屍 ─かばね─

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月29日〜04月06日

リプレイ公開日:2006年04月07日

●オープニング

 ──カシャ、カシャ‥‥

 軽く堅い物がぶつかる音が響く。

 ──カシャ、カシャ‥‥

 それはとても大量の、しかしささやかな音。
 徐々に歩を進めるその音の源は、黄泉の軍勢。
 死したる者。
 死屍たる者。

   ◆

「早う、逃げよ!」
 声を荒げるのは若き侍。領民たちは各々の家に駆け込み、その扉が開かぬようしかと閉じる。
 若き侍は手に手に武器を持つ数名の男と共に奔走する。
「何が起こっておるのだ!」
「何が、と問われても私には解りませぬ。しかし死人憑きの群れがこちらへ向かっている、それだけは事実」
 壮年の侍の怒鳴り声に若き侍はそう返す。
 それもただの死人憑きではなく、死霊と化した侍の群れの模様──そう告げられては動揺が走ろうとも仕方あるまい。
 死霊侍、それは死して骨となろうとも生前の武器を携え悪意と共に蘇ったとされる怨霊である。その技量は一介の領民では歯が立たぬほど。それが群れとなり襲い掛かるとなれば、この村に滞在する僅かばかりの戦力では進行を防ぎきることもできぬであろう。
 唯一の救いは、到着まで数日の猶予が見込まれること。
 水戸城より江戸へと向かう宿場町、ここで
「古賀、水戸のために、そして江戸のために。その命、預けてくれ」
 偵察に赴けという言葉に、古賀と呼ばれた若き侍は深く頭を垂れた。

 ──まさか、死した同僚‥‥友たるものの刀を携えし死霊侍が同行しているなど夢にも思わずに。

   ◆

 そして古賀が出発したのと日を同じくして。
 御庭番と呼ばれし忍軍の1人、春日が江戸へと出発した。

●今回の参加者

 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0285 サラ・ディアーナ(28歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4107 ラシュディア・バルトン(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751

●リプレイ本文

●序撃
 雨の夜が明け、場違いなほど清々しく晴れた空。以津真天に襲撃されつつもフライングブルームで現地へと急行した陸堂明士郎(eb0712)と手際良く合流を果たした一向は現地に滞在していた若き侍・古賀を交え、明士郎が予め収集していた情報の共有化を図る。
「敵は死霊侍、その数おおよそ40体。ほぼ同数に別れ、東北東と北北東から森の中を進行中だ」
「参加しといてあれやけど、ゾッとしますなぁ死霊の大群となると」
 独り言のように漏らした西園寺更紗(ea4734)は明士郎へ向き直り、疑問を呈する。
「陸堂殿と古賀殿はその二隊──なんや、名前がないと不便やね。本隊と分隊とでも呼べばええ? その二隊の合流地点の予想なんてついてはるの?」
「‥‥周辺の地形と今までの経路を踏まえて考えると、合流はしない」
「それぞれ目的地が違うっていう訳でもないのよね? ──ちょっと待って、合流しないってことは、まさか」
 首を傾げたフィーナ・アクトラス(ea9909)は、考え至った可能性にぎこちない笑顔を浮かべた。
「その『まさか』でありましょう。合流することなくこの村を挟撃すると思われます」
「状況は一刻を争う、か‥‥」
 何としても守らないと──ラシュディア・バルトン(ea4107)は緊張故か知らずのうちに滲んだ汗を拭った。
「しかし、数が多すぎるな。‥‥減らさないと話にならん」
 そう呟くは双海一刃(ea3947)。約40体という敵の数を聞くだけで気が遠くなりそうだ。
「それだけの敵が合流してしまえば打つ手は限られてきます。やはり、合流前に叩くのが得策かと思いますが」
 ルーラス・エルミナス(ea0282)の言葉に異論を唱える者は無く、一隊の殲滅、一隊の足止め、そして村の警備強化と人手を分散させることを選んだ。吉と出るか凶と出るか、それは神のみぞ知り得ることであろう。
「母セーラの御許へ導くためにも、一番お手伝いのできる場所へ──足手纏いにならないよう気をつけますので、どうか同行させてください」
 慈愛の姫サラ・ディアーナ(ea0285)もまた、東北東に進路を取った敵分隊の殲滅に動向することを選んだ。
「それでも我々だけでは戦力が足りまい」
「しかし双海殿、この村にいる戦力といえば古賀殿と数名にすぎません。あとは戦闘の心得もない村人ばかりです」
「‥‥しかし、自分たちの命が掛かっているとあれば心得の有る無しに関わらず協力せざるを得ないのではないか? 他ならぬ、自分たちが生き抜くためだからな」
 村人の協力を乞おうと一刃は思案する。打ち出された計算と思惑に古賀は当然良い顔をしない。水戸藩の侍たるもの、弱き者を守らねばならぬ──藩主頼房のその教えは侍たちに深く浸透しているのである。
「でしたら、村の代表者数名に進退を決めてもらうというのはどうでしょうか。どれだけの危険が降り掛かるか、それはもちろん全て説明をした上で」
 ルーラスの折衷案に村の代表者数名が集められた。現状を含め全ての説明を受け、その上で──村人たちは自身を守るため、家族を守るために立ち上がることを決意した。
「待ってくれ」
 伝達に村へ散っていこうとする村人たちを呼び止めた日向大輝(ea3597)は、バックパックから予備の保存食を取り出した。
「女性や子供、身体の弱い者たちは隣の村まで避難させてくれ。保存食は幾分多めに持ってきているから、隣の村に行くまでの分くらいにはなるはずだ」
 小さき身体に収まり切らぬ大きな器の少年に感謝をし、村人たちは村に残り冒険者の手伝いをする者と隣村へ移動する者とに別れるため、改めて村中へと散っていった。


