●リプレイ本文
●蒼空へ舞う風
見渡す限りの牧草地‥‥というと少々語弊がある、森に縁取られた牧草地帯。そこに集う沢山の影は牛ではなく、ピクニックに訪れた人、人、人。時々妖精、妖精、犬、熊。そんな特殊な相棒を連れて現れるといえば、そう、冒険者に他ならない。
「ふわ〜‥‥いっぱいいるの〜」
「うん、結構集まったなぁ‥‥、休みの日でも休まないで全力で遊ぶ、さすが冒険者てところかな」
驚きながらも嬉しそうな雛菊(ez1066)の言葉に、シュテルケ・フェストゥング(eb4341)もニカッと笑顔を浮かべる。
「折角だから皆で遊べるのがいいな‥‥って、うわっ!?」
──ドン!!
足元に加わった衝撃にバランスを崩し視線を落とせば、ぴすぴすと鼻を鳴らす一羽のウサギ。
「こら、マーチ!! すみませんシュテルケさん‥‥!」
「大丈夫だよ。前見て走らなきゃだめだぞ、マーチ」
シュテルケの向こう脛にタックルをかましたウサギはキリル・ファミーリヤ(eb5612)のペット、マーチ。目を離さないでくれと、狐に狙われたら守ってあげてほしいと愛馬イワンに語った言葉が通じたわけではなかろうが、ペット達は飼い主を放置して広々とした牧草地へ飛び込んでいく。
「雛雪、雛たちもだだーってするなの!!」
ピクニックを言い出した少女も、愛犬と共に牧草地を駆けて行く。
後を追うように三々五々散ってゆく冒険者の中には、どうやら顔見知りもいたようだ。
「あはは、久々だね?」
「フォーレ! 皆がどれだけ心配していたと思‥‥って、人の話を聞かない所は相変わらずか?!」
遭遇してしまった叔母への挨拶もそこそこに友の許へ去ろうとするフォーレ・ネーヴ(eb2093)、その正面を譲らずにルザリア・レイバーン(ec1621)は姪の手を取ると、預かってきた手紙を然りとその手に握らせる。
「私はともかく、父親へは手紙くらい書いてやれ。どれだけ心配をかけているか、理解できない歳でもあるまい」
「あは。ルザルザは、生真面目な所が変わらないみたいだね。ん。いつか実家には帰る♪」
あっけらかんと言い放つフォーレへ更に小言を重ねようとしたルザリアは、間近で若草へ突っ込んだ人影へと反射的に腕を伸ばしていた。
「ふぇ‥‥」
「牧草だ、そう痛くはないだろう‥‥と、久しぶりかな。お元気そうでなにより♪」
膝を付き雛菊の膝や頬に付いた埃を払うと穏やかな笑みを浮かべる。叔母の興味が逸れた隙にこっそりと脱出に成功!!
