●リプレイ本文
●雛ちゃんと冒険者
「マーちゃんこんにちはなの〜」
手を振った雛菊の視線の先にはマート・セレスティア(ea3852)が同じように元気良く手を振っていた。
「雛ちゃん久しぶりだね」
「そうなのね〜」
飛び跳ねる雛菊の目に次に映ったのは、マートの隣で頬に僅かに桜を散らし視線を泳がせている王娘(ea8989)だ。両手できゅっと握りったちまにゃんの手でちま雛を撫でる。
「その‥‥この子が寂しそうだったからな」
「雛も雛のひなちゃんも、ちまにゃんも娘お姉ちゃんも嬉しいなの〜」
ちま雛をちまにゃんへ抱きつかせる雛菊。雛菊のずれた言葉に頬が引きつりそうになる娘へ、宮崎桜花(eb1052)が通訳をする。
「会えて嬉しいくらい大好きらしいですよ」
その桜花はエルフのギルド員以上に骨を抜かれており、背後からぎゅっと抱きしめ頬を摺り寄せ、擽ったそうに笑う雛菊へ目を細める。
フィニィ・フォルテン(ea9114)はそんな二人をどこか羨ましそうに微笑ましく見つめていた。同じようにスキンシップを図りたいが、それにはハーフエルフだということが知られる可能性がつきまとう‥‥まだ目に見えない壁があるのだ。
更に大きな壁に阻まれているのは既に知られたシモーヌ・ペドロ(ea9617)。見つからないよう死角からその姿を見守りつつ、雛菊から少し離れたカンター・フスク(ea5283)とジャスパー・レニアートン(ea3053)へスススッと歩み寄りシモーヌ的には控え目に声を掛けた。
「ご挨拶なさったらどうでスか? 桜花サマ、そんなことくらいでは怒りまセン、ノープロブレム☆」
桜花サマが怒るのは雛ちゃんサマが泣いたときデス、過保護なのデスネー。
そう冗談とも本気ともつかない独特の口調で吹き込むと、二人の背中をグッと押した。
「はじめまして、雛菊。‥‥いや、雛って呼んだほうがいいのかな?」
近付いたカンターに気付いた桜花に送り出された雛菊、しゃがみ込み同じ目線になった青年にぱちぱちと目を瞬く。フッと笑みを浮かべたカンターに頭を撫でられ、ほにゃんと頬を緩めた。
「はじめましてなの〜。雛、雛菊でも雛ちゃんでも良いのね。でも菊ちゃんはヤなの〜」
「僕はジャスパー。よろしくね、雛菊」
「ジャスパーお兄ちゃんはお着物なの? 素敵なのね〜」
親しんだジャパンの着物に身を包んだジャスパーへきらきらと輝く目を向けた。日本刀や褌を持つ冒険者が多いのはノルマンの歴史からだろうが、着物を目にすることはあまり多くない。
その時、少し遅れたヴィクトル・アルビレオ(ea6738)夫妻がギルドの戸を潜り‥‥見送りに来た妻リュシエンヌが雛菊を掠め取った!
