【ゴブリン・アタック】誕生日は盛大に?
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月26日〜08月02日
リプレイ公開日:2005年08月03日
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●オープニング
●冒険者ギルドINパリ
それは、パリから1日と半分ほど歩いた場所にある村からの依頼だった。
「ゴブリンを、退治してほしいんです‥‥」
がくりと項垂れる依頼人へ、ギルド員であるエルフの女性がそっと声をかける。
「何があったのか、お話しいただけますか?」
悔しそうに握り締めた拳が白くなるまで力を込めて顔を上げると、依頼人はギルド員を見上げた。
「村が、ゴブリンに襲われたんです。それで‥‥」
言い澱(よど)んだ依頼人は自らの名をアンリ・グリードと名乗ると、ゴブリンに奪われたものがあるのだと言った。
それは、アンリがよその村から運搬してきたばかりの保存の効く食料や動物なのだという。
「村長の誕生日のパーティーのために買い込んだ食料は‥‥どうでもいいんです! 動物も!!」
言い切り、ハッと我に返るとぶんぶんと首を振る。肩に届かない髪が大きく宙へ広がった。
「いえ、どうでも良くはないですけれど‥‥うちの村では肉用の動物を飼育する人はいませんから、保存の利く塩漬けの肉はとても重要なものです。ミルクを取るために飼っていたヤギや綿羊も何頭も奪われてしまいましたし‥‥」
「被害は大きいのですね。それをどうでもいいと言ってしまうということは‥‥もっと大切な何かが?」
ギルド員は依頼人アンリが口にした言葉を仔細漏らさず依頼書に記載しながら、なかなか触れられない中核へと話を促した。
「ええ‥‥僕が取り返してほしいのは、娘への誕生日のプレゼントなんです」
娘がずっと欲しがっていた柔らかなぬいぐるみ。奮発して準備した、愛らしいクマの形をしたぬいぐるみ。
食料などを買い出す口実で村を離れたアンリが入手し、小さな木箱に大切に仕舞っていたぬいぐるみ。
食料の詰め込まれた木箱と一緒に、小さなその木箱までが奪われてしまったのだという。
「村長の誕生日と娘の誕生日は同じ日です‥‥村長と同じほどの規模で祝ってやることはできませんが、せめて家族だけは娘を祝ってやりたいんです」
ゴブリンを退治して、ぬいぐるみを取り戻してください‥‥ついでに食料と動物もできるだけたくさん。
依頼人アンリ・グリードはそう言うと、深々と頭を下げた。
そして、ゴブリン退治の依頼書が冒険者ギルドへと掲示されたのだった。
●リプレイ本文
●挨拶は人間関係の基本
「初めまして。初めての冒険で緊張していますが、宜しくお願いします」
ギルドの前で依頼人アンリ・グリードへ、そして同行することになった仲間たちへ丁寧に頭を下げたのはディートリヒ・ヴァルトラウテ(eb2999)。
「アンリです、面倒な依頼を頼んでしまってすみません」
「あ、あの、あたし、アイリスって言います‥‥」
大きな身体を小さくして初対面の男性陣へもじもじと挨拶をしたのはアイリス・ビントゥ(ea7378)、女性のジャイアントだ。二人に挨拶を返し、愛馬に仲間たちの荷物を積んでしまうと、テッド・クラウス(ea8988)はぐるりと周囲を見渡した。
「もう一人来ると聞いていたのですが‥‥遅いですね」
最後の一人、バードの女性が集合時間に遅れているのだ。
「あの、でも‥‥そろそろ、その、出発しないと‥‥」
アイリスがおずおずと口を挟む。
「これは仕事ですし、事は一刻を争います。これ以上待つよりも、先に出発しましょう」
そう、少しでも早く事態を治め、少しでも多くの荷物を回収しなければならない。
アンリの用意した熊のぬいぐるみが壊されれば依頼は失敗なのだ。
ギルドに所属する冒険者は良く履き違えるが、問題は失敗することではなく、失敗による冒険者自身やギルドの信用失墜でもない。
なけなしの金を用意し、藁にも縋る心持ちの依頼人を悲しませ、時には泣かせ、無辜(むこ)の人々に被害を及ぼすということだ。
冒険者としてはまだ駆け出しだが、ディードリヒも当然その辺りはしっかりと承知している。
「そうですね、では出発しましょうか」
