雛ちゃんとお花見

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:15人

サポート参加人数:8人

冒険期間:04月11日〜04月16日

リプレイ公開日:2006年04月20日

●オープニング

●春の香りと江戸の町
 暖かい風が吹き抜ける。

 ──ざぁぁっ

 風に煽られ、桜吹雪が巻き起こる。

「ふわぁ〜‥‥」

 舞い散る桜に目を奪われ、桜吹雪に身を任せるは1人の少女──自称忍者の雛菊である。
桜はジャパンの象徴である‥‥そう断言しても批難は浴びないだろう。
 ジャパンが大好きな雛菊にとって、そして花や植物が大好きな雛菊にとって、桜は神皇家を象徴する菊と共に特別に大切で特別に大好きな花だった。
 最近は、桜の花が大好きな理由がもう1つ増えたようであるが、それは雛菊だけが知っている秘密のようだ──少なくとも、本人にとっては。

「雛、お花見したいなぁ〜」

 きゅるんと振り撒いた愛嬌に翻弄される桜はいなかったが、思いついたその足で、雛菊は江戸へと向かった。
 現状の水戸は花見には向かないが、桜の咲く場所であれば水戸以外にも心当たりは色々とある。きっと、誘えば花見をしてくれる友人もいるはず♪

 ──桜の花を見ればちまたちもきっと喜ぶに違いない!

「雛と、お姉ちゃんたちとぉ、お兄ちゃんたちとぉ、雛のひなちゃんとぉ〜‥‥あと、ちまの皆と!! えへへ、皆でお花見するなのね〜♪」

●今回の参加者

 ea0547 野村 小鳥(27歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2037 エルリック・キスリング(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3117 九重 玉藻(36歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5456 フィル・クラウゼン(30歳・♂・侍・人間・ビザンチン帝国)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8989 王 娘(18歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3986 フォウ・リュース(30歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ミケイト・ニシーネ(ea0508)/ フィニィ・フォルテン(ea9114)/ 十六夜 熾姫(ea9355)/ ゲラック・テインゲア(eb0005)/ ラグナス・ランバート(eb1186)/ 楼蘭 幻斗(eb1375)/ パラーリア・ゲラー(eb2257)/ 真音 樹希(eb4016

