Dungeon Capriccio
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 94 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月06日〜09月12日
リプレイ公開日:2008年09月16日
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●オープニング
●冒険者ギルドINキエフ
その日冒険者ギルドの扉を叩いたのは、赤毛の女商人だった。いつもは結い上げている波打つ髪をなびかせている。
「あんたか。今日はどんな仕事かの? それとも趣味の方か?」
「ふふ、今日は趣味の方よ」
ダンジョンが趣味という一風変わった女性──ドゥーベルグ商会の女主人、ルシアン・ドゥーベルグである。
「実はね、見つかったばかりのダンジョンの調査の手伝いをお願いしようと思ったのよ」
「なんじゃ、手作りダンジョンが出来上がったわけではないのかの?」
「残念ながら、そちらは鋭意製作中。でも、調査も一筋縄ではいかなくってね」
髪をかき上げるルシアンの表情には憂いが滲む。
ダンジョンを語っている彼女にそんな表情が浮かぶことが信じられず、三つ編みヒゲのドワーフギルド員は目を瞬いた。
「実はね‥‥なんだかよく解らないモンスターが出るみたいなのよ」
「‥‥は?」
「色々と浮かんでいるのよね」
「‥‥浮かんで‥‥?」
「ええ。ジェルだけでも厄介なのに、剣とか、目玉とか、今まであまり見たことがない状況なのよね」
ギルド員にもさっぱり訳が解らない。
「多分、私が見た石像は石化したエルフだと思うんだけれど‥‥」
「石化させるようなモンスターが出るということか‥‥」
多分ね、と依頼人はひとつ頷いた。恐怖に慄く表情に細部までリアルすぎる石像が作られたとは考えたくないだけかもしれない。
「宮廷図書館やセベナージの文書を調べさせて貰ったんだけれど、今回のダンジョンに関わる記述は見つからないわ。建国より遥かに古いダンジョンに間違いはないでしょうね」
だから、謎のモンスターが闊歩するというのだろうか。
どちらにせよ、空飛ぶ剣に空飛ぶ目玉、宙に浮かぶジェルと何やら理解に苦しむ状況に間違いはない。
その割にルシアンが笑顔であるのは、単純に、ダンジョンに関わっていられるから‥‥なのだろう。
「で、ダンジョンの攻略が仕事、なのかの?」
「ええ。流石に私も今回はダンジョンに同行したいとは言わないわ、安全が確保されるまではダンジョンの入り口で我慢するつもりよ」
にっこりと微笑んだルシアンの決意は、どうやら揺らぎそうになかった。
●リプレイ本文
●狭き口
ダンジョンにはモンスターが付き物である。
初期からコンストラクト系モンスターが配置されている場合もあるが、多くは後から住み着くモンスターか。──ハロルド書記より、一部抜粋
崖と崖の間、岩が滑り落ちたような小さな穴がぽっかりと口を開けている。
「中はかなり広いの、よろしくお願いするわね」
依頼人ルシアンが指し示したのはその穴だ。冷たい空気が充満するその穴の中に、彼らはいた。
「入り口が狭いから見つかっていなかったのかしらね」
「入り口が狭いからモンスターが外に出られなかったんでしょうか」
計らずも同時に口を開いたシオン・アークライト(eb0882)と雨宮零(ea9527)の言葉に、どちらも正解でしょうねとウォルター・ガーラント(ec1051)が頷くと、手にしたランタンが揺れ、影も揺れた。
「それにしても、空飛ぶ剣に空飛ぶ目玉ですか。珍しいモンスターも居たものですね」
「未知ってことは逃げるのも計画的にしないと危ないわよね」
目を凝らし未知の影を探すが、ウォルターの視界は岩肌ばかり。冒険者といえど仕事は便利屋に近い。左の壁を探りながら歩くシオンも冒険といえるような依頼は久しぶりで、芳しくない状況にも関わらず魅惑的な笑みを湛えている。
「‥‥暗くないダンジョンはないものでしょうか」
「穴は暗いもんだろ? 受けた仕事だ、気合い入れようぜ」
不安げに呟くのは一身上の都合で暗闇を忌避したいフォン・イエツェラー(eb7693)、その背をバシッと叩いて馬若飛(ec3237)が不敵な笑みを浮かべる。
片や、留守居役の依頼人に心を配る者もいた。
「るっち、二日間も何すんのかにゃー」
「祈ってるんじゃないか?」
「ダンジョンが無事に転がり込んできますようにって?」
「そう」
肩を竦めるイオタ・ファーレンハイト(ec2055)とルイーザ・ベルディーニ(ec0854)の会話は軽く、ルシアンを揶揄するものだったが‥‥互いの性格は熟知している二人である、依頼人を気遣っていることは説明せずとも伝わっていた。
●揺れる焔
──とぷとぷとぷ
油を足されランタンの明かりが周囲を照らす。ほんの僅か眩さを増した炎に照らされる凹凸の目立たぬ壁面にハロルド・ブックマン(ec3272)の手が触れた。
「天然か人工か‥‥」
ランタンに片手を奪われ羊皮紙に文字を記す余裕がないこともあるだろうが、来るべき戦闘に備え魔力も節約したいのだろう、珍しく肉声だ。前方でウォルターが振り返る。
「かなり古い洞窟なので確定はできませんが、おそらく人の手が入っていますね」
洞窟の中で風化するとなれば、気が遠くなるほどの歳月が必要となる。それ以前から存在する洞窟の可能性は皆無ではないが、低いだろうと判断したようだ。
「最奥までの距離も解りませんし、先を急ぎましょうか」
立ち上がり、束の間の休息に終止符を打った零の視線が、纏う雰囲気が鋭くなった。
恋人の異変に気付いたシオンがすらりと剣を抜き放つ。いま1つの手には盾。
「おでましかしらね」
ランタンを手にウォルターが下がり、床に置いたフォンのランタンが冒険者の影を天井へと投影する。
より確りと相手を照らそうと掲げたハロルドの灯火が宙に浮かぶ1m程の巨大な目玉を照らすのと、シオンが駆け出すのとはほぼ同時──!!
