【聖夜祭】紫紺に輝く鏡、暁に融ける白

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 85 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月28日〜01月03日

リプレイ公開日:2005年01月05日

●オープニング

●パリから二日のとある村
 日も明けやらぬ山中の村を朝もやが覆っている。
「今年もこの時がやってきおったわ!」
 ずんぐりむっくりの体型に純白のもっさりしたアゴヒゲ、分厚い胸板を持った老ドワーフは口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「やはり、ワシがいなくはな! ひとつ、退治してくるかの」
 嬉々として斧を担ぎ上げ、立ち上がった!! その時。

──グキッ。

「はぐあっ!? ぐお‥‥っ!!」
 突如腰に走った激痛!! ドウッと床に倒れこみ、担いだ斧で頭を強打。──ご愁傷様。
「ぬ、ぬぁ‥‥わ、ワシが行かねば、新年が‥‥!」
 もはや執念。斧を引きずり身を引きずり、何とか玄関までやってきたものの‥‥
 そんなドワーフを見つけたのは、まだ青年といった風体の人間、彼の愛弟子だった。
「ダメだ、おやっさん!! そんな体で行ったら死んじまう!」
「ええい、放せ! ぎっくり腰くらいでは死にゃせんわ!!」
「あんた、去年も森で動けなくなって! 凍死しかけてただろ!!」
「そんな昔の事は忘れたわい」
 あくまで自ら森へ向かおうとする老ドワーフを強引に寝かしつけ、逃げないようにロープで縛り、斧を取り上げた上で、青年は言い放った。
「俺一人じゃ無理かもしれない。でも、今ならまだ冒険者を頼める。そうすれば、間に合うはずだ! だから、あんたはそこで養生しててくれ!」
「お前‥‥」
 青年は師匠の斧を担ぎ上げ、パリへと走った──

●冒険者ギルドINパリ
 新米ギルド員は、青年の熱い語りに欠伸をかみ殺していた。他人の語りを聞くばかりなのはどうも性に合わないようだ。欠伸はへっぽこプロ根性でかみ殺したが、目に涙がにじんでいる。
 そんなギルド員には全く気付かず、浸りきった青年は斧を振り上げ──それはすぐに下ろさせたが、ヒートアップするばかり。
「そう、俺はメロスになったんだ! 走って、走って、走って‥‥パリへと辿り着いた!」
 舞台がパリに移った今が主導権を取るチャンスなのかもしれない。
 ギルド員は、ペン先をインクにつけながら尋ねた。
「ええと、で、何を退治するお話しでしたか‥‥」
「森の木の枝を切るのと、山道の整備を手伝ってほしいんだ」
 なんだ、モンスター退治じゃないのか。
 派手な依頼を期待していたギルド員はポリポリと頬を掻いた。
「今急いで作業をしなくても、聖夜祭の期間が明けてからゆっくり行われてはどうですか?」
「いや、それはダメなんだ。俺の村の近くには冬季に凍結する小さな湖があって、年が明けると皆が一年の豊穣と幸せを祈りに訪れる。まあ、年越しと元旦は村から出ない風習なんだけど。特に、朝日は絶景で──!」
「その湖まで移動できるようにしたい、と?」
 語りモードに入りそうになる青年をまだ拙い話術で牽制しながら、ギルド員は話を進める。
「正確には『湖を一望できる山の中腹まで』を『安全に』移動できるように、だな‥‥距離は6キロくらい。必要なら、危険防止策も講じて欲しい」
 湖までではない、との言葉に新米ギルド員が首を傾げた。
(「湖を見るなら近くから見た方が良いのでは‥‥?」)
 顔に書かれた文字に促され、ああ、と青年は補足説明をする。
「湖の近くは足元が悪いうえに雪が積もって歩くには危ないし、それに、鏡のようになった湖は全体を見渡す方がずっとキレイなんだ。俺も、去年は彼女と──」
 語り始めた青年をそのままに、ギルド員はまとめたばかりの依頼書に『至急』の文字を加えて掲示した。
「待った!! 食事と寝場所は提供できるけど、斧には限りがあるんだ! 出来れば、木を切れるものを持ってきてくれると嬉しい! それから、防寒対策はしっかりとしないと、おやっさんみたいに──!!」
「ああ、確かに凍死しかけては困りますね。わかりました、その辺りもしっかり書いておきます」
 加えられた言葉を依頼書の余白に書き加えた。

