水戸魔海村

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:03月26日〜04月04日

リプレイ公開日:2006年04月05日

●オープニング

●魔海村
 豊饒な大地、豊饒な森。
 それらに支えられたな肥沃な海。
 決して広くはない一角であったが、飢えることを知らない土地──水戸の外れに、その村はあった。

 しかし、多すぎる自然の恵みは決して人々の生活を潤すものではなく‥‥
 多すぎる恵みは時として、生物を極端に育て上げてしまうのだった。
 時として荒々しい姿を見せる大海原、そこを制する村の漁師たちですら音を上げる『恵み』は今年もまた変わらずに振り撒かれている。
 そんな環境にもめげず、人間は強く逞しく、強すぎる自然と共存の道を選んだ。
 人々はその海を魔海と称し、強すぎる自然に隔離されたその村を魔海村と呼んだ。

●第1巻:大蟹の岩場
「聞いたよ、お篠さん。西の岩場に大蟹が現れたそうじゃないか」
 お篠と呼ばれた女は足を止め、声を掛けた船上の人物を振り返った。
「吉っつぁんの漁に支障はなさそうで安心ですわ」
 船から下ろされる魚の量が普段どおりなのを見て、お篠は微笑んだ。
 吉っつぁんは大仰に肩をすくめ、それは違うと口を開いた。
「俺が心配してんのは村長の頭だよ、また薄くなっちまうんじゃないか?」
「そんなことより、心配しないといけないことがありますもの。父にはもっと割り切ってもらわないと」
 にこやかに言ってのけるお篠の言葉は意外に手厳しい。
 しかし、手を振って吉っつぁんと別れると、その表情にほんのりと不安を滲ませてため息を吐いた。
「約束、きちんと守ってくれると良いのですけれど‥‥」
 岩場は子供たちの遊び場のひとつ。立ち入り禁止のお触れを出したところで、彼らがいつまで守ってくれることか‥‥

 ──そして、その不安は後に現実のものとなる。

●今回の参加者

 ea1011 アゲハ・キサラギ(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6144 田原 右之助(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6415 紅闇 幻朧(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)
 eb2898 ユナ・クランティ(27歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3293 若葉 翔太(22歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3483 イシュルーナ・エステルハージ(22歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

レイジュ・カザミ(ea0448)/ ラン・ウノハナ(ea1022)/ 花井戸 彩香(eb0218)/ ウェンディ・ナイツ(eb1133)/ 紗夢 紅蘭(eb3467)/ フィーネ・オレアリス(eb3529

●リプレイ本文

●江戸より水戸へ
 江戸を出発し水戸への旅路を急ぐ影。夕刻の影は長く伸び、上背のある紅闇幻朧(ea6415)の影はますます長く伸びていく。
「大蟹とは、また厄介な物が現れたものだな」
「本当に‥‥息子さん、無事でしょうか‥‥」
「けれど、少年の自業自得‥‥と言ってしまっては身も蓋もないでしょうか」
 紅闇と若葉翔太(eb3293)の会話にそう言葉を挟んだユナ・クランティ(eb2898)は自分の手厳しい意見が気に入ったのだろう、ころころと笑った。あまりの厳しさに怯えた翔太は紅闇の腕にぎゅっとしがみつくが、あながち否定も出来ず紅闇は覆われた口元で小さく息を吐いた。
「‥‥蟹さんの味も心配だよぅ‥‥」
 しっかりしがみついて安心したのだろう、そんなことをいい始めた翔太に紅闇はあまり良い顔をしなかった。
「さて、そろそろ野営の準備をしなくてはなりませんわね」
 茂みの奥に手頃なスペースを見つけユナはそう切り出した。にこにこと二人の男性を見比べるが‥‥男たちもお互いの顔を見比べるばかり。誰一人としてテントを所持していないのだ。春先とはいえ夜間は冷える。しかも、魑魅魍魎の跋扈する水戸へと向かうというのにあまりにも軽装過ぎた。ユナに至っては毛布すら所持していない。
「困りましたわねぇ‥‥」
「じゃあ、えっと、あの‥‥ユナさん、これ使って? 僕は幻朧お兄ちゃんと一緒に寝るから」
 翔太が提案しながら差し出した毛布を、そういうことならと受け取るユナ。確かに毛布なしで眠るのは辛い。けれど男女同衾というのも頂けず、その案が一番健全に思えたのだ。少女のように愛らしい翔太はユナにとって一抹の魅力がないわけではないが、所詮少年。全く、残念である。
「見張りを当番製にすれば問題ないと思うが」
「それでも寒いもん! 風邪引いて仕事ができなくなったら大変でしょ?」
 強引に説き伏せ、翔太は『幻朧お兄ちゃん』との幸せな一夜を手に入れた。唯一まともな性癖を持っていたのは、どうやら紅闇だけだったようである。

