心を解く鍵〜あなたの小さなお人形〜
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月05日〜11月11日
リプレイ公開日:2005年11月15日
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●オープニング
小さな村がありました。ドレスタットから徒歩で二日、小さな山の麓に抱かれた森の際にありました。
樹を切り、畑を耕し、食料にする程度の獣を狩り、自然のままに慎ましく暮らしている、小さく平穏な村でした。
「‥‥やはり、信用できんよ」
溜息と共にそう口にしたのは、一人の男性でした。その男性の息子はキッシュという少年で、少し前までは村で3番目に幼い子供でした。今は、キッシュに妹が出来たので村で4番目に幼い子供です。
キッシュのお父さんが信用できないと言ったのは、キッシュの大事な親友、村はずれに住んでいるオーギィのことなのです。
「オーギィはいい奴だよ、父さんだって知ってるじゃないか!」
キッシュはぷっくりと頬を膨らませます。
オーギィが村に住むようになって獣も来なくなりました。
オーギィが村に住むようになって山賊も来なくなりました。
大人たちはとても喜んでいるのを、キッシュは知っているのです。
でも、オーギィには1つだけ問題がありました──
「だって、オーガだぞ? 妹が食べられたらどうするんだ?」
──そう、オーギィは赤い肌と硬い角を持つオーガなのです!!
「オーギィはそんなことしないってば!!」
キッシュはミルクの入ったカップをガン!! とテーブルに叩きつけました!
でもお父さんも、意地悪で言っているのではありません。
「確かに言葉も通じるが‥‥オーガに子供を大事にすることや、人と同じ感情が理解できるとは思えないんだ。父さん、お前たちに何かあったらどうすればいい?」
オーガと言葉を交わすことが出来ることは、お父さんにも解りました。
オーガと仲良くなることが出来ることも、お父さんには解りました。
でも、オーガに感情はあるのでしょうか?
オーガも笑ったり泣いたりするのでしょうか?
オーガと一緒に育つことは、子供たちにとって本当に悪い影響がないのでしょうか?
お父さんが心配しているだけなのが、キッシュにもなんとなく解ってきました。
困ったキッシュがお隣のユインお姉さんに相談すると、ユインお姉さんはにっこり笑って簡単に言いました。
「じゃあ、オーギィが笑ったり泣いたりするのをおじさんに見てもらえばいいのよ!! それから、小さなものを大事にするところを見せるの。そしたらきっと、安心してくれると思うわ!!」
お金はないけれど、冒険者のお兄さんやお姉さんに頼んだら、もしかしたら手伝ってくれるかもしれません。
キッシュとユインは子供です、我慢なんてできません。
その素晴らしい案を一刻も早く実行するべく、村を抜け出してドレスタットに向かったのでした。
●リプレイ本文
●ご挨拶をするのです!
「はじめまして! わたしはバルザック家のジャンヌ、ナイトだよ。よろしくね!」
「美芳野 ひなたです☆ よろしくお願いしますね」
小さなお姉さん、ジャンヌ・バルザック(eb3346)と小さめなお姉さん、美芳野ひなた(ea1856)がキッシュとユインにご挨拶をすると、小さな二人の依頼人も口々に名乗りぺこりと頭を下げました。
「要するに、ちま人形を作ってオーギィ君の優しい所をお父さんに見て貰おうって事だよね」
大きなお姉さん、楊朱鳳(eb2411)は依頼の確認をしました。キッシュやユインは子供ですから、内容がきちんと伝わっていない可能性もあります。もし依頼内容の勘違いがあったら大変です! 腰をかがめて同じ目線になった朱鳳に二人はこくりと頷きました。
「ま、俺は人形なんざどうでもいいしな。休暇がてらに遊んでくるか」
「人形を使った、オーガの情操実験‥‥なんてね。僕も骨休めさせてもらうよ」
小さく言葉を交わす大きなお姉さん、巴渓(ea0167)と大きなお兄さん、キース・レッド(ea3475)の会話を耳にして中くらいのお兄さん、以心伝助(ea4744)が非難の視線を向けました。冒険者にとってはなんでもないことかもしれませんが、子供たちにとっては大事件なのです。
「休暇が欲しければ依頼を受けなければ良いだろうに‥‥」
呆れたように返したのはもう一人の大きな‥‥声はお姉さんの、ラガーナ・クロツ(ea8528)です。どんな依頼でもギルドを通った正式な依頼、そんな態度だったとシールケル様の耳にでも入ったら大変です‥‥他の依頼人の耳に入ったらもっと大変ですけれど。
「依頼の達成のためには、オーギィ君と仲良くなる事が重要か」
一部の剣呑な空気はまったく意に介さずに、最後の小さなお姉さん、毛翡翠(eb3076)が髭を撫でながら言いました。
キッシュとユインは可愛い翡翠の顔の真ん中にどっりしと構えたごんぶとな髭と、髪を結ぶ白いリボンを見比べながら目を真ん丸くしました。髭のお姉さんなんて初めて見たよ!
