魔怪村復興支援〜寅〜
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 48 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月09日〜09月15日
リプレイ公開日:2008年09月21日
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●オープニング
●魔怪村というトコロ
キエフ公国首都キエフの北に隣接する地は、最近になってアルトゥール・ラティシェフが領主を継いだセベナージという領地である。ドニエプル川の源たるキエフ湖の大半や湖に注ぐ広大な2本の河川をも含むセベナージは物品を船で運搬することが多いキエフに於いて交通の要所といえる場所にある。
その地が復活した強大なデビルの毒牙に掛かり、領内ではとても多くの血が流れ、その大半の地が焦土と化した。
そんなセベナージの中でも、特にモンスターの多い地域の森の中に、その村はあった。
開拓や狩猟を行って暮らしているその村の周辺は前述のとおりモンスターが多いのだが、中でもこの地区にしか見られない特異なモンスターが現れること多い。その原因について村では「魔力の吹き溜まりになっている」という説や「土地が肥えすぎている」という説、あるいは「精霊の力が偏っている」という説などが飛び交っているが、真偽のほどは未だ定かではない。
そんな呪われた地にある村を『魔怪村』と呼び、領民たちはとても恐れていた。
そんな魔怪村を訪れた一人のジャパン人らしい商人が、喜劇──いや悲劇を齎した。
●冒険者ギルドINキエフ
「何とかしてくれ!!」
開口一番そう叫んだのは体格の良い男性だった。
「‥‥といわれても、何を何とかすればいいのかの?」
動じず返したギルド員、こういう客にも慣れているのか。
羊皮紙を取り出し正面のイスを勧めると、自慢の三つ編みヒゲをのんびりと撫でる。
「俺はアレクセイだ。魔怪村から来た」
「魔怪村? お得意様じゃな」
「嬉しくねぇけどな」
苛立たしげに吐き捨て、アレクセイはドワーフのギルド員を睨む。
「して、依頼の方は?」
「村の金で村長が変なモンを買わされちまったんだ。それを奪って処分して欲しい」
さらさらと外見に似合わぬ流麗な文字を綴っていたギルド員は、確認のため羊皮紙から視線を上げる。
「金を奪い返すという話ではないんじゃな? 返品ということでもないのかの?」
「ああ。村長の目の前で堂々と処分してやってくれても構わねぇ、とにかく処分してくれ。これは村人の総意だ」
呆れと、怒りと、恨みが複雑に入り混じった、顔。
安くはない依頼料を持って現れたアレクセイ。恐らく村人たちの集めた金だろう。
本気だということを察し、インク壷にペンを置いた。
「で、処分する『変なモン』とは何じゃ?」
ソレの名を聞いて、ギルド員は激しく後悔した。
こんな依頼を受ける奇特な冒険者が、果たして何人いるのだろうか──‥‥
「言っておくが‥‥冒険者にも依頼を選ぶ権利はあるからの?」
そう告げるのが、彼にできる精一杯だった。
●魔怪村に訪れた‥‥幸運?
ゆらりゆらりと風になびく柔らかな草。
森の中に突如として現れた草原は、村長の頭頂部だった。
「〜♪」
鼻歌歌って上機嫌に頭頂部を撫でる。
何だか、心なしかふさふさしてきたような気がする。
「運が作用していたとはな」
‥‥いや、そんなことは無いはずだが。
頭を撫で上げていた手で腰をさする。
服の下には、慣れぬ下着。手の下には、しっかりとした紐。
「効果は抜群。幸運の虎柄褌──大枚叩いた甲斐があったな」
幸運の虎柄褌。
それが、処分を依頼された品の名前だった。
●リプレイ本文
●思惑と作戦
鬱蒼とした森にも色づいた枝葉が目立ち始めた。
「村長殿‥‥不幸が重なり色々ご心痛ではあろうが‥‥」
これで何度目だろうか、縁浅からぬ春日谷上総(ec0591)の呆れた声が風に溶ける。
「コンプレックスに付け入り善人を騙すとは、なんとも狡猾でありますね」
こちらも縁深きローラ・アイバーン(ec3559)、村長の善人っぷりは充分に把握している。