「うわ、かわいいっ、どうしよう! 連れて帰っちゃダメ?」
「出かける前に連れて帰ってどうする」
こめかみを押さえるヴィクトルに不満げな表情を向け、雛菊の頭をくりくりと撫でた。
「暇な時はおじちゃんとおばちゃんちに遊びにいらっしゃい、何かお菓子でもご馳走するわよ」
「‥‥ありがとなの」
久々に愛する奥方に見送られどこか嬉しそうなヴィクトルを先頭に、一向は嵩張る荷物を背負い込んでパリを出発した──
●先ずはお洗濯‥‥の前に
獣の遠吠えを聞く夜を過ごし、星を数える夜を過ごし、雷雨で1日足止めを喰らって辿り着いたのは小さな村だ。早速、雛菊でも危険のないせせらぎのほとりへ降り立つ。
「それじゃ僕が魔法をかけようか。雛菊、お姫様になってみないかい?」
カンターはもじもじと頷く雛菊を前に少し悩み、玉簪と同じ桜色のドレスを2着取り出した。レースをふんだんにあしらったふんわりドレスと、それよりスッキリした印象のマーメイドドレス。
「こっちの方が似合うかな」
ふわふわしたドレスを選んだカンターはフィニィと桜花にドレス一式を預け、ヴィクトルと共に洗濯の準備を始めるカンター。二人は背後に歩み寄る気配を感じ、振り返った。そこに立っているのは頭にお団子を二つ載せた娘だ。口にするのが恥ずかしいのか、頬を赤らめ俯き‥‥やがて目だけで二人を見上げてその言葉を口にした。
「その‥‥できれば私の武闘着も綺麗にしたいのだが‥‥いいかな?」
「構わないよ。その間はこれを着ているといい。可愛い子に着てもらえばドレスも喜ぶしね」
雛菊にはちょっと早かったピンクのマーメイドドレスを交換条件だとばかりに娘に差し出した。途端に仏頂面と化す娘。
「お前の目は腐っているのか?」
「娘は可愛いと思うけど? 着ないなら洗濯できないだけだよ、ああ袖も綻びて‥‥着たままじゃ直してあげられないな」
からかうように愉しげな笑みを浮かべるカンターの手から引っ手繰るようにドレスを奪い、お返しとばかりに足を踏み拉くと雛菊の後を追って駆け出した。
●お日様万歳!
「わぁい、すごぉいなのー」
ピンクのドレスを着、それぞれ1個、2個のお団子を載せた少女がじーっと手元を眺める中、みるみるうちに汚れが落ちてゆく。
「ちょっとした汚れならその場で対処すれば染みにならないぞ」
「擦ると広がるから、叩くようにするのがコツかな」
「濃い色の服は太陽に当てないように乾かしたほうが色が褪せない」
そんな基本的なことを教えるように口にする二人のエルフ男性に尊敬の眼差しを向ける桜花。
「‥‥詳しいんですね」
服を扱うのが仕事だから当然だよ、と仕立て屋のカンターは賛辞を受けたが、家事を一手に担うお父さんは羞恥に渋面となり粗暴な印象の顔がますます強面になった。スススッと娘の背に隠れた雛菊の怯えた顔にショックのお父さんを見、娘が慣れぬフォローを入れた。
「大丈夫、取って食べたりしないだろうから‥‥多分。それに、ヴィクトルのことは雛菊の方が良く知ってるはずだ」
‥‥だろう? ‥‥多分?
ピンクのドレスを着た小さな2人の姫君の会話に打ちのめされ、後半は耳に入らないお父さんだった。
「美味しいもの食べて元気だしなよ、ね?」
哀れんだマートがぽむぽむと肩──には手が届かなかったので腰──を叩いて慰める。傷ついた心に無邪気な優しさが染みた。川縁で遊んだ手で叩かれたので洗い物が増えたのは些細な代償だろう。
●快適に過ごすために
ギルド員リュナーティアが借りてくれた村はずれの一軒の空家、シモーヌはそこでせっせと大量の湯を沸かしていた。
「皆が戻るまでが勝負だよね、頑張らなくちゃ!」
見る者の無い状況下ですっかり素の口調に戻ったシモーヌ。湯が沸くまでにと表に出て、休む間もなく手を体を動かしている。
「ここがちょうど良いかな?」
主を失って久しい厩に目をつけ、入り口にロープを渡して布をかけたら外から見えない空間の出来上がり。
他にも、家と厩の角を使うべく、窓から庭木へ渡したロープに布をかけて仕切りを作り‥‥
「ちょっと覗けるけど‥‥ま、いっか。あたしが入る訳じゃないもんね〜」
──良いのかシモーヌ。
用意できる限り大きなタライを用意し、水を張り、鍋で沸かした湯を差す。人肌より若干ぬるいくらいに準備して‥‥ジャパン式の風呂の出来上がり♪ ‥‥とまでは行かないが、湯浴みの準備は完了だ。
「あとは、雛ちゃんの好みでお湯を差していけばいいから‥‥もうちょっとお湯沸かしておこうかな?」
雛ちゃんから見える場所では数に含まれていないシモーヌ。いないことになっている現状をいかに楽しむか、そしてこの状況でいかに雛菊に近付くか、それが彼女のテーマのようだ。
鼻歌交じりに思惑を巡らせていると、人の声が聞こえ始めた──どうやら戻ったようだ。沸かしかけた火はそのままに、こっそりと身を潜めた。
●妖精さんのお仕事?
