●リプレイ本文
「お化け‥‥それはこの世に未練を残し彷徨っている魂‥‥。‥‥姿なく、ただ生きる者を嫉み、恨み‥‥時として死者の世界に引きずり込む、寂しい霊魂‥‥」
抑揚をつけ扇子を打ち鳴らしながら情緒たっぷりに語る片柳 理亜(ea6894)。
「確かに、姿が見えない相手に恨まれるのは、ちょっと怖いですね〜」
ほわわんと微笑んで返すミカエル・テルセーロ(ea1674)、全く怖がっていないその様相に紅い瞳のローサ・アルヴィート(ea5766)は咄嗟にフィニィ・フォルテン(ea9114)の雲間の透扇を奪い、ピシィッ!! と穏やかな額を打った。
「いたっ!! ローサさん、何するんですか〜」
「もっと怖がらないと、雰囲気でないじゃないの!」
額を押さえるミカエルにそんな言いがかりをつける。フィニィは慌ててローサの手から扇子を奪い返した。
「ローサさんは武器じゃないですよ? それに、雛ちゃんが見てますから、変なことを覚えさせないでくださいね?」
「大丈夫なの! 雛、扇子の使い方くらい知ってるのね〜」
きゅるんと見上げられ、宮崎 桜花(eb1052)は隣に腰掛ける雛菊を思わずぎゅむっと抱きしめ、すりすりと頬を摺り寄せた。
「ひゃ〜、髪の毛くすぐったいの〜」
「ずるいですわっ」
ぷにぷにほっぺの独り占めは駄目ですっ! と桜花を瞳で牽制し、同じく雛菊の隣を陣取っていたセフィナ・プランティエ(ea8539)が反対側から雛菊に頬を摺り寄せた。
「嫉みに恨みか‥‥。私の祖国ロシアでは、水辺で死んだ娘がルサールカという魔物になるのだ‥‥そして恨みからか嫉みからか知らんが、水中に人を引きずりこんで殺してしまうと言われている」
幸せそうに目を細める雛菊へ聞かせるように、暗闇を照らす火を絶やさぬように焚きながら、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)は低い声でぽつりぽつりと言の葉を紡いだ。
「夏場には森に出てくるというから‥‥ロシアからは地続きだから、この辺りにもいるかもしれんな」
ニヤリと笑うヴィクトルの言葉に、抱き合う3人の少女は小さく震え上がった。
パリを出て丸一日。野営を行わぬわけにはいかず一行は森の中で夜を過ごすことにしたのだが‥‥理亜もヴィクトルもムードを盛り上げるというよりは怖がる3人を見て楽しみ始めてしまっているようだ。
「あまり怖がらせると、3人とも眠れなくなってしまいませんか?」
助け舟を出すように、サーシャ・ムーンライト(eb1502)が耳元へ小さく告げた心配事。それもそうだとヴィクトルは少女たちを怖がらせる話を切り上げた。
──ホゥ、ホゥ‥‥
まだ暖かい夜風が木々の梢を揺らし、茂みが音を立てる。その夜風に乗り、どこか遠くからフクロウの鳴き声が響いてくる。
「明日も歩きますし、休めるうちに休みましょう。大丈夫、何も出ないと思いますから〜」
落ち着かせようとにっこり微笑んで大丈夫と言うミカエル。しかし断言せず『‥‥と思う』と濁された言葉に、3人の少女は落ち着きなく目を瞬いた。
──怖がりが怖がり始めたら、何を言っても言われても、風が吹くのも柳が揺れるのも、全てが怖いのだ。
身を寄せ合う3人に、フィニィと理亜は視線を交わし苦笑するのだった。
お誂え向きの廃墟を発見した一行は、さっそく肝試しに取り掛かることにした。
ルールは至極簡単──廃墟内に置かれた、ジャパンの囲碁と呼ばれる遊戯で使用される『碁石』を取ってくること。ただし碁石は小さく、隠してしまっては探し出すのが容易ではないため、目立つ場所に置くことになった。
ミカエル、ヴィクトル、理亜、ローサが暗い表情に悪戯心を紛れさせて暗闇に沈む廃墟へと碁石を置きに進むのを見送ると、雛菊と桜花、セフィナは我知れず身を寄せ合った。フィニィは3人を安心させようと、闇を払うように明るい声で歌い始めた。
「♪夜道は怖いですか?
