忌まわしき血の運命

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月14日〜05月19日

リプレイ公開日:2005年05月22日

●オープニング

 ──ギギィ‥‥
 うらびれた酒場の扉が重く軋んだ音を立てる。
 シャンゼリゼの明るい喧騒とはかけ離れた、柄の悪いという一言では著しきれない殺伐とした──否、油断すれば何をされても文句を言うことすら許されないだろう、張り詰めた緊張感が音を立てているような酒場だった。
 そう、闇を選ぶ者が好んで身を静めたくなる、奇妙な静寂の空間‥‥

 そんな琴線上にある酒場ゆえ、ハーフエルフが店内に現れようとも一瞥するのみ。
 ──否、それは彼女であったからこその反応かもしれない。
 漆黒を身に纏った彼女は、軽く手を上げた浅黒い肌の男性のもとへ、艶やかな黒髪をわざと靡(なび)かせるように颯爽と歩く。
 踵がカツカツとこの場に不釣合いな高い音を立て、琴線の上をバランスよく進んで行く。
「手頃な人を集めていただきたいのですけれど」
「レジーナ‥‥またあれをやるのか。同族に愛はないのか?」
「わたくしが考えるのではなくってよ? 同族だからこその愛、組織からのささやかな贈り物‥‥喜んでいただきたいくらいですわ」
 スツールに腰掛け足を組む。髪を掻き上げる仕草すら艶めかしいのは、意識しているのか無意識なのか‥‥いずれにせよ、この酒場で彼女に言い寄ろうとする身の程知らず名不心得者はいないようだ。
 その女性は、レジーナ・ヴェロニカと呼ばれている。女王の名を冠された彼女のヴェロニカという名が本名かどうか、それはこの場にいる誰もが知らないことだった。もっとも、この酒場では‥‥呼び名さえあれば、その真偽など問題にもならないのだが。
 肩を竦める男性、酒場の主が他の面々よりヴェロニカについて知っていることといえば、彼女がハーフエルフ組織の首魁に近い立場にいるということ。表に現れ闇に沈み、見え隠れするハーフエルフの互助組織。迫害されしハーフエルフが、光の中で、闇の中で、生きていくために‥‥
「どんな手段を使っても、狂化する全ての条件を調べだすことが、か?」
「あら、万が一にも特殊な条件下で狂化する可能性がある仲間に背中を預けられて? 狂化の恐ろしさを知っているからこそ、狂化を甘くみない‥‥それがわたくし達のルールでありマナーですわ」
 薄暗い店内でスリットから白く浮かび上がる足を組み替える。腿の内側に、蒼い蠍の刻印が蠢いた。
 狂化すら把握した上での適材適所‥‥それが一人のハーフエルフが組織で生き抜いていくために必要不可欠な条件。
「ナスカ・グランテのように殺戮衝動に駆られるハーフエルフでも、使いどころはあるものでしょう?」
 くす、っと笑みを零すヴェロニカ。
「3匹の子犬ちゃんに適当な相手、見つけてくださるわね? 死ななきゃ何をしても構わないわ」
「やりすぎて騎士団に捕まったとしても放置するんだろう? デメリットだらけの仕事なんだ、期待するなよ」
 紅を差した唇に舌を這わせて立ち上がったヴェロニカは、現れたときと同じように、張り詰める神経を一身に浴びながら酒場を出て行った。

 ──酒場の名は漆黒の小鳩亭、その名はパリの裏通りに。
 ──組織の名は‥‥‥ただ、レジーナ・ヴェロニカの胸の内に。

●今回の参加者

 ea3853 ドナトゥース・フォーリア(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea3855 ゼフィリア・リシアンサス(28歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea5067 リウ・ガイア(24歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea6128 五十嵐 ふう(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8586 音無 影音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0342 ウェルナー・シドラドム(28歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb0631 ヘルガ・アデナウアー(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ミラ・オルブライド(ea0398)/ ブレイン・レオフォード(ea9508

●リプレイ本文

●夕闇が帳を下ろすシュティール領の酒場裏
「ううん、もっと言ってぇ‥‥って、あれ、あたし‥‥」
「落ち着いたね? びっくりしたさ」
 ドナトゥース・フォーリア(ea3853)が、腕の中に抱えたヘルガ・アデナウアー(eb0631)の顔を覗き込み、微笑んだ。
 ハーフエルフという事実と狂化条件を調べる冒険者という二つの正体を隠しながら酒場の会話に耳を欹(そばだ)てていたヘルガが突如狂化したのだ。