「あら、湯浴みの準備がされてますね」
厩のシーツを捲った桜花が口にした言葉はちょっと不自然だった。
「桜花お姉ちゃん‥‥お湯を沸かしたの、だぁれ?」
「シ‥‥じゃなくて、誰かしら。魔法の家なのかも?」
「雛、何か怖いなの〜」
きゅむっと指を握る雛菊。親友の窮状をフィニィが助ける。
「きっとお手伝い妖精さんですよ。恥ずかしがりやさんで姿は見せない、けれど大好きな人のために一生懸命‥‥そんな妖精さんがいると噂できいたことがあります」
「雛菊が可愛いから妖精も一生懸命なんだろうな、怖がったら可哀想だ。ありがとうって言ってあげたらどうだろう?」
小さな少女の警戒を解かせようジャスパーは嗜めるように雛菊を抱き上げ、優しい案を提示する。
和服の好きなジャスパーはジャパンが大好きな雛菊にとって理解ある大好きなお兄ちゃん。その兄の腕の中で『ん〜』と悩み、コクリと1つ頷いた。
「お手伝い妖精さん、どうもありがとなの〜。雛、お風呂大好きよぅ? 妖精さんも大好きなのね〜」
『妖精さん』の正体を知らないとはいえ、いや知らないからこそ同胞シモーヌへ向けられた感謝と大好きの言葉。それでも娘とフィニィは何だか嬉しかった。
「ひゃっほー! おいら一番〜!!」
服を脱ぎもせずに飛び込もうとしたマートの首根っこを桜花ががっしり握る。
「やだやだ離してよー! おいらも入るー!!」
「男性は駄目です。小さくても雛ちゃんは女性なんですよ」
じたばたするマートをキッと睨む桜花。その瞳に宿るは、舵取り役をすっかり奪われた気がする桜花の嫉妬の炎。ずりずりと引きずられたマートはジャスパーに押し付けられ、代わりに雛菊を抱き上げた桜花の柔和な表情にマートはぷっくりと頬を膨らませた。
「これって絶対八つ当たりだよ! おいら泣いちゃうぞ!!」
「泣けば?」
ジャスパーは、見た目も性格も子供だが実際は大人の男性のマートに優しくする趣味はないらしい。
「娘さん、大丈夫ですか?」
「手拭いで体を拭いたり、足湯に浸かる程度なら大丈夫だ」
時々熱い差し湯を運んでくる『妖精さん』の姿を雛菊から巧妙に隠しながら、一行は体を清めたのだった。
●湯上りお着替え1・2・3
「あれ〜? 雛のお着替えはー?」
湯を浴びた雛菊、脱いだはずの服が無い。まだまだ着替えさせたいフィニィと桜花が隠したのだ。
「私の服で良ければお貸ししますね、どれがいいですか?」
フィニィが並べたのはイギリスはケンブリッジにある各校の制服、まるごとわんこにオオカミさんに猫かぶり、遠くジャパンの巫女装束まで様々な衣装。
「ん〜‥‥」
悩んだ挙句に雛菊が選んだのは魔法学校の制服だった。
「この子が着替えを手伝うって。『湯冷めしないうちに、着替えないとねー?』」
ちまにゃんの小さな手を器用に操り、娘は雛菊の着替えを手伝う。雛菊が着替え終わると、フィニィは騎士学校の装束に身を包んで笑っていた。
「お土産に戴いたのですが似合いますか?」
「雛、良くわかんない」
欧州の服の良し悪しはまだ良く解らないらしい。首を傾げる雛菊が着ている服は大きく、袖から指もでていない。一歩進むごとにコテンと転がりそうになる雛菊を抱き上げ、桜花は苦笑しながら家の扉を開けた。
「ああ、二人ともイギリスの服も良く似合うな、凛々しく見える」
微笑んだのはカンターだ。隣のヴィクトルはサササッと抱えていた紺色の布を背後へ押し隠す。
乗り出したジャスパーが運んできた装飾品を雛菊に示し着けたい物を選ばせる。雛菊が袖からよいしょっと出した手で選んだのはフレイの首飾り。魔法学校の制服に銀の輝きが加わり、雛菊も少し大人びたようだ。
