水戸超魔海村
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 34 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:05月16日〜05月25日
リプレイ公開日:2006年05月28日
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●オープニング
●魔海村
豊饒な大地、豊饒な森。
それらに支えられたな肥沃な海。
決して広くはない一角であったが、飢えることを知らない土地──水戸の外れに、その村はあった。
しかし、多すぎる自然の恵みは決して人々の生活を潤すものではなく‥‥
多すぎる恵みは時として、生物を極端に育て上げてしまうのだった。
時として荒々しい姿を見せる大海原、そこを制する村の漁師たちですら音を上げる『恵み』は今年もまた変わらずに振り撒かれている。
そんな環境にもめげず、人間は強く逞しく、強すぎる自然と共存の道を選んだ。
人々はその海を魔海と称し、強すぎる自然に隔離されたその村を魔海村と呼んだ。
●第3巻:巨大エイの沖
凪いだ海辺を歩いていたお篠は、遠く水平線を眺めていた。
「──‥‥」
いつも少なくとも遠目には穏やかな漁が行われているはずの青海原、その海上には1隻の漁船もない。
──カァン! カァン! カァン!
音のする方角へ目を転じれば、そこに在るのは所々破損した数隻の船。お篠の視線に気付き、吉っつぁんがぺこりと頭を下げる。その姿は、いつも活力漲っている吉っつぁんと同一人物だとはとても思えない。
漁船から少し離れた場所では草に座った女たちがずたずたに裂かれた魚網の手入れをしている姿もある。
「魔海の恵みといえば耳障りの良い言葉なのですけれど‥‥」
──そうでもない。
耳障りはともかく、さほど頑丈でもない船や魚網をここまで痛めたのは大きすぎる自然の恵みを一身に受けたのであろう、大きな大きなエイである。
ということは、この巨大エイを何とかしないことには落ち着いて漁もできない‥‥そういうことだ。
正直、漁の成果についてはこだわりのあるところではない。大地の恵みにあふれた魔海村である、漁に出ずとも食料は豊富で、ありがたくも食うに困るということはない。
何が問題なのかといえば、見てのとおりである。
「お篠様、おらの父ちゃんがなんかふにゃふにゃなんだ」
「村長の髪さ風に靡いててだよ」
男衆の生きがいは漁なのだ。『それがなくとも生きていける』なんてこと、賢明な女たちは口にしない。煽てておいた方が色々と便利なのである。日も昇る前から日の沈んだ後まで家にいられるなんていう現状は、この村のほとんどを占める新婚以外の女にとって軽い拷問である。
現に村のあちらこちらでふぬけた夫や荒れる夫、泣き崩れる妻や尻を蹴り上げる妻の姿が見て取れる。口論する姿もあちらこちらで見られ、子供たちは遊びに行くと偽ってお篠の元へ逃げ込む始末。
漁の成功と無事を祈っていた巫女お篠は、家内安全を祈る巫女と成り果てている。しかも、成果は上がっていない。
「冒険者の兄ちゃんたちさ呼んでくれよ」
「やっづけて食べりゃ父ちゃんたちもきっと元気さなるべ」
「でも母ちゃんに食わせちゃなんね。うちの母ちゃん、父ちゃんよりずっと強ぇからな」
あはは、と笑う子供たちの声。
それが村ではなく、お篠の元でしか見られない光景であることに胸をいため、お篠は冒険者を呼ぶことを決めた。
●リプレイ本文
●煽情の人
「う‥‥」
「大丈夫ですか? 無理をしないで、陸で休んでいてもいいですよ」
白い肌をますます白くして、スィニエーク・ラウニアー(ea9096)が口元を抑えていた。背中をさすりながら、アフラム・ワーティー(ea9711)が頻繁に声を掛ける。
「ああ、私が同上していたらアフラムさんよりももっとしっかりとさすってあげられますのに」
釣り船弐号を見つめて虚空をさすりながら、別の船からユナ・クランティ(eb2898)が憂いた声を零す。その手つきに理瞳(eb2488)は深い色の瞳のままに、感情もなく淡々と感想を述べる。
