雛ちゃんとお散歩
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:8人
冒険期間:02月04日〜02月12日
リプレイ公開日:2006年02月16日
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●オープニング
●冒険者ギルドIN江戸☆
人の出入りの途絶えない冒険者ギルドの片隅を小さな少女が陣取っていた。
「はふ〜‥‥」
人々が忍者を思い描くとしたらきっとこんな服装だろう‥‥というとてもオーソドックスな忍装束を身に纏ったお団子頭の少女だ。いや、人々が思い描くのとは少し違ったかもしれない──少女の衣装は黒ではなく紺であったからである。
その少女は寒風と共に出入りする人々を眺め、とても幸せそうにほにゃんと頬を緩めた。それが大好きなジャパン人の多さゆえか、数日前まで滞在していた異国の地を髣髴とさせるからか、幼い彼女には解らない。
「えへへ〜♪」
しかし、昔の少女を知る者に言わせれば、少女はパリに行って1つだけ変わったことがあるようだ。
それは‥‥暇があれば冒険者ギルドに入り浸るという妙な癖がついたことであろう。
毎日毎日出入りの多い冒険者ギルドの人並みに揉まれ、ズベッと転び、うりゅ‥‥っと涙ぐみ、見知らぬ冒険者に慰められる──その繰り返しを見ていた女性ギルド員が、ある日転んだ少女を抱き上げた。
「大丈夫ですか? どこか痛いですか?」
「雛ね、大丈夫なのよ? 泣いたらメッなのよね」
ぐしぐしっと目を擦り、にっこりと微笑むと、少女はきゅっとギルド員にしがみついた。
「お雛ちゃんとおっしゃるのですか?」
「違うなの、雛は雛菊なのよ!」
少女は雛菊(ez1066)と名乗り、ぷうっと頬を膨らませ‥‥ギルド員は子供らしい主張に表情を綻ばせた。
「それは申し訳ありません。ところで雛菊さん、最近よくいらっしゃっているようですけれど、何かご依頼でもございますか?」
「ううん、雛ね、皆でお出かけしたいなの。お馬さんでお弁当持ってきゃー!! ってするなのよ!」
「お馬さんでお弁当持ってきゃー、ですか‥‥?」
ギルド員が思わず目をぱちぱちと瞬いたとしても、それは非難されることではないだろう。
「だからね、んと、お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、雛のお友達とか、雛と一緒にきゃーってしてほしいなの♪」
「ええと、あの‥‥」
「雛ね、パリでね、ギルドのリュナお姉ちゃんがきゃーってするの手伝ってくれて嬉しかったなのよぅ〜」
どうやらパリの冒険者ギルドでは雛菊が『きゃーっ』とするのを手伝って感謝されたらしい。パリでやったことを江戸で出来ないはずがない!!
「お任せくださいね」
にっこりと頷いたギルド員の内心では雛菊の希望云々よりもライバル意識、プロ意識の方が勝っているようだが、そんなことは雛菊にはどうでも良い話。一緒に『きゃーっ』と出来るのを楽しみにギルドから駆け出していった。
‥‥後に掲示された依頼書が雛菊の言葉のままであったため冒険者に要らぬ労力を強いたのだが、それは一概に担当ギルド員のせいだとは言い切れないことである。
●リプレイ本文
●雛ちゃんをお見送りするのです。
その日、江戸のとある一角はなんだかとても賑やかだった。
「雛菊久しいな。元気だったか?」
「ふわぁ、一刃お兄ちゃんなのー! 雛、元気なのねっ。‥‥お守り、まだある〜?」
大好きなお兄ちゃん、双海一刃にぎゅっと抱きしめられた雛澤菊花(ez1066)が頓狂な叫び声を上げたのも、その一因に違いない。
「‥‥‥」
「一刃さんはお見送りだけですもの、後でいくらでも話す機会はありますわ」
そっけないを通り越してどこか憮然としている王娘(ea8989)の隣に立ち、セフィナ・プランティエ(ea8539)が小さく微笑んだ。雛菊が懐いている一刃、セフィナは共に過ごしたことがあるが娘にとっては見知らぬ他人も同然、雛菊を取られたような気がしているのだと察したのだ。
