悪夢の誘い

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月14日〜12月19日

リプレイ公開日:2005年12月30日

●オープニング

 月の明るい夜、影から影へ、闇から闇へ渡るように‥‥その古城に数人の人物が侵入した。警戒心は解いていないのだろうが、その慣れた所作はまるで古城の住人であるかのように、違和感を感じさせない。しかし人目を忍ぶ姿は古城の住人ではありえないことを示している。
 彼らは隠し通路を抜け、一室へと辿り着いた。用心深く聞き耳を立て、周囲に気配がないことを確認した上で扉を叩く。
「どうぞ、お入りなさい」
 女性特有の高い声に命じられるままに扉を開けると、暖炉の暖かな空気と燭台の蝋燭に灯された明かりが侵入者を包み込んだ。一人は女性、他は全て男性──忠誠を表すように彼らは揃って毛足の長い絨毯に片膝を付く。見え隠れするその特有の耳は、彼らが総じてハーフエルフであることを物語っていた。
「ヴィルヘルム様‥‥いいえ、ビフロンスの居場所が判明しました。また、ビフロンスの配下と目されるデビル・リリスがジャパン人の少女を連れ領内に侵入しております」
 中央に陣取るリーダー格の男が低く通る声で告げる。明るい月の光を遮るよう閉じられた厚い布地のカーテンを通り抜け、身を凍えさせる外気が滑り込んできたような感覚に捕らわれる。
「ナスカを運ぶ行商人も領内に侵入したようです。恐らく、行方を眩ませていたインキュバスが同行しているものと‥‥」
「破滅の魔法陣は」
「紋様を浮かび上がらせております。恐らく、国内に於いて既に発動した破滅の魔法陣の影響かと‥‥」
 部屋の主は一瞬長い睫毛を悲しげに震わせたが、想いと決別するように瞳に強い意志の炎を宿らせた。
「領内にもデビルが頻繁に現れています。オウガ、貴方たちは領内のデビルたちの相手をしていただけますか」
「御意に」
 オウガと呼ばれた中央の男は頭を下げ言葉と共に命を受諾した旨を示す。それを確認し、部屋の主は唯一の女性へと視線を転じた。俯いた表情は濡れた様な長い黒髪に殆ど隠されているが、垣間見える面立ちも秀麗な眉目を思わせる。女王の名を冠された女性だと、見るものが見れば一目で解るだろう。
「ヴェロニカはパリに戻り私の名で冒険者ギルドへ依頼を。橋渡しは一任します‥‥間違っても破滅の魔法陣が発動しないように、領民にもそれ以外の方にも極力被害の無いようにお願いします」
「フィリーネ様のお心に沿うよう、力を尽くしますわ」
 顔上げたレジーナ・ヴェロニカは領主代理として采配を振るうフィリーネ・シュティールへ微笑んだ。
 水蠍へ私兵となることと引き換えに金銭的な支援をしていたのは誰あろうヴィルヘルム・シュティールその人だった。領主の突然の心変わりにより支援を打ち切られた後接触してきたのは夫の行動に不信感を抱いたフィリーネ・シュティール。この非常時、契約の通り水蠍はフィリーネの私兵として領内で忙しなく時には諜報活動を、時にはデビルの討伐を行っていた。
「よろしくお願いします。夫も、こんな事は望んでいないでしょうから‥‥」
 深々と頭を下げたフィリーネが顔を上げたとき、そこにいたはずの水蠍の頭目も幹部たちも姿を消していた。
 パチパチと暖炉で火の爆ぜる音だけが、そっと静寂を彩っていた。

