●リプレイ本文
●教育開始! のその前に
「また、相変わらず無茶苦茶な生活してるね、ラクス‥‥」
音無影音(ea8586)はどこか愉しそうに、今回に限っては依頼人であるらしいラクス・キャンリーゼを見遣った。ラクスを見ていると、どうしてこうも飽きないのだろうか。
『俺はある程度ジャパン語話せる奴と来たから使えんでも何とかなったが‥‥何とも無謀な真似してるな』
心底呆れたヘヴィ・ヴァレン(eb3511)の言葉に、じぃぃーっと影音を見るラクス。
その熱い眼差しは、しかし残念ながら色っぽいものではない。
『まあ‥‥ラクスをジャパンに連れて来た原因はあたしにある訳だし‥‥ほんの少し責任を感じなくも無いから‥‥ジャパン語、教えてあげるよ‥‥』
小指の爪の先ほどの罪悪感。しかも、足の小指。そんな些細な罪悪感だから、当然報酬は受け取るつもりだ。
『はやくジャパン語を覚えないと仕事も受けられずラクスさんの財政が破綻してしまいそうですね』
テッド・クラウス(ea8988)の言葉に再びじぃぃーっと影音を見るラクス。
その熱い眼差しは、しかし残念ながら以下同文。
『同情の余地がないわけじゃないけど‥‥財政が破綻しようが飢えようが、私のフリュークに手を出したらどうなるか解ってるわよね?』
『‥‥‥』
じと目で睨むフィーナ・アクトラス(ea9909)に、こくこくこくと頷くラクス。
どこか信頼の滲むやりとりにぽわんと微笑みながら、リーラル・ラーン(ea9412)も当然だと頷いてみせた。
『そうですよね、飼い主に食べられないと鴨さんも浮かばれないでしょうしね』
──ガァ!!
答えるように鳴いた鴨の声が肯定なのか否定なのかとても興味があったが、同じく鳥を飼うフィニィ・フォルテン(ea9114)としては、興味本位で訊ねられない領域の話のようだ。万が一にも、ぴよちゃん(仮)を食料にするような事態がないとも言えない。
「まぁ、10日しかないんだし、最低限叩きこむしかないか‥‥」
「取り合えず最初は日常生活で使う挨拶全てを覚えてもらうところから始めましょうか‥‥」
道程の遠さに途方に暮れたか天を仰ぐ青海いさな(eb4604)へスィニエーク・ラウニアー(ea9096)が苦笑を浮かべてそう告げた。真鉄の煙管でトントンと肩を叩きながら仕事前から疲れたように溜息を吐くいさな。
「あー、なんか久しぶりに子供の面倒みる気分。ツッコミは情け容赦なく入れても大丈夫だね?」
付き合いの長そうな顔に訊ねると、予想通りラクスの操術に長けているらしいフィーナは当然だとにっこり笑った。ラージクレイモアを軽々と操る男に毎日のように叩きのめされていたラクスである。
「大丈夫よ、殺しても死なない‥‥は、さすがに無いけど。まあ、よっぽど危険なら影音さんが止めに入るし」
「‥‥あたしなんだ‥‥まあ、良いけど。痛いのは嫌いじゃないし‥‥ね‥‥」
奏でることができないのなら、痛みを味わうのもまた一興──くすっと小さく笑った。
そんな物騒な話を聞き取れず、近寄ってきた歌姫と言葉を交わすラクス。
『私もまだ不慣れなのでお教えする事はほとんどできませんが、ジャパン語のお勉強一緒に頑張りましょうね』
『ああ、食うに困らない程度にな!』
ニカッと気楽に笑った戦士は、伏兵に全く気付いていなかった。
「やっぱり、身体で‥‥いえ、身体に覚えてもらうのが早いですよね。多少の敬語まで、辿り着きたいですし‥‥」
消え入るような華奢な声で、しかし揺るがぬ意志を秘めた声で、スィニーは小さく宣言した。
「‥‥皆さん、今日中に一通りの挨拶を覚えてくださいね。いさなさん、よろしくお願いします‥‥」
●レッツゴー実践
「やっと飯か、腹減った!」
スィニーが許可を貰った店で、昼食を取ることになった。訪れたのは荒くれ者も少なくない冒険者を相手にする酒場で、昼間は食事処として開放されている店である。そんな店だから店員も肝が据わっているし、多少手荒く指導したところで営業妨害となることもないだろう。
「腹減った腹減った、飯、食え!」
──ビシッ!!
