●リプレイ本文
●事件は現場で起きている!!
韋駄天の草履、駿馬や軍馬を用意し、或いは貸し借りしつつ冒険者は現場へと急行する。道中、殿を務めた紅闇幻朧(ea6415)が少々怪我を負ったものの、何とか無事といえる状態で魔海村へと辿り付いた。
何よりもお篠を安心させることが優先だと考え、アフラム・ワーティー(ea9711)を筆頭にお篠の家の扉を叩く。
「これは食せる食せないの問題じゃないですよ。困っている方を救うのが冒険者の務めですし、後は僕達に任せて下さい」
きりりと姿勢を正して一礼をし、騎士然として告げるアフラムの姿にお篠は安堵して胸を撫で下ろした。
「あの‥‥冒険者は別に魔物を食べる為に働いている訳ではありませんから‥‥」
背中に冷たい汗を流しながら、スィニエーク・ラウニアー(ea9096)はお篠に聞こえる程度に小さな声でそう伝えた。
「あと‥‥すみませんが、今回も‥‥」
「心得ておりますわ」
もちろん、今回もペットたちは村で留守番だ。余分な荷物を背に括り、レンティス・シルハーノ(eb0370)は愛馬の鬣を撫でる。
「荷番よろしくな、アニス、ミュリエル。お篠さん、よろしくお願いします」
「俺のくろまめも頼む」
田原右之助(ea6144)も愛馬くろまめを村へ預けるつもりのようだ。
「美、味しそう‥‥な‥‥名前だ、よね。‥‥あ‥‥ヨダレが」
道中、時折りその背に揺られていた柊鴇輪(ea5897)は着物の袖で乱暴に涎を拭う。ちょっと筋張っているけれど美味しそう、保存食があるからご馳走は仕事の後に、なんてことは考えていないとしておこう、彼女の名誉のために。
「うむっ、ここは、俺ァに任せんしゃいっ!」
がっはっは、と豪快に笑う鬼切七十郎(eb3773)──本当に何も考えていないのは彼かもしれない。
●大磯巾着の洞窟
真っ暗な洞窟──松明を手に先頭を行くのは柊である。
そしてすぐ後ろを歩くのは村で借りた背篭を背負った鬼切、逆に最後尾を悠然と歩くのはユナ・クランティ(eb2898)である。
「海に住む緑の同胞、私の問いにどうか答えを──グリーンワード」
アディアール・アド(ea8737)の呪文で海草がゆらりと揺らめく。どうやら質問に答えてもらうことができそうだ。
「きゃあっ!」
──どん
その時、ユナが勢い良くアディアールへ体当たりをかます!
「うわっ!」
──ばしゃん!
「すみません、足が滑ってしまいましたの」
微塵も悪びれず、しれっと告げるユナに人の良い笑顔を浮かべるアディアール。
「大丈夫? ほら、いつまでも水に浸かってると風邪ひくぞ、まだ海水浴には早いからね」
「すみません‥‥」
差し出されたアレーナ・オレアリス(eb3532)の手を借り、ゆっくりと立ち上がる。
「水も滴る良い男になられましてよ」
満面の笑みで寧ろ自分の手柄を褒めろと言わんばかりのユナに、アディアールは苦い笑いを浮かべる。
「おお、その海草は食えそうだな」
全く動じず、アディアールの髪に絡んだ海草をぽいっと背篭に放る鬼切に‥‥アディアールはがくりと肩を落とした。
「まだまだ、これからですよ」
アフラムとスィニエークの笑みに潜む諦観に気付き、アディアールもまた、諦観の滲む笑みを浮かべた。
◆
スィニエークのランタン、柊の松明、鬼切の提灯。それが暗闇を照らす少ない光源だ。
「‥‥発見、磯巾着‥‥大、物」
松明を右手に! どぶろくを左手に!
「柊さん、何をなさるのです?」
「攻撃‥‥口撃、かも」
僅かに身を引き尋ねるアディアールへそう言うや否や、どぶろくを口に含み! 勢い良く噴射する!
酒精に炎が引火し──とは旨くいかない。残念!
