蜜蜂の冒険〜クマさんが来たぞ!〜

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月24日〜05月29日

リプレイ公開日:2008年06月02日

●オープニング

●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は、ラスプーチンの企てたクーデターが潰え、彼がデビノマニと化した後も‥‥まるで壮大な協奏曲の如く彼の存在を誇示しながら、皮肉にも国民の希望となり支えとなり続けていた。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、反逆の徒ラスプーチンが姿を消した『暗黒の国』とも呼ばれる広大な森の開拓は、そこに潜む膨大で強大なデビルたちが存在の片鱗を見せた今、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突以上の恐怖を伴うこととなった。
 そして、それは終わらない輪舞曲。広き森を抱き開拓へ希望を抱く公国、歴史ある都市を築き上げ開拓の余地のない公国、牽制しあう大公たちの織り成す陰謀の輪は際限なく連なっていく。まるで、それがロシアの業であるとでも言うように。
 不穏と不信、陰謀と野望。それらの気配を感じた人々や、それらを抱く人々による冒険者への依頼も増え、皮肉なことに冒険者ギルドは今日も活気に溢れていた。もっとも、夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼が並ぶ状況に変わりは無いのだが──‥‥

「たのもー!」
「さっさと顔貸すですよ!」
 ギルドの扉から勢い良く飛び込んできたのは瓜二つのシフール。ふわふわした赤毛に揚羽蝶のような羽が何だか豪華である。
 そして当然のようにカウンターの上にどっかりと腰を下ろし、三つ編みヒゲのギルド員を見上げた。
「うふふ、また新しいおリボン付けてるんだねぇ〜♪」
「リリ! おじじのリボンなんてどーでもいーのですよっ!」
 にこにこしたお日様のような少女と毒を持っているかのような少女。外見どころか声もそっくりだが、中身はだいぶ違う模様。
 口の悪いほうがキキ、おっとりさんがリリ。森の中に暮らす、双子のシフールである。彼女らの作る蜂蜜やお菓子、蝋燭などは商品としてキエフに運ばれることもあるが、いかんせんシフールの仕事。あまり熱心ではなく、気が向かないと仕事をしないのが玉に瑕である。
「なんじゃ、久しいの。問題でも起きたか?」
 以前に見たのはいつだったか。10月頃だったような気がする。
 それからの半年が平和だったのか、それとも寒くて動くのが面倒だったのかは解らないけれど。
「最近、森にでっかいクマが出やがるのですよ! キキたちの狙ってるラージハニービーの巣を狙ってるに違いないのです!」
「ラージハニービーの巣はねぇ、蜜がいーっぱいなの〜。あんまり大きくなると運べないから、そろそろお願いしようと思ってたとこなんだよぉ〜」
 要するに、そろそろ回収の依頼を出そうと思っていた蜂の巣を横取りされたくない、という話のようである。
「ラージハニービーの巣はでっかいですから、多少は壊れてもこの際気にしないでやるです。何としてもクマより先に蜂の巣を回収するです!」
「解った解った、そう喚くな。依頼書にするのでな、少し待ってくれ。で、そのクマはどんなクマなんじゃ?」
 双子のシフールから依頼が出ることは少なくなく、ラージハニービー退治の依頼が来たのもこれが初めてではない。故に三つ編みヒゲのドワーフギルド員の手際も良く、さらさらと依頼書をしたためていたのだが──その手が不意に止まった。
「‥‥今、なんと?」
「んーと、だからぁ‥‥灰褐色の毛皮の、4メートルくらいのおっき〜いクマさんだよぉ☆」

 蜂の巣を狙うクマがキングベアだと気付いたのである。

 その名のとおり、クマの中では恐らく最強の部類になるであろう大きく強いクマ。
 攻撃を掻い潜りつつラージハニービーの相手をするのは、正面からいけば少々どころではなく難儀な作業であろう。もっとも、キングベアとはいえラージハニービーに取り囲まれて無傷で済むとは思えない。戦法次第では存外あっさりと片が付く可能性もあった。
「ふぅむ‥‥」
 自慢のヒゲを撫で小さく唸ったギルド員は、しかしそのまま依頼書を書き上げた。
 そしてその依頼書は、時をおかずギルドの掲示板へ姿を現したのだった──‥‥