「褌も取って置ければ、後々、悪徳商人を捕まえる証拠品になると思うんだけどなぁ‥‥」
クル・リリン(ea8121)はやや落ち込み気味。首尾よく取り上げることができたなら褌をギルドへ預けたかったのだが、それはギルドの仕事ではないと素気無く断られてしまったのだ。確かに、悪徳商人だと言うのならば官憲や当該領地の領主へ申し出るのが筋だというギルド員の言い分は正しかった。
「詐欺だというのも未だアレクセイ殿の言葉だけ」
「そうですよね‥‥で、それは本当に幸運を呼び込む品なんですか?」
「いや、あれは詐欺だ! あんなモンに効果があるわけねぇだろう!」
「それに、そんな変なのにされちゃったら、トラさんがかわいそうだよ!!」
アレクセイの尻馬に乗り拳を振り上げるパルル・フルート(ec5305)、その目には涙。彼女が依頼を受けた要因の中で、その怒りが占める割合は絶大のようだ。
しかしラファエル・シルフィード(ec0550)は上総の言い分に少しばかり思うところがあった。冒険者が好んで身につける褌に不思議な効果があることは知っている。幸運を招く褌があることも、そんな冒険者たちを見ていればこそ否定できなかった。ちなみに、コレクターの数は少なくないという噂である。
「とりあえず‥‥そのまま正直に話したところで態度が硬化するばかりだろう。何か、村を訪れる口実があった方がいいのではないか?」
「ならば、こういうのは如何でありましょうか」
ローラの案にアレクセイも賛成を示した頃、森の切れ目から魔怪村がその姿を覗かせた。
訪れた一行に気付いたのは村の女性たちだった。見知った顔に、訪れたのが冒険者だと気付く。
「おや、何かあったのかい? それとも‥‥アレかい?」
「アレです」
「アレだよ」
周囲を警戒し声を潜めたおばさんに頷くのはクルとパルル。しかしその場のノリには流されず、ローラは冷静に用意してきた事情を告げる。
「いや、我々は仲間と手分をして詐欺を働く行商人の軌跡を追っているところであります」
「なんだい、あの行商人は結局詐欺師だったのかい!?」
「いや、そうと決まったわけではなく、それらしい行商人が数名いるので調査中なのだ。こちらに訪れた行商人も犯人と思しき一人でな」
咄嗟に上総が口にしたのは行商人が真に善良だった場合へのフォローだった。
彼らには、褌がマジックアイテムかどうかも、それが髪に作用する魔法なのかどうかも、調べる術がない。それが彼らにとって一番の泣き所だった。確認できなければ行商人を詐欺と断定することもできない。
「村長に挨拶しとくなら、今はサーシャんとこのペチカを直しているはずだよ」
「ありがとうございます」
礼を述べ、サーシャの家までの道筋を書きとめた木片を片手にラファエルは先陣を切る。
●髪とペチカ
「失礼いたします。こちらに村長殿がいると伺い、ご挨拶に参りました」
背筋を伸ばし声を上げるローラに、ペチカに突っ込んでいた煤けた顔を向けるのは確かに村長。
「依頼で暫し滞在させていただきますのでご挨拶と協力の要請に伺いました」
「おお、相変わらずの村だが、必要なだけ滞在していってくれ。協力も惜しまないぞ」
「では早速でありますが」
用意してきた『事情』を説明された村長は言葉を失った。
「何か買われた方がおりましたら、品物を拝見させていただけるよう村長殿からもお言葉添えを願いたいのであります」
「‥‥わ、わかった。伝えておこう」
顔を汚す煤のために顔色はわからない。が、挙動は明らかに不審──と、それまで黙ってじっと一点を見つめていたパルルが楽しげに口を開いた。
「オジサンつるっぱげだね!」
「ハゲではない!! ふさふさしてきているんだ!!」
「え‥‥それでも生えてきたほうなの? あたしにはハゲにしか見えなーい!」
繊細な毛の隙間から垣間見える頭皮を指を差して、きゃははっと高い声で嗤う。純真さは時としてナイフより鋭く心を抉る。よろりと崩れかけた村長を救ったのは村人の一言だった。
「村長、ニフとボリスが‥‥っと、お客さんっスか」
「構わん。何だ?」
「いや、出荷量と備蓄量で揉めちまって」