「くっ!」
しかし、視線を逸らしたままのシオンの切っ先より目玉は高い場所にあった。臍を噛む彼女の脇をすり抜けたのはルイーザのダガー、空気を裂いた短剣が巨大な目玉を浅く切り裂き──追って零が壁を蹴り宙へ踊る!
「届いた!」
けれど力が込め辛かったのか決定打にはならず、零はバランスを崩し地に落ちる。
幾重にも攻撃を受け、それでも目玉はそこに浮いていて──
「うわ、っとと‥‥」
「ルイーザ!」
手元に戻ったダガーを再び投げようとしたルイーザが転倒した。視線を走らせたイオタの叫びが洞窟に響く。
「目玉に睨まれて石化した美女なんて後世に語りつがれそう」
膝まで石と化している。これでは転倒するのも道理だろう。
「‥‥いややっぱあたしは遠慮したいっす!」
「あいつを倒したらコカトリスの瞳を出す、待ってろ!」
「イオ太‥‥」
不覚にも声を詰まらせたルイーザ、その間にも石化は太腿部まで進んでいる、猶予は無い。
ウォルターの放つ礫が、縄ひょうが、宙に浮かぶ目玉を打ち据えてゆく。だが、どうやらシフールのように魔力か何か特殊な力で浮いているようで、落下する気配はない。そして淡い緑の輝きを放つと、目玉は小癪にも雷光を放つ!!
「ダンジョンに合った進化を遂げたのでしょうか‥‥」
「あるいは古代の魔術師の遺産か」
ハロルドの言葉は彼なりのジョークだろうか。フォンの背を冷たい汗が伝う。石化から救う手立てがあるとはいえ、石にはなりたくない。視線に原因があると予測はしても、どう影響しているのかは解らない。未知のモンスターの恐怖にともすれば怯みそうになる己を律し、剣を振るう。
目玉がその活動を止めたのは、石化が胸元まで進行した頃だった。笑みを引きつらせたルイーザは、仲間の顔を見回した。
「あとはお願い‥‥って、あ、あれ?」
「完全に石化する前に体液を浴びるといいらしい」
石と化しつつあった身体が、モンスターの体液を浴びせられたところから元に戻っていた。冷静に分析するハロルドの手には、取り出していたコカトリスの瞳──何事も無かったかのように、懐へ戻すのだった。
●精巧なる像
「そろそろ石化エルフに遭遇してもおかしくねぇんだが‥‥」
ぽつり呟く若飛。事前にルシアンから受け取った地図は彼女にしてはお粗末なものだった。恐らく未知のモンスターに慌しく逃げ惑ったのだろう。石像の場所が判明していたのは僥倖としか言い得ない。
「‥‥何か居ます」
「またジェルか」
「石像のようですよ」
先頭を行くウォルターの足が止まった。イオタと言葉を交わしながら後列に下がると用心深く盾を構えシオンが進み出、呼応するように零が愛剣の柄を握りしめる。
「アタリね」
「盗掘者か昔のエルフか、どっちかにゃー」
周囲に目玉がいないと見るや、ルイーザは石像に駆け寄った。確かに石を削ったにしては精巧すぎる。
ハロルドがコカトリスの瞳を使用すると肌に赤味が差し、息を吹き返した。と同時に、眼前のハロルドに食って掛かる!
