奪われし幼生

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 36 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月26日〜07月05日

リプレイ公開日:2005年07月06日

●オープニング

「きゃあああっ!! あなたっ! あなたぁっ!!」
 その絹を裂くような悲鳴は、パリの南西に位置するシュティール領の商家から響き渡った。夫を呼びつける金切り声は子供部屋から発されているようだ。
 駆けつけた主人はベッドに触れた。主を失い冷たくなったベッド、そしてそれを覆う天蓋。
 天蓋では、ダーツで留められた一枚の羊皮紙が風に煽られ、揺らめいていた。

 温かき紅か、冷たき紅か
 貴殿の真実の宝を選ばれよ。
            ──水蠍

「くそ、ハーフエルフどもめ!! その腐り切った性根、所詮は神に叛いた者どもかッ!!」
 憎々しげに吐き捨てる。温かき紅、それはふわふわとした赤毛の愛らしい一人娘、愛娘のことだ。
 荒れる夫の姿に少しずつ落ち着きを取り戻した夫人は、夫以外の誰の耳にも入らぬよう小さく呟くように囁いた。
「‥‥あなた、家宝を渡しましょう」
「駄目だ、ハーフエルフどもの脅しには屈さん!!」
 しかし、『冷たき紅』を差し出した所で、ハーフエルフどもが拉致した少女を温かいままで返す保証は無い。
「では、ヴィルヘルム様に‥‥」
「無駄だ。領主様は臥せっておられる──自分たちで何とかするしかない」
 冷たくなった枕を愛おしそうに撫でた夫は、冒険者ギルドへ救いを求める決意をした。


 夫がパリへ向かったその晩、夫人は紅の薔薇を愛でていた。
(「こんなものと‥‥あの子を比べろだなんて‥‥」)
 薄く磨いた紅きルビーを幾重にも重ね、金の茎にエメラルドの葉を持つ大輪の薔薇。ローズィット家に伝わる家宝。
 瞳を曇らせ零れ落ちた涙が、朝露のように花弁を彩った──‥‥

●今回の参加者

 ea0504 フォン・クレイドル(34歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3853 ドナトゥース・フォーリア(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea3855 ゼフィリア・リシアンサス(28歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea8989 王 娘(18歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb0342 ウェルナー・シドラドム(28歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

クオン・レイウイング(ea0714)/ ミリア・リネス(ea2148

●リプレイ本文

●依頼人、ローズィット
「し、しふしふ〜」
 いつもピンとしている背中を少しだけ小さく丸め、褐色の肌を少し赤らめながら、飛 天龍(eb0010)が依頼人へ挨拶をした。
 シフールを中心に静かに広がっている挨拶だが、依頼人ローズィットは残念ながら挨拶だと分からなかったようで、首を傾げた。
「コホン‥‥シフール式の挨拶だ。今回、この依頼を受けることになった飛 天龍だ、よろしく」
 珍妙な挨拶に目を丸くしていたローズィット夫妻だが、他のシフールたちとは一線を画したクールな印象の天龍に依頼人夫妻も表情を取り戻した。
 ゼフィリア・リシアンサス(ea3855)の提案で、マーヤー・プラトー(ea5254)を含む3人は商人風の服装に着替えていた。
「こんなことはあまり疑いたくないのですが、屋敷内部に内通者のいる可能性もあります。私達が冒険者である事は黙っていていただけますか」
 ゼフィリアがローズィット夫妻へ口止めをした。
 万全を期して、武器や防具など一目見てそれと分かってしまうような大きなものは持っていない。どこかで犯人たちが見ているという可能性が皆無ではなかったからだ。
 気を使い商人を装ったところで、依頼人が口を割ってしまえば何の意味もない。
 ちなみに他の面々はというと、ハーフエルフだという種族上の理由や面倒臭いという個人的な理由など、それぞれ個々人の理由から依頼人の屋敷への来訪をしていない。
「二・三、聞かせていただけるかな? 先ず、人質の容貌。分かっていた方が救出もやりやすいだろうからね」
 マーヤーが天龍の後を引き継いで早速質問を繰り出した。
「娘は10歳、赤い巻き毛が背中の中ほどまであり、濃い茶の瞳をしている。寝室から誘拐されたのだから、白い木綿の服を着ているはずだ。身長は120センチ程だな」
「それから、犯人の逃亡先と思しき森の詳細。地図があれば嬉しいんだけれどね」
「依頼と一緒に告げただけでは不足か? 冒険者といっても、その程度か‥‥地図は簡単な物なら良いが、詳細まで記載した物を渡すわけにはいかん。冒険者はハーフエルフに傾倒している者が多いからな」
「そうですか‥‥では最後に。『水蠍』について知っている限りの情報を教えてほしい。ハーフエルフと特定できたくらいだし、何か知っているんじゃないかな?」
「『水蠍』がハーフエルフの集団だということは、シュティール領に住む者なら誰でも知っている話だ。それ以上は知らんな。知っているならとっくに叩き潰しに行っている」
 マーヤーの質問へローズィットの導いた返答、しかしそこから得られるものは少ない。
「手紙の文面には交換に応じる場合子供とどうやって交換するのかが書かれていませんが、あれから向こうから接触はありましか?」
「いいえ、何もないのです」
 夫人が憂い顔を見せた。娘を取り戻すために必要な情報のはずだが、『水蠍』と名乗る犯人たちからはなんの連絡もない。
「では、何か接触があった場合は必ずお教えください。勝手に交渉などされると作戦に支障をきたしますので」
 『水蠍』なら現段階で名前は出さないと思うのさー、と小さく呟いた美丈夫ドナトゥース・フォーリア(ea3853)の言葉を思い出しながら、天龍とゼフィリアはそっと視線を交わして溜息を吐いた。

