雛ちゃんと天の川

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:2〜6lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 49 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:07月04日〜07月10日

リプレイ公開日:2005年07月12日

●オープニング

●パリから二日のとある村
「ふんっ! ふんっ!!」
 老ドワーフは今日も森の手入れだ。気合いも溢れ返っている。しかし、そんなに気合いを入れると‥‥
「ふんっ! ふ‥‥はぐあっ!!」
 ‥‥ぎっくり腰が再発してした模様。
 弟子の青年が呻き声を聞き分けてすぐさま飛んできた。
「おやっさん‥‥俺を置いて死なないでくれぇぇっ!!」
「勝手に殺すな、馬鹿者ォォッ!!」
「ちっ、生きてたのか」
 恨みの篭った眼差しで弟子を睨む老ドワーフ。
 けれど青年ザッハは何処吹く風。なぜって、もう慣れているのだ、さすが弟子。
 喧々囂々と減らず口を叩き合いながらザッハは師匠を小屋まで運び、手早くロープでベッドに固定。
 おやっさんは意地っ張りで、こうしないと無理に働いて悪化させてしまうのである。
「はぁ〜」
 ザッハは溜息を吐いた。しばらくは一人で仕事をしなくてはならない。面倒はないが、それはそれで少し寂しい。
 それが一昨日の話である。

 そう、ザッハは一人で仕事をしていたのだ!
 だから、ソレに捕まりかけて、ほうほうの態で逃げ出したのも、それは仕方のないことだったのだ。

●冒険者ギルドINパリ
「リュナお姉ちゃんは、七夕には何をお願いするの〜?」
「タナバタ?」
 エルフのギルド員、リュナーティアが相手をしているのはジャパンから来た自称忍者の雛菊。
 けれど、耳慣れない言葉に首を傾げるばかり。雛菊にはやはり、花の名を持つ、手慣れた通訳が必要のようだ。
「そうなの! 7月7日はね、天の川を越えて、織姫さんと彦星さんが一年に一度だけ会える日なの〜。嬉しくって、お願い事を叶えてくれることがあるのよ?」
「天の川‥‥ああ、ミルヒシュトラーセですね。ジャパンには素敵な日があるんですね」
 ミルヒシュトラーセ、天の川のことである。
 ジャパンではあまり見かけないエルフに微笑まれ、雛菊はすっかりご満悦。
「葉っぱのお船にお願いを込めて、川にポイッてするの〜」
 多分、捨てるんじゃないと思います‥‥と内心で小さく突っ込むリュナーティア。ジャパンの風習を知らなくてもそれくらいは常識で考えればすぐに解る。願いを乗せた船を捨てては、どう考えても願いを叶えてもらえないだろうから。
「雛菊さんは、タナバタにミルヒシュトラーセ‥‥天の川を見られるのですか?」
「そうなの! 雛ね、天の川が見れて、川があって、綺麗なとこに行きたいのね。のるまんに、ある〜?」
 首を傾げる雛菊。そんな雛菊から困ったようにリュナーティアが視線を逸らした。
「ありますけれど‥‥今はちょっと、行かない方がいいですわ。モンスターが出るそうですから‥‥」
 先ほど掲示したばかりの依頼を脳裏に描き、溜息を吐いた。
 冬には凍りつく湖のある村。
 高台から見る星は手が届きそうなほどに近く、行楽へ行くには最適なのだが‥‥一度もモンスターなど出たことのなかった村へ、とうとう魔手が伸びたのだ。
 それは泥や土へ擬態する生物、捕食した獲物を酸で溶かし喰らう生物。
 ‥‥雛菊が本当に忍者だったとしても、少々荷が勝ちすぎるだろう。

 ──なんで発生したかはどうでもいいんだ! 俺のために退治してくれ!!

