●リプレイ本文
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「けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『ドクター』と呼びたまえ〜」
今日もトマス・ウェスト(ea8714)はいつもの言葉でご挨拶。いつもの口調、いつものテンポ、それがラクス・キャンリーゼにはなんだか目新しいようで、ドクターの後ろを付いて回っている。
「『ドクター』ってジャパンでも通じる言葉なんだなー」
「通じる通じないではないよ。我が輩のことを呼称するに最も相応しい言葉が『ドクター』である、それだけのことなのだからね〜」
「なるほど、さすがドクターだよなー」
「まあ、それほどのことはあるがね、けひゃひゃひゃ」
「けひゃひゃひゃ」
「ラクスさん、感染ってますよー」
トマスと同じ独特の笑い声を零したラクスをミィナ・コヅツミ(ea9128)が楽しそうに突いた。
そんな賑やかな一角に乗り込み、確認しておきたいことがあります──エルリック・キスリング(ea2037)はそう言うと共に依頼を受けることになった男へ向き直った。
「ラクス卿は騎士としての心得がおありですか」
騎士であれば、多少なりとも貴族としての心得があるもの。それならば礼儀作法も叩き込まれた経験があるはずで、多少のことを教えれば叩き込まれた礼儀を思い出すかもしれない。それならば敬語や礼儀作法を教えるのも大分楽になると考えたのだ。
対するラクスはといえば──‥‥
「──は?」
鳩が豆鉄砲を撃たれた表情ってこんな感じだよね‥‥月下真鶴(eb3843)はくすっと笑い、弥助と名乗った依頼人の少年の手を引きながら成り行きを見守ることにしたようだ。
「それでは、どのようなことができますか?」
「どのようなって‥‥剣を扱うことなら任せとけ!」
偉そうに胸を張るラクス。くらくらと軽い眩暈を覚え、エルリックは額を押さえて軽く首を振る。
「それくらいなら、私か影音さんにでも聞いてくれればよかったのに」
エルリックの肩をポンと叩き、フィーナ・アクトラス(ea9909)はにっこりと笑った。彼女たちの『ラクスの操り手』の名は伊達ではない、扱いならばお手の物、ラクスの知識ももちろん豊富☆
「確か、騎士ではなかったと記憶しているよ」
新緑のマントに身を包んだマーヤー・プラトー(ea5254)が記憶の糸を手繰る。
「‥‥こんなことを言っては失礼かもしれないが、彼が騎士ならその辺の傭兵は誰でも騎士になれると思うね」
傭兵仲間の方がよほど場を弁えた発言をする。敬語を覚えるのが無理だとしても、せめて場の空気に相応しい態度をとってくれれば‥‥と考え、流石のマーヤーも少しばかり気が遠くなった。
賑やかなラクス周辺から少し距離を置き、音無影音(ea8586)は依頼の仲介をしたジャイアントの手代へと詰め寄っていた。
「今回の依頼は、櫛を探す事、それから、ラクスにも敬語や礼儀作法を教えて欲しい、で良いんだよね‥‥?」
「いえ、あの、櫛を探す事で‥‥」
「良いんだよね‥‥?」
月露が乗り移ったかのような冷たくも鋭い輝きを放つ瞳に気圧されて、長身の手代は猫背の背中をますます丸くし、頷いた。
「あの‥‥‥‥はい‥‥」
なにかとてつもない敗北を強いられた気がして、がくりと肩を落とす手代。ほろりと涙を流す手代に万歳三唱を唱えさせるラクスを誰一人として止めることもなく、依頼のあった村へと出発した。
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「ひぃ、ば、化け物!!」
