【怪盗と花嫁】遺跡と危険の中に

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 70 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月18日〜04月24日

リプレイ公開日:2005年04月25日

●オープニング

 風の冷たい、けれど月の美しい夜だった。
 マント領では、幾多の禍を育んでなお美しき光景が、幾多の血を吸ってなお美しき城が、白銀の月明かりにその姿を晒していた。
 カルロス伯爵の稚拙な陰謀はパリを混乱に陥れ、多くのデビルが、モンスターが伯爵の周囲に集った。幸いにも多くの冒険者の働きで事無きを得たのだが、逃げ遂せた伯爵は、再びマントの地を踏んだのだという。
 マントの地では、まだ、伯爵の帰還は知られていないのだろう──冷たくも穏やかな空気が街を包み、日常という名の平穏が暖色の灯りとなって家々から溢れ、月光を暖かく跳ね返す。
 しかし、刻と共に‥‥ひとつ、またひとつと灯りは落ちていき。
 いつしか、のんびりした田舎町を思わせるマントの街は、風と同じ、冷たい白銀の月明かりに美しく美しく満たされ、彩られていった。
 そして、その白銀の中に浮かび上がる紅と、黒。焔を思わせる紅きドレスを身に纏う、優美な曲線を浮き立たせた美しいエルフの女性と、袖なしのジャケットを羽織う、つば広帽子を目深に被った厳ついハーフエルフの中年男性だ。
「形あるものは、壊れる直前の姿が綺麗よね」
「はっ、風流なことで」
 ホリィ・チャームとディック・ダイ、共に怪盗ファンタスティック・マスカレードの仲間を名乗る人物である。彼らもまた、月の光に彩られ、葉巻の煙と共に夜の帳からその姿を現した。
「伯爵は、もう、遺跡に潜ったのかしら」
「のんびりと俺達を待つような性格じゃねえしな。己の欲望のために、聖遺物を手に入れる‥‥なんだ、お前に似てるな」
 不本意ながら的を射た言葉を吐かれて、けれどそれはちょっと失礼すぎるわと柳眉を吊り上げたホリィだったが、視界に現れた人影に口を噤んだ。怪盗の仲間としての性なのだろうか。そして目を引く身体を建物の陰へと隠す。ディックもまた、ホリィと同様に物陰へと身を潜めた。
「ええと‥‥確か、この辺‥‥あ、あのお城ねっ」
 きょろきょろと辺りを見回し目的の場所を見つけて目を輝かせるのは、冒険者らしい装いをしたハーフエルフの少女。
 二人に気付くことなく通り過ぎていった彼女は、外見の年齢が10歳程度。冒険者としてはかなりの若年になるだろう。
「おい、アイツは冒険者ギルドに情報を流すとか言っていたよな」
 あんなにまで幼い少女が単身で依頼を受けるとは考えられないが、いくら月明かりが明るいとはいえ、冒険者や後ろ暗い生業の者以外がこんな夜更けに歩いているはずもない。
「ええ、確か‥‥あんなお子様がこの仕事を請けたとは考えたくないけれど」
 足を引っ張られるのは御免だと、渋面を作るホリィとディック。この二人の意見が合うのは珍しいことだろう。
「‥‥まぁ、せいぜいアンドラス級のデビルに遭わんように、祈ってやるか」
「その前に、私たちが遭遇しないように祈ったら?」
 憎まれ口を叩くホリィと共に吸い終わった葉巻を靴でにじり消し、白銀の光を遮る陰へと姿を消した。
 彼らがナスカ・グランテというハーフエルフを知っていれば、反応は違ったかもしれない。少女が、少し前に死亡したはずのナスカに酷似していたからだ。容姿も、口調も、その声までも。
 ‥‥薄れゆく葉巻の煙の中で、白銀に輝く月が輪郭を取り戻していった。不穏な夜が更けてゆく。