●襲撃
 打撃を加え襲撃を行うことを選んだ者たちは、北北東へ進路を取った仮称『分隊』を迎え撃つ。打撃班としての行動を望んだのは明士郎、ルーラス、サラ、西園寺、一刃の5名。しかし、ここで問題が起きる。
 冒険者たちは誰一人として死霊侍が森を抜けて驀進してくるとは考えていなかったのだ。冷静に考えてみれば死霊侍──に限らず魔物たちがご丁寧に街道を通ってくることの方が珍しいというのに。そして、森の中で敵分隊を襲撃するためには‥‥それ以前に、迷わず敵分隊へ辿り着くには、彼らには森での知識や土地勘が足りなかったのである。
 結果、宿場町に残るはずだった古賀を連れての襲撃と相成ったことを明記しておく。
 さて、森林に明るい者がいれば敵分隊を発見するのは比較的易かった。
「我が心、内なる力──剣に宿りて力となれ」
 ルーラスがオーラパワーを皆の武器に付与して近付くと、西園寺が鳴弦の弓を掻き鳴らすと同時に襲い掛かった!

 ──ギィン!!

 死霊侍の繰り出す斬撃にルーラスの十手が悲鳴を上げる。
「くっ‥‥!」
 避けるには鋭すぎる攻撃。その身で喰らい続ければすぐにサラの手が必要になるだろう攻撃に、ルーラスは自分たちの選んだこの襲撃の難しさを改めてかみ締めた。
 サラを背後に庇うように、明士郎が進み出る。自分が一番防御力に秀でている──そう確信して。
「この世で迷い続けても救いはないだろうに」

 ──バキバキッ

 数体から同時に繰り出される攻撃を防ぎきれず身に受けながらも、死霊侍の文字通り骨を断つ。どこか軽い音が刀を通じて腕に伝わる。
 一刃は無言で両手に構えた武器を振るう。僅かに傷を与える小太刀‥‥ルーラスのオーラパワーが無ければ、その傷すら与えられなかったであろう。
「巌流西園寺更紗、参ります」
 掻き鳴らした鳴弦の弓を置き長巻を手にした西園寺は、まるで道場での試合のように優雅に一礼をしてきりっと表情を引き締めた。スッと踏み出した足に体重を乗せ、隙を突いてサラへと近付く死霊侍へと勢いを乗せて長巻を振るう! 巻き込まれた骨が派手に砕け散った!!
 数撃喰らわせれば撃破できますやろ──右から襲い掛かる死霊侍の攻撃を避けながら、西園寺は冷静に相手を分析した。
「大いなる母の怒りと悲しみを身に刻んで──そして眠ってください、母の御許で」
 サラのホーリーが白き輝きとなって死霊侍を撃つ!! この日放たれた数少ないホーリーの初撃であった。
 そう、死霊侍の攻撃は生前の剣術を覚えているのかとても的確で、回避に秀でたものでなければとても避けきれない。その攻撃ですらルーラスや一刃に軽傷を、仮に西園寺やサラが喰らえば即回復を考えねばならぬダメージを与え得るものである。加えて、繰り出される素早く掠めるような一撃‥‥奥州の戦士であればシュライクと呼ぶ攻撃を繰り出すのである。
「ぐあっ!」
「陸堂、一度下がってサラから回復を」
「まだリカバーポーションがあります、いけます」
 リカバーを受けた一刃の静止を振り切り、明士郎は薬液を飲み干すと再び武器を振るった。
 その後、手元に用意しておいたポーションとサラの魔力が尽きてもまだ残る数対の死霊侍を前に、明士郎を殿として一旦引き上げることとなった。
 十分な休息を挟んだ翌日に再び襲撃を仕掛け、仮称『分隊』の死霊侍は輪廻の輪へ押し戻される事となった。
 ──不運にも途中で遭遇した数頭の狼と共に。


