●リプレイ本文
●とある商店前IN江戸
その日、ジャパンは江戸のとある商店前に数名の冒険者が集っていた。
雛菊(ez1066)のお仕事お手伝い部隊──否、ギルドの手配した冒険者である。
「一緒にお仕事をするのは久しぶりですね。『悪い子たち』に気をつけて頑張りましょうね」
フィニィ・フォルテン(ea9114)が依頼人でもある友人へと声を掛ける。
小さな雛菊の前に膝を折って目線を合わせたのはこちらも小柄なアフラム・ワーティー(ea9711)だ。
「雛菊嬢、今回は最初からご一緒ですね。改めて宜しくお願いします」
「よろしくなのー♪」
ふっくらした手を取り、軽く頭を撫でると丁寧に騎士として一礼を送る。
同様に膝を付いたのはサーガイン・サウンドブレード(ea3811)だ。
「この度は依頼を受けさせて頂きました、クレリックのサーガイン・サウンドブレードと申します」
貴婦人にするようにふっくらした手の甲に口付けると依頼期間の服従を誓う。
「貴方の手足となって働きましょう、何なりとお申し付け下さい」
一瞬冷やりと首筋に冷たいものを感じたのは殺気だろうか‥‥。
天乃雷慎(ea2989)も忘れず自己紹介。
「雷慎お姉ちゃん?」
小首を傾げた雛菊に名を呼ばれ、雷慎は擽ったそうに目を細めた。兄の背中を追いかける雷慎の後ろにポッと現れた妹のような少女、次兄陸潤信の予想通り、芯のある使命感を持ったようだ。
「あは、お姉ちゃんなんて呼ばれちゃった。えっと、雛ちゃんだよね。よろしくね♪」
「でも、この膨大な食料を運ぶのはかなりの手間よね‥‥水戸の何処まで運べばいいのかしら。でも、何の為に運ぶの? 購入資金はどこから?」
「内緒なの、運ぶのがお仕事なのよー」
運ぶべき荷物のあまりの量に早くもうんざりしたかのように九重玉藻(ea3117)の零した愚痴混じりの問い、しかしそれには乗らない雛菊。確かに依頼人の裏事情を深く追求するのはギルドとしても推奨していないことであるし、それでなくとも忍である雛菊には事情もあろう──そうそう容易く聞き出せるとも思っていなかった玉藻は追求の手を伸ばさない。
「荒廃しているとなると、どうしても食料は手に入りにくくなる上、治安も乱れるからな‥‥。山賊の跳梁もしかたあるまい」
何のために──手に入らない物だからだろう、と双海一刃(ea3947)は考える。だからこそ『悪い子』たちが襲い掛かってくる。それらがもし死人や魔物であったとしてもそれはかわらない、その場合は冒険者たち自身が活きのいい食料となるだけなのだから。
穢れ無き少女セフィナ・プランティエ(ea8539)はその心根同様に背筋をまっすぐ伸ばし、雛菊の両手を握り締めた。
「ご飯が無いと、誰だって元気が出ませんものね。重要なご任務ですもの、頑張って成功させましょうね」
この依頼が困っている人を救うのならば、危険に飛び込むことも厭わない──微笑みの向こうにそんな意思を秘めて。
「雛菊の頼みだ‥‥この依頼成功させてみせる」
きゅるんと円らな瞳を輝かせる依頼人の笑顔を守るため、言葉少なく静かに着合いをいれた王娘(ea8989)は早速、干し魚の並んだ木箱を荷馬車に積み始めた。
●馬を駆り、山を抜け
荷馬車の車輪がガタゴトと重い音を立てる。山と積まれた米俵や木箱、瓶(かめ)等は毛布や茣蓙などに包まれ、アフラムがロープでしっかりと固定したため山道や衝撃で崩れ落ちたりする心配はない。
「これだけの量、ほんとうに‥‥何方が食されるのでしょうね」
アフラムは誰にとはなく呟いた。玉藻が口にしたのと同じ疑問であれば雛菊が答えをくれるはずもなく、小柄な騎士は首を傾げるばかり。
鮮度が落ちぬようにと気を配る必要もないほどに、米といい味噌といい漬物といい干物といい、積荷はどれもこれも保存の利く食料ばかりである。それが、荷馬車に二台。8人程度の冒険者で護衛が勤まるのか、今更ではあるが多少の不安が鎌首を擡げる。
雛菊は一台目の荷馬車を引く馬に跨り、その両隣を雷慎と娘が並走している。
中盤、二台目の手綱を引くのはセフィナ。そして左右にフィニィとサーガイン。
二台目の後方を守るのはアフラム、殿は一刃が勤め左右後方へと細心の注意を払っている。
同様に後方に位置するはずの玉藻は現在斥候として先行しており、隊列を離れている。