「異人が化け物さ連れて来ただ!」
「弥助が化け物さ連れて来ただ!」
村に着いたら先ず挨拶──と思ったのだが、冒険者たちの後ろをぎこちなく歩くイーグルドラゴンパピーの姿に蜂の巣を突いたような大騒ぎとなってしまった。フリュークを庇うように立ち、その胸元を撫でながら困惑を浮かべる飼い主フィーナ。
「‥‥大人しいんだけどね」
笑顔に苦味と寂しさを滲ませ、溜息を1つ吐くと愛玩動物であること、きちんと躾が行き届いていることを繰り返し強調し、辛うじてイーグルドラゴンパピーの滞在を許可して貰えることとなった。もっとも、飼い主が共に厩に寝泊りするという条件の下で──であるが。
「食い意地だけでこんな大きく育てるからだぞ?」
「食べないって言ってるでしょう」
流血沙汰は宜しくないので手刀チョップでビシッと突っ込みを入れラクスを黙らせる。鴨から巨大に成長したフリュークを目にしても全く驚かれないどころか妙な納得をされ、フィーナは何だか面白くないようだ。
「で、櫛を探さないといけないわけなんだけど」
一度区切り、恋に高鳴る──ではなく不安に締め付けられる胸を押さえ、片柳理亜(ea6894)は恐る恐る訊ねた。
「‥‥念の為に聞いておくけど、ラクス君は櫛って何か分かるよね?」
まさかとは思うけど、お団子とかの『串』と勘違いしているなんてことは──‥‥
「お前、俺のこと馬鹿にしてるだろう。櫛って頭に飾るアレだろ」
「あ、知ってたんだ? 良かった〜」
「結った髪に刺さってる奴!」
「それは簪ーっ!!」
──スパァァンッ!!
ハリセンが小気味良い音を立てる。あははは、と笑う弥助の前に屈み込み、真鶴がにっこりと笑いかけた。
「ところで、どんな櫛か教えてもらえるかな?」
「おらが姉ちゃんが旦那様にもらった櫛だ」
「うーん、それはそうなんだけど‥‥あ、そうだ☆」
趣味で集めた櫛をバックパックから次々に取り出す。桜の散る絵の描かれた漆塗りの朱い櫛、螺鈿細工を施された妖しくも美しい七色に輝く櫛、春の豪華な風景が金で絵付けされた漆塗りの黒い櫛、そして名工の手に寄る桔梗の意匠があしらわれた鼈甲の櫛。美しい櫛の数々に目を見張る弥助。
「この中に似てる櫛はあるかな?」
「こだら綺麗な櫛じゃね。もっとずっと不恰好なんだ〜‥‥旦那様が手作りしてくれた櫛なんだと」
「おい小僧。ジャパン語を話せと何度言えば──」
──スパァァンッ!!
「ラクス、依頼人に失礼な口を聞かない‥‥‥小僧とか言わない」
影音&理亜、見事な連携☆
そこへフィーナ&エルリックの追い討ちがユニゾンで加わる!
「あれ、方言よ。方言はノルマンでもあったでしょ?」
「彼が口にしているのは方言ですよ、ノルマンにも方言があったかと記憶していますが」
ぽん、と手を打ち鳴らすラクス。どうやらジャパン語を話しているというのは納得したようである。
弥助へはミィナがそっとフォローを入れる。
「ラクスさんは‥‥親切で基本的に良い方なんですが‥‥なんてゆーか、好意を行為で台無しにしてしまうんですよね。害はあんまり無いですし、仲良くしてあげて下さいな」
「あんまり‥‥ふふっ。ミィナ、正直者だね‥‥」
目を細める影音。悪意のない迷惑が何より迷惑なのだが、そんなことを付け加え幼い依頼人を不安に駆らせることもあるまい。
そして道中からジャパン語講師を務めていたドクターがラクスへ弥助の言葉を噛み砕いて説明する。
「今のは『こんな綺麗な櫛ではありません。お姉様の旦那様が手ずから作成してくださった、もっとずっと不恰好な櫛なのです』という意味だね〜」
「まあ、どうしても判らない時は、すっぱり諦めて素直にシフール通訳に頼めばいいんだよ」
