●リプレイ本文
●立ち上がれ、冒険者!
主に駆け出し冒険者の生命線とも言えるのは、あちらこちらの酒場が好意で提供している無料メニューであろう。
お国柄によってミルクだったり、売り物にならなくなった酒だったり、あるいは水だったりするそれは──江戸の多くの冒険者にとってはお茶であった。しかも、出涸らし。
──けれど、その出涸らしのお茶だって、それで商売が成り立っているから無料奉仕されているのである。緑茶の値段が暴騰すれば出涸らしだって高級品になりかねない。
「金欠気味の冒険者にとっては死活問題だな」
「うむ‥‥何とか無事に解決したいものだ」
この火急の事態に当たり、アルバート・オズボーン(eb2284)は言葉もろくに交わしたことのない冒険者の懐具合を偲ぶ。同意し頷くルシフェル・クライム(ea0673)は冒険者たちにとって欠かせない、友人(とも)と呼ぶべき飲み物の存在を想う。
一般には些細な事かもしれないが冒険者にとっての一大事、事は一刻を争う──ヴィグ・カノスの空飛ぶ絨毯やセブンリーグブーツ等で時間を短縮しながら現地へと急行した。
「脅かしてはいけませんからね」
村に入る前、テッド・クラウス(ea8988)とアルバートは道中の魔物を警戒して装備していた武器防具を外し、それを見て宮崎桜花(eb1052)も同様に武装を解く。
「うーん」
一足先に村へ向かったユリア・ミフィーラル(ea6337)とミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)が首を傾げながら仲間の下へ戻る。
「子供は茶畑にしか現れないらしいんだけど、誰もどこにいるか知らないんだって。霞のように消えるわけでもないだろうけど」
「‥‥不可解ですね。どんな子供か、何か参考になりそうな話は聞けましたか?」
所所楽林檎(eb1555)の言葉に、ミルフィーナは頬に手を当てええっとですねぇ〜、と言葉を紡ぐ。
「5つくらいの小さな子供らしいんですが、男の子か女の子かも判らないみたいなんですよ〜。ただ、お茶を摘んでいるとどこからともなく現れて‥‥なんだかとても怒っているようだと伺いました〜」
「茶畑に行かないと会うこともできない、ということですか‥‥それでは、雇い主様に到着のご挨拶をして、とりあえず茶畑に向かってみませんか?」
それが仕事であればフィニィ・フォルテン(ea9114)の言葉に異を唱える者もなく、善は急げとばかりに、冒険者たちは早速茶畑に向かう段取りを始めたのである。
●追いかけて、茶畑
山間に広がる、丘陵にそった広大な茶畑は初めて目にする冒険者たちにとってとても壮観な光景で。
──けれど、その中から小さな子供一人を探すとなれば眩暈がする光景でもあった。
「この茶畑で神出鬼没‥‥なんだか神憑り的な話ですね」
これも愛ゆえの試練だと林檎は
茶畑を歩いているだけでは当然問題の子供に遭遇できるわけもなく。感動的なまでに広大な茶畑は、ただ歩くだけではやがて単調な光景に姿を変えてしまう。林檎が友人キルト・マーガッヅに教えられた新茶の見分け方を思い出しながら、つと若芽に手を伸ばしたことも、誰も責めることもない。
──ただ一人、問題の子供を除いては。
「‥‥‥」
不意に林檎を貫く視線。反射的に振り返ると、今の今まで存在を感じさせることもなかった小さな子供が茶木の影からじいっと林檎を見つめていた。
「所所楽さん?」
足を止めた林檎の視線を辿り、仲間たちもすぐに子供の存在に気付く。子供から滲み出る敵意‥‥村人に向けられ続けたのであろうそれが、悲しく寂しくミルフィーナの小さな胸を締め付ける。けれどにこりと微笑んで、ミルフィーナは子供の下へと飛んでいく。
「初めまして、ミルフィーナと言います〜。あなたのお名前はなんていうんですか〜?」
「‥‥‥‥」
緑色の髪のミルフィーナに戸惑う子供。そんな様子を見ていたフィニィはふと思い出した。
「‥‥その子は」
息を呑むフィニィ。とても良く似た子供を、異国の地で、見たことがある──
視線で続きを促すアルバートへ、否、仲間たちへ。フィニィは共有すべく記憶を辿る。
「ジャパンでは木霊というのでしょうか、私が見た場所ではアースソウルと呼ばれていました。土のエレメンタル‥‥精霊です」
「精霊、ですか」
ただの子供ではないと思っていたが、まさか精霊だとは──桜花の視線がフィニィの視線と交錯する。
「普段は人に危害を加えることはないはずですが‥‥木々に危害を加えていると思われてしまったのかもしれません」
「説得‥‥できるんでしょうか‥‥」
眉根を寄せるテッドに、子供だましの理論が通じる相手ではないかもしれぬな、とルシフェルも呟く。土の精霊である木霊は、茶木を守りたくて現れたのであろうから。
「なーに言ってるのかなー?」
二人の額をビシッと指で弾いて、ユリアはニカッと笑ってみせた。
