無貌の詐欺師

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月17日〜04月22日

リプレイ公開日:2008年05月05日

●オープニング

●濡れ衣
 風は未だ肌寒いキエフなれど、陽光は随分と和らいだ。その煌きを柔らかな赤毛に受けた青年は、溺愛せしペットたちと共に冒険者街を歩いていた。実しやかにその名が広まったジャパン人、人懐こい笑顔と怜悧な眼光を使い分ける謎多き忍びであり、腕利きの情報屋でもある彼は──その名を以心伝助(ea4744)といった。
 決して多くの人々に知られているわけではないが、無貌の伝助という二つ名もまた、彼のことである。
 その二つ名が彼に悲劇を呼ぶなど、その時まで彼が知る由もなかった。
『くぅん』
 助が甘えた声で鳴いた。足を止めて愛犬の頭を撫でながら、青年は小さく頷く。
(「‥‥ご同業っすかね。これで尾行も7日目っすか、勘弁してほしいっすよ‥‥」)
 愛犬が教えた尾行には、当然伝助も気付いていた。冒険者か、はたまた裏街道の住人か。伝助に注がれる不躾な視線は、これで7日目。尾行を背負って情報を集めに出かけられるわけもなく。同じく、情報を売り渡した相手を特定させることにも繋がるため情報を売りに行くわけにもいかず──営業妨害も甚だしかった。

●『恋人代行、承ります』
「──って知ってやす?」
 頬にくっきりと手形を残した伝助がギルドを訪れたのは、その日の夕刻。
「‥‥いや、聞かんのう」
 首を振るドワーフのギルド員へ、伝助はざっと掻い摘んで説明した。
 それは聖夜祭辺りからまことしやかに囁かれる噂。
 言葉の通り、報酬と引き換えに恋人の真似事をしてくれるという商売なのだという。
「面白い商売を考えたものだの」
「いや、これが実は結構悪質でやして」
 男女問わず、好みの人物を斡旋してくれるというそれは、聖夜祭だけでなくバレンタインの時期にもひっそりと世間を騒がせていた。
 だが、そんな商売が真っ当な物である由もなく──事前に説明のある通常報酬とは別に、完遂後に法外な口止め料を請求されるのだという‥‥。
「ふむ‥‥それは確かに悪質じゃの‥‥」
「人遁が使えるからでしょうかね、あっしが犯人として疑われているようでして。これだとあっしも商売あがったりなので、一緒に真犯人を探してくれる人を募集したいんすよ」
 そういうことなら、とギルド員は依頼書を認め始めた。
「あ、1つだけいいっすか?」
「必要な事があればいくらでも言ってくれ、依頼人の条件は聞かねばならないからの」
「あっしについてる尾行はあえて放置しているんすよ。真犯人が捕まるまで人遁のような疑惑を深める行為は避けたいところでやして」
 それがいいだろうな、とドワーフのギルド員は一度は頷きはしたのだが。
 けれど集った冒険者の作戦に必要ならば願う事もあるかもしれぬぞ、と言葉をかけた。