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5604 皇 茗花(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3237 馬 若飛(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3272 ハロルド・ブックマン(34歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文

●重なる悲鳴
 日付によると、前に彼女達の依頼を受けたのが10月上旬。
 秋真っただ中から、時は経ち季節は巡り、短い春もそろそろ終わりか。──ハロルド書記より一部抜粋

「「きゃあああー!!」」
 平穏なキエフに甲高い悲鳴が轟いた!
「ペガサスさん、素敵なの〜!!」
 ディアルト・ヘレス(ea2181)の愛馬‥‥愛ペガサス、アテナの鬣に顔を埋めたリリはご満悦☆
「ずいぶんと久方ぶりですね。元気にしていましたか?」
 悲鳴の元凶の片割れに声をかける青年は、依頼人である双子とは浅からぬ縁がある。が、リリはペガサスに心を奪われ気のない返事を寄越すばかり。相変わらずなシフールに青年は頬を綻ばせた。
「キ、キキたちをすり潰して肉団子にして喰うつもりでいやがるですか!!」
 チーターのヴィエーチルとストーンゴーレムのダーシャンの間に挟まれたのはもう一人の元凶、キキ。硬直と憤慨を同時に器用にこなすキキに、飼主のスィニエーク・ラウニアー(ea9096)と皇茗花(eb5604)は首を振った。
 慣れている、躾は行き届いていると告げても本能的な恐怖が先に立つのか甲高い声でわめき続けるキキの眼前に、スッと差し出されたのはももだんご。
「大丈夫です、お団子は間に合っておりますもの」
 きょとんとしたキキへにこりと微笑み、セフィナ・プランティエ(ea8539)は聖職者らしく綺麗にその場を収めた。──いや、どちらかというと子守り?
 大人しくなった依頼人の片割れへ歩みより、馬若飛(ec3237)は質問を口にする。
「え〜‥‥こっちがリリだっけ?」
「キキとリリがそっくりだからって、間違えるとは言語道断なのです!」
 ちゃっかりだんごを両手に抱えたキキの甲高く憤慨する喚き声に耳を塞ぎつつ、若飛はセフィナに視線を送る。くすくすと笑いながら、セフィナはキキの小さな手を握った。
「仕方ありませんわよ。本当にお2人ともそっくりで、おんなじお可愛らしさですもの」
 ほこほこと微笑む笑顔に他意はなく、毒気を抜かれたキキは照れ隠しにぷいっとそっぽを向いた。
「あのよ、卵とか家にあるか? ジャムもあればもっと良し、だな。他にも無さそうなの買っときたいからさ」
「何か作るですか? 卵はあるですし、ベリージャムもコケモモジャムも‥‥蜂蜜で作ったので良ければあるですよ。小麦粉もあるです」
「ふむ‥‥ちょっと市場回っていいか?」
 しかたねーですね、と悪態をつくキキの顔はちょっぴり嬉しそうで、若飛にもなんとなくキキの扱い方が見えた気がした。

●クマさんを探せ!
 前回はグレイベアだったが今回は更に大型であるキングベアらしい。
 そのサイズから、シフールが生きる場では危険が過ぎる相手と言える。──ハロルド書記より一部抜粋