●今回の参加者

 ea0294 ヴィグ・カノス(30歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2731 レジエル・グラープソン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4716 ランサー・レガイア(29歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

アーティレニア・ドーマン(ea8370

●リプレイ本文

●到着、ドワーフの小屋
 村までは特にトラブルもなく到着した。
「ま、警戒しておくに越した事はないってな」
 野営の指揮をとっていたシン・ウィンドフェザー(ea1819)はどこか満足げに愛馬の頭を撫でた。
 ザッハと名乗った依頼人の青年は、村はずれにあるあばら家の扉を勢い良く開け放った!
「おやっさん、人手を連れてきたぜ‥‥って、おやっさん!?」
「ザッハさん、まさか、食事の手配もしていなかったんですか?」
 縛り付けられたベッドの上で不自然にやつれているおやっさんに、セシリア・カータ(ea1643)が愕然とする。
「や、ええと‥‥あはは、はは‥‥」
「はじめまして、レジエルです、どうぞよろしく。腰の具合はいかがですか?」
 レジエル・グラープソン(ea2731)がおやっさんの身を案じて顔を覗き込み、よろしければこれをどうぞ、とシェリーキャンリーゼを差し出した。
「おぉ! それはシェリーキャンリーゼ!! 悪いのう!」
 途端に元気を取り戻し相好を崩す辺り、やはりドワーフだと言うべきか。元気そうな様子に、レジエルとランサー・レガイア(ea4716)は思わず顔を見合わせて苦笑した。
 しかし、差し出されたシェリーキャンリーゼを横から伸びたヴィグ・カノス(ea0294)の手が奪い取った。
「時間がない。悪いが、先に話を聞かせてくれ」
「オヤジさん、毎年どんな風に整備していたんだ? 手順や注意点や、危険防止策なんかも教えて欲しいんだが‥‥」
 ヴィグの言葉にユーディクス・ディエクエス(ea4822)も頷く。6キロの道のりを二日で手入れしなければならないのだ、時間は惜しい。
「そんなもん、ザッハが知っとるわ! 斧は納屋に入っとるわ、ほれ、間に合わなくなるぞい!」
 根性で腕を動かしシェリーキャンリーゼを奪い取ったおやっさんは、それ以上何かを話す気がなさそうだった。
「そうだ、間に合わなくなる!! 皆さん、行きましょう!!」
「いや、もう今日は無理だろ」
 帳の降り始めた空を見て盛大な溜息を吐きながら、シンは納屋に向かうザッハを止めた。

●一日目、枝払い
「ううぅ〜、寒い‥‥何なんだこの寒さは‥‥」
 肌を刺す冷気にレジエルが手をすり合わせた。
「俺はレジエルが何を考えているかの方が知りたいが‥‥」
 ヴィグが呆れてそう洩らした。全員、自前の防寒着をしっかり着込み、防寒対策は施してきたのだが‥‥レジエルだけが、なんというか、愉快な恰好をしていたのだ。
「‥‥動きにくくないですか?」
「そんなことはないですよ」
 セリシアに笑顔で返す彼は、トナカイの着ぐるみを着ていた。育ちの良さそうな顔立ちには、ちょっと似合わない。
「1日目は木を切ることに専念しねーか?」
「オレもそう思う。去年もその山道を使った訳だから、切り倒すほどの木は生えてない筈だ」
 シンとランサーのまるごとトナカイさんをまったく気にしない提案は、ザッハを驚かせた。
「確かに、距離が距離だから俺一人じゃ無理だが‥‥この人数で手際よくやれば、一日で終わると思う。ただ、通ってみないとどんな整備が必要かわからないのが問題なんだけどな!」
「整備って、結局、どんなことをするんだ?」
 ロープを張って『この先、危険!』という看板を立てる程度しか思いつかず、ユーディクスは昨日から気になっていたことを再び口にした。
「その年によるけどな、ああ、去年は崖が崩れてて土砂を運び出したけどな!」
「‥‥今年は崖が崩れていないことを祈るか‥‥。時間が惜しい、始めよう」
 伐採にはおそらくこれ以上ないほど向いているであろう、ブレーメンの名を冠された自前の斧を担ぎ上げ、ヴィグは一行を促した。