「またか‥‥」
荒れくれ者ばかりの村人の間で揉め事といえば流血沙汰。溜息を吐いた村長は、短く挨拶すると駆け出した。
「慕われている良い村長さんなんですけれどね」
笑いを堪えて涙目になったラファエルも、それは感じている。頷いたクルの心中もちょっぴり複雑だ。
「それだけ、ご本人にとってみれば大問題なんでしょうけれど」
──やって良いことと悪いことがある。
「コトが領主様の耳に入れば村長もただではすまないスからね‥‥アレクセイさんの依頼もよろしくお願いしまス」
ぺこりと頭を下げて、村人は村長を追いかけて走り去った。
そんな村長と村人の姿を目の当たりにして──平和裏に、村長自身の手で『幸運の虎柄褌』を手放させたいという願いがますます色濃くなった。
●料理と裸体
暖かな香りが心をも満たす。悪徳商人という話によほど動揺したのか、夕餉の席には村長も同席していた。その隣には上総の姿。朝夕は毛布が必要なほど冷え込むため、暖かな夕餉はありがたかった。
「先日作った保存食の礼だと思って、遠慮せず食べてくれ」
もとより遠慮する気など殆どない。がつがつと空腹を満たしながら、各々の集めた─振りだけだが─情報を整理する。
「‥‥ということは、行商人から購入した物は村長殿の褌だけということか」
「良い品だったのですか?」
好奇心を滲ませたクルの問い掛けに村長は髪を撫で上げながら鷹揚に頷いた。
「幸運を呼ぶ虎柄褌という品でな。この通り、以前より毛が増えた。効果もバッチリだ」
「増え‥‥‥」
まじまじと頭頂部を見つめていたラファエルが首を傾げた。
「以前私がお会いした時よりは薄くなっているようですが‥‥」
「き、危険だったのはその後だ!」
「危険だったんだ‥‥あははっ」
やはり楽しげなパルルに大人の余裕を見せる村長。だがしかし、
「コメカミがぴくぴくってしてるよー?」
パルルには通じない。
「パルル殿、飲み物が少ないのではないか」
少しグラスに注ごうとグレープジュースを手に腰を上げた上総、酔ったようにバランスを崩しジュースを村長にぶちまけた!
「す、すまない! ベタつくだろう、着替えられた方が良いのではないか」
「いや、大丈ぶっ!?」
「あ、あの‥‥すみません」
村長を挟み上総の反対に座っていたラファエルが素晴らしき連携を発生させていた。熱いシチューをひっくり返したのだ!
「運が悪かった‥‥いや、良かったんでしょうか」
んー、と首を傾げるクル。
半身には油分を含んだ熱いシチューがでろりと広がり、半身には自慢の甘さがこれでもかとベタつくグレープジュースが一枚一枚浸透して肌に達する。
これには流石の村長も音を上げた。
「ちょっと水を浴びてくる、皆さんはどうぞそのまま」
「せめてものお詫びに背中でも流させてください」
すかさず席を立ったラファエル。夕餉の支度をした女性とパルルが視線を交わし、バチッとウィンクした。
「村長さん、なかなか良い身体つきですね。水浴びが終わるまでスケッチさせていただいても?」
「芸術の心得が?」
「趣味程度ですが」
にこりと笑んで拾っておいた木炭を羊皮紙に走らせる。音を立て、世間話を繰り返すのは状況を報せるためだ。
そして時が過ぎ、村長が褌を手に取ったとき。
──はらり。
数本の毛が地面へと零れ落ちた。
「タイガーだけに退芽‥‥? いえ、すみません」
村長は凍り付いていた。ラファエルのつまらない洒落が1割、しっかりしていそうな太い毛がたっぷり抜けた衝撃が9割。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!」
馬の尾毛を仕込んでおいたクルは、木陰で小さくガッツポーズをした。
けれど、大きすぎる衝撃と騙されたかもしれぬ怒りで狂化した村長を止めるため、多少の手間を要した。
●諫言と顛末
狂化した村長が素っ裸で振り回していた虎柄の褌。
「ふぅん‥‥褌っていうんだ。そんなヘンなのにしたら、材料にされちゃった虎さんの罰が当たっちゃうんだから!」
「れっきとしたジャパンの衣服だ!」
──下着をつける習慣などジャパンと一部の地方にしかないのはさておき、冒険者に褌コレクターが多いことは伏せておく。
