●リプレイ本文
●縁起の良い出発?
「しっかし、水戸って今そんな酷い有り様なのか‥‥せつねぇな‥‥」
手代の言葉にそう呟き、田原右之助(ea6144)は天を仰いだ。抜けるような青い空は水戸までも続いているであろうに、その下に生きる者たちの状況はこうも異なるものなのか。
「田原さん、顔に似合わず優しいんですね」
悪戯っぽく混ぜっ返したシャーリー・ザイオン(eb1148)の言葉も、まだ踏まぬ地を想う心が感じ取れるものであったから、田原はふん、と鼻を鳴らしただけで済ませた。
「飢餓は、廉価な保存食の大量生産技術と、クリエイトハンドという食糧供給手段のあることを考えれば、純粋に政治の責任です」
「保存食数食で一ヶ月暮らせますよ。それに、クリエイトハンドでは多くの人々を救うほどの生産は無理です。‥‥使い手が足りなさすぎますから」
冷静な理瞳(eb2488)の言葉に異を唱えたのは鷹碕渉(eb2364)である。家を再興させるべく精進を重ねる鷹碕には、政治という言葉も責任という言葉も他人事ではなくて、珍しく語気に力が入る。
鷹碕の言葉も正鵠を射たものであるが、仮に外部からの支援しようとすれば内政干渉となりかねず、相手が元徳に連なる土地だけに周囲も持て余している現実も否めない。‥‥そもそも音信が途絶えて久しいという水戸の状況を鑑みれば飢餓が生じることも不思議ではない。
「どちらにしても、俺には関係無いですけど」
思わぬ反撃に興味を失ったように呟き、瞳は視線を逸らした。
「俺たちは俺たちに出来ることをすればいい。餓鬼と以津真天を解き放ってやること、とかな」
ヴァイン・ケイオード(ea7804)が山のような報告書から発掘した情報と花井戸彩香の齎した情報を照合してまず判ることは、それらが飢えによって死亡した人間たちのアンデッドだということ。生者を救うのは政治や施政者という一握りの人間なのだろうが、死者を救えるものもまた一握りの者たちに他ならないのだ。
そんな彼らとは別の視点で思案する小柄な男が約2名。
「今回は『バンザイ』はないんですね」
「あれで見送られた前回の仕事は上々の成果だったんですけれどね‥‥」
テッド・クラウス(ea8988)の言葉にどこか残念そうな色を滲ませるアフラム・ワーティー(ea9711)。見送りの『万歳三唱』をする場所としない場所が、まだいまいち区別できないようである。
「万歳三唱は見送る方の心に拠るものですから。‥‥でも、それも縁起担ぎかもしれませんわね」
御法川沙雪華(eb3387)はぽむ、と手を叩いた。依頼人が縁起を担ぐというのなら万歳三唱もまた、依頼人の意に適うものに違いない。
こうして、同行が叶わなかったジェシュファ・フォース・ロッズや見送りに来ていた花井戸、更には仲介したギルドの手代まで巻き込んだ盛大な万歳三唱に背中を押され、一同は急ぎ江戸を後にした。
●飢え乾きし村?
気のせいかもしれないし、第六感と呼ばれるものなのかもしれないが‥‥水戸に近付くにつれ、だんだんと空気が重く澱んだものに感じられるようになった。
「この先にモンスター‥‥魔物が出るのです」
とある村に辿り着いた時、依頼人がそう告げた。餓鬼と以津真天はここからしばらく行った山中に現れるのだという。
「これから先は危険ですから、こちらで待機していてください。必ず退治して戻りますので」
アフラムの説得にしばらく渋っていた依頼人も、やがて軽く頷いた。何も無理に危険に飛び込むことはないだろうと考えたのだが、その僅かな時間すら惜しいという様子に、その逞しい商魂に、呆れを通り越してある種の敬意すら抱いてしまいそうだ。もっとも、それくらいの根性がなければ異国で新規顧客の開拓をしようなど考えもしないのだろうが。
「じゃ、ちょっと情報収集に行ってくるな」
そう言った田原はテッド、アフラム、シャーリー、鷹碕、沙雪香と共に情報収集に出た。ヴァインは組むジャパン人がいなかったため待機、理は距離を置き客観的に状況を観察するつもりのようだ。
「この村は水戸藩の外れにある分、まだ比較的楽だべ」
鷹碕とアフラムに掛けられたのはそんな言葉だ。
「飢饉があったわけではないんですか?」
「水戸城が落ちてからこっち、楽になるこたね。この近辺でも何人か死んださぁ。けどよ、酷えのはもうちっと北だぁな」
「‥‥‥」
簡単な日常会話がようやくこなせるようになったばかりのアフラムには、訛りは少々厳しいようだ。すかさず鷹碕が助け舟を出し、訛りを取り除いて伝える。
「飢饉の犠牲者は多いのか?」
「飢饉っつ程のもんでもねが、魔物だなんだって襲ってくっから野良仕事すんのも難しいんだわ。どれぐらい死んだかっつっても判らねが、北の方が多いっつー話だ。城に近い方が被害が大きいっつのも皮肉なもんだな」
「‥‥城より北がどうなっているかはわからないか?」
