●リプレイ本文
●溶かすモノとは何か/冒険者ギルドINパリ
墓守の無念を晴らすべく依頼を受けた冒険者たちの士気は高かった。
出発のために集まった彼らだったが、死者を冒涜する行為に対する怒りは静かに滾っている。
「死者を辱めるなんて、モンスターだろうが許せんでしょ。大丈夫、オレ等に任しといて下さいよ!」
依頼人を安心させるべく紫微 亮(ea2021)は内面で渦巻く怒り、憤りを感じさせぬ、けれど真面目な表情で告げた。
同様に、スィニエーク・ラウニアー(ea9096)も‥‥内気で平穏を好む彼女とは思えない積極性を見せていた。
「‥‥何かは分かりませんけど‥‥亡くなってしまったあとも奥さんを大事に思っていた‥‥そんな人を死に追いやった相手は許せないです‥‥‥」
「しかし、正体不明の存在‥‥‥か。ふむ、まったく興味深い話だな」
世にいるシフールとは一線を画すストイックなシフール、リウ・ガイア(ea5067)は知識欲を刺激されて唸る。
「荒らされたお墓、蠢く大地。もしかして、死者が生き返って、って事? 怖いですわ」
キャーキャーと楽しんでいるかのように怖がるアリシア・キルケー(eb2805)にウンザリした視線を送りつつ、ルシファー・パニッシュメント(eb0031)は予想を立てる。
「溶けているということは、酸‥‥ジェルとやらの系統か? まぁ、場所的にアンデッド辺りの可能性もあるとは思うが」
「アンデッド!! キャー! 怖いですわっっ!!」
「アリシアさん、アンデッドは‥‥彷徨い出てしまった哀れな魂です。あまり怖がっては可哀想ですよ。私たちが送ってさしあげましょう?」
騒ぐアリシアをおっとりした声が宥める。以前、共に依頼を受けたことのあるシルフィリア・カノス(eb2823)だ。
「そうですね。アンデッドだったら、僕もきちんと眠らせてあげたいです。でもジェルだったら‥‥えっと、ジェルってぶよぶよしてるんだよね? 溶かされないように気をつけないとねっ」
使命感に燃えるのはクレリックの卵、アルフィン・フォルセネル(eb2968)。戦闘経験は少なく、今回でまだ2度目の実戦だ。しかし、姉のようなクレリックになるため、しっかりと自分の足で進むよう頑張るつもりのようだ。
「うむ、用心しすぎることはあるまい。あらゆるものを溶かす存在か‥‥‥魔物だとは思うのだが、果たしてどんな存在なのだろうな‥‥」
空中で足を組み、首を傾げるリウ。
謎の存在に興味を絡め取られた仲間たちを振り返り、テッド・クラウス(ea8988)は彼らを促した。
「全ては現場に着いてからです。行きましょう、死者に再び平穏をもたらすために」
●情報の行方/墓場の荒らされた村で
「すみません、情報収集では足を引っ張ってしまうので‥‥」
まだ日の高い時刻──申し訳なさそうに小さくなるハーフエルフのスィニエークに見送られながら、亮、アルフィン、シルフィリアは村での情報収集へと乗り出した。
あまりに不確定要素が多すぎて‥‥謎の生物について、戦う前に少しでも情報を得ておこうと思ったのだ。
今はまだ、誰もその生物について知識を持っていなかったが、情報が集まれば何か見えてくるものがあるかもしれない‥‥あまりに細い可能性の糸であるが、打てる手を全て打つのが冒険者である。
「あの、村が襲われるようになったのはいつからですか? それから、過去に同じようなことはありましたか?」
アルフィンの質問にそれなりに明確な解答を導いたのは依頼人だった。
「襲われるようになったというか、襲われたのは父が初めてです。過去に同じようなことはないですね」