「雛菊に子馬の名前を付けてもらうつもりだったが‥‥次に一緒に仕事ができるまでに、考えておいてもらえないか?」
「一刃お兄ちゃんの子供の名前なのね〜、雛、頑張るぅ!」
「子供ではなくて子馬ですよ、雛菊さん」
そう苦笑したフィニィ・フォルテンも雛菊の手をそっと握り、微笑んだ。
「でも、私もお願いしようと思っていたんです。もう少し大きくなったらこの子の名付け親になって貰えませんか?」
「もこもこ〜?」
そんなやりとりを横目に、ユキ・ヤツシロはアフラム・ワーティーと共に、早河恩(eb0559)と慧神やゆよ(eb2295)へ一緒に作ったお弁当を預ける。
「雛菊嬢は里帰りされていたのですね」
「‥‥はい。この『オニギリ』も雛菊様に喜んでもらえるといいんですけれど‥‥」
「大丈夫、絶対に喜んで貰えるよ〜」
「お弁当を食べた雛ちゃんの感想は絶対伝えるから、楽しみにしててね」
恩とやゆよの言葉に儚い微笑を浮かべ、ユキは頷いた。いつか、良いハーフエルフだと認めてもらえるように、その日は決して遠くはないのだと信じて。
「このお弁当が皆さんの楽しい『きゃー』の一幕になりますように」
にこりと笑い、ユキにとっても楽しい思い出になるようにとアフラムは小さく祈った。
──不意に、歓声が上がった。
「すごぉいなのねー!!」
ルミリア・ザナックス(ea5298)が振り返ると、麗しき薔薇を咥えて優雅にポーズを決めたフィーネ・オレアリス(eb3529)が吹雪のように舞い落ちる赤薔薇の幻影をだして、優しくかっこよく挨拶をきめようとしていた。
「聖母の赤薔薇フィーネ・オレリアスが、雛菊ちゃんの『きゃー』をお手伝いいたします」
仕方ないとは思う。けれど、『きゃー』というその一言が確実にかっこよさを削ぎ落としていた、残念。
「それで、肝心の秘密の花園‥‥いえ、温泉はどこにいたしましょうか」
顔を綻ばせたユナ・クランティ(eb2898)の発した言葉に一刃とアレーナ・オレアリスが顔を上げた。二人とも、それぞれ自分なりに温泉地の調査を行ったのだ。雛菊が水戸が良いなど言い出さなければ温泉は数えきらないほど存在したのだが。
3人が温泉について話をする間、フィニィと娘、ちまを持つ二人を介してルミリアが
「ジャパンでも、雛ちゃんと一緒に色んなことが出来るのですわね…嬉しいです♪ たくさん、きゃーって、しましょうね!」
「ねー☆」
ぷにっとした頬に頬を摺り寄せたセフィナをまね、しゃがみ込んだジャイアントのルミリアは壊さないようにそっと雛菊に頬を摺り寄せた。
「雛菊殿、初めましてだ。皆とともに『きゃーっ』を楽しんで参ろうぞ♪」
「きゃーするなのよ〜」
喜んで頬擦りする雛菊の頬がいつか磨り減ってしまうのではないかと、そんなことを考えている娘の背後で──羽鈴に化粧を使った変装の手ほどきを受けた城戸烽火(ea5601)が、複雑な面持ちで小さな忍者を眺めていた。
「別意味の『キャー』は皆に迷惑ネ」
「わかっています、迷惑をかけないよう気をつけます」
自分を殺しかけた少女の真実を見極めようと、彼女を知るためにまず友人として接していこうと、烽火はそう考えているようだ。
「そろそろ出発しましょうか。往来の邪魔になっているようですしね」
そう促したフィーネのペットが物珍しさと相俟って一番の邪魔になっているのだから、飼い主としては当然の発言だっただろう。
すっかりその姿が見えなくなるまで、遠慮がちに手を振るユキや安全を祈る歌を口ずさむフィニィたちはその場を離れなかった。
●雛ちゃんとお弁当を食べるのです。
雛菊の希望もあり、水戸藩方面へ向かう一行。おにぎりをはじめとするお弁当は冬場といえども数日持ち歩くわけにもいかず、手ごろな川辺に腰を落ち着けた。
烽火の愛馬旋風から落馬することなく降ろされた雛菊は、ぺこりと頭を下げ‥‥てバランスを崩し、飛び込んだマロの背中にぽふっと転んだ。
「マロ、偉い偉い〜☆ 雛ちゃん、大丈夫?」
「ありがとなのね〜」
「じゃあ、はい。これは雛ちゃんの分のお弁当だよー」
