魔怪村復興支援〜子〜

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月05日〜06月10日

リプレイ公開日:2008年06月13日

●オープニング

●マルコ・ラティシェフ領セベナージ
 キエフ公国首都キエフの北に隣接する地は、マルコ・ラティシェフというハーフエルフの治めるセベナージという領地である。
 領内にはドニエプル川へ繋がるキエフ湖の半分近くがあり、湖に注ぐ広大な河川が2本ある。片方はチェルニゴフ公国の首都チェルニゴフの近くを通り‥‥要するにセベナージは物品を船で運搬することが多いキエフに於いて交通の要所といえる場所にある。
 その地に、破壊の化身とも呼ばれる強大なデビル・アバドンが封印されていることが判明したのは復活が目前に迫った時のこと。そして復活した破壊竜アバドンの毒牙に掛かり、領内ではとても多くの血が流れ、その大半の地が焦土と化した。
 しかし、焦土と化そうとも人々は懸命に生きようと足掻いていて。
 近々代替わりが噂される次期領主アルトゥール・ラティシェフの積極的な支援もあり、領地は確かに着々と復興していた。

 ところが、そんな前向きな者にも悲劇は降りかかる。
 否、悲劇ではなくタロン神の試練なのかもしれない。

 魔怪村と呼ばれるその村もまた、試練に晒された村の1つであった。

●魔怪村
 セベナージ領内にある、とある森の中。
 モンスターがとても多いその地域は、領民からは『魔怪村』と呼ばれ恐れられている場所である。
 開拓や狩猟を行って暮らしているその村の周辺は前述のとおりモンスターが多いのだが、中でもこの地区にしか見られない特異なモンスターが現れること多い。その原因について村では「魔力の吹き溜まりになっている」という説や「土地が肥えすぎている」という説、あるいは「精霊の力が偏っている」という説などが飛び交っているが、真偽のほどは未だ定かではない。
 依頼は、そんな魔怪村から届けられたものだった。

 幸か不幸か土壌だけは豊かな魔怪村。
 だが、モンスターの棲家ともなっている森はアバドンの毒牙に掛かり無残な姿と化してしまった。春の収穫は、とても少ない。
「アルトゥール様の支援物資が届かなかったら大変だったな」
「本当だよねえ」
 男と女はそんな言葉を掛け合いながら、森を癒し、家畜を育てる。のどかな風景、のはずだったのだが‥‥ここ数日、高熱を出して寝込むものが多かった。そして体のあちこちが、こぶし程にも腫れあがる。
「た、たた大変だぁぁ! リュカが死んだ!! マイアも熱を!」
 意識が失われた者が死ぬのはリュカで3人目。しかし、マイアのように倒れた者の数は、少なくはない。
 こうした状況の中、村長もとりあえず一昨日に病人の隔離を指示したのだが‥‥。
「領主様にご連絡をしよう。伝染病なら薬を貰わなければならん‥‥」
 底抜けに明るいこの村らしくなく、村長は表情も暗く告げた。
「だが村長、伝染病なら防ぐ手立ても考えないと! 原因も解らないじゃないか!!」
 食って掛かった若者はアレクセイ。発熱したばかりのマイアの父親である。
 娘の事も不安だろうに、男は家族同然の村人たちの事までも当然のように気に掛ける優しさを秘めていた。彼だけではない、村長も、村の他の者たちも、そんな優しさと強さを持っている。それが村長の、村人たちの、自慢でもあるだけに‥‥村長の心は痛んだ。
 顔に刻まれた年輪を更に深めた村長におずおずと声を掛けたのは食糧倉庫に出入りしている女性たちだった。
「森があんな状況だからだと思うけど」
「先週辺りから、倉庫周辺でネズミの姿がね‥‥」
「‥‥それを早く言え!」
 そうして、領主への支援依頼と同時にキエフの冒険者ギルドへと火急の依頼がなされることになったのだった。

