【レミエラ症候群】鬼族の饗宴
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月03日〜06月08日
リプレイ公開日:2008年06月09日
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●オープニング
●夢の欠片『レミエラ』
透明度の高い、クリスタルのようなガラス。それ自体が宝石のような品であるが、それが魔物に抗することのできる魔法の品となれば‥‥まさに人々の夢そのもの。
しかも、素体となるレミエラは庶民でも手の出る金額で販売され、庶民でも入手可能な何らかの品と、庶民でも手の出せる金額で合成すれば──‥‥
ある時は鋤や鍬を軽くさせることができる魔法の品になり、
ある時は野生動物のような鋭い感覚を身につけることができる魔法の品となり、
ある時は冒険者のような素晴らしい剣技を習得することができる魔法の品となり、
またあるときはデビルやオーガに抗する素晴らしい力を得ることができる魔法の品となる。
その金額と利便性故に急速にレミエラが普及しつつある昨今、その品で直に命が左右される冒険者が新たなるレミエラの開発に没頭するのも当然の話であるが──各地の大公や領主、貴族らもまた先を争いレミエラの開発に着手しているのもまた当然の話。
だが、何らかの魔的な力が作用しているようで、レミエラは5つまでしか装備することができない。使用時に胸の前に浮かぶ光点にかかわりがあるという噂もあるが、真偽の程は未だ定かではない。解っていることは──数が限られている以上、少しでも有利なレミエラを開発した方が有利だという厳然たる事実。特に互いに様子を探り陰謀を廻らせ合い、隙あらば足元を掬おうとしている各大公や野心あふれる貴族らにとっては死活問題と言っても過言ではないようである。
──夢の欠片『レミエラ』を真の『夢の結晶』たらしめんために、多くの者が日夜汗を流していた。
●寡占市場
透明度の高い、レミエラの素体たる八面体のガラスを扱える者は少なく、エチゴヤの独占市場‥‥とまではいかぬものの、エチゴヤと王侯貴族の寡占市場と化している。
しかし人々も手をこまねいて眺めているわけではない。ドゥーベルグ商会もまた、寡占市場に割って入ろうとした会社の一つである。
八面体を陽光に翳し、歪んだ光と景色を眺めるのは赤毛の女性。屈折した光が癖のある赤毛に鮮やかな影を落とす。くるりくるりと角度を変え明度を確認しているのは、ドゥーベルグ商会の女社長、ルシアン・ドゥーベルグである。
「社長、まだテストをするんですか? うちの実験では成功してるのに」
「より確実にしておかないとね。合成する品も、確実に同じ効果が出なければ商品にならないでしょう?」
確認したレミエラを木箱に戻して隣のレミエラを摘み上げながら、ルシアンは薄い笑みを浮かべる。
レミエラの効果の発現について、法則性は未だ解明されていない。しかし、エチゴヤや一部王侯貴族の間では確実性のある品を入手しているという情報もある。赤毛の情報屋からの話だ、信憑性は高い。
今回の商談の相手も、そうした『確実性のある品』を見つけ出した貴族である。
「他のルートで流通しているレミエラと確実に同じ効果がでなければ商品価値は下がるわ」
「確かに、独自のルートで珪砂を確保している相手となれば数は限られますけれど‥‥」
「まあ、あの気分屋の貴族様に試作品を見ていただくリスクは大きいけれどね」
再び光に翳したレミエラから視線を外した赤毛の女商人の言葉に、そうではないんです、と部下は首を振った。
「それもありますけれど‥‥セベナージへ向かう道中、オーガが通行人や馬車を襲っているらしいんですよ。中には子連れのオーガもいるとかで」
「‥‥子連れ?」
子連れの動物は警戒心が強くなり、往々にして攻撃的になる。オーガもそうなのだろうか、とルシアンは首を傾げた。それとも食料が足りていない? この春先に?