「攻撃はもっと確実を期した方がいいですよ」
アフラムはそう告げ、しっかりとオーラエリベイションを付与すると触手を狙い、自らの言葉を実践するように霞刀を振るう。
「足元に気をつけろ」
忠告しつつ、鎖分銅で伸びてきた触手を絡め取る紅闇。絡め取られた触手をアレーナが叩き斬る。アレーナがその華麗な回避を披露するには少々足場が悪いようだ。
「雷撃よ、一条の閃光となりて穿て──ライトニング・サンダーボルト」
スィニエークの放った雷光が大磯巾着を貫く! 大磯巾着が怯んだ隙にライトシールドで触手を避けながらレンティスが一思いに間合いを詰めた! 手にしたトライデントで薙ぎ払う!
「食材は無駄にせん!」
謎の掛け声を発しながら、大磯巾着の筋に沿わせるように刀を滑らせ、瞬時に大磯巾着を三枚におろす。もちろん背篭に回収!
ちゃっかり一枚くすねていた柊はどぶろくを掛け、松明の火で炙り、再びどぶろくを掛け、炙り──そして頬張る。
「‥‥焼き、たて‥‥うま‥‥」
「うむ、茫洋とした味じゃが、こりこりした歯応えといい、なかなかどうして‥‥」
うっとりと目を細める柊と勢い良く喰いちぎる鬼切の首根っこをむんずと掴み、レンティスは次のステージへと足を向けた。
「これで私の通る所に赤い絨毯でもひいて行ってくれたら完璧なんですけれどね〜」
不満そうなユナの呟きは軽やかに無視されたとか。
●大カラスの森
「はぁ、森の中はいいですね。生き返ります♪」
洞窟を出た途端に元気になるアディアール。森に棲むエルフという以上に植物マニアの血が騒ぐようである。豊饒の大地に抱かれた森は植物も豊富でアディアールの進度は目に見えて遅くなった。
「愛すべき緑の者たち、私の質問にどうか答えを──グリーンワード!」
洞窟の中では悉く邪魔──もとい足を滑らせたユナの下敷きとなってしまっていたため答えを得られなかったが、森となればアディアールの独壇場☆
「ここを通ったようですね」
「それでしたら‥‥。私と共にある風よ、遠くの息吹を私に伝えて──ブレスセンサー」
唱えられた呪文で風が息吹を運んでくる。けれど、目指す大きさの生物は近辺にはいないようだ。
「もう少し‥‥奥に、向かってしまったようです‥‥。急がないと‥‥あの、アディアールさん。植物は逃げませんから、帰りに‥‥」
「そうですね、逃げる植物があればそれはまたお目に掛かってみたくはありますが♪」
名残惜しげに、けれども機嫌良く足を進めるアディアール。
森の緑の中で、冒険者の出で立ちはとても目立つのだろう、やがてスィニエークのブレスセンサーに大鴉と思しき息吹が伝わり来る。その数、12匹。
「(私の)可愛い宗太郎くん(の宝物)に手をだすなんて、極悪大鴉め。アレーナお姉さんが聖母さまに代わって〜」
麗しき薔薇を咥え、華麗にポーズを決めっ☆
「おしおきよ!」
背後に桜吹雪のごとく薔薇が舞い散る。聖母の黒薔薇、見参!
「ふふ、ルビーのかけらがお好みかな? でもそう簡単にあげる訳にはいかないんだよね、ごめんね♪」
ルビーのかけらを目掛け襲い来たところをデュランダルで受ける。しかしカウンターを狙った攻撃は、デュランダルを受けに使用してしまい放つことができない。アレーナの単純なミスだ。
「愛すべき緑の友、我が為にその枝葉を貸したまえ──プラントコントロール!」
アディアールに操られた植物の蔦がアレーナに襲い掛かる大鴉を打ち据えて絡み付く。
「ふ‥‥くれてやるよ!」
右之助の胸元でキラーンと陽光を跳ね返す銀のネックレス! ちょぴっと、ルビーのかけらには印象が劣るが、本人が満足しているので問題なし!
「右の字、こっちだよ!」
同じ戦法を選んだ右之助とお互いを盾にするように巧みに移動しカウンターの一撃を狙う。この3人組に強力なライバルが現れた! 紅闇&レンティスだ!