目当てのディーネ・ノート(ea1542)は藤村凪(eb3310)の膝を枕に熟睡中。
陽だまりでごろりと寝転びたいのは生きとし生ける者の本能、仕方ない☆
ましてや、温かみを帯びた日の光が柔らかに降り注ぐ牧草の上は、良質の寝床に違いあるまい。規則的な寝息は、凪や瀬崎鐶(ec0097)へ穏やかな時の流れを齎す調。
「‥‥んきゅ」
「!?」
唐突に洩れたディーネの声に驚き、凪が視線を戻せば──その腹に陣取った木霊の姿が目に入る。
「あー。ディーネちゃんのお腹に乗ったらあかんよー。槻」
槻と呼ばれた木霊は少し不服そうに凪を見上げ、おいでおいでと手招く主人へぺたりと寄り添った。
「おかしな子やね」
「妬いたんだと思う」
姉と慕う凪へと鐶が小さく告げれば、凪は目を細めて槻を優しく撫でた。
「起きるまでお茶してよか、鐶ちゃん♪」
凪の提案にこくりと頷き、鐶はお茶を差し出した。その頬を、若草の香りが撫でてゆく。
一方、愛犬コーラスを牧草地に送り出したクリス・ラインハルト(ea2004)は、泉を探して水妖と共に森へ向かう──予定だった。
「うーん、小川の方が気になっちゃったですか?」
素敵な泉の話に興味をそそられていたクリスだが、引き取ったばかりの水妖から目を離すのも不安が多い。
しかし、無理に泉へ向かって機嫌を損ねるのも楽しくない。せっかくのピクニックを笑って過ごしたいのは、ここにいる皆に共通した願いだろう。
「飽きたら泉を探してみましょうね」
見守りながら小川の音色に耳を傾けていたクリスは、水音に、風の歌に、それぞれ合わせるよう竪琴を爪弾く。
優しい薫風はその音色を広く遠く運び──笛を取り出しかけていたウィルシス・ブラックウェル(eb9726)は耳を傾ける。
聞き覚えのある抑揚。弾き手を悟れば合わせることも難しくはない‥‥彼の技量があればこそ、だが。
草を食むブケファラスにそっと身体を預け、トルヴィの横笛に唇を添える。溢れ出す音色は、クリスの音色と絡み合い、高く、どこまでも澄んで静かに広がり。高らかに舞っていたシムシェックは、招かれるようにウィルシスの肩に降り優しい調に翼を休める。
『ブケファラス、シムシェック。いつも有難う。僕は君達が大好きだよ。これからもよろしくね』
乗せたテレパシーが届いたのだろう、ペットたちは響く笛の音に聞き惚れているようだった。
──殺伐とした昨今の情勢に疲れ果てているはずの冒険者たち。彼らの表情が穏やかなのは、生命息吹く春を感じているからだろうか。
●芽吹きの季節に
今年もこの季節が来たのかと、生命の躍動する緑の輝きに目を細めるエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)。氷雪に閉ざされた長い冬を余儀なくされるロシア王国に生を受けた者にとって、芽吹きの季節を迎えられることは何事にも変えがたい慶び。その想いは、他国の者より強いに違いない。
「ごめんね、忙しいのに無理に誘って」
恋人の故郷に、一度、一緒に来てみたかったのだとは言葉に出さず。感謝の言葉も胸に秘めたまま告げたユリゼ・ファルアート(ea3502)へ、エレェナはゆるりと首を振る。
「この季節に、君とこの地に来られた事を心から喜ばしく思う。私の故郷、好きになって貰えると嬉しい」
抱いた言葉も汲み取らんばかりの恋人に頬を僅かに赤らめたユリゼ、隠そうとするように、愛馬エトワールに跨った。
「エトワールと一回りしてくる。少しばかり離れるけれど、待っていてね」
「ああ、いってらっしゃい」
手を振る恋人へ笑みを返し、テレパシーでエトワールと心を繋いだユリゼは風の如く草原へ駆けて行く。
「空も広い、イリヤは好きに飛ぶといい」
