【存命嘆願】脱・駆け出し〜冒険者の意地〜

■ショートシナリオ&プロモート


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月09日〜01月15日

リプレイ公開日:2005年01月16日

●オープニング

●パリの酒場『シャンゼリゼ』
 最近、シャンゼリゼには人の途絶えることがないテーブルがある。
「どうか御願いです…オーガの少年『ギュンター君』の命を救ってください」
 着物の女性が羊皮紙を片手に、必死に声を張り上げているテーブルだ。
 オーガの少年『ギュンター君』の事件は、年末からパリ冒険者の話題の中心だった。
 話題を耳にした冒険者がギルドでギュンター君関連の報告書を読み、シャンゼリゼに戻って『存命嘆願書』に署名する──そんな光景も日常的な光景となりつつある。
 ラクス・キャンリーゼもそんな冒険者の一人だ。彼が今回の依頼のキーパーソンなのだが‥‥まず、順を追って話そう。
 そう、あれは冒険者ギルドで依頼を物色していた時のこと。とある報告書が冒険者から冒険者へ、手から手へと渡っていた。他の報告書と比較にならないほど手垢にまみれた報告書を、ラクスは興味本位で手に取った。
「何々? ギュンター君とあそぼう‥‥?」
 それはパリの冒険者ギルドでも冒険者として認められつつある、心優しいオーガの少年『ギュンター君』と──彼の関わるとある事件の、言うなれば中間報告書だった。
 その報告書には、オーガ少年が犯した罪、これからの処遇なども記されていて。怒るもの、同情するもの、理性的な結論を求めるものと実に様々な反応があるが、冒険者の風潮はギュンター君存命に傾いているようだった。
 そしてラクスもまた、オーガ少年の処遇に同情し、自警団の対応へ怒りを覚えた一人となった。
「『シャンゼリゼ』で存命嘆願書に署名すればいいんだな!」

──ひとつ、とても大事な事を失念したまま、ラクスはパリの冒険者酒場『シャンゼリゼ』へ向かった。

「ありがとうございます‥‥」
 署名の申し出に、着物の女性が深々と頭を下げた。
「俺の名前で役に立つなら、お安い御用さ! 頑張れよ!」
 ──ぷっ。
 ──駆け出しの署名って役に立つのか?
 ──そもそも、あの人誰? 誰か知ってる?
「‥‥‥」
 耳に届いたのは空耳かもしれない言葉。振り返っても、ごった返した店内では誰が言ったか解らない。
「駆け出しの冒険者風情が何人署名した所で、カウントは増えん。着物の女もご苦労なことだな、はっ」
 揃いの上着を着た男達が棘のある言葉を浴びせ、気色ばむラクスをわざわざ鼻で笑うと酒場を出て行った。

──そう、ラクスはまだ駆け出しとしか言えない冒険者だったのだ。

●冒険者ギルドINパリ
「何か難しい依頼はないのか!?」
 ラクスはカウンターを乗り越えんばかりの勢いで、エルフのギルド員に詰め寄った。受けたばかりの依頼書を整理していたギルド員はあまりの大声に飛び上がった。
「お、驚かせないでくださいよ。それに、難しい依頼、とひと口に言われましても‥‥」
「できれば、モンスター退治なんかがいい! 一度で実力を示せるような!!」
 駆け出し冒険者という肩書きを捨てるための手段は一つしかない。依頼をこなして実力を知らしめることだ。ファイターのラスクが実力を知らしめるためには、モンスター退治が手っ取り早いのは事実だ。
「まだ張り出していませんが、ズゥンビ退治の依頼がありますよ」
「それがいい!! その依頼受けた!!」
「待ってください、聞いてください! パリから片道2日の村から、夜な夜な2体のズゥンビが徘徊して困っているという報告が届きました」
「2体のズゥンビだな、俺に任せてくれ」
「ズゥンビだけではありません。鮮やかな色の見慣れない蝶の群れも現れるようです──特徴から、おそらくパピヨンかと思われます」
「パピヨン‥‥」
 グレートマスカレードを想像して、ラクスは眉をしかめた。あれを派手にしたような感じだろうか。何にせよ、蝶を剣で切るのは難しそうである。
「ズゥンビやパピヨンが現れるようになった原因は不明ですが、村としては、安心して過ごせるように全て退治してほしいそうです──ラクスさんご希望の『難しい』『モンスター退治』の依頼です」
 ラクスは腕を組んで考えた。確かに、駆け出しの肩書きが取れそうな、難しい依頼ではあるが‥‥。悩むラクスの脳裏に、あのひと言がフィードバックする。