●リプレイ本文

●ちまを作るのです☆
 手の平サイズのお人形、通称『ちま』──自分そっくりのひなちゃんを持ってぴょんぴょん飛び跳ねているのは自称忍者の雛澤菊花(ez1066)である。
「ひなちゃん、おひさしぶりなの〜」
「雛菊、元気そうで良かったわ」
「玉ちゃんお姉ちゃん、雛はいつも元気なの♪」
 抱きしめる九重玉藻(ea3117)に小さな腕を回しほにゃっと頬を緩める雛菊。そんな二人を見て複雑な表情をしたのはちまにゃんで挨拶をした王娘(ea8989)、しばしの沈黙の後、取り出したちまにゃんをちょこんとしまう。
「しまってしまいますの? せっかく簪を作っていらっしゃるのに‥‥ちまにゃんちゃん、寂しがりますよ」
 友人セフィナ・プランティエ(ea8539)は目敏く見つけ、娘の手をそっと押さえて微笑む。不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、ちまにゃんを再び取り出す娘。
 ちまを作りながらなにやら色々思うところのある顔をしていた双海一刃(ea3947)も囁くように二人の少女に言葉を掛けた。
「大丈夫だ、独占は俺が許さない」
「誰も寂しいなど‥‥!」
「雛菊のことだとは言っていないが」
「‥‥ここがパリなら机の下で蹴りを食らわせていた」
「もう、一刃くんってばにゃんにゃん大好きなんだからっ♪ でもにゃんにゃんはそう簡単に落ちないんだよね〜」
 それがやる気をそそることが解らないからにゃんにゃんなんだよねー、と一人深く頷きながらローサ・アルヴィート(ea5766)が口にすると、何のことかわからないまでも娘はギロリと睨みつけた。
「前も思ったんですけど‥‥仲、良いですよね。何だか羨ましいな」
 そんな仲間が欲しいなと野村小鳥(ea0547)は心底羨ましく思ったのだが、娘はお気に召さなかったのかフン、と鼻を鳴らし視線を逸らせるだけだった。
「ふふ、照れていらっしゃるのですよ」
「違う!」
「ああ、なるほど。天邪鬼さんなんですね」
「だから違うと‥‥!」
 セフィナと楽しげに笑う小鳥。何を言っても無駄だと悟り娘は手元の簪に集中した。
 そんな間も、雛菊の周りは人が絶えることがない。
「雛菊さん、パリでのお噂は聞いてましたけどお会いするのは初めてです〜どうぞ宜しくです〜」
「ミルお姉ちゃんのちまはおっきいのね〜。雛もお手伝いするー?」
 視線の高さを飛びながらぺこりと頭を下げるミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)へ首を傾げながら雛菊が訊ねるが、ミルはふるふると首を振った。
「ありがとうございます〜♪ でもミケイトさんも手伝ってくれていますし、大丈夫ですよ〜」
 シフールの彼女の『しふちま』は他の皆のちまより一回り小さいが、それでもミルにとっては自分の半分ほどというとても大きな人形だ。器用なミルでも大きさの克服は難しい。しかし、手に負えないところは友人のミケイト・ニシーネが手を貸りながらなんとかミルの人形が出来上がりつつある。
「あっしも初めましてっすね。よろしくお願いしやすね、お雛ちゃん」
 以心伝助(ea4744)も作っていた『ちま用釣竿』を置き、屈みこんで頭を撫でる。軍装のまま箸を削っているゲラック・テインゲアと伝助を見比べていた雛菊だが、やがて同じ匂いを感じ取ったか伝助の首にきゅっとしがみついた。
「伝助お兄ちゃん、雛の兄様と同じ匂いがするなの〜‥‥」
「匂いっすか? あっしも忍者だからかそう感じるんすよ、きっと」
「じゃあ、雛とも同じ匂いがするなの?」
 ふんふんと匂いをかぎだした幼子の行為に戸惑いつつも抱き上げる伝助。与えられる温もりは心地よさが半分、居心地の悪さが半分といったところのようだ。
「雛ちゃん、伝助さんが困ってますよ」
「助かりやす」
 差し伸べられた宮崎桜花(eb1052)の手に苦笑しながら雛菊を預ける。雛ちゃんは妹みたいなものですから、と微笑んだ桜花は雛菊に頬を摺り寄せた。
「元気でしたか、雛ちゃん?」
「雛は元気いっぱーいなのー!」
 華の名を持つ朋友を力いっぱい抱きしめ、共に桜を愛でられることに嬉しさを迸らせる雛菊。桜花も久しぶりの重みをその腕に感じながら嬉しそうにもう一度頬を摺り寄せた。そして床に下ろすと、その背を押す。
「待ってる人がいますよ、雛ちゃん」
 ──独り占めは雛ちゃんのためにも良くないですからね。
 ぐっと我慢し微笑む桜花。背を押された雛菊は、フォウ・リュース(eb3986)の方へぐらりとバランスを崩し転び掛かった。とっさに抱きとめたフォウは赤く長い髪を邪魔にならぬよう越後屋手拭いで纏め上げている。
「雛ちゃん、手伝ってもらってもいいかしら? 初めてのちまは、世界で一番好きな人へあげたいの」
 その手の中ではフィル・クラウゼン(ea5456)と思われるちまが無愛想に口を結んでいる。
「フォウお姉ちゃんのちまは〜?」
 訊ねる雛菊の肩を叩いたフィニィ・フォルテンに促されるままに見れば、茶托を加工した『ちま用盾』作りに勤しむエルリック・キスリング(ea2037)の隣で作り方を教わりながら白い布地と格闘しているフィルの姿。その手元にはフォウに似た癖っ毛のちまがいた──彼もまた恋人の笑顔のためにその家事の腕を揮っていたのだ。同じく純白のドレスがの『お姫様ちま』に挑むフィーネ・オレアリス(eb3529)と友人パラーリア・ゲラー。形は違えどドレスという形態は同じ、相談しながらちま用ドレスを作成中のようである。
「フィルお兄ちゃんには仲間がいっぱいなのね〜‥‥じゃあ雛、頑張ってフォウお姉ちゃんのお手伝いするぅっ♪」
「実は‥‥」
 少し頬を赤らめてそっと雛菊の耳に囁く──欧州風の『新郎ちま』を作りたいのだ、と。
「雛ね、雛、結婚式見たなの! えへへ〜、頑張るぅ!」
 急に更なる元気を迸らせる雛菊と馬が合うのか、お互いに大好きな人の自慢を口にしながら仲良さげな雰囲気である。そんな二人に、旗と帽子の愛らしい『旗ちま』を作るミィナ・コヅツミ(ea9128)と白い布や色とりどりの布で『ちま用小物』を作るユキ・ヤツシロ(ea9342)はどこか寂しげだ。
「‥‥異種族混血が禁忌なら‥‥なぜハーフエルフは生まれるのでしょう‥‥」
 届かぬ想いに色とりどりの布は悲しさを増幅させるばかり。ミィナはその背中をポンと叩く。
「焦りは禁物ですよ、ユキさん。羨ましいのは確かですけど、羨む前にしないといけないことありますしー」
「はい‥‥そうですよね」
 少し距離を置いた場所に座り、ちくちくと針を動かすハーフエルフたち。
 この花見が何かのきっかけになると、そう信じて微笑みを浮かべながら──‥‥