 熱血っぷりを発揮しギルドに苦笑を蔓延させた依頼人・ザッハの言葉を思い出し、再び軽く溜息を吐いた。
「‥‥その高台では月の綺麗な夜には恋が叶うのだと、ドナさんが仰っていたのですけれど」
「きっと、そこはね、織姫さんと彦星さんが会う場所なの! 雛‥‥行きたいなぁ〜‥」

 ──きゅるるん。

 雛菊の円らな瞳攻撃に、リュナーティアはあっさりと白旗を振った。
「冒険者さんたちの邪魔をしたらダメですよ? 危なくなったら逃げてきてくださいね」
「わかったなの! お邪魔はしないで、お手伝いするのよ〜」
 雛菊、やる気満々。

 こうして、ギルドに張り出されていた──それだけならば比較的楽だと言えたかもしれない依頼書に、大きな足手まといがついたのだった。

●今回の参加者

 ea0277 ユニ・マリンブルー(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5534 ユウ・ジャミル(26歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea9142 マリー・ミション(22歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9412 リーラル・ラーン(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9543 箕加部 麻奈瑠(28歳・♀・僧侶・パラ・ジャパン)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

岬 芳紀(ea2022)/ レイジ・クロゾルム(ea2924)/ テンペル・タットル(eb0648)/ 森羅 雪乃丞(eb1789

●リプレイ本文

●七夕に思いを馳せる冒険者
「えぇっ!? 手に入らなかったのっ!?」
「すまん」
 京都から戻ってきた岬 芳紀は、箕加部 麻奈瑠(ea9543)から頼まれていた笹と和紙が手に入らなかったと頭を下げた。どんな飾りをつけようかと胸を躍らせていた麻奈瑠は不服そうに頬を膨らませ、口を尖らせた。
「でも‥‥芳紀さんが駄目だったっていうなら、頑張ってくれたけど駄目だったってことだもんね」
 頬にためた空気をぷしゅーっと吐き出し、麻奈瑠は気分を入れ替えた。
 そして振り返ると、目に留まったのは他のメンバーより頭一つ飛びぬけているヴィクトル・アルビレオ(ea6738)だった。
「このように幼い娘御を勝手もわからぬ異国に送られるとは、雛菊殿の親御もかなり思いきった事をなされるお方のようだな‥‥」
 自分の身長の半分にも満たない、小さな雛菊の頭を撫でる。
 その手は、粗暴な外見とは裏腹の‥‥優しいぬくもりを伝える父の手だった。
「ヴィクトルおじちゃん、父様みたいなのー?」
 きゅるん、と大きな目で見上げ、撫でる手をぷにっとした手のひらできゅっと握る。
 その姿が娘の幼い頃に重なり‥‥悩めるお父さんはホロリと涙ぐむ。
 うちの娘も昔はこんな風にちまちま歩いて慕ってくれていたものだが‥‥時の流れはなんと残酷なのだろうか。
「泣いちゃ駄目なのね。雛、いぢめてないの〜」
 涙ぐんだヴィクトルに釣られて、大きな瞳をうるっと揺らめかせる雛菊。
『雛ちゃん、泣いてていいの? 七夕が雨になっちゃうかもしれないよ?』
 屈み込み、目線を同じ高さにしてジャパン語で話しかけたのは華の名を持つ朋友、宮崎 桜花(eb1052)だった。
 ハッと我に返った雛菊は桜花の首へぎゅっと抱きつき、ぶんぶんと首を振る。
『駄目なのっ! ‥‥桜花お姉ちゃんも、一緒に七夕するの〜?』
『えぇ。良いよね?』
 目を細めて頬ずりしながら問い返す桜花に、雛菊が否と言う道理もなかった。
「雛菊さんは大丈夫のようですけれど、モンスターは酸の攻撃を使うようですよ〜。皆さん、肌の露出は控えてくださいねぇ」
 リーラル・ラーン(ea9412)はレイジ・クロゾルムから事前に受けた忠告を、仲間たちへも繰り返す。
 雛菊は忍者装束に身を包んでいる。全身を覆う彼女よりも、下手をすると冒険者たちの方こそ怪我をしかねないという服装をしている。
「あたしもジャパン語覚えようかなぁ」
 服装の確認をしながら、何だか楽しそうな雛菊と桜花に触発されるローサ・アルヴィート(ea5766)。
 傍らへ一緒にしゃがみこんで、にっこりと笑った。
「因みにあたしも花の名前が由来、雛ちゃんの周りには花が一杯だねー」
「ローサお姉ちゃんは、雛と一緒〜?」
 見上げる雛菊へにこにこと頷いて見せるローサ。ユニ・マリンブルー(ea0277)は首を傾げて雛菊へ尋ねる。
「僕は花の名前は付いてないんだけど、一緒に『タナバタ』のお祝いしてもいいのかな?」
 『七夕』という名は聞いたことはあったけれど、どんな行事か知らなかったユニは、欧州で行われる小さな七夕のお祝いを楽しみにしていたようだ。
「いいのよー。でも、もんすたぁをやっつけないと、遊んじゃ駄目って言われちゃうのよぅ?」
「大丈夫、その為にお兄ちゃんたちがついてるんだから。大丈夫だよ」
 ユウ・ジャミル(ea5534)は柔和な笑みを浮かべ、雛菊を安心させるように大丈夫だと繰り返した。
 テンペル・タットルがザッハに尋ねた内容だと、その村の周辺では今までどんなモンスターも出たことがないため、今回のモンスターの居場所についても皆目見当がつかないということで‥‥。
 実際は大丈夫だなど気楽にいえないのだが、これくらいはリップサービスだろう。
「七夕、皆で頑張ってお願いごとするなのね!」
 元気いっぱい宣言する雛菊へ、仲間たちの暖かな視線が送られた。
「ふぅ〜ん。‥‥雛菊さんって言うんだ。ジャパンからの‥‥ふぅ〜ん」
 ただ一人、ハーフエルフのマリー・ミション(ea9142)だけは‥‥過度の偏見を抱く雛菊から距離を置くように、少し離れて淡々とその様子を見守っていた。

