冒険者って便利屋さん?−街道の鬼−

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月15日〜06月20日

リプレイ公開日:2008年08月09日

●オープニング

●酒場の噂
 ここ数日、キエフを中心に囁かれている噂がある。
 赤い肌のオーガが現れるのだという、噂。
 冒険者の出入りする酒場にも、その話題に興じているテーブルがあった。
「金髪のヤツが襲われるんだよな」
「いや、ショートのヤツが襲われるんだろ?」
「俺は女が襲われるって聞いたぜ」
「いや、それはオーガじゃなくてミノタウロスじゃねーの?」
「オーグラに襲われたとかいうのは?」
「オーグラとオーガの群れは退治されたんだろ。討ち漏らしでもあったんじゃねぇか?」
 エールやクワスの匂いが入り混じったテーブルに下賎な笑い声が交う。
「ンで、そのオーガには誰か実際に襲われたのか?」
「さあ」
「襲われたから噂になってんだろ」
 実際のところは誰も知らない。襲われたという噂はあるのだが、誰かが死んだという話は聞かないのだ。
 噂なんてそんなもんだろ、とまた笑い、冒険者たちの話は徐々に逸れていった──‥‥

●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は、ラスプーチンの企てたクーデターが潰え、彼がデビノマニと化した後も‥‥まるで壮大な協奏曲の如く彼の存在を誇示しながら、皮肉にも国民の希望となり支えとなり続けていた。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、反逆の徒ラスプーチンが姿を消した『暗黒の国』とも呼ばれる広大な森の開拓は、そこに潜む膨大で強大なデビルたちが存在の片鱗を見せた今、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突以上の恐怖を伴うこととなった。
 そして、それは終わらない輪舞曲。広き森を抱き開拓へ希望を抱く公国、歴史ある都市を築き上げ開拓の余地のない公国、牽制しあう大公たちの織り成す陰謀の輪は際限なく連なっていく。まるで、それがロシアの業であるとでも言うように。
 不穏と不信、陰謀と野望。それらの気配を感じた人々や、それらを抱く人々による冒険者への依頼も増え、皮肉なことに冒険者ギルドは今日も活気に溢れていた。もっとも、夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼が並ぶ状況に変わりは無いのだが──‥‥

 ギルドのカウンターに腰掛けたのはひとりの女性。ひとつの団子に括った髪も切れ長の瞳も深い赤で、グリーンの服によく映える。今日もまた、グリーンの服を纏ってスツールに浅く腰掛けていた。
 長いスカートの裾が引きずれぬよう少したくし上げ、女性──ドゥーベルグ商会の女社長ルシアン・ドゥーベルグは凛と背筋を伸ばしたまま顔馴染みのギルド員へと本題を切り出した。
「オーガを何とかして欲しいの」
「また随分とアバウトな依頼じゃの‥‥」
「だって、オーガが現れる確証がないんですもの」
 自慢の三つ編みヒゲを撫でたドワーフのギルド員。肩を竦めたルシアンも、噂程度の認識のようだ。
「ならわざわざ依頼を出さずとも良いじゃろう」
「納品が遅れなければ、私だって構わないのよ」
 表情が僅かに険を帯びる。昨今はルミエラにも手を出しているドゥーベルグ商会だが、その主な事業は黒海やドニエプル川を利用した食料・宝飾品の運搬と輸出入。本社はノルマンにあり、ルシアン自身もノルマンとロシアを往き来している。
 彼女曰く、オーガ騒ぎでそちらの仕事に支障が生じているのだという。先日までオーグラを含むオーガの群れが出没していた街道沿い‥‥それらは退治されたとはいえ、未だオーガが出るといわれては安全に不安を抱く者が現れるのも詮無い話。怯えた生産者からの納品全般に遅れが生じているのだ。
「退治が大変なら追い払うだけでも構わないの。早急に対応していただけるかしら」
「それならば、ベテラン冒険者に声をかけてみることにするかの‥‥おるかどうかも解らんオーガ退治、か」
 まるでポルターガイスト退治じゃなと胸中で呟きつつ、ギルド員は依頼書の作成を始めるのだった。