●桜を見に行くのです★
 厚い曇の下を雛菊の案内で歩く冒険者たち。順番に手を繋ぐのは一刃と娘がお互いに牽制し合っているためにできたルールのようだ。
「手繋いで歩いていれば、楽しいですし危なくないですからねー」
 ぎゅっと小さな手を握る小鳥。なんだか一緒に転んでしまいそうに見えるのは、雛菊と大差ない体型からくる印象だろうか。髪の色も瞳の色も雰囲気も違うのだが、どこか姉妹のような雰囲気を感じさせるのも恐らく、凹凸のすくないのっぺりとした体型からくる印象だろう──多分。
「疲れたら、いつでもトゥルー・グローリー号に乗って貰って構いませんからね」
 珍しくにこりと笑いかけたエルリックは、そう言って愛馬の鬣を撫でた。雛菊が馬に乗った時、エルリックは手綱を取って歩くのだろう。おそらく姫君に仕える騎士の様に絵になる姿に違いない。その姿を想像してグリフォンの跨るフィーネは頬を緩めた。
「うふふ♪」
 そんな感想を裏付けるかのように、交代したセフィナは惚け惚けである。いつもは遠巻きに眺める争奪戦だが、今回は参加せずとも雛菊と手を繋いで歩く順番が回ってくる。ぷっくらした手をきゅっと握り、そんな些細な幸せにまた微笑んだ。
「ひゃ〜っ」
 桜を散らす春の風は強く、雛菊の髪も舞い踊る。
「あら、御髪が乱れてしまいましたわね。一度休憩にして髪を結いなおしましょう♪」
「ありがとなの。‥‥でも、雛の宝物は触っちゃ『メッ!』なのよ?」
 足を止め、髪を梳く。簪だけは手放さぬ雛菊だが、セフィナが大切に持つ鼈甲の櫛に機嫌良く鼻歌を歌う。1人当たり半刻程度の時間しかないが、充分に幸せは堪能したようだ。
 一部、過保護なまでに心配性な者がいることに苦笑しながらも、伝助もしっかり雛菊の手を握──ろうとしてせがまれ、苦笑しながらも抱き上げて歩くことになってしまった。
「あっしに妹がいたらこんな感じなんすかねぇ」
 しかし、いくら雛菊が小柄だとはいえ人間1人の重さというのは馬鹿にならない。結局手を引いて歩くことになったわけだが‥‥
「やーっ。雛、伝助お兄ちゃんに抱っこしてほしいなの〜‥‥」
 拗ねた瞳で見上げられたり、喚かれたり。結局は機嫌良く飛び跳ねながら歩いてくれたのだが、良くも悪くも妹を持つ気分を味わった伝助である──合掌。
 そして次はシフールのミル。花が咲いていれば駆け寄って眺め、蝶々が飛んでいればどこまでも追い掛け回し──もちろんポテンコロンと雛菊も転ぶ転ぶ転ぶ。
「まあ、『やーなの!』を出さないためには良いかもしれませんけれど‥‥」
「精神的に疲れるわね、これは」
 駆け回って追いかけまわし、転びそうになるたびに抱き上げて。桜花と玉藻は顔を見合わせて肩を竦めた。
 一方、もじもじウズウズ挙動不審なセフィナ。どうやら雛菊の友達の皆とも手を繋ぎたいようなのだが、なかなか言い出せない模様。せめてちまの手を握ろうとちまの手を伸ばしている。
「あの、セフィナさん‥‥ちまでなく、私と手を繋いでもらっても良いでしょうか‥‥」
「‥‥もちろんですわ♪」
 本当は雛菊と手を繋ぎたいのだが、訊くまでもなく叶わぬ夢。寂しさを払拭するために誰かと手を繋ぎたいと願うユキに──セフィナも願ったり叶ったり。ミィナも交え三人で手を繋ぎ、コロコロと楽しく過ごす姿は、雛菊の心に一石を投じたに違いない。
 順に手を繋ぎ、目的地にも近付き日が傾いてきた頃。おずおずと雛菊に語りかけた娘がいた。
「その‥‥私も繋いでいいか‥‥?」
 手など握らない、馴れ合いは嫌いだと言い張っていた娘である。何が恥ずかしいのか、頬を赤らめながら手を差し出した。もちろん、雛菊が断るはずもなく。
「‥‥なーんか争奪戦っぽいねぇ」
 手を繋ぎたがる友たちを、そして笑顔を噛み殺す友を微笑みながら見守りつつ、森の案内人はそんな感想を漏らした。