●探索に赴くもの、赴かないもの
「そのような組織があるのか‥‥『水蠍』、か‥‥」
 不意に口をついて毀れた思考に、王 娘(ea8989)は慌てて口を噤んだ。
「そんじゃ、俺はここらで待っているぜ」
 アール・ドイル(ea9471)が足を投げ出し、巨木の根元で昼寝の体勢を取った。めんどくせぇ、といち早く言い放ったフォン・クレイドル(ea0504)は既に夢の中だ。
「アール」
「所詮は『呪い』に負けた連中が徒党を組んでるにすぎねぇ、気にすんじゃねぇよ」
 珍しくその瞳に揺らぎを生じさせる娘へ、アールは素っ気無く言い切った。
「‥‥‥」
 何かを言いかけ口を開きかけた娘は、しかし何も言うことなく視線を逸らした。
「女の子を苛めちゃだめさー」
 ドナトゥースが笑いながらそっと割って入る。ちらりと見たアールは興味を持てず、鼻を鳴らして目を閉じた。
「女の子に危険を押し付けるのは不本意なんだけどね、お願いするさー。俺も俺で、調べられることは調べてくるさね」
「言われなくても分かっている」
 つん、と野良猫のようにそっぽを向き、娘は森を歩き始めた。
「‥‥気の強い奴ばっかりさね」
 苦笑したドナトゥースは、それでも自分の仕事をなすため、森に進むのだった。

●屋敷に残りしもの
 攫われた娘の部屋は、屋敷の南西に位置する部屋だった。
 ゼフィリアは娘を心配するローズィット夫人が早まった行動を起こさないよう注視するため、一人屋敷に残った。
 そのゼフィリアだが、他にも当然、屋敷で行いたいことがあった。
 その一つが、攫われた娘の部屋を確認すること、である。
「争った形跡は無いようですね」
 当日のままにしてあるというその部屋は、拉致されたというのに争われた形跡がない。
 天蓋付きのベッドに敷かれている布団は捲られ‥‥その様子は自ら進んで布団を出た、としか思えない。
「はい。それから、流石に無用心なので閉めたのですが、私が見つけたときはあの扉が開いていて」
 夫人のたおやかな指が示すのはテラスへと続く扉。内側から鍵がかけられるようになっているが、扉が開いていたというのだから鍵の有無は関係ないかもしれない。
 周辺の窓に嵌められている板は、鍵といえるほどのものは付いておらず、閂の要領でかけられる簡素なものが申し訳程度にあるだけ。
 そして部屋の扉には廊下側からしか鍵はかけられない。子供部屋と考えれば、それも不思議ではないだろう。