『ジッドの野郎、仕事を寄越せだとさ。ハーフエルフの、しかもガキの分際でな!』

 見ず知らずの男の一言。
 その言葉が届いた途端、ヘルガの髪が逆立ち瞳が血の色に染まった。
「うわぁぁっ、狂化ハーフエルフだぁっ!!」
 シュティール領ではハーフエルフによる凄惨な事件が起きたばかり。領民も過敏になっていたのだが‥‥
「うふふ、もっと言って‥‥罵ってほしいの」
 うっとりと罵詈雑言に身を浸す少女。快楽に流されるように罵声を浴びる狂化ヘルガを相席していたドナトゥースが咄嗟に抱き上げ酒場を飛び出したのだった。
「あの‥‥ごめんなさい。気持ち悪いわよね‥」
「そんなことないさね。ヘルガちゃんは可愛いと思ってるさー。仕事の方はジッドの名前も出たし、ふうちゃんが聞き込みしてくれてるはずさね」
 一度仲間の下へ情報整理に戻ろうと言うドナトゥースに頷きながら、ヘルガは美丈夫へ恋する熱い眼差しを向けた。
(「なんて優しい人なのかしら‥‥ドナトゥースさん‥‥」)
 ──前途多難である。

●月が乳白色に照らし出す裏路地
「なんつーか、つくづく胡散臭せー依頼だなぁ‥‥。まあ、やるだけやるがな」
 月明かりの下、3人のハーフエルフを尾行しながら五十嵐 ふう(ea6128)が呟いた。
 シュティール領城下町、夜になっても人通りの途絶えない裏路地にある小さな食堂から出てきた3人。
 小柄な二人は同じような外見であり、残る一人は少し大人びている。
 白い肌にハニーブロンド。小柄な二人の瞳は明るいエメラルドで、大人びた一人の瞳はサファイアブルー。
 そして3人とも、特徴的な耳は隠していない。
 どこか似通った雰囲気を醸し出す顔立ちは、血の繋がりを感じさせた。
 依頼人と冒険者の仲介をしていた『漆黒の小鳩亭』店主からリウ・ガイア(ea5067)が聞き出した外見と一致している。どうやら、ふうが酒場で仕入れた情報に偽りはなかったようである。
「手伝ってもらわねぇ事にはどうにもなんネェだろ」
「断られるかもしれませんが、正面からきちんとお願いしてみます」
 アール・ドイル(ea9471)の言葉にウェルナー・シドラドム(eb0342)がリウと二人、まず歩き出した。

 ──どんっ。

 ターゲット・エファの肩とリウの肩がぶつかる。
「失礼。‥‥む? ‥‥君は‥‥ハーフエルフか?」
 すぐに謝罪したリウだが、特徴ある耳に気付き方眉を上げた。
「悪い? 迷惑なんてかけてないわよ」
 エファを庇うようにカーシィが前へ出る。
「いや、蔑むつもりは無い。ちょうどハーフエルフについて話していただけなのだ」
「見てのとおり、僕たちは冒険者です。ハーフエルフの冒険者と共に冒険に出ることもあります。ですが、旅先で狂化してしまうと‥‥状況によっては、攻撃をしなければならなくなる」
 ウェルナーが共に語りかける。嘘をつく気はない、せめて話せるところだけでも正直に話し、納得の上で協力して欲しい──それがウェルナーの希望だった。
「我々としても、友であり仲間である者を攻撃するのは避けたい。そのためには狂化する条件を知ることが重要だ──とな。‥‥狂化条件が解れば‥‥避けることも、理性を戻させることもできる」
 カーシィの瞳が迷い、エファとジッドが視線を交わす。
「僕たちはその為にハーフエルフの狂化条件について調べに来たんです‥‥協力してくれるハーフエルフも何人かいます」
 嘘ではない、真実だ。ヘルガやアールはハーフエルフであり、調査の協力者である。会話を察し、アールが親しげに片手を挙げながら姿を現す。
「よう、協力者が増えたのか?」
「──協力させてもらえないかしら? 私達にとっても、損はなさそうだし」
 『ハーフエルフの協力者』の姿を見て安心したカーシィの言葉に、弟妹も頷いた。

