雛ちゃんの宝物

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 92 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月24日〜05月29日

リプレイ公開日:2005年06月01日

●オープニング

●冒険者ギルドINパリ
「こんにちわなのー」
 その日、ギルドを訪れたのはまだ幼さを残したジャパン人の少女だった。物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回す少女を気に留め、エルフのギルド員リュナーティアはカウンターを出ると、少女の前に屈みこんだ。
「どうしました? お仕事を探しに来たんですか?」
 仕事を探しに来たのかと尋ねた理由はその服装にあった。特徴ある黒尽くめで、ギルドでは度々見かける『忍者です!!』と主張した服装なのだ。年齢が外見で推し量れない事も、ギルド員をしていれば重々承知だ。それでも子ども扱いしたくなる何かが、少女にはあった。
 ギルド員も無意識に子ども扱いしているのだろう、ひと言ひと言ハッキリ区切って大きな声で尋ねる。少女は小さく首を傾げると、にっこりと微笑んだ。
「あのね、雛の簪(かんざし)を探してほしいの。お金もちゃんと持ってきたの」
 桜色の巾着をギルド員に手渡す。依頼料に足りるだけの金額が入っている事を確認して、カウンターに掛けるよう促した。相手が何歳であろうと、代金を支払ってくれるのであれば立派な取引相手、立派な依頼人である。
 少女は促されるままにちょこんとイスに腰掛けた。イスに腰掛けたものの、床に足が届かずプラプラしている。
「この紙に書いて欲しいことが‥‥ゲルマン語、書けますか?」
 ふるふるふる、と横に首を振る少女。慣れているのか、代筆で処理を進め始めるギルド員に、少女は雛菊と名乗った。
「雛ね、あのね‥‥大事な簪を盗まれちゃったの。だから探してるんだけどね、パリはよく分かんないから、お手伝いしてくれるお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたらいいなーって」

 うるるっ。

 目を潤ませて見上げる雛菊。愛らしい仕草に、リュナーティアの胸がきゅんと鳴った。
 ‥‥まあ、いくらギルド員の同情を買っても仕方なかったりするのだけれど。

 そして、さしたる労もなくエルフのギルド員が聞き出したことは、こんなことだった。
 それは先日、まだ日も高い昼日中のこと。
「えっと、がーどなーどさんのお家は‥‥」
 雛菊がパリでも比較的大きな店を構える商人、ヴォルフ・ガードナーの家を探している時の事だった。
ちなみに、少女は気付いていないが、ガードナー家があるのはパリの北部で、彼女が歩いていたのは南方面だったりする。
 慣れないパリで上を見上げながら歩いていた雛菊は、気付いたら柄の悪い連中に囲まれていた。
「きょろきょろしてると怪我するぜ?」
「雛に何か御用ですかぁ?」
「いいモン持ってるな、ガキにゃ勿体ネェ。貰ってくぜ」
 きゅるん、と見上げる雛菊の髪から、スッと簪を引き抜いていく男たち。ちまっこい雛菊と長身の男たちの圧倒的な身長差は、雛菊の根性ではどうしようもなかった。
「やー! 雛の簪、持ってっちゃダメなのー!!」
 ちなみに、コンパスの差もどうしようもなかった。

「雛の簪を取ったおじちゃんは、手拭いを被って、眼帯をしてたの。それで、お顔に大きい傷があったのよ。あれはきっとハーフエルフなの!!」
 頬をぷうっと膨らませて、犯人の特徴を伝える少女。ギルド員は新しい情報も仔細洩らさず依頼書に記入してゆく。
「耳が尖っていたとか、隠していたとか、それらしかったですか?」
「隠してたの。それに、ジャパンを出る時に兄様が‥‥ハーフエルフっていう悪い人たちがいっぱいいるから気をつけなさいって言ったの! 悪い人はハーフエルフなの!!」
 あまりの思い込みの激しさに、リュナーティアもつい苦い笑いを洩らした。この年頃の子供に理論で話しても通じない。改善があるかどうかは、素行の良いハーフエルフと触れる機会があることに賭けるしかない。
「雛菊さんの簪は、どのような物なのですか?」
「漆塗りの玉簪でね、雛菊の絵が付いてるのよ。これくらいの長さなの」
 ぷっくりした小さな手が示した長さは20センチ程度。
「雛菊さんが絵を書いたんですか? それとも、雛菊さんの絵が書いてあるんでしょうか」
「違うの、お花の雛菊なのー。んー‥‥これが雛菊よ?」
 懐から取り出した手拭いに刺繍してあるのは、薄いピンクの──
「ああ、デイジーのことですか」
「雛菊なの」
 ジャパン独特の呼び名というのは厄介なものね、とギルド員は内心で苦笑い。
「では、依頼の内容は、デイジ‥‥いえ、雛菊の絵の書いてある玉かんざしを取り返して欲しい、でよろしいですね」
 うんと頷く依頼人を確認してから、依頼は掲示板に掲出された。

