魔怪村復興支援〜丑〜
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月23日〜08月28日
リプレイ公開日:2008年09月02日
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●オープニング
●マルコ・ラティシェフ領セベナージ
キエフ公国首都キエフの北に隣接する地は、マルコ・ラティシェフというハーフエルフの治めるセベナージという領地である。
領内にはドニエプル川へ繋がるキエフ湖の半分近くがあり、湖に注ぐ広大な河川が2本ある。片方はチェルニゴフ公国の首都チェルニゴフの近くを通り‥‥要するにセベナージは物品を船で運搬することが多いキエフに於いて交通の要所といえる場所にある。
その地に、破壊の化身とも呼ばれる強大なデビル・アバドンが封印されていることが判明したのは復活が目前に迫った時のこと。そして復活した破壊竜アバドンの毒牙に掛かり、領内ではとても多くの血が流れ、その大半の地が焦土と化した。
しかし、焦土と化そうとも人々は懸命に生きようと足掻いていて。
近々代替わりが噂される次期領主アルトゥール・ラティシェフの積極的な支援もあり、領地は確かに着々と復興していた。
ところが、そんな前向きな者にも悲劇は降りかかる。
否、悲劇ではなくタロン神の試練なのかもしれない。
魔怪村と呼ばれるその村もまた、試練に晒された村の1つであった。
●魔怪村
セベナージ領内にある、とある森の中。
モンスターがとても多いその地域は、領民からは『魔怪村』と呼ばれ恐れられている場所である。
開拓や狩猟を行って暮らしているその村の周辺は前述のとおりモンスターが多いのだが、中でもこの地区にしか見られない特異なモンスターが現れること多い。その原因について村では「魔力の吹き溜まりになっている」という説や「土地が肥えすぎている」という説、あるいは「精霊の力が偏っている」という説などが飛び交っているが、真偽のほどは未だ定かではない。
依頼は、そんな魔怪村から届けられたものだった。
幸か不幸か土壌だけは豊かな魔怪村。
モンスターの棲家ともなっている森はアバドンの毒牙に掛かり無残な姿と化してしまったが、畑には春蒔きの小麦が遅い収穫の時期を迎えており、例年より幾分心許無い収量ではあるものの、村人の心は明るい方向へと浮上していた。
「村長!」
「どうした」
豪胆な若衆や豪快なおばちゃんたちの中でどうしても弱腰に見える村長は、事実、他の村人に比べ幾分気が弱いようだ。度重なるトラブルに、徐々に頭頂部が薄くなってきているのが目下の悩み。
だが、そんな暢気な悩みを吹き飛ばすように、大慌ての村人が村長の家へと駆け込んだ!
「も、森から暴れ牛が‥‥!! 小麦畑に!!」
「なんじゃと!?」
慌てて表へ飛び出せば、小麦畑を我が物顔で食い荒らす牛が3頭。鍬や鋤を手に、荒ぶる雄牛を懸命に追い払おうとしている若衆の姿が目に飛び込んだ。
直後、一回り身体の大きな雄牛が鍬を持つ男へと突撃した──華麗に宙を舞う男!