 エルフのギルド員、リュナーティア・アイヴァンが依頼を受けた冒険者へと詳しい説明をしていた。時間がないためだろうか、おっとりと称して良いほどに落ち着いているはずの彼女も、いつもより饒舌であるように思える。
「今回はの皆さんの仕事は、マントの街へ行き、地下遺跡から『聖遺物』を持ち帰ることが目的になります」
 陽動を担う冒険者たちから少し遅れて出発するのは、更に人数を絞った数名の冒険者だ。1人ずつその目を見つめ、ギルド員は念を押す。
「戦闘が目的ではありません、あくまで『聖遺物』の入手です」
 聖遺物と繰り返されるものの、その姿は未だ明らかになっていない。ジーザス教に詳しいものであれば、あるいは判るのかもしれないが‥‥現状では、それ以上の情報はもたらされていなかった。
 不承不承頷く冒険者達の前に、女ながら冒険者ギルドの曲者達を束ねるフロランス・シュトルームが姿を現した。
「相手は滅ぼさなければならないデビルかもしれないけれど、シュヴァルツ城に現れたアンドラスの潜んでいる可能性も高いわ。遭遇すれば、この人数では太刀打ちできない」
 普段どおりの穏やかな表情で鋭く断言したその言葉は、冒険者達を圧迫する。
 それを払拭することもせず、ギルドマスターは言葉を重ねた。
「重々承知しているとは思うけれど、命の掛かった危険な仕事よ。──けれど、失敗は許されないわ。敵はもちろん、先発の冒険者にも見つからないくらいの心意気でかかって頂戴ね」
 そう、『聖遺物』をカルロス伯爵の手に、デビルの手に、委ねることは絶対にできないのだ。
 責任という二文字がとても重く、肩に‥‥そして心に圧し掛かってきた。
 こうして、全ては冒険者の手に委ねられた──

●今回の参加者

 ea4582 ヴィーヴィル・アイゼン(25歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea4813 遊士 璃陰(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5180 シャルロッテ・ブルームハルト(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

インシグニア・ゾーンブルグ(ea0280

●リプレイ本文

●マントの街で
 太陽がまだ天頂にある時刻。昨今の不穏な噂と空気で観光客がめっきり減ったマントの街が、それでも生活のざわめきに包まれる中‥‥カルロス伯爵の居城、その城門は少し賑やかだった。パリのギルドで見たことのある面々が、御衛士二人を相手に大立ち回りの真っ最中だったのである。
(「巧くやってるみてぇだな」)
 物陰に隠れ城門を確認しアール・ドイル(ea9471)はほくそ笑んだ。マント領に既に入り込んでいる冒険者がいるとは聞いていたが、詳細な打ち合わせはしていなかったのだ。到着の時刻に戦闘が発生しているのは運以外の何者でもない。アールの肩を軽く叩き、遊士 璃陰(ea4813)は片目を瞑ってみせた。
(「丁度ええ、この機に乗じさせてもらおか」)
 ニヤリと笑い返すアール、内心では陽動に紛れて敵を打ちのめしたいと思っているのだろうか。それは知る由も無いが、この機に乗じることにヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)も異論はないようだ。
「では、手筈どおり二手に別れて」
「えっと‥‥ヴィーヴィルさん、遊士さん、私‥‥と、ローサさん、アールさん、スィニエークさんの二班‥ですよね」
 ちらりちらりとそれぞれの顔を見て確認したシャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)は、先日訪れた際に記した地図をスィニエーク・ラウニアー(ea9096)手渡した。
「何があるか、解りませんから‥」
「‥ありがとうございます‥‥」
 スィニエークは素直に地図を携帯品へと加えた。彼女を始め、全員の足元には布が巻かれている──多少なりとも消音の効果があると聞いたためだ。やがて御衛士の二人は増援を呼びに撤退し、陽動の冒険者達はグラビティーキャノンで城門を撃破し城内に姿を消した。
「行きましょう」
 あまりに派手な戦闘に苦い笑いを浮かべながらも促すヴィーの声に頷き、6人は城内に潜入した。
 目指す入り口は二つ。
「じゃ、そちらも気をつけてね、幸運を祈るよ。クレリックじゃないけどぐっどらっく」
 ぐっと立てて見せられたローサ・アルヴィート(ea5766)の親指には、伯爵や悪魔達の好きにはさせたくないという強い想いが込められているのだった。

