【秘密のレシピ】農家さんのお願い

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月23日〜09月28日

リプレイ公開日:2005年10月02日

●オープニング

 秋‥‥それは様々な味覚がノルマンを潤す季節。
 ノルマンを代表する果物である葡萄はもちろん、栗やクルミ、マッシュルームなどノルマンの食卓に欠かせない食材が溢れるのだ。
 けれど、今、そんなノルマンの食卓を脅かすものがあった。
「出た、熊だー!!」
 そう、大きくて恐ろしい熊だ!! 秋から冬にかけては冬眠に向けて食料を求める熊が人里近くまで現れる時期でもあり、人々にとって大いなる脅威となっていた。
 そして喰い散らかされた野菜や果物は売り物にならず‥‥
「熊になんて負けてたまるか!! 冒険者を雇おう、ワリカンで!!」
「作物だって、このまま売るからいけないんだ!!」
 おおっと農家さん、意外と逞しいぞ!! ──主に商魂が。
 しかし、それも当然だろう。見た目が悪かろうと味が変わるわけではない。
 精魂込めて育てた作物は子供同然に愛着がある。できれば人の口に入る形にしてやりたいと思うのは、農家として当然のことだ。
 幸い、葡萄やクルミ、梨、ヤギのミルクやその加工品などは売るほどあるし、金額的に少し頑張れば仲間の養蜂家が心血注いで集めた蜂蜜や、仲間の養鶏農家が育てた栄養満点の卵などもお友達価格で手に入る。
 レンズ豆や小麦を挽いた粉、オリーブを絞ったオイル、ドライフルーツの類は季節を問わず手に入るありがたい味方だ。
 熊の被害に遭った分‥‥それからできれば冒険者を雇う分の出費も賄えるくらいの実入りが欲しいのが本音の農家さんたち。
 少し手を加えて加工品として出荷するも良し! レシピを沿えて販売するも良し!!
「ところで、何処に出荷するんだ?」
「商人の話だとこの不穏な情勢で冒険者の懐が比較的暖かいらしい。冒険者の酒場に狙いを絞ろう」
 真偽の程も定かではない噂を鵜呑みにし、財布の紐が緩いとは限らないが、きっと多少値の張る品物が出てきても、満足するメニューなら口にしてもらえるに違いない!
「そうだ、パリにあるシャンゼリゼとかいう酒場のウェイトレスは舌がやたら肥えてるらしいぞ?」
 誰がどこから仕入れたとも知れぬそんな言葉を鵜呑みにした逞しくも純朴な農家さんたちは、ちょっと大変な依頼を持ってパリを訪れたのだった。

 ──熊を退治して、秋の料理を開発して、シャンゼリゼのアンリさんを納得させてくれる人募集。
 追記。できればそのまま売り込んでくれるバイタリティ溢れる人だと嬉しいです。

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea4071 藍 星花(29歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 ea4324 ドロテー・ペロー(44歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6109 ティファル・ゲフェーリッヒ(30歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea7553 操 群雷(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●ご挨拶をするのです!
 掲示された依頼書に再び目を通し、藍星花(ea4071)は依頼人の農家へ同情を含んだ眼差しを向けた。
「作物が荒らされたのは大変だけど、人に直接被害がでなかったのは不幸中の幸いね」
 頷く依頼人。そう、熊が相手では人に被害が出ていても全くおかしくはないのだ。
 その農家が持ってきた依頼は、大雑把にいえば3つの内容が含まれていた。

