●リプレイ本文
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「雛ちゃん、お久しぶりですね」
──すりすりぷにぷにすりすりぷにぷに☆
宮崎桜花(eb1052)が雛菊(ez1066)を抱きしめ、その頬に自分の頬を摺り寄せた。
「ふふ、これを見ると何だか安心いたしますわね」
「そうでやすねー。お雛ちゃんもいい笑顔になりやすしねぇ」
目を細め見守るように微笑むセフィナ・プランティエ(ea8539)の言葉に、以心伝助(ea4744)がほわんと微笑みうんうんと頷いた。
「雛ちゃんこんにちは〜。今回もお願いしますね」
そう言ってぷっくらとした手と握手を交わすのは野村小鳥(ea0547)である。
「たくさんアサリとってくれたら美味しいご飯つくりますよ〜」
「力仕事にはちょっと頼りないですけれど、お料理なら任せてくださいねー」
ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)も小鳥に同調する。お料理なら二人の専門分野なのだ。
「私も、雛菊様の為にジャパンのお料理も一生懸命お勉強しました♪ アサリご飯も頑張って作りますの」
ハーフエルフに対する偏見と真っ向から組み合い、雛菊に友人として認めてもらうべく、ユキ・ヤツシロ(ea9342)は今日も努力を欠かさない。でも本当は雛菊と一緒に出掛けられるのが嬉しくて、頬が緩んだり鼻歌を歌いそうになったり。その様子はどこか恋愛に似ている──のは気のせいだろうか。
「皆すごいね。僕は料理も裁縫も全部姉貴任せだったからなぁ‥‥アサリご飯も食べるの専門かな?」
豊満な胸を持つ姉を想いながら、カタリナ・ブルームハルト(ea5817)は茶目っ気たっぷりにウィンクして笑う。
「その分、潮干狩りはしっかり頑張るからねっ」
「雛も! 雛も頑張るの!!」
「うわっ!」
どーん! とタックルをかましてきたのは雛菊である。突然現れた小さな少女に目を丸くしたカタリナだが、少女の姿を見るとしゃがみ込み、同じ目線でにっこりと微笑んだ。
「君が雛ちゃんだね、姉貴から聞いているよ。僕はカタリナだよ。よろしくね♪」
「そうなの、雛が雛ちゃんなの。カタリナお姉ちゃん、頑張ってあさりいっぱい採ろうねぇ♪」
きゅるんと見上げ、ほにゃんと笑う雛菊。ぽむぽむと頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。姉にとっての自分もこのような少女だったのだろうかと思うと、何だかくすぐったい。思わずくすっと笑ったカタリナの足元に何かが触れた。視線を落とせばそこに居るのは、ふんふんと匂いを嗅ぐふわふわのもこもこ。
「ふわふわ? もこもこ?」
そわそわと動くそれを抱き上げて、雛菊は首を傾げる。聞きつけついーっと空を泳いで飛来したミルフィーナもそっと手を触れる。
「ふわふわのもこもこです〜。可愛いですねぇ。でもどうしてこんな所にいるんでしょう〜?」
「すまぬ、人に慣れさせるためだ。近くに置いてやってくれ」
王娘(ea8989)が小さく目礼をする。ペットだと言われ改めて見てみれば、確かに小さな子兎である。
「また名付け親になってやってほしい‥‥考えておいてくれ」
視線を逸らしつつ呟くと、娘は生成りの布を握り締めてこっそりと姿を消した。レースを持っていたのは、きっと、恐らく、結婚間近の幸せで蕩けかけたフォウ・リュース(eb3986)の見間違いに違いない。
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「はいはーい、家事・裁縫・着付け等は得意ですから教えますよー☆」
元気一杯、小鳥ちゃん。
「それ以外に出来ることがあるのか?」
「‥‥娘君酷いです、それだけは言わないっていう約束なのにー!」
「そんな約束はした覚えが無い」
──喧嘩するほど仲が良いのだろう、二人の華国人のやりとりにフォウがさらりとフォローを入れる。
「あら、新婚家庭には一番重要なことなのよ? 家事が得意なんて羨ましいわ」
「そうだよ、僕なんて全く駄目なんだから。家事だけだって、気にすることないと思うな」
カタリナはフォローが苦手な模様。けれど想いはしっかり伝わり、小鳥は皆の手伝いを再開した。
「カタリナ様、ちまの腕は裏返して縫い付けて‥‥大丈夫ですか?」