●潜入──SideA
 怪盗が囚われていた石造りの塔へは、容易に潜入ができた。今は誰も囚われておらず、また『侵入者』の方へ人手を割かれているからでもあるだろう。
「怪盗が居ったのは尖塔らしいねんけど」
「遺跡は『地下遺跡』ですから‥‥一番下の階層を見てみるべきかと‥」
 シャルロッテが小さく意見を述べた意見が通り、一番下の階層を調べることになったのだが‥‥それが1階であるのだ。
「地下がないというのは不自然ですから、どこかに入り口があるはずです」
「よっしゃ! 探すからちょっと待ってや」
 気合いを入れて探し始めた遊士はあっさりと見つかった隠し通路に唖然としてしまった。
「‥罠やろか」
 古くはない血のこびり付いた壁、そしてぽっかりと口を空けているのは、地下へと下りて行く階段だ。シャルロッテがランタンに明かりを灯す。
「例え罠でも、行かなければいけませんから‥‥」
 冷たい空気が招く様に溢れ来る暗黒へ、ヴィーは静かに十字を切って力強く頷くと足を踏み入れた。

●潜入──SideB
「‥‥この階のはず、なんですけれど‥」
 スィニエークたち3人は、カルロスの居室がある階に踏み込んでいた。本来なら足元を柔らかな絨毯が包むのだろうが、その絨毯は蹂躙され薄汚れていた。
「探すから、ちょっと待ってね」
 ローサはまず廊下を歩いた。ただ見守るだけしかできないアールとスィニエークが無限ではない制限時間に焦りを覚え始めた時、廊下の突き当たり近辺に、僅かではあるが踏まれただけではない、泥によって凝り固まった毛足を発見した。気をつければ、その周囲は城内では足に付くこともないはずの土埃なども見て取れる。
「この辺かな‥‥」
 壁を叩き、反響音を聞く。そのうち一つに目星をつけると、何の変哲も無いその石をぐっと押し込んだ。『ガゴン!!』と何かの外れる重い音がし、突き当りの壁が重い音を立ててスライドした。そこに現れたのは暗い通路と、階下へと繋がる階段。
「なんつーか‥‥豪快だな」
「‥‥時間が惜しいですし‥行きませんか」
 暗い通路に入るためランタンに油を差して火を灯すと、スィニエークはその灯りに黒い布を被せた。ローサは光量を抑えた灯りの前に立ち、罠を確認しながら暗闇に足を踏み入れた‥‥

●遭遇──SideA
「‥‥また分岐ですか‥100歩になりますし、標を残しますね」
 ランタンの油を足さねばならない程度に時間が経過していた。岐路と100歩を目安にヴィーは石の壁にダガーで痕跡を残し、シャルロッテは地表を記した地図と現在地を照合する。
「‥‥マント城の敷地内から出てしまいますね」
 その分岐を、また地図へと書き込んだ。そして歩き出そうとした二人を遊士が止めた。
(「待った! 何か気配がしよるで」)
 何度目の遭遇だろうか。今まではインプであったり、ズゥンビであったり、黒山羊の紋章を持つ騎士であったりしたのだが‥‥いずれにせよ見つかるわけにはいかない。シャルロッテはランタンに布を被せて灯りを落とし、ヴィーはダガーを抜いて気配を殺す。
(「素通りしてください‥‥」)
 十字架のネックレスを握りしめ強く祈ったシャルロッテの祈りか、それともローサの『ぐっどらっく』の一言が効いたのかは不明だが、ズゥンビはランタンから微かに滲む光をプレートに反射させながら、3人に気付くことなく通り過ぎた。
「ズゥンビは耐久力がずば抜けている代わりに、鈍いですから‥‥でもわざわざ追う必要もないですよね?」
 3人は、ズゥンビの進んだ道とは違う分岐を選んで、再び歩き始めた。