 ──依頼書には『デイジー』と記されたのだが。

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea2005 アンジェリカ・リリアーガ(21歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9412 リーラル・ラーン(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

シルバー・ストーム(ea3651

●リプレイ本文

●雛ちゃんと自己紹介
 ギルド員リュナーティアに紹介された依頼人はどう見ても7〜8歳のジャパン人の少女だった。
「おいらマートって言うんだ、マーちゃんて呼んでおくれ。キミの名前は何て言うのかな?」
 自分より更に背の低い少女に笑いかけながらマート・セレスティア(ea3852)が尋ねた。黒い髪の少女はきゅるんと大きな瞳でマートを見上げ、瞬きをする。
「まあちゃん? ええと、雛は雛菊っていうのよ。雛って呼んでもいいの〜」
 じーっと居並ぶ冒険者を見上げ警戒する雛菊へ、大切そうに猫を抱いたセフィナ・プランティエ(ea8539)の精神攻撃♪
「まあ、何てお可愛らしい方なのでしょう! ジャパンからいらしたのですか? まだお小さいのにお国を離れてお暮らしだなんて、ご立派ですわねぇ」
『にゃ〜‥‥』
 抱かれることにまだ慣れていない猫が情けない声で鳴くと、雛菊は恐る恐るその喉を撫でた。
「猫さん、なんていうの?」
「レーヌと言います。よろしくお願いしますね」
「レーヌ、可愛い」
「けど何の用事でわざわざ遠路遥々来たん? それに小っさいからて大事なモン取られるやなんて難儀やわなぁ」
 自己紹介をしたミケイト・ニシーネ(ea0508)が雛菊の隣にしゃがみ、同じ目線で尋ねた。ぷぅ、と頬を膨らませる雛菊。
「雛は忍者なの! 忍者はお仕事を教えちゃダメなのよ!! だから秘密なの」
『それにしてもこんな遠くまで‥‥雛菊はもう一人前だな』
 耳に馴染んだジャパン語で語りかけそっと頭を撫でてきた双海 一刃(ea3947)を見上げ、撫でる手をきゅっと握る雛菊。
『一刃お兄ちゃんは雛の兄さまみたいなの。兄さまもそうやって、雛を撫でるの』
 幼い雛菊、異国の地を踏んでさほど時間は経っていないはずだが‥‥やはり心細かったのだろう。嬉しそうに笑う雛菊へ宮崎 桜花(eb1052)もジャパン語で語り、微笑んだ。
『初めまして、同じジャパン出身の宮崎桜花って言うの。桜花って呼んでね』
『桜花お姉ちゃんなの? 雛は、菊花っていうの。でも内緒なの』
 言ってしまっては内緒もなにもないが、ジャパン語であったため桜花と一刃にしか通じなかったようだ。
「雛菊さんはパリに来たばかりなんですよね? 案内しますから一緒に聞き込みをしましょうか?」
 髪で耳を隠したフィニィ・フォルテン(ea9114)、月のように静かに微笑んで雛菊を誘(いざな)った。
「そうだね、雛ちゃんの宝物の簪(かんざし)を探して‥‥それから犯人探してとっちめないと、ねっ♪」
 三角の帽子を被ったアンジェリカ・リリアーガ(ea2005)はにんまりと笑ってきゅっと拳を握る。豊かな金の縦ロールが揺れた。

