【五条の乱】陰翳
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月24日〜05月29日
リプレイ公開日:2006年06月20日
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●オープニング
●京都守護職・五条の宮
新しい京都守護職の働きは宮中でも評判だった。
京都の人々の目にも、彗星の如く現れた神皇家の若き皇子が幼い神皇を助けて京都を守ろうとする姿は希望と映っていた。事実、悪化の一途を辿っていた京都の治安に回復の兆しがあった。
五月も半ばを過ぎたある日、事態は急変する。
「五条の宮様が謀叛を!? まさか‥‥嘘であろう?」
新守護職に触発されて職務に励んでいた検非違使庁が、五条の名で書かれた現政権打倒の檄文を発見したのだった。下役人では判断が付かず、判官の所に持っていき天下の大事と知れた。
「よもやと思うが、事情をお聞きせねばなるまい」
半信半疑の大貴族達は神皇には伏せたままで五条邸に使者を送ったが、事態を察した五条の宮は一足違いで逃走していた。屋敷に残っていた書物から反乱の企てが露見する。
押収した書物には、五条が守護職の権限を利用して手勢を宮中に引き入れ、御所を無血占領する事で安祥神皇に退位を迫る計画が記されていた。他にも源徳や一部の武家に壟断された政治を糾し、五条が神皇家による中央集権国家を考えていた様子が窺えた。
「京都を護る守護職が反乱を起すとは‥‥正気とは思えませぬ」
「そうだ、御所を占領したとしても大名諸侯が従う筈があるまい」
「現実を知らぬ若輩者の戯言だ」
騒然とする宮中に、都の外へ逃れた五条の宮と供の一行を追いかけた検非違使の武士達が舞い戻ってきた。
「申し上げます!」
「どうしたのだ!?」
「都の北方から突如軍勢が現れ、我ら追いかけましたが妨害に遭い、五条の宮様達はその軍勢と合流した由にござります!!」
ここに至り、半信半疑だった貴族達も五条の反乱が本気と悟った。五条と合流した彼の反乱軍は都に奇襲が適わないと知って京都の北方に陣を敷いた模様だ。
「寄りによってこのような時に源徳殿も藤豊殿も不在とは‥‥急ぎ、諸侯に救援を要請せよ!」
家康は上州征伐の為に遠く江戸に在り、秀吉も長崎に発ったばかりだ。敵の規模は不明ながら、京都を守る兵多くは無い。
「冒険者ギルドにも知らせるのだ! 諸侯の兵が整うまで、時間を稼がねばならん」
昨年の黄泉人の乱でも都が戦火に曝される事は無かった。
まさかこのような形で京都が戦場になるとは‥‥。
●大店・瀧川屋
「すんまへんが、相談にのっていただけまへんか」
周りの目を気にしながら戸を潜った男がギルド手代へと小さく相談した。その姿はどこか挙動不審で却って悪目立ちをしていたが、本人は微塵も気付いていない。
──瀧川屋の番頭はんやないか?
その正体に気付いた者も多少なりともいたようだ。大店として数えられる商店『瀧川屋』の番頭をしている人物である。当然ながら、持ち込んだ厄介事も瀧川屋の関連事である。しかも、手代が眉を顰めるほどの‥‥。
「五条様の件は御承知でしょうか」
「ええ、京の都が戦乱に巻き込まれようという現状を知らぬ者は居りますまい」
「実は‥‥旦那様が五条様へ融資をするという話を耳にしたのです」
「‥‥‥それは穏やかではありませんね‥‥」
商人特有の損得勘定で五条の宮が有利と見ての判断であろうか。確かに、五条の反乱が成功すれば瀧川屋の地位は大きく向上する。しかし冒険者や見廻組、黒虎部隊、新撰組等が京の都の治安を守り抜けば、或いは諸侯の援軍が間に合えば当然反乱は失敗、悪くすれば瀧川屋は取り潰しの憂き目を見ることになる。『旦那様』自身もただではすむまい。
「大恩ある旦那様と瀧川屋を守るためにも、旦那様に思い留まってほしい所なんどすが‥‥こんな話を耳にしてしまったとも言えまへん。護衛の名目で五条の宮様の陣営との接触を妨害していただけまへんか」