 こうして、冒険者の窮状を救うための依頼がギルドへ掲示されたのだった。

●今回の参加者

 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ アド・フィックス(eb1085

●リプレイ本文

●思惑の糸
「‥‥伝助も気の毒に」
 名が売れれば利用されるも世の常か。掲示板から剥がされた依頼書を手に双海一刃(ea3947)はぽつり呟いた。
 集まった冒険者は全部で4名。何れも、依頼人と浅からぬ縁を持つ者たちである。
「尾行はまだしも、流石に見知らぬ方から覚えの無い事で怒られるのは堪えやす‥‥」
 頬に紅葉を鮮やかに散らし、依頼人・以心伝助(ea4744)は溜息と共に珍しく弱音を漏らした。忍びの性として後ろ暗い仕事も行うが本質は善良な彼である、それだけ精神的なダメージが大きかったのだろう。
「いつも仲良くしていただいている伝助さんの危機ですからね。僕にできることがあれば何でもします!」
「ええ、お友達が困っていたら力になりたいと思うのは当たり前ですよね」
 キリル・ファミーリヤ(eb5612)とフィニィ・フォルテン(ea9114)の心からの言葉に誰より癒されたのは、恐らく伝助であろう。
「それに、恋愛を悪用するなんて‥‥悲しすぎますから」
 恋を歌い愛を彩る歌姫としては、悪用した商売など目を瞑り見過ごすわけにはいかない。
 そんな中、ただ一人オリガ・アルトゥール(eb5706)だけは恋人代行業に少々心惹かれているようだ。
「恋人代行‥‥娘も結婚してしまったし、一人寂しい未亡人には結構魅力的‥‥駄目ですか?」
 4対8個の瞳を向けられ苦笑したが、消えることなき胸の炎が少しだけ大きくなったような気がしていた。

●夕闇の鐘
 ──ゴーン、ゴーン‥‥
 夕刻の薄闇に、刻を告げる鐘が鳴る。
「‥‥こんな所に出入りされていたら別の問題がありますね」
 教会を見上げて苦笑いを浮かべたキリルは、それでも足を止めた。
 悩みを抱える人が訪れるであろう教会。タロン神を称えるそこには荘厳な建物が鎮座している。
 試練を与えるタロン神であれば悩みも試練と言い切ってしまうのだが、そこは司祭が解決の糸口や切欠となるべく方向性を示す。それが彼等の仕事なのだから、まあ、当然だろう。
 つまり、ここで可能性があるのは悩みを聞く司祭やその関係者。しかし、国教として保護されている宗派の国内総本山が絡むとしたら、愚昧な行いであると言わざるを得まい。ジーザス教黒宗派を国教に推したウラジーミル国王の顔に泥を塗り、国王の不利を産み、果ては他公国大公へ付け入る隙を与える──引いては自身の首を締めることに繋がるのだから。
(「とすれば、他公国の陰謀‥‥リボフのイーゴリ公が自ら動くとは考え辛いですし、ノブゴロドのエカテリーナ様の陰謀にしては愚劣すぎますし‥‥なさそうですね」)
 チェルニゴフ公国やロシア公国は親国王派。ベラルーシ公国のドミトリー大公は陰謀とは掛け離れた人物。リヴォニア公国とロストフ公国は大きな動きを起こすほどの国力はない。
『デビルやデビノマニの可能性もある‥‥慎重にな』
 脳裏を一刃の言葉が過ぎった。皆もデビルを警戒しているだろうが‥‥当の伝助とキリルはさほど警戒をしていない。伝助に言わせれば「あっしはデビルに狙われるような清い心の持ち主でもないっすから」であり、キリルに言わせれば「デビルやデビノマニならお金ではなく魂を奪うのではないでしょうか」ということのようだが‥‥。
 灯りを点しに現れた見習い司祭と暫く言葉を交わしていたが、さしたる成果もなく‥‥夜間の酒場に望みを繋ぐことにした。