「そんな所につけるなんて、虎さんの呪いがかかってもしらないんだから!」
──一部の冒険者が虎柄の似たようなモノを身につけているのは横に置いておく。
「この形にならなければ床に敷かれるだけだろう!」
「だからって、虎さんがかわいそうすぎるよ!」
──そもそも人とは相容れぬ存在で、討伐対象になる強大な動物であることは華国に行かねば解るまい。
「‥‥凄まじいな」
「まぁ、子供のすることですから‥‥」
ラファエルの言葉は上総の眉間に刻印を残す。12歳といえど成熟した者が多い冒険者の中で、パルルのような者は珍しい。だが、言動は年齢に左右されたというよりは、パルル本人の性格に起因するように見受けられた。
──はらり。
「大きな怪我や火傷がなかったのは褌のお蔭でありましょうか‥‥残念ながら、頭髪には影響がなかったようでありますが」
抜け落ちた毛髪を拾い上げながら、淡々と状況を分析するローラは小さく呟いた。少々強引な理屈かと思いもしたが、心の折れかかった所有者には致命的だった。
「あんなことをしてまで手に入れたというのに‥‥」
──はらはらり。
「あ、抜けた」
パルルの無邪気な声。
「‥‥あんなこととは?」
鋭く光るローラと上総の瞳。剣呑な輝きに村長はがくりと床に手をついた。
「領主様からの支援金の一部を‥‥」
「ええっ!? そ、村長さん酷いです! 村のみんなの為のお金を使い込んじゃうなんて!!」
非難するクルの瞳には大粒の涙。そして怒り心頭のパルルの追い討ちが入る!!
「オジサンなんて、オジサンなんて、もっとつるっつるになっちゃえばいいんだー!!」
「‥‥パルル殿、その辺で」
「でも、上総おにーちゃん‥‥子供は正直って、童話でも決まってるでしょ?」
「それでますます薄くなっては、また似た災いを起こしかねない」
理性的な上総のフォローもまた、痛烈な一打。
声を震わせ、クルは純真な子供を演じる。パラの歳など、見慣れていなりゃわかるまい。
「そんなに気になるなら、いっそ剃っちゃえばいいんです! それなら気にするものだってなくなるじゃないですかぁ‥‥」
「──‥‥‥」
ぼろぼろと涙が零れる。一世一代、迫真の演技!!
「村長殿にはお立場ゆえの苦労もあろうが、心労が重なっているのは村長殿だけではない。村人も同じ苦労を強いられているのだろう? 少し頭を冷やし、気持ちを改められてはいかがか」
冒険者らの真摯な言葉と、眼差しに、村長の気持ちは変遷した。
‥‥そう、幸運が必要なのは村全体。一人で悲劇に浸る余裕などないのだ。
「使ってしまった金は補填するつもりだったが‥‥悪い夢を見たと思って褌は焼き捨ててしまおう」
決意の瞳に揺るぎはない。
「うん、それで一緒に、虎さんが安らかに眠れますようにってお祈りしようねっ」
パルルの笑顔が、初めて好意的に輝いた。
ちなみに終始無言だったラファエルは、刻々と変わりゆく村長の顔をひと時も逃さんと凝視中。裸体のデッサンと悲劇の表情で何ができるのか、ちょっぴり楽しみでもある。ノモロイの像に負けない素晴らしい代物になれば魔怪村の名産になる可能性も皆無ではないかもしれない‥‥?
──その晩。
パルルの寝息が室内に響く。眠れぬままに天井を見つめていたクルは、誰にともなく呟いた。
「でも、あの褌‥‥本当に効果がなかったんでしょうか」
「さぁな」
衝立の向こうから、寝返りとともに聞こえる上総の声。
「マジックアイテムだったとしても、確かめる手段がありませんでしたしね」
眠気を帯びたラファエルのくぐもった声は眠気を誘う。
「‥‥正直な話、ただの褌としても全く効果が無いとは言い切れません。人は思い込み、気の持ちようで体に変化が起きる事も珍しくないのであります。真に信じ込めば‥‥‥‥‥いや、やはり無理でありましょうか」
暫し考え、村長の頭頂部の現状を加味して軽く首を振り、ローラはゆっくりと目を閉じた。
そうして、何とか問題の『幸運の虎柄褌』を村長自身の手で焼き捨てさせた冒険者。
翌朝、未明に帰路についた冒険者を見送ったのは、スッキリ爽快な笑顔を浮かべたスキンヘッドの村長だったという──