──駆け出しの冒険者風情が何人署名した所で、カウントは増えん。着物の女もご苦労なことだな、はっ──

「やっぱり、受けることにするぞ。駆け出しの肩書きを捨てて、正々堂々と署名してやる!」
 ギュンター君を助けるためにも、自分自身のプライドのためにも。
 意地でも、この依頼は成功させてやる──
 エルフのギルド員はにっこりと微笑んで深く頷くと、依頼書を掲示板に張り出すために腰を上げた。

●今回の参加者

 ea1793 河崎 丈治(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4905 斎穏 夢(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea7431 フィソス・テギア(29歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea7935 ファル・ディア(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8586 音無 影音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9344 ウォルター・バイエルライン(32歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

アリア・プラート(eb0102

●リプレイ本文

●脱・駆け出し〜準備の巻〜
「仕方ない、広場に設置するか」
「いいんじゃねぇの?」
「そこしか‥‥ないと思う‥‥」
 モンスターに関する情報収集を終え、村内の下見をすませた河崎 丈治(ea1793)は、篝火の設置場所を決めた。共に村内を歩き、パピヨンの群を捜索していたアリアも投げ遣りに同意し、音無 影音(ea8586)も控えめに頷く。
 村の北半分だという所までは特定できたものの、乾燥する冬場に篝火を焚くとなれば、場所はおのずと限られてしまうようだ。
 広場では、仲間達がとりあえず‥‥と薪になる木を集めているはずだ。3人は足早に広場へ戻った。
「大体さ、暴れもせず人に迷惑もかけないモンスターを退治して何が面白いんだろ?」
 確かに食べるより飲むよりモンスター退治は好きだけれど、殺戮が好きなわけではない──斎穏 夢(ea4905)が薪を落としながら複雑な表情を浮かべると、ファル・ディア(ea7935)が穏やかにたしなめた。
「被害がないのは単なる幸運ですよ、ズゥンビは人型の生物に襲い掛かる習性がありますからね」
「被害が出ないうちに迷える魂に救済を与える‥‥とでも考えろ」
 フィソス・テギア(ea7431)が切り捨てるように言った。すっきりした姿勢と同様にきっちり抱えられた薪を見て、夢も薪を抱えなおす。
 そんな広場には、場違いな剣戟が響いていて──

──ギィン!!

「はっ、まだまだ甘ぇな」
「くそっ、もう一本だ!!」
 アール・ドイル(ea9471)とラクス・キャンリーゼの筋肉だるま‥‥もとい、体力自慢の二人が水を得た魚のように生き生きと、熱い戦いを繰り広げていた。勝率10%未満という苦戦を強いられているラクスはすっかり頭に血が上り、止めるつもりはなさそうだ。
「アール殿、ズゥンビと戦う前に疲れてしまっては元も子もありませんよ」
「そんなヤワな鍛え方はしてねぇよ、ファル」
 歯牙にもかけられない。そんなやり取りを横目に、ウォルター・バイエルライン(ea9344)は気真面目に働いているテッド・クラウス(ea8988)に声をかけた。
「テッド殿、私はもう少し村内を歩いてみる」
「あ、はい、わかりました。ここは僕に任せてください!」
 小柄なテッドににこやかに送り出され、ウォルターは広場を抜け出した。
「あっ、ウォルター君手伝ってこようっと♪」
 飽きてしまっていたのか、夢もウォルターを追って広場から駆け出していった。

●脱・駆け出し〜蝶の巻〜
「待って。夢もラクスも、口元‥‥覆っていって。ズゥンビと一緒にパピヨンが出ないとも‥‥限らないから‥‥」
 自前の布の用意がなかった二人へ、影音が村長から借りた布を渡す。備えあれば憂いなしだ。そしてズゥンビ班を暗闇に送り出すと、テッドが声を上げた。
「火を入れます!」
 村人の協力で、新月から一日しか経っていない夜は漆黒に包まれていたが、燃え上がる篝火が闇を切り裂いて天へ昇る。

