●リプレイ本文
●マントの町で
片柳 理亜(ea6894)は町につくと、結婚式を祝おうとカルロス伯爵の城へと向かう一般人たちへさっそく紛れ込んだ。
「どこか、潜入しやすそうなところはないかなぁ‥‥」
「周りの人に聞こえてしまいますよ」
さりげなく群集と距離を取りながら、小声で霧島 奏(ea9803)が注意した。どこで誰が聞いているとも限らないのだ、独り言でも危険な発言は慎みたい。危険が少ないよう、二人とも一般人と同じような服を着込み、普段と違う髪形にするなど、多少の偽装工作はしているようではあるが。
「爆破された城壁の警備に人数が割かれてるのかな?」
「それとも、罠‥‥という可能性もありますが」
通用門や城門の警備が、城の規模に対して薄いようなのは、気のせいではない。
「んー。もし罠だとしても、中に入らないと仕事が出来ないんだよね」
幸運だと思って、行くしかないよね。
そう語る理亜の視線に、霧島は内心で暗い笑いを浮かべながら頷いた。
(「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですか。‥‥クックッ、面白い」)
この直後、彼らの幸運を後押しする出来事がある。
俄かに、城下が騒がしくなった。
「は? でっかいカエル?」
ヒース・ラクォート(eb1351)が飛び交う言葉に眉を潜める。あまりに不自然な、不自然すぎる騒動である。
「陽動の人たちの中にはガマ使いの忍者がいるようですから、彼女のガマかもしれませんね」
「これが陽動なら急ぎましょう。皆さん、布は巻き終わりました?」
レイ・ミュラーの情報に、リズ・シュプリメン(ea2600)は仲間たちを見た。靴に布を巻きつけておくことで足音を少しでも消そうという彼女の提案は、ほぼ全員に受け入れられていた。
「さーって、いっちょ行きますか! 遊士、よろしくっ!」
ローサ・アルヴィート(ea5766)は城門の警護の気を引く役割を担当する遊士 燠巫(ea4816)の肩を叩いた。
「ああ、任せておけ」
遊士は頷き、疾走の術を唱えた。そして、人遁の術で酔っ払い老人へ化ける。
「うぃ〜、ちょいと‥‥行ってくると、するわぃ。ヒック!」
千鳥足で城門へ向かう遊士。小道具のワイン入りジョッキを煽りながら、ふらりふらりと警護に近付いていく。
「うぃ〜、カエルが出たんじゃよぉ、ヒック、でっかい、カエルでのぅ‥‥ヒック」
「その騒ぎならじきに収まるだろう」
「あんたらの仲間の騎士も〜、うぃっく、喰われかけとったわ〜」
「なにっ?」
よろり、よろり、ふらり、ふらり。
落ち着かない酔っ払いの足取りは、ついに足をもつれさせ‥‥
「危な、グハッ!」
──ゴッ!
警護の鼻に遊士の額がクリーンヒット!
