水戸極魔海村

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 34 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月07日〜07月16日

リプレイ公開日:2006年07月21日

●オープニング

●魔海村
 豊饒な大地、豊饒な森。
 それらに支えられたな肥沃な海。
 決して広くはない一角であったが、飢えることを知らない土地──水戸の外れに、その村はあった。

 しかし、多すぎる自然の恵みは決して人々の生活を潤すものではなく‥‥
 多すぎる恵みは時として、生物を極端に育て上げてしまうのだった。
 時として荒々しい姿を見せる大海原、そこを制する村の漁師たちですら音を上げる『恵み』は今年もまた変わらずに振り撒かれている。
 そんな環境にもめげず、人間は強く逞しく、強すぎる自然と共存の道を選んだ。
 人々はその海を魔海と称し、強すぎる自然に隔離されたその村を魔海村と呼んだ。


●終章の後〜肥沃の森〜
「手を貸してくれ!」
 野太い声を発したのは初夏の日差しで浅黒く日に焼けた海の漢である。
「どうなさったのですか?」
 どうかなさいましたか、とは訊かない。どうもしない者はギルドを訪ねたりはしないのだから。
 言葉を交わすうちに、彼が水戸の魔海村と称される村在住の吉っつぁんと呼ばれる男であることが判明する。魔海村といえばギルドへの依頼も度々行われる村で、腰の低いジャイアントの手代も聞き覚えのある地名だ。
 毎度毎度、村長の娘で魔海村の巫女でもあるお篠という女性から依頼が発されていたはずだが──今回の依頼は彼女の手から発されたものではない。となれば、彼女の身に何かあったと考えるのが必然である。
「お篠が、謎の病で倒れんだ!」
「では‥‥医者の護衛、ということでしょうか」
「そんなことなら俺ぁ一人で十分だ!!」
 ──まあ、確かにそんな風体の漢ではある。
 ではギルドに何を求めているのか──それはまた、魔海村の名に恥じぬどうにも厄介な内容である。
「村から深森を一日程歩いた所に、土壌が特に豊かな場所があるんだ。季節の花が咲き乱れて、季節の果実がたわわに実っている極楽のような場所なんだが‥‥その豊富な土壌で人参果が生えているんだ」
「まさか‥‥人参果を抜け、と?」
「その通りだ。この時期は大蜂もたまに飛ンでくるから、本気で命懸けだ」
 それが海中なら、吉っつぁんが自ら採取に赴いたに違いない。けれど、森の中は彼の領分ではなく──まあ、ざっくばらんに言ってしまえば森の中では方向音痴なのだそうな。
「人参果は幾つも生えているんですか?」
「いや、1本こっきりだ‥‥そうそう生えるモンでもねぇからな」
大蜂をあしらいつつ、人参果を抜く──命がいくつあっても足りない依頼だが、規定の報酬を提示されてはギルドとしては受けざるを得ず。

 とりあえず、手代はダメモトで依頼書を掲示してみることにした。

●今回の参加者

 ea3055 アーク・ウイング(22歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea6144 田原 右之助(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6415 紅闇 幻朧(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8737 アディアール・アド(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0084 柳 花蓮(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb1490 高田 隆司(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1513 鷲落 大光(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アデリーナ・ホワイト(ea5635)/ 天馬 巧哉(eb1821