●赤色の子供
 街道を旅人が行く。
「随分と暖かくなったわよね、ありがたいことだわ」
 陽光を浴びる短い金髪は煌いて、その存在を際立たせている。
 女性ながらに引き締まった筋肉を思わせるシルエットは女戦士を思わせるが、その手の隅々まで泥が染み付いているところから察するに、恐らく野良仕事に精を出す女性なのだろう。

 ──ガサッ

 茂みが揺れた。
 警戒して振り返った女性の眼前には、物心つかぬような、幼いオーガ。
「ウ、ウガ‥‥」
 金髪に惹かれるように、或いは陽光に導かれるように、幼いオーガは駆け出した!
「きゃあああ!!」
 小柄な身体での体当たりを受け、女性は絹を裂くような悲鳴を上げた。
「‥‥ウガ‥‥?」
 吃驚して尻餅をつくオーガ。その隙に女性は脱兎の如く逃げ出し。
「‥‥‥」
 ただひとり残されたオーガは、大きな目を潤ませて、とぼとぼと森の中へ姿を消すのだった──‥‥

●今回の参加者

 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec0854 ルイーザ・ベルディーニ(32歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec3272 ハロルド・ブックマン(34歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759)/ フォルテュネ・オレアリス(ec0501

●リプレイ本文

 私の名はハロルド・ブックマン(ec3272)。冒険者だ。
 さて、人生の変化に大きく関与する要素に「気付き」と「選択」がある。
 前回のオーガ退治で私はいくつかの気付きを素通りした。
 一つはオーガの子供が何故か人語を理解していた事。
 もう一つは群れの中でゴブリンが一匹だけ混ざっていた事の不自然さ。
 その気付きはいくつかの選択を生む。それは、それを知る人々によって枝分かれし、緑茂る聖木のようにその裾野を広げている。
 その証拠に、仲間達の反応はそれぞれ違っていた。
「オーガ族はカインの子孫・罪深き存在。ジーザス教圏では人語を解しても生きるのは大変だろう」
 目的地へ街道を歩きながら、アレーナ・オレアリス(eb3532)がその心情を吐露している。
『おとなしいなら助けてあげたいなぁ』
 先行した仲間にはそんな意見もあった。しかし、それには様々な問題がある。
「確かに、特に悪魔と繋がってるとか、鬼を保護しているとかのスキャンダルは、教会や領主にとっては禁忌だろうし、子鬼が罪を犯した時に責任を負えるのかな?」
 アレーナのもっともな指摘。例えどこかの貴族がOKを出したとしても、あまりよろしくない傾向だ。
「みんなの話を聞く限り純真な子オーガの可能性もあるみたいだし、その子の場合は保護してあげた方がいいのかしら?」
 シャリン・シャラン(eb3232)が相変わらずふよふよと頭上を飛び回りながら、そう聞いて回っていた。だがアレーナ、またも難しい表情を浮かべる。
「その場合、それはこの子の母親にになるということだから、生涯を捧げる覚悟が必要で、鬼は祝福される存在になり得るのか?」
「難しいですね。一応通行人に心配をかけないように、口止めはしてきましたけど」
 セシリア・ティレット(eb4721)が穏やかに言って、街道の進行方向を見る。キエフにも近いそこでは、既に何組かの旅人とすれ違っていた。彼ら一般人にとって、オーガはいくら子供でも恐ろしい存在なのだから。