「ただでさえレミエラを狙う盗賊の類が増えているんですよ、そのうえオーガまで‥‥もっと近くにいる方で協力してくれる方を探すべきです」
「諫言ありがとう。でも、あの方は‥‥私が人間だからかもしれないけれど、辛辣な言葉を遠慮なく投げかけてくれる。適任ではなくて?」
黒海・地中海を基盤とする貿易商ルシアンにとってレミエラは新たな商売であり、築いたコネクションと商会そのものをベットし商会の未来を決定付ける大きな勝負でもある。腹を探り合うようなお世辞で誤魔化されるわけにはゆかぬ。
そう、レミエラに手を染めた時から後戻りはできなくなっていたのだ。
「解りました。その代わり、護衛はしっかりと雇ってください。盗賊にも、オーガにも負けない護衛を」
乗らねばならぬ賭けなら、部下とて負ける勝負をする気はない。早速頭を切り替え、勝率を少しでも上げるべく策を練り始めた部下に、ルシアンは満足げな笑みを浮かべた。
●冒険者ギルドINキエフ
その日、ギルドの掲示板に一枚の依頼書が貼り出された。
依頼内容は単純明快に『輸送』と『護衛』──ただし、輸送し守るべき品はレミエラ。昨今、盗賊に襲われる確率が最も高い品である。
そして輸送先への道中にはオーガが現れる。確認されたのは、赤、青、黒。子供の色は確認されていない。
頻繁に現れるというオーガの群れは通行人を襲い、馬車を襲い、人肉を喰らって荷を奪うのだそうだ。オーガ種からの襲撃を受けたという話は多い。特に策を講じなくとも襲撃はされるだろう。
「気になるのは、何匹かの胸に浮いていたという光点じゃな‥‥」
掲示したばかりの羊皮紙を眺め、自慢の三つ編みヒゲを撫でるのは元は冒険者だったドワーフのギルド員。
襲われるタイミングを選びたいなら策を講じる意味はあるかもしれんな、とギルド員はひとり呟いた。最も大きいのは、相手の数が解らないという不利だろうか。
神出鬼没の夜盗や盗賊の類が現れるかどうかは解らない、が‥‥。
(「襲撃に現れるオーガ種が本当に赤、青、黒ならば現れない‥‥だろうの」)
ドワーフにはやや高い位置に貼られた羊皮紙。それを見上げるギルド員の目は、冒険者のそれと同じ輝きを宿していた。
●リプレイ本文
●暗雲
便利な物は取り入れる。人はそうしてここまで生きてきた。
故にレミエラが便利となれば、それが普及するのは自然な事と言える──ハロルド書記より、一部抜粋
出発は、幾分どんよりとした空模様。
「どうせ天候操作するならもうちょいイイ天気にしてくれたら良かったのににゃー、ハロたんのい・け・ずっ」
ハロたんことハロルド・ブックマン(ec3272)の肩をつんつんと突付いたのはルイーザ・ベルディーニ(ec0854)。どんよりした天候に好転させた彼が魔力の消費を抑えていることは解っているため、本気で言っているわけではない。ちらりと視線だけ寄越したハロルドでもう一声遊ぼうとしたルイーザはガラガラと鳴り響く車輪の音とカッポカッポと小気味良い馬の足音に言葉を飲み込んだ。
現れたのは二頭立ての馬車。御者台には男性の御者と依頼人ルシアン・ドゥーベルグが座していた。馬車を止め御者台から降りた男がルシアンの手を取る。
「ドゥーベルグ商会のルシアンよ、信頼できそうな顔ぶれで安心したわ。届け先にも粗相のないように気を配っていただけると助かるのだけれど」
「セベナージ領と言うことは、お届け相手はアルトゥール様でしょうか?」
信頼の覗く控えめな微笑みを湛えたユキ・ヤツシロ(ea9342)が挨拶に続けた言葉。飛び出した名前に頷いて、赤毛の依頼人は荷台に詰まれた木箱の山を指差した。
「これがうちのレミエラ素体。性能的にはエチゴヤの物に比較しても遜色ないつもりよ」
だからこそ、碌な事に使いはしないであろう盗賊団などに奪われたりしては困る。
「便利な分、悪用されたら厄介っすからね」
万が一にもそうならぬよう気を引き締め直した以心伝助(ea4744)はくるりと周囲を見回した。まだ合流していない仲間がいるのだ。
「エチゴヤが幅利かせてるトコに割り込むなんざ、大勝負に出たな。国が動く前に深く喰い込んでおかねぇと爪弾きにされちまうぜ」