「よ〜し、まず最初はちま作りからだな♪」
でも、そうにっこり笑った翡翠の元気な目につられてにっこりと笑いました。ふさふさのお髭がとっても可愛く似合って見えて、気にならなくなってしまったからでしょうか。
そして早速材料を買い揃え、ちま作り開始です☆
●ちま人形を作るのです! 〜その1〜
布地を買って、羊毛を買って、細々した材料を揃えたらドレスタット郊外の酒場に集合です。
「あれ、ラガーナさんも翡翠さんも裁縫道具持ってないっすか?」
「うむ、すっかり忘れておった」
「すまない、普段裁縫なんてしないから‥‥何を用意すればいいのか判らなかったんだ」
実は今日、裁縫セットを持っているのはひなたと朱鳳、伝助の3人だけです。
「じゃあ、あっしらのを貸しやすね」
「私も持ってきたの、貸すわね!」
ユインがこっそり家から持ち出していた裁縫道具を差し出しました。キースと渓はちまを作りませんから、4つの裁縫セットでなんとか足りることでしょう。
ちまの材料と裁縫道具を確認し、さっそく戦闘開始です♪
──ちょっきちょき♪
軽快に布を裁つひなた。翡翠、そして朱鳳も手慣れていて、裁断の音も歌うようです。
ちまを可愛く作るためには右半身、左半身、足に腕、全てを前側と背中側とで分けてそれぞれを縫い合わせていかなければいけません。同じ大きさに切るのは実は至難の業。
「あっ、またずれちゃいました‥‥うーん、なかなか難しいですねぇ」
家事の得意なひなたでさえ同じに切り取るのは大変そうです。朱鳳から見れば充分同じに見えるのですが、技術があるだけに完璧を求めてしまうのかもしれません。
──ちょきん‥‥
──ちょきん‥‥
軽快に裁断するひなたと翡翠とは逆に恐る恐る布を裁つのはラガーナと伝助の二人で‥‥
──ジャキン!!
思い切った音にビクッと身を震わせて音のした方を振り返ると、綺麗に真っ二つになった布をぴらんと摘んだジャンヌが頭を掻きました。
「またやっちゃった。難しいもんだね〜」
時々修復不能なまでのミスをするジャンヌのお陰で皆がとても丁寧に作業をしていたなんて、本人はきっと想像もしていないに違いありません。
●ちま人形を作るのです! 〜その2〜
「む‥‥どうしてこう‥‥目がズレ‥‥? うおおおおお!!」
──ダンダンダン!!
ラガーナは勢い良く床を蹴りつけました。
「八つ当たりは良くないぞ、落ち着いてやればできように」
翡翠が見せた作りかけのちま、ラガーナの目の大きさが違ったり、なんだか口が歪んでいたり‥‥えーと、とても個性的なちまとは明らかに顔の造詣が違います。
「手作りの味があるって良いと思いやすよ。そのままで良いんじゃないッスかねぇ?」
そういう伝助のちまは愛嬌があって愛らしい出来栄えです。
「ラガーナさん、剣を作る時間がなくなっちゃいますよう」
そう言うひなたは朱鳳に付きっきりです。ちまオーギィを作りたい朱鳳でしたが、会ったことのないオーギィを作るのは大変で、キッシュとユインに聞きながら、ひなたの手を借りてちくちくとオーギィを作ります。
「あっ!」
仕上げをしていたジャンヌがぷっつりと指を刺しました。これで何度目でしょう。でもジャンヌは負けません、バターナイフを半分にして手を加える予定の剣も手は抜かない予定です。悔いのない出来栄えにしなくっちゃ!
「すみません、キースさん。お手伝いできなくて‥‥」
「なに、気にすることはないさ。それとも美芳野君は、どちらを優先するべきか、そんなことも解らない僕だと思っているのかい?」
約束したちまが作れないと頭を下げるひなたですが、ウィンクしたキースの言葉に慌てて首を振りました。
「むむ‥‥」
ジャンヌの手伝いの傍ら、難しい顔をしながら髭の仕上げをする翡翠。なかなか理想の形にまとまらず、意外なところで悪戦苦闘。悪戦苦闘といえば忍者ちまの伝助も悪戦苦闘です。ハリセンはジャパンの紙が手に入らず諦めたので、ミニ鉢金を作り始めたのですが──これが意外に難しくて、ああでもないこうでもないと目に付くいろんな材料で挑戦中です。
「あっしの作りたい鉢金はこんなんじゃないんでやすよ!」
手先の細かい作業は得意なのですけれど、なまじ愛情が篭る分妥協できないのは誰も彼も同じようです。
たっぷりと時間をかけて。出発間際滑り込みでちま人形が沢山できあがりました、万歳!