いさなの煙管が額を打った。
「そうじゃないって言わなかったっけ? 何度言ったら分かるんだい、私はそんなに気の長い方じゃないんだけどね?」
「暴力反対っ!! 殴ってから言うなって、何度言ったら分かるんだいっ?」
「おい、移ってるぞ」
へヴィに肘で突かれ、何かおかしかっただろうか首を傾げるラクスにリーラルとテッドは小さく笑う。
ラクスの吸収力には驚かされる──良くも悪くも。付き合いの長くなってきた影音にしても、それは同じことのようである。
──あたしの喋り方‥‥は、移ったら静かになって良いかな、とは思うけど‥‥一人称は、拙いね‥‥。
「あたしはラクス・キャンリーゼ、死人を呼ぶ男っ!」
何かのヒロイン宜しくそう叫ぶラクスが、運悪く視界に入った魔法学校女子制服一式と合成された姿でふと脳裏を過ぎり──浮かんでしまった想像を月露でズタズタに切り刻んだ。当然ながら血は出なかった、残念。
「えと、こういうときは‥‥『おばちゃん、飯ひとつな。美味くて安ければ、何でもいいぞ』‥‥といった感じでしょうか‥‥?」
突然の奇行に怯えながらもラクスらしい口調の監修を求めるスィニーに、同じく怪訝な顔を浮かべながらブレーメンアックスを手元に引き寄せて答えるフィーナ。
「お姉さん扱いした方が喜ばれると思うわ、どうせ口は悪いわけだし。『ねーちゃん、飯ひとつ! 美味くて安くて量があれば、何でもいいぞ!』っていう感じかしら」
「それはかなり注文がうるさい気がしますよ?」
フィニィの言葉に、先のラクス同様に何か変だったかと目を瞬くフィーナ。食に対して妥協を許さないフィーナのハードルはどうやら一般人より高いようである。
「じゃあ、ラクス‥‥実践。ねーちゃん、飯ひとつ‥‥美味くて安くて、量があれば‥‥何でもいいぞ」
「暗いな、影音」
──ビシッ!!
いさなの煙管が額を打った。
「ね、ねーちゃん、飯ひとつ‥‥美味くて安くて量があれば何でもいい!」
涙目になりながらラクスが声を張り上げた。
「はい、それなら合格ですね」
ほにゃんと微笑んで、リーラルが厨房から盆に載せた食事を運んでくる。
「お待たせいたしまきゃああっ!」
──ガシャガシャン!!
この人に割れ物を預けちゃいけない‥‥リーラル、盛大に転倒!!
『『あっちぃぃー!!』』
「っと、三人とも大丈夫かい?」
転倒したリーラルと下敷きになったラクス、巻き込まれたへヴィを気遣ういさなだったが──その煙管を奪った者がいた。
「お‥‥重‥‥」
──ゴッ、ゴッ!!
奪った煙管で何とか被害者2名を打ち据えたスィニーは満足気に顔をあげた。
「あの、お二人とも‥‥ゲルマン語に戻っていました‥‥」
「‥‥ぷっ。スィニエーク‥‥気が、合いそうだよ‥‥」
影音が愉快そうに頬を緩めた。
店員とフィニィによって運びなおされた食事を前に、気を取り直して箸を手にする冒険者たち。
「ほら、何かしてもらったら『ありがとう』だって教えただろう?」
「‥‥話しかける前には『すみません』だ」
良くできました。にっこり笑って子供にするようにわしわしとラクスの頭を撫でるいさな。そんなラクスの向かいで、へヴィ相手に呟きを漏らすのはテッドである。
「僕、この『橋』の使い方にまだ慣れなくて。ジャパンの方は皆さん器用に扱われますよね」
「あの、テッドさん‥‥『橋』じゃなくて『箸』です‥‥」
恐る恐る注意するスィニーに溜息をひとつ。
「『橋』と『箸』、『髪』と『神』、ジャパン後は難しいです‥‥一人称だけでもやたらと豊富にあるようですし」
「ええと、それは‥‥」
どう説明したものかとリーラルを振り返るスィエー。けれどリーラルも巧く説明できる言葉を持たず、ジャパン人の二人に困惑の視線を流す。
「同音異義語か‥‥まあ、確かに面倒だよね。ジャパン人でも‥‥間違える人、いるくらいだから‥‥」
「発音の違いとか、よかったら詳しく教えていただけますか。できれば『箸』使いも」
テッドの真摯な態度に打たれたいさなは、とっておきの秘密を口にした。ジャパン語に限らず、言語の真髄かもしれない言を。