●お弁当を作るのです☆
 花見当日、日も昇らぬうちから起き出した者たちがいた。いや、人数的にはむしろ『起きて来なかった者もいた』と言うべきであろうか。
「お花見のご馳走、前日に作ったら傷んでしまいますしね〜」
 エルリックと桜花が雛菊の手を引きながら前日に買い集めてきた食材を確認し、桜花とフォウの重箱を用意する。それどころかセフィナやローサの重箱まで綺麗に並んでいる。
 その隣には布巾で丁寧に拭われた小さな重箱やお銚子、とっくりなどが並んでいる。もちろん、これらはちま用に用意されたものである。
「それじゃあ、重箱はたくさんありますし、早速お料理を始めましょうか〜♪」
 弁当作りなら任せてくれというのはミル。
「‥‥と胸を張りたい所ですけど、大勢いて大変ですしおにぎりは小さくなりすぎちゃうでしょうし‥‥皆さんもお手を貸してくださいねぇ」
 苦笑するミルに当然だと頷くユキ。無愛想主夫、フィルも当然弁当作りに手を貸すつもりでいた。
「雛菊様がいつ起きるかわかりませんし‥‥手分けして早めに作るのはどうでしょうか? おにぎり班とおかず班に分けて‥‥」
「それならミルフィーナには弁当班、ユキには握り飯班の陣頭指揮をとって貰うのが適当だな。俺はミルフィーナのサポートに回る」
「あまり得意ではないけれど、私もお弁当を作るわ」
 二人きりで作りたかったが、これだけ大勢起き出してしまったのでは二人きりで弁当作りなど不可能だ。それならばと割り切って、朝ゆえか普段より甘えたい気持ちもぐっと抑え、弁当作りに徹することにしたのだろう。
「じゃあ、あたしはオニギリですねー。頑張っちゃいますよ〜☆」
 グッと両手で拳を握るミィナ。
「中身はとりあえず梅干が妥当ですかねー」
「おかかや胡麻も良いですよ〜?」
 小鳥も握り飯班に加わるようである。握り飯班に加わった小鳥がミルと交わす言葉を聞き、心配せずともまともな握り飯が確保できそうだとフィルは内心胸を撫で下ろした。
 料理は苦手なのだろう、握り飯班に加わろうとする一刃とセフィナをミルが押し留める。まだ、肝心なものがあるのだ。花見といえば──そう、団子である。桜色、蓬色、白酒色の三色の団子は花見の彩である。
「一刃さんとセフィナさんはお団子をお願いします〜」
「伝助、見てやってくれ」
「わかりやした」
 料理を手伝うつもりであったのだが、なんだか態良く初心者を押し付けられてしまった伝助。お人好しな人物というのは、何か滲み出るものがあるのだろうか。
 けれど、真面目な一刃は無言で手を動かす。見よう見まねで真面目なセフィナも無言で手を動かす。
 ──丸める丸める丸める串に刺す。
 ──丸める丸める丸める串に刺す。
 ──丸める丸める丸める串に‥‥
「ああ、駄目っすよ一刃さんっ! お団子は茹でないと食べれやせん!!」
「そうなんですか?」
 声を返したのは丸めた団子を抓んで猫のような耳をつけていたセフィナである。確かにこのまま食べても焼成前のパンのようで美味しくなさそうだとは思っていたのだが‥‥。
「こうして、お湯に落として‥‥浮かんできたら掬い上げやす。冷めたら串に刺して、出来あがりっす」
「なるほど‥‥」
「‥‥って一刃さん、団子くらい食べたことありやすよね!?」
「‥‥‥」
 それもまた、捨てた過去の一幕なのだろうか。
 とりあえず、悪戦苦闘しつつも団子班は着々と進んでいるようである。
「あつ‥‥っ!」
 雛菊に美味しいおにぎりを食べてもらいたい一心で火傷しようとも頑張るユキ。ご飯をゆっくり転がしたり握ったりして作った人の頭ほどもある大きな球形のおにぎりに六角形の海苔をぺたぺたとはりつけながら、ミィナはユキを気遣う。
「無理は禁物ですよ? 雛菊さんに心配させちゃいますからねー」
「‥‥大丈夫です、ありがとうございます‥‥」
 ニコ、と笑い熱さに耐えながら握り飯を作る。どこかで『治せば良いだけだし』などと思っているのはリカバーを扱えるクレリックの業(ごう)だろう。
「‥‥美味しいって言ってもらえるように頑張らないと‥‥」
「ユキさん‥‥」
 共におにぎりを作るミィナと小鳥の胸が、ちくんと痛んだ。