「雪が多いので大変ですね。仕事自体は思ったほど酷くはないですけれど」
 借りた手斧にオーラパワーをかけ、頭にかかる枝を切り落とすセリシア。頷きながら、自前の斧を振るうヴィグ。
 彼ら二人の効率的な作業があってか、一日足らずで枝葉の伐採は終わった。
 いや、暖を取る為のランサーの焚き火、気分転換になったアーティレニアの踊り、シンとユーディクスの地道な作業、運搬作業を引き受けたレジエルと愛馬アンティグア、どれを欠いても終わらなかっただろう。
「あんたたち、すげぇな!! 頼んで良かった、こんなすぐに片付くとは! 楽させてもらったぜ! 来年からはおやっさんには寝ててもらおう」
 不穏当な発言をしながらも、素晴らしい作業だったとザッハが全員を称える。が、冒険者の表情は複雑だ。

 どうも、本格的な作業は明日──という気がして。

●二日目、山道整備
 ──朽ち始めた倒木、
「整備か‥‥仕事柄山や森に入る事は結構あるがこういった事はあまりやった事が無いな。とりあえず、細かくして運べば良いだろう?」
「そうですね。ヴィグさん、頑張りましょうね」
 セリシアがふわりと微笑んだ。よく休めたのだろうか、疲れを微塵も感じさせない笑顔だ。倒木を運ばせる為に、二人とも自分の馬を引いてきたが、まず先に倒木を山道で運べる大きさに切らなければならない。
 朽ちかけた倒木はヴィグにとって手応えのない相手だった。適当な大きさに切った幹をロープで馬に結び、手綱を引く。単純作業である。

「‥‥どうしたんだ?」
 ザッハと一緒に『この先、危険!』の立て札を立てていたユーディクスは不意に現れたヴィグとセリシアに訊ねた。足元が数メートル崩れた危険箇所にロープを張り、離れた場所にもロープを張って、近寄れないようにしたばかりである。
「いや、倒木の中で蜂が越冬していてな」
「殺すのも忍びないですし、そこから下に滑り落とそうかと思ったのですが‥‥」
「そうだな、下手なところに置いておいても危険だからな」
 そういうことなら、と張ったばかりのロープをはずそうとしたユーディクスを、ザッハが突き飛ばした!
「うわっ!? 何するんだ、ザッハさん! 危ないだろう!?」
 ロープに足を引っかけて景気良く転倒したユーディクスは、擦りむいた鼻の頭を撫でながら怒鳴った。しかし、ザッハも負けていない!!
「何てもったいないことを言ってるんだ!! 蜂は焼いて食べると美味いんだぞ!?」
「ちょっと待ってくれ、俺は蜂を食べる為にこんなところで突き飛ばされたのか!?」
「その通りだ!」
 胸を張って断言され、思わず拳を震わせるユーディクス。
「食べてもいいから、どこか、別の場所へ行ってくれ‥‥」
「私の馬を貸しますから」
 頭を抱えたヴィグとセリシアに追い立てられるようにしてザッハは場所を変えた。盛大な溜息を吐いて、三人は倒木を運び始めた。