ルシアンの隣に移動し小さく告げる馬若飛(ec3237)の声はどこか愉しそうだ。国に求められているのはレミエラを正しく普及させること、故に彼が懸念するように国がレミエラを管理する事態にはなるまいが‥‥独占市場になる前に深く喰い込む必要は、確かにあった。
「そろそろ出発したいのですが‥‥」
きっちりと積まれた荷の確認を終えた雨宮零(ea9527)が、ふう、と息を吐く。遅れている仲間はまだ現れない。
「彼女なら追いつけやしょう。あまり遅くなって急ぐことになっても困りやすし」
「ごめんごめん、ちょっと調べ物してて!」
伝助が諦めかけたその時、元気な声が飛び込んできた。藺崔那(eb5183)である。
「置いていこうかと思ってやしたよ」
「思ったより時間がね‥‥でもその分、結果は出したよ!」
自慢げな崔那に、スィニエーク・ラウニアー(ea9096)も興味を示した。
「何か解ったんですか?」
「それはまた道中でね」
ウインク1つ、崔那は晴れやかに笑った。
「よし、こっちは終わったぜ」
若飛が馬車から離れると、馬車馬が絶影Jr.とヴァイスに変わっていた。外した2頭の手綱を御者に預けると、身体つきからは及びもつかぬほど身軽に御者台へと飛び乗った。
「マーたんだから任せるんだし、痛いことしたら後で仕返すからにゃー」
ビシッと言い放つとルイーザは依頼人ルシアンへ、いってきます、と手を振った。その表情は頭上の空とは正反対の、曇りのない笑顔だった。
●篝火
しかし、手に余る技術は使用者を蝕む。
原理も何もわからない謎に包まれたその存在は今の我々の手に余る代物かもしれない──ハロルド書記より、一部抜粋
パチパチと炎が爆ぜる。調理器具を取り出したユキの心遣いは保存食を暖かい食料となし、芳しい香りがふわりと広がり鼻腔を擽る。
「先ほどの話ですけれど、何が解ったんですか?」
「盗賊とオーガの出現地点が近いんだよ。でね、オーガが出るようになってから盗賊は姿を消したみたいなんだ」
「盗賊が、ですか?」
訊ねた零は驚きを隠せない。盗賊が現れないのであれば話は随分と変わってくる。オーガと遭遇した時も周囲への警戒が不要になり、全力で挑むことができる。
「赤、青、黒のオーガ‥‥記憶違いでなければ、オーガに黒はいないのでありますが‥‥」
「オーガにいるのは赤鬼と青鬼なんよ。稀に人語を解するとは聞くんやけど‥‥黒鬼なんて聞いたことないわ」
ハロルドや若飛の友人たち─罫線ローラ・アイバーンと九烏飛鳥の言葉が脳裏に蘇った。
そういえば、と告げられた話にユキと伝助は顔を見合わせる──いるではないか、黒いオーガ種が。一般人には纏めて『恐ろしいオーガ』と称されるであろう、オーガに似た存在。けれど明らかに大きく、明らかに強く、雑食のオーガと違い人肉を何より好む存在‥‥オーグラが。
「オーグラなら盗賊がいないのも合点が行くな」
『オーガを従えた人喰鬼の縄張りで彼等と同じく街道を行く旅人を狙うのでは、リスクばかりが大きすぎる』
若飛の言葉にハロルドも頷く。元傭兵の彼等には、強奪した金品を基準にするであろう盗賊の思考がよく理解できた──同じ行いをするわけではないけれど。
「では、懸念が1つ減ったところで早く寝ることにしましょう? 疲れを蓄積してしまってはいけませんから」
優しげな零に促されテントに転がり込んだ冒険者は、自らの足で歩いた疲労もあったのだろう、時間を置かず眠りの縁に誘われていった──
それから、ほんの四半時ほど後のこと。
「ん?」
ルイーザが首を傾げた。ほんの僅か、鳴子の触れる音がしたるのだ。若飛もハロルドも気づいてはいない。
「‥‥何か鳴らなかった?」
「そうか?」
何も聞こえなかったが弓を手繰り寄せると、若飛の耳にも草を踏む音が聞こえてきた。オーガにしては小さすぎる音。動物か、と振り返ったハロルドと、叢から覗く二対の瞳が合った。
「ガ‥‥イイ、ニオ‥‥」
「‥‥チイサ、アサ?」
邪気のない瞳をした、二匹の子オーガだった。くんくんと鼻を鳴らして食事の残り香を嗅ぎ、明るい篝火に興味津々。
「‥‥参ったなー‥‥」
頭を掻くルイーザ。敵対するなら退治する覚悟は決めているが、無邪気に懐かれるのは想定外だ。