●お花見をするのです★
 重箱を抱え、最初は禁止していたはずのお酒を種々取り揃え、村から少し離れた場所にある隠れた名所へとピクニック気分で歩いて行く。
「これが、父様の言っていた『桜』なのですね‥‥綺麗です」
「うわ〜、きれいなの〜!」
 目にした満開の桜に、ユキは目を奪われた。娘も思わずちまにゃん口調で感嘆の声を上げる。
「融けない雪ですね」
 舞い落ちる桜に目が釘付けになってしまうセフィナ。
 和紙に弘法の筆でちま御一行様御席と墨痕淋漓と描いて桜の木の幹に張り、ちま用の席もしっかりと確保☆
 花柄の茣蓙や日除け傘で腰を落ち着ける場所を確保すると、早速ちまを取り出した。
「お久しぶりです〜」
 鉢巻きちまおーかちゃんとひなちゃんがぺこりと頭を下げる。ちまにゃんはお団子をちょこんと彩るかんざし「早春の梅枝」をひなちゃんに見せた。
「この間もらったかんざしなの〜にあう〜?」
「わたくしも、頂いた櫛で髪を纏めてみましたの。どうでしょう?」
「ふわ〜、かわいいなのー! いいなぁ‥‥ひなちゃんも、かんざし付けるぅ!」
 異世界に渡った友人が作ってくれた雛菊模様の玉簪。トレードマークのそれを髪にさし、ひなちゃんも満足げだ。
「かずはだ、よろしく」
「‥‥」
 頭を下げた一刃の姿から、皆は頬を染め視線を逸らした。一刃のちまのテーマは『着せ替え可能ちま、見えない所がすごいんです』──見えない所が凄かったのであろうか。
「ね、ねー、みんなー。鈴蘭のぼりしようよ〜」
「忍者ちまの名にかけて! 負けないっすよー」
「俺も新郎ちまになって早々に負けるわけにはいかないからなっ。ふぉうのためにも勝つぞ!」
 伝ちゃんとふぃる君は娘の鈴蘭──さらに大きくなった妙な塊によじよじとよじ登る。
「ふぃるさん、がんばってー!」
 花嫁の応援で新郎、一歩リード! しかし、もうちょっとで頂上というところで鈴蘭が『みょみょんっ』と身体を震わせ、ちまはぽろぽろと振り落とされてしまう。
「あたしなら簡単に登れるってー」
『みょみょんっ』
「では、私が‥‥」
『みょみょんっ』
「やってみますー」
『ぷるぷるっ』
「‥‥‥」
『ぷるぷるぷるっ』
「きゃー!!」
 転げ落ちるのが楽しくなってきてしまったようである。上っては落とされ、上っては落とされ。

 ──ところが。

「私の勝ち、でしょうか〜?」
「がーん‥‥」
 ふわふわ〜っと飛んできたしふちまミルちゃんが天辺にふわりと足をついた。
「優勝はー、ミルちゃーんっ!」
 ‥‥いいのか、それで。
「ちま用双六作ってきたから、次は双六で勝負よっ!」
「わーい!」
 ちまたちの元気はいったいどこから溢れてくるのか。ちま七不思議のひとつである。