 キングベアは最たるものだが、それでなくともクマは縄張り意識が激しい。
「木に爪痕を残すなどの行為で縄張りを知らせる習性がある。怪しい傷を見かけたら声をかけてくれ」
 ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)の教示に一同は頷いて同意を示す。一番恐ろしいのは、クマと蜂の双方を同時に相手にすること。
「体長から推測いたしますと蜂さんの針は短くても5センチ、長ければ倍の10センチ近くになると思われます。針先は鉤状になっておりますから‥‥」
 皆まで言わずとも知れよう。その長さを、例えば腹に受けたなら。内蔵は損傷し、直接毒を注ぎ込まれるのだ。そんな注意を、既にラージハニービーとの戦いを経験したことのあるディアルトやスィニーは神妙な面持ちで聞いていた。その恐ろしさが骨身に染みているのだろう。
『安全性を高め、確実かつ迅速に依頼を遂行するためにも、クマを見つけることが先決』
 ハロルド・ブックマン(ec3272)が羊皮紙に記した言葉は、作戦を踏襲した言葉。改めて記された『為すべきこと』を念頭に、一同は手分けして周囲の木々を、茗花は空から全体の様子を調べ始めた。
「あった!」
 藺崔那(eb5183)が爪痕を見つけたのは、それから2時間近くが経過し‥‥そろそろ気も急いてこようという頃合。
「‥‥近いです」
 呼吸を確認したスィニーが幾分青ざめて告げた。ブレスセンサーの効果範囲は100m‥‥しかし、反応があった地点はもっと近い。少々近すぎる。
「先行してラージハニービーの巣の方へ誘導路を作っていただけますか」
「解った、任せて。ヴィクトルさんもセフィナさんも手伝ってくれる?」
 ディアルトから話を振られ、崔那は生態に詳しい2人へ声をかけた。否、その視線は他の仲間の上をも滑っていく。
「‥‥馬」
 元同僚の名を呼んだ短い声はハロルドのもの。振り返った若飛へ、水袋に密閉されたままの保存食が投げられた。
「おう、こっちは任せとけ」
 テンプルナイトのディアルトの力量に不安はないが相手はキングベアである、1人より2人の方が安全だ。そして若飛が握る武器は対キングベアを想定したものだった。自身が癒し手でもあるディアルトと遠近どちらにも対応できる若飛なら、そう遅れを取ることもあるまい。
「‥‥あの‥‥私も、残ります‥‥」
 おずおずと手を上げたのはスィニー。大型のモンスターに対してトラウマを抱く彼女だが、危険回避にブレスセンサーが有力なことに気付いていたようだ。
「んじゃ、姫さんは俺らが守ってやるか。崔那はそっち、頼んだぜ」
 ぽん、と頭を叩き若飛は口の端を上げた。
 素早く身軽な崔那ならよほど不運が重ならぬ限り蜜蜂相手に遅れを取ることなどあるまい。そして彼女の実力は若飛も闘技場で目にしている。結界や癒し手の数も多く、魔法攻撃も可能‥‥ヘマをして囲まれない限り命の危険は訪れまい。それは仲間の安全を意味する。何より、針に負けなさそうなダーシャンの存在が心強い。
「子ども扱いするなーっ!! ‥‥むー!」
「桜の蜂蜜がある、これを仕掛けて進もう」
 反射的に叫びかけた崔那の口を塞いだヴィクトルは、仲間達を振り返る。
「巣の場所はキキから聞いている」
 用意周到な茗花が頷く。懸念事項が排されたと知るや仲間達が頷く。
 そして冷静さを取り戻した崔那を先頭に双子のシフールに教えられた巣へと最短ルートを進み始めた。

●蜜蜂のダンス
 蜂蜜等、糖分を含んだ食物は思考の活性に効果的であるらしい。
 読書に集中するには有効な物の一つと言える。──ハロルド書記より一部抜粋

「クマさんが蜜蜂さんにチクチクされながら蜂蜜泥棒‥‥だなんて、童話のようですわね」
 眼前で繰り広げられている壮絶なバトルに似つかわしくない、どこかほのぼのした言葉はセフィナの感想だ。
 たしかに、これがぬいぐるみであればとても愛らしい光景だろう。
「‥‥大きささえ無ければ‥‥」
「そうですわね‥‥」
 ふっと黄昏の色を浮かべたスィニーの言葉。過去、大きなモンスターに煮え湯を飲まされてばかりの彼女は‥‥否、大きなモンスターを食べようとした仲間に付き合わされてあわや冥府の扉を開きかけた彼女にとって、大きなモンスターは既に恐怖の対象だ。その、主に、食料的な意味で。そんな複雑な過去を知ってか知らずか、セフィナも笑みに苦味を滲ませた。
「‥‥できれば熊も捌きたい所だが‥‥。難しいか」
 だから、隣のいかつい顔のエルフから漏れ聞こえた物騒な言葉は、幻聴だ。きっと。若飛も、頷いてなどいない。はず。
「大丈夫ですか?」
 顔色もますます悪く、しかもがくがくと震え始めたスィニーを気遣うのは紳士なディアルト。その後ろでは2人の華国人が小声を交わしていた。
「蜂蜜か‥‥入手したらぜひ食べてみたいものだな」
「熊も棄て難いよね♪ ボクの友達なんて、きっとあの巨体もぺろっと平らげるよ」
 うっとりとした響きは茗花の声、弾むような楽しげな響きは崔那の声。誤魔化しようのない2人の会話に、今度という今度こそ、スィニーの心にしっかりと恐怖が植え付けられたのだった。
(「巨大モンスターも‥‥冒険者も‥‥う、うう‥‥」)
 そんな悲劇はさておいて、茂みに身を潜めて聖なる結界に守られた冒険者が見守る、ほのぼのとは程遠い、4mの巨大なクマと30センチの蜂のバトル。圧倒的に不利なのは、クマだ。