白き鴎を蒼空に放ち、リュドミーラと共に小川へと足を運ぶ。竪琴を爪弾くクリスは異国で共に語る仲間、その邪魔にならぬよう足音を潜めて居場所を探す。
「綺麗な小川だ、ほら、遊んでおいで」
しかしまるで恥ずかしがるかのように、リュドミーラはエレェナの傍らから離れない。どうしたのかと悩んだのは刹那。先客──クリスの水妖が水音を立てた。
「‥‥ああ。いい機会だ、仲良くなって貰いなさい」
主の言葉が通じたか、ゆっくりと飛び立とうとしたリュドミーラ。しかし緊張の顔をじぃっと覗く双眸は、陽霊のもの。
「あら、先客がいたのね」
長い髪を躍らせ、日差しを浴びて舞う陽霊に導かれたエリザベート・ロッズ(eb3350)がひょっこりと長身を覗かせた。
再びエレェナへ身を寄せたリュドミーラに、エリザベートが弟とも想うソーンツァは興味津々だ。
「脅かさないで、仲良くしてもらいなさいね」
どうやら、幼子のような彼等へと掛ける言葉は、皆一様のようだ。保護者の気分にさせる何かが、彼等にはあるのかもしれない。
◆
さらりと靡いた、陽光を散らす銀の髪。手にした写本に視線を落とすその膝では、愛猫がくわぁ〜と大あくび。見紛うはずもない、サラサ・フローライト(ea3026)の姿。
「サラサ姐さん?」
「なんだ伝、いつの間に子持ちになった?」
連れた焔の姿に真顔で発した言葉。第一声がそれかと、以心伝助(ea4744)にひっそりと目頭を押さえる。香辛料の効き過ぎた料理を食べたような気分だったに違いない。
「隣、いいっすか?」
構わない、と了承の返事を待って、伝助は腰を下ろした。
吹き抜ける風に想い人の香を感じ、薫風に春を感じ。疲弊した心が、ほんの僅か、潤う気がした。
思い描いた言葉を口にするには、まだ少し、勇気が足りなかったけれど──‥‥
そんな2人から少し離れた場所。
牧草地を縁取る森の際できょろきょろと周囲を見回していたのはローサ・アルヴィート(ea5766)、その手には大きなバスケット。相変わらず、シフール飛脚に頼るしか連絡手段も無い恋人。道中、その姿は見かけることができなかったけれど、きっと来てくれているはず。
(「‥‥来てくれてるわよね?」)
「よう、いい泣きっ面じゃねーか」
「誰のせいよっ!!」
根拠の無い自信が不安に代わるのを待っていたように、つばの広い帽子を目深に被ったディック・ダイが姿を現した。揺れかけた薔薇の瞳が春の色を帯びて輝くと、腕を引いて柔らかな牧草の上に並んで腰を下ろす。
「ふっふっふ、この上達した腕を見よ!! そして惚れ直しなさい!!」
‥‥自分で言った言葉に長い耳を赤く染めて、ローサは恋人の前に旬の菜入りのお弁当を広げた。
「見た目は悪くねぇな」
「味も悪くないわよっ」
愛想のない彼なりの賛辞に浮かぶ笑みは今日の陽のように輝かしい。口を開けば悪態ばかりの二人だが、それも相手が目の前にいるからこそのやり取り。
「ま、その言葉を信じるとするか」
「‥‥か、感想は!? 感想は!?」
春野菜のキッシュを無造作に口へと運んだ恋人クへ身を乗り出したローサ。
食べかけをローサの口へと押し込んで、怪盗の仲間は、不安の滲む瞳に目を細めた。
「悪くねぇ」
「正直に美味しいっていいなさい!!」
ぎゅっと腕を抱きしめた自分から顔を背けた恋人の浅黒い頬がほんのり赤らんでいて、それが何だか嬉しくて、ローサは頬にキスをした。
彼らから遠く離れた牧草の上、大きく伸びをしたのはジェラルディン・テイラー(ea9524)。
「うーん、いい天気になってよかったわねー」