「あっ、玉ちゃんお姉ちゃん!」
「戻ったわよ、雛菊。とりあえず、この辺りには山賊や魔物の気配はないみたいね。それから、十八町も歩けば一度休憩ができると思うわ」
「お疲れ様なのね〜」
疲れを感じさせぬ妖艶な笑みを浮かべ報告した玉藻を労い、雛菊は馬の手綱を握りなおした。
◆
「雛菊、当然貴方も見張りに参加するのよね」
玉藻の言葉に驚きを隠せないのはアフラムである。小さな雛菊を出来るだけ危険から遠ざけておきたい──それは雛菊の友人たちもまた同じ気持ちだった。しかし玉藻は雛菊を一人前の忍として扱い、敢えて見張りへと誘ったのだ。
そして雛菊も当然のように首を縦に振る。
「雛のお仕事だから、雛も見張り番するの〜。悪い子はメッ! ってしなくちゃいけないのよぅ」
「それじゃ、2直目は私とサーガインが二人になってしまうから、一緒にどうかしら?」
「わかったの。玉ちゃんお姉ちゃん、一緒に頑張ろうなのね♪」
ほにゃんと微笑み、両手できゅっと拳を握る。
そんな二人を見ながら、サーガインは思索を巡らせる。
(「確かに可愛いですけど、それ以上でもそれ以下でもないように思えますが‥‥この子の何処に溢れんばかりの魅力があるのでしょう?」)
──誰よりも半人前扱いをしていたのは私たちだったのだろうか‥‥
──雛菊さんのこと、信用していないわけではありませんのに‥‥
そんなサーガインの疑問など知る由もなく、焚き火の爆ぜる音を聞きながら、娘とセフィナはどこか寂しい気持ちで視線を交わした。
◆
分厚い雲が星空を覆い隠す。月の変わり目に訪れるものといえば、そう──新月。星明りだけが頼りの晩に空が曇るなど、当然嬉しいものではない。しかし重たく圧し掛かるような雲を恨んでみたところで天気が変わるわけでもなく、仕事が中断されるわけでもない。
「‥‥‥」
フードを目深に被りなおした娘、まるで猫の耳のようにみえるお団子カバーに雷慎の目は釘付けだ。
「猫足のサンダルと揃えたの?」
「‥‥猫ではない、これは唯のカバーだ」
お団子に被せることでずれ難くなるという利点もある。けれど、雷慎はどこか残念そうだ。
「斥候するときに猫のフリをするためじゃなかったのかぁ」
「うわぁ、雛、にゃんにゃんお姉ちゃんのにゃんこ見たいなぁ〜。しゅえちゃんじゃないなのよ?」
「‥‥‥」
快活な雷慎と雛菊は波長が合うようだが、寡黙な娘は雷慎が少し苦手な様子。
「娘さん、困っていらっしゃるのでしょうか‥‥」
「娘姉さんにはあれくらい元気に話しかけてくれる人の方が良いんですよ」
耳聡く聞きつけた娘の視線が飛ぶが、生憎荷馬車越しでは痛くも痒くもない。
「フィニィさんもそう思いませんか?」
「はい‥‥」
虚ろな返答のフィニィ、その瞳は不安げに空へと注がれていた。
◆
そしてフィニィと娘の懸念通り──野営地を探す頃になってぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
「‥‥最悪ですね」
アフラムが小さく呟いた。新月、分厚い雲、雨。強くなる雨足はやがて焚き火の火すら消してしまうだろう。漆黒の闇に包まれるのも時間の問題──そして月の光無くば連夜馬たちを守ってきたフィニィの結界も今夜はあてにできない。
「とりあえず、提燈に火を入れておきます。何もないより大分マシでしょうから」
暗闇を避けられるよう手段を講じ、二、三直目の当番の者たちは雨を避けるべくテントに篭り、寝息を立て始めた。
「気休め程度になってしまいますけれど‥‥」
セフィナが道坂の石を設置し祈りを混める。相手が正者の可能性が高いだけにフィニィのムーンフィールドを頼りたいところではあった。しかし、水戸といえばアンデッドの目撃情報の多い土地、気休め程度かもしれないが、アンデッドの嫌う空間を作り上げておくことは意味のあることだ。
「すみません、お役に立てなくて‥‥」
済まなさそうに頭を下げるフィニィ。月の出る夜ばかりではない、備えを忘れたのは不手際だと自分を責める。
「気にすることないよ、今までだってフィニィがいたから安全な夜が過ごせたんだし、得手不得手は絶対にあるものだからね」
それに、馬たちと意思の疎通が図れるのはやはりフィニィだけなんだよ?