●雛ちゃんのためにできること〜その1
「まずはその簪取ってった柄悪そうな犯人の情報収集やな」
 羊皮紙に描かれた似顔絵を見るミケイト。
 顔に傷のある男について雛菊から詳しく聞き出し、雛菊の言葉を元にしてリーラルの描いた似顔絵。
 男の年齢は30代前半といったところか。左のこめかみから頬を抜け顎まで縦に走る傷跡が目立つ。
 筋肉質な体型で、肌は白く髪は金茶、瞳は青。
 そして手拭いを被り、眼帯をしていた。
「はいはーい☆ 雛ちゃんの話だとどうもパリの南方面って感じがするのよねっ。南といえばエチゴヤに港に冒険者ギルドってロクでもない人たちが集まる場所がいっぱいあるし、その辺がポイントかもっ!」
 アンジェリカは元気を溢れさせながら勢い良く挙手☆
 南に柄の悪い者が多いとかあまり品の良くない施設が多いとか、そんな事実は無いのだが‥‥道に迷った雛菊が男たちに絡まれたのは確かに南方面。
「頭に布を巻いて、眼帯で、顔に傷がある‥‥って『解り易い海賊ルック』だと思うんだけど☆」
「そしたらやっぱり海賊船かな?」
 何時の間に買ったのか串焼きを頬張りながらマートが首を傾げた。
「海賊船? ドレスタットでもあるまいに‥‥思い込みや先入観は良くない、調査漏れの出る原因だ」
 一刃が呟く。普段何気なく歩いているパリの街、しかしそこは決して狭い街ではない。調査漏れが起き、一から調べなおすには途方も無い労力が要されるのだ。
「そやな。何度も調べなおすのも面倒やし、不確定情報はやめとこか」
 にぱっとミケイトが笑った。
 まずはシルバー・ストームのサンワードで得た『パリの南方面に犯人がいる』という確定情報を手に、情報収集開始だ。

●雛ちゃんとゲルマン語
「それじゃ雛菊さんは、私とフィニィさん、桜花さんと一緒にパリを歩いてみましょうね」
「雛、頑張って簪とりかえすのっ」
 にっこりと雛菊に微笑んだリーラル・ラーン(ea9412)は、気合いを入れた途端にバランスを崩し転びかけた雛菊を咄嗟に支えた。
「雛菊さんは、私のドンキーに乗りましょうね」
「これ、ドンキーじゃないのよ。驢馬っていうの。リーラルお姉ちゃん、ちゃんと覚えなきゃ『メッ!』なのよぅ?」
 お姉さんぶってメッ、と顰(しか)め面を作ってみせる小さな雛菊にリーラルは驚いた。
「そうなんですか? ずっとドンキーだと思ってました‥‥アイスはドンキーじゃなくて、驢馬だったんですね」
「あの‥‥そうじゃなくて‥‥」
 僅かに頬を引きつらせ、フィニィはおずおずと注意しようとするが盛り上がってしまった二人は止まらない!!
「ドンキーは金鎚とかのことなのよ」
「雛菊さんは物知りですね〜」
 間違った異文化交流発生!!
 それは鈍器‥‥と桜花、脱力。ハーフエルフであるということを隠すため『まるごと猫かぶり』を着ようか悩み続けている友人のフィニィと視線を交わし、小さく溜息を吐いた。
『あのね、雛菊ちゃん。ノルマンでは驢馬をドンキーと言うの』
『‥‥雛、難しいことわかんない』
 どうやら雛菊のお守りは予想以上の大仕事のようである。