思う存分遊んでおいでと連れてきた虎猫のジェリクルを広々とした牧草地へと放つ。もちろん、他所のペットに悪戯をしないよう念を押すことも忘れない。牧草の陰に見え隠れするジェリクルの姿を眺めつつ、沖田光(ea0029)は目を細めた。
しかし、恋する青年には気になる物が多いようで──ちらりと泳いだ視線に気付き、まだ柔らかい牧草に腰を下ろしたジェニーがバスケットに詰めたお弁当を広げてみせた。
「保存用の鮭があったから、他にも色々パンに挟んでお弁当にしてみたの」
ライスボールの方が好みだったかしら? と首を傾げたジェニーへ頭を振り、嬉しそうに弁当を頬張った。
「とても美味しいです、ジェニーさん」
常日頃から世界中を飛び回っている光は久しぶりにジェニーとのんびり遊びに出かけたかっただけ。彼にとってお弁当は嬉しすぎるサプライズに違いない。
嬉しそうに、美味しそうに食べる光の表情は、作りがい充分で、作り手としてとても嬉しいものだ。思わず和菓子や甘酒もと勧めたジェニーも一緒に食したお弁当。
ほろ酔いでお腹もふくれ、心地良い時間はとてもゆっくりと流れていく。
「たまにはこうやってのーんびりすごすのもいいわね〜。何だかのんびりしすぎて眠くなってきちゃった‥‥」
穏やかな日差しと柔らかな香りに包まれていれば、それも当然。ディーネの言葉を借りれば、「心地良い風と草の匂いに包まれたら眠くなって当然よ!!」なのだから。
呟いたジェニーはバックパックから毛布を取り出し、光の膝にぽてんと倒れ込んで寝息を立て始めた。
微笑ましく、その全てをつぶさに見つめていた光は、膝に掛かる重さと温もりに胸を高鳴らせながら呟いた。
「そんな、貴方の全てが大好きです‥‥」
睡魔に囚われ夢の縁に立つジェニーへ、彼の言葉は届いただろうか。
●薫風に踊る声
牧草の上に座り込み、全身に風を浴びながら花冠を作るのは雛菊。草原を駆け巡る追いかけっこに疲れたようだ。
「あ、マーチ!!」
出来上がった花冠をお弁当にと奪われても、雛菊は追いかけない。なぜなら寄り添って愛犬がお昼寝中だから。
そして隣では、凪の淹れたお茶を手に表情を変えぬまま雛雪を見つめる鐶。
「‥‥かわいいよね、ワンコ‥‥」
「雛のわんこはね、雛雪ってゆーなの。でも今はおねむだから、しーなのよ」
こくりと頷いた鐶、その視線は上下する腹部に釘付けだ!
「‥‥撫でても、いい?」
「ふかふかのほわほわなのよー♪」
にっこり笑う雛菊に促されて触れば、その毛並みはお日様を浴びてふかふかふわふわ。2人を取り巻く空気もほんわりと質を変えた。
(「でも、ワンコは睡魔に勝ってるみたいだけどね」)
撫でられても寝ている雛雪が狸寝入りだと気付き、ディーネもつられて満面の笑顔。しかし。
「ディーネ!」
「むぎゅ!」
気配無く近寄ったフォーレに突然肩へと跨られ、草地へと突っ伏した!
「あー、こらこら。ディーネ殿で遊ばない遊ばない」
「遊ぼ遊ぼっ!」
ルザリアの言葉など何処吹く風。ごろごろと転がっていく2人を眺め、凪は木霊と茶を啜る。
「皆仲良しさんやね、槻」「やねぇ」
槻も乗らせてもらい、と木霊を送り出す凪へルザリアが疲れた声を洩らす。
「藤村殿も便乗しないでくれ、頼むから」
頭を抱えても、風は楽しげに歌うだけ。
◆
初めてキエフを訪れたルネ・クライン(ec4004)の手を握り、隣を歩くのはラルフェン・シュスト(ec3546)。
恋人ではなく、親友なのだとは当人達の弁。風の道を選んで茣蓙を敷くと、腰を下ろしたルネはバスケットを抱えて。
「ちょっと張り切りすぎちゃったかも‥‥」
と広げたお手製弁当は、2人で食べるには充分すぎる量でもあり、気合いの入った品々でもあり‥‥ラルフェンは相好を崩した。
「美味い」