大丈夫 お月様が照らしてくれます
お化けは怖いですか?
大丈夫 お友達がそばに付いています
怖くなんかないですよ
みんながあなたを見守っているのだから♪」
雛菊のために用意した歌は3人の緊張をほんのりと和らげた。一歩離れていたサーシャは、それにしても、と言葉を紡ぐ。
「それにしても免疫力をつけるためにわざわざ自分から探すとはジャパンには変わった修行があるのですね」
「兄様が雛のために考えてくれたの〜。あのね、雛ね、兄様大好きなの!」
もじもじと照れながらサーシャに答える雛菊。桜花の瞳にまだ見ぬ『兄』への嫉妬がめらりと燃え上がり、フィニィは宥めるようにそっと背を叩いた。
歌を歌いながら数時間が経過し、月が夜空の頂点に達すると‥‥5人は雛菊を中心に廃墟へと足を踏み入れた。
石造りの廃墟を満たす空気はひんやりと5人を包み、サーシャと桜花の持つランタンの灯りがゆらゆらと暗闇を照らす。
この灯りが消えたならば、暗闇で狂化し、フィニィがひたすらに隠し続けたハーフエルフであるという事実が雛菊へばれてしまう。揃いの浴衣を着て並ぶこの夜が夢幻と消えぬよう、月光の歌い手は月に祈った。
そんな想いを知る由もない雛菊はぶるっと身を震わせ、その手をセフィナがそっと握る。
「こうすれば怖くありませんわよね?」
本当はセフィナも怖いのだ。ただ、小さな雛菊が頑張るから、だから手を繋いで一緒に頑張ろうと思ったのだ、雛菊のためにも自分のためにも。
やがて‥‥城内を歩く自分たちの足音に紛れて、しくしく悲しくすすり泣くようなか細い声が石壁に響きながら耳へ忍び込んできた。そして突き当たりを曲がった死角からほんのりと灯りが零れ始める。
「‥‥私は外に出られない‥‥‥死んでもお城から出れないの‥‥。だから私は、今日も‥‥お城の中を飛び回るのよォォ!!」
「「キャァァァッ!!」」
怒りと悲しみの炎を纏った女の亡霊が桜花の頭上を掠めるように飛ぶ!!
──2度、3度。悲鳴が廃墟に木霊する!!
(「あれってファイヤーバードですよね? 理亜さん、なかなか演技派ですね」)
(「雛菊さん、固まってしまってますよ」)
フィニィとサーシャがこそっと囁くとおりのからくりで、すれ違いざま、理亜は小さくウィンクし‥‥そして姿を消した。
炎を纏う怨霊をやりすごし城内をこっそりと歩く──その異変に気付いたのは忍者の雛菊だった。
『足音がするなの』
呟いた雛菊の言葉はジャパン語で、桜花以外には怯えと警戒心しか伝わらなかったが‥‥華の名を持つ二人のジャパン人が歩みを止めたのに釣られて歩みを止めると異変に気付く。
──コツ、コツ‥‥
タイミングをずらして止まる足音。歩き始めると再びコツ、コツと足音が響き、歩みを止めると──コツ、コツ‥‥と一拍遅れて足音が止まる。
「走りましょう」
雛菊の手をきゅっと握る手にじっとりと冷たい汗を浮かべ、セフィナが短く告げる。
(「1‥‥2‥‥」)
「3!!」
──ダダダダダッ!!
カウントと共に駆け出す5人!! 長い回廊の突き当りを左に曲が‥‥ぽて。
「いやぁんなのー!」
声に振り返ったフィニィが見たのは、石の床にキスをする雛菊!
「雛菊さん!」
殿を駆けていたサーシャがさっと雛菊を抱き上げる! その首に腕を回し、ぎゅむっと抱きつく雛菊!
「「キャァァッ!!」」
「桜花さん、セフィナさん!?」
先に曲がった二人の悲鳴!! 雛菊を抱きかかえたサーシャとフィニィ、怖いものには比較的耐性のある二人が追って突き当たりを左折し‥‥
「いやぁぁんー!! 怖いの、雛もうやーなのー!!」
150センチ前後、雛菊以外はどんぐりの背比べという身長の彼女らの目線より少し上に浮かぶ、般若!!