──パチ、パチッ

 火のはぜる音が空気に響く。火の粉が飛び散り‥‥
 輝く鱗粉が舞い落ちる。
「来た‥‥」
 河崎が呟いた。現れたのは、数匹の美しい蝶。ファル、河崎、アリアが詠唱を開始し、淡い色を纏う。
 詠唱を掻き消すような轟音と共に、地面から半円状に影が爆発した!! 巻き込まれた蝶は無残にも羽を引きさかれ、地面へ、篝火へ、堕ちてゆく。
 ファルの唱えたグットラックの祝福を得て、テッドと影音が飛び出した!! ダガーが、ショートソードが、舞う蝶を捕える!
 現れたパピヨンの姿が消え──
「まだ、来るぞ!」
 足元に蠢くパピヨンだったものを踏みしだき、炎を帯びたスピアを構え、飛ぶ蝶を狙う。篝火を背にテッドも短剣を構え、鋭く叫ぶ。
「羽を切るだけでも充分です!」
「はっ!!」
 スピアに炎を帯びさせて、河崎がパピヨンを突く!
 切っても切ってもパピヨンは現れるが──鱗粉を吸わなければ、問題は無い。
「大丈夫そうですね。では、私はズゥンビ班を追うとしましょう」
 メロディーの旋律を聞きながら、ファルはそっと広場を出て、北へ向かった。

●脱・駆け出し〜死者の巻〜
 「ズゥンビは耐久力が高いからな。中々にしぶとい。神聖魔法が有効だが、詠唱中に接近されると厄介だ‥‥ファイターの様な純粋な前衛系が居てくれると助かる」
 アールとルクスが並ばないよう身を割り込ませて、フィソスがルクスにそう告げた。夢も、楽しそうに言う。
「さて、僕の相手はズゥンビか‥‥タフそうで斬り応えがありそうだね♪」
「夢殿、そんなことを仰るから‥‥お出でなさったようですよ?」
 ウォルターの静かな一言に改めて視線を巡らせると、一行を挟むように、右から、左から、ズゥンビが現れていた。
 フィソスがレジストデビルの詠唱を始めると同時に、夢とウォルターが右へ、アールが左へと狙いを定めて駆け出した!!
「借金返さなきゃならねぇから少々無茶も通さねぇと拙いんだ」
 アールはにやりと笑ってそう漏らすと、そのまま疾走で勢いをつけ、ジャイアントソードを大きく振りかぶった! ラクスとの模擬戦には使えなかった、一撃必殺、捨て身の剣技だ!!
──しかし空振り!! そして体に加わる衝撃!
「ちッ!」
 ズゥンビの爪を受けて初めてアールは防寒着を着ていないことを思い出した。寒いとは感じなくても、寒さは確実に体を蝕んでいたのだ。当たればズゥンビ程度、一撃で落とせる攻撃だったのだが‥‥もう一度仕掛けるには、助走をつけるための一定の距離が必要だ。
 アールは少しずつ間合いを広げていく。
「斬り応えがあって良いよねっ!」
 ズゥンビの視覚で、鞘から素早く掠めるように斬りつける目に留まらない一撃が、ズゥンビの注意を引き付ける。攻撃は素手で受けるつもりのようだ。
 楽しそうに刀を振るう夢に、呆れるようにウォルターが呟いた。
「一撃必殺は狙わなくていいのですよ。チクチクでも確実に仕留める事を大前提にするのです」
 自らの言葉を実践するように、ウォルターは小さく素早く日本刀を振るう!! そして、その刀は確実にズゥンビにダメージを重ねていった。真似るように、ルクスも剣を振るう。
「彷徨える屍よ、あるべき場所に還れ! ──ピュアリファイ!!」
 フィソスのピュアリファイがズゥンビに炸裂!! 強制的に浄化され、それまでのダメージと相まって、ズゥンビが急速にその形を崩し始めた。フィソスが叫ぶ!
「ラクス殿! とどめは任せる!」
「はっはっは、任せろ!!」
 ウォルターと夢が体を引きラクスを誘導する。ラクスは、その空いた空間へ、全力で斬りつけた!!
『GRRRAAA!!!』
 断末魔の叫びを上げて、ズゥンビは崩れた! カラン、と軽い音を立てて、小さな金属のプレートが地面に転がる。
「アール!」
 喜びを感じる間もなく振り返ったウォルターの目には、無傷のズゥンビが真っ二つに切り捨てられるシーンが飛び込んできた──。
「こんなの相手じゃ戦闘の緊迫感なんぞ感じねぇ‥‥予定より長引いちまったけどな」
 不敵な笑みを浮かべ──‥‥ぶるっと身を震わせた。