雷慎は背中を叩き、彼女なりのエールを送る。
──カランカランカラカラ‥‥
一刃の仕掛けた鳴子が小さく鳴る。風か、それとも曲者か‥‥雷慎は刀を抜きランタンを掲げると荷馬車周辺を見て回る。
──ヒュッ!
飛来した矢が左手に命中! 地に落ちた提燈の灯りが消える。
──ピィィーッ!!
呼子笛が鳴り響いた!! 鳴子の音で目を覚まし警戒していた3人の忍者がまずテントを飛び出した!
そして目にしたものは‥‥暗闇。そして瞳を赤く染めているであろうフィニィの歌声が高らかに轟く!
♪この世は斯くも 無常なもの
命は散りゆく 戯れに
心は死にゆく 圧ゆえに
ならば全てを 摘み取らん
全て全て 滅ぶまで
我が呪いを 振りまかん!
世の中の全ての命へ向けた呪詛を延々と歌い紡ぐ‥‥暗闇の底で。
呼子笛に、大音量で響く歌声に、そして現れた賊に、恐慌状態に陥った馬たちが逃走した!
「フィニィさん!?」
「後で私が狂化を解く、今は積荷を」
愕然とするアフラムを追い立て、慌てていたのか幾分ずれたフードもそのままに飛び出す娘。手に手に持った提燈が心許ない灯りを零す。
「ハーフエルフは悪い子なの、お仕置きが必要なの‥‥」
既に交戦状態だった雷慎の相手に特徴的な耳を認め、雛菊がスッと目を細めると少女の気配が花から刃のそれに変貌する。
「──大がまの術! エリザベスっ!!」
玉藻の術で召喚されたがまが賊へと飛び掛り、サーガインは荷馬車を少しでも賊の手から遠ざけるために呪文の詠唱を行う!
「馬車は私が! 大いなる母よ、その手に包みし子等を守り給え──」
──ギィン! ギィィン!
「大事な荷物や馬‥‥そして雛菊嬢に悪の手は指一本触れさせませんよ」
アフラムの剣が賊の腕を大きく切り裂く!
その傍らで、シルバーダガーで受け流した切っ先にフードを切り裂かれながら、娘が低く唸んだ。
「前回といい‥‥あまり雛菊の故郷を荒らすな‥‥!」
そして徐々に怒りは大きく育ち、それともザアザアと降り注ぐ雨に濡れたか、瞳を染めて叫んだ!