   ◆

「うわぁ〜‥‥すごぉい!」
 重箱に並んでいるおかずは、旬も考慮されているのだろうか、竹の子の煮物や鶏肉のつくねの串焼き、菜の花のかき揚げや胡麻和え、おひたし。定番の卵焼きももちろん彩を添えている。
 そしておやつに蜂蜜で甘みを足した餡子のお団子が添えられている。重箱が4つも用意できたので4人で1つの重箱が囲め、喰いっぱぐれもなさそうだ。
「娘さん、どうですかー?」
「‥‥美味い、と思う」
 フォウと小鳥、セフィナ、桜花が取り分ける中──席を外していたユキがこっそりと戻ってきた。
「ど、どうでしょう‥‥?」
「よく似合っていると思う。愛らしいな」
 魔法少女のローブにふわふわ帽子でちょっぴりお洒落をしたユキ。普段は質素な服装ばかり、慣れぬお洒落に頬が染まっている。そこにフィルが褒めたものだから、ますます真っ赤になって俯いてしまった。その表情が嬉しそうに緩んでいることを見て取ったフォウはなんだかちょっぴり嫉妬をして、ほんの少し、フィルとの間を詰めた。そして違う意味で‥‥娘はなんだかライバル心を抱いたようだ。
「ふふ、お次はトナカイ巫女ですよー♪」
「あら、なかなか似合うわね」
 まるごとトナカイさんと巫女装束を組み合わせて着てみたミィナに、酒を手にした玉藻が艶やかに笑う。なかなか面白い組み合わせに、誰からともなく拍手が沸き起こる。
「‥‥隠し芸か。それなら‥‥」
 手始めに鶯、次に目白。もちろん皆は拍手喝采☆
「最後は娘嬢をはじめとする雛マニアの物まねを」
「え?」
 笑い転げる人もあり、真っ赤に俯く人もあり、憮然として蹴りかかる人もあり。一刃の作り出すギャップの妙は花見の席を盛り上げた。
 今度こそ転んでも助けられるよう雛菊の傍で準備を手伝いもしキャッチしたら一刃に勝利の一瞥
「そういえば、去年とかはこの時期はこんな風に、コンテストに出てたんですねー、桜の下で‥‥。って、何名かは『花より団子』状態になってますねー」
 汗を一筋流しながら苦笑した小鳥。伝助とローサ、互いに何処に入っているのやら──という勢いで口を動かしている。
「食べるばっかりじゃないのよ。あたし手先は結構器用なんだから。料理はできな‥‥しないけどっ」
「料理しないなら食べるだけでしょう」
「エルリック君、紳士ならそこはスルーしてくれなくちゃっ!」
「そうですか‥‥すみません」
 わかればよろしいっ。何だか胸を張ってそんなことを言ったローサの目を引いたのは、妙に大きなオニギリっぽいもの。
「ところで、これは?」
「イギリス式ボールおにぎりですよ♪」
 にっこりと微笑んで自慢げに答えるのはミィナである。中には色々な具が入っていて、食べる場所で味が違うのだと皆に教えてくれた。
「このひとつの大きなオニギリをみんなで分け合って食べるのです♪」
「‥‥え」
「これぞワンフォアオール・オールフォアワンの一品なのです☆」
 その六角形の海苔は何のための六角形なのか。
 皆で同じ握り飯を齧るのはよほど親しい友人でなければ拒絶されてしまうのではないか。
 そもそもイギリスに握り飯があるのか。
 何より、何故イギリス出身のフィーネが唖然としているのか。
「‥‥あたしに対する挑戦ね!」
「大食いならあっしも負けないっすよ!」
「食べすぎてお腹壊したりしないように節制してくださいね」
 雛菊にユキのおにぎりを手渡しながら言葉を失った桜花だった。