 ──内部に協力者がいる、というよりは‥‥魔法でしょうか。

 頭を悩ませながら髪に巻いた黒いリボンへ触れた。
 はらり、と解けて‥‥床へと落ちた。

●生い茂る森で佇むもの
「金持ちというのは、なんで娘と家宝を秤に掛けるのだろうな?」
 太陽に近い場所を飛ぶ天龍が一人ごちた。
 多数ある廃墟や廃屋、そして洞窟や森の茂みなど、おおよそ身を潜められそうだと思われる場所を上空から偵察し、当たりをつけることが、天龍が自らに課した役割のようだ。
「家庭を顧みない親に対する娘の反抗だったりしてな」
 小さくせせら笑う。それならばローズィットの娘へ協力しても良いんだけどな、と物騒なことを考える。
 そしてどうやら人の気配を感じるボロ小屋を発見したようだ。
 地面に近い場所に身を潜めている王娘へ合図を送り、王娘も同様に廃屋へ近付き始めた。
 ペットの雪は連れていない。偵察にペットを連れ歩くのは愚かなことだと判断したのだろう。
「‥‥当たり、か?」
「ああ、恐らく」
 短く、小声で言葉を交わす。
「‥‥2人、だな」
 戸板の隙間から小屋の内部を探ると、床に転がされた恐らく被害者の娘。そして無駄に動くこともせず、ただ佇むハーフエルフが2人。
「ゼフィリアやアール、待機している皆を呼んでこよう。逃げられる前に」
 偵察を行っているのは二人だけだ。7人も現地へ訪れているのに何故偵察が二人だけなのか、疑問の生じるところだが、残り日数が切羽詰れば共に偵察を始めるものも出てくるのだろう。
 とりあえず、最低限の情報を仕入れ、二人はボロ小屋を後にした。

●犯人の素顔
「よし!! 行くとしようか!」
 十二分に英気を養ったクレイドルはチェーンホイップをじゃら、と鳴らした。
「ハーフエルフだからどうこうとは思わない。だが、このような卑劣なやり口、許すわけには」
「当然だ」
 マーヤーが自己を奮い立たせるように呟いた言葉へ、アールが鷹揚に頷いた。
「逃げ出したところで逃げ切れるもンでもねぇのによ」
 それは自分自身の経験から来る言葉だったのかもしれない。
 先陣として王娘と天龍は既に気配を殺しながら小屋へ向かった。天龍は被害者の確保、王娘は犯人確保の為に身を潜めるのだ。
 天龍は屋根に開いた穴から侵入した。
「‥‥」
 王娘は仲間たちへ合図を送ると、パラのマントにしっかりとその身を包んだ。
 二人に続くのはマーヤー、アール、クレイドル、ドナトゥースの4人。ゼフィリアは屋外で待機だ。
 そっと扉まで近付くと、アールが扉を蹴り開けた!!
 巨躯の両手にはシールドソードとミドルシールドがそれぞれ装備されている。
「ガキ置いてきゃ見逃してやるぜ。ガキを置いて助かるかガキ共々皆殺しになるか選ばせてやる」
「どっちが犯人だよ! おまえもな、人質をとるなんてみみっちぃマネしてんじゃねぇ!」
 アールへのツッコミをしっかり入れながら、クレイドルが吼える!!
 その視線に貫かれるのは人質の少女よりも僅かに年上の、10歳程度にしか見えない少年だった。人質には興味が無いのか、床に放り出したままだ。
「大丈夫かッ!?」
 天龍が飛び出すと同時に、マーヤーも人質へ向かって駆け寄った!!
 ろくに食事も与えられていなかったのだろうか、力は無いようだったが‥‥しかし抱き上げたマーヤーを見上げる目は気力を失っていなかった。
「もう大丈夫だ」
 力強く抱きしめると、人質の娘は‥‥安心したように意識を手放した。
「おまえも一緒にオネンネしときな!」
 外見が子供だろうと容赦はしない! クレイドルは普段以上の勢いを載せたチェーンホイップの一撃で犯人の少年を薙ぎ払った!!
「うわぁっ!!」
「てめえのやってることはな、冗談や洒落じゃ済まねぇことなんだぜ!」
 アールも剣の重量を利用し、体重を乗せた容赦の無い一撃を見舞う!!
「水蠍の子かい? 騙っているだけかもしれないけど、君たちを捕らえるのが仕事さね」
 そう言うと視覚から鋭く掠めるように日本刀を一閃!! 切り裂かれた胸元から血飛沫が散る!!
 なおも追撃を仕掛けようとする3人の前へ、突如王娘が現れた! パラのマントを外したのだ!!
「もう勝負はあっただろう」
 動くこともしない少年の腕へロープを掛け、縛り上げた。
 その時、少年の雰囲気が、何か変わった気がした。
 けれどそれは狂化ではない──瞳の色は変わらず、髪も逆立たなかったのだから。
「あれ? 僕‥‥何を‥‥」
 敵意を漲(みなぎ)らせていた少年は、一瞬前とはとても同一人物とは思えぬほどの、純真さを感じさせる少年へと変貌していた。
「おまえは『水蠍』とやらに本当に関係があるのか?」
「み‥‥ど、どうしてそれを!?」
 目を見開く少年。そして周囲を見回し‥‥
「ナスカは! ナスカはどうしたんだ!!」
「‥‥まて、犯人は二人いたはずだね、王君」
「ああ、同じ年頃の少女がいた」
「どこにも居ないぞ」
 マーヤーの言葉に偵察を行った王娘が頷き、小屋の中を確認した天龍が声を荒げた!!
「ナスカ‥‥ナスカ・グランテか!?」
 その名に覚えがあったのはアールだ。狂化し、村人を惨殺して回った少女ナスカ。冒険者に殺されたはずの少女は、しかしマント領にてデビルに与する者としてアールの前に立ちふさがったことがあった。
「そうだよ。水蠍に入るために接触をしようとしたんだ。‥‥ナスカが何か僕に囁いて‥‥ここはどこ?」
「外へは誰も出ていませんけれど。‥‥面倒なことに巻き込まれたみたいですね?」
 剣戟や怒号が治まったため様子を見に来たゼフィリアは困惑の表情を浮かべ、しかしセーラの信徒として犯人の少年の怪我を回復させた。
 犯罪は犯罪、官憲へ引き渡さねばならないのだが‥‥もう一人の犯人、ナスカ・グランテは何処を探しても見つからず、誘拐された娘と犯人の少年を依頼人へ引き渡すことで、この事件に幕を引いた。
「‥‥ギルドに報告しないといけないね」
 青く澄んだ抜けるような空。
 しかし、その下にあるのは澄み切った空のような現実ばかりではないようだった。