●リプレイ本文


 何が何やら解らぬが、切羽詰っているらしいことだけは肌で感じ取れる。
「病に苦しむお篠さんのためにも一刻も早くでかけましょうっ」
 普段の穏やかな彼らしくなく鼻息荒く意気込んだアディアール・アド(ea8737)に気圧されたこともあり、一行は足早に魔海村へと踏み入れていた。
「吉っつあん、お篠は? 一体何が?」
「ああ、この村の毒気に当てられて倒れたんだ。まあ、何年かに一人くらい必ず出るんだけどもな」
 田原右之助(ea6144)は吉っつぁんを問い詰める。難しいことではなく、病に倒れただけなのだと聞き、胸を撫で下ろした。
「それで‥‥その病を治すために、人参果が必要なのですね‥‥」
 まあ治療法が解っているだけ安心です、と柳花蓮(eb0084)は頷いてみせる──その表情は何一つ変わらなかったりしたけれども。
「いつもお篠さんにはお世話になっていますし‥‥危ないとはいえ、人参果というものを取ってきて、元気になってもらわないと‥‥ですね」
 スィニエーク・ラウニアー(ea9096)も静かにやる気を漲らせている様子。
「人参果ねぁ‥‥よく分からんが食えそうもないな」
 大きな欠伸をしながら、高田隆司(eb1490)はつまらなそうに呟いた。面倒だが、世話になった手前義理人情を優先したようだ。
「人参果は引き抜き方を間違えたら一巻の終わりだから、細心の注意が必要だね。まあ、手に入れるのに失敗した時は、人参を改造して誤魔化すだけだけど」
 ぶつぶつと呟かれるアーク・ウイング(ea3055)の言葉に足を止め、スィニエークは思い出したように真っ青に血の気の引いた表情で尋ねた。それはどこかで聞いたことがある、気がする。
「‥‥‥‥あの‥‥もしかすると、人参果ってマンドラゴラ‥‥‥なんですか? ‥‥それに大蜂の毒も、とても強いって‥‥」
「おぬし、知らぬまま依頼を受けたのか?」
 鷲落大光(eb1513)が肩を竦めた。大光もアディアールも花蓮もアークも知っていて依頼を受けたのだが‥‥あまりに基本的な事柄すぎて、皆が知っていると思い込んでしまっていたのだろうか、スィニエークはそれを知らず。
「相手が魔物だろうと植物だろうと、受けた以上はしっかり働かせてもらう。安心しろ」
 紅闇幻朧(ea6415)も知らなかったらしい。しかし、その言葉で吉っつぁんは少し安心したようだ。



「修羅場はそれなりにくぐってきたつもりだったが未開の地なんてのは初めてだな」
 酒を持たずにいることが手持ち無沙汰なのか、左手に持つ十手をくるくると弄びながら対抗は道なき道を歩いていく。もちろん、鬼が出るか蛇が出るか──警戒だけは怠らない。
「もうそろそろ、だ」
 先行し周囲の偵察を行っていた紅闇が戻り、情報が伝達される。
 森の中、少し開けたその場所はアディアールの頑健な理性を粉微塵に吹き飛ばした。
「ああ、こんなしっかり根付いて‥‥よくこれだけの種が喧嘩せずに繁茂したものですね〜。ああ、この薬草は! こっちにも!」

 ──うっとり☆

 摘み摘み摘み。
「あの、アディアールさん‥‥?」
 恐る恐る声をかけるスィニエーク。
「人間、好きなものには夢中になりますからねぇ」
 アークの呟きに疲れた表情で頷いて、アークや花蓮、大光らの指示でそれらしい植物──とりあえず人参のギザギザ葉っぱに似たものを探して、アディアール同様に四つんばいになった。
 幼光がじぃぃーっとその姿を眺めている。まあ、ある意味戦闘──だったのかもしれない。
 生成りの手ぬぐいで頭を覆い一人ごろりと寝転んでいた隆司は空を見上げる。梅雨時に似合わぬ、抜けるような青い空。そして小さなシミが3点。
「あ〜‥‥面倒だな‥‥」
 溜息を吐きながら日本刀を抜き放つ隆司。その行動で、彼の視界遠くに姿を見せた大蜂に皆が気付いた!
 手筈どおり、即座にホーリーフィールドを唱える花蓮だが‥‥
「早い!?」
 アークが牽制のライトニングサンダーボルトを唱えるのがやっとである。武器を抜き、戦闘を補助する魔法を詠唱している、その瞬くような間に飛来した3匹の大蜂。ホーリーフィールドは、一匹目の蜂の一撃であっけなく破壊された。