「ガァァァァ!!」
 大きな黒い掌が蜂を叩き落とし羽を割く!
 しかし、攻撃を掻い潜った蜂はクマの巨体に群がり、次々と長い針をつきたてていく。
 ごろごろごろとクマが転がると巨体の重みで蜂がつぶれる。しかしそれでも、新たな蜂がクマ目掛けて飛来する!
「グオオオオ!!」
 負けじと暴れるクマ。威嚇するように立ち上がった体は、空を覆い隠さんばかりの巨体──‥‥

 この戦況には、各個撃破を推していたディアルトも押し黙った。明らかに、楽だ。
『クマに対して蜂が大きすぎる。時間の問題か』
 地面にしゃがみ込み、枯れ枝でがりがりと地面に文字を記すハロルドもまた、セフィナに掛かれば「お可愛らしい」姿。頷く聖女のほっこりとした笑みが双子に向けられていたそれと相似していることに気付き、ハロルドは開いていない口を閉ざす。
『‥‥』
 いや、それは書かなくていいと思う。
 しかし、熊が巣のある巨木に攻撃を仕掛け始めると茗花も黙って見てはいられない。
「ダーシャンを出すか?」
「お願いします、巣を壊されては元も子もありません」
 呟くディアルトの手で抜刀された炎の如き激しい刃紋が、陽光を受けて妖しく輝く。

 ──ドォォォン!!
 地響きと共に熊の巨体が落下した。それが、合図──‥‥!

「巣を貰う為にも、悪いけどやらせてもらうよ!」
 先陣を切って飛び出したのは、小柄な崔那!
「氷雪よ」
「荒き風‥‥」
 短い詠唱に僅かばかりの手の動き。無機質で掠れた声は吹雪を、鈴のような小声は竜巻を喚んだ。崔那に群がらんとする蜜蜂たちはたちまち吹き荒れる自然の餌食となる!
「タロン様!」
「気高き御手を!」
 刀を振るうディアルトも蜜蜂の攻撃対象。何物にも圧されぬ二条の聖なる光が一匹ずつ巨大な蜂を打ち抜く。
「ディアルト!」
 宙より迫る影にヴィクトルの警告が飛ぶ! しかし顔色ひとつ変えぬテンプルナイト‥‥信頼を受けたペガサス・アテネのホーリーが、更なる上空より主の援護を為す。
「弥勒様の御加護を」
 同朋より祝福を受けた若飛の縄ひょうが難を逃れた蜜蜂を引き摺り下ろし、のっしのっしと歩くダーシャンが重い足で踏み潰す。ヴィエーチルの素早い動きに翻弄される蜜蜂を、舞い踊る攻撃を避ける崔那の双龍爪が一匹、また一匹と仕留め。

 ──確かに数は多いものの、攻撃と引き換えに命を落とす蜜蜂。
 数十という数はクマとの戦いで半減しており、戦法を心得たベテランの冒険者にとって強敵とはなりえなかった。

●でっかい蜂蜜、その味は
 実感としては半年しか経っていなかったのか、と言うのが正直なところ。
 やはり、冒険者としての行動を再開して明らかに生活の濃度は増したようだ。
 穏やかな時を過したとは言い難いが、空虚なそれよりは歓迎すべき事である。――ハロルド書記より一部抜粋