「退治しちまうか? このまま返しても、場所教えられたら厄介だろ」
『戻らなければ親が探しに来る』
2人の意見は真っ当で、どちらも遠慮したい事態である。答えを出すよりも、子オーガたちが篝火を囲む3人に加わる方が早かった。ちょこんと座り込んだ2匹にきらきらと輝く瞳で見上げられ、気持ちは揺らぎ剣も鈍る。
「あのさ‥‥ご飯の残りをあげて、大人しく帰ってもらって、野営地を変えるとか駄目かな。戦闘中に会ったら退治するから」
「人が良すぎるぜ、ルイーザ。ま、覚悟があるなら俺ぁ構わねぇけどな」
ちらりと視線を送られ、ハロルドが再び地面に文字を記す。
『今日は魔力の消費も少ない。スィニエーク殿やユキ殿を起こしても影響はない』
ぱあっとルイーザの表情が輝いた。鍋に少しだけ残った夕飯を2匹に分けると、念を押す。
「食べたら帰るんだよ? それから、このことは内緒。約束。‥‥って、解るかにゃー」
「ウ、ウガ‥‥ナイショ‥‥」
「ガア‥‥、アリ、ガ、ト」
解っているのかいないのか。食事を終えた2匹を鳴子の外まで送ると、仲間を起こす。
「‥‥まあ、仕方ないっすよね」
人懐こい子オーガ。あっしが起きていても退治できなかったっすよ、と苦笑した伝助の援護もあり、一行は夜陰に紛れ移動を開始した。
二度と遭遇しませんように──ルイーザの切なる願いをタロン神が聞き届けることはなかった。
●馬車
果たして人はレミエラを使いこなし、更なる発展を遂げる事が出来るのか。
あるいはその身を焼かれ、朽ちるのか――ハロルド書記より、一部抜粋
馬車馬が戦闘馬になりペースが上がったかと問われれば、答えは否。馬車の他に冒険者の荷物を背負っており、また積荷が割れ物ということもあり、ペースは思ったほどに上がらない。魔法の靴を履くと早すぎてしまうため、荷を馬へと預け、徒歩での行軍を余儀なくされた。
「ユキさん、大丈夫ですか」
基礎体力が劣るユキは馬車の片隅に乗り込もうと考えていた。しかしきっちりと積まれた積荷は彼女の思惑を打ち砕いた。そんな彼女に、零は優しく声を掛ける。
「はい‥‥大丈夫ですの‥‥」
依頼として受けたからには「できる」「できない」ではなく、やらなければならない。甘えん坊なユキも冒険者をしている以上、それだけの覚悟はある。きゅっと結んだ唇に滲む意思。零は見守るような微笑をうかべ、休憩を進言しようと馬車を見た。
「‥‥伝助さん?」
スィニーに一言声を掛けられた伝助が森へ飛び込み、見る間に小さくなっていく。疾走の術を使用しているのは知っているためその速度に驚いたわけではない。スィニーが声を掛け伝助が偵察に行く、それはブレスセンサーに反応があったということ。
「ユキさん、馬車へ。急ぎましょう」
ほんの十数メートルの距離だが、念には念をとユキの背を守る零。彼が馬車へ辿り着くのと伝助が戻るのはほぼ同時だった。
「この先に潜んでやすね。オーグラ2体、子オーガが2体、オーガがざっと14体とゴブリンが1体。光点は浮かんでいなかったんで、誰がレミエラを持っているのかは解りやせん」
「多いね‥‥襲ってくるなら容赦する気はないけどさ」
「レミエラ使うのがどいつなのか、早く解るといいんだがな」
オーガがレミエラを所持している可能性は充分に考えられる。伝助の聞き込みに寄れば光点が確認されたのは戦闘中、つまり攻撃や防御に関係するレミエラということになる。小さく呟いた崔那と重なった若飛の言葉に、スィニーが頷く。
「レミエラ‥‥確かに便利ですけれど、それにもまして戦いが辛くなった気がしますね‥‥」
スィニーがぽつりと呟いた言葉を、冒険者は身をもって体感することになる──気付かれたことを察知し、オーガの群れが姿を現した!
「色んな意味で大切な物だからね。奪わせないよ」
オーラを纏い、崔那は不敵な笑みを浮かべる。
「セーラ様、お守りくださいですの‥‥」
ユキの祈りが積荷を覆うように結界を構築し、ハロルドの短い詠唱で近付きつつあるオーガの眼前で水球が爆発した。
「ガアアア!!」
怯まず獰猛に吼えるオーガは歴戦の風格を漂わせる。
──バリバリバリ!!
轟音と共にライトニングサンダーボルトが群れの中央を貫いた!