●遭遇──SideB
 油を足して暫く経った頃、ローサたち3人は、女性のものと思われる小さな悲鳴を聞いた。
「‥‥様子、見に行く?」
「やめとけ。俺達の目的は『聖遺物』を回収することだ、無駄に見つかる訳にもいかねぇだろ」
 今までの遭遇はズゥンビばかりであったためやり過ごす事は容易であったし、見つかっても倒す事ができた。そのズゥンビについていた数枚の小さなプレートは、アールが懐に納めている。先頭に立って戦うアールの言葉に頷いたローサだが、スィニエークは聞き覚えのあるその声に身を震わせた。
 幻聴としか思えない、有り得ない声に駆け出したい衝動を必死で堪えるが、現実は少女の逃げ惑う足音と共に容赦なくスィニエークへ襲い来る。
「嫌、来ないで!!」
「イイ顔、イイ声だなァ! イヒヒ♪」
 そう、その声は‥‥救えなかった、救いたかった、ある少女の声に酷似していたのだ。いや、紛れもなくその少女──ナスカ・グランテのもの。
「‥‥ナスカさん‥」
「スィニエーク、駄目!」
 呟いたスィニエークはローサの静止を振り切ってついに足を踏み出し、松明を掲げて通路を走り来るナスカと少女を追うインプの姿を目撃した!
「‥デビル! ええと‥‥そう、スクロールを‥‥──クリスタルソード」
 一瞬、その碧の目を見開いたスィニエークだが、ランタンの覆いを一思いに取り去るとスクロールを広げ、水晶の剣を生み出した。生み出した術師の手には重過ぎる剣は、舌打ちして隠れることを諦めたアールが奪い取った。石畳の通路に飛び出すと相手との距離を目算する。
「‥‥ギリギリか」
 呟くが早いか駆け出すアール!! しかし、ほんの数歩でバランスを崩した!!
「くっ!?」
 睨むように足元を見るアール。踏んだ石が深く沈み込み、『ガゴン!!』と重たい音を立てている。そして重厚な音を立てながら壁面がスライドし、隠されていた新しい通路が湿り気を帯びた空気を冷やかな吐き出した。
「隠し通路カ! カルロスの伯爵サマとアンドラスの旦那に報告スルようだナ!! アリガトよ、クケケケケ!!」
「そうはさせないわ!」
 凛々しく宣言したローサはスリングを構えるとシューティングPAで銀の礫を放ち、礫は確実にインプの瞳を射抜く!
 しかし、インプは片目を潰しつつも暗がりへと逃走を図る!!

●再会
「‥‥デビルは専門ではないのですけれど──ホーリー!」
 専門はアンデッド、しかしデビルやっつけ隊に身をやつしたこともある‥‥そう、別の班として行動をしていたはずのシャルロッテだ!
「グウゥ、増援カ!!」
 戦闘の雰囲気を察し任務の為に脇をすり抜けようとした遊士たちは、直前まで来て戦っているのが仲間だと気付き、急ぎ援護に入ったのだ!
「いい具合に距離がひらいたな‥‥すぐにけりつけてやンぜ!」
 普段の得物よりは一回りも二回りも小柄で頼りない水晶の剣を構えると、黒い瞳を紅に染めてアールは助走を開始!! そのままの勢いを乗せた剣を振り抜く──チャージング&スマッシュEX!!
「グハァッ!!」
 逃げようとしたところを背後から袈裟懸けにされ、翼を失ったインプはよろめいた。お得意のデビル魔法エボリューションを唱える間もなく魔法に射抜かれ、銀の礫を浴び、水晶の剣で切り刻まれるインプ!!
「狂化ってのも面倒やな。──春花の術」
 遊士のかざした手から眠りを誘う香りが溢れ、インプとアールは心地良い眠りに落ちていく。
 気持ち良さそうに眠るアールの手からクリスタルソードを拾い上げると一礼をし、アールと同じくチャージング&スマッシュEXの一撃をインプに見舞うヴィー!!
 アールが揺り起こされた時には、もうインプは砂のように崩れ去った後だった。
「ナスカさん‥‥」
「スィニエークさん‥‥ここは危ないから、もう帰って」
「や、そうもいかんやろ。この通路、見られたからには同行してもらわんと」
 スィニエークの知り合い、どうやら同業者らしいとはいえ、隠し通路のことをそうそう余所で話されては困る。迷宮のような地下遺跡を探索してきた面々は同意を示し、ハーフエルフの少女ナスカは行動を共にすることになった。
 そして、改めて‥‥地下2階層目へと続く暗く冷やかな空気を吐き出す階段を下りた。

