うさうさ☆パニック 〜ナンバーズ〜

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月09日〜06月15日

リプレイ公開日:2005年06月17日

●オープニング

 ──円らな瞳。
 ──触れずにはいられない柔毛。
 ──特徴的な長い耳。

 臆病な性質ではあるが、触れることが容易でないからこそ‥‥焦がれるのだ。
 その獣の名は、ウサギという。

 多くのものを魅了してやまないウサギであるが、ここにもウサギに魅了された者──者たち、というべきか、魅了された村がある。
 堰に巣穴を掘られ決壊の危機を迎えようとも、ウサギと共に生きることを選んだうさフェチたちの住まう村。

 そんな村に、新たなる杞憂が発生していた。

「またウサギさんが怪我をしているわっ」
「これで何匹目? なんだか巣穴にいるウサギさんも減っているような気がするわ」
 新たなウサギの住処として選定し、提供した小高い丘。
 時々長い耳をぴんとたてて姿を見せる姿を遠巻きに眺める日課の女性たちが、先にソレに気付いた。
「「きゃー!! 可愛い〜っ!!!」」
 顔を出したのは、青白い電光を纏い寄り添う2羽のウサギ♪
 うさフェチ永遠の憧れ・ライトニングバニー様、御降臨!!
 どこか神秘的な輝きに魅了された女たちの眼前で、その悲劇は起きた‥‥
 ──バチバチバチッ!!
 ライトニングバニーに近付いた淡茶の子ウサギ、電光に触れ僅かに焦げたような異臭を漂わせた。
 ウサギに夢見る女性たちも、流石に事態に気付いた。
 ライトニングバニーは電光を纏っている。それが巣穴に住み着いたということは‥‥ウサギたちの危機!!
「でも‥‥ライトニングバニーは、西の岩山に住んでいるのよね?」
「‥‥こんな所に潜り込むなんて‥‥何かあったのかしら」
 悩む女性陣の眼前で、バチッ!! と電光が散った。とさ、っと倒れる子ウサギ。
 ライトニングバニーはつがいなのだろう、慣れぬ土地・慣れぬ巣穴で片時も離れることなく寄り添っている。
 バチッ、バチッ! と周囲に弾ける電光が他のウサギに身を寄せることも許さず、弾ける青白い煌きが物悲しく薄れ──消えるまもなく次の電光が弾けた。
「このままじゃ‥‥ウサギさんもライトニングバニー様も不幸だわっ!! 何とかしないと!」
 女性たちは顔を見合わせ、一路、村へと駆け戻った。


「‥‥で、岩山の様子を見に言ったら‥‥何だか死臭が漂っていて、それに惹かれたらしい死肉喰らいのヴァルチャーが何羽も空を舞ってるんだ。あれじゃライトニングバニーじゃなくったって逃げ出すよ」
 ギルドの受付で、村の青年は遣る瀬無く溜息を吐いた。
 リュナーティアは依頼書に視線を落とした。この青年の落ち込み様、まるで肉親が生死の境を彷徨っているかのようだ。悲壮感溢れる様相は確かに同情を禁じえないのだが‥‥たかが野ウサギというのは、エルフのリュナーティアにはともかく、一般の冒険者にどこまで通じるものなのか。
「ところで、ヴァルチャーの色は確認されていらっしゃいますか?」
「いや、逆光だったから判らないよ。でもヴァルチャーだから茶色なんじゃないかな」
 今のパリで『色』にどれだけ重要な意味があるか、ギルドに関わらない一般人は知らない。
 数日前、怪盗によってもたらされた情報──カルロス伯爵に繋がるかもしれない重要なアイテム、『婚約指輪』を持ったインプが『白い動物』に擬態して逃走しているという事実。
 そして何故か『白い動物』を生け捕りすることに拘った怪盗の仲間。
 嫌なものを感じながらも書き上げた依頼書、危険を孕んだその依頼を掲示すると‥‥『アンデッドを呼ぶ男』という不名誉な称号を背負うラクス・キャンリーゼが興味を示した。
「死臭? アンデッドか!! なら俺に任せろ!」
「慢心は油断を生み、いつか跳ね返ってきますよ?」
 呆れ果てたのはレンジャーのカルロ・ハイゲン。最近ラクスに懐かれている不遇なスクロール使いだ。
「カルロも行くぞ! アンデッドとの戦いを教えてやるからな!!」
「君から学ぶことがどれだけあるかは疑問ですけれどね」
 肩を竦めるカルロは、それでも拒否は口にしなかった。
 諾、と受け取りラクスはまたしてもアンデッドが関わっているかもしれないその依頼をかき回しに‥‥いや、アンデッド殲滅に乗り出したのだった。