「あっ!」
何度目だろう、また転倒した雛菊を有無を言わさずに抱き上げ、別室へ連れ去る桜花。カンターの店から借りてきたブランシュ騎士団風の衣装(子供サイズ)を着せて仲間達へお披露目だ。
「あぁ、それならこれも似合うかもしれないな」
首飾りの他に、ナイトレッドのマントを着けるジャスパー。白に赤が良く映えてとても凛々しい。
「楽しそうだな〜‥‥おいらも着たいようっ!」
「じゃあ、これはマーちゃんに貸してあげるなの」
「それならこちらを着るといい。未婚の女性が着る姫君風の着物だ──桜花殿、お願いできるか?」
自分で着せたいのは山々なれど、その間を惜しんで縫わなければ雛菊の着替えが出来上がらないのだ。
頷いた桜花が暫くして連れてきた雛菊は、京染めの振袖に手を通していた。
「やっぱり着物が似合うよ。雛菊は和服が似合って良いな」
褒めるジャスパーの傍らで「姫君風ですか?」と似た振袖を持つフィニィが首を傾げる。ヴィクトルはコホンと咳払いで誤魔化した。裾を引きずるから、など口にしては雛菊が臍を曲げてしまうだろうから。
早速着替えてきたマートが雛菊をまじまじと眺める。
「似合うけど‥‥なんか、動き辛そうだね」
「それなら、これはどうだ? その‥‥使ってあげないと勿体無いからな‥‥」
娘がこっそりと持ってきていた、けれど皆の勢いに負けて出せずにいた服一式を取り出し桜花に預けた。
そしてしばらくして現れたのは、カラフルな可愛らしいローブを着て装飾の多い枝を持ち、獣(猫らしい)耳のヘアバンドを付け、真っ白い毛皮の長靴を履いた雛菊だった。服の方が幾分大きく、ゆったりとしているが‥‥それを含めて目を引く愛らしさに仕上がっている。
「えへへ〜、雛、かわいい?」
踊るようにくるくると回る雛菊。‥‥魔法少女のローブと枝が発動してしまったのは不幸な偶然にすぎない。
●雛ちゃんへの贈り物〜貴女の笑顔が見たいから〜
そして最終日、パリに到着すると、ヴィクトルは旅の間中針を動かしていた成果──紺色の忍装束を雛菊へ差し出した。帯の角に桜色の雛菊が刺繍してあるのが何とも愛らしい。
「娘御が着替えも無しではなるほど辛かろう、洗い換えも必要だろうしな」
「‥‥ありがとなの。雛、この忍者の着物は父様に貰ったなのね、だからヴィクトルおじちゃんも父様なの〜」
「カンター殿にもだいぶ手伝わせてしまったがな」
しゃがみこんだ首にしがみ付かれ照れ笑いを浮かべるヴィクトル。割り込むようにマートも自己主張する。
「おいらも手伝ったんだよっ」
そのお陰で縫い付けられた袖を解いたり縫いの甘い襟を縫い直したりと手伝いのカンターに余計な作業が増えて大変そうだった‥‥のは見なかったことにしているマート。そのマートからもプレゼントがあるようだ。
「おいら使わないから、これあげるよ」
七色のリボンを差し出すマートに続き、自分のフードとお揃いのちま雛用フードを差し出す娘。そしてフィニィは雛菊が気に入っていた様子の魔法少女のローブを模したちま用お洋服を差し出す。
「‥‥気に入らなかったら捨てていいから」
「あまり上手くできませんでしたが、ひなちゃんにもお着替えをと思って‥‥」
「あう‥‥雛‥‥」
それぞれ内緒にしていたため随分と揃った贈り物。嬉しさで言葉を失った雛菊の背中を桜花がそっと押した。
「良かったね、雛ちゃん。お礼はいいの?」
「‥‥ん〜‥」
言葉が見つからないようだったが──押し出された雛菊の蕩けた表情が、何より雄弁に少女の心を伝えるのだった。