 ひとつは、熊を退治すること。
 ひとつは、売り物にならなくなった食材を使ってメニューを考えること。
 ひとつは、それをパリの酒場シャンゼリゼへ売り込むこと。

「‥‥探し出して、確実に倒す。‥‥今回の依頼の一番の難関は熊退治な気がしますね」
 マイ・グリン(ea5380)は軽いため息とともにそう漏らした。マイには熊退治に、もうひとつちょっとした問題があった。調理のために持ってきた白ヤギ黒ヤギのデザートナイフを間違って投げぬよう気をつけて戦わねばならないのだ。食材を扱うナイフに、血のにおいを染み込ませたくない。
 少女の手にしたデザートナイフの愛らしいヤギに目を奪われ、その意図を取り違えたドロテー・ペロー(ea4324)は、ぐっと拳を握ってにかっと笑って見せた。
「ふふ、若い子には負けないわよ?」
 熊退治、それは確かに大きな障壁に違いない。
 そしてもうひとつ、大きな障壁があった。‥‥アンリ・マルニその人である。
「アンリさンアルか‥‥ワタシあの人苦手アル」
 肩をすくめる操群雷(ea7553)へ、ミカエル・テルセーロ(ea1674)がにこりと微笑んだ。
「でも、実りの秋‥‥‥せっかく農家の方が精魂こめて育て上げたものですし。酒場メニューが増えたら僕らのお腹にも嬉しいですし、頑張りましょうね♪」
 ミカエルの言葉が、料理人としての操を擽った。メニューにレシピが加わる、それは自分が腕を揮うことではないかもしれないが、自分の料理を食べてもらうことに違いない。
「華国人、四本足は机以外何でも食えルアルよ。任せるヨロシ」
「えっ!? その噂、本当だったのっ!? ‥‥机以外っていうことはイスも食べるのかしら?」
「イス‥‥あ、ひょっとして冗談ですか? はわ〜、僕信じちゃうところでしたよ〜‥」
 冗談とも本気とも読み取り辛い操の言葉を素直に信じ込むドロテーと危うく信じる所だったミカエル。
 ‥‥藍は何だかちょっぴり、幸先に不安を感じるのだった。


●熊を退治するのです!
「うわぁぁぁっ!!」
 村に着いた一行を迎えたのは、今まさに襲来中だった1頭の熊だ!!
「アイヤァ、探ス手間は省けタアルが‥‥戦う場所選べナイのハ困りモノネ?」
「とりあえず、畑から引き離すように誘導してみましょう。面倒だけれど、それが仕事だものね」
「‥‥まだ少し気が早いとはいえ、倒した熊は貴重な食料ですから解体はしたいですね。‥‥そこまで手を回す余裕があればですけど」
 日本刀とライトシールドを抜きながら駆け出す操と日本刀を手にぐんぐん差を広げて走り行く藍、二人の華国人をマイに投げられたダガーが追い越す!
 熊の足元を掠めたダガーはその歩みを止めさせ、果樹園へのそれ以上の進入を阻んだ!!
「ナイス! でもそれこそ倒してからの話よ、マイ!」
 ドロテーのショートボウが熊を引き返させるべく矢を放つ! 同時にミカエルの詠唱が終了した!!
「あまり苦しめないように頑張るね‥‥──ファイヤーボム! ああっ!」
 爆風で梨とマルメロが吹き飛んだ!
「‥‥ファイヤーボムの範囲は広いですから、多少の被害は仕方ないと思います。‥‥熊の被害より小さくして、後で料理に使いましょう」
 仲間を巻き込まぬよう、そしてできるだけ作物も巻き込まぬように配慮しても巻き込んでしまう所はある。気を配って巻き込んだ分は致し方なく、せめて後できちんと食べられるようにしようというマイの言葉。痛む胸と向き合いながら、ミカエルは再び詠唱を開始した。
「巧いこと畑から出てくれたわね、ありがたいわ──ッ!!」
 声なき一撃、渾身の一撃は熊の黒く硬い毛皮をザックリと切り裂いた!!

 ──GRRRRAAA!!
 ──ガギィィィン!!

 怒りに猛り振り下ろされた爪を操の盾が受け止める!!
「力勝負なラワタシも負けないアルヨ!! ──ハァッ!!」
 ギリギリギリ‥‥均衡していた熊と操との鬩ぎ合いを制したのはドワーフの操だ!!

 ──ドォォォンッッ!!

 轟音を立て、ジャイアントベアが大地へ転倒した!! 間をおかず振るわれる2振りの日本刀!!
「もうこれは要らないわね、手伝うわ!」
 ショートボウをロングソードへ持ち替え、ドロテーもジャイアントベアへ剣を叩き付けるべく駆け出した!!
 そう、被害が広がる前に、一刻も早く退治せねばならないのだ!!
 起き上がる暇を与えられず、大地に転倒したジャイアントベアはノーマルソードと2振りの日本刀、そしてダガーと魔法に操られた炎により、長い間をおかずに絶命したのである。

「‥‥ごめんね」
 呟くミカエルの肩を藍が軽くたたいた。
「売り込む商品とは別に、今回いただく分として調理して食べちゃいましょう。そのままにするのも‥‥熊に悪いしね」
 勿体無いという言葉を飲み込み、藍は日本刀を握りなおした。
「‥‥これだけ大きいなら保存したいところですが」
「生憎、急なコトで十分ナ塩が手二入らなかタネ。星花小姐、マイ小姐、申シ訳ないアル」
 本来なら愛馬にジャイアントベアの肉を余すところなく塩詰けにするだけの塩を運びたかったのだが、それだけの量となると右から左へ用意できるものではなかった。項垂れる操へ操はスッキリした微笑みを向けた。
「やっぱりお鍋がいいかしら。熊肉は一度湯通しをしてアク抜き。残しても勿体無いから、村の人たちと皆で食べましょう♪」
 やはり華国人は何でも食べるのだろうか‥‥ドロテーが再び疑念を抱いても仕方ないことだろう。
 二人の華国人が率先して調理した鍋料理はノルマン人の村人やドロテー、イギリス出身のマイやミカエルには食べなれない料理だったが、美味しく感じられたのは料理人の腕が良かったからだろうか。
 料理のお礼にと依頼期間の食料を負担してもらえることになったので、冒険者たちとしてはまぁ良い結果を導いたことになるのだが。