   ◆

 桜を上空から見ようとグリフォンに跨り、雛菊と共に飛び立ったのはフィーネである。
「ふわぁ‥‥」
 いつもと違う桜の姿に雛菊も目を丸くする。そんな幼子へ、フィーネは思い切って恋愛相談を持ちかけた。
「雛菊ちゃんは、恋って知ってる?」
「乞い? えとねー、何かが欲しくなっちゃってお願いすることだって、兄様が言ってたの」
「雛菊ちゃんのお兄様は小さくても勇気がある方なのですね」
 彼の視線が心が温もりが、そしてともに歩く権利が欲しくて告白するまでの葛藤と苦悩。それを幼くして乗り越えたのかと尊敬をする。
「雛の兄様ちっちゃくないの。ギーヴお兄ちゃんぐらいに大きいなのよ?」
 なにやら年の離れた兄妹のようである。
 そもそも雛菊に恋愛相談をしようということが間違っている気がしたのは『恋』と『乞い』の取り違えに気付いた時だろうか。お陰で恋愛指南になってしまったが、それでもグリフォンでの空中遊泳を堪能し大地に舞い戻る。
 一人前に難しい話をしたつもりになった雛菊は、おかえりと迎えたローサにぽふっと抱きつき満面の笑みで訊ねた。
「ローサお姉ちゃんは恋って知ってる〜? 恋人と結婚するんだってー。雛、よく知ってるでしょう〜♪」
「‥‥嫁き遅れって言いたいのかな、雛ちゃんは。どの口が言ったのかな、んー?」
 むにっと両頬を引っ張ったローサ。その様子をずっと眺めていたエルリックの口からポロッとこぼれた言葉。
「よく伸びますね」
「ってエルリックさん止めなきゃダメっすよ! ローサさん、ほら、そんな怖い顔してたら美人が台無しでやんすよ!」

   ◆

 正座をし姿勢を正す。
「じ、じっとしてるなんてあたしらしくないじゃないっ」
「‥‥‥動かない方が、被害は少ないですよ‥‥」
 エルリックとローサが小声で言葉を交わす。遊ばせるために放した皆のペットたちがのびのび遊びまわる姿がこれほど妬ましかったことがあっただろうか。
「‥‥」
「‥‥」
 お辞儀と共に差し出された抹茶を、お辞儀を返して受け取るセフィナ。左手の友人たちにお辞儀をし、お茶を味わう。
「‥‥‥‥‥‥」
 苦かったのだろう、眉間に皺を寄せるセフィナ。それでもなんとか笑顔を取り繕い、隣のミィナに器を差し出す。
「じっとしてることじゃなくて、そもそも静かな席が合わないのね」
「ローサさん」
 キッと鋭い視線で窘められ、小さく身を丸めるローサ。
「姿勢が悪いですよ」
「桜花ちゃん、怖い‥‥」
 ──お茶は、どうやらジャパン上級者以外にはあまり向かないようである。
 ちなみに、雛菊はけろりとした表情で飲んで一同を驚かせた。
「これだけ作法をしっかりするのなら、やっぱり大金を叩いてでも紅茶を調達してくれば良かったですー」
 紅茶と砂糖が用意できれば英国式のお茶会もしたかったミィナだが、イギリスでも一握りの王侯貴族の口にしか入らない紅茶を、しかも一年のうちで一番高価な時期に手に入れようとしても、ジャパンでは辛うじてほんの少しの砂糖が手に入っただけだったのだ。
「次に来るときにはきっと紅茶を調達してきましょう♪」

   ◆

 皆の持ち寄った酒は、ベルモット、発泡酒、ワイン、シードル、ロイヤル・ヌーヴォー、そして甘酒。日が傾きはじめた頃──結局気付けば酒盛り状態と化していた。
「セフィナさんも、娘さんも、甘酒でほんの少しだけ大人気分をどうぞ☆ 何年か後、一緒に今度はもっとぱーっとやりましょう♪」
「いいお酒みたいよ、この稲荷神っていうのー。飲む人!」
 男性陣やフィーネ、フォウが無言で手を上げた。雛菊を連れて桜の木に登り、内側からの花見を楽しんでいた玉藻も宴席に戻れば神酒「稲荷酒」の姿に嬉しそうに口角を上げた。
「雛菊も、少し飲んでみるか? 甘酒なら大丈夫だろう」
「甘酒〜?」
 差し出されるままに甘酒を口に含んだ雛菊。遊びつかれていたところに一口の甘酒が染み渡り、数分の後にはすっかり酔っ払ってしまっていた。うつらうつらしていた雛菊はぽてんとバランスを崩して転がった。
「雛菊様っ」
 慌てて駆け寄った少女の膝に、温もりを求めるように頬を摺り寄せ‥‥そのまま寝息を立て始める。
 図らずも膝枕状態になってしまい、少女は──ユキは戸惑いを隠せない。このまま寝かせておくべきか、それとも誰かと代わるべきか。見れば、遊び疲れた娘も桜の下で無防備な寝顔を晒している。
「お雛ちゃんが自分から行ったんですから、そのままにしておけばいいと思いやすよ」
 にっこり笑う伝助の言葉に、ほんのひと時の幸せを堪能することにしたユキだった。