●今回の参加者

 eb0866 ゼヒュアス・ウィーニー(46歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec0591 春日谷 上総(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec3559 ローラ・アイバーン(34歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4924 エレェナ・ヴルーベリ(26歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ec5036 迅 印坤(36歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec5046 ハザマ・タイジ(31歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●森の中の村
 空気が緑の香りを孕み、青空に穏やかな太陽が顔を覗かせ、爽やかにそよいだ風が木々を揺らす。ようやく訪れた遅い春を謳歌せんと、鳥達の歌声が響き渡る。こんな日に病魔に冒された村を訪れなければならない冒険者は、キエフで最も不幸なものの1つに違いあるまい。
 鮮やかなパステルカラーに彩られた森の中、依頼主である村の在る方角に向かい、道というのも憚られる道を行く。馬を引き、何かの卵を大事に抱えて歩くこと1日と半。やがて視界が開けると四方を森に囲まれた小さな村に辿り着いた──そう、魔怪村である。
 待ち侘びていたのだろう、村の外れにいた者達が手を振っての歓待ぶりだ。
「冒険者だ!」
「冒険者がきた!」
 どこか上品な空気を纏う黄金の髪の女性エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)がリーダー格の男性の前に進み出て右手を差し出した。
「エレェナだ、宜しく。レェナでもリョーカでも、好きに呼ぶと良い」
「アレクセイだ、宜しく頼む」
 どこか楽天的な雰囲気を感じさせる者が多い中、アレクセイと傍らの男性が纏う悲壮感は冒険者の目を惹きつける。
「病の者の家族、か‥‥胸中お察しする」
 春日谷上総(ec0591)が一礼すると、怒りと悲しみを半々に湛えて揺らぎそうな口を真一文字に結んで上総を睨んだ。そうでもしなければ泣き言が零れてしまうのだろうと、上総はその視線を受け止める。
「‥‥早速だが、村長の家へ案内させていただく。宿になる家へはその後に」
 1日と半も歩いたのだ、今更数十メートル、数百メートル増えたところで困りもしない。4人が頷くのを待たず、アレクセイは踵を返して歩き始めた。

●れっつ村長宅
 村長の家は村の中心部ではなく、少し離れた家。
「ジャイアントラットが出て来たのはいつ頃からなんだ?」
 腰を落ち着けるが否か、迅印坤(ec5036)が訊ねると、猛烈な勢いでアレクセイらは今までの経過を語り始めた。

 10日ほど前、一人の少年が高熱を出して寝込んだ。
 その二日後に成人女性、更に翌日少女リュカが、それからもひとり、またひとりと高熱を出して床に就いてしまった。
 やがて少年の身体のあちこちに拳ほどの瘤ができ始め──発症から一週間ほど経った日、この世を去った。
 成人女性も、リュカも、やがて瘤ができて発症から一週間目に死んだ。
 アレクセイの娘マイアが高熱を出したのは今から4日前のこと。依頼が失敗し薬が届かねば彼女も7日目を迎えて死ぬのだ。
 村の女たちに寄れば、ジャイアントラットは半月ほど前から痕跡を残したり、姿を見せたりしているのだという──‥‥

 だが、やはり悲壮感が漂うのは病人を抱えた家族が殆ど。冒険者が現れ、明後日の朝には領主からの薬が届く既に聞いているのだろう、どこか楽観的な雰囲気すらうかがえて、ローラ・アイバーン(ec3559)は気取られぬよう小さく溜息を零した。
「ジャイアントラットが出ても大して話題にあがらないのでありますか‥‥どのような日常なのか想像に難い村のようで」
 しかし、その呟きをおばちゃんの地獄耳は聞き逃さない。バシバシと彼女の背中を叩き、笑顔で話し掛けてきた。
「あんなの気にしてたらココじゃ暮らしていけないよ! だいたい、齧られたのだって食料庫の柱なんだからね」
「食料は無事なのですか?」
「もちろんさ。もう少し森が元気になるまでアルトゥール様の支援物資で食いつながないといけないんですから、あたしたちも必死なのさ」
 モンスターにとっても人にとっても、デビルが残した爪痕は未だ色濃く残っているようだ。それを払拭するのが今回のミッションならば達成するまで──遠く南の国で生まれたローラは、祖国とは似つかぬこの国のために今日は力を尽くそうと改めて心に決めた。