●迎撃
 時間軸は少しばかり交差するが、仮称『本隊』への足止めを決行するため森へと入ったのはラシュディア、日向の2名である。村へ残ったフィーナがミミクリーで大鷲となり空から二人のサポートをすることとなった。こちらもまた森には明るくないため、村の男が一人、案内役として同行することとなった。
「セブンリーグブーツを使ってこまめに逃げた方がいいんじゃないか? 接敵されれば終わりだぞ」
 ラシュディアの言葉に頷いていた日向だったのだが、セブンリーグブーツが効力を発揮するのは遠距離を移動する場合のみ。戦術として組み込むのは難しく、諦めざるを得なかったようである。
「じゃあ、俺は少し近付いてファイヤートラップを仕掛けてくるな。二人とも、もし危険だと思ったら俺に構わず逃げてくれよ」
 そういい残し日向はそろりそろりと敵本隊へと近寄ると、避けて通らない、かつ延焼しそうなものが少ない場所を選定しファイヤートラップを数箇所に仕掛けた。
(「よしっ」)

 ──ゴォオオオッ!!

 見つからずに設置し、またそろりそろりと戻ってくる日向の背後で、炎が垂直に吹き上がった!!

 ──カシャ、カシャカシャ‥‥

 どこか現実味の無い軽い音を立て、死霊侍は動じることなく吹き上げた炎を避けて歩みを進める。

 ──ゴォオオッ!!

 二つ目のファイヤートラップが火を噴いた!
 こちらもまた、特に動じることなく吹き上げた炎を避けて歩き続ける。
「大気よ、風となり渦巻け! 俺の前にいる者を吹き上げろ!!」
 トルネードが煤けた死霊侍を吹き飛ばす!

 ──カシャ、カシャカシャ‥‥

「指揮官がいるわけじゃないのか?」
 数度のトルネードにも怯まぬ敵へ首を傾げるラシュディア。その元へ日向がファイヤートラップを増設しながら戻る。
「二人とも振り返らないで聞いてちょうだい」
 背後の茂みからフィーナが語りかけてきた。ミミクリーの効果が切れたのだろうと推測し、真っ赤になったラシュディアと日向は茂みに背を向けて硬直する。
「よろしい。‥‥聞いた話でうろ覚えなんだけど、死霊侍ってシュライクを使うような気がするわ」
 二人の身体が、別の意味で硬直した。それが真実であるならば、万が一にも接敵した場合には勝ち目はほとんど無い。
「完全に魔力が尽きる前に引き上げる方が利口かもしれないわ。くれぐれも気をつけてね」