マリネにキッシュ、香草焼き、春野菜とチーズを挟んだパンも、そのどれもが期待以上で、世辞など挟む余地はない。心からの言葉だからこそ、表情も自然に笑顔が咲く。ならば礼にと、キエフで買った菓子を差し出すラルフェン。
「スィルニキという焼き菓子‥‥とチーズケーキの間の菓子だ、口に合うと良いのだが」
「‥‥美味しそう」
綻んだ表情は、スィルニキの味ゆえではなく、ラルフェンの心遣いが嬉しかったから。
もちろん、2人で食べるスィルニキは格別で、共に過ごせる幸せを味わうラルフェンは嬉しさについつい酒が進んでしまい──ごろりと寝転ぶ茣蓙の上。
「膝、使っていいわよ」
そう言ったルネの真っ赤な顔に気付かなかったことも、幸せに浸ったまま寝入ってしまったことも、だからきっと酒のせい。
目を覚ましたラルフェンが陽光を受け輝くルネに見惚れるのも、気付かずルネが笑顔でおはようと告げるのも、耳まで赤く染めてしどろもどろになる珍しいラルフェンが見られるのも、彼のオカリナが響くのも、もう少し後の話。
今は──穏やかな想い人の寝顔を見つめ、幸せそうにそっと髪を撫でる‥‥そんなルネにキルシェが妬く時間。
邪魔せぬよう、まだ柔かい草をそっと踏み歩くラファエル・クアルト(ea8898)とシェアト・レフロージュ(ea3869)。互いを唯一無二の伴侶とし歩み始めた日々は相変わらず危険と隣り合わせだが‥‥今日の陽はこんなにも優しく穏やかで、風は清々しい。
ターニャを任されたロホは、イチゴに懐く仔猫を追いかける。その後を追って飛ぶテディの表情も明るく、視線を交わした2人はどちらも常以上に穏やかな笑みを浮かべていた。
「のどかねぇ」
「ええ。地獄やデビルなんて、ここには関係ないみたい」
首元を彩る花輪のお礼──ではないけれど、繋いだ手をしっかりと握り草原を歩けば、草の香りを運んだ風に僅かに混ざる芳ばしい香りが鼻腔をくすぐって腹の虫が大あくび。
「お昼にしましょうか」
柔らかな草、天然の絨毯に腰を下ろして広げたバスケットにはロシアの春の恵みを閉じ込めたピロシキやふんわり焼き上げた卵焼き、大きな葉に包んだ魚の香草焼きだろうか。
「‥‥あーん、とか、して良いでしょうか?」
くす、と笑んだ愛妻の悪戯心も嬉しく、ラファエルは口を開く。シェアトへと作ったデザートは、この食後を堪能した後に。
お腹を満たすのは互いの手料理、心を満たすのは最愛の人。
満たされれば、この時間を夢にも刻もうと睡魔が襲い来るのは仕方ないこと。
夫の小さな願いを叶えるシェアトは‥‥虎猫と火霊を抱き、膝を枕にまどろむラファエルの髪を梳く。
「あのね? あなた‥‥名前、何て呼べば良い?」
ラファエル、ラフ‥‥そしてライル。どれも最愛の人を呼ぶ名前。風に乗せ、歌うように繰り返される名が、最愛の歌姫の声が、時折り頬を撫ぜる銀の髪が、ラファエルを緩やかな眠りへと誘い──
◆
甘い空間から離れた場所を、地響きを立てて駆けて行くディアトリマ。
「ふむ‥‥大きくなったあいつを乗りこなすのは結構骨かもしれんな」
元気一杯の姿を眺めながら、イグニス・ヴァリアント(ea4202)の表情は、言葉とは裏腹に楽しげだ。
そして視線を転じれば、緊張の滲む面持ちで火霊と風精を見つめるティアラ・フォーリスト(ea7222)の姿。ふわふわした髪に大きな瞳、どちらが精霊か解らぬような愛らしい姿の知人は視線に気付きイグニスを振り返った。
「仲良くできそうか?」
「属性違っても喧嘩しないみたい、良かったね♪」
物怖じしないカンナはカトルカールに興味津々。片やカトルカールは既にカンナ観察は過去の事とばかり、目の前を通り過ぎた柴を追いかける。負けじとカンナも追いかければ、気付いた柴は嬉しげに逃げだして青空の元を跳ね回る。
「えーと‥‥お見合い成功?」