●料理を開発するのです!
 目に見えて被害が大きかったのは梨とマルメロのようだった。叩き落され傷がついたもの、部分的に傷み始めたもの、爪跡の残るものなど、そのままでは売り物にならない梨。手を加えれば収穫の時期でなくとも出荷できる可能性もある。
「この山を片付けないといけないわけね」
 一瞬よろめいたものの気を取り直して腕を捲くると、ドロテーはナイフを煌かせて梨の皮を剥き始めた。どう加工するにも皮は不要なのだ。
「胡桃とレーズンたっぷりのパンはどうかしら?」
「‥‥詰め物をした揚げパンもこれからの時期には良いのではないでしょうか?」
「ふわぁ‥‥美味しそうです〜。でも、シャンゼリゼはパンの種類が豊富ですから、アンリさんが頷いてくれないかもしれませんね〜」
 藍とマイのパンを脳裏に思い描いて表情を輝かせたミカエルは、けれどしょんぼりと肩を落とした。シャンゼリゼに頑張って売り込みをしているパン屋があると聞いたこともある。
「そうねぇ‥‥じゃあ、この梨を薄く切って蜂蜜で煮てみましょうか。少し高くなるかもしれないけど、甘さや香りもいいし、見た目の艶やかさも美味しそうでいいと思うわ」
「あっ、それにシャンゼリゼのワインを使って、風味を付けたらどうですか? 古ワインになってばかりじゃ折角のワインももったいないですしね〜」
 そうと決めた藍が皮を剥く手はペースアップ。ミカエルの柔らかい手もぎこちなく、ゆっくりと、丁寧に、皮を剥く。
「‥‥単純に、ジュースも良いかもしれませんね。‥‥温かい食べ物がほしい所ですが‥レンズ豆のスープなども良いかもしれませんね」
「ワタシもレンズ豆使タ温かい料理考えテたアル。マルメロも使テ一緒に考えてみるヨロシ」
 マイと操の料理も方向性が一致するようだ。他の仲間より料理に秀でた2人は仲間たちの怪我防止のためもありマルメロの硬い皮を剥いているのだが、その手つきは硬さを感じさせない手馴れたものだ。
「さて、加工と下拵えはきちんと終わらせておかないとねっ」
 はっぱをかけるドロテーも、色々言いつつ腹に含んだメニューがあるようで、その表情は親子ほどに歳の離れた、けれど大人びたマイより幼く、パラのミカエルに負けないほど生き生きと輝いている。
 こうして、それぞれ村で調理場を借り、あれやこれやと試作を重ねてパリへと凱旋した!