「確かに、それならば可能ですね」
「京の都が危険やからとうちが手配したと言えば、旦那様も邪険にはなさいまへん」
瀧川屋からではなく番頭個人の依頼となれば報酬も目減りする。しかし、それでも成功させねばならない依頼だった。
「期間中の食事は用意いたしますので」
それだけが救いである。
「では、早速そのように冒険者を手配いたしますので」
「宜しくお願いします」
番頭が頭を下げる──その後ろで気配を殺しギルドから出て行った者が居たことには誰一人気付く事はなかった。
●某所
「妨害の動きがある、と」
薄暗きその部屋で、投げ掛けられた低い声に頷くのは黒き装束に身を窶(やつ)した数名の者たち。
「五条の宮に向かうべき流れが止まる‥‥」
声の主は小さく唸る。
堰き止められた流れは捌け口を求めて暴走するもの。
人の制御を離れ、何処とも知れぬ場所へ向かうもの。
それは声の主の望むところではない。
「用意された道を通らぬのならば、そもそも流さねばよい」
不穏な響きを孕んだ言葉が、蝋燭の炎を揺らした。
「──御意」
主の言葉を遂行するため、翳に忍びし者たちは闇に溶ける。
──流れの元を断ち切る為に。
●リプレイ本文
●瀧川屋〜壱
京の都の一角に佇む瀧川屋は反物を取り扱っている店である。大店と呼ばれるだけあり、ごくごく一般の民から家の名が重みを持つ階級まで、広く様々な客層が訪れる。店の裏手に母屋があり店主に限らず店員や番頭が寝泊りをしている、その辺りはあまり珍しい光景でもあるまい。
裏木戸から敷地内に通された冒険者は番頭から『護衛を雇った』と聞かされた店員より通り一遍の説明を受け、手入れされた庭木の美しい庭に面した縁側に腰掛け、差し出された茶を啜っていた。上質ではないが出涸らしでもない、丁寧に淹れられた茶からは甘い香りがふうわりと漂う。
「そのようなお気遣いは無用ですのに‥‥」
はじめはそう遠慮したリト・フェリーユ(ea3441)も半ば強引に受け取らされた茶の風味に心を解す。仕事が仕事だけに緊張感や警戒心を失うわけにはいかぬが、凝り固まった心でゆとりを失うこともないのである。
木々の配置や庭の広さを目測していた緋室叡璽(ea1289)は、つと仲間に視線を転じ、肩に滑った緋色の髪を払いながら疑念を口にする。
「百目鬼さんは大旦那さまの身辺警護と考えて良いのでしょうか‥‥」
「ちょっと違うわね。あたしは店や家での身辺警護を思っているの、どちらかというとお店の護衛に近いかしらね」
淡々と抑揚のない言葉にめげることもなく、全てに於いて迫力のある百目鬼女華姫(ea8616)は魅力的な微笑みを浮かべる。偶然にもその笑顔を真正面から見たリースフィア・エルスリード(eb2745)は魅了されたかのように硬直した。血の気が引いていたのは恐らく気のせいであろう。
「じゃあ百目鬼さん以外はほとんど旦那さんを直接守ることになるんですね。それなら僕は店の周辺で護衛をすることにします」
「せやけど、まさかキミ一人で護衛というわけにもいかんやろ。番頭はんの護衛もあるしな、自分も一緒に動くことにするわ。よろしゅうな」
ガイアス・タンベル(ea7780)とクレー・ブラト(ea6282)は番頭や瀧川屋の護衛を主に行うことにしたようだ。他の面々は大旦那の護衛をしつつ、五条方の人間との接触の阻害を図ることとなった。そこへ接客のひと段落した番頭が現れ、深々と頭を下げ──首を傾げた。
「すんまへん、お願いしたよりも人数が足りへんようなんやが」
「一人はこちらには参りませぬ、将門屋の店主ゆえ要らぬ誤解は避けたいと。距離を置き支援する手筈になっております」
緋神一閥(ea9850)は番頭相手とはいえ礼儀正しく、けれど必要なことだけを口にした。言葉の通り、瀧川屋に訪れなかった将門雅(eb1645)はその立場を活かし情報収集等に奔走しているはずである。
