春の香りに導かれ
|
■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:04月14日〜04月20日
リプレイ公開日:2005年04月22日
|
●オープニング
その依頼は、クレメンス・ランカッツァーという薬師からの依頼でした。クレメンスさんが珍しくパリに現れ、冒険者ギルドで手続きをしていたので間違いありません。
「クレメンス様、本当にこんな依頼で良いのですか?」
いささか越権行為のように思われますが、エルフのギルド員リュナーティア・アイヴァンはそう確認せずにはいられませんでした。
なぜなら、その依頼はウサギのいる丘での薬草採取──どう見てもピクニックをするだけだったのですから!!
「はい、これで良いですよ。ただし、きちんと仕事はこなしてもらいますけれど」
壮年のクレメンスさんは、そう行ってほんわりと笑いました。
「そうですねぇ‥‥薬草に詳しい方がいるとありがたいでしょうか」
「場所は、どちらになりますか?」
クレメンス本人がそれでいいと言うのなら、リュナーティアさんにとめる権利はありません。
依頼書を作成するために、必要な情報を尋ねました。
「パリからさほど離れていないある村ですね。その村は羊の放牧をしているのですが、次に移動する丘──そこが依頼の場所になりますが、様々な薬草が生えているので‥‥できるだけ沢山、薬草を摘んできてほしいんですよ」
羊やウサギに食べられてしまう前に、できるだけ沢山。
クレメンスさんは薬師です。薬草がいっぱいなければお仕事にはなりません。
「羊に食べられる前に‥‥なので、少し急いでくださいね。移動は、もうすぐだそうですから」
尋ねられるままに答えた薬師は、依頼書が張り出されるのを確認してパリのギルドを出て行きました。
今日も、まだもう少し、薬草を探すつもりなのでしょう‥‥薬師ですから。
その依頼書を見上げるお嬢様がいました。女の子、というよりは‥‥見るからにお嬢様、です。
「かっこいい騎士さんもいないし‥‥ルルも、ウサギさんと羊さんと一緒にごはんたべたぁい‥‥だめ?」
お嬢様は、お付きの青年を今日も困らせているようです。そのお付きの青年も、充分『かっこいい』はずなのですが。
「何度も申し上げますが、ご身分を」
「エフデのいぢわる。ルルのこと、嫌いなの‥? いいんだ‥‥ここ行けなかったら、おうち帰んないモン」
ぷぅ、と頬を膨らませてお嬢様はへそを曲げてしまいました。
こうなると、もう、頷くまで梃子でも動いてくれないのがルルお嬢様です。
見る人が見れば、こう驚くことでしょう──敗走する敵兵にも容赦のないことで有名な『あの』、バルディエ傭兵隊でも名を馳せていた『あの』紅の狼‥‥彼にも苦手なことがあったのか、と。
小さく溜息をついて、その次に困ったような苦笑いを浮かべて、お付きの青年『エフデ』君は頷いたのでした。
「ですが、私も護衛として共に参ります。それが最低条件ですよ?」
そろそろ本気で家にお帰りいただくことを考えなければ、と思いながら‥‥。
●リプレイ本文
ルルお嬢様は朝から元気いっぱいです。それもそのはずです、羊さんや兎さんと一緒にご飯が食べられる『冒険者のお仕事』に参加するのですから! エフデが一緒でちょっと窮屈なのですが、それはぐっと我慢我慢。
依頼人のクレメンスは、にこにことそんな様子を見ています。
「初めてお目に掛かります。神聖騎士のエルリック・キスリングと申します。以後宜しくお願いします」
二人とクレメンスにご挨拶をしたのは神聖騎士のエルリック・キスリング(ea2037)です。エルリックは、ルルお嬢様がどこの貴族のお嬢様なのか、エフデがどこの貴族に仕えているのか思い出そうとしましたが、ヒントになる紋章が見当たらなかったので残念ながらわかりませんでした。
もう一人の神聖騎士、メディクス・ディエクエス(ea4820)はクレリックのフィーナ・アクトラス(ea9909)とお話をしています。
「ウサギと羊のいる丘で薬草取りか‥‥春だしな、たまにはのんびりとするのもいいか」
「最近デビルだ何だで結構慌しかったからね‥‥まだ全部終わってはいないみたいだけど、こっちはこっちで楽しみましょうか」
命がけのお仕事ばかりでは息が詰まってしまいますし、心が病気になってしまうことだってあります。のんびりと楽しめるお仕事は冒険者さんにとっても大事なお仕事なのです。
それに、メディクスはお医者さまなのです。薬草はとても大事な道具、もっと知っておくのも良いことに違いありません。クレメンスにもしっかりご挨拶をしたのですが‥‥クレメンスに頭を下げられてしまいました。
「すみません、患者さんやお客さんを抱えてしまっているので一緒には行かれないのです」
「そうか‥‥残念だ」
「クレメンスさんには及びませんけれど、私でよろしければ手ほどきいたしますわ」
優雅に微笑んだのはエルフのキルト・マーガッヅ(eb1118)。普段は薬草師として働いているキルトなら、メディクスに色々と薬草について教えてくれることでしょう。