理亜の見も蓋もない真実に口元を歪めて笑ったドクターは、ああそうだとハーフエルフのミィナを振り返った。
「ミィナ君。今の言葉、華国語では何といったかね〜?」
「えっ、華国語ですか? すみません、華国語は話せないんです」
「意外と物を知らぬのだね〜。これはとんだ恥をかかせてしまった、失敬失敬〜」
細められた何処か冷ややかな瞳はミィナの見慣れた瞳。この程度の嫌がらせならば慣れた物だ──それでもチクンと胸が心が痛むのは何故だろうか。
「弥助君、ではこちらにその櫛を描いていただけますか。思い出せる範囲で構いませんので」
話を逸らそうとマーヤーが木片と筆を取り出すと、思惑通り皆の意識がそちらに集中し‥‥正騎士マーヤーは胸中で胸を撫で下ろした。
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雑駁とはいえ櫛の形状が判れば後は探し出すだけ。
姉に気付かれずに家を探すのは不可能と考え、屋内は弥助に任せ屋外の調査探索に乗り出した。
借り受けた手拭いの匂いを頼りに、ミミクリーで変化して匂いを辿ろうというフィーナの試みは失敗に終わる。日常的に往復している場所であり、当日の匂いの特定が行えないためだ。
「匂いを感じられたら結構簡単に見付かると思ったんだけどね‥‥」
拾った茶色い羽根を手頃な枝に括り付け、にゃにゃん丸とにゃふ丸をじゃれ付かせながらついでのように首を巡らせるドクター。
「あ〜、ミィナ君。あの木の上にあるものはどうだろう、一つ確認してきてはくれないかね〜?」
「ドクター、さっきもそんなことを言って何もなかっただろう」
「まあ、信用せずに確認を怠って見つからなければ依頼は失敗するだけだがね〜、けひゃひゃひゃ」
「マーヤー卿、私が確認してきますから」
語気を荒げそうになるマーヤーを手で制し、エルリックは樹をよじ登る。落としたのであればそのような場所にあるはずもないのだが、盗まれたのであれば話は別だ。動物の仕業という可能性もあり、怪しいと言われれば捜さぬわけにも行かない。
「ありませんね」
「ふむ、その枝が櫛に見えたのかもしれんね〜」
真実か虚偽かも不明だが、猫たちをあやしながらドクターは再び川辺を歩き始めた。
「畑は俺に任せろ!」
「敬語、抜けてる‥‥」
「──でございます」
最大の問題はラクスが敬語を認識していないことだったのだが、それはミィナがあっさりとクリアした。
『敬語は、神様や目上の人と話す時や儀式の契約などに使う特別な言葉とお考え下さい。自分にとって大事な方とかお慕いする方を敬う言葉なのですよ』
言われてみればマーヤーが目の前で弥助相手に使っている──それが、ラクスが初めて敬語を知った瞬間だった。
コアギュレイトを喰らった上で驢馬に引きずられたり、夜な夜な耳元で繰り返し繰り返し囁かれたり、ハリセンで顔面をスパァァンッ!! と張り倒されたり、延々と小言を聞かされたり、強引なまでの叩き込み方をされ『です』『ございます』を使うらしいということだけは覚えたようだが、活用はまだまだ出来そうもない。
「ラクスに敬語、か‥‥‥なんか、サマにならないね‥‥‥ま、必要ではあるんだけど、さ‥‥‥」
「ジャパン語が不自由なのは、私もそうだし、仕方がないとしてもだ‥‥せめて、場の空気に相応しい態度を取ってくれるとありがたいのだがね」
「‥‥同感」
敬語以前のところに問題があるだろう、とマーヤーと影音は深く息を吐いた。畑では元気に理亜の声がハリセンの音と共に響いている。
「ラクス君、畑を荒らさないのっ!」
──スパァァンッ!!