●今回の参加者

 ea2792 サビーネ・メッテルニヒ(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea7431 フィソス・テギア(29歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea8586 音無 影音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9344 ウォルター・バイエルライン(32歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)

●サポート参加者

トール・ウッド(ea1919

●リプレイ本文

●一路、村へ──
「問題なのは、ヴァルチャーの色が何色か、ですわね」
 日を追うごとに強くなる、しかしまだ柔らかさを残した陽光を浴びながら、サビーネ・メッテルニヒ(ea2792)は頬に手を当て首を傾げた。切りそろえられた髪が重力に流されさらりと揺れる。
「そうね。ただでさえヴァルチャーは空を飛ぶから厄介なのに、インプなら通常の武器は効かないし」
 何時でも抜けるように準備してあるブレーメンアックスを無意識に撫でながら、フィーナ・アクトラス(ea9909)も微笑みに困惑を滲ませた。
 もっとも射撃クレリックの異名をもち、最近はミミクリーで間合いを伸ばすことも覚えたフィーナである、相手が飛んでいたところで戦法に変わりはない。
「通常の武器が効かないなら気合いで攻撃すればいい!」
「相変わらずアンデッドに縁があるようだな、ラクス殿‥‥」
「縁があるんじゃない! アンデッドが俺を呼んでるだけだ!!」
 それを縁があるというのだ、とフィソス・テギア(ea7431)は溜息を1つ。氷の彫像を思わせる銀の髪が陽光を跳ね返し、涼やかな彩りを放つ。
 尚もおバカなことを力説するのは初夏の陽光よりも熱い、むしろ暑苦しい男、ラクス・キャンリーゼ。抜き放った剣で宙を斬る!
「ズゥンビもインプも同じようなもんだ!! 俺に任せて置け、見てろよカルロ!」
「暫く見ねぇうちにずいぶんと慢心しているようじゃねぇか」
 にやりと笑い、手にしたシールドでラクスの剣を軽くいなすのは名指しされたカルロ・ハイゲンではなく、アール・ドイル(ea9471)だ。
「やめましょう、アール殿が本気をだせば無事ではすみませんよ。真剣に手合わせをするなら、全てが終わった帰り道にしてください」
 アールと初めて共に依頼を受けてから半年が経過するウォルター・バイエルライン(ea9344)には、彼のその肉体、そして戦闘技術共に以前より磨きがかけられているように見受けられた。
「まあ‥‥好き好んで血を流すなら‥‥あたしは、止めないけどね‥‥」
 くすくすと小さく笑う音無 影音(ea8586)、むしろ血の奏でられる事態は歓迎‥‥などとは流石に口にしなかった。
「止めないんじゃなくて、むしろ喜ばしい‥‥と顔に書いてありますよ、影音殿」
「あ‥‥やっぱりバレた‥?」
 ウォルターと影音の付き合いも半年に上る。もういい加減、顔色の1つや2つ、3つ、4つくらいは読まれてしまうだろう。
「無用な流血沙汰は遠慮したいなあ」
 上品な顔立ちに苦笑を浮かべたルティエ・ヴァルデス(ea8866)、血生臭い会話からさらりと話題を逸らした。
「それにしても、またまたうさぎさん達の危機なんだね。早く岩山の掃除をしてライトニングバニーさんを無事元の住みかに帰して上げないと、ね」
「ウサギ‥‥か。ネコも良いが‥‥あれも良いな‥‥その‥‥ふわふわしていて‥‥」
 小声で呟いたフィソス、サビーネと目が合い恥ずかし気に視線を逸らした。
「うふふ、カワイイですし見てるだけで癒されそうですわよね♪」
「そ、そうだな‥‥できれば、その‥‥触れられれば、きっと、もっと‥‥」
 サビーネの言葉にそっぽを向いたまま慌ててこくこくと頷くフィソス。正面に回れば、彼女の想い人も見たことのない赤面して恥らうフィソスが見られたことだろう。
「勇気を出して先行してくれたけれど、スィニエーク君‥‥巧くやってくれているといいね」
 青い空に浮かんだ白い雲を見上げてルティエは呟いた。