 その頃のセブンリーグブーツを所持した先行組は、先に準備を整えていたそうだ。
「この辺りが誘うにはちょうど良さそうだね。何を作ってるの?」
 藺崔那(eb5183)が野営地兼ベースキャンプとして選んだのは、街道からはそれほど離れていないが、普通の旅人はあまり出入りのしない場所だった。オーガが出てきやすいように注意しながらも、蘭は同行したルイーザ・ベルディーニ(ec0854)が、なにやら保存食を手近な串に刺している。
「ご飯のにおいをさせたら、お腹すいて出てくるかなぁと思って」
 本格的な調理道具は持ってきていないが、手持ちの保存食を食べやすくするだけなら、普段からやっている事だ。ルイーザが作る匂いに誘われて、お腹をすかせた子オーガが出てくるかもしれないと思ったようである。以前に食料を貰った事があるそうだから、人間の食事の味を覚えている可能性もあるそうだ。
「何か良い匂いがするなぁ」
 だが結局、後発組の我々がたどり着くまで、オーガは現れなかった。料理だけは、結構な数が出来ていたのだが。
「これだけだと出てくるかどうかわからないし。ちょっとお日様に聞いてみるねー」
 シャリンがそう言って、サンワードの印を結んでいた。尋ねているのはどうやら『一番近くにいるオーガ』であるようだ。
 それによると、この近くに人型の生き物がいるようだ。それが本当にオーガかわからないので、今度は以前会った事のあるらしいルイーザが会った子オーガで試してみている。しかし、どういうわけか反応はないようだ。
「日陰に入っちゃったかなぁ。この辺りなんだけど‥‥ルイーザ、これ試してみて」
 しょぼんと肩を落とすシャリンだったが、それも一瞬のこと、すぐさま地図と持っていたダウジングペンデュラムを手渡した。
「では、場所を変えてやってみましょう」
 ルイーザ、それを持って、焚き火を離れる。私も記録をおおせつかっている故、後についていった。
 そうして、しばらく歩き回っていた頃だった。日はまだあるが、頃合的に食事の時間である。それを示すように、少し離れた森の中で、なにやら細い白煙が上がっているのを見て取れた。
 人がいる事は確かだ。急いで向かう我々。騒ぎを聞きつけて、他の仲間達も集まってきた。
「子オーガの癖に、俺らのシマを荒らすたぁふてぇ野郎だ!」
 見ると、騒ぎの中心にいたのは子オーガ。その後ろから、粗末な武器と防具を身に付けた男達が数人、怒りの形相を浮かべて追いかけられている。
『テレパシーをっ』
 私の他にも意思の疎通が図れる魔法を使える者が居たはずだ。そう意思表示をすると、テッド・クラウス(ea8988)がすぐさま『こっちだよ! 早く!』と叫んでくれた。詠唱時間を考えると、どうやら高速詠唱を使ったらしい。もっとも、子オーガは突然声をかけられて、戸惑っているようだ。
『助けてあげる! 早く逃げて!』
 テッドが短くそういった。そして自分と同じ位の背丈を持つ子オーガを背中に隠すようにして、その場から離れようとする。
「弱いものいじめをする奴には、お日様のお仕置きなのだー!」
 その間に、シャリンが激しくステップを踏んだ。空中で、彼女の身に付けた踊り子の衣装が、太陽を受けてきらめく。普段からアクセサリーをよく集めているらしい彼女、今も身に付けた指輪やピアス、ネックレスが、BGMのようにリズム良く音を奏でている。その小気味よいリズムに乗って掲げた両の手のひら。そこから彼女は太陽の力を解き放った。後で聞いた話では、レミエラで強化されているらしく、盗賊達の中に、盛大な明るい光をぶち込んでいた。
「ああもう。子オーガおびえてるじゃないですか。大丈夫ですって伝えてくださいよー」
 別にダメージを食らったわけじゃないが、光で驚いた子オーガがテッドの影で頭を抱えてへたり込み、プルプル震えている。逆にサンレーザーをぶち込まれて浮き足立っている盗賊に、セシリアがコアギュレイトを撃ち込んでいった。装備が若干乏しい感じがしていたが、相手を見る限りグッドラックで強化しなくても何とかなりそうだ。