「城ですら行がねのに? 亡者だらけで飢饉どこの騒ぎじゃねえらしいが、詳しか知らね」
飢饉というほどの大災害ではないが、水戸はどこも魔物が跋扈し食料が不足気味らしい。この村や近隣に限ったことではなく、飢え死ぬ者はどこにでも出る可能性がありそうだ。
一方、沙雪香とテッドもやはり村人を捕まえて聞き込みの最中の模様。
「以津真天や餓鬼‥‥亡者を見たという話はご存知ありませんかしら」
「どんな小さなことでも構いません、ご存知でしたら教えてください」
二人は以津真天や餓鬼の目撃情報に絞って聞き込みを行っているようだ。
「隣村に行こうとした時に、それらしいのを見たなぁ。おっがなくって転げるように帰ってきたでよ」
「それはどれくらいの数ですか?」
「俺が見たときは2、3匹だったかね」
大きさはちょうど子供くらいだという。どうやら出現地点は依頼人の目撃地点とほぼ同一のようだ。
そのころ、田原とシャーリーは敵愾心を隠さない女と対峙していた。
「‥‥あんたたち、あの子を殺そうって言うのかい!?」
「違う。俺たちは輪廻の波から外れて魔物になっちまってる哀れな魂を救いてぇだけだ‥‥かわいそうじゃねぇか」
田原は凛として言い切った。自分たち冒険者にしてみれば、比較的容易い魔物退治かもしれない。しかし、そこに在る想いは決して嘘ではない。退治することでしか救えない魂もある──と、田原は思う。
「彼らは母親の悲しみが足枷になって、現世に留められているのです。本当に子供の為を思うなら、苦しみながら地上に留まるより、きちんと天国へ行けるよう祈ってあげるのが親の務めですよ」
それが真実かどうかは、シャーリーには知る術もない。けれど、彼女の気持ちを汲んであげたいと考えたのだ。
──時として真実よりも大切になるものは、確かに在ると思うから。
「い、異人の言うことなんて信じられるもんかっ」
一瞬戸惑いを見せたが、薄汚れた着物の袂をしっかりと握り締め、女は噛み付かんばかりの勢いでシャーリーに反撃した。
銀の髪、青い瞳。それは日常生活では目にしない、他所者の証。
胸を痛めるシャーリーを庇うように、田原はずいっと大きく一歩、女に詰め寄った。ビクッと震え威圧感の在る長身を見上げる女の前に膝を折り、目線を同じくして一言一言を大切に告げる。
「俺も仲間たちも、子供たちを救いに来たんだ。あんな姿になって、他の人間に迷惑かけて、それがあいつらの望んでることだと思うのか?」
「それは‥‥‥」
「俺たちはこれから亡者を倒しに行く、それが俺たちにできることだからだ。あんたにできることは──母親ならわかるよな?」
シャーリーの言葉に自分の言葉を重ね、じっと瞳を見つめる田原。やがて瞳を涙に滲ませ、女は何度も、何度も何度も頷いた。
そして邪魔をするものを無事説得した冒険者たちは、ペットや邪魔な荷物を依頼人に預け、手持ちの装備だけを頼りに夜の道へ足を踏み入れた──‥‥
●浅ましく欲する者
出現地点の特定さえ出来れば、亡者との遭遇は実に簡単である。
この世に恨み辛みを持つ亡者は生者を貪り食い同じ道に落とそうとしている。つまり、見かければ向こうから仕掛けてくるのだ。アンデッドの習性は変わらない──ヴァインはそう呟いた。
「輪廻の輪に返してやるよっ」
田原は右腕に携えた太刀をしっかりと握り締め、現れた餓鬼へと対峙する。
二刀流で攻めたいところだが、予備の武器は全てバックパックとくろまめの背に積んでしまっている。準備不足は否めないが、今更言ったところで後の祭り。この太刀だけで乗り切るしかない。
ティールの剣を携えた鷹碕も餓鬼の一体を引き受けるようだ。武道大会で培った力を、自らの目標に近付く力に変えて。
「その飢えを満たしてやるっ」
ティールの剣を一閃! 刀とは勝手が違うようで戸惑いが剣筋に現れているが、二閃、三閃もすれば手にも馴染むであろう。
「思いを力に、導きを共に──」
「‥‥‥」
オーラパワーを付与されほんのりとピンクに光った日本刀を携えると特徴的な瞳で礼を告げ、理は餓鬼へと忍び寄る。忍者刀を手にして餓鬼に斬りかかるのはオーラパワーを付与したアフラムだ。
テッドは数少ない飛び道具に、準備してきたより少しでも多くオーラパワーをかけようと集中を続けている。以津真天が現れるまで、もういくらも時間はないはずだ。
「本当に国違うだけで、出るモンスターが違うんだな。実際に見るの初めてだし、他の冒険者の為にもキッチリ記録し帰らないと」
茂みに陣取ったヴァインが鷹碕を援護するため弓を引き絞る。じっと餓鬼を見つめるその目は狩る者の目ではなく、観察するものの目だ‥‥ここまでくると、もう立派な職業病である。別の茂みに陣取ったシャーリーはそんなヴァインに苦い笑いを浮かべ、女との約束を果たすため田原へ爪を振るう餓鬼へと狙いを定める。
田原の太刀が餓鬼を裂く!! 距離の出来た隙に弓を放とうとしたが、その餓鬼へ横合いから炎が襲い掛かった!