●漆黒の小鳩亭にて
 ギルドへの結果報告を済ませると、仲間たちのもとを離れたドナトゥースは、夕闇に染まる小鳩亭を訪れていた。
 緊張感を孕んだ静かな喧騒が拒絶反応を示すかのように一瞬止み、ドナトゥースを受け入れて再び溢れ出す。
 絡み付く視線を真っ向から受け止めながら店内を見回したドナトゥースは、先日と同じスツールに腰掛け、カウンターで一人思索に耽る、目的の女性を発見した。
「貴女が忘れられずに、訪れてしまいました」
「その割には、随分と間があったようだけれど?」
 隣へ腰掛けた美丈夫を厭うこともなく、レジーナ・ヴェロニカと呼ばれる女性は薄い微笑みを向けた。
「貴女の姿はこの瞳に鮮明に焼きついていますから。それに、約束でしたからね‥‥戻ってきた最初の一人になろう、と決めたので」
 その美しき白貌へそっと手を差し伸べると、女王の名を冠された女性は目を細めた。
 酒場のあちらこちらから敵意の視線が背中へと突き刺さるのを感じながらも、ドナトゥースは契約履行の印をレジーナの赤き唇へ捧げた。
「‥‥戻ってきた処で、三度会っただけの貴方を受け入れると思って?」
「ゆっくりと知ってもらえれば構わないさ」
「そうね、私の可愛い部下をいたぶってくれた相手のお話も含めて、ゆっくり教えてもらおうかしら」
 銀の髪を梳くように撫で、褐色の首筋に指を這わせるように抱き寄せ、ヴェロニカはゆっくりと唇を重ねた。
「ヴェロニカと呼んでいただける? それだけが真実よ」
 囁かれた言葉は更けゆく宵闇に薄れ、やがて沈んでいった‥‥

「漆黒の小鳩亭、か‥‥」
 ゼフィリアから酒場の場所を聞いた娘は、闇の帳が下りた裏路地で、じっと酒場の扉を見つめていた。
 逡巡したのだろうか、複雑な表情を浮かべると、フードを被りなおし、酒場に背を向けた。
 いずれ、決意が扉を叩かせる日が来るのだろうかと、自分自身へ問いかけながら‥‥