●オーギィ君とピクニックをするのです!
「ぶどうかのヨウ・スホウです♪ よろしく〜♪」
「にょん! ラガーナ・クロツだっ」
「オーギィ君、初めまして、ひなたです」
「バルザック家のジャンヌだよ〜」
我先にとちいさなちいさなお人形に口々にご挨拶をされて、オーギィはびっくり。そんないっぺんに言ったら覚えきれないよ! とキッシュが真っ赤で太いオーギィの腕をがっしりと抱きました。
そんなキッシュも、キッシュのお父さんも、オーギィも、ユインですら、手のひらサイズの似て非なる沢山のちまに目を奪われてしまっています。
「オーギィ。ちまい物は好きか? ‥‥俺も好きだ。顔に似合わず、だが」
「‥‥ウガァ?」
「顔にも似合ってると思いやすよ」
首を傾げるオーギィの向こうでちゃっかり聞いていたちま伝助に頭をちょこちょこと撫でられて、ラガーナは恥ずかしそうに視線を逸らしました。
「すほうとまおちゃんとひなたちゃんでお弁当作ったの〜。お弁当持ってピクニックに行こ〜」
「パパさんも一緒だぞ! まおが手ずからお茶を淹れるのだ!」
皆の中ではもうしっかりと予定が立っているようです。わらわらとちまたちに導かれて、パパさんとオーギィもピクニックに出発!
元気いっぱいのちまラガーナがくるりとパパさんを振り返り、言いました。
「‥‥パパさん、ピクニック会場まで道案内を頼む☆」
お弁当の前にまずやりたいことがありました。オーギィが村に住むきっかけとなった依頼、その1シーンの再現ちま劇を演じることです。それを見せれば、きっとオーギィの優しさがパパさんに通じると思ったのです。
オーギィの役はちまオーギィを作った朱鳳が、キッシュの役は唯一の男の子ちまということで伝助が、それぞれ大役を任されました。
「オーギィ君、一緒に薬草摘むっすよ! そしたら一緒にお弁当食べやしょう」
それじゃ演技じゃないだろう、と見ていたキースが内心で突っ込みますが、劇は尚も続いていきます。
「うあ、キッシュ、危ない!」
──どんっ!
ちま伝助を突き飛ばしたちまオーギィを、待ち構えていた翡翠とジャンヌの落ち葉のなだれが襲いました!
「ウア、クルシ、ダメ‥‥カワイソ!!」
半ベソをかいたオーギィが必死にちまオーギィを掘り返し始めました!
「‥‥結果オーライかな?」
「そうだね、良かったね〜」
ちまオーギィを掘り当てて大事に抱えにっこりとしたオーギィを見、ちまラガーナとちま朱鳳がきゅっと抱き合いました。
お昼は翡翠と朱鳳とひなたが作ったお弁当です。ノルマンの食材で作った割には、なんだか華国風だったりジャパン風だったりするのはご愛嬌♪ パパさんも恐る恐るお弁当を口に運び、舌鼓を打っています。
「パンってやっぱり麩みたいですね〜」
頬張りながらひなたが言いました。でもパパさんには何のことかわからないようでした。
もごもごとお弁当を頬張って、ちま翡翠に渡されたお茶を啜って、頬っぺたにパン屑をくっつけて、ジャンヌはオーギィに話し掛けました。
「‥‥そういえば、オーギィの家族って?」
「カゾク‥‥ウア‥‥おーぎぃ、1人ポッチ‥‥」
ちょっと気になっただけなのですがオーギィはぽろぽろと涙を零しました。
「ご、ごめんね、オーギィ! 思い出させちゃって‥‥泣かないでっ。私たちがオーギィの家族になるから!」
「じゃあ、ご飯を食べたらちままごとっすね〜」
ちま伝助がぴょこんと嬉しそうに飛び跳ねました。
●お父さんを説得するのです!