●ライトニングバニー、説得‥‥?
 ルティエが見上げる空と繋がった、同じ色の空の下でスィニエーク・ラウニアー(ea9096)が孤軍奮闘していた。
「あの‥‥あの、ウサギさんたちの為に‥‥す、少し手伝ってもらえないでしょうか‥‥」
 セブンリーグブーツを用いて先行したスィニエークは、村人とライトニングバニーの説得を買って出ていたのだ。ハーフエルフゆえに引っ込み思案になってしまっていた彼女にとって、それは大きな一歩だった。
「ああ、この間も来てくれたお姉ちゃんか。そんな黒尽くめで暑くないかい?」
 ハーフエルフであることを隠すため、目立たぬよう黒尽くめのローブを身に纏い、普段からフードを目深にかぶっているスィニエークの姿は村人に印象強かったのだろう。
「えっと、はい‥‥少し‥。‥‥あの、そうじゃなくて。ウサギさんたちが、ライトニングバニーさんからの‥‥ダメージを、受けなくてもすむように‥‥」
「うーん、内容にも拠るけどな」
 ライトニングバニーを抱いて運べと言われれば、いくらウサフェチな村人でも断るだろう、当然である。
 スィニエークが頼みたいことは、ズゥンビの死体‥‥と言っては語弊があるだろうか、倒した後のアンデッドの片付けである。アンデッドでなかったとしても、死体が転がっていては『死肉喰らい』ヴァルチャーがいつ飛来しないとも限らない。
「少しでも早く、綺麗に片付けた方が‥‥ライトニングバニーさんたちも、早く家に帰れると思うんです‥‥その方が、皆にとって幸せだと思って‥‥」
 緊張に身を強張らせながら噛み締めるように話すスィニエークの言葉に村人が頷くまで、長い時間は必要なかった。
 しかし、説得に苦しんだのは村人ではなくライトニングバニーである。
「えと‥‥確かイメージを伝える様にすれば‥‥」
 警戒心を顕(あらわ)にするライトニングバニーたち。警戒心を解くために根気強く味方であるイメージを送り、ウサギたちが困っていることを伝える、までは良かったのだが。
 それぞれに理解を示したものの、木箱へ入って移動することは頑として拒否するのだ。
 ウサギたちと違い、餌付けもされていない、純然たる野性の獣、愛らしくとも一般人からはモンスターと呼ばれる存在である。木箱の中に柔らかな草を敷いてみたところで、岩山というライトニングバニーの生息環境とは似付かない。
「無理やり、というのは‥‥やりたくありませんし‥‥」
 やがて努力が実を結ぶことなく魔力が尽き、スィニエークは溜息を吐いた。
『──?』
 見上げるウサギに疲労感の滲んだ笑みを向け、ウサギの巣穴のある丘で、ウサギを抱えて夜を過ごすことにしたのだった。
 翌朝、遅れてきた仲間たちに起こされ、サビーネにルティエ、そしてフィソスや村人たちにまで嫉妬されてしまったスィニエークであった。
 そして兎を見て色めき立つ2羽の猛禽類。宥めるように鷹へと語りかけるウォルター。
「君をココで出す気はありませんよシュトルム。ココの兎は君の餌ではないんです」
「そうだ! こんな美味そうな兎は俺が食う!!」
 ラクスの頭を無言で叩くフィーナとサビーネ。それでは依頼失敗である。突っ込みたかったアールは自分の鷹を宥めることだけで精一杯の様子だ。
「餌なら来る迄の間に好きなだけ狩に行かせたでしょう? それだけでは不満ですか?」
「俺が食わねぇんだ、お前も食うんじゃねぇ!」
 飼育の仕方も人それぞれである。何はともあれ、兎の生命は脅かされはしたものの、幸運にも奪われることなく出発に漕ぎ着けた。