●金と銀の追想
 夜は酒場で情報収集。
 それは皆に統一した見解だったが、それぞれ目指す酒場は別だった。
 歌姫フィニィが選んだ酒場は、馴染みの酒場。見慣れた空間に、澄んだ声が広く広く響いていく。
「最近、恋人代行とかいうお仕事があるという噂を聞いたんですが、どんなかんじなのでしょうね?」
「何だ、あんた恋人いねぇのかい」
「え? ち、違います。わ、私じゃなくて友人が‥‥」
「はっはっは、皆そう言うんだよな」
 気の良いマスターが朗らかに笑う。連絡のとり方が分かればいいのですが‥‥、そう思っていたフィニィだが、常日頃から仕事で日々訪れている酒場であれば世事に疎くとも噂の1つは耳にしていよう。それらを歌い上げるのが彼女の仕事なのだから。
 日頃のように歌を披露するフィニィの心は少し沈んだが、そんなことは微塵も感じさせずに歌っていた。
 その頃、スィリブローの扉をくぐったのはキリルだった。
「キリルさん、どうでやした?」
「‥‥面目ないのですが、外れでした」
 伝助から声を掛けられ、肩を落とすキリル。大通りから外れた区画へと足を運んだ彼の思惑通り、人通りの少ないその場所で一般人が入れる酒場ともなれば、その数は限られていた。
 数軒の酒場を梯子したキリルは、そう結論付けざるを得なかった。大通りから外れた酒場にはうら若い女性の姿などほとんど無く、たまに見かけても男性と連れ立って歩いている者が殆どだった。夜間に一人歩きするような女性は、泣き寝入りするようなタイプではないだろう。
「伝助さんが情報収集できれば良かったんでしょうけれどね」
「下手に動いて勘ぐられるのはいやっすからね。一刃さんがしっかり情報収集してくださいやすよ」
 そうですねと頷き、キリルは伝助と共に仲間の情報を待つことにした。

●夜陰の蜘蛛
 その頃、当の一刃は独り身の男女が集まる酒場に足を向けていた。酒といえばミード、とばかりに甘い香りの充満する酒場は恋の花を求める蜜蜂で溢れ返っているようだ。少なくとも、男性の大半からはそんな下心が窺えた。
「見ない顔だな。ジャパン人か?」
「ああ」
「異国の地で女漁りか?」
 酔いが回っているのだろう、下卑た揶揄で笑いを交わす男たちに、一刃は動揺を押し隠し怜悧な視線を向けた。
「いや、少し事情があって、あちらの未亡人が故人と似た面持ちの男性を探していてな。立ち寄ってみたまでだ」
「未亡人‥‥! ど、どんな男を捜してるんだっ?」
 どこか清楚な雰囲気を纏った女性、オリガ。示された女性と未亡人という言葉に過剰な興味を示す男達へ、掻い摘んだ特徴を伝える。自らの容姿にそぐわない男達は溜息を零し‥‥その話は単語は人から人へ、漣のように静かに広がっていく──
(「っと、そろそろヤバそうっすね」)
 一刃は術の効果が切れる前に中座した。客達の死角でふっと術が解け、佇んでいたのは赤毛の男。情報屋としての本領を発揮せんと一刃と互いに入れ替わっていた伝助その人であった。
 一刃の姿が見えなくなった、そのほんの僅かな隙に事態が動いた。くすくす笑いながら二人の少女がオリガへと声を掛けてきたのだ。
「ねぇねぇ、おばさん。本当に、そんな人に会いたいなら‥‥明日また来てみるといいわよ」
 彼女達は関係者だろうか。前髪に隠れた瞳は値踏みするように2人に向けられていたが、口元には穏やかな笑みを湛えたまま──小首を傾げ、2人へと尋ねた。
「あら、そんな男性に心当たりがあるのですか?」
「そーゆーわけじゃないけど‥‥おばさん、知ってて来たわけじゃないの?」
「この酒場、どうしても会いたい人に会わせてくれるって噂があるのよ」
 その時のオリガの表情は、演技でも偽りでもなく本心からの表情だった。希望を与えられた喜びと、現実を知る痛みと、幻影でも縋りたい亡夫への愛情が織り混じった──笑顔。
「そんな噂が‥‥それでしたら、また伺ってみます。本当に出会えれば良いのですけれど」
「会えるといーね」
「きっと会えるわよ、本気で想えば」
 未亡人の上品な笑みにほろ酔いの笑顔を残して2人は他のテーブルへと移っていった。
(「予想より展開が早いっすね‥‥」)
 一刃の外見を纏った伝助は、蜘蛛が糸から情報を手繰るように──店内を具に観察していた。だから気付いた、燭台の灯りに紛れ、楽師が淡い銀の光を帯びたことに。
(「オリガさん」)
(「ええ、構いません」)
 偽一刃に気付いたオリガは、彼が2人の女性に目線を送ったのを見て頷くと、単身、目立たぬように酒場を後にした。