足場の悪い場所で顔面ハリセンを食らったら流石のラクスも転倒するというもの。転んだラクスの手に、作物の陰にあった硬い何かが触れた。
「ん? これか?」
「見つかったの!? すごいわっ」
称えられ胸を張ったラクスだが──
「──私のハリセン!!」
理亜には当分、敵いそうもない。
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祝言に備え、ミィナは理美容用品を用いて花嫁へ美しい化粧を施す。
「一生に一度の席ですし、綺麗にしておきたいですものね」
もともとお綺麗ですけれど、と笑みかけるミィナの言葉に頬を染める花嫁は幸せに溢れ、真鶴も理亜も、ほぅ‥‥と溜息を零した。
「でも、申し訳ねぇな。たまたま寄っただけのお客人にこだらことまでさせて」
「袖触れ合うも他生の縁っていうじゃない。折角のお祝いごとなんだし、出来る限り手伝わせてよ」
真鶴の笑顔に、花嫁は化粧を崩さぬよう小さく笑みを返した。
「それから、これはささやかですがお祝いです、どうぞ」
ミィナは取り出したワインを祝いの品として贈呈した。
◆
紆余曲折を経て、恙無くとはいかぬまでも何とか進行する祝言を遠くから眺めるフィーナ。同席しなかった理由は当然、フリュークの存在である。
「‥‥綺麗ね」
ポツッと毀れた独り言。
「私だって恋人は欲しいんだけどねぇ‥‥」
セーラ様に仕える身ではあるがフィーナとて女性。恋人に、そして結婚に、憧れないといえば嘘になる。
結婚式の後に行われる披露宴、その部屋に座する、かれこれ一年近く関わってきた男をじっと見つめ──‥‥
「‥‥‥違う違う」
ぷるぷるぷると首を振った。
目にも鮮やかな新緑の山は、人々の心にも春を齎すのだろうか──‥‥
◆
「正式な席では正座をするんだよ、ラクス君。お箸の持ち方は、こう」
少しの間すら大事に、礼儀や作法を叩き込む理亜。おばさん扱いされた恨みを忘れず、その仕返しも込められた教育は、当然ながらとても厳しい。
「‥‥拷問だっ」
「ラクス、煩い‥‥」
これが普通の場所であれば大勢いる突っ込み要員に任せてしまうのだが、披露宴──祝言の席ともあれば大袈裟な対応は出来ない。正座が慣れないのだろうか、もぞもぞ、むずむず、無作法に体を揺するラクスの背後から他の者には見えぬよう月露で突こうとし──はたと気付いた。祝言に刃物は不調法だと持ち歩いていなかった、と。代わりに金属拳を装着した拳をラクスの背中に這わせた。背骨の凹凸が金属越しに伝わる。
──斬る感覚は無いけど‥‥温かい血に、触れられる感覚も‥‥良いよね、クスクス‥‥
冷たい金属から伝わる殺気に気付いたか、姿勢を正すラクス。その時、弥助の父親が叫んだ。
「何だ、これは!!」
折角の祝いの品を振舞おうと癖のあるコルクを礼服に身を包んだマーヤーに抜いてもらい、杯に注いでもらえば──杯に満ちる血の色の液体。動揺した弾みに毀れたワインが腹部に染みこむ。まるで切腹したかのような染みに、披露宴の席は水を打ったように静まり返った。
「大丈夫!?」
「ノルマン王国のワインですが‥‥?」
染みにならぬよう慌てて手拭いで叩くように水分を拭き取る真鶴、動揺の理由がわからず怪訝な表情を浮かべるマーヤー。ラクスに気を取られていた影音は失態に小さく舌を鳴らし、理亜はマーヤーの元へ寄ると耳打ちする。
──ワインはジャパンにはまだ浸透していないの、と。
「異人が血の入った飲み物を持ってきただ」
「この結婚は呪われてるだよ‥‥」
そんな囁き声が耳に届く。
「すまね、姉ちゃん。おら、こだらことになるなんて思ってねぐて‥‥」
真鶴にしがみついた弥助が涙を浮かべる。しゃがみ込み、力いっぱい抱きしめて‥‥判ってるよ、と真鶴は囁いた。
「僕たちこそ、こんなつもりじゃなかったんだ‥‥お姉さんに謝っておいてくれるかな」
大きく頷く弥助の頭を撫でて、真鶴は会場を後にした。
──同じ想いを抱いているだけなのに、何故こうも悲しい擦れ違いが生じるのだろう。
「あの人だちは‥‥姉ちゃんが旦那様に貰った櫛さ探してくれただけだ! 一緒に祝ってくれようとしただげだ!!」
櫛を手渡し、ぽろぽろと零れる涙を堪えようとしながら叫ぶ弥助の声がいつまでも耳にこびり付いて離れなかった──‥‥