当然、偶然ではなく故意であるが‥‥そんな事が警護に分かるはずもなく、しゃがみ込んで顔面を押さえる護衛の指の間からは、鼻血らしき血が流れ落ちる。
「すまんのぅ、ヒック!」
「だ、大丈夫だ‥‥これしき‥‥」
「うぃ〜、血が出とるのォ‥‥。消毒してやろう、ヒック!」
「うわ、まて、やめ‥‥!」
──ジョボボボボ。
「うぎゃああああ!」
騎士の顔を上に向け、ジョッキのワインを引っ掛ける遊士。古ワインは顔に髪にベタついて、しかも酸味が目に染みる。
のた打ち回る護衛の騎士に当て身まで食らわせてから、冒険者は庭へと侵入した。
●犯罪行為
マント伯カルロスと花嫁クラリッサは城と離れの館という別々の建物にいる──先日、別の依頼で館を訪れたローサとイコン・シュターライゼン(ea7891)の情報で、花嫁のいる建物は分かっていた。後は肝心の、花嫁の居場所である。
しかし、一行には秘策があった‥‥イコンのオーラセンサーである。先の依頼でイコンはクラリッサのオーラを判別することができるようになっていたのだ。
「じゃ、いきますね。──オーラセンサー」
イコンの体がうっすらとピンクに光り──彼は首を傾げた。
「失敗したようです」
オーラ魔法を使うことはできるが、イコンは決して得意なわけではない。しかし、オーラエリベイションで強化してある状態で二度、三度と失敗を続けたことなどなく──ただいたずらに時間だけが過ぎていき、見守る誰よりもイコンが焦りだした。
「だめです、クラリッサさんの居場所がわかりません」
「ま、そういうこともあるさ。これだけデカい館だ、分かる範囲内にいない可能性もある」
鍔広の帽子を僅かに持ち上げて、ディックが呆れとも慰めともつかない口調でそう言った。居場所が把握できなければ、探すしかない。
クラリッサを誘拐──もとい保護するのが今回の目的なのだから。
イコンは申し訳程度に植えられた木の陰で、霧島の忍者刀、ヒースのダガー、レイの剣にオーラパワーを付与した。
「あ、あまり長くは‥‥もちません。急いで、ください‥‥」
「制限時間付きですか‥‥わかりました」
面白い、と乾く唇を軽く舐めながら霧島が頷いた。
「さて、これからが重要だな」
そう言う遊士は再び人遁の術を使い、今度は城門で見た警備に化ける。一人屋外に残り、館を訪れる者を屋内に入れないために活動することになる。人遁の術は完璧ではないが、鈍い空模様はそれをカバーしてくれているかのようだった。
「そう簡単には見破れないはずだ。見回りの警護には異常なしと告げておく」
「あたしたちは陽動、だね」
いつもと違う黒っぽいローブにフードをすっぽりと被り、口元は布で隠し──理亜は作戦の確認をする。館の中でも陽動は必要だろうと班を分けたのだ、共に行動しては意味がない。イコンとローサが頷くのを確認して、胸に抱く想いを僅かに吐き出した。
「悪魔が関係してるなら阻止しないとね!」
「場合によっては生贄にでもされる可能性がありますからね‥‥」
カルロス伯爵が本当にデビルと組んでいるのであれば、花嫁クラリッサがどんな扱いを受けようと不思議ではない──とイコンは眉をひそめた。一刻も早く、その無事を確認せねば。
しかし、オーラセンサーには相変わらず反応はなく‥‥。
「時間が惜しいです。行きましょう」
カルロス伯爵がいるであろう城も俄かに騒がしくなってきた。向こうは向こうで同業者たちが行動を起こしているのだろう。イコンは気を取り直して、移動を開始した。
●襲いくる悪意
気配を消すことが得意でスリープを使えるヒース、そして彼よりも気配を消す技能に長けている霧島の二人が一歩先んじて館を進んでゆく。
「──スリープ」
ヒースはホールに居た警護の騎士2名へ、躊躇うことなくスリープの魔法を唱えた。どさっと床に倒れた警護を縛り上げ、轡をかます。この部屋を押さえてしまえば、移動は比較的スムーズに行えるだろう。
「時間が惜しい、手分けをするぞ」
ディックの言葉で陽動を兼ねた4人が1階を、救出部隊の4人が2階へ、それぞれ足を進めて行く。
「オーラパワーの効果があるうちに、進めるだけ進みましょうか」
レイにそう促され、気配を消しながら2階へと上がる。様子を窺いながら『花嫁の間』の扉へ辿り着いた時──
「来やがったな!!」
左右の扉から飛び出してきたのは、待ち構えていた二人の警護!
リズを庇うようにレイが左からの攻撃を止め、右から狙われたヒースはギリギリの所でその攻撃を避ける!