「‥‥」
させたつもりはないのだが、ティアラの笑顔に免じてその言葉は飲み込んだ。
「のりまきー」
カンナとカトルカールに追われていた柴が、ぴくりと耳を動かした。地を蹴り、主の下へ駆け寄って巻いた尻尾をちぎれんばかりにふりふりふり♪
「右之助お兄ちゃん!」
呼ぶ声に聞き覚えがあったのだろう、広げた茣蓙の上にどどーんと漆塗りの重箱を広げていた田原右之助(ea6144)は、妖精たちを追って現れた少女を見上げ、口の端を上げた。
「‥‥おお? ティアラか、目玉焼き位は作れるようになったか?」
「う、右之助お兄ちゃんの豪華なお弁当には勝てないよ‥‥でもその卵焼き美味しそうだね」
美しく並ぶジャパン料理の数々。そしてじゅるりと涎をすすり上げる音。
「ティアラじゃないよー」
「美味しそなの〜」
ふるふると首を振ったティアラではなく、どうやら、いつの間にか彼女の足元にしゃがみ込んでいる雛菊のものだったようだ。
「雛も食うか?」
「うん!」
「のりまきのもあるぞー」
再びじゅるりと涎をすすり上げる音。
「のりまきは柴の名前だからな?」
「‥‥なんだぁ」
童心に帰ってピクニック。笑顔が溢れる空の下、ティアラの弁当をカンナに分けつつ、イグニスが目を細めた。
──たまにはこういうのもいいもんだな。
◆
ロッテの見つけてくれた白い花。シェアトに教わりながら作り上げた花冠を手にユリゼがエレェナの元へ戻る。
故に花冠はエレェナの金の髪を彩った。
「贈りたかったの」
けれど、そっと忍ばせてきた指輪は、エレェナの目を見開かせた。
「さ、お手を。私の気持ちを受け取って下さい、姫?」
「ユリゼ‥‥」
差し出された右手の薬指へ花の指輪を嵌めてユリゼはにこりと微笑めば、嬉しいのに何も礼ができないとエレェナは小さく息を吐く。
「それなら、ロシアの曲‥‥聞いてみたいな‥‥」
一緒に来たかったこの国を、少しでも多く知りたいと望むユリゼへ「並み居る楽師達程の腕は無いけれど‥‥」と前置いて、エレェナは竪琴を爪弾き始めた。選んだのは、再生の季節に寄せる曲。
春風に乗せた楽曲は、さながら穏やかなこの時間を祝福する歌のようでもあり。ユリゼはそっと瞼を閉じて、その音色に身を委ねた。
風が運んだ祝福の歌に、小さな勇気をもらった青年が一人。
世界が落ち着いた時にこの身の命運が尽きていなければ、世界をぐるりと旅してみたいのだと語ったのは伝助。語られたのはサラサ。
「その時は、その‥‥良かったら一緒に行きやせんか?」
「‥‥悪くは無いな。ただ‥‥」
この国で、やるべきことを見つけてしまった彼女には、骨を埋めるつもりになっていた彼女には、明言はできなかった。
言葉を濁したサラサに、返事はすぐでなくていいと添えたのは‥‥勇気が少し欠けたからか。それとも、待たせることが怖かったからか。幾分癒えたとはいえ、骨の髄まで疲れが浸透しているからだろうか。
穏やかな日差しに睡魔が鎌首をもたげて。ぱたりと横たわった伝助は、ほどなく小さな寝息を零す。
(「忍者がこうも無防備で良いのか‥‥?」)
それが忍者だと言わんばかりにタイミング良く遠くから聞こえた雛菊の歓声。呆れつつ、起こさぬようにそっとマントを掛けた。
いつか世界を旅することはできなかったとしても、今は一緒にいる──それは紛れも無い事実だから。
●鮮やかな絆
春に負けない温もりは、雛菊の周囲にも常にある。
「雛菊、息災だったかね」
「雛、遊びに来たぞ。蓮も大きくなったし、新顔も連れてきた」
「むぅー。雛、いっつも元気だも!」
父と慕うヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が、兄と慕う双海一刃(ea3947)に、暖かく迎えられ、少女は嬉しそうにその表情を綻ばせた。