●ヒトトキの夢
「‥‥そんな‥‥」
 日を改め酒場を訪れたオリガは、目を疑った。長身の彼女より少し背が高く、友人らしい男性と言葉を交わすハーフエルフ。穏やかな笑みを浮かべて優しげな笑みを浮かべる青年は‥‥在りし日の夫と、どこか似ていた。決して瓜二つなどではないが、纏う雰囲気は、空気は‥‥
 甘やかなミードを手に視線を送っていると、やがて青年はオリガに気付き、友人と言葉を交わして彼女の元へと訪れた。ただのナンパらしかったが‥‥どうやら青年はオリガのことを聞いて現れたようだった。
「‥‥僕みたいな外見の男性を探している女性がいると聞いて足を運んでみたんですよ。お力になれるかもしれませんし、ご事情をお聞かせ願えますか」
 そう言ってにこりと微笑んだ彼に、オリガは首を傾げて訊ねた。
「それは‥‥ひょっとして、噂の恋人代行かしら?」
「夢を売る仕事、ですよ」
 楽しげに微笑んだ、その仕種が亡夫に似ていて──
「‥‥私には夫がいたのですが、若くして‥‥今でも夢に見てしまうんです。おかしいのは分かっていますけれど、でも諦められるものでもないんです‥‥だから、せめて少しだけでもあの人と一緒に、そう思って‥‥」
 演技として用意していた言葉は、心からの言葉となった。普段は見せぬ弱さを滲ませ、オリガは喉に言葉を詰まらせながら‥‥やっとの思いでそう伝え──契約は成立した。
 テレパシーは伝えたい言葉のみをやり取りする魔法、故に離れて待機しているフィニィには、オリガが囮なのか本気なのか‥‥預かり知ることはできなかった。
「動くみたいですね‥‥リュミィ、お願いね。でも、無理したらだめよ」
 連絡役を担当するフィニィの傍らには、リュミィの姿。声を掛けられ妖精は空高く舞い上がる。まさか犯人も、上空から小さな妖精が追跡してくるなど思うまい。警戒しているのは人間大の尾行──しかし追う一刃も伝助も隠密行動は本職、容易に察知されるような愚挙は犯さない。キリルも手ほどきを受け、戦闘時以上の緊張感で後を追う。
 ‥‥強いて言えば、その緊張感で察される可能性がある、だろうか。
『オリガさん、幸せそうっすね‥‥』
『‥‥だな』
『偽物の愛ですけれど‥‥でも‥‥』
 唯一の存在を喪った痛みを、3人はまだ想像することしかできぬ。だから──途中で邪魔はできなかった。偽物でも幸せを得られるのは真実かもしれなかったから。