 ──緊張の糸が、蜘蛛の巣のように張り巡らされる。

「‥‥相変わらずここのはでけぇな」
 一滴の冷や汗が頬を伝い、太刀を大振りにし勢いを殺さぬよう攻撃をしつつ、右之介は呻く。しかも大蜂は人間に比べれば格段に素早いシフールですらも比較にならぬ速度で飛来し、通りすがりざまに攻撃を仕掛ける始末。
「果物もでかいんかね‥‥」
「それでしたら、人参果も大きいかもしれませんねっ」
 他愛も無いことを語り合いながら面倒は避けたいと虫の嫌う草を焚いてみるアディアールと隆司だが、所詮は『嫌う』程度。臭いの中に敵がいると知り、虫の知能でどう出るかは虫次第。生存本能の強い種であれば避けたかもしれぬが、好戦的な大蜂が避ける道理がなく、一瞬怯んだ程度で変わりなく攻撃を仕掛けてきた。
「背中を狙われます‥‥。死角は作らないように、組んで応戦してください‥‥」
 ライトニングサンダーボルトのスクロールを手放さぬまま花蓮が注意する。花蓮と寄り添っているスィニエーク、この二人はあまり動かぬためか大蜂の餌食にならず済んでいるようだ。しかし素早い蜂に手を拱(こまね)いているのは事実。スクロールを読み解いている間に効果範囲を通過してしまうのだから発動に時間のかかるスクロール使いの二人とは相性が悪い。そして周囲の植生や仲間に被害を及ぼす恐れのある範囲魔法は避けたい二人の優しい心根もまた、選択肢を少々狭めてしまったようだ。
 お陰で花蓮はスクロール、スィニエークは精霊魔法のライトニングサンダーボルトを味方を巻き込まぬよう注意しながら撃つことしか出来ぬようだ。
「拙者たちの目的は大蜂退治ではない、無理はするな!」
 針を器用に十手で受けた大光の言葉が仲間たちに冷水を浴びせた!
 そう、退治することが必須ではない──人参果退治の邪魔にさえならねば良いのだ。

 ──ケシャアアア!!

 不満を漏らすように、幼光が咆哮を上げる!!
「む、いかん!」
 静止の声を上げる間もなく、皆より黒っぽい外見でとても大きな幼光へ大蜂は攻撃目標を転じた!!
「幼光!」
 繰り広げられる空中戦! 手の届かない場所での戦いでは、浪人たちも手が出せない。
「皆、手を貸してください!」
 アディアールの声が発動の鍵になる──プラントコントロールで操られた植物が大蜂の動きを阻害する。そこへ一条の光ならぬ三条のライトニングサンダーボルトが大蜂を激しく貫く!!
「期待はしてくれるなよ?」
 紅闇が小柄を投じると、降りた方が有利と悟ったのか幼光が低空飛行に転じ、浪人たちは武器を構えなおす。
「働き蜂なのかねぇ‥‥ご苦労なことで」
 隆司のカウンターが一匹を切り裂いた!!
「容赦せんぞ!」
「相手が悪かったな」
 大光が大蜂を針ごと止め、背後から忍び寄った紅闇の滑るように掠められた一閃が羽の付け根を切り裂いた!
「害成す者を排す壁──‥」
 詠唱を待たず紡がれた光の鎖が球を成し、右之介へ飛来した一匹はたたらを踏む。それを見越して準備していたスィニエークのシャドウバインディングが大蜂を捕らえる!
「食材には向かねぇな!」
 両の手に構えられた太刀「来派国行」と十手「兜割り」がざっくりと大蜂を切り裂いた。
 ごろり転がる屍体が3つ。

 巨大とはいえ虫は虫──そう言い切るには被害は大きかったかもしれない。



 頭上を飛ぶ蜂を払えば、あとはじっくり腰を据えるのみ。相変わらず大蜂を警戒しつつの探索ではあったものの、幸い以降の襲撃はなく。存分に与えられた時間は一株の人参果を確実に探り当てさせた。
「耳栓、用意してきました‥‥。役に立つかわかりませんが、何もしないよりは良いはずです‥‥」
 花蓮の用意した綿を水に浸し耳に詰める。たっぷり100メートルは離れ、アディアールとスィニエークがプラントコントロールを使用する。操られた蔦が人参果の葉にしっかりと絡みつく。
「風の精霊に一時の休息を、彼の者に闇の如き静寂を──‥‥」
 アークのサイレンスが無音の元に人参果を封じる。打てる手は全て打つ、それが安全を得る為の近道であり手段であるとアークは識っていた。ともあれ、準備は整った。
「1、2、3で抜きますよ」
「あの‥‥一応、耳は塞いでくださいね?」
 幼光が遠くまで退避させられたのを確認し、はっきりと口を動かして注意する。スィニエークの頬が赤らんでいるのははっきり話すという不慣れな行為に拠る物だと明言しておこう。

「「1」」
 ごくり、と生唾を飲み込む音が脳に響く。誰のものでもない、自分の立てた音だ。

「「2」」
 両手でしっかりと耳を塞ぐ。体内に響く鼓動が不安を煽るが、信じるしかなかった。

「「3!」」
 遠くで、小さな人参果が引き抜かれた!!
 反動で宙に弧を描く人参果が、地面に転がった。

「──生きてますね」
 たっぷり十は数えただろう頃、アークが耳から手を外した。手は動く。物も見える。人肌に温まった耳栓を抜けば、風の音が耳を擽る。
「何とかなったみたいですね」
 アークの行動を見て、皆の硬直が解けた。
「結局、サイレンスは効いたんでしょうか‥‥」
 花蓮の疑問に、紅闇は小さく笑った。
「知らない方が幸せということもある」
 その問いに答えを得るためには、命をひとつ賭けねばならないのだから。
「‥‥それもそうですね」
 納得したのかしなかったのかは変わらぬ表情から読み解くことはできなかったが、花蓮はこくりとひとつ頷いた。