●神聖なる物
 ランタンの油を足すと、独特の匂いが鼻を突く。これで2度目‥‥既に6時間は経過したことになる。まだ明るいうちに遺跡に潜入したが、そろそろ目当てのものを見つけなければ引き上げる時間が足りなくなってしまう。そんな頃合いだった。
「‥‥あら。この階層は、六芒星を描いているのですね」
 通路ばかりの2階層目は、そう広くはない。ぐるりと一回りした足跡を記した地図は、降りてきた階段を頂点の一つに数える六芒星を描いていた。通路しかない階層で空白の場所があるとすればヘキサグラムの中央しかありえない。
「‥また隠し扉かしら。遊士さん、手分けして探そ」
 この階層はまだ見つかっていなかったのだろう、アンデットもデビルも存在しない。この階層が描く六芒星を嫌っている可能性も皆無ではないが‥‥存在しないのは良いことに違いなかった。
 そして石壁にカモフラージュしてあるだけの両開きの扉はすぐに見つかり、広がる空白地帯へランタンが運び込まれると‥‥
「これが、『聖遺物』‥‥」
 灯りを反射するのは金・銀・白金・ブランなどが使われた、豪華絢爛かつ荘厳な光り輝く箱、聖なる棺──シャルロッテによれば、『聖櫃』と呼ばれるのだという。大きさは大の大人が入るには少々小さく、子供やパラが入るのが精々だろう。
 クレリックのシャルロッテ、神聖騎士のヴィーは胸の内に何かがこみ上げてくるのを押さえ切れなかった。想いのままに十字を切り、祈りを捧げる。いざとなったら破壊してしまえば良いなどと考えていたアールも、実際の聖遺物を目の当たりにし、圧倒される‥‥それがいかに不謹慎であり不誠実な行為なのか、瞬時に理解したほどだ。
「‥‥少し失礼します」
 じっと聖櫃を見つめるナスカの隣でリヴィールマジックのスクロールを詠みあげたスィニエークには、それが魔法的な品であることが解る。また、遊士とローサがその棺を開けようと試みたが、魔法的な鍵がかかっているらしく、不可能だった。
「‥‥で、これを運ぶわけか‥」
 アールの想いは仲間達に伝播していった。この豪華絢爛で荘厳な箱が実際にどれだけの重量があるか、見ただけで予想がついたからである。
 アール、ヴィー、遊士、シャルロッテの4人が意を決して聖櫃を持ち上げた。

●交錯する思惑
 外見そのままにしっかりした重量を持つ聖櫃を地下1階層まで運び出した時、ローサは会いたくもない人物に遭遇した──デビルを人と表して良いものであれば。
「これはこれは、美しい女性が揃い踏み‥‥素晴らしいことです。願わくは、その『聖遺物』を」
「冗談でしょ‥」
 悠然とした笑みを浮かべるのは、偽花嫁と行動を共にしていたインキュバスである。魅了される可能性が皆無である男性は、たったの2名‥‥しかも、この重い聖櫃を持ったままでは戦闘もできない。
 そんな中、ナスカが口を開いた。
「スィニエークさん、それから皆。お願い‥‥聖櫃を置いて、帰って欲しいの」
「それはできません、ナスカさん。どうしたんです、魅了されたわけではないでしょう!」
 ヴィーが声を荒げる。しかし、少女は悲しげに首を振るばかり。そして誰も意に沿わないと知るとインキュバスに命じ、自身は呪文の詠唱を開始した。
「聖櫃を奪ってちょうだい、インキュバス。──エボリューション」
 少女の唱えた呪文は、デビル魔法エボリューション。にこりと微笑むナスカと詠唱を始めたインキュバスを相手に、聖櫃を抱える一行は、放り出すことも叶わずに無謀な逃走を図ろうと試みた。
 ──その時。
「助太刀いたす」
「敵さんには絶対に奪われるなよ?」
 現れたのは土屋とディック‥‥怪盗の仲間でもある二人の男性だった
「なーんか見た事あるお兄さんがいるねぇ‥‥こんなとこで見たくなかったけど、甘えさせてもらうよっ! 皆、逃げよう!」
 ローサはデビルとナスカの相手を二人に任せ、脱出を促した。スィニエークがランタンを掲げ、地図に記された最寄りの出口を探す。
「‥‥ここが良さそうです。多分、城の外に出ると思います‥」
 二人の先導に、担ぎ手の4人はラストスパートをかける。夜闇に覆われた城門の内側ではあるが、未だどこかから戦闘の音が漏れ聞こえて来る。そして、発せられる冒険者の声。
「あちらの船を使え!」
 この人目を引きすぎる『聖櫃』にスィニエークは自分のローブを被せ、指示の通りに湖に用意してあった船を拝借した。

 そして、暗く深い闇に紛れ、幾つかの謎を残したまま、マントの街を後にしたのだった‥‥