依頼人アンリの決断は早く、戦力を一人欠いたままアイテム奪還に出発したのだった。
●ゴブリンと遭遇するために
朝方、アンリ・グリードの村に到着した。強い日差しの差す村はどこか生彩を欠いていた。
「ゴブリンをおびき寄せるのはどうだろう」
ディードリヒの唐突な提案にテッドとアイリスは目を瞬いた。
「何も準備していませんよ?」
「食料や酒を材料におびき寄せるんです」
言うが早いか早速バックパックから酒や食料を取り出すディードリヒに、テッドは小さく首を振った。
「一匹ならともかく、ゴブリンが数匹いるのなら、その程度の量では餌になりません」
「それに、ゴブリンは山のような食料を持っていったばっかりです。食料が餌になるとは‥‥」
依頼人も難色を示した。ゴブリンの知能は低い。腹が膨れている間は、別の食料に手をつけようとはしないだろう。
難色を示されたが、その理由を聞くとディードリヒは溜息を吐いて納得した。
「1〜2匹見逃して後をつけたかったんですが」
「‥‥尾行は無理でも、その‥‥追いかけるのは、良い案だと思いますぅ」
暑さに溶けて消え入りそうな声でアイリスはディードリヒを援護する。
重い荷車ごと運び、動物まで連れて行ったのなら、足跡や轍(わだち)が残されている可能性は高い──そう考え、最終的にはテッドも二人の意見に同意した。
難を言えば、探索が得意な人物がいないことだが、それは尾行でも条件は同じ。3人は早速、ゴブリンたちが逃げていった方向へ轍や足跡を探しに散った。
「見つけました、足跡です」
それは、太陽が頂点を過ぎた頃。
薄れつつある轍、そして動物やゴブリンの足跡──複雑に絡まり一本のうねりとなるその形跡を見つけたのはディードリヒだった。
「これを追えば良いんですね、ちょっと薄れてきているようですが‥‥見失わないように頑張りましょう」
薄れた足跡に視線を落としながら愛馬の手綱を引くテッド。そんな彼を制して一歩先んじたのはアイリスだった。
「あの、た、多分‥‥こっちのほう、だと、思います‥‥」
山岳については多少なりとも知識のあるアイリスは、地面に残された跡だけではなく、地形なども見ながら的確にゴブリンたちの後を尾けていく。
──ときどき見失いそうになり、真っ青になっていたのはご愛嬌だろう。
そして、牛歩の歩みで2時間ほども進んだだろうか‥‥3人は、山肌に開いた洞穴を見つけた。
●打倒、ゴブリンず!
「酷い‥‥」
アイリスは思わず口元を覆った。
洞穴の前には身体から叩き落されたヤギの首が転がり、焦点の定まらない虚ろな瞳が虚空を見つめている。
その傷口は既に腐敗しており、我が物顔の蛆虫が白く蠢き、零れ落ちてはよじ登る。
乾いた大地はその行為が数日前に行われたものであることを示していた。
「台車は動きそうですね。荷物とまだ生きているかもしれない家畜だけは無事に連れ帰りましょう、アイリスさん」
「もちろん、熊のぬいぐるみも忘れずに」
風向きが変わり腐敗臭が3人の鼻を突くようになると、胃が拒絶反応を示した。
「行きましょう、アンリさんや村人さんたちのために」
ディードリヒが二人を促した。
洞穴の前にある死体から腐敗臭がするということは風下だということ。見つからない可能性が高いのならば、その機をわざわざ逸する必要はない!
──バサバサバサッ!!
忍ばせた足音に、死肉を狙うカラスが飛び立った。
「気付かれます、急ぎましょう!」
洞穴に飛び込んだディードリヒとアイリスの背中を守りながら、テッドは剣を抜き放つ!
──ギィィン!!
ディードリヒのクルスシールドが飛び出してきたゴブリンたちの攻撃を凌いだ!!
「うわっ、もう、危ないですね〜‥‥お返ししちゃいますよっ、えいっ!」
辛うじて攻撃を避けたアイリスは気の抜ける声で気の抜ける言葉を吐き──しかし攻撃したその僅かな隙を見逃さず、ジャイアントという大柄の身体を活かしてルーンソードを叩き下ろす!!
『GYAAAA!!』
片腕を叩き斬られ、吹き出す血に戦意を喪失したゴブリン! その首を刎ねるディードリヒ!!
「せめて魂だけは安らかに眠れ──偉大なる父の慈悲の元で」
クルスソードを正眼に構えなおしタロンに祈りを捧げ、悲鳴に触発されて姿を見せるゴブリンたちを迎え撃つ!!
