●リプレイ本文
●シュテルケ・フェストゥング(eb4341)の場合
「師匠、しーしょーおー!」
快晴の空の下、冒険者街で張り上げられた声に飛び出してきたのはラクスだった。二人の戦士は久々の再会を喜び合う。
「あのさ、今から遊びに行くんだけど、師匠もどう? 最近依頼だと会えないしさ、いいところ教えてもらったし、どうかなーって」
「久しぶりに手合わせでもするか?」
「へっへっへ、俺もだいぶ上達してるんだぜ!」
受けている依頼もなかったのか、二つ返事で了承されたピクニック。遊ぶのか修行なのかもわからないが、それが彼らの良いところ☆
今日の空のように曇りのない爽やかな笑顔を交し合う。
「‥‥あ、そうそう。遊びに行くんだから、今回はアンデッド呼んじゃ駄目だからなっ」
弟分は、アンデッドを呼ぶ男へ釘を刺すことも忘れなかった。
●キリル・ファミーリヤ(eb5612)の場合
──コンコン。
扉に誂えられた真鍮製のグリフォンでノックし名を告げたキリルは、中から聞こえたアルトゥールの声に招き入れられた。廊下にすら絨毯の敷かれた高級な宿、それが仮宿。
「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
「陛下のご予定が変わられて、三日ばかり時間ができたから。暇つぶしにね」
減らず口にも微笑みを浮かべたまま、キリルはさくっと本題を切り出した。
「それでは、三日間薬草採取に出かけませんか? もちろん、護衛も務めさせていただきます」
「アルトゥール様。護衛が冒険者一人では危険すぎます」
騎士ヴァレリーは難色を示したが、他にも5人の冒険者が随行するのだと諭し‥‥束の間の自由を取り戻した。
●双海一刃(ea3947)の場合
「さて‥‥初手から躓いているような気がする」
青空の下、黒装束の一刃はてくてくと歩く。ギルドが暗殺者の連絡先を知るはずもなく、ルシアンの元を巣立ってからも長い。
最終手段、暗号でメッセージでも残すか‥‥と溜息と共に思った一刃は再び訪れた冒険者ギルドで目を疑った。
「雛?」
「一刃お兄ちゃん!」
ダダダッ!! と駆け寄って盛大に転んだのは、紛れもなく捜し歩いていた雛菊。
「うえ‥‥」
涙目になる妹分の膝を払うと、正面にしゃがみ込んで言った。
「ピクニックに行くんだが、来るか?」
同行する者の名をあげるまでもなく、少女の涙が止まる。ぎゅっと抱きついて、太陽のような笑顔で答えた。
「行くー!」
●以心伝助(ea4744)の場合
その話を耳にした時、伝助は思ったのだ──今こそ新年の抱負を果たす時、と。
(「あの時は噛んだっすけど」)
そう意気込む彼の動悸は一向に治まる気配を見せないが、目前のサラサは突然の来客にも驚きもしない。
「姐さん、以前お借りした石の中の蝶をお返しにきやした」
「そうか、役に立てたなら良かった」
「で、あの‥‥お礼という程のものでもないっすけど、何人かでピクニックに行くんす。一緒にどうっすか?」
姐さんと呼ぶサラサを頷かせたことよりも、噛まずに言えたことに安堵する伝助なのだった。
●ローサ・アルヴィート(ea5766)とミィナ・コヅツミ(ea9128)の場合
棲家の解らない相手に確実に手紙を届ける──そんな素晴らしい組織がある。そう、シフール飛脚だ。
「便利ですよねぇ」
「素直に来てくれるかしらね‥‥」
ほくほくと笑顔を浮かべるミィナと不安を滲ませるローサが呼び出したのは、ディック‥‥怪盗の仲間である。
「雁首そろえて、どうした?」
あっさりと現れた男は2人にあまり近付かない。女性が苦手だから。
しかし、そんな態度を苦にしない。そこも纏めて惚れたから。