「先手必勝、ってな!」
御者台に立ち上がった若飛の手元から鋭くとんだ矢は、オーガを倒すためのレミエラの効果を纏う。貫かれたオーガが崩れ落ちて虫の息となったことを確認し、手綱を手繰り寄せる。結界内には収まったのは荷台と綱のみで馬は結界からはみ出している。若飛の手に、2頭の命も握られているのだ。
「ガアア!!」
オーガを蹴散らし現れたオーグラ。その禍々しき視線の先には2頭の馬──いや、零が割り込んだ。
「グオオオオ!!」
怨嗟を込めた一撃が零に襲い掛かる!! だが軽やかに交わし、隙を逃さんと深紅の左眼が煌いた。
(「死んだら、泣かせちゃうかな‥‥」)
愛しき勝利の女神の名を胸中で呟き、愛剣で鋭く薙いだ!! 陽光を受け黄色味を帯びて輝く剣。その軌跡に血飛沫が吹き上がる!!
──と、オーグラの胸の前に「ぽう」と光球が浮かんだ。
「レミエラ!」
短く叫んだ崔那がオーグラの背後に回りこみ、双龍牙を見舞う!!
鈍く重い音を立て、オーグラが地面に沈んだ──‥‥
「やっぱ硬いなぁ‥‥魔法がなかったら厳しかったかも」
見舞った攻撃が軽いとは思わない。けれど、スィニーとハロルドの魔法が体力を削っていなければ致命傷とはなり得なかっただろう。
「零ちん、もう1匹オーグラ行ったにゃ!!」
次々にオーガを気絶させていたルイーザの警告が飛ぶ。立ち上がったオーグラの胸に飛来した矢が突き立った。再び光点が浮かび、魔法の力を消し去る。
「ちっ、こっちもレミエラかよ!」
結界の内から飛来する矢が、魔法が、オーガ達の足を止める。「失礼!」 両手の武器を器用に操る伝助が、オーガに肉薄した!!
「ウガアア!!」
と、両手を広げてオーガを庇うように、子オーガが立ち塞がった。
「ウガ‥‥!」
涙を浮かべ必死で訴えかける瞳に、伝助の手が止まる。一瞬の躊躇い。その隙に、飛び出してきたメスのオーガが子供を抱きしめ敵意の視線を向けた。
(「不幸の連鎖、っすか‥‥でも‥‥」)
振るう攻撃が母オーガを捕らえたとき、光点が浮かび上がった。
「レミエラ!? まさか、子供を守るためっすか!?」
「伝ちん、斬るにゃ!!」
共に遊撃に当たっていたルイーザの叱責。同時に切り込んできた彼女に、子オーガが突進する。
「メ‥‥」
ぎゅっと抱きつき、ふるふると首を振る子オーガ。向かってくるなら容赦はしないと決めていた。でも戦闘を止めようとする相手は?
──ズゥゥゥゥン‥‥
その時、地響きを立て2匹目のオーグラも墜ちた。最後の1匹となった母オーガは子供をつれて逃げんと立ち上がり、
「白銀の電光──」
スィニーのライトニングサンダーボルトが、貫いた。
「ウ、ガアアアア、──!!」
大粒の涙を零して子オーガが吼える。その声が唐突に途切れた。胸には一本の矢。
「‥‥」
胸を裂くような沈黙が、戦場を覆い尽くした──
「行こう、荷物が届かないと心配されちゃうから」
いち早く割り切った崔那の声。馬車が通れるよう全員で遺体を森へ動かし、戦利品を失敬し‥‥スィニーは首を傾げた。
「おかしいですね‥‥」
子オーガが1体なのは、1体しか現れなかったから。オーガとオーグラの数は合う。だが、雷光が止めを刺したはずのゴブリンが見当たらない。
「嫌な感じっすね‥‥」
伝助も呟く。そもそも、彼等はどうやってレミエラを手に入れたのか。
「アンチオーガスレイヤーだぜ、コレ」
レミエラの効果を打ち消された若飛だからこそ感じた事実は、一同の気持ちを更に暗く暗く沈めた。
「うが‥‥」
何が起きたか理解できぬほど幼いオーガが、遠くから見つめていることにも気付かぬほどに。
その後は襲撃もなく、積荷は無事にアルトゥールの手へ届けられた。
勉強をしようと考えていた崔那の思惑に反し、たいしたことは解っていない、とアルの反応は素気無いもので、手にできた情報といえば光点の浮かぶ場所がバックパックや外套で覆われていれば隠すことができる、というそれだけ。
だが、オーガを退治したことに対し、彼から追加の報酬が支払われることとなった。
ふむ、と僅かに考えたアルが取り出したのは、合成することで軽量化や特定の魔法の威力強化、剣技補助などの効果を与えるレミエラ。
心への小さな傷とは正反対の、傷ひとつない美しく澄んだガラスを手に、一同はセベナージを後にするのだった。