 見上げると、遠くに見える篝火の灯りは小さく──戦いの終焉を告げていた。

●脱・駆け出し〜探索の巻〜
「パピヨン、見当たりませんね」
 一向にパピヨンも蛹も見つからず、テッドが漏らした。彼は最初からパピヨンを完全に退治するつもりで、出発前にパリでパピヨンについて色々と知識を蓄えてきた。蝶と同様にさなぎで冬を越す──さなぎの焼却用に松明の準備も万全だ。しかし、見つからず肩を落とした。そんなテッドに河崎が提案をした。
「村長の許可はもらった、北の屋敷に向かってみないか?」
「北の屋敷?」
「錬金術師の屋敷があるそうだ‥‥今は誰も住んでいないらしい」
「それは見ておきたいですね」
 フィソス、影音と共にズゥンビを弔ってきたファルも興味を示した。反対意見のないことを確認し、村外れの屋敷に向かうことにした。
(「あのプレートについても、何か判るかもしれませんね」)

「‥‥当たりですね。ズゥンビの腐肉です」
 ファルが、歪んだ門扉に付着したズゥンビの腐肉を指摘する。警戒しながら門扉をくぐると、屋敷の周囲をぐるりと回り──
「パピヨンのさなぎです」
 テッドが数本の木を指差した。指摘された木々には、確かに数多くのさなぎが見受けられる。
「地道に焼却しましょう」
「あっ、テッド君手伝うよ」
「私も手伝おう」
 夢、アール、ルクスはテッドを手伝い、パピヨンの駆除に当たることにした。テッドが自前の松明に火をつけ、夢たち3人が木から回収したさなぎを焼く。嗅ぎなれない異臭が鼻を突いた。
 4人にパピヨンの処理を任せ、残りの面々が屋内の探索をすると──数個の棺おけが並ぶ部屋を発見した。
「同じですね」
「何がだ?」
「‥‥このプレートが、ズゥンビに付いてたの‥‥」
 怪訝そうに眉をしかめる河崎に、影音は保管していた2枚のプレートを見せた。一枚には『ELIO』、もう一枚には『OLIO』と記されていた。
 蓋の開いている棺おけには『0173』と『0170』の数字が記されていた。蓋の開いていない棺おけにも、間を埋めるように0172、0173の数字が記されていて──フィソスとアールがそれぞれの蓋をそっとずらした。
「‥‥ズゥンビか?」
「さぁな」
 中に入っている遺体の首には、やはり棺おけと同じ数字の記されたプレートがかけられている。河崎がクレリックを呼んだ。
「あんた、この遺体清めてくれないか? 意味のないことではないだろうしな」
「わかりました」
 頷いたファルが場と遺体を清める。遺体が崩れ去ったところを見ると、2体の遺体もズゥンビと化していたのだろう。

「‥‥?」
 ふと、ウォルターが一枚の羊皮紙を手に取った。破け、ズゥンビに踏まれ、判別はほとんどできないが‥‥『0170〜0173』という文字と家主である錬金術師のサインだけが、辛うじて読み取れる。そして、もう一つ──
「‥‥売買契約書、ですか」
 清められた部屋に、溜息が、とても大きく響いた。

「パピヨンは全部退治しましたね」
「だな! これで俺も胸を張っていられるぞ!」
 微笑むテッドに満面の笑みでルクスが応えた。ファルがぽん、とその肩を叩く。
「さぁ帰りましょう。胸を張って助命嘆願の署名をしに」
「そうだよ、ラクス君が署名するまでが今回の依頼だからね」
「あたしも一緒に行く‥‥この前署名した時は、まだ無名だったし‥‥改めて、ね‥‥」
 夢と影音がラクスの両手を引き、陽光の下、パリへの道を急ぐのだった。

(「‥‥売買契約書、ですか‥‥」)
 ウォルターの小さな溜息は、降り注ぐ陽光に溶かされて消えた。