「あたしはヘルガ、彼女はティファよ。よろしくね、ルルさん」
「あ、あの‥‥よろしく‥‥」
「うん。‥ルルは、ルルだよぉ。よろしくねぇ」
ヘルガ・アデナウアー(eb0631)は後ろでおどおどしていたティファ・フィリス(eb0265)の手を引っ張って、一緒にルルに自己紹介をしています。きょとんとしていたお嬢様もにっこりと挨拶を返したのですが、お付きのエフデは少し嫌な顔をしました。大事なお嬢様に挨拶をしている二人がハーフエルフだったからです。
そんな視線に気付いたのか、カレン・ベルハート(ea4343)もお嬢様にご挨拶のようです。
「カレン・ベルハートです。楽しみながら一緒にお仕事しよ〜ね〜‥‥じゃなくって、お仕事しましょうね」
お友達に叩き込んでもらった礼儀作法はちょっと付け焼刃だったみたいですけれど、ちょっと赤面したカレンを見てクスクスと笑ったお嬢様、実は全然気にしていないようです。
「んじゃ、挨拶も終わったみてぇだし出発といこうぜ、お嬢ちゃん」
「ルル、お嬢ちゃんじゃないも‥レディなのぉ! ‥‥何かお酒の匂いがするぅ‥」
ロヴァニオン・ティリス(ea1563)にわしわしと撫でられたお嬢様は不服そうにしましたが、漂ってきたお酒の匂いに眉をしかめました。ロヴァニオンは三度の飯より酒が好きという大酒飲みの酒屋さん、服や体に匂いがしみついているのでしょう。仕事前に景気付けのためにお酒を飲んできた、というわけではないはずです──たぶん。
自分ではわからないのか、においを嗅いでみるロヴァニオン‥‥彼がナイトだと言ったら、お嬢様はさぞかし驚くことでしょう。
自己紹介と荷物の確認が終わると、クレメンスさんと数人のお友達に見送られて、さあ出発です!
さて、丸二日歩いて丘に辿り着きました。
春の丘は早朝の日差しを跳ね返す新緑がとても眩しく輝きます。まだ若い緑に模様のように広がる白、黄色、ピンク、色とりどりの花も一緒に見る者の目を楽しませ、丘を歩くとまだ柔らかな草が毛足の長い絨毯のように足を包み込みます。
「これなら、薬草もたくさん取れるだろうな」
メディクスは植物についてはまだあまり詳しくないのですが、それでもこの丘に育まれた植物の豊富さが解りました。
「じゃあ、さっそく始めましょうか」
バックパックを下ろして身軽になったカレンは気合いを溢れさせて仲間達を振り返りますが、まだ気合いの足りていないロヴァニオンがぽりぽりと頭を掻きながらカレンに尋ねました。
「薬草つってもさっぱりわからん、草むしりやってりゃいいのか?」
「闇雲に探すより、詳しい方の指導を仰いだほうが良いと思いますが‥‥キルトさん、ご教授願えますか?」
柔らかな銀の髪で朝日を受けながらエルリックは僅かに苦笑いを浮かべて、本職のキルトに声をかけました。もちろん、キルトもしっかり教えるつもりですから大きく頷きます。
「じゃあ、簡単に説明しますね」
ひんやりとしている若草に手を触れ、幾つかの草花を手早く手折りました。藤色の花、白い花、小さな丸い葉っぱにぎざぎざした葉っぱ、色んなものがあるようです。
「これはローズマリーです。滋養強壮や血行促進のために使うことが多いです。こちらはカモミール、鎮静効果があります。どちらもお茶として飲んだことがあるのではないですか?」
聞き覚えのある名前に、見覚えのある花。セージ、レモンバームくらいまでは聞いたことも口にしたこともあるようですし、レッドクローバーなどはすぐに見分けがつくでしょう。フェンネル、カラミント、ヘンルーダ、エルダー‥‥となってくると、まだ花の時期でもなく、他の草との区別も付きにくいかもしれません。
「じゃあ、始めましょうか。誰がたくさん見付けられるか、競争ですわね」
一通りの説明が終わると、頭上に上がってきた陽に照らされながら、冒険者さんたちは薬草採取を始めました。
鼻歌混じりに薬草を摘んでいたカレンとフィーナは、近くに来たお嬢様とエフデに気付きました。
「細かい所を見るのは結構得意だと思うけど、知識が無いとどうしようもないわよね」
苦笑し肩を竦めるフィーナの腕には山のような薬草‥‥正確には『草花』が抱えられています。ちょっと、判別が付かなかったのでしょう。けれど、それでも楽しめるのが薬草摘みの良いところです。
「薬草採りがこんなに楽しいなんて初めてだわ、ルルさん達も一緒にやろ〜よ〜」
「ルル、薬草ってわかんないよぉ‥‥お花を摘めばいいの‥?」
「ええ、これと同じお花を摘んでね」
にっこりと手渡された数本の花に、お嬢様の頬は思わず綻びました。こんなお仕事ならお手伝いできそうだったからです。
「じゃあ、ルルも頑張るね‥。ほら、エフデもやるの」
おつきの青年にも薬草を摘むように言い、お嬢様は跳ぶように丘を駆けました。びっくりして立ち上がった兎が耳をピンと伸ばします。
「ああっ、ウサギさん‥‥うふふ、かわいい」
「えっ、ウサギさんですか!?」
カレンとお嬢様、ウサギの誘惑に勝てません。手を伸ばし抱きかかえると、まずは頬ずりです!