「───!?」
「マジか‥‥ハロルド、昔の言葉でこんにちはって何て言うんだ?」
咄嗟に割って入った若飛は半信半疑。通じぬ言葉も未だ訪れたことのない民族のものかもしれない。
「ロマンにゃー」
「悲劇でもあるでしょうけれどね」
スクロールを広げるハロルドを横目に、シオンは睫を伏せた。いずれ訪れる零との別れを思うだけで胸が痛むのに、家族どころかただ一人の知人すら残っていないであろうエルフ男性。動揺が収まった頃訪れる言い知れぬ寂寥感に、彼は耐えられるのだろうか。手に触れた温もりに瞼を上げれば、支えるように隣に零が立っていた。
「何か解りますか?」
フォンの言葉にハロルドは浅く頷く。
「ここを作った魔術師に恨みがあり押し掛けた結果、返り討ちにあった。仲間の生死は不明。目玉はゲイザー。剣はフローティングソードで、我々の分類で言うコンストラクトの一種」
二人の間に横たわる過ぎ去った歳月の大河は広すぎて、訪れたのがどれだけ前の話なのか解らない。だが、短期間でよくぞそれだけ聞き取れたと彼を褒めるべきだろう。
聞くべきことは聞いたと判断したハロルドは、帰路と、待つルシアンらの顔をエルフへと伝えた。
「どうぞ、これを」
紳士然としたフォンが差し出したランタンを受け取り、エルフは礼らしき言葉を発して入り口へと向かった。
「ハロルドさん、ウォルターさん、明かり‥‥死守してくださいね」
青褪めたフォンが漏らした小さくなっていくエルフの背を見つめながらの言葉に、二人は然りと頷いた。
●流れぬ夜
三度目の油の入れ替えを迎える頃、ウォルターが夜営を提案した。変化の無い地中では解らないが、彼らの腹具合も夕闇に支配される時間だと告げていた。
明かりの数を増やして周囲を照らし出し、バックパックを漁る。ゲイザーの雷やジェルの襲撃で、無傷で済んだ者はいない。ポーションを飲み干し強引に怪我を癒し、疲れが癒えるよう保存食で腹を満たすと、警戒のため明かりは落とさぬまま灯火に背を向けて目を閉じた──‥‥
夜警は二人一組、相談せずともシオンと零、ルイーザとイオタ、若飛とハロルド、フォンとウォルターの4組に別れた。若飛・ハロルド組が1直目なのは単純に魔力を回復させるためである。その作戦が無為になったのはフォンとウォルターに非があったわけではなく、ただの不運。
「‥‥あれは何でしょう」
気付いたのはフォンだった。頭上に白っぽい何かが浮いている。
「‥‥クラウドジェル、でしょうか‥‥」
霧や雲に隠れているはずのジェル。それが3つ、ぽっかりと宙に浮いていた。
「隠れていないジェルなんてただのジェルにゃー!」
起こされたルイーザが吼える!
そう、ただのジェル──とはいえ、ジェル・モンスターは総じて打たれ強い。3体のジェルは、それなりに面倒な相手ではあった。
近付いたのが運の尽き、睡眠を妨げられた苛立ちを武器に乗せ、哀れジェルはタコ殴り。
だが、それも──悲鳴が轟くまで!
「キャァァ!」
「くっ!!」
仲間を囮に音もなく近付いたシャドウジェル、影に潜んでいた漆黒の其れがシオンを、フォンを、包み込んだ!!
「シオン、盾を!!」
言うや否や、零は盾を包むジェルへと武器を叩き付けた。鈍い打撃音。衝撃に、シオンの腕が痺れる──だが、それに倣い、フォンにも剣が叩き付けられる!!
求められていたよりも熟練冒険者が多かったことが幸いし、憎々しいほどの時間をかけてジェルは全て退治された。被害は酸による火傷と、着慣れた服やマントに開いた穴。そして、戦禍に呑まれたランタンが1つ。
「赤字だな、こりゃ‥‥」
少しでも長く休もうと身体を横たえた若飛の目の前には、卵形の小さな壷がごろごろと転がっていた。
●浮遊せし姿
空を裂き拾ったばかりのシルバーダガーが飛ぶ!
「正直もう会いたくなかったにゃー!」
「多いですね‥‥」
熱烈な歓迎を受けたのは、朝を迎え、腹ごしらえをし歩き始めて幾許もない頃だった。
眼前には4つの目玉。ゲイザー自体は強くは無い、厄介な能力さえなければ。
「これだけいたら確実に犠牲が出るわね‥‥撤退しておく?」
「そうもいかないようです」
強張ったフォンの声。背後には2本のフローティングソード。
「前門の虎、後門の狼‥‥絶体絶命ですね」
零は未だ穏やかだ。共に倒れるのならば、それも本望なのだろう。
「石化する前に倒せば良いだけだ、全力で行くぜ」
飛び出そうとした若飛を制し一歩進み出たハロルドが短く詠唱を行うと、吹雪が目玉に襲い掛かる──!!