●でっかい食料庫
 実際に現場を見てみれば、食料庫はぶっとい柱に巨大な鼠返しの誂えられた豪快な造り。柱にはなるほど、確かに鼠らしき歯形がくっきりと残されていた。──鼠にしては随分と大きいようではあるが。
「確かにジャイアントラットの歯型ですね」
 ローラの言葉にエレェナが興味津々で覗き込んだ。モンスターや動物の生態について学んだ者にとっては初歩の初歩。
「これが、か‥‥ふむ‥‥」
 後学のためにとまじまじと見つめるエレェナだが、感染の危険を考えているのだろう、一定以上の距離には近付かぬ。
 ぐるりと食料庫の周りを歩いていた上総が戻り、愛刀の鍔を軽く鳴らした。
「エレェナ殿は前線に出ず、許可は必要だが食料庫で待機していただきたい」
「そうだな。そこからなら魔法も届く」
 女三人集まれば姦しくなるというもの。その胸がなければ男性と見紛う上総も軍人気質のローラも合理的なエレェナも決して騒がしいほうではないのだが、それでも普段より多少賑々しく感じるのは仕方のないこと。もっとも、会話は雑談などではなく作戦の相談なのであるが。
「新巻鮭は例えジャイアントラットでも食べ応えがあるだろう。餌には丁度良いと思うが」
「匂いの強いロックフォールチーズの方が、誘き出しやすいのではないか?」
「いえ、餌より鳴子を作り仕掛ける方を優先しましょう。鳴子がなければ罠の威力は半減しかねません」
 冒険者がしばしば警戒用に使用する鳴子は、もちろん冒険者ギルドや商店で販売されているものではない。全て冒険者の手作りとなるのだ。罠用の網というのもなく、多くは魚網で代用されるのだが──あいにく、4人とも持ち合わせていなかった。つまり、罠用のアイテム諸々も手作りしなければならないのだ! まあ大変!!
「数はどれくらいか見当がつくか?」
「足跡の様子から推察すると3〜4体だろうな」
 上総もまた、疾同様に猟師のような技術を持つ。踏み荒らされ幾重にもなった足跡だが、時間を掛けて調べればそれだけの頭数だと断言できよう。
 そして女性陣が鳴子作りに精を出している間、疾はといえば──‥‥

●村の周りも森
 村から離れればすぐに森。村はずれに仕掛けようと疾の考えていた火計は、村人達の反対に合い中止となった。
「獣には炎が手っ取り早いのだが‥‥」
「だが森が燃えては困る!!」
 村人達は森を利用し生計を立てている。森がなくなりかねぬ手段、それはデビルの残した爪痕をなぞることになりかねず、村人としては看過できる話ではなかった。
 もっとも、すぐに用意できる油といえば食用油とランタン用の油。食用油に引火させるには温度を上げねばならず、ランタン用の油には爆発的な引火などしない。村人の許可が出ても、実用的な罠になる可能性は低かった。
 かといって大掛かりな落とし穴を掘る時間はなさそうで──‥‥
「ん?」
 ふと、疾は足を止めた。しゃがみ込み、己が掌が羽毛であるかのように地面を優しく撫でる。
「踏み固められている‥‥ここは鼠の通り道のようだ」
 だが今は単身、しかも村人を連れている状態で深追いはできない。
(「ここで掛かって村で鳴るような鳴子を仕掛ければ‥‥」)
 思いついてしまえば後は早い。鳴子よりロープが重要だった。道案内を兼ねて同行してもらっていた村人たちの手も借り、疾は早速罠を仕掛けることにしたのだった。