一人分ずつ竹の皮に包まれたお弁当をルミリアの用意した樫木のちゃぶ台に並べる。先に腰掛けた娘の隣に腰を下ろし、それがユキのものであるとは告げずに差し出された包みを紐解いた。ジャパン語を解さない娘が雛菊に通訳を依頼したため、娘の近くにいるよう心がけているようだ。
「うふふ、雛ちゃんと娘さんは仲良しさんですわね」
「う‥‥うるさい! 仕方ないだろ!!」
和やかに笑うセフィナに赤面しながら声を荒げる娘。けれど傍らの雛菊がきゅるんと円らな瞳で見上げてきたため憮然とした表情で口を噤み、その様子にクスクスと笑ったセフィナは再び睨まれた。
そんなやり取りに気付かず、少しいびつなオニギリを頬張って美味しいと笑顔を浮かべた雛菊は、足元に擦り寄るレーヌに気付きセフィナを見上げた。
「セフィナお姉ちゃん、レーヌ、雛が抱っこしても良い〜?」
「もちろんですわ、雛ちゃんに抱いてもらえればレーヌも喜びます♪」
同意するように鳴いたレーヌは雛菊の膝に上り丸くなった。頭に乗せられた黄色いもこもこ、ブレンヒルトを狙っているわけではないようだ。
「雛ちゃ〜ん、お弁当持って何処行くのかな〜?」
漬物やちょっとした高級品でもある卵焼きを頬張り、いつの間にやら頬に付いたらしいご飯粒を取って恩が笑う。きょとんとした雛菊の表情に、烽火は心中複雑である。自分の命を奪いかけた相手がこんなに肉体的にも精神的にも幼いとは‥‥。
「とても、純粋な方なんです。‥‥とても」
心中を慮って小さく呟かれたセフィナの言葉に烽火は頷き返した。
確かに、血生臭い事はまださせたくない人物であるが──しかし、少女の動きが手馴れていた事実は誰よりも烽火が身に染みている。
一方、マロにオニギリを分けながら、恩は目的地の水戸について言葉を漏らした。
「水戸藩って、黄泉人が現れたとか噂に聞いたよ〜。何か、もうずいぶん音信不通なんだって」
その言葉でルミリアは青い瞳に剣呑な光を滲ませた。
「我にはそれは、攻め落とされたという意味に聞こえるのであるが‥‥」
騎士として肌身離さず持っている武器が役に立たないことを切に祈る。
そんなルミリアの心配を他所に、雛菊の好みの調査は鋭意実施中☆
「雛菊はどんな動物がいいんだ‥‥?」
「えっとね、雛ね、ぎゅーってしてまふっとー」
娘の言葉に謎の擬音を発する雛菊。慣れたといえども雛菊の独特の言葉を専門に通訳してくれた友人がいないこの旅では、娘はなかなか苦戦を強いられている様子。見かねたのか、セフィナがもう少し答え易い質問で繰り返した。
「雛ちゃんは、可愛いのがお好き? それとも、格好良いの?」
「ん〜‥‥雛、どっちも好きよぅ?」
‥‥あまりあてにはなりそうもないですけれど、可愛いから問題ありませんわね♪
ユナはそんなことを考え、にこにこと獲物──もとい女の子たちを眺めた。
「「「ごちそうさまでした♪」」」
美味しいお弁当でおなかを膨らませ、一休みすると再び足を動かし始めた。
●雛ちゃんのペットを探すのです。
さて、そこでとても大きな問題が一つ。
「ちょっと意外だよね、雛ちゃんペット欲しくないなんてー」
やゆよが肩を竦める。コパンに葉っぱを差し出し鼻頭を撫でる雛菊は確かに動物が好きなようだ。
「ですけれど、ペットの臭いがついてしまったら仕事に支障が出るから、というのはとても好感が持てますわ」
ユナがなぜかやゆよを背後から抱きしめながら耳元で囁いた。女の子は好き、美少女はもっと好き、一本しっかりと筋の通った子は更に好き。美少女ハンターの名は伊達ではない。残念ながらやゆよは格好良いお兄様が好みのようで、ユナに興味を示してはくれなかったのだが。
フィーネと共にグリフォンの背に乗って、エルドールやユナの鷹と空を散歩中の雛菊のはしゃいだ声が遥か頭上から聞こえてくる。
「雛ちゃん、寒くありませんか?」
転げ落ちますから! と強硬に主張したセフィナの言葉もあり、ユナのロープでしっかり体と体、更にはグリフォンの鞍まで縛り付けたフィーネ。風に煽られたり立ち上がろうとしたり突然バランスを崩したり、グリフォンの手綱を握るより雛菊の手綱を握る方が重労働の様子。
「大丈夫なの〜‥‥くしっ!」
