襲いくる兎の脅威

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月07日〜05月13日

リプレイ公開日:2005年05月15日

●オープニング

 ──円らな瞳。
 ──触れずにはいられない柔毛。
 ──特徴的な長い耳。

「肉は旨いしな!」
 ──ゴッ!!

 一部不穏当な発言があったことをお詫び申し上げます。

 さて、臆病な性質ではあるが、触れることが容易でないからこそ‥‥焦がれるのだ。
 その獣の名は、ウサギという。

 多くのものを魅了してやまないウサギであるが、ここにもウサギに魅了された者──者たち、というべきか、魅了された村がある。
 村の近くには小さな川が流れ、それを堰きとめて水門が作られているのだが‥‥ウサギたちは、その周辺に棲み付いているのだ。
 そして、水を汲みに行くのは女性たちの仕事である。
「あら、子供が生まれたようですわ」
「あぁん! こっちを見てるわっ」
「「きゃー!!」」
 料理に使った残りの野菜を家から持ち出し、こっそり餌付けをしているのも女性たちだった。
 川辺へ行こうとする男性たちの仕事を横取りし、ウサギを愛でるために、そして少しでも懐かせるために、日々川辺へ通うのだった。
 故に、男性たちがその異変に気付いた時には、すでに危機は間近に迫っていた。
「堰にウサギさんが巣穴を掘っているぞ!」
「なにぃ!? 土手もだぞ、このままじゃウサギさんが危ない! じゃなくて、堰が危険だ!!」
 ウサギは地面に巣穴を掘る。深く、迷路のように。もしその穴が水に向かって掘られれば、ウサギ穴に水が流れ込みウサギたちは溺れ死んでしまうだろう。
 それでなくとも土手や堰が穴だらけになれば、耐久力がなくなり、決壊するのも先の話ではない。
「そうなればうしゃぎさんが死んでしまう! 早く修復しなくては!」
「そうじゃねぇだろ! だが、修復は確かにしなくてはなんねぇだろうが‥‥そのためにはウサギ穴を埋めなきゃならねぇぜ?」
「「あ‥‥そうか‥‥」」
 村人は頭を悩ませた。
 そして、数日に渡る会議の結果‥‥村人達の出した結論は、冒険者に委ねる。それだけだった。

●今回の参加者

 ea1560 キャル・パル(24歳・♀・レンジャー・シフール・ビザンチン帝国)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea7866 セルミィ・オーウェル(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0660 鷹杜 紗綾(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1014 ファオリエ・フィルガント(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ミィナ・コヅツミ(ea9128)/ フィラ・ボロゴース(ea9535)/ シャリエール・ライト(eb0794)/ キーラ・ベスパロフ(eb2253

●リプレイ本文

●兎が住まう‥‥
「ここにうさぎさんが住んでるんだね〜。うさぎさん、しふしふ〜☆ ‥‥あ、でもうさぎさんだから、こっちの方がいいかな〜。うさうさ〜☆」
 堰に案内され早速兎穴を覗き込んだキャル・パル(ea1560)、まだ見ぬ兎にご挨拶♪
「うさぎさんも村人さんも不幸にならないように問題を解決しないといけませんよね〜」
 セルミィ・オーウェル(ea7866)は兎が出てきたら『テレパシー』で交渉をする係。とても重要な役目で、しかも土産話を持って帰りたいセルミィはやる気満々!
 しかし、張り切り具合では鷹杜紗綾(eb0660)も負けていない!!
「うさしゃん、キミ達の新しいおうちになりそうな所、頑張って探してくるからねっ♪」
 敵から隠れやすい藪や木があって、食べ物になる草が沢山生えていて、もちろん静かな所! あ、広くて敷地内が穴だらけになっても良い所じゃなくちゃね♪ それからそれから‥‥できれば無料提供☆ ‥‥図々しいかな?
 まだ見ぬ兎にうっとりと語りかける紗綾。
「なんか、あんたって兎の召使い‥‥ううん、僕(しもべ)って感じよね。あたしもあんたみたいな僕が欲しいわ」
 働く前から疲れ果てているファオリエ・フィルガント(eb1014)、元気溢れる紗綾にちょっとげんなり。
 とりあえず、冒険者の意見は兎を移住させるということで決定している。
「場所を探して、それから危険が本当にないのか確認して、お引越しはそれからだよね〜」
「うさぎさんが好き放題穴が掘れる丘とか見つかると良いねぇ。引越しが終わらないと、堰の修理もできないしね」
 ルティエ・ヴァルデス(ea8866)が微笑んだ。
 引越し先を探すのが第一の作業なのだった。