「できるできない、じゃなくて『やる』んだよ」
頭頂で天を向くあほ毛のように揺ぎ無い意思を秘めたユリアに、テッドは一つ頷いた。
「どちらも悪意がないのなら、分かり合うこともできるというものだな」
迷うこともなかったか、とルシフェルはそのぴんと伸びた背筋のように自分の意思を確認する。ジーザスはその者が越える事のできる試練しかお与えにならない──神聖騎士として学んだ言葉が希望を灯した。
「フィニィ殿、他に気をつけるべき特徴は何かあるだろうか」
「ええと、確か‥‥森を傷つける人を驚かすくらいだったと思います。あとは、精霊魔法を少し使うと記憶していますが。私が会ったことのある子は金属が大嫌いで、身を清めてから会いに行ったんですよ。あ、木霊の皆がそういう訳ではなくて、たまたまその子が金属を嫌いだっただけなんですけれど」
フィニィさん、逸れてる逸れてる。
「それなら、無用な刺激を避けて根気強く接すれば良さそうですね」
にこりと微笑んだ桜花がユリアと共にミルフィーナの両隣に立った。
●重い思いと想いの重さ
ミルフィーナの問いに答えなかった少女。村人は言葉を交わしたというから、口が利けないというわけではないのだろう。
「こんなところで、何をしてるのかな?」
「‥‥‥‥皆、守るの」
「皆って、お茶の木のことよね? 私たちも虐めているわけじゃないの」
「ちょっとだけ、お話を聞いてもらえますか〜?」
ミルフィーナの髪の色に感じるものがあるようで、子供──木霊はちょこんと茶の木に座る。
「えっと、此処に生えてる木ってみんな人が育てて守ってる木なんだよね」
ユリアは言葉を間違えぬよう、一言一言ゆっくりと噛み砕くように伝える。同じように出来るだけわかりやすく、けれど難しい話を切り出したのは林檎だった。
「全ての生き物は、生きて、子供をなして、住む世界を広げるために生きていますから‥‥摘むのは悪いことだ、そう思うかもしれませんね。でも、お茶も生きていますが、私達も生きています。同じ場所で暮らす以上、譲り合いや、助け合いは大切なんですよ」
「ここでは只摘んでいるだけに見えるかも知れないけど、この木の葉は調理されて人の口に入るの。貴女は鹿が木の芽を食べるのを邪魔する? 兎が草を食べるのを邪魔する? 植物を動物が食べるのは、言わば自然の摂理。それをどうして邪魔するの?」
判りやすい話と難しい話が入り乱れ、木霊は眉間にシワを寄せる。何を言っているのか理解に苦しんでいるところもあるのだろう。
「私たちの生活には欠かせない、暮らしていくために必要なお茶‥‥そのお茶の葉を分けてもらう代わりに、私たちはお茶の木の世話をしているんです」
優しい言葉に巧みに隠された真実。いや、桜花にも林檎にもそんなつもりは微塵もないのかもしれない。ただ木霊が嗅ぎ取ってしまっただけで──
「ちがう‥‥‥それ、ちがう」
「ちょっと待ってくださいね」
拙い言葉では意思疎通も難しかろうと、ミルフィーナとフィニィがそれぞれテレパシーを唱える。二人で木霊の心を汲み取れば間違いも少なく安心だろう。
──そして伝わってきたことは。
「この子も色々見てきたようです。動物が植物を食べるのは知っているし、邪魔したりしないと頑張って言葉にしようとしています」
「けれど〜‥‥うーん、もやもやとしたイメージでしか伝わってこないのですが、お茶は嗜好品だといいたいのでしょうね〜」
人間はお茶を飲む。けれど、それは無くても生きていける、あると嬉しいという程度の──嗜好品にすぎない。鹿や兎とは違うのだと木霊は知っている。知ってしまっている。
口篭る桜花に代わり、ルシフェルも言葉を重ねる。
「だが、村人達も茶木をぞんざいにしているわけではない。より大きく、より元気に、と大事に育てている。その上で少し葉をわけてもらっているのだ」
どうやらミルフィーナをフィニィが通訳をしていると気付いたようで、木霊はつと二人を見上げた。了解を得た二人は遠慮なく、木霊の心を覗く。
「ルシフェルさん。育てるのならどうして育った葉ではなく、生まれたばかりの新芽を摘むのか、と‥‥」
「‥‥子供を奪われるようなものかもしれんな」
茶の木の立場として考えるなら、とアルバートは呟く。命の象徴を奪われ続ける木──一部の冒険者なら植物の心を聞くこともできようが、村人にはその術はない。逆に、精霊魔法を心得ている木霊が、森の精霊たる木霊が、植物の心を知らないと言い切ることもできない。
被害者と加害者の立場はかくも違うものなのである。
「口頭で説明されただけでは理解しにくいでしょうし農業に詳しくない僕たちが説明したのならなおさらです」
旗色が悪くなってきたことを感じたかテッドが一つ提案をした。
「農家の方々にお願いして日々の木々への世話を木霊さんの前で実演してもらいましょう。ジャパンの言葉では、ええと‥‥『ひゃくぶんはいっけんにしかず』というのですよね」