 さて、物事の変革には気付きと選択がある事は前述したが、盗賊を捕らえ、子オーガに『気付いた』私は‥‥いや、我々はこの依頼で一つの選択をする。
 一方は一時の痛みを越えた先にある平坦な道。
 もう一方は険しく先も見えない闇へと続く道。
 一人なら前者を選んだが、後者に向かう者がいた為、それに追従する事となった。
 これもまた人生を大きく変化させる要素、「出会い」によるものだろうか‥‥いや、やめておこう。どうやら仲間達は盗賊を全て捕らえたようだ。
「ちょっとやりすぎちゃったカナ?」
 シャリンがてへっと舌を出す。あちこち焦げた盗賊達は、1つところに集められ、周囲を仲間達に取り囲まれていた。
「ここで人を襲い続ければれば、いずれ討たれる事になりましょう。さっさとまっとうな生業についてくださいね」
 テッドが勧告するように説教している。さすがにこれ以上反抗する気は失せたのか、盗賊達は素直に応じ、彼に生計の立て方を相談していた。その姿は、少なくともモンスターの類には見えない。
『ゴブリンの姿はないな』
 仲間達にそう尋ねると、話を聞いていたテッドがこう答えた。
「盗賊さん達、見たことないみたいだから、もう居なくなっちゃったかも」
 ふむ。死体を確かめたかったのだが、私のゴブリン=デミノマニ説を裏付ける証拠は残っていないようだ。デビルとオーガ族が結びついているとなれば、かなり大事だと考えていたのだが。
「大丈夫?」
 もっとも、仲間はデビルよりも子オーガの方に重きを置いているようだ。再会したルイーザが、もし他の一般人に見つかって咎められては困るので、外見がわからないように持っていたフードつきのローブを着せている。
「ウガ? ウガガ?」
 かなり大き目のその装束の袖をまくった格好に、子オーガは不思議そうな表情で、周囲を見回している。
「これならどうかな」
 家事の得意な蘭が、ちょっとゆったり過ぎるそのローブを、手早く子オーガのサイズに合わせてくれる。フードを被れば、ちょっとしたまるごとシリーズだ。
「なんて言ってるんです?」
「驚いてるみたい。疑問符ばっかり出ているわ。ねぇあなた、どうしてここにいるの?」
 子オーガに自分の勧告が理解してもらえるかいまひとつ不安だったらしいテッド、前回接触したルイーザに、そのまま接触を任せているようだ。だが、子オーガは戸惑っているようで、不安そうにきょろきょろするばかりである。
「これ、どうぞ」
 作って置いたらしい花冠を差し出すセシリア。子オーガはと言うと、まるで見たことのないおもちゃを手にする子供のように、花冠をくるくる回している。
「こうやって使うのよ?」
 花を愛でる優しい気持ちがあるようにと願いと想いをこめて、その花冠をかぶせるセシリア。子オーガ、しばしきょとんとしていたが、「ウガー」と一声鳴いて、真似をしてくれた。
「そうそう。それで踊ると、良い子って言われるんだよ☆」
 シャリンが同じ様に妖精のトルクを被って、くるりと一回転してみせる。
「踊る意味がわからないみたいだね」
 通訳のテッドが、不思議そうな表情を浮かべた子オーガの理由を説明してくれる。オーガの辞書に『踊る』と言う文字はなかったようだ。
「こうするんだよ。しふしふ〜☆」
 シャリン、エレメンタルフェアリーのフレアの手を取り、一緒に踊って見せている。フレアが『しふ〜』と真似をするのを見て、子オーガも『ウガウガー』と真似をし始めた。
「どうやら落ち着いたようだね。話聞かせてくれるかな」
 蘭がその様子を見て、安心したように話しかける。細かい話になりそうなので、あらかじめオーラテレパスを使ったが、危害を加えずに、人間に怪しまれないようにする行為は、他の人がやってしまったので、言葉に詰まってしまっていた。
「どう話していいのかわからないみたいだな。ではこちらから聞いてみよう」
 抽象的に聞いても理解が出来ない。そう悟ったアレーナの指には、インタプリティングリングが光っている。それを使い、彼女は子オーガにこう話しかけてみた。
『どこから来たのだ?』
『あっちウガ』
 キエフと反対側。そのまま行けば、山脈の方へぶつかる方角だ。
『これからどうしたい?』
『わからないけど、お腹がすくのは嫌だウガ』
 人間も空腹は嫌だと思うものだ。より本能に近いオーガならなおの事だろう。
