●リプレイ本文
●江戸からの出発☆
「雛菊さん探し、一緒に行く人この指とまれー」
ある意味では言いだしっぺになるのだろうか、ミィナ・コヅツミ(ea9128)が天高く掲げた人差し指。
雛澤菊花(ez1066)に会うためにと、誰よりも早くその指をきゅっと握ったのは野村小鳥(ea0547)だった。
「ん〜、どういう子なのかな。会うのが楽しみですー」
久々に温泉関連以外の仕事とあって、小鳥は何だか楽しそうだ。ずっと温泉でふやけていて、凹凸の少ない体の、その芯からふやけているような気分だったのだろうか。
「うふふ、とても可愛らしい方ですわ。たまにはこうして、こちらからお会いしに行くのも宜しいですわよね」
小鳥の指の上から暖かな手を覆い被せたのはセフィナ・プランティエ(ea8539)、自他共に認める雛菊の友人の一人だ。
「‥‥前回、こうして雛ちゃんを探した時とは事情が違いますけれど、それでも、心配です‥‥」
前回は、悪魔に魅了された雛菊の命が危険に曝されていた。今回は、ただ会いに行くだけ。
けれど姿を見ない友人への不安は拭えない。雛菊がトラブルホイホイでなければ、あるいはこんなに心配をせずに済んだかもしれないが‥‥。
「水戸か、以前良くない事を聞いたからな‥‥大丈夫だろうか」
セフィナに握られた手を導かれ、渋面を浮かべつつも抵抗はしない王娘(ea8989)‥‥雛菊の身を案じる姿は、以前の彼女からは想像も付かぬほどに穏やかだ。
「さっすがにゃんにゃん、詳しいわねぇ。水戸ってそんなに危険なのね‥‥っというかあの子は何でそんなとこー!?」
あわあわと力強く指を握ったのは、約束を果たすためにこの地を踏んだローサ・アルヴィート(ea5766)である。
「危険だろうがなんだろうが! 雛ちゃんが水戸って所に居るらしいなら、そこに行くのみっ!! そこまでに何があろうが知るかーーッ!!」
さらに力強くローサの指を握り締めたのは青龍華(ea3665)。
「ちょ、折れる折れる折れるっ!」
「あ、ごめんねっ」
力強くというより、力任せだったようだ。
「とにもかくにも、まず水戸へ、だな‥‥」
背後で呟いた双海一刃(ea3947)の言葉に異論を唱える者はいない。
先日、故あって雛菊の見送りをしたアフラム・ワーティー(ea9711)は、今度は探しに行くというその数奇な運命に胸中複雑だった。そして水戸から戻ったばかりのその足で再び水戸へ向かうという悪戯に対しても。
「僕の知っている道でしたらご案内します、行きましょう」
それぞれに用意した贈り物や直筆の手紙を預けて、友人たちがずらりと一列に並んだ。
「雛菊殿の無事と〜」
「皆さんの安全を祈念して〜」
ルミリア・ザナックスと宮崎桜花の発声で、水戸への‥‥いや雛菊への一条の光を盛大に送り出すっ!
「「「バンザーイ(ガァ)! バンザーイ(ガァ)!! バンザーイッ(ガァ)!!!」」」
フィニィ、ヴィクトル、スィニエーク、ルミリアの鴨ブレンヒルト、巻き込まれた倉神とミケイトまでが祈りをこめて一斉に万歳三唱!!