「茜という。茜、先輩にきちんと挨拶をしろよ」
「柴わんこ!! 雛雪、雛雪もご挨拶するなのよ〜♪」
くるりと巻いた尻尾の愛らしい柴が、忍犬修行中の茜と互いにふんふん匂いを嗅いでご挨拶。
「わんこ波動を感じるじゃ!」
ひょっこり現れたのは青い髪の妖精さん、もといシフール。厳ついヴィクトルと無愛想な一刃にも全く動じず、雛雪へ、もふっと体当たり☆
「おりは令明なのじゃ。わんこ大好きな子はおりも大好きなのじゃじゃ、よろしくなにょじゃ〜♪」
もふもふと毛皮を堪能しながら鳳令明(eb3759)と名乗ったシフールに、遠い地で言葉を交わした雛菊は満面の笑みを浮かべた。
「えへへー、わんこ大好きな子は雛も大好きなのー!」
『ふむ、それでは麗麗はお気に召さないか』
『にゃんにゃんお姉ちゃん! 麗麗もにゃんにゃんお姉ちゃんも大好きなの、だいじょぶよー?』
ジャパン語で声を掛け久々に姿を見せた王娘(ea8989)を、令明にも負けぬ体当たりで熱烈歓迎★
『雛菊‥‥久しぶりだな』
『にゃんにゃんお姉ちゃん!!』
以前より流暢になった言葉は友愛の証。弾けるように抱きついた雛菊を抱き返し、離れぬようにしっかりと手を握り‥‥ヴィクトルや一刃を鋭い眼光でじろりと牽制。雛菊に触れたくば私を倒していけ、剣呑な視線はそう告げている。纏う空気も告げている。つまり存在全てで主張している、娘だもの!!
だがしかし、無愛想が増えようと、殺気じみた眼差しを向けられようと、視線如きに動じる令明ではない!!
「未確認おたまが〜るが増えたのじゃ!!」
爛々と輝く眼差しは、剣呑な視線を鮮やかに撥ね退けた。思わぬ強敵に、娘はクッと呻く。
「雛雪に取られないようにな」
「取られないも、雛があげるなの!」
一刃が手渡した雛あられをしっかりと抱きしめて、小さな胸をいっぱいに張って。その絆に目を細めて妹を撫でれば、控える猫がじろりと視線で威嚇する。邪魔はしない、威嚇するだけ。
(「ご主人さまってどぉ?」)
わんこではないけれど、宝石を纏うにゃんこ麗麗もしっかりともふった令明は、こっそりとインタプリンティングでそう尋ねる。ペットを連れてピクニックに来る彼等の愛情は疑うべくもない、ベタ褒めばかりを返されて‥‥それはそれで、何だか嬉しい。
「まあ、今日も賑やかですわね」
少し離れていようとも耳に届く歓声。散歩の足を止め、穏やかに笑み眺めるのはセフィナ・プランティエ(ea8539)。
美しいこの季節。碧の風に土の匂い──全てを留めることはできないけれど、少しでも記し残そうと。抱えた羊皮紙には風景や植物、リアンやラヴィの姿も描き留められている。モチーフの多い季節、スケッチもまた心躍る楽しみだ。
「今度は雛ちゃんたちを描きましょうか」
長いこと親しく言葉を交わしてきた彼等の姿を、そういえば描いたことは無かった気がする。
ならばと腰を下ろし新たなる羊皮紙を取り出したセフィナ。その手元を、興味深げにラヴィが覗き込んだ。纏う冷気が近付けば、まだ幾分指先が冷えてしまう季節なのだけれども。
「ラヴィにも、まだまだ沢山、絵を描いてあげましょうね」
ふふ、と優しい笑みを向けたセフィナをじっと見上げ、ヤングスノーマンは小さく跳ねた。
セフィナの頭上から風に乗り飛んでいくリアン。その姿を認め近付いてきたのはリュミィ、フィニィ・フォルテン(ea9114)の妹分。
フィニィが誘いの手紙を送ったアルトゥールは政務に忙殺されているのだろう、この地を訪れることはなかった。
けれど、春を少しでも伝えられたら、心を穏やかにできたら──手にした一輪の花を、そっと羊皮紙の間に忍ばせて。