「お前らがそんなことするから雛ちゃんがハーフエルフを怖がっちゃうんだよ!!」
真紅に染まった瞳のフィニィが轟く声量で歌う、世を呪う歌も。
実力は拮抗──否。
「セーラ様の御心が届きますように──」
回復役のセフィナがいる分、冒険者側に遥かに利があった。
「ちっ、リスクが大きすぎるか‥‥引くぞ!」
欲しいのは食料だけ、命を賭す気はない。
そのような言葉を残し、襲撃者たちは潮が引くように森へと消えていった。
陽動の可能性を鑑み、深追いはせずに馬車の警護を固め‥‥次々と提燈に火を灯すと、やがてフィニィの瞳も生来の涼やかな色に戻る。
「そんな遠くに行ってなくて助かったよ」
状況が落ち着くのを待ちカヅチに跨り脱走した馬を追った雷慎は程なく脱走した馬を発見し、雨の上がった翌朝、予定に遅れることなく出発することができたのだった。
●踏み入れし水戸で
──ガラガラガラ‥‥
荷馬車の車輪が小さく土煙を立てる。
「どぅどぅなのー、止まってー」
よいしょっと手綱を引く雛菊、引いた反動で馬上から転がり落ちた所を、警戒していた娘が抱きとめた。
「自分のことにももう少し気を使え」
「はぁい‥‥ありがとなの」
しゅんとしてそれでも礼を忘れない雛菊の頭をひとつ撫で、地面にきちんと立たせる娘。
その時、背の高い男が民家から姿を現した──花が綻ぶように、蕩けた笑顔を溢れさせる雛菊。
「兄様、雛、お荷物持ってきたなのー!!」
「これくらいの仕事ができぬようでは困る」
冷たい目線で切り捨てられ、雛菊は視線を落とす。
「‥‥まあ良いだろう。春日、人手を。積荷を降ろさせろ」
男は積荷の確認をし配下へと命じると雛菊を抱き上げ、軽く頭を撫でる。寂しそうにぎゅむっと抱きつく少女へ一瞬笑顔を見せ、それだけで少女は機嫌を直す。一方、男の命で数名の男たちが現れ積荷はあっという間に荷馬車は空になる。
「雛菊、戻れるな? 終わればしばし仕事はない、ゆっくり休め」
「‥‥‥」
「不服か?」
「‥‥違うのっ、雛きちんとお休みする!」
視線から感情の色が抜けた、それだけでまるで恐慌状態に陥ったかのように必死に首を振る少女──それはまるで届かぬ想いを抱く乙女のようだ、サーガインは妙な感想を抱いた。それはある意味では確かに真実を射抜いていた。とはいえ、当然恋心などではないのだが。
「良い子だ。では、仕事の残りを済ませてくれ」
一度だけ抱きしめ、地に降ろした雛菊の背を押すと振り返ることもなく部下たちと言葉を交わし始める。
「えへへ〜、早く帰って皆でお煎餅たべよ〜♪」
「雛ちゃん‥‥」
セフィナは小さな胸を痛めた。雛菊の表情からはその男のことをどれだけ慕っているかがありありと伺えたのだ。寂しさを隠し元気に飛び跳ねる雛菊の姿は、見る者の心に痛々しかった。
江戸へ戻る道中にも数度、夜間に魔物の襲撃があったが、こちらは雷慎と娘の連携、一刃の撹乱とアフラムの攻撃力で傷を負いながらも撃退に成功。馬たちはフィニィにテレパシーで宥められムーンフィールドの中で無事に夜を過ごすこととなる。
「空の荷馬車だってきちんと届けるまでが仕事だから、キミたちに譲るわけにはいかないよっ!」
そして無事に江戸で借り受けていた荷馬車を返却し、今回の依頼は終了となった。
──個人的なことだからと依頼中は控えていた玉藻が月道費用として借り受けていた借金を返済しようと雛菊に声を掛ける。
「ああ、雛菊。この前借りた40両を返すわ」
「‥‥あれ? これ、増えてるなのよ?」
玉藻から受け取った金は50両。‥‥少しばかり増えている。
「じゃあ、これお礼にあげるの。玉ちゃんお姉ちゃんみたいに綺麗なの〜」
雛菊は差し出した色鮮やかな『皆紅扇』を玉藻の胸元へそっと差し込んだ。違わぬ約束の証として──
「一刃お兄ちゃんにはこれなのよ〜」
いつも見守り続けてくれるもう一人の兄へ、雛菊は『どこでももみじ』を贈る。
そしてもう一人、肩を落とす友人へお守りと称し、かんざし「櫻に小鼓」をその手に包ませた。友の名を乗せた雛菊からの簪は、いつも皆が共にいる証。
──違わぬ者たちへ、想いを込めて。