 ──毛布2枚の夜は、無事に明けた。色んな意味で、無事だった。


●魔海村の姫、お篠
 さて、セブンリーグブーツや韋駄天の草履、ペットなどの手段を用い先行した者たちは二日目の午後には魔海村へと辿り着いていた。冒険者が到着したという報を聞き、依頼人お篠が急ぎ足で現れる。
 余程心配なのだろう、イシュルーナ・エステルハージ(eb3483)が涙ぐみながらお篠の手をしっかりと握る。
「村長さんの頭は大丈夫っ!? 私たちが来たからにはもう安心よっ!」
「いや、それは違うだろう。大変なのは漁師殿のご子息だったと記憶しているぞ」
 くっくっくと肩を揺らしながらアレーナ・オレアリス(eb3532)は真っ赤になる同僚の肩を叩いた。そして胸を張り不安をかき消すような優雅な笑みを見せる。
「自己紹介が遅れたね。私は『聖母の白薔薇』アレーナ。慈悲深き母に代わり迷いし村を救いにきた」
 無論、可愛い少年もだよ♪
 片目を瞑り笑ってみせるアレーナにお篠は気持ちを落ち着かせたようで、気丈な笑みを浮かべイシュルーナへ向き直った。
「父は大丈夫ですわ。禿げて死んだ人はおりませんもの」
「‥‥それもそうね、子供が行方不明なのは頭の薄毛よりも一大事だもの!!」
「だから、そこと比較すんな!」
 ズビシッ!! とチョップをかます田原右之助(ea6144)、どうやら堪えきれなくなった模様。
「お篠だったな、とにかく被害拡大はさせたくねぇ。村の皆が危ない事はしないように、説得と様子見を頼みてぇんだ」
「特に子供達は好奇心や義侠心だけで行動してしまいかねません‥‥ここは僕達に任せて下さいと、どうか皆さんに」
 田原と共に丁寧に頭を下げるアフラム・ワーティー(ea9711)の態度は国境を越えて武士に通じるものを感じさせる。田原の乱暴な言葉に隠された気遣いに感謝し、お篠はひとつ頷いた。
「それでは、早速──‥‥」
「あ、待ってお篠さん!」
 そのまま踵を返そうとしたお篠の袖を慌てて掴んで、アゲハ・キサラギ(ea1011)は重要なことを忘れてるよ、と告げた。
「漁師の、吉っつぁんだっけ? その息子さんの名前をまだ聞いてないよ。探すときに『息子さーん!』って呼ぶのは微妙だしね」
 すっかり失念していた辺り、お篠もよほど慌てていたのだろう。真っ赤になって小さく、少年の名を告げた。
「吉っつぁんの息子の名は、宗太郎と申します」


●大蟹の岩場へ
 村に散り情報収集をしながら翌日を待つ。紅闇、ユナ、翔太が到着すると村で一頻りの準備を整え、時間を惜しんで早速問題の岩場へ出発した。

 ──問題の岩場は、村から一刻程歩いた場所にあった。

 入り組んだ岩場は死角も多いが、大蟹の生息域には特に洞窟などもないという。
「子供たちの説明じゃ大蟹の隠れられる場所もそうそうねぇだろうから、大蟹だけなら比較的簡単に見つかると思うぜ」
 田原は子供たちが地面に棒切れで描いた岩場の地図を思い出しながらそう告げた。8尺9尺という大きさの魔物が身体を潜めることが出来る場所といえばそれなりの広さが必要である。
「おーい、宗太郎くーん! 宗ちゃーん!!」
 アゲハの声が岩場に、海面に、響き渡る。彼女とは逆に大蟹を刺激しないよう湖心の術を用いた紅闇は、その手段の違いからかアゲハからは距離を置いて探索中。むしろ別行動と言った方がしっくりくるような距離だ。
「んしょ、んしょっ!」
「その大荷物は? 村に着いた時にはなかったような気がするのですけれど」
 紅闇の後を追いかける翔太。その背中には不釣合いなほどに大きな風呂敷が背負われていて今にも海に落ちそうだ。見かねたアフラムが声をかけた。小柄な自分よりさらに頭ひとつも小さな翔太が気になって仕方ないのだろう。
「村で用意してもらった簡易松明だよ。使い捨てできるものの方がいいかなって思って☆」
「しかし、その量ではいずれ足を滑らせます。この季節での海水浴はまだ早いですし、しょっぱい塩水は冷たいですよ。‥‥貸してください、半分持ちますから」
「えへへ、ありがとうアフラムお兄ちゃん♪」
 半分どころか、ちゃっかり大風呂敷ごと荷物を預ける翔太。アフラム、遠い異国の地に来てなお苦労性というか貧乏籤というか。
「宗太郎くーん! どこにいるのかしら‥‥はっ! ま、まさか海に流されちゃったりとか、蟹に捕まっちゃリとか‥‥?」
「それはそれで有り得る事態ですけれど、その想像が当たっていないことを祈りますわ。イシュルーナさんやお篠さんが悲しがる姿は見たくありませんもの。きっと、足を挫いて動けないとか、そんな理由ですわ」
「そうよね、怪我をしていて動けないこともあるものね」
「ええ。そうしたらイシュルーナさんがしっかりリカバーで回復してさしあげないと」
 そっと手を包んだユナの手の温もりにイシュルーナは浮かんだ恐ろしい幻影を振り切った。
「宗太郎くーん!」
「宗太郎さーん!!」
「宗ちゃーん!!!」