 ──満月まで、あと1週間。


 数日後。シュティール領領主夫人フィリーネ・シュティールの名で冒険者ギルドへ掲示された依頼が3件あった。興味を示した女商人ルシアン・ドゥーベルグへ歩み寄ったのはギルド員リュナーティア・アイヴァン‥‥ではなく陽光の似合わぬ夜の住人、ヴェロニカだった。
「ナスカ・グランテはまだ逃走していたのね」
「ええ。これでけりをつけるつもりよ。あの子がいたのでは魔法陣の脅威は去らないのだもの」
 掲げられた依頼の1つ。それは、ビフロンスの憑依媒介となった故ナスカ・グランテの確保。
「『行商人』も絡んでくるのね。手伝えることがあれば言って頂戴、恩を売っておいて損は無い相手だしね」
 わざと茶化すように言ったルシアンの言葉に友人ヴェロニカは小さく笑った。
「そうね、それじゃ1つお願いさせてもらうわ」
 高速馬車を用立ててもらえるかしら、もちろん料金はそちら持ちでね。
 言質を取られたルシアンは一瞬頬を引きつらせ、諦観の溜息を漏らし頷いた。その表情とは裏腹に脳裏では損得の計算が音を立てて行われているのであろう。
「ヴェロニカ、貴女も死なないで帰ってくるのよ」
「当然でしょう」
 ナスカに辿り着くためにはインキュバスを始め無数のデビルとスクロールを用いるであろう行商人、そして彼らが売買しているアンデッドと可能性のある障害だけで気が遠くなるほど──しかし、避けては通れぬ道。
 女王の名を持つハーフエルフは無意識に髪を彩る新緑の髪飾りに触れた。

●今回の参加者

 ea2021 紫微 亮(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7814 サトリィン・オーナス(43歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9142 マリー・ミション(22歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9655 レオニス・ティール(33歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb0660 鷹杜 紗綾(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3243 香椎 梓(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3360 アルヴィーゼ・ヴァザーリ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

ミケイト・ニシーネ(ea0508)/ アフラム・ワーティー(ea9711)/ 琴吹 志乃(eb0836)/ ルネ・スカーレット(eb3855

●リプレイ本文

●焦る心
 女商人ルシアン・ドゥーベルグのチャーターした高速馬車は多くの冒険者を乗せ、それでも限界間際の速度で街道をひた走る。路面の小さな凹凸も速度に比例し大きな揺れとなり、深夜の戦いに向け満足に身体を休めることもできないような状況だ。
 そして人数に対して決して広くは無い馬車では寝袋を用意しても横になるスペースがなかった。それでも、少しでも身体を休めようとするテッドに倣い毛布やマントを持っている者たちは身体を包んだ。
「大丈夫かい?」
「ええ‥‥ありがとう」
 レオニス・ティール(ea9655)に差し出された毛布をありがたく受け取り、サトリィン・オーナス(ea7814)もそっと身体を包む。その二人の神経がとても張り詰めているのは誰の目にも明らかで、けれどなんとかその緊張を和らげたいマリー・ミション(ea9142)も適当な話題が思いつかず、同じ依頼を受けた仲間たちと確認するように作戦を口にした。
「私は魔法でデビルを警戒します。多くを倒さないといけないのでしょうけれど、数に押されることは避けたいですしね」
「俺は後衛の護衛だな」
 たまにはヒーロー気取りってのも悪くないねぇ、と柔らかい表情を覗かせながら紫微亮(ea2021)が懐を撫でると、そこから見慣れない生き物が顔を出した。
「変わったモノを連れてるねぇ、それは何ー? ペット連れてきちゃったの?」
 興味を示したアルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)が覗き込むと、卵から孵ったばかりだというペットが愛らしく首を傾げた。
「え、ペットつれてきちゃダメなのか?」
「ダメというか‥‥私の小十郎たちのように邪魔にはならないでしょうけれど、万が一発動してしまったら一緒にペットの魂も巻き込まれてしまうと思いますよ」
 馬車に載せることも高速馬車と併走させることも無理だと現実問題でまず諦め、その愛情で再び諦め、魔法陣の威力を増幅させる可能性を考え三度諦めた香椎 梓(eb3243)が苦い笑いを浮かべる。確かに、冒険者の集う酒場で発動した魔法陣の影響で多くの命が消えたという話も耳にしている。守るようにペットの斗銀を抱きしめた亮はそのまま口を噤んだ。
 そしてヴェロニカ・シュピーゲル(ez1050)から現在の状況についての情報を確認する。
「相変わらず領主様が魔法陣にかかりきりのようよ。生贄たちの姿はまだ見えていないらしいわ。状況は変わらず、っていうことね。ナスカたちの馬車までは予定通り私が案内することになるわ」
 その報告を聞き、口を硬く閉ざしていたスィニエーク・ラウニアー(ea9096)と鷹杜紗綾(eb0660)は死地とも言えるであろう、領主のいる魔法陣へと赴く友人たちへと頭を下げ深く願った。
「‥‥‥ビフロンスの方は宜しくお願いします‥‥」
「あたしたちとナスカの分までぶっ飛ばしてきて。増援は身体を張って防ぐから」
 何故か聖水を壷に移し替えていたフィーナや剣の手入れをしていたフィソスといった顔見知りたちが任せろと頷いた。その傍らで影に潜むように沈黙を守っていた影音が不意に呟いた。
「ビフロンス‥‥ビフロンって愛称なのかな‥‥。そうだと、ちょっと可愛いかも‥‥」
「ビフロンスだと難しそうですけど、ビフロンだと簡単に倒せそうな気がしますわね」
 何だかズレた影音の言葉にマリーが柔らかな笑みを溢した。スィニーや紗綾やヴィクトルといった殺気立ち神経を尖らせていた面々も、張り詰めていた神経を緩めた。気負いすぎることは良い結果を生まないことの方が多いのだ。