けれど、身を切るような上空の空気に雛菊を気遣うことは忘れなかったようだ。小さく震え始めた雛菊を抱きしめながら下降し、鞍上からルミリアへ雛菊を任せた。
迎えたやゆよとユナと暖かなお茶を啜る雛菊の視線は、やがて謎の物体に注がれ始めた。
それは、じーっと動かない白い塊。
忘れたころにもにょもにょっと動く白い塊。
温かくもなく、石のようでもあり、けれど柔らかい‥‥それはなんだかとても不思議な塊。
「娘お姉ちゃん、これ、なぁに〜? 雪見おもち?」
「私でもこれが何かわからない‥‥何か名付けたいのだが‥‥どんな名前にすればいいのだろうか?」
「雛、難しいことわかんないなの〜」
「そうか。‥‥雛菊はどんな名前が好きなのだ?」
「お花〜! 雛もだし〜、桜花お姉ちゃんもだし〜、ローサお姉ちゃんもなのよ〜?」
苦手な分野を持ち出され小さく呻いた娘だが、きっと雛菊も気に入る名を付けることだろう。
糞や足跡から野生の動物を探して追いかけたり、ペットに餌をやったり、ガーナッシュや旋風やコパンの鬣を梳ったり──ペットを探さなくとも一日雛菊の面倒を‥‥いや、動物と遊び続けて、皆、心地良い疲労に包まれたようだ。
●雛ちゃんとお風呂に入るのです。
「うふふふふ‥‥こんな楽しい時間、誰にも邪魔はさせませんわ」
ユナが危険な笑みと共に放ったホークが上空を旋回する中、猿や鹿が入る湯に雛菊と烽火が体を沈めた。
もちろん覗き対策は忘れていない。入浴中はどうしても無防備になる。その上、この場は女性しかいない。特に烽火は恋人以外の男に裸を見せる気は全く無く、その分警戒も厳重だ。
「私は周囲に獣がいないか見てくる‥‥」
「あら、大丈夫ですわ。危険な獣が周りにいるのなら鹿や猿がゆっくり湯に浸かることもないでしょうから。それに、折角の温泉に入らないなんて勿体ないですわ。さあ、ご一緒に♪」
‥‥どんな意味の勿体無いなのか、少々気に掛かるところではあるが。
足湯なら、と不承不承頷く娘は、けれどユナに言い包められ服を脱ぎはじめた。
一足先に湯に浸かった雛菊は、ルミリアの腕にしがみ付いた。
「ルミリアお姉ちゃん、ちまはお風呂に入らないなのよ〜」
「そうなのか‥‥残念であるな」
材料を買い求め、食事の時間や休憩時間を使いちま仲間に教わりながら作った乙女ちっくちま。着せたかったドレスは着ていないが、しっかりと作り上げたるみりあちゃんを荷物の上にちょこんと座らせた。
「以前からぜひちまを作りたいと思っていたのだ。実は、時々、武闘会に優勝できたら、ちまの宣伝もしている程でな」
仲間が増えたとほにゃんと頬を緩める雛菊の頭を撫で、凝り固まった体を肩まで湯に沈め四肢を伸ばした。
「やゆよさん、お背中流しっこしませんか?」
「もちろんっ☆ やっぱり温泉って言ったら背中の流しっこだよねー!」
うふふ、と手招きされ嬉々として座ったやゆよの背中を越後屋手ぬぐいでごしごしと擦るセフィナ。湯に足を浸し、じーっとその様子を眺めていた娘の背中にそっと回り込んだユナが湯を掛けた。
「だめです、ユナさ──」
「‥‥ッ!?」
セフィナの静止は間に合わず、娘の黒い瞳が紅に染まった。途端に目が輝き出す。
「あー! ボクも入るー!!」
「えっと、あの」
訳のわからぬまま目を白黒させるユナを余所に、温泉へ飛び込む娘。
「雛ちゃん雛ちゃん、‥‥‥えーい!」
「ひゃー! 雛もやるなのー!」
「私も入れて〜☆」
止める間もなく慌しく始まったお湯の掛け合い。娘と雛菊と恩、まるで同い年の子供のように無邪気にはしゃぐ様を見ていると怒る気もなくなったのだろう、フィーネはちびを抱えて温泉に浸かった。
「まだ、時間はたっぷりありますものね」
お湯のかけっこに夢中になる3人もじきに飽きるだろう。そうなれば背中を流すことも、空を見上げて一息つくことも、柔肌を膝に抱くことも思いのまま。
やゆよの背中を流すセフィナに狙いを定め、ユナはにこやかにその背中を流し始めた。
舞い始めた粉雪は湯気に溶かされ積もることを知らない。
火照る頬を冷たい風が撫でてゆく。
「雛、温泉も皆も、動物さんもだぁい好きなのね〜」
──後に体が乾き我に返った娘が酷く落ち込むことになるのだが、それはまた別の話。