●腐臭漂う岩山、頭上より襲い来る影──
 ライトニングバニーを運ぶことはできなかったものの、ルティエが声をかけた女性が3名、そしてスィニエークに助力を乞われた男性が2名、手伝いの為に同行した。
「これ以上進むと危険かもしれないから、ここで待っていてくれるかな? 片がついたら呼びに来るから」
 にっこりとルティエに微笑まれ、頬をそめる村娘たち。乞われるままに彼の馬やフィーナのドンキーを預かってくれた。

 そして、岩山に踏み込むと‥‥探すまでもなく姿を見せたのは2体のズゥンビ。夏が訪れたためか、腐臭がいつも以上に鼻を突き刺す。そしてその腐臭に惹かれるように飛来したヴァルチャーが3羽。
 武器を抜くのはフィソス、アール、ウォルター、ラクスの3人。そして呪文の詠唱を始めるサビーネ、ウォルター、ルティエ、スィニエーク!
「だから俺に任せろって言ってるだろう!」
「集中せねば、足元を救われるぞ」
「──オーラボディ! フィソスさんの言うとおりです。自信を持つ事は結構ですが、己の力量を過信すると思わぬ所で足元を掬われますよ」
 淡いピンクの光に身を包み、呆れたように窘めるウォルター。ズゥンビと戦いながらの会話としてはずいぶん余裕が感じられる。しかし彼らの実力であれば体力だけが有り余るった愚鈍なズゥンビ、しかも自分たちの半数以下の2体程度──ほとんど傷を受けることなく退治することができるだろう。
「──ホーリーフィールド! これでズゥンビもヴァルチャーも、そう簡単に手は出せませんわ」
 サビーネの作り出した聖なる結界が後衛の仲間たちの上に覆い被さる。
 ほぼ同時に、飛来したヴァルチャーがスィニエーク目掛けて爪を繰り出す! しかし結界に阻まれ再び中空へ舞い上がる!
「ウサギさんたちの、平穏のために‥‥ごめんなさい。──ライトニングサンダーボルト!!」
 普段よりも力強い雷光が上空のヴァルチャーへ襲い掛かる!!
 そして1体のズゥンビに対して2人の冒険者が押さえ込みにかかった! フィソスとラクスで1体、アールとウォルターで1体‥‥確実に、剣はアンデッドの体力を奪ってゆく。
 一方、ヴァルチャーも諦めるわけではない。
「‥‥囮になってくるね‥」
 自ら結界を踏み越えた影音へ、ヴァルチャーたちが狙いを定める!!
「ごめんね、影音さん」
「クス‥‥大丈夫、フィーナ‥‥。痛いのは、嫌いじゃないから‥‥」
 爪を振るうヴァルチャー! スリングから放たれた礫(つぶて)がヴァルチャーを捕らえる!!
 その姿は、3体とも同じ色‥‥大きな黒い翼に白い頭部、黄褐色の細い足と曲がった嘴。インプではない、ただのヴァルチャー!!
「インプじゃないわ、遠慮は要らないわよ!!」
「遠慮する余裕があれば良いんだけどね」
 自らにオーラパワーの魔法を使用したルティエも流血を覚悟して結界から踏み出した!
 急降下し爪を振るおうとするヴァルチャーへ、肉を切らせて骨を絶つ覚悟で日本刀を振るった!!
『──!』
 翼を傷つけられ、聞き取れぬ叫びを上げるヴァルチャー! 高く舞えぬヴァルチャーへ、フィーナがとっさに投げたのはブレーメンアックスだ!!
「私はこれでも遠慮してたのっ!」
 容赦なく、渾身の力をこめての投擲!! ヴァルチャーは、大地へ堕ちた!
 鞘へ戻した日本刀で、舞うことを許されぬヴァルチャーへルティエから打撃攻撃!
 文字通り骨を断たれ、ヴァルチャーは息絶えた!!
 死体から視線を逸らし見上げた先には、尚も舞う2羽のヴァルチャー! そこへスィニエークの雷光が次々に見舞われる!!
 逃げようとした2羽のうち1羽は遠方へ墜落し、1羽はそのまま姿を消した。
「たく、ズゥンビごときじゃ暇つぶしにもならねぇ」
「彷徨える屍よ、在るべき場所に還れ! ──ピュアリファイ!!」
 ほぼ同時に、フィソスの魔法でズゥンビが崩れ落ちた! それを最後に、地上の掃討も終了したようだ。
「村人さんたちを呼んで、片付けを手伝ってもらわないとね」
 ルティエは休むまもなく歩き始めた。
「スィニエークさんは休んで。まだ、ライトニングバニーに話してもらわないといけないことがあるものね」
 サビーネは木陰へ毛布代わりに防寒服を敷き、功労者スィニエークに休息を勧めるのだった。