「ああ、将門屋の女主人はん‥‥そういえば道楽で冒険者をしてはるらしいと聞きましたなぁ。将門屋はんにもよろしゅう、と」
今一度頭を下げると、番頭はここ数日の店、そして主人の予定について簡単に説明を始めた。
●旦那の仕事
──翌日。
危険を顧みず買付やら営業やらの外回りを断行するつもりでいる大旦那に緋室が小さく溜息を吐く。
「この時期に商談ですか‥‥商魂逞しいという奴ですかね‥‥。何時戦火に見舞われるかも分からないと言うのに‥‥」
「数日だけでも店を閉めようかとも考えたんやけど、商売に待ったはありまへんからなぁ‥‥」
番頭や店員たちの賃金や店の運営費等、常に動き続ける流動的な資金は必要なのだと苦笑しながら応えると、大旦那は風呂敷を抱え上げる。その風呂敷にそっと手を掛けたものがいた。
「このご時世。いつ物取りが出るか解りません。お一人の行動は危険すぎます、どうか‥‥」
物腰優雅なリトの不安げな眼差しに一瞬口篭った大旦那はしばし思案し、やがてひとつ頷いてみせた。
「それなら、折角雇わせてもらったことやし、一緒に来ていただけますやろか」
よろこんでお供いたします、と碧の目を細めたリトは、お荷物をお持ちいたします‥‥と大旦那の手から風呂敷包みを抱き上げた。
◆
そのころ、将門屋の女店主は情報網を駆使し瀧川屋の情報を収集していた。
「瀧川屋がなんや大きな商売に手ぇ出したとかいう噂を耳にしたんやけど、あんたら何か知っとる?」
くりくりとした瞳を輝かせ、にかっと笑って尋ねるのは他ならぬ将門。やりとりは普段のそれと変わることがない。
「将門の、瀧川屋はんの商売いうたら大概が大きな商売やないか」
ひょいと肩を竦める商人仲間に、将門が拗ねたような表情を浮かべる。
「‥‥火傷しても知らへんよ?」
「最近大旦那が掛売りしとった相手から躍起になって金銭掻き集めとったからそないな噂になっとるんやろね。新しい商売の準備をしとる様子はなかったと思うで」
「掛売りの金銭回収? 瀧川屋、そない危ない状況なん?」
まさか、と大きく笑う同業者に会わせ笑顔を覗かせながら、将門は首を傾げながら目の前にある理由に内心で笑う。
──必死やな、瀧川屋。
◆
一軒目の小間物屋で大旦那殿の品定めと商談が終わるのを待ち、まだ強い午後の日差しを受けながら次の目的地へ移動する一行。その耳に届くは人々の不安な声と楽観的な声、そして五条の宮に関する様々な噂話であった。
「五条の宮は勝つためなら京の都がどんなに荒れようと構わないようですね。これでは勝ったとしても民の信は得られないでしょう‥‥五条の宮も、それに組した者も」
わざと大旦那に聞こえるように呆れた様子で言葉を零すリースフィア。聞こえるように言ったそれは当然大旦那の耳にも届き、彼はリースフィアを振り返るとにこやかに切り替えした。
「冒険者というのは世情に疎くても勤まりはるんやねぇ。宮はんの当初の計画なんて、そこらの犬ころでも知っておるものかと思うておりましたわ」
まあ、戦乱が良いなどと誰も思いやしまへんやろな、とリースフィアから視線を逸らしながら大旦那は呟いた。
「私は商人では無いですから、生意気な物言いかもしれませんが‥‥命あっての儲けや商売です。上の情勢は流転しますが、庶民の暮らしは常にそこにあります。そこで必要としているものを見極めた方が、きっと‥‥確実な信頼になるんじゃないかなって」
「‥‥庶民と呼ばれる方がどれだけうちを利用されているか、リトはんもその目で見なさったのと違いますか?」
自嘲気味に笑う店主に、リトは口篭った。主義主張は違っても、そこにも一抹の真実を垣間見てしまったから──‥‥
「けれど‥‥何よりも貴方の身を案じている方もいるということ、どうか心の隅に留め置いてください」
締め付けられる胸からそれだけ伝え、リトは悲しげに睫を伏せた。
「ただ時代の激流に流されるだけの存在ではありたくはない‥‥強き意志を持つ者は皆、己の道を選び取るものです。後悔せぬように、と。‥‥我が身以上に大きなものを背負う方の決断は、また重みも違いましょう」