●少年、宗太郎
「宗太郎くーん!」
「宗太郎さーん!!」
「宗ちゃーん!!!」
 何度その名を呼んだだろう。潮風に喉が痛み出した頃、幼い声が緊張を走らせた!!
「うわぁぁっ!!」
「向こうです!! ‥‥っとと」
 アフラムが駆け出した!! 大荷物に翻弄される彼の脇を、紅闇が疾走する!!
「間に合うか‥‥!?」
 岩陰から飛び出すと同時に目の前に広がるのは大蟹の鋏を今にも喰らわんという少年の姿。
 大蟹と少年の間に飛び込み、忍者刀で巨大な鋏を何とか受ける!
「──くっ!」
 食いしばった歯から呻きが漏れる。更に振るわれた小さな鋏が胴を薙ぐ!!
「紅闇っ!」
 飛び出そうとした田原へ、横合いから現れたもう1匹の大蟹が鋏を振るう!
「甘ぇよ!」
 攻撃に合わせ太刀「三条宗近」で鋏の破壊を試みると、硬い鋏にヒビが走る!
「遅れました、すみません!!」
 駆け込んだアフラムの存在が、紅闇を本来のスタイルへと解き放つ。
 戦闘を男性陣へ任せ、アレーナとイシュルーナは宗太郎少年の下へと駆け寄った。アレーナは大いなる母の愛を以ってガクガクと身体を震わせる宗太郎をぎゅっと抱きしめる。
「ママンが助けてあげる♪ 大丈夫だから一緒にかえろう」
「でも、立てね‥‥俺、足が痛えんだ」
 与えられた温もりに、母を思わせる香りに、気が緩んだのだろう。涙目になった少年はアレーナを見上げた。聖母の白薔薇はイシュルーナを見、頷いた。
「母なる神の慈愛が宗太郎くんを満たしますように‥‥」
 イシュルーナのリカバーが宗太郎の傷を癒す。そしておもむろに差し出されたのは保存食。
「お腹が空いているでしょう? 食べている間に片付くわ、ちょっと待っててね」
「これでも被ンな、芯まで冷えてちゃ何食っても美味かねぇからな」
 鋏を破壊し大蟹が怯んだ隙に、運んできた毛布を片手でバサッと宗太郎の頭に放り投げる。
「ちぃっと待ってな、いいもん食わしてやる」
「‥‥これで食べれなかったら、ふてくされてやる」
 聞こえてきた返答が仲間の声に似ていたのは、おそらく気のせいに違いない。