「ウサギさんかわいい〜、このモフモフ感最高ですわ♪」
「やわらかいね‥♪」
「食べたら美味しいでしょうね」
約一名、感想が違う人がいますけれどそれはそれです。逆に、抱えた兎に摘んだばかりの花をもまぐまぐと食べられてしまいましたが、その姿まで愛らしいので文句は言えません。大丈夫、薬草はまだいっぱいあるのですから!
「「あ‥‥ごめんなさい‥」」
お花を摘み始めたお嬢様、ドン! とお尻がぶつかったのはティファです。お互いに謝って下げた頭が今度はゴツン!
思わずこみ上げてきた笑いに、二人は少し打ち解けました。
「ルルはねぇ、かっこいい騎士様を追いかけてパリに来たの‥‥みつかんないんだけど‥」
「‥私もちょっと前に、ある騎士様を追ってパリに来たんです‥同じですね‥‥」
まさか同じ騎士様だとは夢にも思わず、二人は微笑みあいます。
「‥女ったらしだけど、笑顔の素敵な優しい騎士様‥‥きっと、あの時の私は恋をしていたんだと思います‥‥」
凍てついた心を優しく溶かしてくれた騎士様、彼のおかげで今の自分がいる。叶わない恋だとわかっていても‥‥と続けたティファの寂しげな微笑みに、お嬢様の胸もちくん、と痛みました。
「ルルが追いかけて来た騎士様も‥‥そんな感じかもぉ‥」
「女ったらしで笑顔の素敵な優しい騎士様‥‥まさか、あの人!?」
素っ頓狂な声を出したのは近くで薬草を採取していたヘルガです。なんと、ヘルガも、女ったらしで笑顔の素敵な優しい騎士様に心惹かれている一人らしいです。
「ふふふ、ティファさんもルルさんも、あたしの恋敵と書いてライバルだわ!」
ビシィ!! と指を付きつけ宣言したヘルガ、ある提案をしました。
「そうね、ライバルなのだから、ここは一つ勝負をしましょう! 誰がたくさん集められるか、勝負よ!」
「あの、ヘルガさん‥‥」
「む‥‥負けないもん‥」
止めようとしたティファの制止の甲斐もなく、なんだか分からないうちに勝負が始まったようです。
朝とは明らかに違う、妙に血走った真剣な眼差しで草を掻き分けるお嬢様に声をかけたのはロヴァニオンです。
「そんな難しい顔してたら、摘んだ薬草も萎れちまうぜ? こう言うときは歌を歌いながらやるもんだ」
相手が何も知らないルルお嬢様だと解っているロヴァニオン、アドヴァイスをすることにしたようです。
「♪ ひとつ摘んでは父のため〜、ふたつ摘んでは母のため〜 ほら、歌ってみろよ」
「♪ ひとつ摘んでは父のため〜、ふたつ摘んでは母のため〜‥?」
「おお、上手いじゃねぇか」
そのアドヴァイスは大ぼらで歌は即興、摘んでいる草も適当だとは、お嬢様は夢にも思いません。えへへ、と嬉しそうに、どこか得意げに笑うと、お嬢様は楽しそうに口ずさみながら薬草採取を再開しました。
「素直だなぁ」
張り合いがない、と肩をひょいと竦めてロヴァニオンは大きく伸びをしました。
そんな言葉が聞こえたわけではないでしょうが、メディクスがおやつの準備を始めました。
キルトに教えてもらって摘んできたばかりの花を使い、フレッシュハーブティーを淹れるようです。フレッシュハーブティーは摘み立ての薬草、その鮮度が命です。普段はお茶など淹れないのでしょう、薬草が少し多くて、淹れる手つきも危なっかしいですが‥‥けれど楽しそうに淹れたハーブティーはきっと皆の疲れを癒してくれることでしょう。
「少し休憩でもしよう。エフデ殿も、一緒にお茶でもどうだい」
お嬢様が他の仲間と一緒にいる間しか、エフデの自由はありません。ここに来るまでも、足が痛いとかお腹が空いたとか、傍から見ているとお嬢様に振り回されて大変そうなことこの上ありません。しかも、さっきヘルガが『毒蛙も猿も何でも喰らう紅い狼』の歌を歌った時からは何だか機嫌も悪いようです。メディクスは、エフデにも少しのんびり休んでほしいと思ったのでした。