洞窟内と同じように盾で受けようとするも、いまいち感覚が掴めずにいたレンティス。しかし疾走の術で跳躍力を格段に上げた紅闇は鎖分銅を駆使しレンティスの鉢金目掛け飛来する大鴉の羽を絡み取るのだ。
「飛ばない大鴉はただの雑魚だな」
レンティスは苦笑し、トライデントで次々に貫く! どうやら、撃墜王はこのペアになりそうだ。
「冷たき棺に忌わしき身を横たえよ──アイスコフィン!」
そんな混戦の中、ユナはアフラムの持つバックルへ飛来した上空の大鴉へ向けアイスコフィンを乱射する!
「退治が目的ではありませんもの、手っ取り早く行動不能になっていただきましょう♪」
「珍しいですね」
思わずぽろりと本音を零したアフラムは慌てて口を真一文字に結ぶ。ころころと笑いながらユナは楽しげにアフラムに応える。
「まあ、たまーには私もお仕事をしませんと♪ あ、落ちてくる鴉は適当に避けて下さいね〜♪」
お構いなしにアイスコフィンを連発するユナに苦笑し、傍らに立つことを選んだのはスィニエークだ。
「私と共にある風‥‥渦巻いて全てを吹き上げて──トルネード!」
──ゴォォッ!
吹き荒れる風が氷の棺を、そして大鴉を纏めて吹き上げる!
──ドゴォォッ!
より高く吹き上げられた巨大な氷が落下してくる、そのダメージは計り知れない。アフラムは冷や汗を拭うこともできぬまま、上空に神経を向けた。魔法で怯んだ所を狙い、至近距離から翼を切り落とす──それは確かに有益な策であっただろう。氷の棺が降らぬ空の下であったならば。
そして柊はといえば。
「よ、っと‥‥あ、あれ?」
覚束ぬ足取りでよろけ、躓き──けれどそれが全て計算し尽くされたかのように組み合い、大鴉に着実なダメージを与えていく。
「なんだ、見てられんな。戦闘とはこう行うもんだ! ほぅれ、鴉ども!!」
気合一献! 鬼切がばばーん!! と掲げたのは燦然と輝く──そう、一両!!
その一両を目掛け飛来した大鴉へ、剣が空を滑るように──空を切る!
「む、おぬしなかなかやるな!?」
大鴉が直前でアフラムの持つ銀のバックルへ目標を変えたためだ! しかし次に飛来した大鴉は確実に屠られ、背篭の中に放られた。
●最後の晩餐?
鴉たちを退治すると、緊張の糸が途切れたのだろう──どこかからすすり泣く声が聞こえた。そう、宗太郎の声である。
声が聞こえれば探すこととて難しい話ではない。
「心配したんだぞっ」
ぎゅっと抱きしめるアレーナ。ごめんなさい、と泣きじゃくりながらその胸に顔をうずめる宗太郎。
毛布を小さな肩に掛け、右之助は泣き止まぬ子の頭をわしわしと撫でた。
「無茶ばっかりするなよ。親父さんもお篠も心配してンだぜ?」
蟹のときの教訓が何も活かされていない、と、今度はどんな調教‥‥もといお仕置きをしてやろうかと楽しみにしていたユナも、流石に泣く子供に手出しはできないようだ。
レンティスの差し出した保存食を口にし、宗太郎も少しずつ落ち着きを取り戻すと──同じ目線にしゃがみこんだ右之助が尋ねた。
「‥‥でだ。お前のお宝って何?」
「海で拾った指輪だよ。兄ちゃんたちにあげようと思って‥‥」
「へえ?」
そんな会話の背に、大きな落下音が響いた!