ユキはカタリナの指導を再開し‥‥た矢先に指先をちくん★
「大丈夫だよ大丈夫。こんなの怪我に入らないからね! 気合でカバーするよ、一針入魂!!」
なんだかノリが体育会系ですカタリナさん。でもシュツルムを作る所まではいかず、ちまを作るのが精一杯のようだ。燃えるカタリナさんの正面で針を置いたのは、対照的に涼やかな闇氷、双海一刃(ea3947)である。
「よし、できた」
赤茶色の布から切り抜いては縫い付け縫い付け縫い付け、切り抜いては縫い付け縫い付け縫い付け、切り抜いては縫い付け縫い付け縫い付け‥‥黙々と地道に紅葉を縫い付けていた一刃は出来上がったちま一刃くんのオプション『まるごともみじ』を試着させ、満足げに呟いた。慣れぬ作業ゆえ紅葉の大きさはちぐはぐであったが、それが良い雰囲気を醸し出していた。
ただ一つ気になることがあるとすれば──
「あの‥‥何故初夏のこの季節に紅葉なのですか?」
カタリナの隣で紅白の布を縫い合わせ袴の仕上げをしていたユキが不思議そうに一刃を見上げた。
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「雛菊さんと皆さんの無事を祈って‥‥ばんざーい! ばんざーい!! ばんざーい!!!」
「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」
歌姫の声量で盛大に万歳三唱をするフィニィと、華麗な万歳三唱ダンスを披露するリーフ。柴わんこ2匹に万歳の真似事をさせてお茶を濁してみるいさなは異国の冒険者たちがどこからこういう知識を覚えてきたのか不思議で仕方がない。
「気合が足りなーい!!」
叱咤するカタリナのお陰で、彼女の友人嵯峨野に山城、チュプペケレまで巻き込まれる始末。隆司だけは「面倒だ〜」と最後までのらりくらり逃げ続けたのだが。
元気良く手を振りながら江戸を出立して徒歩で1日も進んだだろうか、気付けば手頃な砂浜がちらほらと現れる。円の祈りが天に通じたか、はたまた伝助の持つ越後屋印のヒゲ面てるてる坊主の呪い、もといご利益か、雨とは縁のなさそうな快晴だ。
「足元に気をつけてね──って鐙に届かないかな。おいで、雛ちゃん」
愛馬シュツルムの背から雛菊を抱き下ろしたカタリナは、雛菊と手をつなぐ最後の一人、フォウへと少女を送り出した。
「フォウ様、もっと早く言ってくだされば‥‥そのためにブラウニーを連れて来ましたのに」
「ごめんなさいね。雛ちゃんに美味しいあさりご飯、食べて貰いたかったから‥‥あのくらいの重さ、なんてことなかったのよ」
笑顔は笑顔だった、確かに。かなりの重さに汗を拭きながら、だっただけで。
「でも、独身最後の記念で怪我をしたら寂しいですー。無理は駄目ですよ?」
ミルフィーナに窘められ、フォウは苦笑しつつも素直に頷いた。
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「美味しいアサリご飯目指して、頑張りましょうね!」
せふぃながぐっと手を上げると、ちまにゃんや伝ちゃんが「おー!!」と呼応した。
「ひなちゃんは、潮干狩りしないのー?」
「雛のひなちゃんは、海でべっしょりになっちゃうからやらないもん」
雛菊はひなちゃんをきゅっと抱きしめてぷるぷるぷると首を振った。ぷるんぷるんと揺れる頬っぺたを見て、せふぃなはしょんぼりとしてしまったが、参加する皆と仲良く潮干狩りをすることにしたようだ。
「うふふ、れーぬも一緒に潮干狩りしましょうね」
「ちまにゃんはれーぬじゃないのー、しゅえでもないのー!」
そんな女の子たちを待ちきれず、伝ちゃんと一刃は耳掻きで作ったちま熊手を握ってやる気満々♪ ちなみに、伝ちゃんの気遣いでちま熊手は皆の分用意されている。
「むやみに掘らず浅瀬でじっと水底を見まわす‥‥と、穴が開いているのが見つかるはず。泡が出てくるようなら間違いなし! そこを掘るべし!」
──ほらざっくざく♪
何だか一刃のキャラが違うのは、恐らく白い服を着ているからだろう。
「集団になってるらしいっスから、一匹いるとその周辺にも‥‥」
──ざく、ざく、ざく☆
ちま熊手はあさり目掛けてちまちまと砂を掻く。そしてコツンと熊手があさりに当たり‥‥
「う、埋まるっすよー!!」
──ざざーん。
不意に来た波に流され、掘った穴が埋まった‥‥振り出しに戻る!!