「ねぇ、ダイちゃん。キャンプ行くんだけど男手が欲しいのよー」
「はぁ? 何で俺が女と──」
微笑んだローサに返されるのは不満の声。しかしひょいと腕を絡めミィナもにこりと微笑んだ。
「他にも男の人は6人もいますから♪」
反対の腕にはローサが腕を絡める。
「行かないなんて寂しいこと言わないでよね?」
密着され頬を引きつらせた男は、寂しげなローサに諦観の溜息を零し渋々頷いた。
●お弁当を食べませんか☆
「きゃあ、ヤギさんの赤ちゃん!!」
一目散に駆け出しそうになった雛菊の手を握り、一刃が羊を指差す。
「あの羊が抱いてほしそうにみえないか」
「えへへ、可愛いー♪ あたし、ちょっと行ってくるー!」
母ヤギに恨まれぬよう体良く興味を逸らした一刃は、駆け回る雛菊の背を見つめた。
(「‥‥切り替えはできている、か‥‥」)
最悪の事態だけは避けられていることに安堵する一刃だが、それは雛菊が自分の意志で暗殺者集団を組織していることの裏付けでもあった。ロシアを訪れる直接の原因となった命令に探りを入れてもいるのだが、忍びとしての仕事だけあって雛菊のガードは固い。
思考の深みに沈みかけた彼の耳へ、ぐぅぅ〜と音が響いた。
「雛、昼食を食べてからにしよう。あと2日ある、羊は逃げないからな」
「はぁーい♪」
その昼食はとても豪勢。珍しい保存食に、少女の故郷の味。ミィナお手製のお弁当も芳しい香りを放つ。
具を挟んだパンやピロシキを用意しハーブティーと共に差し出すと、口にしたディックが片眉を上げた。
「へぇ、旨いじゃねぇか」
「ありがとうございます♪ 家庭の味に拘ってみたんですよー」
お弁当でポイントを稼いだミィナに、ローサの目が赤く光る。
シュパッ!! と取り出したのは新妻必須アイテムのふりふりエプロン☆
──昼食で負けたなら夕飯で取り戻すまで!!
「ディック、夕飯は作るから獲物よろしく!」
エプロンをきゅっと締めたローサは晴れやかな顔でディックを送り出す。結局働くのかと肩を竦めて森へ向かうディックを小走りに追いかけて、ミィナは手にしたエルヴィッシュボウを手渡した。
「エルフの方に親近感を持たれる事請け合いな品ですよ☆」
「エルフなぁ‥‥ホリィが少しでも大人しくなるならありがてぇんだが」
ありがたく受け取った弓を肩に、ひらひらと手を振って男は森へ向かった。
●新緑と銀の契り
新茶の香りや小豆の風味の和風な保存食を楽しむと、のんびりと手足を伸ばす。
「アルトゥール様、そんなっ!」
大地に寝転んだアルトゥールに血相を変えたのはキリル。キーラの保存食の素晴らしい味も一瞬で消し飛ぶような衝撃だ。
「薬草を育むのは大地だよ、キリル。汚らわしいのは新緑ではない、生き物さ」
「僕がヴァレリー様にお叱りを受けます、せめてこちらに」
慌てて毛布を敷くと、アルはつまらなさそうに横になった。草の香りがなければ機嫌を損ねよう。
普段と違う姿に、キリルは胸が痛んだ。これが真実の姿ならば、彼の生活はどれほど窮屈なものだろう。
その彼に、要らぬ負担をかけた──‥‥
「‥‥先日の浅慮に対してお詫びをさせてください」
頭を下げるキリルに、アルは小さな笑みを浮かべた。
「依頼に求めるのは結果、部下と弟子に求めるのは信頼に足る器。言葉ではないよ、キリル」
陰謀渦巻くロシアで貴族は言葉を信用することは少ない。益々小さくなるキリルを楽しげに笑い飛ばした。
「大丈夫、キミのことは信頼しているよ。でなければこの命、預けたりしないさ」
「ですが」
「それなら、僕の毒見役を任せようか。この三日間だけでも」
懐から取り出した銀無垢のスプーンは、毒に触れれば色が変わる──アルの命綱の1つでもある。
「アルトゥール様‥‥」