振り返り照れくさそうに手を振るローサや目立つのが嫌で不機嫌になる娘の姿が見えなくなるまでたっぷり見送ったあと、スィニエークがぽつりと呟いた。
「‥‥でもこれ‥‥やっぱり何か違いますよね‥‥?」
「無事を祈念するんですから、何も違わないと思いますけど?」
ジャパン人桜花の返事に僅かに沸いた疑念を綺麗さっぱり払拭され、スィニエークはにっこりと頷いた。
●深夜の来訪者★
「さあ、今日も美味しい料理つくりましょうー。‥‥て、言っても場所が場所だけに今日も保存食の加工程度ですがー」
「変化が付くだけでも気分が明るくなるわよ。もっとも、最近物凄く上手い人ばかりだし、私は自信無くすけどね〜‥‥」
「ま、まだまだ龍華さんほどじゃないですからーっ! 暗くならないでくださぁい」
大丈夫よ〜、とぎゅっと小鳥を両の腕に抱きしめ、役得だと頬を緩める龍華。
──可愛い女の子に手伝ってもらえるようになったのは嬉しいけど。
ぽそりと零された言葉ではなく、届いたのは暖かく鼻腔を擽る香りだった。
「皆、ご飯の用意が出来たわよ〜」
3月21日──江戸を出発して既に6回目の夜、水戸藩に踏み入れてからは3度目の夜。
たかが3日、されど3日‥‥連夜の襲撃に疲労の色は隠せない。
「この食事がひと時の安らぎですね。代わり映えのしない保存食からこれだけの味を作り出すなんて、僕にはこれも魔法同然ですよ」
自分どころか女性陣の分までしっかりとテントを張り終えて、アフラムは差し出された食事に破顔する。
けれど、暖かい食事を胃に収めながら零れ落ちるのはため息ばかり。
「アフラムさん、眉間にシワがまたできてますよー。眉間のシワは癖になっちゃいますよぅ?」
正面からにぱっと笑って見せるミィナ。けれど、眉間のシワもため息もわからなくもないのだ。
「せめて雛ちゃんの足取りが掴めれば良いのですけれどねー‥‥」
小鳥も配膳の手を止めて表情を曇らせた。水戸藩という決して狭くはない土地、手探りで探すのはやはり大仕事だ。
「玉かんざしに口調‥‥特定するには十分だと思ったのだが‥‥」
「あれでも忍者だからな。そうそう足取りをつかませることもないということだろう」
冷静に分析しながらも、どこか嬉しそうな一刃。自分と雛菊の間にあるものとはまた別の信頼感に俯き、娘は自分の感情を掻き消すようにフードの耳をピコピコと動かした。
そんな話題を他所に盛り上がるのはミィナとローサ。話題はといえば、浅黒い肌のハーフエルフについてのようだ。
「ちまといえば雛菊さん、ディックさんなら煙草でしょうか」
「ディックね〜、元気かなぁ。ダイちゃんやーい! ──いたっ!」
声を張り上げたローサの脳天、その旋毛へ、時期外れの団栗が直撃した。
「あはは、さすが早撃ち三秒ですねぇ、しかも地獄耳♪」
「乙女の唇を捧げたっていうのに、ひどいわっ」
「あれ、ローサさんもですか?」
どうやら二人の考えることは似通っていた模様。愉しげに笑う二人からは、疲れというものが感じられない。
──ディックという人は、女性にだらしがない人みたいですねー。
いっこうに放してくれない龍華の腕の中で小鳥がそんな結論に達した時、娘がシルバーナイフを手に闇を睨んだ。
「にゃんにゃ‥‥敵さんがいらっしゃったようね」
視線を追った先には山鬼の姿──招かれざる客が現れた!!
「久しぶりの戦闘も、これだけ続くとさすがに体が思い出しますねー‥‥」
山鬼をオーラショットで牽制しつつ呟く小鳥。真っ向から受けて立つアフラムに続き、小太刀とシルバーダガーを携えた一刃も時間稼ぎに乗り出した。
セフィナがグッドラック、龍華がオーラエリベイション、娘がオーラパワー、ミィナがホーリーフィールドのための集中に入る。
「セーラ様、我等に祝福とご加護を‥‥慈愛なき者の手からお守りください──」
一方、ローサはペットたちを気遣い、後方で矢を番える。
4体5体程度の山鬼ならば敵ではない。しかし、山鬼であったり、餓鬼であったり、死人憑きであったり‥‥敵ではないが、日に何度も遭遇していたのでは気の休まる暇が無い。
「何だか、水戸の世情も忍ばれますねー‥‥」
小鳥の鳥爪撃が、赤い肌の山鬼を吹っ飛ばす!
「‥‥っ」
友の身を案じ、飛ばされた山鬼を振り向きざまに蹴り上げる娘!
「憩いの一時を──邪魔するなぁぁっ!! ‥‥成敗っ!!」
浮き上がった山鬼に、龍華の龍飛翔が炸裂!!