墓守は墓を守るのが仕事であり、墓の傍らに小さな小屋を立てて住んでいるという。彼が村はずれの墓場に訪れたモンスターの餌食になったのは、ある意味当然のことだった。そして墓守が謎の死に方をしてから村人は墓場には近付かず、類似の事件は起きていないのだという。
そう聞いて、亮は瞳に悲しげな光を浮かべた。
「まあ、モンスターが出るんじゃ仕方ないか。‥‥早く、安心して墓参りができるようにしてやらないとな」
しかし今は同情より先にしなければいけないことがある。頭を振り、思考を依頼へと切り替えた。
「墓地への道は、一本だけですか?」
考え込んでいたシルフィリアが首を傾げるようにして尋ねると、依頼人は軽く頷いた。
「道を無視して進むということもできなくはないですけれど」
村から墓地への間は畑として開墾もしていない、荒地のような状態になっている。敢えてそこを進もうという者がいればできないことはないが、敢えて村人が進もうとする場所ではない。
更にいくつか質問を重ねると、村人も依頼人も墓地には近付かないようにと言い含めて、3人は墓地へと向かった。
同じころ、墓地に向かっていたのはリウ、テッド、スィニエーク、ルシファーの4人だった。
「‥‥やはり、酸なのか」
這いずった跡をなぞる様に低空を飛びながらリウが呟く。他に、物を溶かすものに心当たりがなかったのだ。
「ということは、やはり相手はジェルか。面倒な相手だな」
以前経験したメタリックジェルとの戦闘を思い出し、ルシファーは憂鬱な溜息を零した。
動きは鈍いが酸という特殊な攻撃を使うジェルモンスター。彼らの生命力は生きるということに執着するズゥンビ系のアンデッドに匹敵し、退治には半端ではない労力がかかる。
「全体的に溶かすというよりは、一部‥‥でしょうか。怪我をした場所から酸がこぼれるような、そんな印象を受けますね」
墓石を確認していたテッドがそんな感想を告げる。しかし這いずった跡はいつまでもついているわけではなく、途中で途切れるように切れていた。ジェル系モンスターの擬態能力を考えれば、痕跡など残さずに移動しても不思議は無い。むしろ痕跡が残る方が不自然である。
テッドは跡の消えた地面を用心深くスピアで地面を突いてみるが、ただの地面のようだった。
自分の精霊魔法の効果範囲を考え、墓場や周辺を歩幅で実測していたスィニエークは、身を潜められそうな箇所を数箇所見繕い、小さく息を吐く。
「何か、引っかかっていて‥‥」
物理的にではなく、抽象的な話である。思考の隅に引っかかるものが拭い去れない。
ソレが何であるかが判れば気にはならないのだろうが‥‥何か、重要なことを忘れているような気がしてならないのだった。
「‥‥見つからんな」
リウが目線の高さまで飛翔し、ルシファーが苛立ちながら地面を踏みしだいた。
墓場に来ている面々は──もっと言ってしまえば依頼を受けている冒険者たちは、探知系の魔法もなく、探索が得意なわけでもない。その場にいると限定できないモンスターを、しかも擬態の得意なジェルを発見するのはやはり容易なことではないようだった。
「仕方ありません、夜になってから出直しましょう」
テッドが提案した撤収に、異を唱える者はいなかった。
●隠れ忍び寄るモノ/這いずった跡の残る墓場で
いくつものランタンが照らし出す墓場は、決して居心地の良いものではなかった。腐臭と死臭が鼻を突き、その場所が生と死の境であることを思わせるのだ。
「こんな夜遅くにこんな場所で謎のモンスターと戦うなんて‥‥守ってくださいませね」
「見返りがあるのなら考えんこともないがな」
ルシファーに寄り添うように立つアリシア。ニヤリと笑いながらアリシアの腰に腕を回したルシファーはその手を抓られ、小さく鼻を鳴らした。