用心深い彼の信頼──肩に掛かる重圧が彼の重圧を軽くすると信じ、丁重に、スプーンを受け取った。
●青空に染まる貌
栗色の髪を揺らし、若葉を揺らし、風が吹く。
「いい場所だな」
柔らかな牧草に腰をおろし、髪を弄ぶ風に目を細める。月光に近しいサラサだが、陽光も好きなのだ。
膝で寝息を立てる茶虎をのんびりと撫でる横顔がとても綺麗で。伝助は、心を決めて切り出した。
「貴女が好きです。‥‥友人ではなく、一人の女性として」
視線が伝助を捉えた。色恋に興味のない彼女である、突然の友の言葉にはやはり驚いたようだ。
──動かぬ表情の奥に覗いた驚きに、伝助は少しだけ、余裕を取り戻した。
「本当はずっと言わないつもりだったんすけどね。‥‥伝えられる間に伝えたくなったんす」
とある恋人達。その経緯と結末が、伝助の心を動かした。
ただ、知っていて欲しかったのだ──秘めた想いを。
ただ、覚えていて欲しかったのだ──人として死した後も、こんな男がいたということを。
「恋人になってほしいなんて、そんな大それたことではないんすけど」
もちろん、それに越したことはない。けれど、時の流れは冷淡に残酷にいつか2人を引き裂こう。
だから、伝助は多くを望まない。
「‥‥少なくとも、嫌っているならここには来てない」
たっぷりと時間をかけて出した答えは、今のサラサの精一杯。
求めた以上の答えに、伝助の頬は朱に染まる。
今日蒔かれた愛の種。芽吹くも芽吹かぬも、2人次第──その結末は、いつか、変わらぬ青空の下に。
●光と闇に迷う羊
剣を交わし汗を流した2人は、小川のほとりで身体を清める。
運動後の火照った身体や戦闘に漲った血が静まると、鎌首を擡げるのは──迷い。
「俺さ、友達に行きたいとこ連れてってやるって約束したんだ」
突然の言葉に驚いたラクスだが、シュテルケの真剣な声に静かに耳を傾けた。
大切な友人と交わした約束、守れなかった自分。
言葉は掛けられるのに、実際には何もできない無力な自分。
それらが、シュテルケの白い心に影を落としている。
よく考えてみれば──彼が本当に笑った顔を見たこともなかったのだ。
「俺、あいつに迷惑かけてんのかな‥‥?」
せせらぎにすら掻き消されそうな小さな声は、微かに震えていた。
「気持ちは届いてると思うぞ。理屈じゃなく、感じるものだからな」
ニカッと笑うラクスの言葉もまた、理屈ではなく本能。
「迷惑だって、気にしねえでもっとかければいいだろ。友達ってそういうもんじゃねえのか?」
「そうかな‥‥」
「ん? シュテルケは損得で友達になるのか?」
ぶんぶんと首を振ったシュテルケに、師匠は「気負わずにできることだけやればいいんだ」と笑った。
「し、師匠にだから言うんだからな。他の人には言わないでくれよな!!」
少し心の晴れた少年は何だか気恥ずかしくなって、師匠を置いて駆け出すのだった。
●帳に落ちる滴
日が沈めば疲れを癒す睡眠の時間。
何張かのテントの中心では、ゆらりゆらりと炎が揺れる。
危険のない地ではあるが、炎を絶やすほど無防備ではない。ディックとローサ、キリルと雛菊が炎の番をしていた。
視線で訊ねたローサはキリルが頷くのを確認し、ディックの手を取った。
「向こうでワインでも飲まない?」
「悪くねぇな」
会話は、テントで眠れぬ夜を過ごすミィナの耳にも届く。つきん、と胸の奥深くに針が突き立った。
(「ローサさん、頑張ってくださいね‥‥」)
悔しいけれど、自分よりもローサといる彼の姿がとても楽しそうに見えて。それが彼の選択なら、祝福をしたい。結局のところ、ミィナはローサのこともディックのことも、嫌いになどなれないのだ。きっと、ローサも同じ。