『これに見覚えがないかな?』
『綺麗ウガ』
 アレーナの見せたレミエラに、まるで宝石を始めてみた子供の表情を見せる子オーガ。その一連の流れを見るに、まだオーガとしての倫理観を植えつけられる前だったらしい。
「でも、仲良くなれる余地があって嬉しいです。別の記録係さんにも、良い報告が出来そうですし」
 セシリアには、他にもオーガの関係者がいるようだ。しかし、世の中にはそのような者ばかりではない。
『問題は、この後だ』
 私はメモ帳にそう書いて、この先の手段を示した。こちらにも転載するが、こう記したように思う。
・オーガの子を生かす道
 A:存在に利がある事を見出しこれを利権者に認めさせる
 B:利権者の更に上位の存在に認めさせる
 C:匿う
 D:野生に帰す。しかし、何れ成長したオーガは人に害を成す可能性高。
「人目につかない所に保護するのが、一番いいのかしら。言葉が通じるなら、色々教えてあげたいんですけどね」
『別に預ける必要もないんじゃないか。ちびくん、お姉さんと『人を襲わない・人を食べない』という約束ができるかい?』
 ルイーザが頭を悩ませていると、アレーナが子オーガにそう尋ねていた。子オーガはやっぱり怪訝そうな顔をしているが、今目の前にいる面々と似通った形の動物は、食べ物ではないと言う認識をしたらしい。「ウガ」と小さく頷いてくれた。
『よし、良い子だ。ならお姉さんが、幸せになれるおまじないを教えてあげよう』
 そう言って、アレーナは頭を撫でて、聖なるパンの祝福と共に、教会の方式に従って、祈りの言葉を教えている。
「セーラ様の慈愛の心が、このオーガくんにも届くと良いですね」
 その様子を見て、セシリアは優しい表情を浮かべていた。
 たとえ人の形をしていても、心がなければ既に人ではない。それとは逆に、人の形をしていなくても、人の心を持ち合わせていれば、それはセーラの慈愛が届くのではないか。彼女の話では、そう言うことらしい。
「あたしはね、ホントは生まれてきちゃ駄目な子なんていないと思う。そんな事言ったら、キエフ以外のあたしたちだって生まれてきちゃ駄目な存在だし。それで散々辛い目にあってきたしね‥‥」
 ルイーザの弁は、同じハーフエルフの私にも良くわかる。彼女はそれをあの子オーガに見ているのだろう。まだ幼いオーガに、未来を見ているのかもしれない。
「オーガにだって善いオーガは居るよね。種族なんて気にしないで、仲良くやっていきたいよ」
 蘭がそう言って、子オーガを撫でている。毛並みはまだふわふわなのか、まるでぬいぐるみのようだと、彼女はあとで言っていた。
 それはともかく、現実的な道としては、Cを行いながらABの道を模索する方法だろうか。それが出来そうな場所を、私は『白無垢の迷宮』以外知らない。
「いや人里はなれた場所で充分ですわ。森の中なら、この子一人が生きていけるだけの恵みはあるはずですし」
 どこか手付かずの広い森を探して、そこに連れて行くと言う案を、ルイーザが出してくれた。
『確かに、ラティシェフ家監視の洞窟にいつまでも置いておくと、迷惑がかかるかもしれない』
 私もその意見を述べてみた。
「冬の食べ物のとり方とか教えてあげる。今から練習すれば大丈夫だよ」
 いずれにしろ、生活する手段は必要だ。蘭がそう言って、地面に絵を書き始めた。不思議そうに絵を見る子オーガと蘭の様子を見て、セシリアが小首をかしげた。
「ところで、お名前はいかが致します? 余計に情が増してしまうだけでしょうか?」
 何か問題がおきた時に、名付け親には最後まで責任が伴うものなのかもしれない。
「じゃあ、エスペス。あたしの郷の言葉で希望って意味だよ☆」
 だが、ルイーザはまったく気にせず、ゆっくりと名前を口にする。と、子オーガ‥‥いや、エスペスは、イントネーションは多少違うが、理解してもらえたようだ。
「また会いにくるからねぇー!」
 別れ際、そう言って、盛大に手を振る蘭。名付け親のルイーザも、名残惜しそうにしていた。
「‥‥どうやらこの報告書は、一般には公開しない方が良さそうですね」
 帰る道で、テッドが私の記録を見て、そう提案する。私はそれを聞いて、『冒険者以外閲覧禁止』と書き添えていた。


(代筆:姫野里美)