●煌めく日が照らす町外れの川辺
 万一狂化しても大丈夫なように、ゼフィリア・リシアンサス(ea3855)の案で町外れの川辺にテントを張る。
「──ホーリーフィールド! ‥‥これで多少は安全だと思います」
 ターゲットとなった3人を対象に結界を張ったゼフィリアは、仕事へ移る。範囲が広く難しい依頼ゆえ、冒険者として活動しているハーフエルフたちから存在が明らかになっている特殊な狂化条件を試す。
 昨夜ターゲットと仲間が接触したのは『月明かり』の下。そして今は『陽光』の下。
 3人は『ハーフエルフであるお互いに触れ』ており、女性のエファとカーシィと男性のジッドは『異性』である。
 月の光を見る、日差しを浴びる、異性に触れる、ハーフエルフに触れる‥‥この4つは既にクリアだ。
「何から試すんだ?」
 そう言うアールはドナトゥースと共に普段とは違う赤い服を身に纏っている。『血を思わせる深紅』の服だ。
 ──しかし、3人は何の反応も示さない。
(「ハズレ、かな‥‥」)
(「ですね」)
 音無 影音(ea8586)の呟きに、ウェルナーが小さく頷いた。
「あっ!?」
 夕飯は保存食にするか買ってくるか‥‥所持金を入れた小さな皮袋を覗きいていたヘルガは小さく叫んだ。
 手が滑り、皮袋を落としたのだ!! 納められた金貨銀貨銅貨が結界の中の3人の足元まで転がってゆく。
 申し訳なさそうに3人へお願いをするヘルガ。
「‥‥ごめんなさい、拾ってもらえるかしら」
「あ、はい」
 3人が硬貨を拾い上げる。金貨、銅貨、そして──銀貨を拾い上げたエファのハニーブロンドの髪が逆立ち始めた! エメラルドがルビー‥‥いや、ピジョンブラッドに染めあげられる。
「こんな小銭を拾えですって!? このあたしに!? ふざけないで頂戴、小娘!!」
「エファ!!」
 慌てたジッドが双子の姉を羽交い絞めにする!
「放しなさい、ジッド! これっぽっちの金、受け取りなさいな、小娘!」
 手にした硬貨をヘルガへ投げつけるエファ。額を打った銀貨に呆然とするヘルガ。全く痛くはないが、痛くはないのだが‥‥
「ほーほほほほ!! 良いザマね!」
 エファの高笑いが山間に木霊する。
「エファさんは銀に直接触れると狂化‥‥ですか」
 ウェルナーが確認するように呟いた。

●鉛色の雲の下で煌めく鉄色のものたち
 狂化が収まるのを待ち、木という『高いところ』に登らせ、屋外の作業で『体を汚し』、そして『水浴び』で体を清め『暗闇』に身を置いて夜を過ごす。
「感情の高ぶりは、ハーフエルフなら誰でも狂化する条件だから調べるまでもねぇよな。とすると、残りは‥‥」
 いずれにも該当しなかった狂化条件を振り返り、アールが面倒臭そうに溜息をついた。残るは戦闘関連の狂化条件ばかりだ。
 最終日はいよいよ模擬戦闘を行うことになった。
 特殊狂化条件の中でも比較的多い『戦闘の緊迫感』について、そして『先の尖った物を突きつけられる』について調べるべく模擬戦闘を行おうということになった。
「カーシィちゃんはファイターだっけね。俺ッチの相手してくれるかい? いい加減鍛錬しないと体も鈍るってモンだしね」
 人懐こい笑みを浮かべて駆け出しの女戦士を指名したのはドナトゥース。ジッドの相手はゼフィリアが希望し、エファの相手は‥‥ヘルガがハーフエルフの仲間を振り返った。
「アールさんはやらないの?」
「鍛錬でも戦闘はパスだ。依頼失敗させる気はねぇからな」
 肩を竦めるアール。アールは自分が戦闘時の緊迫感で狂化することを知っている。依頼をこなしている最中に狂化をしたことも一度や二度ではない。
 自分が狂化したときに起こすであろう行動は、依頼失敗の唯一の条件として依頼主から戒められているただ1つの行為だった。
「んじゃ、あたしがやってやるよ」
 ふうが刀を抜き放つ。陽光を受け、手入れをされた小太刀が光を跳ね返す。
 ハーフエルフの3人が隊列を整える!
「構えがまだまださね」
 打ち込んでいくドナトゥース! カーシィがノーマルソードで重い一撃を受ける!
「いくぜ!!」
 ジッドへ接敵し、小太刀を振るうふう!! しかしジッドはその小回りの効いた動作でふうの小太刀を回避する!!
 万一狂化した場合のためにと控えているウェルナーは誰か怪我をするのではと気が気ではない。
 エファへ駆け寄ろうとしたゼフィリアの足元へ魔法が炸裂!!
「──ファイヤーボム!」
「きゃあっ!!」
 戦況を見ていたリウが淡々と状況を分析する。
「ジッドとカーシィ、刃物で狂化はせず‥‥だな」
 ドナトゥースはそのままカーシィと剣を交え、ゼフィリアは再びエファに接敵を試みる。振るう剣が避けられたのを見、ふうはジッドからエファにターゲットを変える! 小太刀を突きつけられ、エファ、チェックメイト。
「ちょっと、試しておかないとね‥‥」
 フリーになったジッドへ影音がスタッキング!
「くっそぉぉ!!」
 ジッドがダガーを振るう! 影音、避けずに左腕にダガーを受けた!!
「影音さんっ!?」
 ウェルナーが目を見開くその前で愉しそうに笑った影音はダガーに自らの腕を押し付け、勢い良く横へ振り払った!
 ──血飛沫が飛び散る!!
「いいね‥‥この感触‥久々‥‥」
 クスクスと笑い、大きく抉れた傷口から拭った血を自分の顔に塗る。鉄分を帯びた液体が口内に侵入し、目を細めた。
「う‥‥うわぁぁ!!」
 ハニーブロンドのショートヘアが逆立った!! 鮮血を奏でた影音の眼前で、少年の瞳に炎が宿る!!
「‥‥的中」
 振るわれたダガーを小太刀で受け止める影音。しかし左腕からの心地良い痛みが感覚を惑わす!
「影音さん、下がってください! ゼフィリアさん、回復を!! 血がある限り狂化は解けません!」
「わかりましたっ」
 物足りなさそうな影音を下げ、ウェルナーがダガーを止め、武器を弾いた! 飛び込んだアールと二人がかりで押さえつける!
「──リカバー! ‥‥大丈夫ですか?」
「影音さん、ちょっと失礼するわね」
 ゼフィリアのリカバーで傷が塞がったのを確認し、ヘルガは汲んできた水で血を洗い流すと、影音は小さく溜息を吐いた。
 やがてジッドの狂化も解け、普段の明るい少年が戻ってきた。
「とりあえず、ダガーは使わない戦法にした方が良いと思うぞ」
 アールは呆れ、苦笑した。