●雛ちゃんのためにできること〜その2
「ミケイトさん、雛菊の花ってデイジーでしたわよね」
「ん、そう聞いてるけどな」
 ちらりと一刃に視線を送ると、その視線に気付いた一刃が頷いた。
「‥‥これではありません?」
 情報収集の為にふらりと立ち寄った古売屋に並んでいた、漆塗りの簪。
 一本の長い棒に団子のような玉がついている。そこに描かれているのは、真っ白いデイジー。
 手にするとずっしりとした重量感がある。
「この簪はおいくらですの?」
「ジャパンからの珍しい品だからな、10Gでどうだ?」
「10G!?」
「今どきの冒険者にゃ安いくらいだと思うがな」
 明らかに相手を見てから吹っかけている。冒険者が数人いれば、駆け出しでもない限り、所持金を合わせれば10G程度は持ち合わせている。
 そもそも、犯罪者の命を助けるために5Gという決して安くない金額をポンと払える剛の者がずらりと揃っていると、治安の良くない界隈では静かな噂になっている。
「10Gは高いと思うけどなぁ」
 物珍しそうに簪を眺めるマート。店内には明らかに盗品だと思わせる品がちらほら見受けられる。
「そのデイジーの簪をお持ちになった方は‥‥顔に傷のある男性でしょうか?」
「悪ィね、こちとら信用第一なんだ」
 首を傾げるセフィナの視線をニヤリと笑って受け流す。古売屋である以上、誰かから購入したものであることは事実。
 しかし売主の名を明かすことはできないと店主は主張する。
「その気持ちは解らんでもないんやけどなー。騎士団や自警団の前でも守り通せるもんやろね?」
「解った解った、こちとら脅されてまでハーフエルフを庇うほど暇でもねえしな」
 ミケイトから受け取った金貨をさっと懐に隠し、古売屋は肩を竦めた。
「ハーフエルフだけでツルんでるヤツらがいるんだ。ゴロツキって程でもねぇ、強いて言うならチンピラだな」
 何が違うのでしょう、と真剣に悩むセフィナと反対に、キラーン☆ と目を輝かせるアンジェリカ。
「それだけ解ってれば、そいつらが何処を根城にしてるかも解るわよね!?」
 少女に詰め寄られ辟易とした店主から、治安が悪いとされる区画のとある通りの名を聞きだし、冒険者たちは店を出た。
「おいらお腹空いちゃったよ」
 パン屋から流れてくる香ばしい香りに鼻をヒクヒクと動かし、マートがぼやいた。握っていた細い棒をポーンと頭上に投げる。
「キミ、さっきから食べてばっかりだよね。あたしの方がお腹すいてもおかしくないと思うんだけどな〜‥‥って、その簪!?」
「ん? あ、返し忘れちゃった♪」
 落ちてきた細い棒には丸い玉がついていて、その姿は先ほど店内で見た玉簪と全く変わりなかった。
 悪びれずに言い放つマートに、セフィナがふう‥と溜息を吐く。
 相手が相手ですし‥‥見逃すのは今回だけですわよ? と堪えきれずパン屋に駆け込んだマートの背に説教じみた呟きを投げかけた。

●雛ちゃんとウサギさん
「リーラルお姉ちゃんは、なんでウサギさんなの?」
 リーラルのドンキー・アイスの背に揺られ、セフィナから預ったレーヌを撫でながら、雛菊は疑問を口にした。まるごとウサギさんを見下ろしながら、リーラルは首を傾げる。
「可愛くないですか?」
「可愛いけど、何でウサギさんなのって思ったの」
「猫かぶりやメリーさんでなく、まるごとウサギさんを着た理由を知りたいみたいです‥‥」
 桜花が苦笑しながら小さく呟いた。雛語はどうも癖が強い。
「雛ちゃんが喜んでくれると思ったのですけれど‥‥脱いだ方が良いですか?」
 ぷるぷるぷる、と首を横に振る雛菊。
「可愛いからそのままでもいいのよ〜?」
「着ぐるみがお気に入りなのでしたら、私も猫かぶりを着ましょうか? 雛菊さんもジャパンで見たことがありますよね?」
 フィニィが尋ねると雛菊は頬を上気させて頷く。いそいそと着込むフィニィ。
「似合います?」
「可愛いの〜♪」
 ぱちぱちぱちと小さな手を叩く雛菊。そしてお約束の如くバランスを崩してドンキーから転がり落ちる!
「雛菊ちゃん!!」
 咄嗟に抱きとめる桜花!!
「吃驚したのー」
「大丈夫、雛菊ちゃんは私が守ります」
 自分と同じく花の名を持つ朋友の言葉に、しっかりと抱きついた雛菊はありがとなの〜と嬉しそうに頷いた。