「生肉が手に入らなかったのは残念ですね」
シルフィリアとスィニエークはそんな二人に気付かず、肩を落とす。
普段でも保存がきかない生肉、しかも季節は夏真っ盛り。パリから運ぶこともできず、村の貴重な家畜を潰させるわけにもいかず、手にできたのは保存食として持ち歩ける干し肉程度だった。
「これでは、モンスターも寄ってこないかもしれませんね‥‥」
「やってみなくてはわかりませんよ」
欠伸をかみ殺しながらテッドはスィニエークへ励ましの言葉を送った。
パリから移動し、到着後はそれぞれが忙しく働き、休息を取れているのはアリシアだけ。夜を徹しての行動をするにはやはり事前に充分な休養を取っておく必要がある、とテッドも他の冒険者たちも襲い来る睡魔に再認識させられたのだった。
そして、風が吹く。
「風下になると、やっぱり臭いが強くなる気がしますね」
目を瞬きながらアルフィンが小さな手で鼻を覆う。
‥‥不利なことはいろいろあった。
その中の一つが、嗅覚に優れたものがいなかったということだろう。
それの発生源を特定できるものがいなかったのだから。
ただ、アルフィンの大きな瞳がランタンの炎を写す小さな変化を捉えた!!
「居ます、墓守さんの下です!!」
「任せろ!!」
──ザシュッッ!!
飛び出したルシファーの勇壮な雰囲気を纏う大きな斧──バルディッシュが、墓守の遺体の手前の地面へと振り下ろされた!!
『──‥‥』
「くっ!」
ルシファーの一撃と交錯するようにタイミングを合わせてジェルが蠢き、ルシファーへと攻撃を仕掛ける!!
呻き、その攻撃を交わすルシファー!
悲鳴を上げるでもなく、地面が揺らぎ‥‥ジェルが姿を現した!!
「食らえ!!」
「こんなモノがいては、死者もおちおち眠ってはいられないだろうな──アグラベイション」
バルディッシュが負わせた傷口を目がけ、亮がオーラショットを放つ!!
同時に、上空から接近したリウの魔法がジェルの動きを更に鈍らせる!!
──ゴポリ‥‥
身を捩るジェルの傷口から体液が溢れた。
更にルシファーの渾身の攻撃がジェルを抉る!!
「相変わらず面倒な奴だ‥‥しかし‥‥」
並みのモンスターなら大きなダメージを負うであろう一撃。
しかし、一向にダメージが蓄積された様相を呈さないジェルに、眉を顰め‥‥そしてふと沸く疑問。
──メタリックジェルとも比較にならない耐久力があるような、そんな錯覚。
「セーラ様の慈愛と祝福を──グットラック」
「ルシファーさん、引いてください!!」
「家族の絆を汚すあなたを許せません! ──ライトニングサンダーボルト!」
アルフィンの祈りがテッドを包み、テッド振るったショートスピアから扇状に衝撃が走る!!
同時に、詠唱を終えたスィニエークが電撃を放った!!
多数の攻撃を受け、それでも平然と蠢くジェル。
「‥‥おかしい、このジェルは何なんだ!?」
二つ目の不利な状況──それは、モンスターに詳しい人物が同行していなかったことだった。
ジェルと呼ばれるインセクトモンスターは数種類いる。地面に擬態するクレイジェル、金属に擬態するメタリックジェル、水に擬態するウォータージェルなどだ。地面に擬態するクレイジェルの名を知る冒険者は依頼を受けた仲間にはおらず、従って目の前のモンスターの特性に気付くのが遅れることとなる。
「チッ。スィニエーク、クリスタルソードを!!」
「わかりました」
絡め取られたバルディッシュが溶かされ始めたのを見てとるや否や、叫び、後退するルシファー。
スィニエークはすぐにスクロールを取り出し、広げた!