「うわあああ!!!」
「アレクセイ!!」
宙を舞ったアレクセイは藁の山に墜落した。良かったね、藁で。
村人達の懸命の努力が実を結び‥‥というよりはある程度腹が満たされたのだろう、見下すように荒い鼻息を残してのんびりと森へと去っていった。
後に残されたのは踏み荒らされた麦畑と、藁に突っ込んだアレクセイ。
「‥‥我々では追い払うのが精々か。仕方在るまい、冒険者の手を借りよう」
出荷するほどの収穫はなく、決して経済状況が良いわけではない。即断ではあったが、苦渋の決断に違いない。はらり、と村長の髪が数本、風に流されていった。
大丈夫、と藁塗れの父に手を差し伸べた娘のマイアは全身の藁を叩き落としながらにっこりと微笑んだ。
「お父さん、空を飛ぶ姿がとても素敵だったわ」
「マイア‥‥」
重い一撃が内臓に与えた痛烈な一撃以外は奇跡的にかすり傷ですんだアレクセイだったが‥‥少々天然混じりの愛娘の一言に心で泣いた。
●リプレイ本文
●魔怪村へと至る門‥‥もとい、森
空は抜けるように青く、太陽は燦々と煌いて──いや、いくらキエフでも暑い日は暑い。他国に比べて気温は低いのだろうが、日々と比較して相対的に暑いのはどうしようもない。
「天気が良いのも青空が綺麗なのも歓迎したいところなんだけどな」
「お日様を楽しむには、もう少し涼しげな風があると良いのですけれどね」
足を止めて空を見上げていたクル・リリン(ea8121)の呟きに、レイズ・ニヴァルージュ(eb3308)は小さく苦笑した。うんうんと頷くカメリア・リード(ec2307)も似たようなことを考えていたようで──
「ええ、ひなたぼっこ日和とは言い切れないのが少々残念ですね〜」
もっとも、ひなたぼっこができる状況ではないのだけれど。
それでも徐々に深くなる森を進めば、重なり合う枝葉をすり抜ける陽光も徐々に減り空気は過ごしやすく冷涼なものに変容する。
「見えてきたな」
木々の隙間に垣間見えた村の姿を確認し春日谷上総(ec0591)が呟くと、以前にも彼女と共に魔怪村を訪れたローラ・アイバーン(ec3559)の足も自然と速まった。強烈な思い入れがあるわけではない。しかし、関わった村の窮状から目を背けるには‥‥彼女らは優しく、真面目すぎた。
◆
「おお、来てくれたのか‥‥」
「鼠に続き今度は牛でありますか。村長殿のご苦労は、御察し致します」
挨拶に一礼を添えたローラ、姿勢を正したその視線は、知らず村長の頭頂部へと向かう。窓から流れ込んだ風に揺れる髪はとても繊細で柔らかそうだった。彼ら冒険者やアレクセイを森と例えるなら、その残量は林──いや、草原。
視線に気付き、やや引きつった笑みを浮かべた村長は、そんな反応を誤魔化すように髪との境界の曖昧になった額をつるりと撫で上げ、精一杯の笑顔を浮かべようとした‥‥努力は、なんとなく伝わった。
「こっちの方はめっきりでな。毛の生える薬の噂など知らないか?」
「村長さん‥‥増やす事より先に守る事です。心労が少しでも軽くなると良いですね、僕も力の及ぶ限り尽力しますから」
真顔のレイズは、にっこりと微笑んだ。年端も行かぬ──ように見えるレイズの渾身のリカバーに、はらりと一本、零れ落ちた。
「して、問題の雄牛‥‥ブルはどちらから?」
「西の森から、今までの感覚だと恐らく明日の昼前頃には」
全く系統の異なる質問をした上総にきりりと答え、積極的に話題を逸らした。
しかし、今回集った冒険者たちは依頼に対して真摯に向き合う性質の者たちばかり。話が問題の雄牛に及べば元の話題に触れる者もいない。
それならば罠はどちらに、人手はどれだけ借りられるか、ペットの管理はどうするか。
村に入るまでの穏やかな空気を脱ぎ捨て、寸暇を惜しむ様は、口には表さぬが、冒険者への好評価となったことだろう。
●雄牛、襲来
──クィィィ!!