 ──バサバサッ

 再び大鷲に化けたフィーナが飛び立った。
 その後、暫く足止めに尽力した二人が村へと戻った後にフィーナが帰ってきた‥‥という話は、また別の機会にしよう。


●挟撃
 実際村に残った者は村人が十名弱──それだけである。
 冒険者ギルドに集まりつつある報告書やアルスダルト・リーゼンベルツの情報にも、現在の水戸藩が魑魅魍魎の跋扈する土地であることが記されている。村の女子供や老人たちが彼らだけで避難するには、現在の水戸は危険すぎるのだ。故に、決して多くはなかった戦力は更に分断されることとなっていた。
 迎える敵は、トルネードとファイヤートラップで消耗しているとはいえ、約20体。いまだ大群である。
「でも、バリケードと罠もそれなりにできたし。助かったわ、どうもありがとう」
 フィーナは村人たちへ労いの言葉を掛けた。あとは、冒険者たちの仕事である。
「来たぞ」
 偵察に出ていた一刃が戻ると、ほどなくどこか煤けた死霊侍の仮称『本隊』が姿を現した。
 冒険者が8名、それに水戸藩の侍と村人を加えれば二十数名。死霊侍の数が手の届く数に変容した!
「死んで訳が分からなくなってるにしたって、領民を守る武士が領民を切るなんて絶対させる訳にはいかない! 俺だって武士の端くれ、ここは絶対止めてみせる!」
 愛刀を抜き放った日向は、じっと死霊侍を見据えた。武士の暴走を止めるのは武士の仕事であると一抹の責任を感じて。
 落とし穴に落ち、逆茂木に阻害される死霊侍へ容赦なく武器を振るう!
「アンデッドは傷みで動きが鈍らない。ダメージの大きい奴から優先して確実に倒してくれ!」
 そう檄を飛ばしながら、自らもウィンドスラッシュを放ち死霊侍の動きを止める。
「フリューク、危ないから離れてるのよ!」
 声を掛けられたペットのフリュークはイーグルドラゴンパピー──赤ん坊である。それに加え戦闘は傍観する傾向があるようで、飼い主の命令を受ける前からちゃっかりと傍観体制である。ペットが安全だと判断したフィーナはロープを括りつけた愛斧を豪快に投じた!!

 ──ドゴッ!!

 豪快な音を立て、ブレーメンアックスは死霊侍の頭蓋を粉砕する!
 力一杯ロープを引き、その反動で飛来した斧を回収しながら‥‥フィーナは一年前の依頼に思いを馳せる。この戦いが、いつぞやの戦いのように大きな畝りの階(きざはし)でないことを祈りながら。
「陸堂殿、左手の逆茂木が限界やわ。一緒にフォローしてもらえるやろか」
「解りました」
 逆茂木は木の根を逆さにしてバリケードに使用したものである。これが通常の敵であれば効果は絶大なのであろうが、いかんせん死霊侍の身体は骸骨。骨と骨の隙間に入り込んだ木が辛うじて行動を阻害する程度で、力押しでいずれ崩れる運命だった。内側を竹を組んで補強してあるが、こちらも間をおかず崩れるだろう。
 崩れた逆茂木の間から死霊侍が侵入を果たす!
「あなた方の居場所はここではありません!」
 サラのホーリーが死霊侍を打ち据える!
 ルーラスのオーラパワーを受けた西園寺の長巻が、最後の死霊侍の刀を受ける!

 ──キィィン!!

 業物の気配に西園寺の瞳が怪しく煌いた。しかし、刀を弾いた勢いで長巻を叩きつける!!

 ──ガシャガシャ‥‥カシャ‥

 そうして、死霊侍の群は骨の山と貸したのだった。
「この刀は‥‥」
 堪えきれず、死霊侍の持っていた日本刀を手にする西園寺。その刀を見た古賀が、喉を詰まらせた。
「それは‥‥近藤の──私の友人の刀です」
「古賀。この村が死霊侍の群に襲われる原因があるのか?」
 その刀の持ち主が関与しているのではないか、そう疑った一刃に首を振る古賀。
「彼らは恐らく、黄泉の軍勢と戦った水戸藩士の成れの果てでしょう。御岩山を巡る戦い、水戸城を巡る戦い‥‥北部では多くの武士が命を落としましたゆえ」
 こみ上げた感情を散らすように、深く、細く、長く、息を吐く。
「この宿場町が襲われたことに理由があるのならば‥‥ここが江戸へ続く街道上にあるということでしょう」
 死霊たちに恨まれるようなことは何一つしていないと、古賀は述べた。
「それなら、死者たちを弔ってやらねばな」
「そないな理由があるなら、返さんわけにもいかんなあ」
 西園寺から受け取った業物の日本刀を友の代わりに帯刀し、侍だった者たちが正しい眠りにつけるように、そしてこのような悲しき侍が現れぬように、古賀は西の空に傾き始めた赤き太陽へ祈りを捧げた──‥‥

 ──その不幸が、誰の身にも降りかからぬように。

 冒険者たちもまた、家族を、友を、仲間を、そして散っていった侍たちを想い‥‥静かに燃える太陽へと祈りを捧げたのだった。