●事故か、故意か、妙案か
「レイジュへの土産にするには、少し大きすぎるな」
 渡された籠も網も大蟹を捕らえ持ち運ぶには小さすぎるようだ。弁当の礼はまた別の機会にしよう──そう心に決めてアレーナは宗太郎を庇うように立ち上がった。
「田原殿、息が上がっているようだぞ?」
「楽しんでる所じゃねぇか、邪魔すんなよ」
 妖艶に微笑み加勢したアレーナにそう混ぜっ返した田原。無駄口を叩く余裕が出来たようだ。
 もう1体は、蟹だけに移動は左右に限定されると気付いた紅闇が分身の術で左右を抑えている。正面に立つアフラムの攻撃はその助力もあってか、間接等に狙いを定めている割には比較的容易く大蟹を捉えられているようだ。鋏の攻撃を鎖分銅で絡み取られ、苛立ったように鋏を振るう。
 その大蟹をアゲハのサンレーザーが直撃した!!
「天に輝く太陽よ、我が手に集いて蟹を焼け──できれば香ばしくっ!!」
「焼き蟹になっちゃえー!!」
 傍らからは力いっぱい松明を投げる翔太! しかし翔太の技量では大蟹に松明を当てることができない!
「拉致があきませんわね」
 イシュルーナやアレーナの攻撃ですら五分五分に近い割合で避けられてしまう。意外なまでの横移動の素早さにボソッと暗く呟いたユナは、突如高らかに詠唱した!
「吹き荒れよ、冬の息吹! 全て凍て付くまで!!」
 仲間たちを巻き込んでブリザードが吹き荒れる!!
「もう、頭にきちゃったよ?」
 一向に当たらない松明に痺れを切らし、大蟹の背後から縄ひょうを投じる翔太。ちょうど目と目の間に引っかかった縄ひょうは、翔太1人の力ではビクともしない。
「手伝うよ!」
「私も手伝うわっ」
「頑張ってくださいませ、イシュルーナさん、アゲハさん」
 何故か女性にのみ送られる黄色い声援に押され、大蟹が転倒!!
「その隙、いただくぜ!!」
「全身で私のヒビキを感じ取るがいい!」
 がら空きになった腹部へ、田原とアレーナの強力な打撃が叩き込まれる!!
 その様子を見、分身の術で左右への動きを阻害していた紅闇も鎖分銅を投じ大蟹を絡め取る!!
「隙が無ければ作ればいい、か‥‥道理だな」
 面頬の下で薄く笑う紅闇。いくら大蟹が素早い、強い、固いといってもたかが2匹。攻撃のコツさえ掴んでしまえばあとは時間の問題にすぎなかった。


●香り立つ大蟹
「無事殲滅したのはいいけど、いくらなんでも蟹が勿体無い‥‥よね。ほら、なんて言うのかな、食べ物は粗末にしちゃいけませんってね? っと、涎が」
 巨大な蟹を前に溢れる涎を拭いアゲハは目を輝かせる。
「本当に美味しいのか気になりますね‥‥それ以前に食べられるのでしょうか?」
「‥‥食べれない蟹なんて蟹と認めない!」
 首を傾げたアフラムに理不尽なほどの勢いで即答!!
「フ、腕振るいますよ?」
 すちゃっと調理器具を取り出して田原がニヒルに微笑んだ。
「でもまあコレが丸ごと入る鍋ってのもねぇだろうから‥‥甲羅使うか! 甲羅焼き、甲羅鍋、甲羅雑炊‥‥夢が膨らむねぇ」
 甲羅とつければ良いものでもないだろうに──そう溜息を吐いた紅闇も、料理を中止させるつもりは無いようだ。
「火がご入用でしたらお任せくださいね、ファイヤーウォールでこんがり焼いちゃいます♪ さすがに生で食すのはキケンそうですからね」
 サッとスクロールを取り出すユナに、非難の視線が集中する。仲間を巻き込んでまでブリザードを吹き荒れさせる必要はどこにあったのか、と。
「‥‥・残念ですわ、戦闘の舞台がかの様な場所で無ければ‥‥スクロールが使えるような場所であれば、私がアイスブリザードで皆さんを巻き込んで尊い犠牲を出してしまうような事態にはならなかったはずですのに‥‥よよよ」
 あまりにわざとらしい物言いに、そして目の前の御馳走に、怒りも消えうせてしまう。その辺りも計算しているのだとしたらなんと恐ろしい女子であることか。まあ、文字が滲めば効力を失ってしまうという辺り、スクロールは確かに水辺での戦闘には向かないのだが。
「とりあえず村に運んで‥‥蟹鍋パーティーはそれからね♪」
 イシュルーナの言葉に頷いた一行は、生臭いとか重いとか文句を言いながらも退治した大蟹を魔海村まで運び込み、何事かと遠巻きに見守る村人を巻き込んで盛大な蟹鍋パーティーを催したのだった。
「もうお腹いっぱいだよ〜♪ またここにきたいなぁ‥‥」
 育ち盛りなのだろう、もりもりと食べ飽きるまで食べ、ごろんと寝転がった翔太は膨らんだお腹を摩りながらほにゃっと微笑む。焼き蟹は大味だったが、手を加えられ『料理』となった大蟹は大味ながらもさほど悪い味ではなかったようだ。
 存外に早く片付いた仕事──大蟹を堪能した翌日は、浜辺で貝を拾ったり、魚釣りに興じたり。めいめいがこの魔海村での一日を堪能したようである。
「冒険者っでのは、はぁ、何でも食うんだな‥‥」
 そんな妙な偏見を植え付けながら。