「‥‥揉ンデイル様二見エマス、ガ?」
立証すべくその手を引いて、心ここにあらずというアレーナ・オレアリス(eb3532)の大きな胸に合わせると確かに薄手の布越しに柔らかな果実が形を変える──が、妄想スィニエークの胸よりもアレーナのそれの方が大きかったようで、ユナの掌には収まりきらない。
「ん、胸が気になったのかな?」
大きいことを自覚しているアレーナ、胸に触れられ我に返る。脳裏に浮かぶ濃厚な味わいは、残念ながら友人フォウ・リュースの協力を以ってしても再現できるものではなかった。もっと調理に秀でた人物の手を借りれば、或いは再現できる可能性もあろう。
釣り船弐号の船上でいつもと変わらず背中を丸めたまま壱号を眺めていた高田隆司(eb1490)は一人だけ小船を借りて操るレンティス・シルハーノ(eb0370)に一度だけ視線を移し、飽きたように大きな欠伸をした。
「黒一点で楽しめただろうにな」
「壱号に必要なのはツッコミ要員だろう?」
アレーナが纏う丈の短い服で収集の付かなくなった釣り船壱号。その様子に呆れた紅闇幻朧(ea6415)はボソリと低い声を零し、隆司はへらっと笑った。
「確かに。しかし紅闇さんも男だね」
「支障が無いか様子を見ていただけだ」
弄り合う女性たちに興味があるわけではない、と眉根を寄せた紅闇は壱号に背を向けて、それを見た隆司に苦笑されたのだった。
●船上の人
釣り船壱号と弐号には冒険者では賄いきれなかった船頭として、操船に長けた漁師たちが乗船している。けれども、ここでは仮に零号と呼ぶが、定員の少ない小舟はジャイアントのレンティスが唯一人で乗船していた。
自身熟達の腕を持つ漁師でもあるレンティスはジャイアントが乗ることで船足が鈍ることを嫌い、小回りの利く小舟で単身魚たちを追い詰める役を買って出たのだ。
「まだ、近くにはいないようですね‥‥」
船酔いに集中を乱され数度の失敗を経ながらもブレスセンサーを唱えたスィニエークが萎縮しながら知り得た情報を告げると、壱号の線上からユナが声を張り上げた。
「エイは呼吸をしないので、ブレスセンサーには掛からないと思いますの」
「‥‥‥そ、うですね‥‥」
しょんぼりと肩を落とすスィニエークだが、嘆いてばかりもいられない。
「‥‥あそこに向かうぞ」
紅闇が指し示す方角にあるのは海鳥の群れ。それは海面近くを泳ぐ魚たちを狙って現れたものに違いない。
「餌場、デスネ。了解シマシタ」
小魚の群れは、大型の魚の餌となる。その魚群に近付くことが出来れば、ただ闇雲に探すよりも遥かに遭遇率は高くなることだろう。瞳も漁師に指示を出し、3隻の船は魚群を追った。
大きな2隻で網を引き、レンティスが追い込むように回り込む。野生の勘というべきか、回り込むレンティスの技量と殺気を感じるのだろう。巨大エイたちは小舟を避けるように泳ぎ仕掛けとレンティスの小舟の間を‥‥アフラムと隆司が垂らす釣り糸の間を、回遊する。
──そして。
「掛かりました!! ‥‥くっ!」
「アフラム!」
突然の邪魔に闇雲に遠方へと進み始める巨大エイ、振り回され傾ぐ小さな体を駆け寄った紅闇が支える。しかし、大物にしなる竿は右へ左へと向きを変え、二人を以ってしても御しきれるものではない。
「エイヒレのためか」
やれやれ、と重い腰を上げた隆司がアフラムより少し上を持ち、凄まじい力で引かれる竿を支える。
「‥‥手伝ッテ、キマス」
船頭役を買って出ていた漁師に船を寄せてもらい、弐号の戦場へと軽やかに飛び移る瞳。突然の加重に転覆することもなくしっかりとその場に浮いていた大きな船は、けれど僅かに揺れて‥‥
「おっと」
バランスを崩し隆司は海上へ身を大きく乗り出した! 咄嗟に両腕でしっかりと抱きとめた瞳だが、本来腰のある場所にあったのはバランスを崩したせいで腰より低い素敵な場所。
「おお!?」
「‥‥不可抗力デス」
驚きからかそれとも劣情からか船縁を掴んでいた腕はずるりと滑り、抱きとめた瞳もろとも海中へと落下!