「伝えようっていう気合いがあれば大丈夫だよ、うん。会話なんて所詮勢いだからね」
──教師役がそれを言っちゃあ御仕舞いである。
●ジャパンのステキな日常
「驢馬、鴎、犬、猫、牛、狼」
「鳩、北狐、熊」
「竜、埴輪‥‥。えーっと、『ランタン』と『オーガ』はなんて言うのでしょうか?」
「ランタンは提灯だったと思うぞ。オーガはオーガだろう?」
大事なまるごとシリーズやペットたちを並べ、動物名を復習していたフィニィとラクス。
「提灯が覚えられて何でオーガがわかんねぇんだよ。鬼だろ、鬼」
いさなの奢りだという団子を咥えながら眺めていたへヴィもついつい口を挟んでしまう。この数日でずいぶんジャパン語の知識が増えたような気がする。
「さて、そろそろ終わりですね。5日間の約束でしたから」
敬語を教えきれずに不完全燃焼のリーラルは、肩を軽く竦めながら切り出した。願わくは、敬語の鱗片だけでも身についてくれていますように。
「ラクスさん、皆さん。先生たちにきちんとお礼しましょうね」
「「「どうも、ありがとうございましたっ!」」」
「いえ‥‥どういたしまして‥‥」
「ふふ、ちょっとでもお役に立てたみたいで幸いです〜」
「青タンこさえて良く頑張ったね」
照れるスィニーとリーラル、そして胸を張るいさな。その傍らで、片頬を歪めるようににやりと小さく笑うのは影音。今回の教師陣である。
「財布、厳しいんだから‥‥買い物は、一銭でも値切ること‥‥忘れないようにね、ラクス」
頷き、ラクスは財布を取り出した。あるときは友人かもしれないが、今回は依頼人と被依頼人の立場である。約束を破るほど不誠実な人間ではないのか、それともそんな知恵が回らないのかはさておいて、きっちり支払いの金銭を取り出すラクス。
その手をやんわりとテッドが押し留めた。
「僕の分の報酬は、学ばせてもらう身ですから返させて頂きます」
『おお、心の友よ!!』
「はい、ジャパン語忘れてるわよ」
フィーナのツッコミに、しっかりとテッドに抱きついたまま改めてジャパン語で言い直すラクス。
「おお、心のホモよ!!」
──ビシッ!!
いさなの煙管が額を打った。
「いさなさん、僕が何かしましたか!?」
「悪い、手元が狂った」
悪びれず謝罪するいさなに、まあいいですけど‥‥と不貞腐れ気味に額を押さえ答えるテッド。
その一撃で忘れていたことを思い出したようだ。
「そうそう、ギルドでラクスさんが喜びそうな単語を集めておきましたのでお教えしますね」
バックパックからごそごそと半紙を取り出し、記した言葉をラクスに見せる。
「死人憑き、怪骨、怨霊、餓鬼、死食鬼、死霊侍‥‥こういう単語が入っていれば、恐らくラクスさん好みの依頼だと思いますよ」
「ふぅん? どんなモンスターなんだ?」
「ええと、ズゥンビ、スカルウォーリアー、レイス、グール‥‥餓鬼と死霊侍はジャパン特有のモンスターだったと思います」
リーラルの言葉を聞き、キラリン☆ と瞳を輝かせるラクス。
「アンデッド──じゃなかった、死霊を呼ぶ男、ラクス・キャンリーゼ!! 死霊退治なら任せろ!」
「死霊といえば、水戸の方に死人が溢れてるってギルドで聞いた‥‥」
『どこだ、水戸! 俺を呼ぶ声が聞こえるぜ!!』
『‥‥それ、幻聴だから。月露に賭けて、保証する‥‥』
厄介なことになっているらしいかの地についてそれ以上教えるつもりのない影音に食い下がるラクス。ゲルマン語で捲くし立てるラクスを眺めながら、スィニエークが誰にともなく小さく呟いた。
「言葉を覚えていなくて、中々通じないのも大変ですけど‥‥‥言葉を覚えていても、中々通じない時もあるんですよね‥‥」
引っ込み思案で声が小さかったり躊躇ったりしてしまうため言葉が通じないという、そんな経験を思い出す。見知らぬ土地に来て、それは再び顕著に顕れるようになった。
「言葉ももちろん大切ですけど‥‥ラクスさんの今のままの勢いも、会話には必要なのかもしれませんね‥‥」
そんな思いを知らず、茜に染まり始めた空に向かい、ラクスが吼えた。
『待ってろよ、水戸!! 俺が退治してやるぜ、アンデッド──!!』