●お引越しと‥‥
 兎の引越し先は、村を挟んだ反対側──徒歩2時間ほどのところにある丘になった。
 日当たりも良く、風通しもバッチリ! 何より、柔らかな草が地面を覆い尽くしているのだ!!
「すんなり提供していただけて良かったですね‥‥もっと、問題が起きるかと‥‥」
「父なる神のお導き‥‥と言いたい所だが、村人たちの骨の抜かれ様は、正直、想像以上だったな」
 ほっと胸を撫で下ろすスィニエーク・ラウニアー(ea9096)にヴィクトル・アルビレオ(ea6738)は片頬を上げた。そう、兎の名を出しただけで村人たちはとてもとても協力的になったのだ。
 ファオリエが「兎の僕だらけね」と呆れたのも当然の道理だった。
「何にせよ、移動先が決まって良かったぜ。昼寝してるだけで依頼期間が過ぎるってのも、まぁ、楽で良いっちゃ良いんだが‥‥どうも、ここんところ暇なんだよなあ」
 木陰で昼寝をしていたアール・ドイル(ea9471)は堰の補強という自分の仕事が見えてくると、ようやく少しやる気を出したようだった。
 アールは体を動かして戦う方が性に合っていると自覚している。パリでの騒動の後、彼の目に適った仕事が見つからずに退屈しているらしい。
「移動が終わるまで、堰の補強に使える木でも集めておくか」
 終わったら呼んでくれ、そう言い残してアールは丘を離れた。
 アールはこの近辺にいる人物の中で、兎の誘惑に負けない数少ない者だったようだ。

●誘い出すための‥‥
 引越し先も決まり、用意も整った。兎の生態を調べてくれた友人ミィナの助言からヴィクトルの指示が飛び、兎──特に子兎には絶対に直に触れないようにと、草の汁や土を染み込ませた布も準備した。
 満を持して、セルミィがテレパシーを使用し兎へと語りかける。
『あの、ここは危ないですから‥‥お引越しをしていただけませんか?』
『‥‥?』
 きゅるん、と首を傾げる兎。ぽわ〜っと紅潮する頬を手で押さえ、堰が決壊し兎が押し流されるイメージを送り込む。
『──!!』
 ビクゥッッ!! 飛び上がる兎!!
『あっちに、柔らかくて美味しい草と、安全な丘があります。キャルさんが連れて行ってくれますよ』
 落ち着かせるように柔らかい草に覆われた光溢れる丘のイメージを送り込み、そこへ案内するキャルのイメージを重ねる。
 きゅららん☆
 目を輝かせてキャルを見上げる兎。スピスピと鼻を鳴らしてじーっと見上げている。周囲の兎も一匹、また一匹と輝く瞳でキャルを見上げる。
「可愛い〜っ! キャル、頑張って案内するよっ!」
 気合一献!! 張り切るキャルと対照的に思い悩むのはファオリエだ。
「うーん。一匹ずつは面倒なんだけどね」
 こちらの穴から顔を出し、向こうの穴から顔を出し、長い耳を立てて様子を窺う沢山の兎──
「ま、可愛いうさぎに触れるんだから今回に限っては面倒くさくてもまあいいわ」
 頬を緩め、ファオリエがそう呟いた。怠惰女王、陥落!
 兎を抱き上げたファオリエにキャルが近寄り、兎を撫でる。
「うさぎさん、可愛いよね〜♪ 抱っこして運べるの、いいな〜。キャル、抱っこしたら飛べないんだよね〜」
「それは残念だったわね」
「うん、残念〜。どれくらい大人になれば、うさぎさん抱っこして飛べるんだろう〜?」
 自分の帽子を兎に被せ寂しげに呟くキャル。何の打算も無い言葉に、ファオリエは眉根を寄せる。
 自分の知っている大人のシフール、そして彼らの筋力。兎を抱き上げられるシフールの割合は、いったいどの程度なのだろう。
「‥‥‥今日だけよっ! 今日は特別よッ!!」
 兎を見つめる特等席☆ それは、そう、ファオリエの肩♪
「いいのっ!? ありがと〜! ファオリエさん大好き〜!!」
「あんたに好かれたくてやったわけじゃないわよっ」
 兎を抱え、キャルを肩に乗せたファオリエの後ろを‥‥兎たちがぴょんぴょんと跳ねながら付いて行く。
 さあ、兎の引越しスタートだ!