緋神は燃えるような髪色とは対照的なまでに、湖面のように静かに穏やかに、五条の宮のこととは一言も申さずに語る。五条の宮、神皇、源徳、誰しもが後悔せぬ道を選び取っているのである。中には他人の選んだ道を歩くことしかできぬ意思の弱い者もいるだろうが、それはそれでまた一つの決断なのだ。
「されど、選んだ道の先にも、更に道は続きます。道の先の先まで、如何に明確な行く先を見出せるか。それが何かを背負い、護るということなのでありましょうな‥‥」
生きている限り、そして時が流れている限り──道というものはどこまでも長く長く続いていくもの。
つまらぬことを申しました、と一礼をし一歩引いた緋神。自らの言葉が大旦那に届くかは解らぬが、再考へ通じる一石になればと思うたのだろう。
緋神の言葉に何ら返答を行うこともなく、大旦那は口を真一文字に結ぶと‥‥それでも足を止めることはなく、真っ直ぐに続いていく道を歩み続ける。
●瀧川屋〜弐
「古来から守るべき町を攻めて政権交代を図ろうとする人は失敗するのが常です──少なくとも僕の生まれた国や、旅してきた国ではそうでした」
得意先に仕上がった着物を届けるのだという店員に護衛だと称して同行しながら、ガイアスはそんなことを口にする。神皇のように血統で連なる信仰対象の座を力で奪うことは難しい──そう考えたのだ。ただ、時代を動かす人物というのは源徳のように少なからぬ武力を持つ者も多い。五条の真意が何処にあるか、それは霧の向こうにあるのだろうか。
「しかも、今回の一件は計画が成就する前に発覚した突発的なものですから。味方する兵はいても自分の利益を狙うものばかりでしょう、勝ったとして統制が取れるのでしょうか」
「どうでしょうなぁ、戦のことは女のうちには何とも言えまへん。せやけど‥‥」
店員は足を止め、苦笑を浮かべた。
「誰が勝っても誰が負けても、神皇様のお世継ぎが生まれはっても身罷られても。うちは瀧川屋でこうして反物を売っていく、それだけは確実やろね」
五条の宮にも、神皇にも、純粋な気持ちで力を貸している者がどれだけいて、利己的な理由で力を貸すものがどれだけいて──そんな難しい話はどうでもよいのだ。京の都に暮らす大多数の者たちには、統治者の顔など見えてこないのだから。
ただ、平穏に幸せに日々を送りたいだけ‥‥そんな悲しさを言葉に隠した店員に、必ず守りますとガイアスは力強く頷いたのだった。
──計らずともその言葉を実行する刻は直ぐに訪れた。
「ガイアスさん、何だか臭わない?」
美女に変じた百目鬼は大旦那の部屋から下げてきた食器を持ったまま、空気を嗅ぐ。乱れた胸元や髪からやりとりされたことを察し、頬を赤らめて視線を逸らしながらガイアスも空気を嗅ぐ。
「‥‥そういえば」
人より優れた嗅覚に届く異臭。台所といえど、この臭いは異常だ。
「誰か、誰か手ぇ貸してくれ!! 火事や!!」
「百目鬼さん、皆さんを頼みます!」
クレーの叫びにガイアスは飛び出した!
「任せて頂戴、無事に逃がしてみせるわ! ガイアスさんも気をつけて!」
食器を投げ出し、髪をきゅっと結い上げる百目鬼。そして声を張り上げた!
「さあ、煙に撒かれる前に! 手拭いを口元に当てるのよ!」
◆
「クレーさん、様子はどうですか!?」
「見てのとおりや。油撒かれてるんやろな、火の回りが早すぎる」
燃え盛る蔵の前に立ち、熱風に煽られ踊る聖骸布を押さえながらクレーは声を張り上げる。リースフィアのディープブルーのマントも紅く照らし出され、夢追う騎士は目を庇うように手を上げた。
「人手が足りんな、キミ以外は何しとるんやっ」
「ここだけじゃないんです。母屋も、店も、火を放たれてっ!」
「‥‥蔵は後回しや、人がいる場所から回らんと! 人命が優先や、キミは母屋に!」
「はい!」
徐々に熱を帯びる十字架のネックレスを握り締め、クレーはリースフィアと店へ向かって走り出した!