●自然物に擬態するソレとの遭遇
 ヴィクトルにはドラゴンのぬいぐるみを持たされ──もちろん、ダメージ軽減のためだなど雛菊は知らないが。
 移動中は桜花の馬に共に乗せられ──ドンキーに一人で乗せたら落馬したからだなど雛菊は知らないが。
 歩けばローサやユニにしっかりと手を繋がれ──万一にもクレイジェルの上に転んだりしないためだなど雛菊は知らないが。
 リーラルにはまるごとウサギさんを着せられ──もちろん、これもダメージ軽減のためだなど雛菊は知らないが。
 それらは全て雛菊を心配した冒険者たちの善意の行動だったのだが、過度の心配と干渉に雛菊がプチッと切れてしまっても‥‥それはきっと、仕方の無いことだったのだ。
「もう、ヤなのー!! うさぎさん暑いのー!! 雛、自分で歩くのよっ! 手を繋がなくっても、迷子になんてならないもっ!!」
 汗だくになってまるごとウサギさんを脱ぎ捨て、ローサの手を振りほどき、桜花の腕をすり抜け、ドラゴンのぬいぐるみをユニに押し付け、突然駆け出した!!
「雛ちゃん!! 走ったら危ないよっ!」
 慌てて追いかけたのはユウだ。モンスターの存在も危険だが、ドワーフや冒険者の手によって整備されているとはいえ、ところどころ崖が見え隠れする山道なのだ。
 とてとてと走る雛菊、木の根に躓(つまず)き盛大にすっ転んだ!!
「キャーッ!! 変なのがいるなのよー!!」
 雛菊と関わったことのあるローサや桜花が懸念していたとおり‥‥トラブルをほいほい招くとしか思えない雛菊が転倒したのは土に擬態したジェル生物の上だった!!
 雛菊を捕らえようと蠢くジェル状の生物、クレイジェル!!
「‥‥あ〜。俺って戦闘向きじゃないんだけどな〜」
 ユウが咄嗟に手を伸ばし雛菊を抱き上げようとしたが、左足をしっかりとジェルに絡め取られてしまった!!
「痛いっ!! 熱いのー!! いやあんー!!」
「──ブラックホーリー!!」
「──ホーリー!!」
 悲鳴を聞くや否や、ヴィクトルとマリーが高速で呪文を詠唱!! 二筋の光がクレイジェルを貫いた!!
『──‥‥』
 僅かに雛菊の足を捕らえる力が弱まった!
「雛ちゃんを‥‥」
「放しなさいッ!!」
 ユニの弓とローサのスリングがクレイジェルに襲い掛かる!!
「雛ちゃん!! ──クーリング!!」
 駆け寄りながらクーリングで自らの手に冷気を帯びさせるリーラル!!
「うわっ!!」
 雛菊と同じ木の根に躓き、雛菊と同じ軌跡を描いて転倒した!!
 冷気を帯びた手がクレイジェルに触れる!!
「あぅぅ、痛いです‥‥じゃなくって、ユウさん、雛ちゃんをお願いしますぅ〜」
「ごめん、リーラルさん」
『──‥‥』