「退治よりも厄介だね‥‥」
「崔那さん、動かないでくださいませ」
 巣を見上げ覗き込もうとする崔那をメッと叱り、セフィナはアンチドートを施す。また子ども扱いだと頬を膨らませた崔那の手を取ったヴィクトルが、傷口にすり潰した薬草を塗る。
「ラージハニービーの毒は重傷の傷にも匹敵するというからな‥‥念には念を、だ」
 一足先に癒しを施されたディアルトはアテネに跨り巣の様子を確認する。巨木の幹に形成された巣板はやはり巨大。外すにも手間が掛かりそうだった。
「そのまま運ばなくても良かろう?」
 茗花の言葉に素直に頷いたディアルトは刀を振るい、巣を分断する。大きな音と共に落下した巣は、スィニーとハロルドの手で次々に固められた。
「お使いくださいませ」
 セフィナの用意した大判の布やふわふわの綿に包まれた巣を運ぶのは崔那や若飛、ディアルトらの仕事──とは割り切れない。量が多すぎて。
「お〜‥‥りゃあ! ほれ、あんたらも声出さねーと力が出ねぇぜ?」
 気合いの入る若飛は、スィニーや茗花にも笑顔で言い張った。
「ふむ、それもそうだな。‥‥ぬおおお!」
 頷いたヴィクトルの気合いの表情からは、流石の若飛も、見慣れているはずのセフィナも、そっと目を逸らした。なんというか、その、ちょっと怖くて。
 布をしっかりと箒に括りつけ、崔那はニカッと爽快な笑顔を浮かべた。
「このまま行けそうかな。それじゃハロルドさん、茗花さん、行こっか♪」
『依頼人の家へ下ろしたら戻る』
 崔那とハロルドのフライングブルームが次々と飛び立ち、追って茗花の空飛ぶ木臼が空へと去る。ダーシャンやディアルトのウォーホースにも運ばせるが、それでも少し足りず‥‥ハロルドが戻るまで、セフィナやスィニーも久々に重いものを運ぶこととなった。ちょっと腕がダルくなるのは翌日の話。
「おかえりなさぁーい♪」
 双子の家では、致命的な方向音痴だというリリが熱烈に出迎えた。アイスコフィンで固まった巣は保存にも丁度良く、さしものキキも上機嫌♪
「桜まんじゅう、美味しかったよぉ〜」
「キキはももだんごの方がおいしいって言ってるです!」
 ‥‥いや、双子の機嫌を支えたのは、馬を預ける礼としてヴィクトルが差し出した桜まんじゅうなのかもしれない。
「よう、ちょっと厨房借りるぜ」
「えへへ、こっちなの〜♪」
 リリに手を引かれ若飛が作り始めたのは、ロシアではオーソドックスな菓子に近いパン。
「ほう、プリャーニキか」
「華国風なんてしないから安心しな」
「‥‥手伝おう」
 見ているだけでは我慢ができないヴィクトル、主夫の鑑。
 そうして凡そ料理とは掛け離れた風貌の2人の男の手で、プリャーニキは完成した。若飛の懸念は唯一、蜂蜜の味。巨大な動物は大味なものが多いのだ。‥‥しかし、蜂蜜は花の蜜にすぎない。故に、懸念されたように大味になることもない。危険を犯すだけの価値は確かにある。
「チコリもあるとは、用意がいいな」
 チコリの薬湯にはミルクと蜂蜜。
 プリャーニキの中にはたっぷりのジャム。
 甘い香りに誘われて、テーブルに来たのは数匹の蝶──双子が冬の間に作ったドレスを纏った女性陣だ。
「リリたちとお揃いの羽、やっぱりかわいいねぇ〜♪」
 表情を綻ばせたリリの言葉通り、ふわりと広がるドレスには、黒い縁取りの中に鮮やかなオレンジが広がる蝶の羽。
「クマさんと蜂さんの戦いの後に、蝶のドレスでお茶会に招かれるなんて‥‥本当に童話の世界に迷い込んだみたいですわね」
「我々のいただいた物とは違うんですね。皆さんお綺麗ですよ」
 くすっと笑ったセフィナに目を細めたディアルト。スィニーから取り分けられたパンを手に、茗花が表情を綻ばせた。
「まあ、たまには悪くないな」

 迷い込んだ童話の世界、最後のページはティーパーティー。
 いつも死闘じゃくたびれる、こんな日があってもいいじゃない?