 ──帰りの道は、断られるのを覚悟で手を繋ぎたいと言ってみようかな。
 ──その次は、鼈甲の櫛を贈ろう。

 そんな勇気が湧くほどの幸せを。


●お花見をしたのです☆
 月の輝きを受け、闇夜に浮かぶ桜色。
 風に流され舞散る花弁がフォウの膝を枕代わりにしていたフィルの髪に潜り込む。フォウはそっと手を伸ばし、摘んだ花弁を恋人の手に乗せた。
「まるでアーモンドの花ね」
 そして傷つけぬようそっと触れ、フォウは嬉しそうに目を細めた。頬を撫ぜる夜風は未だ肌寒く、暖かな微笑みが、穏やかなひと時が指からすり抜けてしまわぬように、フィルは恋人の赤毛を一筋、指に絡め取った。くすくすと笑い精悍な輪郭を指でながら──ちいさな花に感謝する。
「フィルさん、こんな素敵な時間がもてるなんて思わなかったわ」
「こんなゆっくりした時間はなかなか取る機会もないしな。雛菊には感謝しないとな」
「そうね、雛ちゃんには感謝しないと。それから、誘ってくれたあなたにも‥‥ありがとう」
 そう言うと、フォウは少しはにかみながらフィルの頬にキスをした。言葉もなく穏やかに微笑み返したフィルは、絡めていた赤毛に口付ける。そして髪を放し、起き上がるとたおやかな指を絡め取った。
「いつか雛ちゃんみたいな可愛い子がほしいわ」
「‥‥俺を試してるのか?」
 僅かに微笑んだフィルは、最初は触れるように、そして二度目は深く、桜色の柔らかな唇に自らの唇を重ねた。
 ぬくもりを伝えるように、愛情をつたえるように、そして決して離れないように、しっかりと手を繋いだまま。
「これからもずっと一緒に歩いて行こうな」
 ──祝福するように夜桜が舞い踊った。

   ◆

 やがて、楽しいときは終わりを迎える。止まることなく咲き誇り、舞い散る桜──それを見ながら、フォウはフィルの腕に手を絡めたまま破顔した。
「雛ちゃん、今日は本当にありがとう。おかげでとってもいい思い出がたくさんできたわ」
「来年は、恋人さんと一緒にきます♪ こんなにも、ステキなんだもの」
 桜に感動したのか、それともいつか義妹と義弟になるかもしれない恋人たちに触発されたのか。満開の桜に共に訪れることの出来なかった恋人の姿を並べ、来年再びこの地に訪れる日まで忘れることのないよう、その風景を心に刻んだ。
「夜桜も見事だったぞ」
「にゃんにゃんってば抜け駆けー?」
「‥‥いたのか?」
 眉根を寄せるフィルから視線を逸らし、小さく頷いた。
「大丈夫だ、何も見ていない。見たのは桜だけだからな‥‥」
 真っ赤になったフォウがフィルの腕にしがみついた。
「ジャパンの春は桜だ、と申されるのがよくわかりました♪ 来年もまた、皆で楽しめますように」
 手のひらに拾い集めた花弁を振りまきながら、セフィナはそっと祈る。

 桜の誓い。
 それは舞い落ちようとも破られぬ、固き誓い──‥‥

「ちょっと待って。春は桜の元で花見をして、夏は海で泳ぎ、秋は月見をして、冬は雪景色を楽しむのが日本の四季の楽しみかたよ? というわけで、次は来年じゃなくて夏。今度はここの海で泳ぎましょうね」
 玉藻の言葉に誰よりも嬉しそうに頷いたのは、他ならぬ雛菊だった。

●ピンナップ

ユキ・ヤツシロ(ea9342


PC&NPCツインピンナップ
Illusted by 霜月 零

王 娘(ea8989


PC&NPCツインピンナップ
Illusted by ふえば卓