるようにして戻ったキエフの街外れで、豪奢な馬車が一同を待ち受けていた。
「アルトゥール様」
「やあ、首尾良く行った顔だね。無理を通して悪かった」
 馬車から降り立ったのは、栗色の髪の青年。白き毛皮で縁取られた紫のマントを纏うその男はアルトゥール・ラティシェフ。弾かれたように臣下の礼を取るキリルとシオンへ気遣いは無用だと小さく手で制した。
「キエフでなら、その怪我も癒せるだろう? 母上の名で寄進させてもらうから、怪我は癒してくれ」
 それから、必要経費も支払うことにさせてもらうよ、とアルトゥールは金貨の詰まった小さな袋をヴィクトルへ手渡した。
「ありがとうございます」
 怪我を負い恋人に支えられていた零が素直に礼を述べた。カイザードもまだ平癒へは程遠い。
 さりとて、怪我と共に全てが解決したわけではなかった。
「‥‥怪我は治ったけど、ねぇ」
 崔那はぽつり呟いた。教会で癒しの魔法を受けた冒険者には、暗い表情も垣間見えて。
「人に迷惑さえ掛けねば、敵対する理由は無いのだが‥‥」
 それがどれだけ手前勝手な言い分かは心得ていても、カイザードとて呟かずにはいられなかった。ほんの数年前まで開拓は進んでおらず、人と魔物の均衡は保たれていた──現在、領分を侵しているのは人の方なのだ。
「盗賊と一緒だったのも気になりやすね‥‥」
「理由を知る術は、失われてしまいましたけれど」
 キリルは降り積もった雪に膝をついて、伝助に苦い笑みを返した。真実を気に掛けた2人に、現実は厳しく立ちはだかった。カイザードの弁を借りるならば、敵対する存在ではなかった可能性とてあったのだ。女王は倒さずに済んだ相手やもしれぬ。しかし──

 いつしか吹雪は止み、太陽が顔を覗かせて。
 純白の雪が跳ね返した陽光が、瞳を焼いた。
「んー、漸く春が来そうねぇー‥‥春、春‥‥春ー!!」
 春を焦がれるエルフの声が、青空に広がっていった。