●そして、日常へ‥‥
「んじゃ、もう何の気兼ねもなくやれンな?」
 村を出てパリへ戻る道すがら、アールがウォルターに視線を送った。止めても聞かないだろうと諦め、肩を竦めることで了承を示すウォルター。と同時にラクスがアールに襲い掛かる!!
「もらったぁっ!!」
「甘ぇな」
 シールドソードできっちり受け止めるアール! 続けて振るわれた剣を受け流しながら斬り返す!!
「っくぅっ!?」
「ラクス!!」
「邪魔すんな!!」
 左腕を大きく斬られ跳び退るラクス! 吹き上げる血に影音は小さく口元を歪める。反射的にスクロールを広げるカルロへ怒声を浴びせ、剣を握り直す。
 じり、と退治するアールとラクス。
「‥‥たああっ!!」
 右手で愛剣を握り、影音を真似て懐へ飛び込むラクス! 全員が彼らに気を取られていたため、反応が遅れた。
「‥‥増長してるのは君も同じだろう、アール君」
 そっと背後へ忍び寄りアールの肩口へ日本刀を突き立てるルティエ。その髪は逆立ち、瞳は血の色に塗れていた──吹き上げる血を見て狂化してしまったのだ。
「てめ‥‥!」
 アールの攻撃は問題なく当たるだろう。しかし、自分よりは技術的に劣るもののルティエの攻撃を避けきることもできない──そう冷静に状況を読み解くアールの瞳にも、冷たい炎が宿った。
 ラクスより手応えのありそうなルティエへ冷めた本能のままに剣を振るう!!
「ルティエさん!! アールさん!?」
 フィーナが叫ぶ。しかし二人‥‥いや、三人は止まらない!! 止めようと割って入った影音、ルティエの一撃を避けきれず‥‥肉の切れる感触が体の内から伝わり、頬を緩めた。
「いいね‥‥もっと、斬る?」
「ほう、言ったな‥?」
 サディスティックな嘲笑を浮かべるルティエとマゾヒストな喜びに身を浸す影音。そして引くことを知らないラクスとアール‥‥!
「‥‥やめて、ください‥っ」
 スィニエークが小さく震えながら振り絞った声も、彼らの耳には届かない。
「アール殿は私の手に余るんですけれどね」
 近接戦闘を行わないスィニエークを背後に庇いながら、万一に備え剣を構えたウォルターはカルロに鋭く声をかけた。
「カルロ殿! スリープのスクロールはお持ちではないですか!?」
「あります、少々お待ちください」
 バックパックを下ろしてスクロールを漁るカルロ。やがて発掘されたスリープのスクロールがアールとルティエを眠りに就かせたときには、4人の血塗れの冒険者が出来上がっていた。
「男ってどうしてこうもみんな馬鹿なのかしら」
「あたしも‥男扱い‥?」
「あら、影音さんは止めに入ったのですから無関係ですわ」
 苦笑する影音へきっぱりと言い放ってメタボリズムを唱えると、サビーネは嫌悪感を隠さずに男性陣を見た。
「お陰でウサギさんのぬくもりも吹き飛んでしまいましたわ! まあ、死人が出なかっただけ良しとしておきますけれど」
 サビーネを背後に庇っていたフィソスは、自分の無力を悔いた。
「無傷でとめる術がなかったか‥‥道中すら油断はするなということか」
「失敗から学べばいいのよ。次からは対策をしっかり練りましょう」
 ハーフエルフの狂化を甘く見ていたと、フィソスとフィーナが小さく交わした言葉は、仲間の狂化へ静かに涙するスィニエークに届くことなく、初夏の風に吹き消されたのだった。