「大丈夫ですか、紅闇さん」
「‥‥問題ない」
大鴉の羽を頭に乗せたまま、紅闇は軽く手を振った。が、体が斜めに傾いでいることには‥‥恐らく、本人は気付いていないのであろう。状況はといえば、どうやら紅闇が巣に乗り込んでいた巣へプラントコントロールでアディアールの操る蔦が舞い込み、宝と間違って掴んだ紅闇の足を巣ごと引きずり落としてしまったらしい。
「あら、良い物があるみたいですわね」
きらきら光るガラクタに混じり、リヴィールマジックのスクロールに反応する小さな輝き──拾い上げてみるとそれはユナの中指にちょうど嵌るサイズの指輪である。
「あ、お姉ちゃん。僕の宝物、見つけてくれたんだね!」
「これは‥‥」
「どうもありがとう、お姉ちゃん!」
「ふふ‥‥ユナさんの負けですね‥‥」
スィニエークの微笑みに肩を竦め、宗太郎の小さな手に指輪を握らせる。
「今度失くしたら、次は見つけた人の物ですわよ?」
「うん!」
──宗太郎に負けたのではない、スィニエークの笑顔に負けたのだ。
そう自分に言い聞かせるユナの背は、いつになく綺麗に見えた。
◆
「毒見役は遠慮しますよ」
きぱっと機先を制したのはアフラムだった。食べろと言うなら食べるが、毒を喰らうのはこりごりである。
「‥‥もう絶対変なものは食べません‥‥‥」
頑として譲らないのはスィニエークだった。
「私も、モンスターならばご遠慮させていただきますね」
にっこりと目もくらむような笑顔できっぱりと断るアディアール。
「え? 山海の珍味で宴だろう? それが楽しみで来たんだけどな」
当然食べる気満々だったアレーナはがっくりと肩を落とす。けれど、じゃあ焼き鳥と味噌汁でいいよ、とどこが譲歩か解らぬ譲歩をしている辺り、やはり宴は諦めきれぬところらしい。
「喰えないのでなければ、殺した以上は喰うべきだろう?」
当然だとしれっと告げる紅闇。こくこくと楠も頷く。
「わし、も‥‥食べられ、る、なら。美味しく‥‥くろまめも」
「いや、くろまめは食材じゃねぇからな」
びしっと突っ込むところは突っ込む右之助。周囲がボケばかりだとボケもツッコミもないようだ。
「磯巾着や鴉は俺も遠慮する。宴会の為には、海で何か獲ってくる」
御免だと天を仰ぐレンティスはそのまま海へと向かおうとし‥‥その腕をがしっと掴む鬼切。
「なぁに、俺が今まで世話になったモンに比べれば充分まともな食事だぜ?」
鬼切、見た目も男だが見た目以上に男、いや漢である。
「わぁーった、料理はする。‥‥普通の食材で!」
料理当番の鶴の一声で、全ては決定した。
普通の食材を集めに村に散った皆が持ち寄った食材を巡り、普通か普通でないかひと悶着があったのは言うまでもない。
──もちろん、大磯巾着や大鴉の料理が振舞われたことも、言うまでもないことだろう。
その結果は、ここでは伏せさせていただこうと思う。
◆
たまには、料理当番にお礼をしておこうかな──そう思ったアレーナだが、改めて礼を述べるのは気恥ずかしいものである。酒の勢いを借りようと思ったのも仕方のないことだったかもしれない。
「右の字」
「どうした、酔っ払い」
「いつも美味しい料理、どうもアリガトね♪」
──ちゅっ☆
「ば、おま、な‥‥っ!」
「ははは、可愛いな♪」
突然の襲撃に動揺する右之助が気に入ったのかキスを重ねるアレーナ。しかしやられっぱなしの右之助ではない。三度目はしっかりと抱き寄せ、深くキスを返す。
「可愛いって言われて喜ぶ男がどこにいるかってンだよ」
健康優良男児としては当然の反撃である。アレーナの瞳がとろんと細められ、着物の袷から無骨な手の進入を許す。
「止めねぇのか、アレーナ? ゲテモノにも飽きたとこだし、このまま喰うぞ?」
にやりと笑う右之助に返されたのは──穏やかな寝息。
「はぁ、寝込みを襲う趣味はねぇんだよな‥‥」
溜息と共に四肢を投げ出して空を仰ぎ。
いつの日かこの魔海村で再び包丁を振るう日が来るようにと、空を流れる星に祈った。
「ちっ、ガラじゃねぇな〜」