負けじと、様々な角度に浮かぶ4つの目玉が緑に輝き、ライトニングサンダーボルトが、ウィンドスラッシュが、トルネードが、冒険者を襲う!
背後からの魔法攻撃にも怯まず、後方で飛来した剣を防ぐのはイオタとルイーザ、そしてフォン。絡み合うように互いの隙を補う2本の剣に、じりじりと後退を余儀なくされる。
──その時、変化が現れた。
「ちっ、駄目か!」
舌打ちした若飛の縄ひょうがゲイザーを絡め落とす! しかし、そんな彼の足元は石と化しつつあった。ウォルターも、ハロルドも、ルイーザも。シオンと零が華麗なコンビネーションで落ちたゲイザーを仕留めるが、それだけでは誰の石化も止まらない。
「範囲攻撃か」
「予想外の展開ですね」
「でも諦めない!!」
ハロルドの詠唱で剣の1本が落ち、ルイーザのいなしたもう1本の剣へイオタが鎚を振り下ろす!
ウォルターの礫は瞳を的確に打ち、怯んだゲイザーがフォンの集中砲火を浴びる──それでも石化は止まらない。ゲイザーの血が無益に足元に吸い込まれていく。
やがて2本目の剣も動きを止めたが、それが限界だった。
「石化を回避したのは肉体・精神共に鍛えぬいた騎士や侍。この辺りに対抗手段が──」
「ここまでか」
「すみません、あとはよろしくお願いしま──」
バックパックを下ろし、最期まで冷静に分析を続けていたハロルドが、若飛が、ウォルターが、冷たく固まった。
「今度こそヤバいかも。イオ太、早く彼女見つけ──」
そしてルイーザも。
「ルイーザ! う・あ・あ・あ・あ・あ!」
秘めた想いの暴走に、イオタの瞳が紅に染まる──!!
「イオタさん、駄目です!!」
零の言葉は、彼の耳に届かない。
「シオンさん!」
「解ってるわ!」
ゲイザーを叩き潰したフォンの言葉に、防御を忘れたイオタの鳩尾へ水平にした盾を叩き込んだ!
イオタが意識を手放すのとほぼ同時に──最後のゲイザーが姿を眩ませた。
「撤退、ね。その前に‥‥瞳は誰に使うべきかしら」
「若飛さんはどうでしょう。石像を運ぶには力が必要ですから」
「あとは‥‥イオタさんの瞳だし、ルイーザさんかな」
3人は短く言葉を交わし、イオタのバックパックからコカトリスの瞳を取り出した。
●物言わぬ友
陽光が眩しく降り注ぎ、風が髪を躍らせる。出迎えたルシアンが手を差し伸べた。
「ああ、無事だったのね。良かった‥‥!」
「いや、無事じゃねぇ」
「ハロルドさんとウォルターさんが‥‥」
目を輝かせた依頼人へ告げる若飛や零の言葉は冷静そのもの。危険は承知で依頼を受けたのだから、依頼人へ矛先を向けるのは筋違い──それが冒険者の常識である。
だが、陽光の下で見る石像は彼らの胸を締め付けた。
「ねえルシアン、コカトリスの瞳って手に入らないのかしら?」
訊ねたシオンにも解っていた、無理だろうと。
だが、ルシアンの反応は予想に反していた。
「石化が解ければいいのよね?」
「‥‥へ? るっちー、何か持ってるの?」
「持ってはいないけれど、そこの隠遁ウィザードがね」
「‥‥どういうことです?」
フォンが護衛のウィザードへと視線を送ると、石像を確認していたウィザードが憂鬱そうに振り向いた。
「ストーンをリバースで掛ければ、石化は解けるはずですから〜」
──そうと知っていれば狂化などせずに済んだのに。
石化を解かれたウォルターとハロルドが最初に見たものは、肩を落とす苦労人イオタの姿だった。
太陽は燦々と輝いて、空はどこまでも青く続いて、そして風は木の葉を唄わせる。
薄氷の上の日常は砂上の楼閣にも似ていたが、ただ、確固としてそこにあることだけは揺るがぬ事実。
感じ取れる平穏に、誰からともなく笑みが零れていた。
未知なるモンスターが孕む様々な脅威と先駆者が背負う危険を、身を持って再認識させられた。
眠る宝は少なかったが、何よりの収穫は依頼人に限らず多くの冒険者にとっても益となる『情報』だろう。
紙一重まで迫った終焉を回避できた幸運へと捧ぐ感謝をここに記す。──ハロルド書記より、一部抜粋