 ──それに、『ビフロンスの破滅の魔法陣』では強敵な気がするが、『ビフロンの悪巧み』ならば何だか容易く覆せそうな気がするではないか?


●深夜の偵察、そして奇襲
 満月が明るいはずの夜。うっすらと空を覆う霧の様な雲の隙間から毀れる月光が、森の一角を照らしていた。
 ヴェロニカの案内した場所に隠れるように置かれていたのは4台の馬車。どの馬車もその外見に大きな違いはない。全体的に見回っている者は人間が2名。アンデッドやデビルの姿は特に見当たらないようだ。
 サトリィンがヘキサグラム・タリスマンに祈りを捧げ始めて数分。紗綾が同様にヘキサグラム・タリスマンを握り締め祈りを捧げ始めた。

 ──デビル達からこの地を守る為‥‥仲間の命と名誉を守る為に‥‥お願い、力をかして!

 二人が祈りを捧げ始めたのを見届けて、アルヴィーゼがふらりと立ち上がった。
「それじゃ、時間もないしキリキリ行こうか〜」
 余計な音が出ないよう身に纏うものを確認しつつ梓を誘った。二人は偵察の役を担っているのだ。
 自分たちと生贄救出班は同時に事を起こさなければならない。専門レベルのテレパシーのスクロールを用いて生贄救出班との中継役を行うヴェロニカ、彼女の魔力を無駄にしないためにも、準備は早々に整えておきたい所だった。
 その為には、危険を冒しての偵察は必須なのだ。
「よろしくお願いしますわ、どうぞお気をつけて」
 マリーがセーラに祝福を願い、二人を見送った。マリーの仕事は待機すること。ヴェロニカがテレパシーの受信役として指定したのが同胞でもあるマリーだったためだ。ヴェロニカと彼女の部下‥‥『水蠍』のハーフエルフたちの情報提供で馬車を見つけるまで手間も時間もかからなかったのは幸いだったといえよう。
 振り出した粉雪に足音を忍ばせながら4台の馬車を検分するアルヴィーゼに梓。マリーのデティクトアンデッドで数十にも及ぶデビルとアンデッドの存在が明らかになっている。これら全てが増援に回ったのでは魔法陣破壊を担当する仲間たちも魔法陣どころではなくなってしまうだろう。
「ナスカを優先したいのもわかるけど、増援阻止も考えておかないとねー」
 アルヴィーゼは腰に下げたアルマスに触れた。ナスカに拘りすぎずに冷静に判断すること、それは紗綾やレオニス、スィニーにはあまり期待したくない部分かもしれない。
「ブレスセンサーにある反応だと‥‥敵は20体に欠けるくらいなんですけど‥‥‥」
 でも呼吸をしないアンデッドを加えるとどの程度になるか、とスィニーは憂いを浮かべる。少なくともそのうちの13体はデビルの可能性が高いようだ。悪魔崇拝者が子供を連れて歩いていなければ、という前提の下での判断だが。