「くそっ、魔法使う暇がねえ!」
「では、お手伝いいたしましょう」
唯一警護の騎士たちに見つからずにいた霧島がヒースを狙う騎士の背後に忍び寄り──鎧と鎧の継ぎ目に、忍者刀をあてた。
「動いたらどうなるか、おわかりですね? 手荒なことはしたくありません、花嫁の居場所を教えていただけますか」
リズが騎士たちへ高らかに言い放つ。レイへの攻撃を行っていた騎士もあっさりとその攻撃を止め、リズに縛り上げられた。項垂れた騎士は、食いしばった歯の隙間から漏らすように、微かな声で、霧島へと告げた。
「花嫁は‥‥その部屋だ」
「ありがとうございます」
霧島の優雅な一礼と同時に詠唱を終えたスリープが、騎士の意識を奪った。
(「厨房には、侍女が二人だよ」)
(「物置には誰もいませんでしたが、侍女が1人外に出ました。遊士さんが何とかしてくれると思います」)
事前の情報では、侍女は3人だという。残るは人数のわからない騎士たちだけだ。
「2階に上がろう」
ローサの言葉に頷き、2階へ上がるため階段まで来ると、1人の騎士と鉢合わせた。
「ごめん、時間が惜しいんだよねっ!」
「失礼します!」
理亜とイコンはせめて命を奪うことがないようにと、鞘をしたままの剣を振るう!
「賊かっ」
イコンの攻撃は何とか受けたものの理亜のナイフを受け、騎士はくぐもった声を出した。立て続けに攻撃をしかけるイコンと理亜!
騎士はそれらの攻撃を全て処理するほどの技能を持ち合わせていなかったようで、二人の攻撃は騎士の体力を削いでゆく‥‥しかし、二人は違和感を覚えた。自分たちの手ごたえほど、騎士がダメージを受けていないような、そんな気がするのだ。
「嬢ちゃん、あれを使ってみろ」
「あれって‥‥ああ、おっけー♪」
狙いすまされた銀の礫はイコンと理亜の間を抜けて騎士の額を割る!
『ギャアアアア!!』
騎士の姿を棄て、現れたのはデビルだ!!
「良ク、分カッたナ‥‥」
耳障りの悪い声を振り払うように、理亜はナイフを鞘から抜き去った!
「だガ、クックック‥‥花嫁ヲ‥‥見ツケラレるカ?」
「どういう意味!? クラリッサをどうしたの!?」
声を荒げたローサに、デビルはニヤリと笑った。理亜の攻撃を爪で受ける。何度か攻撃をさせた後、お返しとばかりに攻撃を仕掛け──その攻撃を理亜が止めようとした瞬間、イコンの詠唱が終了した!!
「──オーラパワー!」
『グァァアアッッ!?』
瞬時に魔法剣と化したナイフが受け止めたのは、爪とはいえ素手。理亜にダメージを与えるはずの一撃は、デビルにダメージを与えたのだ。喚くデビルに、ローサの銀の礫が、そしてディックの銀の矢が、間断なく襲い掛かる!!
自らの小太刀にも魔力を付与したイコンが戦列に加われば、もう戦況は決したも同然だった。
「‥‥花嫁ハ‥‥隠しタ。見ツケてミロ‥‥」
そう言い残し、デビルは崩れ去った。
「‥‥嫌な予感がします、2階に急ぎましょう!」
●花嫁との対面
罠もなく鍵もかかっていないその扉を開けると、中に居たのは1人の騎士に守られた『花嫁』クラリッサ・ノイエンその人であった。開けられていた窓から開け放たれた扉へ、湿気を帯びた風が流れる。
一歩進み出て、リズが微笑んだ。
「クラリッサ様ですね、わたくし達とご同行願えますか」
「‥‥それは、できないわ‥‥」
傍らの騎士の手を取り、首を振るクラリッサ。
「しかし、この婚姻は‥‥クラリッサさんの望むものではないのでしょう?」
レイが諭すようにそう尋ねても、悲しげに首を振るだけだ。
「そいつに言わされてるなら、怯えなくてもいいんだぜ? 俺たちはあんたを助けに来たんだからな」
ヒースの言葉にハッと顔を上げるクラリッサ。ニヤリと笑ってみせるヒースに送られたのは、それでも期待を裏切る言葉で──
「助けてくれなんて、頼んでいないわ」
きっぱりと意思を持って言い切られた言葉に、気まずい沈黙が流れた。
(「さて、困りましたねぇ。花嫁を『誘拐』しないことには、仕事は成功とは言えないのですが」)
婚礼を嫌う花嫁が、これほど伯爵の下から離れるのを嫌がるとは想定外だった。
その沈黙を破ったのは、遅れて現れた陽動班のローサだった。
「空を飛ぶ勇気はまだ持てない、ってことかな?」
「空? 訳のわからないことを言わないで」
「キミが言ったことなんだけどね」
ローサはスリングを構える。準備されたその礫の色を見て、リズも呪文の詠唱を開始した!