「次は、階段を作るぞ!」
 気合いを入れたランサーは適当な太さの木を切り倒した。岩と言うべき大きさの落石を馬やドンキーを使って山道から退かしたシンとレジエルは、切り倒された木を適当な長さに切っていく。
 落石のあった現場は勾配が急で、丸太を使った簡単な階段が必要だとランサーが主張したのだ。手間はかかるだろうが、確かにその方が安全だと、二人も手伝うことにしたようだ。
 また、この先には露出している岩に苔が生えて滑りやすくなっている箇所もあった。そちらは手すり代わりのロープを張ることにした。
「こっちはこんな感じでいいか?」
「ああ! そしたら、ここをちょっと支えてくれるか?」
 ランサーの的確な指示で、急勾配だった坂に階段がその形を現していく。
「一度休憩にしましょうか」
 レジエルがそう声をかけて、付きっきりでいられないため小さめに焚いておいた火にそそくさと近寄った。やはり着ぐるみは、普通の防寒着より寒いのだろう。
「ザッハさん、何をやっているんですか?」
「ああ、トナカイか! 食べるか、美味いぞ!!」
 機嫌良く差し出された手には、炙られた蜂が乗っていた。ザッハ自身、セリシアの馬で引いてきた倒木から蜂を取り出し、次から次へと炙って食べている。
「おいザッハ、休んでばっかりだろう? やることやってから喰えよっ」
「はっはっは、ランサーもまだまだだな! 蜂を放っておいたら危ないから食ってるんだ!」
「‥‥美味いのか?」
 当然、と頷くザッハから興味半分で蜂をもらうシン。
「ああ、意外と美味いもんだな」
「シンまで‥‥分かったよっ! 休憩!!」
 ランサーとレジエルも焚き火を囲み、アーティレニアの踊りを堪能しつつ小休止を入れた。

●そして、日は昇る──
「なんとか終わって良かったですね」
「ああ‥‥ザッハは結局、邪魔をしに来ていたようなものだったしな‥‥」
 肉体的な疲労と精神的な疲労と、どちらが大きかったかは言うまでもあるまい。
「ほれ、ほれ、喋っとらんできりきり歩かんと! 日が昇ってしまうぞ!」
 ユーディクスの背中からヴィグとセリシアに檄を飛ばすのは、どうしても自分の目で山道を確認すると言い張ったおやっさん。
 たっぷり2時間は歩いて、山の中腹に辿り着いた。
「ずいぶん丁寧に整備してもらったのう。冒険者なんぞと思っとったが、なかなか良いもんじゃな!」
「そうか‥‥気に入ってもらえたなら良かった」
 頷くヴィグは、後日丁寧な仕事に感動した村人から心ばかりのお礼が届く事など全く考えてもいなかった。
「日が昇るぞい」
 そう言って、おやっさんがランタンの火を落とした。冷たい空気に鋭さを増した紫紺の星空が、鏡面の如く凍りついた湖に映りこみ、天と地の境界がなくなる。
 やがて、視界の中央へ水平の白が現れる──一年で、一番初めに生まれた太陽だ。
 星空の中心から生まれた光は、湖面に、そして森を覆う純白の雪に反射して輝きを増していき‥‥全てを、その光の中に溶かし込む。
 風景と共に溶け込みながら、セリシアが感嘆の声を洩らした。
「‥‥きれいな景色ですね」
「ああ。ザッハさんが熱く語った事だけはあるな‥‥」
(「来年は‥‥兄さんと一緒に来れたら‥‥いいな‥‥」)
 目を逸らさず、ユーディクスも呟く──光の中に、兄の顔を描きながら。
「‥‥成る程、確かに云われるだけの事はある‥‥いや、いーモン見せてもらったぜ。これで、また一年頑張ろうって気になったよ」
 右目を覆う眼帯の中にも溢れそうな光を眺め、シンも、殺伐とした依頼では見せることのない笑みを浮かべた。
 そしてランサーは朝日に願う。

 ‥‥今年も良い年で有ります様に──