●シャンゼリゼへ売り込むのです!
 最後に待ち構えるのは一番の難関‥‥荒くれ者揃いの冒険者たちですら片手とシルバートレイで軽くあしらうシャンゼリゼの看板娘、アンリ・マルニの篭絡である。
「あら、メニューの売り込みですか?」
「えへへ、そうなんです。今日はお仕事なんですよ〜」
 にこにこと微笑むアンリへミカエルが無垢な微笑みを返す。他の仲間にはできない芸当だ。さっそく藍が皿に盛り付けた梨のワイン煮をアンリの前へ差し出した。
「櫛型に切って、赤ワイン・蜂蜜・水・レモン汁と煮込んだの。香りも艶やかな見た目もいいんだけど、味ももちろんばっちりよ?」
 藍の言葉と鼻腔をくすぐるその香りに一切れ口に運んだアンリは、悪くないですねと営業用のスマイルを浮かべた。冒険者たちにそう易々と心を読まれる彼女ではない、返答もあくまで慎重に出すのだろう。
「そのままじゃ売り物にならない皮に傷のある梨を使ったから安いわよ。蜂蜜も農家さんの仲間に養蜂家がいるから他より安価だしね」
「シャンゼリゼのワインを使えば、古ワインになるワインを減らせますしね〜」
 ドロテーが安さを前面に押し出してぐぐっとアピール☆ ミカエルの言葉には、一歩引いた操がコクコクと頷いた。
「古ワインが減れバ羽妖精の人を漬けたり溺れさせルの、できなくなるアルね」
 操、酒場でアンリが冒険者牽制のために口にした『古ワイン漬けにする』という何時もの文句を素直に受け取ったらしい。シフールを古ワイン樽で溺死させるようなウェイトレスとはお近付きになりたくないのだそうな。
「‥‥なのデ説明はするアルが売り込みは他にお任セアルネ。クワバラクワバラ」
 怯え苦手と警戒しつつも説明は他人の手に渡さない職人魂に仲間たちが感服したのは酒場に入る前の話だ。
 その操とマイが共同で作りあげたのは黄金色のスープだった。
「栗のクリームとマルメロジャムを使タほんノり甘い黄金汁、『黄金卿のポリッジ』と名付けたアルよ」
「‥‥少し手間がかかりますが、蒸した麦の外皮を取り除いて牛乳で煮たポリッジがメインになります」
 濃いスープ状に作られたポリッジを見せるマイ。そして操が次々に取り出した食材の説明を加えていく。
「レンズ豆柔ラカク茹でル。それカラ、茹でタ栗を牛乳で煮テ裏ごしテ、蜂蜜とクリーム少々と卵黄加えてマロンクリーム作るネ」
「‥‥後はポリッジにレンズ豆とマロンクリームを加えて完成です」
 マイの言葉に合わせて柔らかく煮たレンズ豆を加え、マロンクリームを加えて掻き混ぜる。マロンクリームがポリッジに溶け、ミルクの白が黄金色に変わってゆく。
「‥‥お好みで、マルメロジャムを加えてどうぞ」
 差し出されたポリッジをスプーンで掬い、口に運ぶアンリ。ほんのり甘い優しい味が口腔を満たす。病人食としても使われるポリッジの優しい味は酒飲みの胃を癒すのに丁度良いのかもしれない。
「栗の風味が、秋ならではの味という雰囲気に仕上げているのですわね」
「マルメロジャムはちょっと高いけど保存が効くし、風邪を引いたときにもお勧めね。マルメロジャム以外は農家から直接仕入れるから安価に安定して供給出来る材料ばかり、味も安定、品切れの心配もなし! どう?」
 ドロテー、売り込みにだんだん熱が入ってきた模様。ジェスチャーが加わり、動きも大きくなり‥‥何かが吹っ切れたのだろうか。
「あ、私も考えてみたの、グリル・ド・チキンよ?」
 意気揚々と取り出された皿に盛られているのは、黄色いソースと赤いソースが鮮やかな、所々が焦げたチキンだった。
「ちょっと焼き加減は失敗しちゃったんだけど、シャンゼリゼの人なら失敗しないわよね。栗やクルミを詰めたチキンをオリーブオイルでこんがり焼いて、フルーツソースをかけてみたの。どうかしら?」
 黄色いソースは梨をベースにした控えめ甘さが優しいソース、赤いソースは保存用に乾燥させたベリーをベースにした甘酸っぱいソース。
「木の実のホクホク感と、皮と肉との食感の違いも楽しめるわよ♪」
「食感は少し失敗のようですけどね」
「それは作ル人間の技量の問題アルよ」
「そうかもしれませんね」
 つんつんと焦げた箇所を突くアンリ。それは調理慣れした人間が作ったかそうでないかの問題で、レシピとしての質に関わる問題ではないとつい突っ込んだ操、次の瞬間自分へ向けられた視線に頬をわずかに引きつらせた。
「どうでしょうか? アンリさんも冒険者の皆も新しい美味しい料理が食べれる、農家の方は助かる、良い事づくめですよ〜」
「‥‥これからの季節に合った温かい料理に温かいまま食べられるデザート、品数の少なかったメインディッシュ。‥‥それから梨のジュースも用意できます、季節先取りは売り上げの要だと思うのですが」
 にこにこと微笑み感情に訴えるミカエルと、礼節を持ち理論立てて丁寧に説くマイ、原価率の計算まで始めたドロテーに苦笑し、アンリはトレイを抱えなおした。
「私の一存では決めかねますから、マスターに相談させていただきますね」
 抱えなおしたトレイに冒険者の用意したメニューを乗せ、にっこりと笑顔を振りまき会釈すると、アンリは厨房へと戻っていった。
「‥‥ふぅ。少しは農家のみなさんのお役に立ったかしら?」
「たぶんね?」
 梨のワイン煮を一切れ口に放り込んだアンリを見て、藍は首を傾げたドロテーへ微笑んだ。