「それにしても、臭いですわ」
「アリシアさん、あまり動かない方がいいですよ。敵が一匹と決まったわけではないのですから」
回復要員の二人は仲間の動向に気を配りながらも地面を注視していた。
シルフィリアが拾った棒で地面をぺしぺしと叩く──硬い。
向きを変え、拾った棒で地面をぺしぺしと叩く──大丈夫。
後ろを向き、拾った棒で地面をぺしぺしと叩く──柔らかい。
「え?」
疑問を抱く間もなく、蠢いた地面が棒を絡め取る!!
「こっちにも、ジェルです」
ずるずると這い寄るジェルがターゲットに選んだのはアリシアだ!!
「キャー!! やめて、触らないで! ──触るなって言ってんだよ!!」
必死に避けるがジェルの攻撃は止まらず‥‥とっさに殴り返すアリシア!!
怯んだジェルにゲシゲシと蹴りを入れる!!
「うぜぇんだよ、グズグズ解けやがって!! さっさと消え‥‥ッ‥てくださいませ!!」
反射的に素が出たアリシア、取り繕うように笑顔を浮かべるがその足は尚もジェルを蹴る!
「離れてください、アリシアさん!!」
──目をむいたテッドの忠告は僅かに遅かった。
蠢いたジェルがアリシアを捕らえたのだ!!
「キャアアッ!? 放して、放し‥‥放しやがれ!!」
暴れ、攻撃を仕掛けるアリシア! 駆け寄ったテッドがジェルにショートスピアを振るう!!
「アリシアさん!!」
アリシアを放し、ショートスピアを絡め取るジェル!!
「奴はカウンターを使うのか!!」
冒険者が時折り使うカウンターアタックを髣髴(ほうふつ)とさせるジェルの反撃。愕然としながらも亮はオーラショットを放つ!!
「もしかして‥‥アルフィンさん、デティクトアンデッドを掛けてください!」
シルフィリアの脳裏を掠めた考えを、デティクトアンデッドを使用したアルフィンが裏付けた!
「2匹とも、ただのジェルじゃありません!! アンデッド、ズゥンビです!!」
ギルドに来た依頼人は、確かに、強すぎる腐臭があると言っていた。
そして、全ての生命はアンデッドになる可能性を秘めている。スィニエークの思考の隅に掛かっていたものは、固定観念に邪魔をされた、その知識だった。
目の前に居るものはズゥンビと化したジェル系モンスター‥‥アンデッドジェルだ!
「厄介な!」
アンデッドと化したものは、生命への強すぎる執着ゆえなのか、生命力──耐久力というべきだろうか、ソレが格段に伸びる。
つまり、ただでさえ死ににくいジェルのアンデッドは──ルシファーは忌々しげにクリスタルソードを振るった!!
「何があったのかはわからないけど、安らかに眠ってください──ピュアリファイ!」
祈りをこめて、アルフィンの魔法がアンデッドジェルを射抜く。
避ける気の無いアンデッドジェルに、攻撃はほぼ全てが当たる──時折り振るわれるカウンターと引き換えに。
2匹のアンデッドジェルがその動きと止めたとき、満身創痍の冒険者たちは地面に倒れ伏した。
「か、回復を‥‥」
懸命に立ち上がり仲間を癒そうとするアリシアとシルフィリア。アルフィンの魔力はとうの昔に底を突いていた。
「構わない。今はお互いに、少し、休もう‥‥」
墓場の柵に凭れ、亮は疲労と睡魔に身を委ねた。
唯一、あまりダメージを被ることの無かったリウが依頼人を呼びに行き、眠る冒険者たちは村人たちの手で柔らかな布団に運ばれた。
一昼夜眠り続けた彼らが目覚めたのは、墓場が村人たちの手で整えられた後だった。
──整えられた墓場を浄化し、魂を導く曲を贈る‥‥
「こんな曲はもう何度目だ? まったく‥‥世の中悲哀が多すぎるぜ‥‥」
滲んだ涙をクールぶって誤魔化した亮の歌声は、夏の空に遠く響いた‥‥