「緋神はん!」
日本刀を壁に向かって振るう緋神、その見定めた軌道は確実に壁を打ち崩す。炎と対峙し揺るがぬ姿に、クレーは彼が名の通り炎の神であるかのような錯覚を覚えた。
「ここは大丈夫です。店員たちはリト殿が」
緋神の言葉が終わらぬうちに風の刃が壁を崩す!!
そして現れたのは頭から水を浴びたリトだ。ローズブローチに掛かった水が朝露のように煌く。優しげな面立ちに芯を感じさせる凛々しい表情を浮かべ、力強く頷いた。
「店員さんたちは母屋の消火に向かわれました。桶で外から水を掛けてくださいますわ。ここは私たちだけで持ち堪えないといけませんけれど」
「しゃあないな。せやけど聖なる母が怪我も癒してくれるさかい、精一杯やったろう」
「怪我はしたくありませんが、期待しています」
こんなことなら退屈していた方がどれだけ幸せか、と内心で小さく溜息を零しながら、クレーは炎と対峙した。
◆
忍ばせたいくつかの足音が夜の帳を駆け抜ける。と、その影が足を止める。
「ここを通ると思いました」
何もない空間だったはず。そこに気配が現れていた。隠身の勾玉とパラのマントの力を借り、ガイアスが姿を隠していたのだ。場所は、事前の下調べから辺りを付けていた。
「やりすぎです。五条の宮様はそのような事を望んでおられるのですか!」
「五条など知らぬ。我等は我等が主の命を受けたのみ」
「なら、その主はんはそれを望んでると思うんか?」
ガイアスの背後に現れたのは将門。淡々と射抜くように黒装束の男を睨めつける。
「主の命を遂行するためなら手段は選ばぬ。それが命だ」
「手段を選ばない、か‥‥奇遇だな‥‥俺もその意見に賛成だ‥‥」
夜空を焦がす炎を背に、緋室も木陰から姿を現す。
この場では金の取引よりも命の取引‥‥お互いその方が得意な事だろう?
緋室の言葉に、布で覆われた男の口元が歪んだ、気がした。
──ギィン!
ぶつかり合う金属が硬い音を響かせる。忍者刀と日本刀の鍔迫り合い──押し勝ったのは、緋室!
「‥‥っ!」
バランスを崩し転倒した忍者へ日本刀が踊りかかる! 殺気を帯びた視線が緋室を捉え──
「ぐっ!」
声を漏らしたのは緋室の方だ。投じられた砂が視界を奪う!!
「緋室さん! はっ!!」
ガイアスの持つ梓弓から放たれた矢が吸い込まれるように一人の忍の足を縫い止める! しかし一方の男は仲間を見捨て疾駆する!
「逃がさへん!」
疾走の印を結び、将門は闇を疾駆する!
しかし敵の忍も疾走の印を結び、たった十数メートル程の距離が簡単には縮まらない。
「あんたらには聞かなあかんことがぎょうさんあるんや!」
将門が吼える!
手刀で微塵隠れの印を描くと爆音が響き──次の瞬間、将門は黒装束の正面から懐へ飛び込んでいた!
──とんっ
ギリッと男が歯を食いしばった音を聞きながら、印を結んだその手刀で首筋に一撃を加えると、忍は意識を失い‥‥
「年貢の納め時や‥‥って、あんたまさか毒を!?」
どす黒く変色する肌。
とっさに口内に指を突っ込み、吐かせようとしたが‥‥解毒剤も持ち合わせていない将門には、男の命を繋ぎ止める手立てはなかった。
「死んだら‥‥月も星も、見られんよ。死ぬことだけが忠誠やあらへん‥‥」
名も知らぬ男の餞に、将門は真珠の涙を一粒零した。
◆
火は消し止められた。重体に陥るものもなく、怪我人はクレーの魔法で回復した。
しかし、火を放った忍者は片や毒を飲み、片や手加減できぬ拮抗した力で屠られた。
「五条の宮に資金は流れませんでしたけれど‥‥」
リースフィアが溜息を吐く。
用意された資金は、瀧川屋の復興へ当てられることとなった。
「あたしたちも目的を果たしたけれど‥‥あちらも目的を果たしたわけね」
美しい女性に変じ、気落ちし寝込んだ瀧川屋主人の世話を甲斐甲斐しく行いながら、百目鬼は小さく溜息を零した。
──五条の乱に小さく与した、瀧川屋火災の一件はこうして幕を下ろしたのである。