 攻撃のターゲットを雛菊からリーラルにシフトしたクレイジェル、その拘束が解けた瞬間、ユウは雛菊を抱き上げクレイジェルから距離をとった!!
 立ちはだかるようにクレイジェルと雛菊の間に立つ、ユニとローサ!! 牽制するように攻撃を続ける!
「雛、足‥‥痛いの〜‥‥」
 ぽろぽろと涙を零す雛菊のために、ユウはヒーリングポーションを取り出した。
「飲めるよね? すぐに痛みも治まるから」
「ありがとなの、ユウお兄ちゃん‥」
 ヒーリングポーションを飲み干し、痛みの和らいだ雛菊。麻奈瑠が駆け寄り、治療のための呪文詠唱を開始する。
「ローサさん、ユニさん、雛ちゃんをよろしくお願いします‥‥よくも、雛ちゃんを!! 許しません!!」
 日本刀に似た形状の、雷を束ねたような魔法の剣──ライトニングソードを掌中に作り出し、桜花の瞳に宿った怒りの炎がクレイジェルを射抜く!!
「ヴィクトルさん、マリーさん、援護をお願いします!!」
 クレイジェルを氷漬けにするため、ただじっと酸の攻撃に耐えるリーラルの隣に立ち、何度も何度もライトニングソードを振るう桜花!!
「好かれていない相手のために魔法を使う‥‥いつもの事ね。冒険者として割り切って、仕事に集中するだけだわ」
 そう思うこと自体が割り切れていないという事実の象徴なのだが、マリーは気付かない。
 いや、気付いているのかもしれない。愛されたい、愛してもらえない‥‥それは多くのハーフエルフが共通して抱く葛藤、本能の叫び。
「──ホーリー!!」
 クーリングによってリーラルの腕を取り込んだまま氷の彫像と貸したクレイジェルへ‥‥マリーのホーリーが炸裂!
 彫像に皹(ひび)が走る!!
 桜花の怒りを帯びたライトニングソードが、ヴィクトルのブラックホーリーが、皹を細かく、深くしてゆく。
 それはまるで‥‥凝り固まった自分の心を見ているようで。
「──ホーリーッ!!」
 もう見たくない、解放してほしい‥‥溶け出そうとする心が凍てつかせようとする理性と戦い、迸る想いが一条の柔らかな光となり彫像を貫き──クレイジェルの彫像は、粉々に砕け散った。
「──はぁ‥」
 上品な面持ちにうっすらと汗を滲ませ、僅かに溢れた想いを再び心に押し込めた。
「雛ちゃん、大丈夫っ!?」
 駆け寄った桜花に満面の笑みを向け、雛菊は大きく頷く。崩れ落ちる桜花をローサが支える。
「リーラルさん、すぐ回復させるからね」
 酸に手を突っ込んだような状況だったリーラルの手が爛(ただ)れているのを見て、麻奈瑠はリカバーの詠唱に入る。
「これで、七夕もゆっくりとできますね〜」
 爛れた右手は麻奈瑠に預け、リーラルは雛菊へ微笑みかけた。
 そう、残るは七夕だけだ!!