ぼそりと呟かれた言い訳めいた難しい言葉は激しい水音に紛れ誰の耳にも届かなかった。
●線上の人
さて、海中に落ちてしまえばそこは敵の領域である。
突然海中に現れた二人に、釣竿から逃れるべく遠方へと向かっていた巨大エイが向きを変える。血の気の引きっぱなしのスィニエークは徐々に緩くなる釣り糸を手繰り寄せ、微力ながらも手を貸す。
「2匹目も現れたぜ!」
海中を舞う影に気付いたレンティスの声が空を切る! ラーンの渡投網を投じると、狙い済ました網が巨大エイの鰭に掛かった!!
左腕で不器用に扱う武器は海神の銛。戦闘に長けたレンティスであればその左腕は駆け出しの戦士や騎士より技量は上、ましてやラーンの投網の魔力で動きの鈍った巨大エイである。壱号の船上からばら撒かれた小エビに反応し飛び上がった所へ、デュランダルを構えたアレーナの一撃が襲い掛かる!!
──ドシュッ!!
華麗な一撃が毒を帯びた尾を叩き落した!
「アレーナさん、素敵ですわーっ♪」
黄色い歓声が飛ぶ。
「‥‥高田さん、あの‥‥捕まって下さい」
嫌がられるだろうかと一度逡巡したスィニエークがロープを投じ、隆司を回収する。
「理さんは?」
「はぐれた」
不安げに尋ねるスィニエークへますます深く沈んでいったなど口に出来るはずもなく、素っ気なく応えた隆司は適当に海水を絞り、長槍の先に糸をつけた即席釣竿の糸を再びのんびりと海中に垂らした。‥‥その先に付いていた餌がばれてしまっていることにも気付かない辺り、やはり動揺しているのかもしれない。
「邪魔すんじゃねえっ!」
水泳ももちろん得意なレンティスは瞳を助けるために海中に身を躍らせたいのだが、目の前の巨大エイから離れるわけにもいかず悪態をつきながら海神の銛を操る。
「‥‥あれ?」
「どうした、アフラム」
「何だか、エイの動きが鈍くなったような‥‥?」
気のせいかと思うが、けれど二人の腕にかかる負荷は確かに軽減している。
「仕方ありませんわね〜」
右往左往する冒険者たちの姿に満足したのか、ユナが重たい胸を──もとい腰を上げた。
「我が言霊に因りて精霊たちよ力を齎せ、冷たき棺に彼の者を封じたまえ!」
精霊魔法アイスコフィンが詠唱に乗って結実する。アフラムの釣り糸に捕らわれた巨大エイが氷の棺に封じられ、海面に漂った。釣り糸が付いたままの状態ゆえ、釣竿を手放さねばこのまま牽引していくことができよう。陸に上げてしまえば、巨大エイとてまな板の上の鯉も同じである。
「も、もっと早く使ってくださっても‥‥」
「それだと私がつまらないのですもの♪」
最恐、最狂、最強。どの言葉もユナのための言葉に違いない、と隆司は思わず口にしてしまい、船上にアイスブリザードが吹き荒れた。
「じ、女性って恐ろしいです‥‥」
ブリザードで荒れた海に紛れ逃げ出す巨大エイになす術もなく、ただただがくがくと震えながらアフラムは心の底からそう呟くのだった。
●戦場の人
「やっぱり、今回も‥‥あの、た、食べるんでしょうか‥‥」
恐る恐る尋ねるスィニエークに向けられるのは、何故かほとんどが当然だという視線ばかり。
「しかし‥‥今回は調理や家事の心得のある方がいない様なので」
どうしましょうか、と迷うアフラムの言葉を最後まで紡がせぬ男がいた。
「問題無い。魚など生でいける」
断言する紅闇、男らしいというか男臭いというか、なんだか違う方向へ力いっぱい生きている。
「サバイバルともなれば調理出来る状況にあるとは限らん。皆、何でも経験をしておくべきだ」