「これをお送りしたら、薬効のある植物の方が気が効いているとお叱りを受けてしまうでしょうか」
言葉とは裏腹に楽しげに笑むフィニィへ、キリルは首を振った。
「喜んでくださると思いますよ。今は、花を愛でる余裕も、触れる余裕もないでしょうから」
「それはそれで、私たちにとっては喜ばしくない事ですけれど」
共にアルトゥールを主と定め、騎士として楽師としてそれぞれから支え、歩んでいく決意を固めた2人。今はまだ思いが形になっていないだけ。
(「デビル犇くこのロシアで、まだまだ未熟な僕があの方を守りきれるのでしょうか」)
いや、守らねばならない──そう、命を賭してでも。それが騎士たる道を選ぶキリルの決意。
(「まずは、そう‥‥飼い主としてマーチに負けないくらいには」)
あれ、志が一気に小さく感じられませんか、キリルさん。
同じ頃。同じ道を選んだシュテルケも、師匠と仰ぐラクス・シュトラウスへと胸中を吐露していた。
「あのさ、師匠」
もう、師弟関係が逆転するほどに腕を磨いたシュテルケ。師弟揃って未熟だったのは、その心。
「俺さ、やりたいことがあって‥‥今度騎士叙勲受けることにしたんだ」
まだ決定事項ではないから、騎士にはなれないかもしれない。
騎士になっても、今まで同様に冒険者を続けることは許されている。
何が変わるというわけではないかもしれない。
──けれど、それでも。
「一応報告っていうか、師匠のおかげっていうか‥‥とにかく、ありがとう」
「俺は何もしてないけどな! やりたいことがあるなら、迷うなよ。アンデッドのことは俺に任せろ!!」
「‥‥師匠はいつも師匠だよなー」
いつもと変わらぬラクス。故に指標となり、知らずシュテルケを導いた彼。
「いや、師弟関係はここまでだろう。これからは‥‥友人? か?」
「師匠は師匠でいいよ」
ぷっと噴き出して、首を傾げるラクスと固く握手を交わす。立場が変わろうと、2人はこれからも共に戦うのだろう。
明るい太陽は天頂を過ぎて。
「さあ、戻る前に腹ごしらえといこうか」
ヴィクトルのとっておき、気合いと根性の賜物。春野菜や山菜を煮込んだスープにモチを入れた、題して『春の力スープ』である。柔かい春の恵みが持つ生命力をまるごと食べられるスープ。小さく切っていても、モチのボリュームは春野菜の線の細さを補っている。
「モチを焼いて入れるのが香ばしさを増すポイントだ」
胸を張るだけあり、香りはふわりと広がって。
「ボクもご相伴に預かりたいですー」
クリスとディーネを筆頭に、あちらこちらに散っていた冒険者の半数以上が姿を見せた。
雛菊への感謝と挨拶をこめて、と持ち寄った食べ物は──弁当を除いても、パリの焼き菓子、アルヴァ、大福、お団子、干菓子、雛あられ、桜まんじゅうに種々の点心。雛雪に奪われぬかという一刃の心配は杞憂だったようで、一人では到底食べきれぬ量のお菓子の数々は、お茶やスープや清水と共に皆の手元へ行き渡る。
そんな賑やかな人の輪をそっと記していたセフィナは、驚かされた衝撃が抜けずにディディスカスのランプを警戒する雛菊の隣へと席を移したフィニィを追うように腰を上げた。
「お元気でしたか?」
「暫くお会いしない間に大きくなりましたね」
娘の監視の下、セフィナとフィニィは交互に雛菊を抱きしめる。
再び見(まみ)えることができるなど、冒険者の身で信じてはいない。だからこそ、一瞬一瞬を大切にしたい。
「これは、宜しければ、今日の記念に」
セフィナが贈った羊皮紙は、彼女が記した今日の記憶。笑顔が溢れる、人の輪の記憶。
──また、笑顔に会えますように
込められた願いは、きっと叶うだろう。
‥‥ロシアに春が訪れる限り。