 やがて戻ったアルヴィーゼと梓は忌々しげに頭を振った。彼らの思惑通り警戒の強い馬車は確かにあった。あったのだが──2台あったのだ。隠密行動の心得があるとはいえ、お世辞にも得意とは言えない程度のもの。事態が事態だけに危険を冒すことを嫌い戻ったのだ。
「ここから見て左奥の馬車と、一番右の‥‥魔法陣に近い方の馬車が警戒されてるみたいだね。どっちかダミーかもしれないけど、ちょっと特定はできないかな」
「ムーンアローなら多分特定はできますけど‥‥でも‥‥」
 策を出し、けれど口篭るスィニー。それも当然で、対象を指定するムーンアローならばナスカの馬車を特定することはできよう。けれど、使った途端に戦闘になってしまう。戦闘中でなければ使い辛いのだ。レオニスから割安でソルフの実を譲り受けたとはいえ敵の数に対しての魔力も心許ない。
「乱暴だけれど、やっぱり火責めが出来ればいいのよね」
 サトリィンは胸元を押さえた。ヴェロニカはプットアウトのスクロールを用意してきている。しかし交渉の結果は決裂、借り受けることは出来なかった。サトリィンも対策を講じていないわけではないが、被害が拡大する前に彼女が戻ることを祈るばかりだ。
「でも、火を使ってもとりあえずは大丈夫だと思います。風も殆どありませんし、土も木も湿っています。何日か前に纏まった雨が降ったのではないでしょうか」
 梓の言葉に、皆は心を決めた。空を覆う雲はそう間をおかずに雪か雨を齎すだろうことは誰の目にも明らかで、
 そしてそれは彼らにとって追い風となる。
『準備はどう?』
「あ、ヴェロニカさんです」
 タイミング良く、マリーの元へヴェロニカの思念が届く。偵察も終わり、ヘキサグラム・タリスマンの結界も発動したこと、そして火責めの手段を取ることを手早く伝えるマリー。
『そう。じゃあすぐにフィニィへ連絡を取るわね。ゆっくり10数えてから行動を開始して頂戴。‥‥健闘を祈るわ』
「1‥‥2‥‥」
 亨が刀と防寒着、バックパックを外してオーラエリベイションを唱える。レオニスがオーラパワー、サトリィンがレジストデビルを、スィニーもファイアーウォールの詠唱をそれぞれ開始する。
「4‥‥5‥‥」
 アルヴィーゼが油から浸しておいた古い布を取り出し、手早く矢へ巻きつけた所へ梓がランタンから火を移し‥‥数本の火矢が用意される。
「7‥‥8‥‥」
 梓のショートボウとアルヴィーゼのロングボウに番えられた矢が遠く近く馬車の積荷に狙いを定めた。
「「「‥‥‥10!!」」」
 訓練したかのように同時に放たれた矢から木箱や馬車に火が移る。右端の馬車の真下から炎の壁が姿を現す。亨とレオニスがそれぞれ淡い桃色の光に包まれ、紗綾がほんのりと白い輝きを帯びると一丸となり瞬く間に火の手の広がる敵陣営へ飛び込んだ!!