クルスシールドで攻撃を受け、クルスソードで斬りつけ‥‥余念の無くなったディードリヒの背後から、ゴブリンが襲い掛かる!!
「ディードリヒさん、危ない!!」
そのゴブリンへ気付いたのは、彼らの背後に気を配っていたテッドだった!! ノーマルソードを手に駆け寄り、勢い良く剣を振り抜いた!!
『GUAAAOOO!!』
背中を袈裟懸けにされ、雄叫びを上げるゴブリン!! そして返す勢いでもう一度、その背を斬る!!
「えい、やあ、とお!」
気の抜ける発声や愛らしい仕草とは裏腹に、痛烈な斬撃を見舞ってゆくアイリス!!
「偉大なる父よ、聖なる裁きを! ──ブラックホーリー!!」
逃げようとするゴブリンへ黒き光の一撃を浴びせ、聖印たる十字架の取り付けられた剣を振るうディードリヒ!!
やがて肩で息をするようになる頃には‥‥
戦意あるゴブリンも、生命の灯を抱くゴブリンも、残ってはいなかった。
「あとは‥‥えっと、ぬいぐるみと、食料と‥‥あと、家畜ですよね。あ、あのっ、お二人とも休んでいてください‥‥お疲れのようですし」
人並み外れた体力を誇るジャイアント族の女性、アイリス。
息も上がらなければ重い木箱をひょいっと抱え上げてしまう、その体力に、力尽きた男性2人は尊敬の念を禁じ得なかった。
●誕生日は盛大に?
ゴブリンの巣穴に運び込まれていた3つの木箱は1つはすでに空になってしまっていたが、1つは半分以上が残り、最後の1つに至っては手付かずの状態で回収できた。
もちろん、ひっそりこっそりと仕舞われたクマのぬいぐるみも無事に回収できた!
「ヤギさん発見です〜」
少し慣れたのだろうか、恥ずかしそうにしながらも言葉に詰まることもなく、まだ生きていた家畜の存在を仲間たちへ告げるアイリス。
テッドは早速、荷物からロープを取り出すとヤギに引っ掛けた。
「これでつれて帰るのが少しは楽だと思います」
荷物は無事だった台車に積み、ヤギや家畜に掛けたロープを引いて村へ戻ると‥‥今か今かと待ちわびていた村人たちが歓声を上げて出迎えたのだった。
そして、村長と娘の誕生日当日。
「おっ料理、おっ料理〜♪」
機嫌よく鼻歌を口ずさみながら、アイリスは皆の顔や依頼人アンリの顔、アンリの娘の顔など‥‥皆の顔を模(かたど)ったパンを作る。
「そういえばテッドさん‥‥どうしたんだろう」
朝から姿の見えないテッドの行方を案ずるが、パン焼き釜から溢れる香りに自分の作業を思い出す。
「あっ!」
慌てて開いたその釜から、パンの焼ける香ばしい香りが、風に乗って村へと流れて行く。
案じられたテッドは、スコップを握り締め、その香りの届かない場所にいた。
「ハーフエルフがいたのでは、興を削いでしまいますしね‥‥」
寂しげに呟く少年騎士は、自分の身を引くことで誕生日を盛り上げようとしたのだった。
「神の加護を受けられなかった種族‥‥ゴブリンとハーフエルフは、神様から見たらどちらも同じなのでしょうか」
──‥‥
見上げていた雲が流れてしまうと、止めていた手を再び動かし始めた。
ゴブリンたちを埋葬するために。
その頃、村へと戻る影があった──ディードリヒだ。
「お誕生日おめでとう」
表情の乏しいディードリヒが差し出した手には、ピンクの花が花束となって握られていた。
「うわぁ、ありがとう!! お母さん、お花貰っちゃった!!」
「‥‥お母さん?」
片手にクマのぬいぐるみを、片手にピンクの花束をそれぞれ大事に抱え、満面の笑みを浮かべて娘が走り寄った先には、依頼人アンリ・グリードの凛々しい姿があった。
そういえば、ハスキーな声も男性にしては高かったかもしれない、と、今更ながらに依頼人の性別を知り僅かに苦い笑いを浮かべるディードリヒ。
「ありがとうございます、ディードリヒさん」
「ありがとう!!」
けれど、こんな笑顔を見られるのなら‥‥冒険者として生きるのも悪くはないかもしれない。
眩しい笑顔はディードリヒの心に、冒険者たちの心に、温もりをもたらしたのだった。