「かわいいお花なの〜、きょうの記念に子供たちへプレゼント〜だよ♪」
「ウア、ア‥‥リガト」
ちま朱鳳が小さな花冠をちまたちに被せていくと、キッシュとユインが羨ましそうにちままごとを眺めていることに気付きました。そういえば、キッシュとユインのちまはありません。
「一緒にやりやすか?」
ちま伝助を差し出すと、キッシュは満面の笑みで受け取りました。翡翠も、ちまをユインに貸しました。
「パリの少年オーガギュンターのように‥‥いつか、オーギィと子供たちには決別の日が必ずやってくる。ヒトとオーガ、二つの世界は不可侵‥‥これは変えられない事実だ。それでも今は‥‥子供たちの情操に配慮したいと思う」
キースの言葉を聞いて、キッシュの父親の表情に翳りが差しました。伝助は何だか嫌な予感がして、後ろにいたキースを見上げました。虫の知らせというものがあるのなら、報告書の虫が伝助に知らせたのでしょう。
「ちょっと待‥‥」
「もしもオーギィが人間を襲い、子供を喰らうならば‥‥その時は、我々冒険者が彼を討つ。それで納得頂けないでしょうか、お父さん」
「喰らってからじゃ遅いんだ!」
伝助の静止も間に合わず、唇は懸念した言葉を紡ぎ、父は激しく頭を振りました。
「オーギィが信じられないっすか?」
びっくりするキースを押しのけ、伝助は必死にフォローします。
オーギィが村に住むようになったとき、村人を説得した冒険者たちがいました。パリで冒険者たちに愛されているオーガの話をした冒険者たちが。そんなオーガがいるならと村人たちは渋々了承したのです。伝助のように報告書を読んでいたら、その話がタブーだとすぐ気付いたでしょう。
その後、パリのオーガが人を殺したなんて村人は知りません。オーガが危険なのは皆が知っています。でも、オーギィの人柄とパリの前例があったからこそ、渋々とはいえオーギィが村で暮らすことを了承したのです。
そんな不安を押さえていた蓋を、キースの話は取り除いてしまいました──心を通わせることができるオーギィも、いつか人を殺すかもしれません。キッシュのためなら、村人のためなら、誰かを殺して良いわけではありません。オーギィにそれが解るでしょうか?
「ちょ〜〜っと待った〜! 魔法少女まおまお☆ふぇいすい、聞き分けない子はやっつけちゃうぞぅ! ──む、外したか」
くるくるぴろりん☆ と回りながら乱入した翡翠、固まった男たちにタイミングがずれたかと小さく溜息をひとつ。そして慌てて取り繕うように髭を整え、咳払いをすると、父へ向き直りました。
「オーギィはいいオーガだぞ。初めて会った私でも解るほどだが、自分たちの目も信用できないほど恐ろしいものだろうか?」
流した視線の先では、武道朱鳳ちまママと剣背負いジャンヌちま姉、暴れん坊なラガーナちま兄、ひなたちゃん、オーギィ君が楽しそうにちままごとに興じています。まったり翡翠ちま妹と忍者伝助ちま弟はユインとキッシュが嬉しそうに抱えています。
溢れる笑顔の中、浮かない表情をしていたオーガのオーギィが突如立ち上がり、駆け出しました!
「──くっ!」
自分に向かって突進してくるオーギィに気付いた渓もポエムどころではなく小さく拳を握りました! 緊張が走る中、オーギィは渓の手をギュッと握りました。
「ウア! 1人デイルノ‥‥ダメ、サミシ。ミンナト、いっしょ‥‥たのし! いっしょ、クル!」
「へ?」
別に1人で寂しい思いをしていたわけじゃないのです。万が一、何かに襲われたら大変だと警戒していたはずが、いつの間にかポエムに興じてしまっていただけで‥‥恥ずかしいので誰にも言いませんけれど。
「うが! イ、イッショニ‥‥ちまデ、アソブ!」
にこにこと渓の腕を引いて、ちままごとの場所まで引っ張って行きました。
「オーギィ、おかえり〜♪」
「すほ、まま、タダイマ! オーギ、トモダチ‥‥つれてきた! ウェイ!」
満面の笑みを浮かべるオーギィ。オーガの笑顔はちょっと怖いけど、翡翠は父を見上げてオーギィに負けじと微笑みました。
「彼は他人を思いやることもできる。何より、良い人と悪い人がきちんとわかっておるのだよ、だからきっと大丈夫だ!」
「それでも心配でやしたら、たっぷりの愛情を注いであげるっすよ。人間も動物も与えられた愛情を返しやす、オーガもきっと同じやすよ」
ちままごとに興じ、一心に弟妹の面倒を見るオーギィ、それは確かにいつも見ている姿そのものです。
猜疑心も不安も払拭はできませんが‥‥
「それでもこの赤い鬼を信じてみるよ。君たちも、オーギィが変わらないでいられるよう祈ってほしい」
返上された報酬の代わりに食費とちま材料費を手渡して、父は冒険者とそう約束をしてくれました。
抜けるような秋の空が広がる日のおはなし♪