●思惑と思惑
 さりとて、いつまでも夢の時間は続かない。
「今日はありがとうございました。束の間でしたけれど、夢を見させていただきました」
 深々と頭を下げ数枚の金貨を差し出したその手を、青年がそっと握った。
「もう少し、お金が必要なんです。人恋しさに男漁りなんて知られたら、生徒も離れていきますよね」
 にこりと微笑んだ青年の目は剣呑な光を帯びていた。誘導されていたのだろう、気付けば周囲には人相の宜しくない男が数名。もっとも、護衛の方が数段上手だとオリガは疑いもしておらず、余裕の笑みを浮かべる未亡人に青年は目を眇めた。
『動きました』
 フィニィの言葉がキリルの脳裏に響いた。纏う空気の変化に振り返った2人の忍びに頷くと、足音を忍ばせ夜陰を進む。
「おいくらご用意すれば?」
「そうだな‥‥50G用意してもらおうか」
「あら、そんな端金でいいのですか? 法外な金額を要求されると聞いておりましたのに」
 さらりと言い放つオリガの所持金はざっとその20倍以上。しかし男達の耳に残ったのはそこではなかった。罠だと知り、仲間達がナイフを取り出す!
「物騒なものを取り出すべきではないな」
 低い囁きを聞いた男の視界が暗転した。
「何だ!?」
「ある意味、貴方がたの被害者っすよ」
 また一人、意識を奪われ地面に転がった。とさとさ、っと3人の男が地面に接吻け寝息を立てる。
「お前ら!? ‥‥くそおっ!!」
 ガッとオリガを腕(かいな)に捉え、ナイフを白い首筋に当てようとした青年に‥‥キリルが肉薄した!!
「物騒なものを女性に向けるものではありませんよ!!」
 鞘から抜きもせずに放った一撃は寸分違わずナイフのみを弾き飛ばした!!
「きゃあ!」
 オリガを突き飛ばし逃走を図る青年の前に伝助が回りこんだ。刃よりも鋭い視線が男の足を止める。
「これ以上続けるなら然るべき所に突き出しやす」
 物言いたげなフィニィをキリルが制す。追い詰めた犯人たちの処遇は依頼人たる伝助が決めることだから。
「そこに隠れてる方々、これで違うってお判り頂けたっすか?」
 途端、物陰に緊張が走った。
「‥‥気付いていたのか」
「そりゃあ‥‥尾行下手なんすもん」
「忍者を相手にするには少々修行不足だな」
 一刃も頷く。この尾行の男達よりも、彼等の妹分の少女の方が遥かに良い働きをしよう。犯人グループも顔が割れれば悪事は重ねまい。
 出る幕がありませんでしたね、と微笑んだオリガは星の瞬く夜空を見上げた。浮かぶのは褪せようはずもない、唯一の人。
(「ごめんなさいあなた、少しだしに使っちゃいました。‥‥寂しいのは本当だから、お相子ですよね?」)
 夢は幻。消えてしまう夢など、夢のままで良いのだ。

●春の残り香
 キエフの大通りに面したレストラン・コーイヌール。その奥まった席に伝助らの姿があった。
 テーブルに並ぶのは店主であり料理人でもあるキーラが腕を振るった料理の数々と、黄金色に輝くミード。
「伝助さんの疑惑が晴れたことを祝して」
 キリルがゴブレットを掲げると、皆もゴブレットを掲げた。
「ありがとうございやした。あっしもこれで大手を振って表通りを歩けやすよ」
「良かったですね、伝助さん♪」『さん♪』
 フィニィとリュミィが微笑んだ。友人として働いたのだから報酬は要らないと告げた彼女へ、伝助は素直に頭を下げた。
 酒場を梯子する調査は経費が嵩み、冒険者ギルドで偽伝助へ詰め寄った女性への見舞金など予想外の出費にも見舞われた。しかも、犯人を捕らえても共犯の誹りは免れず、疑惑を晴らすために金も使った。そのため報酬も目減りし、依頼期間中の食料に消耗品、必要経費を差っ引くと残るのは伝助の懐具合まで鑑みても雀の涙で。
 それならばいっそ皆で食事を、と足を運んだのがコーイヌールだった。もっとも、決して大盤振る舞いできるほど安い食堂などではないのだが。
 フィニィの歌声が響き、キリルとオリガと伝助の笑い声が飛び交うテーブルに訪れたのは、主のキーラだった。何事かと静かに向けた一刃の視線には気付かず、キーラは伝助の肩を叩いた。
「よう、昨夜はお楽しみだったようじゃないか。あの女性はどうしたんだ?」
「へ? 女性っすか?」
「昨日の女で3人目だったか?」
「「「‥‥‥」」」
 四対八条の視線が壱つ所に収束する。
「ち、違うっすよーーーーー!!」

 魂の叫びが、コーイヌールに木霊した。