「そうですね、ではご相伴に与りましょうか」
メディクスの持ってきた焼き菓子は女の子達に奪われてほとんど残っていませんでしたが、それでもお茶請けには充分な量でした。エルリックも、兎を抱えてティーパーティーを始めた女性陣を眺めながら、お茶を口にしました。
「ほのぼのするのも‥‥たまには良いですね」
ただ、やっぱり物足りないのはロヴァニオンです。
「ジャパンじゃ、春に咲く花を肴に宴会するそうだ」
軽々と運んできた荷物からちゃぶ台を取り出すとロヴァニオンは酒を積み上げ一人で酒盛りをはじめました。もちろん、男性陣は次々と巻き込まれてしまいました。
「ジャパンの風習にちなむなら、ジャパンの酒が良かったんだがな‥‥おめぇらも、飲め! 奢りだ!」
ベルモットを差し出され、おやつタイムの休憩はいつしか宴会へと化していったのでした。
夢中になっているうちに、陽が傾いてきました。
「続きは明日にしましょう」
誰からともなくそう言い出して、夜に備えてテントを張ります。一日薬草採取をしていると、知らず知らずに疲れが溜まってしまうのでしょう、食事を取るとぐっすり眠ってしまいました。
まだ薄暗い早朝、冒険者たちは何かの鳴き声で目を覚ましました。
「あっ、羊です!!」
そう、日の明けきらない時間帯からもう既に放牧が始まったのです。春という時期もあって、ふわふわもこもこの柔らかな羊の中に、まだ毛足の短く体の細い、子供の羊も混じっています。
「かわいい!!」
暖まっていないひんやりとした空気と愛らしい羊たちの姿に、眠気は吹き飛んでしまいました。
「今日も一日頑張ろうね!」
「キルトさん、判定よろしくね!」
ヘルガ、ティファ、お嬢様の三人が持ってきた薬草の量はとても多く、キルトは引き分けを宣言しようとしましたが、勝者を告げることにしました。
「勝者は、フィーナさんですわ」
「えっ!? ‥‥フィーナさんまでライバルだったなんて‥」
どか!! とミミクリーで伸ばした腕に抱えきれないほどの草花を運んできたフィーナが優勝の栄を得たのでした。
「ちょっと取り過ぎた感があるけど判別よろしく。って、あのね‥‥私、別にレイさんに惚れてたりしないわよ?」
「レイさんって‥‥誰‥?」
フィーナの言葉に安堵したのも束の間、ヘルガは大勘違いに気付かされたのでした。そして良く話を聞いてみると、どうやらそれは酒場で良く見かけた人のことのようでした。
「なぁんだ、その騎士様なら恋人と一緒にイギリスに行ったそうよ。彼女、ハーフエルフだから周囲の目も大変みたいなの」
もうパリにはいないという衝撃の事実に愕然するお嬢様に、ティファはそっとアドバイスをします。
「‥恋をしたなら、絶対に後悔しないようにしなきゃダメよ‥‥」
その言葉にお嬢様が何を思ったのかは解りません。けれど‥‥
「ルルさん、今日は楽しかったね。早く家に帰ってお父さん達に自慢しましょう」
というカレンの言葉に頷いたところをみると、何か思うところがあったに違いありません。
エルリックとエフデは、草原に寝転んで雲を眺めていました。
流れ、形を変えてゆく雲。大きな雲から別れ、小さな雲と出会い‥‥青空は人生の縮図のように刻々とその様相を変えてゆきます。
「変わらないものなんて、ないんでしょうね」
「変わることが良いことか、変わらないのが良いことかは解らないが」
エフデは、エフデであることを忘れて呟きました。
雲が、また一つ流れて行きました。
「エフデ、エルリックさぁん。置いてくよぉ‥?」
「すみません、お嬢様。すぐに参ります」
春の香りに導かれるように‥‥