●氷の棺を送る炎の葬送曲
「敵ダ!」
「びふろんす様ノ敵ダ!!」
 そこかしこから鉛色のデビルが飛び出すと、ムーンアローがスィニーを貫いた! 続いてサトリィンの足元で影が爆発する!!
「くっ! スクロール!?」
「‥‥もう少し近付いたらムーンフィールドの結界を張りますから‥‥少し、耐えてください」
 デビルたちをいなすのは先頭を行くアルヴィーゼと梓、二人の持つ二振りのアルマスが邪魔だとばかりに下級デビルを切り裂く。術者たちへ攻撃を仕掛けようとするデビルたちは蜂の針のように鋭く優雅なレイピアやオーラパワーを纏った拳に打ち落とされていく。どこか動きが鈍いのはヘキサグラムタリスマンの影響を受けているからだろう。背後から近付こうとすればやはりアルマスを握った紗綾が斬って捨てる。
「ナスカさんの遺体を載せた馬車を引く右側の馬へ当たって下さい──ムーンアロー!」
「あっちにナスカがっ」
「駄目だ、紗綾!」
 スィニーの唱えた呪文で銀の矢が右端の馬車を引く馬を貫いた! すぐさま方向を転じ、勢い良く炎の広がる馬車へと紗綾が駆け出し、慌てたレオニスが彼女を追う。
「ああ、やっぱりっ! それじゃ護衛はどうするのさ!」
 護衛の減った術者へと飛び込んだインプを斬りながらアルヴィーゼは毒づく。のそりと現れ始めたズゥンビを警戒しながら亮が
「俺たちでやるしかないってことだろうなぁ。スィニエーク、ムーンフィールドを張ってくれ。そしたら俺たちも動けるからな」
「は、はい‥‥すぐに」
「悪しき者を貫いて──ホーリー!」
 そんな間にもマリーのホーリーが群がる敵を貫く。早くも傷を負い始めた梓をサトリィンのリカバーが癒す。飛来したムーンアローがムーンフィールドに弾かれ、霧散した。ムーンフィールドにマリー、サトリィン、スィニーを残して3人の戦士たちが敵の群れを引き付けに掛かる!!
(「紗綾さん、レオニスさん‥‥」)
 不安げに転じられたスィニーの視線の先では、馬車に突撃した紗綾とレオニスに一人の男が対峙していた。
「ナスカを返して!」
「我等がビフロンス様の寄り代を容易く手放すわけがなかろう? 売り物だが‥‥貴様にはズゥンビの相手が似合いだ」
「僕たちもね‥‥友人が辱められているのを見過ごすわけにはいかないんだ。一度しか言わない、邪魔をしないでくれ」
 声を張り上げる紗綾を軽く手で押しのけ、酷薄な笑みを浮かべる男へと一歩進むレオニス。その間に蠢くズゥンビたちは、そして悪魔信奉者の行商人は二人の行く手を遮るように──ナスカを守るように立ち塞がる。
 目を細めたレオニスが怒りを秘めた瞳で小さく呟く‥‥そして。
「僕たちの──邪魔をするなッッ!!」
 放たれたオーラに立ち塞がる敵がよろめく! その隙を縫い駆け出したレオニスはワスプ・レイピアを剥き出しの喉へ突き立てた!!
「言っただろう? 邪魔をするなと」
 目を見開く行商人を突如雷光が遅い、更に鋭く素早く掠めるように、けれど渾身の力を込めた一撃が背中から切り裂いた。崩れ落ちる行商人の背後で返り血を浴びた紗綾が薄く微笑んだ。
「レオニスだけに押し付けたりしないよ。あたしも、ナスカも、それからスィニーもね」
「‥‥レオニスさん、紗綾さん‥‥馬車が崩れます、早くナスカさんを」
 振り返る二人の目の前で崩れ落ちる幌。その内側に展開されていたフリーズフィールドの冷気があふれ出し炎の勢いを僅かに弱める。炎の中に並ぶ木製の棺桶と、そして‥‥ナスカを封じた氷の棺。
 魔法の氷ゆえに解けても水となることはなく炎を消し止める役には立たない。澄んだ氷の中に捕らわれたナスカは、しかし氷から出ていた時間が長かったためか、レオニスが命を奪った傷跡から以前は無かったはずの腐乱が発生し腐肉に湧く蟲が見え隠れしていた。
「ナスカ‥‥迎えに来るのが遅れてごめん」
「でも、きちんと見送りますから‥‥」
「絶対に、絶対に‥‥ずっと友達だからね」
 炎に呑まれていくナスカを守るため、近付く者は全て斬り捨てるべく剣を握る。それが、悲しい運命を歩んだナスカ・グランテにしてあげられる、最後の事だったから。

 ──やがて大きく炎が燃え上がった。

「よし、これで最後だ! ──って、こっちにも氷漬けの死体があるぞ!」
 鼠撃拳で最後のズゥンビの動きを止めた亮が気付き示したもの。それは警備の厳重だったもう一台の馬車にあった。封じられているのはやはり少女の姿──生きていれば別の地で破滅の魔方陣の贄となる命運を背負っていたであろうもう一人のアルジャーンだった。
「‥‥まだ、消さなくて良いです」
 援護射撃に徹していたヴェロニカがプットアウトのスクロールを取り出すと、サトリィンは小さくそれを止めた。アンデッドも、ナスカも、もう一人のアルジャーンも‥‥全員が運命を弄ばれた存在。
「‥‥すまない。オレ等に出来るのはこれが精一杯だ‥‥」
 動くものの無くなった戦場で、取り出したロイヤル・ヌーヴォーを炎に振り撒いて。
 ままならぬ運命というモノに翻弄された者たちを憂い、横笛を吹き鳴らした。
 サトリィンとマリーは炎とセーラへ祈りを捧げる。

 せめて、心安らかに眠ることができますように‥‥


 舞い始めた粉雪が、炎に炙られ水滴と化す。
 月の流した涙のように、その雪は──一晩、止むことはなかった。