「一刃君、増援が来たよっ!!」
増援らしき山鬼に気付いたローサが矢を放つ! 伝えられた一刃は気配を殺し風上の死角へ回りこむと、春花の術で3体の山鬼を眠らせた。
「女神の白き輝き、立ち塞がる障壁を打ち砕かん──!」
セフィナの放つホーリーが山鬼にダメージを与え、怯んだその胸へアフラムが忍者刀を突き立てた!
「皆さん、やりますね」
奮闘する仲間たちへ──青い肌の山鬼を貫いた刀を引き抜きながら、アフラムが純粋な賛辞を送った。さほど時間をかけることなく、山鬼は動くことのない塊へと姿を変えた。
「‥‥あっ!」
駆け出したセフィナが拾い上げたのは、手に雛菊を持った山羊の白いお守り人形である。
「皆さんの想いと愛情が詰まっておりますものね」
丁寧に汚れを払い落としながら‥‥また会えますように、無事ですごしていますように、と一心に祈りを捧げていた仲間たちの姿を思い出して表情を綻ばせた。
「はい、龍華さん。お手製の山羊さん、雛ちゃんの手に届く前に迷子になってましたわ」
「えっ!? うわ、ありがとー! 渡す前にお守り無くしたら洒落にならないわよね〜」
厄病『神』食いのこじ付けだというやぎの人形を首に下げ、龍華は感謝をこめて赤毛のクレリックをぎゅっと抱きしめた。
●深夜の来訪者☆
──澄んだ空に星が瞬く。
山鬼の死体を片付け、夜を越せるだけの枯れ枝を用意して、野営の準備は完了である。
「それじゃ、よろしくお願いします。おやすみなさい」
丁寧に頭を下げるアフラムに第一陣を勤めることになるローサがひらひらと手を振った。セフィナがにこりと微笑んで、一刃は静かに頷く。
焚き火の脇に腰を下ろし、火勢を調整しようとしたローサは──焚き火の向こう側からこちらを覗いている小さな小さな女の子に気が付いた。結い上げたお団子を留めているのは、捜し求めた雛菊模様の玉かんざしで──‥‥
「ええっ!? 雛ちゃん!?」
反射的に駆け出すローサとセフィナ!! そして閉じたばかりのテントが一斉に開かれる!!
「ほぇ? ローサお姉ちゃん、何で水戸にいるなの〜??」
目をまぁるく見開く雛菊をぎゅっと抱きしめる。そして反対側からふうわりと抱きしめるセフィナ。
「久しぶりだねー!! ちゃんと追いかけて会いに来たって報告に来たのっ」
「うわぁい、ローサお姉ちゃんジャパン語上手なの〜♪」
「ふふ、特訓したからね〜。結構上達したでしょ?」
「雛ちゃんは、こんなところで何をしていらしたんですか?」
「あのね、雛ね、雛のこと探してる人がいるって聞いたなの〜。だからね、雛、誰が探してるなのか見にきたなのよぅ!」
「無茶なさらないでくださいね、この辺りは危険がいっぱいですもの‥‥」
頬を摺り寄せて、セフィナは漸く安堵の息を吐いた。
「あや、あなたが雛ちゃんですかー? あ、私は野村小鳥っていいますー」
よろしくお願いしますー、とぎゅっと手を握る女性を見上げる雛菊はその手をきゅっと握り返して、にっこりと笑った。
「雛は、雛菊ってゆーなのよー♪」
皆と一頻り再会を喜ぶと、雛菊は懐に仕舞いこんでいた手拭いを取り出した。
「そういえば、雛、こんなの見つけたから大事に取っておいたなの〜。ローサお姉ちゃんとお揃いなのね、だからあげるなのよー?」
丁寧に開き、ぎゅむっと抱きしめるローサの瞳と良く似た色を持つ皆紅扇を差し出した。
「セフィナお姉ちゃんは、髪の毛ふわふわだからこれあげるなのよ〜」
同じく抱きしめるもう1人の友人へは、桜色の巾着から取り出した鼈甲の櫛を手渡した。
「龍華お姉ちゃんにも、おやつのお礼なのね〜。雛には、まだおっきいなの」