やがて、去っていく二つの足音が聞こえなくなった。
「‥‥これが惚れた弱みってヤツなのかな」
寂しげで、満足げな微笑み。けれど、その双眸からは涙が溢れた。にゃあ、と鳴いた宝石猫が膝に陣取り主を見上げた。
「‥‥邪魔しないから‥‥今だけ、泣いてもいいですよね‥‥」
擦り寄る二つの小さな温もりが、涙を止めてくれるまで。
●夜空に咲く花
川辺でワインを酌み交わす二つの影。夜の空気は酒に火照る身体に冷たく、心地良い。
しかし、ワインがなくなると男はすぐに腰を上げ──それが悲しくて、気づけばローサは広い背に抱きついていた。
「好きなの、いい加減気づいてよ‥‥!」
「別に俺も嫌いじゃねぇぜ?」
軽く言って肩越しに見遣ると、薔薇の双眸は涙で滲んでいて‥‥何ヶ月も逃げ続けた男は、思わず口を噤んだ。
逃げられないことを悟り、腕を解かせると‥‥正面から視線を絡めた。
「俺はな、国を越えても追われる身なんだぜ?」
「あたしだって追いかけてるわよ」
「いつ死ぬともしれねぇ」
「そんなの、冒険者だって同じじゃない! すっごく恥ずかしいのに‥‥バカ、どうしてくれんのよっ」
「‥‥」
帳に沈黙が満ちる。風に揺られ森が囁く中、ディックは小さく息を零した。
「‥‥いいのか、俺で。先に死ぬんだぜ?」
「解ってるけど、ディックじゃないと駄目なの」
揺らがぬ瞳に射抜かれると、両の腕に細い身体をそっと抱きしめて──耳元で、想いを囁いた。
「悪ィな、待たせて」
「待たせすぎ‥‥!」
今までの不満をぶちまけようかというローサの唇を、ぎこちないキスが塞いだ。
●牧草月の空
ぷち、ぷち。
花を摘むのはでっかいウサギと黒装束。
「水戸の藩主はご存命だろう? ‥‥いいのか?」
「みっちゃんは、あたしの主じゃないもん」
「そうか‥‥」
ぷち、ぷち。
(「兄からの使命と光圀殿は関係がないのか‥‥?」)
少女は下忍というには実力がありすぎる。それに、実力だけで幼い少女に部下がつくだろうか。
だが、水戸藩主の懐刀が上忍を私物化するなど許されまい。
攻めあぐねる一刃は、日を改めることに決めた。
「仕事を頼む時のために、連絡手段をもらえないか?」
「皆には内緒にしてねー? 一緒にお仕事してくれると、もっと嬉しいけど」
そう告げ、仲介となる男の連絡先を囁くと、ウサギはにっこりと笑った。
「これも良いっすよ」
会話の終焉を察し、近付いたのは伝助。手には香りの良い花を握っている。
「えへへ、お兄ちゃんたちにもあげるねー☆」
小さな袋に詰め込んだら、香り袋の出来上がり。器用にこなすウサギはまるごとを着た雛菊だ。
「気に入っていただけて良かったですー♪」
「ミィナお姉ちゃんもサンダル似合うの。持ってきて良かったぁ♪」
ミィナの足元を彩るのは緑のタンブルチップでクローバーを象ったサンダル。エメラルドの瞳によく似合う。
何かを察しているのか、昨日からウサギはトナカイに懐いている。
「あたしの分は!?」
「煩いな‥‥帰ったらコレを飲むといいよ。少しは静かになる」
ローサに渡されたのは適当に摘み取られた、気分を落ち着かせる薬草。その扱いにディックは肩を震わせた。
「俺もシュテルケに渡すものがあるんだ」
師匠が差し出したのは牧畜用の笛。シュテルケが吹けば、動物たちが顔を上げる。
「農業に詳しい奴が持ってた方がいいだろ?」
「でも俺、師匠にできるお礼がないよ」
「こんなのなら用意してるんですけど‥‥ここは2人からって事で♪」
ミィナは晴れやかに笑い、持参した銘酒「桜火」をラクスとアルへ手渡した。
「三日間楽しかったぜ。師匠もミィナさんも皆もありがとな、また来ようぜ!」
そう、また──牧草が鮮やかに芽吹く、牧草月に。