●空と大地が交わる場所で
「欧州には笹は無いと聞きますから‥‥その辺りの木で代用してしまいましょう」
「さ〜〜て、お願いは何にしようかな〜〜♪」
 桜花と麻奈瑠はすべきことを考える。笹の代わりになりそうな木を探し、夕闇に沈む森のなかを歩き回る。
 一つ、また一つと煌(きらめ)きだす星を数えながら、ユニは、ユウの膝に座る雛菊へと話しかけた。
「ねえ雛ちゃん、七夕は‥‥ええと、オリヒメとヒコボシが‥‥何だっけ?」
「もう〜。織姫さんと彦星さんがね、天の川を越えて、一年に一度だけ会える日なのね〜。だから、嬉しくって、お願い事をかなえてくれることがあるのよ?」
 ジャパン人が聞いたら首を横に振るだろう。けれど、ここには首を振る者はいない。
「私は星空を眺めるのが好きなんですが、そう思って見ると一層輝いて見えますね〜。ここは、恋が実るとも言われているようですし〜」
 リーラルの言葉に、そっと耳を欹(そばだ)てていたマリーとローサも星空を見上げた。
「あたしが生まれた国で言うところのヴィア・ラクテアね。恋の願いが叶う、か‥‥なかなかろまんちっくな‥‥ってあたし相手いないし依頼受け損!?」
 ガーン!! まるでストーンにでもかかったかのように硬直するローサ。
「願い事は星に祈れば良いのかしら?」
 ふと口をついて出てしまった言葉に、マリーは慌てて視線をそらした。が、雛菊は一向に気にする気配も無く、ぷるぷると首を振る。
「葉っぱのお舟にお願い事のこもった気持ちを乗せて、川にぽいってするの〜。川は全部天の川に繋がっててね、織姫さんと彦星さんまで届くなのっ」
 雛菊の慣れないゲルマン語を必死に聞き取っていると、桜花と麻奈瑠が細長い葉を手に戻ってきた。
「これなら笹舟にできると思うんだ♪ こうやって作るんだよ」
 麻奈瑠が早速実践する。端を折り、三つに割き、左右の輪を中央の輪に潜らせる。葉の両端を同じ要領で処理すると、確かに緑の小舟が出来上がった。
「これが笹舟なんだ。風の噂で聞いたからどんなのか気になってたんだよね」
 ユウも早速笹舟を作る。
「これを川にぽいっと放ればいいんですね〜」
「違う違う、リーラルさんっ。川に流すんだよ、沈んじゃったら天の川まで届かないからね」
 麻奈瑠が必死にリーラルを押しとどめる。
 それぞれが祈りをこめて自分の手で作った笹舟を大切に抱き、中腹の展望スポットから少し下り、さらさらと流れる小川に下りた。
(「雛ちゃんや友達とずっと仲良く出来ます様に」)
 もう一度願いを込め、桜花は笹舟を流れに乗せた。川面の模様に揺られながら、だんだんと川下へ流れていく緑の小舟。
(「いつまでも皆と楽しくいられますように」)
(「また雛菊さんと会えますように」)
(「早く‥‥お父さんに会えますように‥‥」)
 ローサ、リーラル、ユニもそれぞれ桜花に倣って笹舟を川に流した。
 雛菊に腕を引かれ、ヴィクトルやマリー、ユウも雛菊と共にささやかな願いを乗せて笹舟を送り出す。
 寄り添い、離れ、出会い──まるで人生を描くように、笹舟は水面を流れてゆく。
「もう少し賢くなれますように」
 麻奈瑠は呟き、笹舟を流した。
 そして視線を上げると、麻奈瑠を見ているユニと目が合い──ふいっと視線を逸らされた。
「あぁっ、まさかっ!? き、聞くのはマナー違反だよっ!!」
「聞いたんじゃないよ、聞こえちゃっただけだよっ!!」
 逃げ出したユニを追いかける麻奈瑠。ユニは高台の展望スポットまで逃げ帰り、息の切れた麻奈瑠は足を投げ出して満天の星空を見上げた。
 追って戻ってきた冒険者たちも星空を見上げる。
「そういえば、ユニお姉ちゃんとリーラルお姉ちゃんは、お誕生日なのよね? おめでとなのよ〜」
「雛ちゃん、何で知ってるの!?」
「えへへ〜、それは忍者の秘密なの〜」
 得意気な笑みを浮かべる雛菊の隣に立ち、リーラルは小さく呟いた。
「あの‥‥パリに戻ったら、友人や両親に会うためイギリスへ帰ります〜」
 目を見開く雛菊へ微笑みかけ、願いをこめて妹のような雛菊の髪へ、真珠のティアラを挿した。
「また、雛菊さんにお会いできますように‥‥大好きです、雛菊さん」
 ヴィクトルは毀れそうな雛菊の涙を拭い、肩車し、より高い位置で空を見上げさせた。
「冒険者は旅をするものだ。別れの涙も、出会いや発見の喜びに変わる日が来る」
「‥‥ん‥」
「私の故郷ロシアでは、冬の寒い日に‥‥星空に虹色のカーテンが掛かるのだよ」
「虹色のかーてん?」
「ああ。ゆらゆらと揺らめいてとても美しいのだ。雛菊殿もロシアに行く機会があれば、いつか、見ることもあるかも知れないな」
 涙を浮かべていた目をうっとりと細め、空に描かれた星の川を見上げる雛菊。脳裏ではオーロラがかかっているに違いない。
「すごいなの〜‥‥雛、見たみたいなぁ」
「ほら、新しい喜びがあっただろう?」
 別れは出会いの序曲。発見の序章。
 年に一度の逢瀬を待ち望む織姫と彦星のように、冒険者の、雛菊の心の中にも、新たな息吹が感じられるに違いない。
 満天の星空の祝福を受けて‥‥