抱きしめ損ねた龍華の元へ二人の手を抜け出した雛菊が駆け寄った。色鮮やかに染め上げられた青竜の法被を肩に掛け──ようとしてすっ転び、慌てた一刃に抱き上げられる。小さく舌打ちが聞こえたのは女性の名誉の為に、気のせいだということにしておこう。
「お団子仲間のにゃんにゃんお姉ちゃんは〜‥‥」
大好きな一刃の腕の中から娘に笑いかけた雛菊は、今の時期を映したかんざし「早春の梅枝」を両手で差し出した。
「‥‥あ‥‥」
ありがとう。
消え入りそうな声でそう答えた娘に、雛菊は嬉しそうに微笑んだ。その空気が伝わったのか、さらに大きくなった妙な塊が身を摺り寄せるように胎動した。ペットを抱き上げ、雛菊を見上げる娘。
「そうだ、雛菊。こいつの名前だが鈴蘭にしたぞ。なんだか名前に似合わず巨大になってしまったが‥‥」
「かわい〜なのよ〜? 鈴蘭ちゃ、よろしくなのね♪」
鈴蘭を撫でながらほにゃっと微笑む雛菊、一刃の蒙古馬に気付き、ひょんな約束を思い出す。
「‥‥お名前付けるなのー? ん〜と‥‥雛、楓とか椛とかがいいなぁ」
秋の紅葉を思わせる鬣に、紅く色付く落葉樹の名を出す。あとは飼い主の仕事だと、その腕からぴょんと飛び降り──そしてバランスを崩してミィナの腕に転がり込んだ。
「ごめんなさいなの〜‥」
なんだか表情の硬いミィナにすまなさそうに謝罪した雛菊をじっと見つめ、ミィナは話したいことがあるのだと告げた。
「雛菊さん、私も‥‥‥私も、娘さんやフィニィさん、ユキさんと同じハーフエルフなんです」
真に友人になるために、ミィナは恐怖に染まる雛菊の瞳を正面から受け止めた。
「ハーフエルフを嫌っているのは知っています。‥‥ゆっくりで良いんです、あたしのことをもっと知って、いつか友達になってもらえたら」
力強く微笑んだミィナ。これ以上は雛菊が怯えるばかりだと見て取り、娘は強引に話を逸らした。
「ところで、雛菊は何故水戸にいるんだ?」
「そうだよー、せっかくジャパンにいるんだからお兄さんに会いにいけばいいのにっ」
「雛のおうち、水戸にあるなのー」
「えええっ!?」
矢継ぎ早に尋ねる友人たちへ、雛菊は事もなくそう答えた。
「朝になったら、安全な道を案内するなのね♪」
どこかぎこちなく、しかし明るく話は弾む。
「雛、これを」
「ほえ?」
睡眠をとるためテントへと戻る一刃から手渡されたものは一通の手紙だ。紐解くと、父親代わりの人物が綴ったたどたどしいジャパン語が姿を現した。
──遠く異国の家で、家族ともども待っている。また来ることがあれば、いつでも訪ねてほしい。元気で──
短く綴られた別れの手紙‥‥僅かに潤んだ大きな目を忙しなく瞬かせながら、ヴィクトルの姿を脳裏に描き、大切に懐へ仕舞う。
「あたしはねぇ、フィニィちゃんと桜花ちゃんから手紙預かってるよ〜」
──雛菊と 会えぬ間に 雛鳥の 鴎と成るは 辛き長さよ──
涙を誤魔化した瞳が再び潤む。
「皆さん心配してらっしゃるんですよ」
微笑んで取り出したものはミケイトから預かったお手製の木製雛菊ブローチ。ぷにっとした幼い手に握らせて、アフラムは少女の頭を撫でた。
「だから、あまり無茶だけはしないでね。今度私‥‥か、他の誰かが黒やぎのお守り持ってくるまで、ちゃーんと無事に過ごしてなきゃ駄目よ」
「雛、今日お誕生日なの♪ えへへ、皆、どうもありがと〜」
龍華手ずから白やぎのお守りを首に下げると、雛菊は白やぎを握り嬉しそうに皆を見回した。
皆の想いとセフィナの祈りによってセーラの加護を受けたお守りは、きっと雛菊の身を守ってくれることだろう──‥‥