上空に放たれていたセレストの甲高い鳴声が響いたのは、罠を仕掛け全ての準備が整った後の事だった。
「危ないから絶対絶対近寄っちゃ駄目です。絶対ですよ‥‥」
言い含めた言葉を呟き、カメリアは空を見上げる。生憎、木々に遮られペットの姿は見えなかった。
──ガサッ
茂みから姿を現したのは一頭の雄牛。
「罠に掛かったんでしょうか」
レイズの問いに、上総は答える言葉を持たない。少々離れて身を潜めているクルやローラも、現時点では把握できていまい。
「それにしても‥‥穏やかだね」
「いかなブルとて、手を出さねば四六時中暴れているものではないのであります」
ああそうか、とクルは納得する。刺激を与えねば穏やかであってもおかしくないのだ、牛だから。
先日も、おそらく、麦を食べられまいと追い立てた村人がいたから雄牛は暴れたのだ。
「‥‥ちょっと待って。ってことは、要するに‥‥」
村人たちの手も借り、張り巡らせるように掘られた落とし穴に足を取られ、その一頭が転倒した。不機嫌そうに鼻を鳴らす。
しかし、転倒した隙を狙うには距離が遠すぎる。
「間に合って!!」
引き絞ったクルの弓から放たれた矢がブルの背に突き立った。
──そして、ブルの瞳に怒りの炎が燃え上がる。
「レイズ殿、距離を。──参る!」
「御武運を」
走り始めた雄牛へと剣を向けた上総へ、レイズは小さく十字を切って距離を取る。ギリギリで交わす、そう決めて大地を踏みしめる上総へと容赦の無い土煙が襲い掛かる!!
「風の精霊さん、雷を──ライトニングサンダーボルト!!」
「上総殿!」
カメリアの放った雷光に打ち据えられ速度が落ちる。その角にローラの縄ひょうが掛かり、強引に引き寄せられて進路がブレた!! ──痛烈な一撃が逸れた隙を狙わぬ手はない!
「はあっ!!」
間合いの違う二振りの刀が雄牛を捉えた!
「あとは助走の距離を取らせなければ大丈夫であります!」
「了解!」
クルの矢が一矢、また一矢と雄牛に突き立ち、ローラの作ったやや不恰好なボーラが足に絡みつく。いきり立つ雄牛は、首を振って縄ひょうを外すと眼前に立ち塞がる上総を角に掛けんと大地を抉るが、ボーラが絡み足の感覚が鈍ったのだろう、その攻撃は目標に掠りもせず空を突いた。
その時、森から二頭目の雄牛が姿を現した。一頭目よりも明らかに大きな体躯。
「アレクセイさんを華麗に吹っ飛ばしたボスみたいですね」
楽しげなクルだが、その表情は引き締まる。空を飛ぶ気など微塵もありはしない。それは仲間達も同様で、一様に表情が引き締まる。そして現れたボス格の一頭はクルとローラ目掛けて走り出した!
「レフ!」
「クォーツさん!」
主に名を呼ばれたボルゾイとハウンドが唸り声を上げ雄牛へ果敢に踊りかかる!! 突進を邪魔された雄牛は前足で大地を蹴り、ボルゾイへと狙いを変えた。長髪しつつ駆け抜ける二匹を雄牛が追い立てる!
しかし雄牛は気付かなかった──レフが軽やかに堀を飛び越えたことに、クォーツがわざと隙を作ったことに。
──ドォォォン!!
「やった!!」
グッと拳を握ったクルの視界の端で、金色が動いた──レイズである。
「落ち着け、僕」
呟いて勇気を振り絞り最後の距離を詰めると、ネックレスに揺れる十字架を握り締めた。そしてキッと雄牛を睨むと声を張り上げた!
「セーラ様、お力添えを──コアギュレイト!」
。
レイズの腰が砕けた。崩れ落ちるレイズの眼前に滑り込んだローラ、その片手には氷の円盤。
「止めをささせていただきます」
スクロールから生み出したアイスチャクラで、動きを封じられた雄牛の喉を掻き切った。
陽光を浴びて煌く血飛沫が、なんだか綺麗だった。
「セーラ様の御許へ導かれますよう‥‥」
短く祈りを捧げるレイズ。だが、戦闘はまだ終わっていない。
──ガキィィン!!