怯えた雛菊は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、しっかりとサーシャにしがみ付いた!
──気付けば、足音はしなくなっていた。
(「いいなぁ、サーシャさん‥‥あたしもやっぱり雛ちゃんと一緒にいれば良かったかな〜」)
雛菊を泣かせ少女たちに悲鳴を上げさせたローサは、達成感の中にちょっぴり疎外感を感じ、合流するタイミングを図りながら尾行を開始した。
「か、階段があります‥‥上がりますか?」
過度の緊張による疲労の色を凛々しく上品な顔に滲ませ、桜花は階段に足をかけた。
すでに1階は隅々まで確認した──たぶん。
あとは覚悟を決めて、2階、3階と確認していくだけだ‥‥おそらく。
「桜花さん?」
「こ、怖くなんてないですっ! 行きます!」
──タタタタッ!!
僅かに顔を引きつらせながら、桜花は勢い良く階段を駆け上がった!!
──ダダダダッ!!
そして勢い良く駆け下りてきた!!
「桜花お姉ちゃん? どうしたなの??」
ぷっくらした手で桜花の手を握り、真っ青な顔をきゅるんと覗き込んで雛菊は首を傾げた。
「ひ、ひ‥‥人魂が‥‥!」
サァァァッっと、雛菊の顔からも血の気が引いた。
「‥‥私が行きます、ついてきてください」
手を握り合う二人に頷き、桜花の手からランタンを受け取ると、フィニィは先頭に立って階段を上り始めた!!
──パチン
固くも軽い音が響き、ゆらりゆらりと人魂──火の玉が宙を舞う。
「ここはホールでしょうか‥‥広いですね」
──パチン
フィニィの声と共に、小さな音が響く。
ゆらりゆらりと舞う人魂が、暗闇に置かれた黒い碁石をちらりと照らした。
「あれじゃないでしょうか? 雛菊さん、あれを取れば終わりです、きっとお兄様も褒めてくださいますよ」
──パチン
セフィナにそっと背中を押され、ぐっと唇をかみ締めて、雛菊は置かれた碁石に少しずつ近寄っていく。
‥‥あともう少し!
──パチン
『ウラメシヤー‥‥』
碁石の向こうに飛んだ人魂にぽうと照らし出された、天狗羽織の小柄な人物。女性の顔の小面が片言のジャパン語を口にしながら、雛菊へ一歩踏み出した。
「!!!」
声もなく飛び上がる雛菊!!
仲間たちの下へ戻ろうと反転し駆け出した少女の目に飛び込んだのは、床近くをふわふわと舞う人魂に照らし出された、男の後姿。
──パチン
手にした碁石を碁盤に打ち、ゆっくりと振り返るその顔を‥‥人魂が照らす。
現れたのは、鬼。
「やーん! 雛、あれ取って来れないのー!!」
飛び上がりフィニィにしがみ付く雛菊!! 碁石を手にする数メートルを進めずベソベソと泣く少女の髪を撫で、歌姫は苦笑した。
「大丈夫です、私たちが守りますから‥‥ね?」
「悪しきものどもよ、去りなさい!」
「迷える魂に導きを!」
セフィナとサーシャのホーリーが、人魂を貫き、打ち消した!! ──ように見えたのは、ミカエルのファイヤーコントロールの効果時間が切れたからだろうか。
静寂を取り戻した空間にランタンの灯りだけが仄かに揺らめく。
「‥‥‥」
ランタンの灯りの中から、物陰の闇の中から、仲間たちが固唾を呑んで見守る中、大勢の意を決した雛菊が一歩、また一歩と碁石に近付いていく。
──そして。
「きゃあ〜、雛、取ったなのよー!!」
小さな手に碁石を握り締め、嬉しそうに声を張り上げる雛菊♪
そこに届いた、しくしく悲しくすすり泣くようなか細い声。
『‥‥どうして‥‥私はこのお城に縛られているの‥‥? 何故、貴方たちは自由なの‥‥?』
「片柳嬢、もう驚かす必要はないと思うが」
「‥‥私はこっちよ?」
鬼面を外したヴィクトルが、妻に『お面なんて必要ないない☆』と評された強面(こわもて)に苦笑を浮かべたが‥‥その台詞を思いついたはずの理亜は、ヴィクトルの背後にいた。
「‥‥え?」
違う方向から聞こえた理亜の声に、小面を外したミカエルが慌てて雛菊を振り返る!! その瞳に映り込んできたのは‥‥
──雛菊に近寄る、透き通った女性の姿!!