●堰の補強と不用意な‥‥
 兎の円らな瞳攻撃とふわふわ毛皮攻撃に翻弄される女性陣だったが、そこは村の女性たちとの人海戦術。一日もすると、兎たちはその殆どが丘へと場所を移した。
 移動がほぼ完了したのを見て、男性陣は村人と共に堰の補強に取り掛かる。
 陣頭指揮を執るのは、予めスィニエークや紗綾と相談していたヴィクトルだ。
「兎穴は中に兎が取り残されていないことを確認して、土と石を混ぜたもので埋めてくれ。その上にアールの持ってきた木を板状にして並べ、大きめの石で押さえるんだ」
「掘りにくくしておけば、そう簡単に戻って来ないと思うんです‥‥。提案だけでお手伝い出来なくて申し訳ないのですけれど‥‥よろしくお願いします」
 非力ゆえに手伝えないのだとスィニエークは頭を下げる。
「肉体労働は俺の仕事だ」
 何度も依頼を共にした同族の言葉にニヤリと笑い返すアール。そもそも堰を担当するつもりだった男性陣に異論のあるはずもなく、急いだ方が良いだろうという共通見解の元、堰の補強は早々に始められた。
 しかし、兎はまだあちこちにその姿を見せる。その場にいる者たちは危険でないと認識したのだろう、アールの足元でも兎が鼻をヒクヒクさせている。
「兎か‥‥焼いて食ったら拙いんだろうな」
 兎を見下ろし、ついポロリと零したアールの言葉に危険を察したのだろうか‥‥兎、後ろ足で不意打ちキィィック!!
「うおっ!?」
 兎の脚力はバカにできない。向こう脛へ突然の一撃を喰らったアール、ドウッ!! と転倒!!
「アールさん‥‥」
 見事なアタックをかました兎を草の汁に浸した布で大切に抱き上げ、スィニエークは避難の眼差しで川辺に転がる巨漢アールを見下ろした。
「喰うなんて行ってねェだろ!!」
 アールの叫びが空しく木霊した。

●穴の中に残る‥‥
 セルミィは、なんだか難しい顔をしているルティエに声をかけた。
「ルティエさん、どうしたんですか〜? そんな顔してると、シワが癖になっちゃいますよぅ?」
「うーん。どうも、この穴にまだ潜んでいるみたいなんだよね。セルミィ君、『テレパシー』で呼び出してもらってもいいかい?」
 任せてくださいっ、と穴の中を覗き込み、そこに潜んでいる影を見つめて『テレパシー』で語りかける。
 ──食べ物が沢山あるイメージを送り、穴から出てくるように、優しく話しかけ‥‥

 しゅるん!!
「ぇ?」
 セルミィはピンク色の何かに巻き取られた! 穴から出てきたのは‥‥ぬらりとテカる緑色の皮膚を持った‥‥そう、カエル!!
「ひやぁぁぁ!! か、カエルですぅぅぅ!!?」
「ウサギじゃなかったか、残念だな」
 カエルの舌に絡め取られたセルミィを微笑ましく眺めながらルティエはのんびりと笑う。けれどセルミィは大ピンチ!! そう、彼女は実はカエルが大の苦手なのだ!!
 叫びを上げたまま硬直するセルミィにようやく気付いたルティエはカエルの舌からセルミィを解放した。
「悪かったね、自力で脱出できるものだと思ったから。苦手だったんだね」
「はぅ〜‥‥ありがとうございますぅ〜」
 半べそをかく少女の頭を軽く撫でる青年。そのまま恋が芽生え‥‥るというわけには、残念ながら行かなかった。
「ああ、こんな所にもうさぎさんが‥‥お嬢さん、運んでいただけますか?」
 兎穴からひょっこりと顔を出した兎を汁と土で汚した布で抱き上げると、近くにいた村の女性に微笑みかけた。
「‥‥ちょっとは見直したんですけど」
 セルミィの方が苦笑するばかりだった。