●雛ちゃんのためにできること〜その3
「さて‥‥この通りのはずだが」
 一刃は忍者特有の冷徹な瞳で周囲を斬るように見渡す。確かに、一刃へ雛菊が口にした『三角屋根の家が見える樽がいっぱいおいてあるところ』ではあった。
 雛菊のヒントはどれもこれも当てにならない。
 そこへ待っていたかのように酒場から姿を現す3人組。
「あっはっは! いい金になったな!!」
「警戒してない方が悪ィのさ」
 かなり酔っているのだろう、3人とも足元がふらついている。
 そして、リーダー格の男には‥‥縦一文字に走る傷。そしてバンダナからこぼれた特徴的な耳。
「絶対にあの男だよね」
「本当にハーフエルフだったんだ」
 マートとアンジェリカが小さく言葉を交わす。その言葉が耳に届いたのだろう、男たちも一行に気が付いた。
「ハーフエルフで悪かったなぁ?」
「嬢ちゃんもこんな場所に来て、どうなっても知らネェぜ」
 アンジェリカの大切な三角帽子へ手を伸ばす男。咄嗟に高速で呪文を詠唱するアンジェリカ!!
「話を聞かない人にはライトニングアーマーの刑っ!!」
「ぎゃああ!!」
「このガキ!!」
 強烈な電光を受け怯んだ男に足払いをかけるマート! 掴みかかる二人目の男の手から逃れ、一人安全圏へ移動!
「ここから応援してるね」
 パンを取り出し物見気分☆
「雛菊だけでは飽き足らず‥‥か。救いようがないな」
 右手に握ったダガーをかわされても顔色を変えない一刃。本命の左手で脇腹への痛烈な一撃!!
「ぐほっ!!」
 傷の男は呻き声を上げながら意識を手放した。
 そしてパラのマントで身を隠していたミケイトが最後の1人の眉間へスリングの一撃を見舞う!
 所詮は酔いの回ったチンピラ、冒険者の相手ではない。
「あんたらみたいのがおるから、いつまでたってもハーフエルフが好かれへんのや! 気のええヤツもおるっちゅーに‥‥」
「見合った理由がある者もいる、ということか」
 憤慨の中に寂しさを滲ませ、ミケイトはハーフエルフたちを一瞥した一刃と共に捕まえた3人を引っ立てた。
 犯人の確保は依頼ではない。雛菊に会わせるよりも、しかるべき所へ突き出し、しかるべき裁きを受けさせることを選んだのだ。
「子供を取り囲んで窃盗だなんて‥‥恥を知りなさい!」
 キッと睨み、セフィナは3人の更生を母セーラへ祈った。

●雛ちゃんの宝物
「雛はんの宝物、これでええんやろか?」
 ミケイトが確認の為に玉簪を雛菊に見せた。
 ──ぱああっ!!
 花が咲くように、日が昇るように、雛菊の瞳が輝いた。
「これなの! 雛の宝物なの!! 雛のなのっ、ありがとなのよ〜」
「お手柄はマートやねんけど」
「まあちゃん、どうもありがとなの〜」
 ぷにっとした小さな手には大きな玉簪をリーラルへ預け、慣れた手つきで器用に髪を纏め上げる。
「大事な大事なものなのですね‥‥」
 妹を見るように優しく微笑んだリーラルが少女の髪に簪を挿す。
 高価な人形にも負けない、可愛い雛菊の出来上がりだ。
「お似合いですわ。ねえ、レーヌ」
『にゃあ』
 相好を崩したセフィナとタイミング良く鳴き声を上げる愛猫レーヌに、少女は照れて頬を染めた。
「これでお別れなんてこと、ないよね?」
「雛、まだお仕事してないから、しばらくはパリにいるのよ。だからきっと、また桜花お姉ちゃんと会えるの」
 抱きしめられ、嬉しそうにほにゃっと笑う雛菊。
 正体を隠しとおしたフィニィも、少し寂しげに微笑んだ。
「困った時はいつでも呼んで下さいね」
「うん、フィニィお姉ちゃん大好きなの。雛、またお歌聴きたいの」
 月光の歌い手がよほど気に入ったのだろう、歌をせがむ雛菊にフィニィは再開の約束を織り込んだ歌を送った。

♪小さき雛菊 千々に揺れ
 悲しみ纏う 事有らば
 風を遮る 覆いと成りて
 共に笑おう 安らぎの時♪

 相手を想う心が、流麗な旋律に乗って聴く者の心を共鳴させる。
「雛菊ちゃん、今度はお仕事じゃなくて会えるといいね☆」
 アンジェリカが右手を差し出すと、慣れぬ風習に戸惑いながらも雛菊も小さな右手を差し出し、きゅっと握った。
 そんな小さな小さな少女へ、唯一抱く疑問。

 ──忍者と呼べるほどの仕事ができるのだろうか。

 ‥‥できなければギルドに依頼が掲示されるのだろうな、と思いながら雛菊の頭を撫で、一刃はしばしの別れを口にした。
「またな、雛菊」
「うん、一刃お兄ちゃん。みんなも、またね〜?」
 大きく手を振り去る雛菊。
 明るい笑顔を振り撒きながら、ポテッと転んだ。ころん、と転がる宝物の玉簪。
「雛菊ちゃん!?」

 ──この珍客と再び会う日は、そう遠くなさそうである。