硬い音に振り返った二人の瞳に映ったのは、辛うじてダガーで攻撃を弾こうとした上総の身に雄牛の角が減り込んだ、そんな絵だった。
「上総さんを護って! ──ライトニングサンダーボルト!」
カメリアの悲鳴じみた詠唱。
発生した雷光が雄牛を貫き、トドメを刺した。
「上総さん!」
回復を──!
駆け寄ったレイズが目にしたものは、腹部に突き立った角と、雄牛の身体を正面から貫いた日本刀だった。
「気を付けよ、雄牛は急に止まれまい‥‥こほん、聞かなかったことにしてくれ」
「上総さん‥‥三頭目に吹っ飛ばされてくる?」
「‥‥御免被る」
満面の笑みを湛えたクルに頭を下げた、気恥ずかしげな上総。凛々しい彼女の一面に笑みを零しながら、レイズは回復魔法を付与するのだった。
●喜べ!! ステーキ・パーティー☆
結論から言ってしまえば、三頭目が魔怪村を訪れることはなかった。
「あんな綺麗に罠にかかると、仕掛けた甲斐がありますよね!」
クルの表情は興奮で赤らんでいる。縄代わりに使った縄梯子。その1つを突破したのは恐らくボスだろうが、もう1つの縄梯子に見事に絡まり足止めの落とし穴に落ちた雄牛は、どうやら角度が悪かったようで、後足を骨折しもがいていた。
無事にトドメを刺し、三頭とも仕留めたわけだが──
「保存食にされては如何だろうか」
三頭を眺め、上総が呟いた。クルの目がキラキラと輝き出す。
「雄牛三頭分ですか。タロン神の試練とは厳しいものだと思いましたが、三頭分の牛肉が手に入るなら試練も乗り越える価値がありますね!」
いや、たぶんそれは解釈が間違っています‥‥レイズはそう思ったが、宗派が違うので黙っていた。
僅かばかりの麦を餌に山のような牛肉が手に入ったとあらば、村人も嬉々として調理に加わった。解体して、干し肉にし、燻製にし、塩漬けにし、それを学ぼうと冒険者たちも手を貸して。
あちらこちらから嬉しさが迸った楽しげな歌が聞こえてくれば子どもたちは踊り始め、いつしか雰囲気はお祭りと化していた。
「しかし、まだだいぶ残っておりますね‥‥」
保存食へと加工してなお余りある肉。正確には、加工しても加工しても減らない肉、だろうか。
「貴重な命ですから、きちんと感謝して‥‥皆で美味しく頂きましょう!」
「いや、僕は聖職者見習いですから。質素倹約がモットーですから──」
「よし、それなら集会場を使っちまおう!」
「調理は任せなよ、ガンガン焼いてあげるからね!」
瞬時に乗り気になった村人とカメリアのイイ笑顔の前では、レイズの主張など無いも同然だった。
肉の焼ける香ばしい香り。
急いで作られたシチューの湯気。
そして振るわれたワインの香り。
「やはり肉は牛肉が一番でありましょうか」
ほろ酔いなのか、ローラもなんだか饒舌だ。ワインを片手に、肉を頬張る。
「一般的には雌の方が美味であるとの話ですが‥‥違いがわかるほど、味がわかるわけではないので問題ないのであります」
思ったより柔らかい肉質は、女性陣の尽力の賜物だろうか。
「毛生え薬は‥‥諦めなければどこかできっと手に入りますよ!」
「遠くジャパンでは、増毛には海草が良いのだと──‥‥」
クルもカメリアも、頬はほんのり桜色。
「ほら、レフ。お食べ? 美味しいですよ」
慎ましやかに半分こ。それを眺める上総の目も酒の力か上機嫌。
セベナージ領の一角、四方を森に囲まれた山深い魔怪村。
夏の終わりの一日は、こうして華やかに幕を下ろしていったのだった。