●悩める‥‥
 ぽやや〜〜ん、と抱き上げた兎に見惚れる紗綾。
「‥‥‥だ」
 ふと耳に届いた低い男性の声。はわわわわっ!! と慌てて抱き上げていた兎を取り落としそうになりながら、怒声が続かないことに気付き、声のした方向をこそっと盗み見る。
 堰の前にしゃがみ込んでいるのは、確かに仲間‥‥少しばかり粗暴な雰囲気を持つ、厳しい黒クレリック。
 恐る恐る近付くと、どうやら堰に向かって語りかけているようである。
「聞いてくれうさぎ‥‥妻と娘が仕事が楽しいと冒険から帰ってこない‥‥」
「‥‥へ?」
 ヴィクトルに妻子がいたことにも驚きだが、彼が円らな瞳で見上げてくる兎に人生相談を持ちかけている、という構図が‥‥紗綾の思考を一瞬現実から叩き出した。
「息子は海の向こうの学校に留学したままだし‥‥父の、父の威厳というものはだな‥‥」
「‥‥あの‥‥‥ヴィクト、ル‥‥?」
 遠くへ飛んだ思考を何とか手繰り寄せ、搾り出すように男性の名を口にする。名を呼ばれ振り返るヴィクトル、頬が引きつり硬直している。
「はッ!? いや、その、な、なんでも‥‥!!」
 どもるヴィクトルに、紗綾はつい噴出してしまった。悩むヴィクトル、引きつるヴィクトル、そして真っ赤になって必死なヴィクトル。普段か普段だけに、何だか妙に可愛く思えて仕方がない。
「父親というのはな‥‥疲れるんだっ! ‥‥疲れるんだ、とても‥‥家族は労ってくれないしな‥‥」
「あははっ。大丈夫だよ〜、家族もヴィクトルのこと愛してるはずだし! ほら、うさしゃんも。ね♪」
 きゅるん☆
 円らな瞳で見上げる兎は、粗暴な外見よりも心を感じ取ったのだろう、スピスピと鼻を鳴らしながらヴィクトルの足元に寄った。
(「いいなぁ‥‥ヴィクトル、何かずるい」)
 紗綾がかなり逆恨み的な嫉妬心を抱いたことは、癒されるヴィクトルに気付かれることはなかった。

●最後の仕上げに‥‥
 堰の補強も終わり、兎も丘へと移動させ終わった。
「堰には兎が苦手とする草を植えておくように」
「うさぎさんが住みやすいように、キャルとセルミィさんで丘に生えてた中からうさぎさんが嫌いな草を抜いたの〜」
「枯れる前に移植すれば根付くとおもいます〜」
 ヴィクトルの言葉に、青い羽のシフールと紫の羽のシフールがにこにこと微笑む。
 移植なら、村人に任せてもしっかりやってくれるだろう。
「‥‥‥うさぎ‥‥いっぱいでしたね‥‥‥」
 思い出したスィニエーク、ちょっとうっとり。つられて紗綾も、ちょっとうっとり☆
「名残惜しいけど、そろそろ帰らなくちゃね」
 何時の間に仲良くなったのだろう、ルティエが村の女性たちに手を振った。もっとも、ルティエが名残を惜しんでいるのは兎だったりするのだが。
「面倒だったけど、可愛かったし‥‥たまには良いわね。たまには、だけどねっ」
「えぇ、また来たいですね〜」
 溜息を着いたり頬を緩めたりと忙しいファオリエの声に、セルミィが頷いた。
 待っているあの人の下へ、土産話を届けに帰ろう。
 オレンジ色の夕焼け空の下、無事に仕事を終えた冒険者たちは‥‥自分たちの家へと帰ってゆくのだった。

 ──ぐ〜、きゅるるるる‥‥
「やっぱ食いたかったな」
「アールさんっ!!」