一方、ちまにゃんは波で砂の流されたあさりを発見!
「きゃー! あさりさん大きいの〜!」
ちまにゃんの両手でえいやっと抱えるほどの大きさだ。恐る恐る手を伸ばすと──ぴゅっと潮吹きあさりの攻撃!
「潮かけちゃいや〜ん☆」
ちまにゃんが身を捩っている間に、せふぃながよいしょっとあさりを持ち上げた。
「アサリさん1匹、げっとです♪」
「負けやせんよ!」
同じく貝を抱えた伝ちゃん、こちらはどうやらハマグリらしいが。
──うずうずうずうずうずうずうずうずうずうず。
何かが聞こえた気がした。
「ひなちゃんも一緒にやるなのー!!」
ぎゅむっと伝ちゃんに抱きついた雛菊とひなちゃん、我慢できずに潮干狩りに参戦と相成った☆
──その時。
「きゃあ!!」
不幸にも足を滑らせバランスを崩した小鳥が、雛菊と娘を巻き込んで波間に転倒した!!
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「雛ちゃん、紫陽花の浴衣を預かってきたの。ヴィクトルさんの服が乾くまでこっちに着替えましょうね」
桜花が雛菊のために、焚き火を用意し着替えの準備を行う。
「風邪引いたらいいけませんしねー。あ、男の人はこっちみたらダメですよーー」
諸悪の根源でもある小鳥が伝助と一刃を追い立てた。
「娘君も、雛ちゃんと一緒に着付けしながら教えますねー。私の持ってる紫陽花の浴衣に着替えましょう、風邪をひいても困りますしー」
「わーい、雛ちゃんとお揃いだねー!」
ずぶぬれになり狂化した娘、飛び上がって大喜び♪ 裸にふりふりエプロンでは狂化にゃんにゃんと言えども恥ずかしいのだろう。
「‥‥私はどうしましょうー‥‥」
自分の着替えは娘に貸してしまい、途方にくれた小鳥は何に着替えようかとバックパックを覗き込んだ。目にとまったのは、一番下にきれいに畳んであった薄絹の単衣。少々薄いが背に腹は変えられないと腹を括る。
着替え終わった頃合を見計らい振り向いた伝助は、薄絹越しに薄っすらと見える肌に赤面。滑らかな絹は肌に沿い、その輪郭をくっきりと浮かび上がらせているのだから赤面するなという方が無理な話であろう。
「‥‥‥雛菊の教育に悪い」
顔色一つ変えず、雛菊の着替え用に用意しておいた紫陽花の浴衣を差し出して、一刃は小さくそう告げた。
「一刃さん、照れないなんて流石っすね‥‥」
まだ幾らか赤みの残る頬を簗染めのハリセンで扇ぎながら動じぬ忍者へ賛辞を送る。そんな伝助をちらりと見、一刃はさらりと地雷を踏んだ。
「雛菊と大差ないからな」
年の割にのっぺりとした胸も、年の割にくびれを見せぬ腰も──全て語り終える前に、一刃の視界がぐらりと傾いだ。
──CRASSSSH!!