●華やかな町の闇に潜む漆黒の小鳩
 エムロード嬢の減刑嘆願のため寄付をするとシャンゼリゼに向かうヘルガを見送り、数名が漆黒の小鳩亭へ足を運んだ。
 軋む扉を開き、店主と語らう妖艶な女性を確認する。
 蜘蛛の巣のように張り巡らされた敵意を真っ向から受け止め、怯むことなくふうは歩みを進める。
「言われたとーりに、調べてきたぜ。で、報酬はちゃんと持ってきたんだろうね?」
「あら、失礼ね? 踏み倒す気も値切る気もないわ。取り引きは取り引き、結果が出ていれば文句はなにもないもの」
 くすっと笑う女性。地下組織といえども、取り引きはきっちりとこなす。それが後々組織の為になるはず、というのが女性の見解のようだ。
「これが報告書だ」
 リウは両手で抱えていた羊皮紙を女性に手渡す。女性は羊皮紙に目を通し、艶然と微笑んだ。
「これが報酬よ」
 金貨の詰まった皮袋を手渡す女性、レジーナ・ヴェロニカの手をドナトゥースが取り、その甲へ恭しく口付ける。
「麗しき黒蘭の女王の人、闇を身に受け輝くお方、宜しければ結婚を前提にお付き合いしくれませんか?」
 開口一番吐かれた言葉に、店中の視線が集まる。敵意、好奇心、その種類は様々。
「その言葉を身に受ける光栄は‥‥私で何人目なのかしら、美しい異国の剣士さん」
(「かすみちゃんに河童の若奥様‥‥」)
 了承も得ていない相手の数を数え、誠心誠意、正直に答える美丈夫。
「3人目です、我が妻となるお方」
「3番目はハーフエルフがお好みなのかしら? ハーフエルフを1人目と言える覚悟が出来たら出直していらっしゃいな」
 小さく笑い、契約の印にと、ドナトゥースの頬に紅を残すレジーナ・ヴェロニカ。
「この契約を受けるのは何人目なのでしょう、麗しき黒蘭の女王の人?」
「戻って来た人はいない、それで充分ではなくて?」
「邪魔して悪いのだけれど、聞きたいことがあるの。レジーナさんの所属している組織の活動内容を」
「それから、組織の名もな。まあ、単なる好奇心だ。無理に聞く気はねぇけどな」
 ゼフィリアとふうが疑問を口にした。

 護衛から暗殺まで、金で全てを請け負う組織──水蠍。
 それだけを告げ、レジーナ・ヴェロニカは姿を消した。