「火遁の術! 以津真天が出るまで、居場所を悟られないようにした方が賢明ですわ」
単純に、餓鬼1体に冒険者が2名。負の生命力を大きく削られていく餓鬼、背後や側面から餓鬼の行動を阻害するように仕掛ける理の戦法に苛立ち、発した怒りの声に殺気が呼応した!!
「来ました、上ですっ!」
シャーリーの声が鋭く響く!! ばっと見上げた理の目に映るものは、異様に痩せ細り、ぎらぎらとした目を持つ‥‥首の長い鷹のような不気味な姿。一直線に自分へと飛来する!
シャーリーの手から放たれたお手製のボーラはバランスが悪かったのか明後日の方角へ消える。
理は飛来した以津真天の攻撃を冷静に回避し、その翼へ鎖分銅を絡めた!
「まさか実際に声を聞くわけにもいかないよなぁ」
茂みに陣取ったヴァインは逸る心を抑えつつ、じっと狙いを定め──射る!! 以津真天の瞳にオーラパワーの賦与された一本の矢が、深々と突き立った!
「‥‥いつまで、いつまで‥‥!」
昏く低い声で恨み言を呟き冒険者たちを啄ばもうと嘴を突き立てる以津真天。
その言霊に惑わされたか、餓鬼を切り伏せた鷹碕も、アフラムも田原も、言い様のない罪悪感に捕らわれ、以津真天に剣を向けることが躊躇われてしまう。
「‥‥いつまで、いつまで‥‥」
再び飛来した以津真天、その翼に絡んだ鎖分銅を掴み力ずくで引き摺り下ろす!
「‥‥今日マデ、デス」
小さく呟いた理の声に滲むのは、罪悪感と、一撮みの暖かな感情。
地に堕ちた以津真天の意識は春花の術の春の香りに溶け──‥‥再び目覚めることなく、輪廻の輪に送り返された。
◆
以津真天の羽根、餓鬼の髪。
そんな少しばかりの存在の証は、村はずれの墓場の片隅に女の手でひっそりと葬られた。
食べ物を探しに行くとふらつく足取りで森に入ったきり、二度と戻らなかった息子を想い‥‥墓標代わりに小さな石を添える。
「お腹が空いていたんでしょうね‥‥」
田原、ヴァイン、テッドが供物にとそれぞれ予備の保存食を差し出した。
どこからか田原が摘んできた小さな花を、押し付けられたシャーリーと鷹碕が添える。
清めの酒の代わりにと、田原が持っていたどぶろくを振り掛けて。
輪廻の輪を外れるほどに飢えた者へと祈りを捧げた。
──もう、こんな哀れな魂が現れないように。
そよぐ風に顔を上げ、立ち上がる。
今しばらく、この依頼は続くのだ。
不苦労──梟の刺繍を施した手拭いを懐に仕舞った依頼人へ、出発間際に縁起担ぎに火打石を打ち鳴らし、望む街へと連れて行く。
「善行は施した分だけ自分に帰ってくると言います。村への行商も人の為になる事、縁起は良いと思いますよ」
「‥‥そんな不確実なもの‥‥」
できるだけ依頼人の財布の紐を緩めて、村々へ食料を落としていくという‥‥小さな小さな第一歩。
水戸の地に渦巻く不穏な影は、未だ晴れる気配を見せねども‥‥