「オーラセンサーでオーラが感じられないのは、魔法の効果範囲に対象がいない場合‥‥館にクラリッサさんがいないなんて考えてもいませんでした」
「本物のクラリッサはどこ!?」
ローサが放った礫は、僅かに避けようとした『花嫁』の頬に命中する!
「きゃあっ!!」
礫を汚し、頬から流れるのは赤き血──デビルには流れていないはずの、命の証。
「人間なのっ!?」
理亜が驚愕の声を上げた。憎悪の眼差しで冒険者を射抜く偽の花嫁。その姿はクラリッサだが‥‥見間違いようもない、邪な表情。
「私たちの邪魔をしないで──もっとも、邪魔もできないでしょうけれど。本物のクラリッサなら、カルロス様と共にとっくに町を出たのだものね」
騎士へとしなだれかかり、高笑いをする偽花嫁。
「何だと!? ちっ、遅かったか‥‥」
「ふふ‥‥あんたたちの相手は、こいつらで充分よ」
その声と共に現れたのは、家具へと姿を変えていた数匹のインプたちだ。
とっさに忍者刀で切りつける霧島だが、魔力のない武器はインプに傷をつけることはなく──銀製の武器もとっさに準備できる付与魔法もない状況では、デビルの中でも最弱と言われるインプにも苦戦を強いられるのも当然だった。
「お嬢さん、私達を逃がすよう、彼らを説得してくれませんか?」
「‥‥わかった、早く逃げて」
「理亜さん!?」
とろんとした眼は、彼女の正気が失われていることを示していた。
「ふふ、もう我々がここに残る意味はありません。縁があれば、また」
微笑んだ騎士は腕に抱く偽花嫁と共に鷹に化け、ケースごと婚約指輪を掴むと窓から飛び立っていった。
「トランスフォームを使うインキュバス‥‥ってところか。ったく、厄介だぜ」
「クラリッサさんがいないなら、ここに残る必要はありません、撤退しましょう!!」
出かけに友人から送られた小麦粉の詰まった投擲弾を床に投げつけ、小麦粉の煙幕に紛れながら、レイが理亜の腕を引いた。
突如響いた高笑いに館の2階を見上げた遊士は、窓から飛び立つ2羽の鷹を目にした。
「何で鷹が‥‥」
理亜のファイアーバードならいざしらず。
咄嗟に拾った小石を、小さくなってゆく鷹に向かって全力で投げた。
片方の鷹に当たり、バランスを崩した鷹は何かを落とし──それは小さな飛沫を上げて湖へと消えていった。
「何だったんだ?」
その疑問を口にする間もなく、館から現れた小麦粉まみれの仲間たちと駆け出した。
警備にスリープをかけ、更に厚くなった雲の下、城門を潜る。
「俺が甘かったか‥‥悪いな、無駄足踏ませちまって。報酬はギルドから受け取ってくれ」
「ディックはどうするんだ?」
「あぁ‥‥仲間と合流するさ。なぁに、怪盗なら自力で脱出する。そういう男だ」
ホリィもついているだろうしな。
後半は胸の内で呟いて、ディックは振り出した雨の中に消えていった。
雨は冷たく冒険者を打ち据え、彼らを待ち受けるこれからの苦難を思わせた。