止める間もなく巨大エイに向き直る紅闇、有言実行の男は周囲を盛大に巻き込み巨大エイの試食に取り掛かるようだ。
「今回は調理がうまい方がいませんのでアレーナお姉さんが漁師料理をするぞっ♪」
「漁師ではありませんけれどね?」
ユナの言葉は華麗にスルー。とりあえず、エイヒレを焼いたり干したりするために捌いてみようと思うのだが‥‥なかなかどうして、巧く捌くことができない。
「料理は地元漁師さん達に任せるってんでもいいんじゃねえの?」
苦笑したレンティスの横では何故か隆司がもうどぶろくを煽っている。どうやら我慢できなかったようで、分け前を狙っていたレンティスが酒瓶を奪うという場面も何度目の光景か。
「それにしても、何か忘れているような気がするのですけれども‥‥」
ユナの言葉に合わせるように、海辺の漁師たちから声が上がる。
「ど、土佐衛門だべー!?」
「魚網に、どざ、土佐衛門がー!!」
水を含み海草のように纏わり付く髪の隙間から、焦点を失った感情のない眼差しが覗いている。
その瞳が、キロッと動いて駆け寄った冒険者たちを見た。
「い、生きてるー!?」
「‥‥アト少シデ渡レタノニ」
「三途の川か」
「渡っていたら、しっかりと聖なる母の御許へ送ったんだけどな」
腰を抜かした吉っつぁんを尻目に、土佐衛門になりそこねた瞳と紅闇、そしてアレーナのなんとも笑えない冗談の応酬が続く。
瞳のペットである子猫が冷えた飼い主に擦り寄る。子供に遊んでもらっていたのか、それとも気の良いご婦人方に愛されてきたのか、小さな体の腹だけをぱんぱんに張らせた愛猫に目を細めた。
「太リマシタネ」
「食べでがあるだろ?」
「エエ。其レデ化ケ猫ニデモナレバ万々歳デス」
それだけ舌が回るなら頭も打っていないだろうと、エイを焼くために起こした大きな篝火の前に瞳を連れて行く。
「まあ、まずは味見からってところだな」
「今までの経験からすれば、またぼんやりとした大味なんでしょうね」
どんなに美味でもぼやけた味なら美味とはいえない。しかもエイは油断すると臭気を放つのだ。焼いたり煮込んだり、漁師たちに教わりながら調理をすると、もちろん楽しい試食ターイム☆
「えと‥‥‥料理は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ひ‥‥‥‥‥一口だけでしたらいただきます‥‥」
珍しく料理を受け取ったスィニエークに、何事も経験だと紅闇が頷く。
「「「いただきますっ」」」
口にした巨大エイのヒレはやっぱり大味で、味がしないわけではないのだが記憶に残り辛いぼんやりとした味なのだ。
「でも‥‥やっぱり‥‥あの姿を思い出すと食欲が‥‥‥」
今の今まで鮮血を噴出しながらしぶとくも生きていた姿を思うとスィニエークはやはり食が進まない模様。
「無駄に殺生するよりも、セーラ様も喜んでくださると思うよ」
にっこりと微笑む艶やかなアレーナの笑顔に魅せられて、もう一度エイヒレを口に運ぶスィニエーク。
──数刻後。
「‥‥う‥‥」
死屍累々と倒れ伏す冒険者たち。
その中、すっかり乾いた服に身を包み、唯一人平然と立つのは理瞳。
「蛇毒手ヲ使ッタト、言イ忘レマシタネ」
しれっと言ってのけた瞳は確かに釣り糸と格闘する巨大エイの鰓から腕を突っ込み、蛇毒手を食らわせていた。だからこそ巨大エイの動きが緩慢になり、アイスコフィンがその体を封じ込めたのだから。
息を止めすぎて溺れたのが計算外だっただけで。
「や、やっぱり女性って恐ろしいです‥‥」
呟くアフラムの瞳に、解毒剤を持って駆け寄るお篠の姿が霞んで見えた。