●夏も近付く〜♪
子供が精霊だったと知った村人たちは腰を抜かさんばかりに仰天した。
「や、山の神さんだったか!」
「神様に納得してもらわんことには祟りさ起きかねん。それで判ってもらえるならお安い御用じゃ」
「冒険者が茶摘を手伝ってくれるなら捗るかもしれんしな」
精霊を神と崇めるジャパンだからこそか、すんなりと受け入れられた事実にジャパンに来て日の浅い数名の冒険者たちが拍子抜けしたというのは予断であるが──‥‥これが恐らく最後のチャンスであるということ、茶摘体験ができるということ、そして作業の遅れを取り戻せるということ。双方の利が一致し、翌日の朝から茶摘に精を出すこととなった。
「夏も近付く〜♪」
楽しげに歌いながら茶を摘むフィニィ。朝から茶摘を行うといっても、木霊が四六時中付きまとっているわけではない。普段どおりに茶の木に接し、それを見てもらうことにこそ意味があると考え、めいめいが村人に学びながら茶の芽を摘み始めていた。
「実際に摘むのは初めてですが‥‥若葉の時は、こういった香りがするものなんですね‥‥」
一芯三葉に摘んだ若芽の清々しい香りに林檎は人知れず微笑む。命の息吹がそのまま香るようで、なんだかとても優しい気持ちになったのだ。或いは茶の木の心だったのかもしれない。
ありがとうと呟いて、美味しいお茶のためにも、予備知識を与えてくれたキルト・マーガッヅのためにもと再び茶を摘み始める。
摘んだ芽でいっぱいになった篭をスキムファクシの背に括りながら桜花が滲んだ汗を拭う。
「意外に重いですね」
「姿勢を悪くしていると腰を痛めそうだな」
「ルシフェルさんならそんな理由で腰痛になることもなさそうですね。見習いたいです」
農作業をしていても姿勢良く、褒められてはにかんだ微笑を浮かべる──いかにも騎士然としたルシフェルに、桜花も姿勢を正し、スキムファクシの手綱を握った。
一方、村では愛馬ブリーゼの背から茶葉を降ろしたテッド。茶葉の確認をした老婆の指示のままに大釜に移すと、薪で熱された釜で手早く乾煎り。手伝おうと構えていたユリアもミルフィーナも、すっかり見入ってしまった。
ある程度まで煎られた茶をルシフェルが奪われた花柄の茣蓙に空け、練るように揉む。
「やってみるかい?」
「もちろん!」
料理と言うことはできないかもしれないが、食材に関することとなれば二人の料理人の独壇場である。テッドの目の前で始めは不器用に揉みこんでいた二人。けれどその葉を再び釜に戻し、煎り、茣蓙に空け‥‥という工程を繰り返すうちにだんだんと手馴れてきたようで、ただの葉が見覚えのある茶に姿を変えていく。
「皆には帰りに少しずつ持たせてあげなくてはね」
「うわ、ありがとうございます〜!」
夢中になる二人に陰ながら微笑んで、斜面を下りくる桜花と入れ替わるように再びテッドは茶畑に向かった。
──いつしか茶摘に夢中になっていた冒険者たちだから、気配なく現れた木霊に気付くのが遅れたのも仕方がないのかもしれない。
その視線に気付いたのは腰の曲がった好々爺の代わりに雑草をむしり害虫駆除を手伝っていたアルバートだった。
「驚いたか?」
立ち上がり大きく伸びをして腰の筋を解しながら、驚かさぬように木霊に声を掛けた。
「農家は害虫を駆除し、雑草を取り、肥料を与え、冬には木を寒さから守るために工夫をし、手間をかけて大切に育てている。その代わりに茶葉を取らせて貰っているわけだ──茶葉を取った後はちゃんと肥料をあげて、ゆっくり休ませて木の疲れを取る」
言葉を聞き茶の木を優しく抱きしめる木霊の姿が淡い茶色の光を帯びる。木の声を聞いているのだろうと返答を待つアルバートにきゅっと抱きついた。
「取った茶葉は農家から茶を必要とする人に売られ、その対価で農家は日々の暮らしを営み茶の木を育てている」
「だから人は木を守ってるし、必要以上に痛める事はしない。言ってみれば、一緒に生きてる様なものなんだよね。だから、その関係を崩す事は木にとっても良くない事なんじゃないかな?」
現れたのは一休みしようと声を掛けにきたユリアと、呼ばれたのであろうルシフェル。
「邪魔をされ続ければ村人たちは生きてゆけぬ。そして木を放置してこの地を去らなければならなくなる──どうかこのまま共存することを認めていただきたい」
土に膝をつき、土下座するルシフェル。
「共存というより、共生かもな」
ぽつりと呟くアルバートの言葉が耳を打つと、木霊の小さな手がルシフェルの手を握った。
促され視線を上げると、木霊がにこりと微笑んで。
──茶の木の間を駆け抜けて消えた。
「あの子がここを守ってくれるといいのだがな」
「きっと守ってくれるよ」
新茶と握り飯を用意し麓で手を振る桜花とフィニィ、ミルフィーナ。皆に手を振り、ひと時の休息を求めるのだった。