●鳴り響く音
 仕掛けた鳴子に鳥がとまり、村人が蹴躓き、何度かの誤報が鳴り響いた後。
 比較にならぬけたたましい音が鳴り響いたのは、村に訪れて2度目の夜だった。
「来た」
 襲撃が夜だと予想したローラの言葉通り、夜陰に紛れて走る4つの影。
「月の揺篭に抱かれて‥‥お休み、永遠の夢の中へ」
 エレェナの詠唱が殿の1匹を眠りの水底へと引きずり込む!
「頭数が減るのは助かります」
 表情を変えずに礼を述べ、同時にヴァジュラナーヴァを投げる!
 狙いすました一撃は先頭の1匹の片目を切り裂き、戦意を殺いだ。そこへ子守唄の如くスリープが詠唱され、また1匹、もんどりうって倒れこんだ。
「ならば、後は俺たちの仕事だ」
 直接戦闘に向かう前に前衛の2人はオーラパワーを纏う。疾の拳にはナックルが光り、上総の両の腕では長短二本の刀が輝く。
「援護を頼む」
 告げた上総が地を蹴った。避けるまもなく二条の軌跡がジャイアントラットのシルエットを裂く!!
 もう1匹の突進を正面から拳で受けて立つ疾。腕が痺れた隙に放たれた体当たりを間一髪かわし、体を反転させた勢いを乗せて回し蹴りを見舞う!!
「負けていられませんね」
 先輩冒険者の意地も少し含まれているかもしれない。ローラの縄ひょうが頭上を縦横に踊り、二人へ加えられる攻撃が過剰にならぬよう、緩急付けた攻撃でジャイアントラットたちの意識を分散させる。戦闘の喧騒で目を覚ますジャイアントラットが戦列に加わる頃には次の1匹が眠りに落ちて。
 たかが4人、されど4人。しっかりと分担された戦術は的確に敵戦力を分断し、戦闘を優位にと運んでいく。
 夜の闇が最も濃くなる時間より前に、4匹のジャイアントラットは葬り去られた。
 寝静まっている村人たちをいたずらに驚かすこともあるまい。夜風を遮るよう襟を立てながら、ローラはそう結論付けて新たなる案を口にする。
「燃やすのは人が起きてからの方が良いと思いますが、その前に死骸を村外れまで運んでしまいましょう」
「それではエレェナ殿、申し訳ないが戻り次第服が消毒できるよう、湯を沸かしておいてもらえるか」
「了解、そちらの方が役に立てそうだ」
 彼女が試しに放った月光の矢は自身に突き立った。
 村の近辺にネズミが居なければ食料庫から離れても大丈夫だろう。頷くと疾の用意した樽に向かって走った。

 夜はまだ長い。けれども悪夢は潰え、朝日と共に再び希望が村に訪れる。
 冒険者は、その手伝いをする、ただそれだけ──‥‥

●青空への葬送
 黒煙が青空を染めて行く。
 肉の焼ける臭いが、毛の燃える臭いが、魔怪村を黒く染めて行く。
 鼠の骸は浄化の炎に巻かれ、病と共に天に去るだろう。
 薬は間に合った。マイアのたったひとつの命は護られた。
 尽力した冒険者へも届いたばかりの保存食が提供された。
 それは支援物資と共に届いた送り主アルトゥールの指示によるもの。

 食料ならば、買うことができる。
 護った命は、育むことができる。
 けれど、失われた命は返らない。

 炎の番をするローラの瞳が、青空と同じように黒煙に染められ、陰った。

「せめて、冥福を」
 死した命にも、飢えた鼠たちも、等しく弥勒菩薩の元へ導かれますように。
 国を超え宗教を越えて、疾も上総も黙祷を捧げた‥‥その時。

 ────〜‥‥♪

 オカリナの優しい音色が沁みるように魔怪村に流れた。
 魔怪村の名に似合わぬ、月光のような繊細な音色。
 紡ぐはくすんだ金髪の女性──その桜貝の唇と、たおやかな指先。

 セーラの御許に導かれますように。
 残された者たちの心の傷が、少しでも早く癒えますように。

 オカリナの音色が止んだとき、村人の顔に微笑みと涙が零れた。
「精霊の気配漂う地‥‥今は災いの跡色濃いが、元は美しい村だったのだろうな。その姿を、私も見てみたいよ」
「この森は豊饒の大地を育み、豊饒の大地に育まれてるからね。一年も立てば、きっと見られるよ」
 目を細めたおばちゃんの言葉は、少なくとも彼女の真実の言葉だった。
 そうなるといい──願いを込めて、エレェナも春風のような笑顔を浮かべたのだった。