「誰が貧乳クィーンだ、誰がっ!!」
「殺気を感じさせないとは‥‥やる、な‥‥」
霞む視界の先で般若の形相で仁王立ちするカタリナに小さく微笑むと、一刃は意識を手放した。
「お、お雛ちゃんはこっちで髪を梳かしやしょうね」
惨状から幼子の視線を逸らさせるべく螺鈿の櫛を取り出す伝助の表情は‥‥先程とは対照的なまでに蒼白なのだった。
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翌日。綺麗に洗いしっかりと塩抜きをしたアサリを前に、女性陣がずらりと並んでいた。男手を借りて作った竈の火が女の情念のようにめらめらと燃えている。
「最後の花嫁修業みたいで楽しいわ、‥‥頑張らなくちゃ」
自分の言葉に赤面するフォウはとても初々しい。
「えっと、まずは基本よね‥‥ご飯を美味しくするコツってあるかしら?」
「美味しいご飯にな〜れ〜♪ と、念じながら作ればきっと美味しいご飯が出来ますよー。料理は腕じゃなくて心ですっ」
きぱっと言い切る小鳥‥‥いや、腕も必要だろう。
「ふむふむ。それじゃ、アサリご飯の作り方も教えてもらえる?」
「えっと、まずお鍋にだし汁と酒を入れて煮立たせ、生姜・みりん・アサリを入れた後醤油を加えますー」
あさりご飯の調理はサイズ的に難しいと判断したミルフィーナが指導役を買い、有志であさり料理に取り掛かる。ちまと揃いの生成りのエプロンをかけた娘も、参加するようだ。
「へぇ、調味料とかもパリとは違うね、これはこれでおいしいそうかも♪」
手を出さないことにしたカタリナが準備を冷やかす。
「蒸らしたらアクをすくってくださいねー」
「アク取りならお手の物よ?」
「フォウさん、それなら雛ちゃんでもできますよ」
雛菊の相手をしていた桜花から手厳しい一言が飛ぶ。
「鍋が煮立ったら炊けたご飯の上にかけて、細かく切った青ネギやシソを散らします〜。お汁の分量はお好みで加減しましょう〜」
「「はーい」」
セフィナも小鳥の言葉を聞きながら必死に酒蒸の火加減を調整している。白い額に汗が滲む。
ミルフィーナとユキはお吸い物の準備☆ 手際よく繊細な味を調える。その下では、魚網を使った伝助の収穫である鯵が塩をまぶされ竈の火で焼かれている。
茣蓙を敷いて日傘を差して、少しでも楽しもうと桜花と一刃もあの手この手を考えていた──彼らが食事場所の準備担当になったのは自明の理である。
「出来ました〜♪ 皆さん、ご飯ですよ〜」
──ぐぅぅ〜
小鳥の声が辺りに響くと、待ってましたとばかりに雛菊の腹の虫が盛大に鳴いた。
いそいそとよそった料理を配り、お茶までいれてフォウは細やかに動く。
「新茶の時期だから、美味しいはずよ。よかったらどうぞ♪」
全ての準備が整ったら‥‥
「「「いただきます!」」」
「「「おいしい〜!」」」
暖かく香り立つ料理の数々に、皆揃って、落ちそうになった頬を支えながら舌鼓を打った。
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「潮干狩りって初めてだったけれど、楽しかったわ♪ 皆、ありがとう」
皆と来れたから楽しかったのだと、フォウは土産のあさりを抱えてにこりと微笑んだ。食材を運んでくれたフォウのお陰でご相伴にありつけた柴丸は、尻尾を振って別れを惜しむ。
「娘さん、エプロン似合ってやしたよ♪」
「う‥‥うるさい! もう着ないから安心しろ!」
頬を染めてそっぽを向いた娘に思わず微笑む伝助。天邪鬼というのは難しいものである。
「そうそう、お雛ちゃんこれ使いやす? あっしにゃあんまり使い様が無い物なので、良ければどうぞっす」
そっとして置くのが良さそうだと判断し、雛菊へ螺細の櫛を贈る。
「あの、私からも‥‥良かったら、もらってください」
緊張の面持ちでにこ、と微笑んだユキの鼈甲の櫛。
「‥‥前に貰ったお守りの礼だ。これで魔物の悪い子を「めっ」とするのも大丈夫だぞ」
そう言って一刃が差し出したのはアンデッドスレイヤー。
「雛、お誕生日になったみたいなのねー。皆、どうもありがとなのー」
ほにゃんと微笑んでぺこりとお辞儀をし‥‥た勢いでころんと転がりかけたところを桜花が抱きしめた。
──日常の、ほんの1コマのお話し。