「雛ちゃん!!」
桜花の悲鳴が響く! しかし桜花、足が竦んで駆け寄れない!!
「出たなのぉぉっ!! こっちくるの、やー!! ‥‥来ちゃ、やーなの‥‥」
透き通った体が、雛菊と重なり──まだ幼い少女の顔が苦渋に歪む。
『‥‥‥何故、貴方たちばかり‥‥憎い、憎いわ‥‥!! 皆、皆死んでしまえばいい!!』
恐れおののく意識を、強張る体を、乗っ取ろうとするのは廃墟の姫君‥‥レイス!
「雛菊さん!」
反射的に魔力を帯びたショートソードを抜き放つサーシャ! レイスに斬り付ける手応えは無いが、レイスは確かに苦渋を浮かべた!!
「ちょ‥‥マジ!? 銀の礫、持って来てないよっ!!」
「本物が出るなんて!?」
無いよりマシだろうかとスリングを構えるローサとファイヤーバードの詠唱を始める理亜、その周囲で次々に魔法の詠唱が完了する!!
「雛菊さんをいじめないでください!! ──ホーリー!」
「ここは貴殿のいるべき場所ではない! ──ブラックホーリー!!」
セフィナとヴィクトルが、白と黒に輝く聖なる光を放つ!! レイスの姫君の姿が僅かに揺らいだ!
「あなたも辛いのでしょうけれど〜‥‥雛ちゃんから笑顔を、僕たちから雛ちゃんを奪わないでくださいーっ! ──ヒートハンド!」
片手を焔のように熱し、雛菊へ重なろうとするレイスの姫君へ手を伸ばす!!
『‥‥!! どうして、どうして邪魔をするの!!』
「や‥‥兄様‥‥桜花お姉ちゃん‥‥‥助けて‥‥」
恐れおののく意識を、強張る体を、乗っ取られぬよう必死に耐える少女は心を支える兄に‥‥そして、ノルマンの地で初めてできた友に、必ず守ると誓ってくれた朋友に、小さな手を伸ばした。
「雛ちゃん‥‥雛ちゃんを返して!! ──ライトニグソード!!」
発現した雷の剣を携え、サーシャと並んでレイスの姫君へ振るう‥‥雛菊のために!!
『この子は愛されているのね‥‥何て恨めしい‥‥』
「‥‥貴女を愛してくれる人も、たくさんいるでしょう? 行ってください、貴女を愛する人たちの下へ‥‥」
「こんなことしかできないですけど‥‥」
フィニィが魂を導くべく、安らぎを与える曲にメロディを乗せ‥‥セフィナとヴィクトルが祈りを捧げる中、ファイヤーバードに身を包んだ理亜がレイスの姫君を抱きしめ、恨みを吐き続ける姫君の髪をミカエルがそっと撫でた。
『‥‥この城から、出たかったの‥‥』
「大丈夫‥‥もう、貴女は自由です」
焔の鳥に包まれ、想う心で撫でられ、サーシャの言葉とフィニィの歌に送られて‥‥レイスの姫君は霧のように消えていった。
──トサッ
精神力だけで戦い続けた雛菊は、レイスが消えると同時に桜花の胸に倒れ込んだ。ぎゅっ、と抱きしめ、髪に頬を摺り寄せる。
「‥‥雛ちゃん‥‥もう大丈夫よ」
「怖かったね、雛ちゃん。良く頑張ったね」
「お兄様がいらしたら、きっと雛菊さんを褒めて下さったでしょうね」
ローサがポンッと頭を叩き、セフィナが小さな手を握る。
翌日、鍵が施され窓の打ち付けられた‥‥狂おしいほどの愛情を感じさせる部屋で、白骨化した遺体を発見し──冒険者たちは丁重にその遺体を弔ったという。