 しかし、その疑問は冒険者たちのその後の行いから鑑みれば、まともなものだった──

「最近の趣味はモンスターの研究だからね」
 アークの言葉にスィニエークの頬が引きつる。
「ああ、でもこれはちょっと運べないかな‥‥僕にはちょっと重過ぎるみたいだね」
 大蜂の死骸を押したり引いたり。無理だと悟ると水鳥の扇子で突いたり剥がしたり‥‥アークは大忙し。
「ちょっと貸してくれるかな」
 返事も待たずに借り出した大光の霞小太刀で刺したり切ったり。
「二股の人参というのは稀に見ますが‥‥ああ、この全てを呪わんばかりの小さな表情もいいですねぇ」
 うっとりと眺め、空に翳(かざ)し、匂いを嗅ぎ、形を書き留め‥‥アディアールも大忙し。
「蜂の子の栄養価は侮れぬのだ」
 そう言い残して大蜂の巣を探しに行った紅闇に、引きずられて行った右之助も命懸けの大忙し。
「果物も豊富で‥‥でも、いけない。無理は禁物‥‥」
 果物を物色し自分の体力と相談しながら摘み取る花蓮も大忙し。
「‥‥ねむ」
 仕事が済み、皆がめいめい自分の世界に入ったと見るや否や酒を煽ってうとうとし始めた隆司は忙し‥‥いと本人は言うだろう。
「なんだか、壁を感じますね‥‥」
 スィニエークは仲間たちの熱意にドン引‥‥ちょっぴり引きながら同意を求めたが、話を振られた大光は首を傾げる。
「そうか?」
 その彼も──‥‥
「‥‥どれだけ与えれば解毒できるのかさっぱり解らん。そもそも、毒が回っているのか?」
 大蜂の針を受けたペットの幼光の口に解毒剤を突っ込みながらしきりに首を傾げ、忙しそうである。
 この地には、きっと人を狂わせる魔力があるに違いない‥‥とスィニエークは斜めに傾ぎながらそう思った。
 そうでも思わなければやっていられない。

 ──所詮冒険者など変わり者の集団だ、など‥‥冒険者の身で認めたくないから。



「蜂の子は栄養価高いけど! 病床のお篠にも良いかもしれねぇけど! だから無理だって言ったじゃねぇかよ、敵のど真ん中だって!」
 鍋をふるいながら紅闇を貶す右之介。一箇所刺されただけで、幸運にも毒も食らわなかったため、右之介にはこんな元気が残っていたのだろう。対する紅闇はといえば‥‥言葉も無くアディアールの玩具となり果てている。右之介に比べ黒の多い服装だったことが災いしたようだ。
「ああ、実に素晴らしいですね、人参果の効果は! みるみる腫れが引いていきますよ」
「‥‥‥‥」
「良かったですね、少しとはいえ残っていて」
「‥‥‥‥」
「今度はこちらの調合で試してみましょうねっ」
 言葉を発する気力も失せた紅闇へ、頬を赤らめほくほくと手当てをするアディアール。ごりごりと人参果をすりつぶした薬研を洗い流すのも勿体無いと酒ですすぎ、その酒を瓶に詰めて‥‥一歩間違えば貧乏性である。
「あの、お篠さんの容態‥‥何とか、落ち着いてきたみたいです‥‥」
 大事を取って横になっているがスィニエークの目にはいつものお篠のままのように映った。幾分やつれてはいるものの、充分な栄養と休息があれば数日で回復するだろう。
「‥‥随分濃そうな料理だね」
 アークがボソリと呟いたのも無理はない──右之介の料理は見た目からして味が濃そうだったから。その言葉が彼の料理を何度か口にしているスィニエークは信じられず右之介を振り返ると、彼はひょいと肩を竦めた。
「そこの飲兵衛たちが酒の肴を作れってな」
「失敬な。拙者がいつおぬしにそんなことを言った」
 数々の果物は隆司の予想に反して他の生物のように巨大ではなかったが、他の生物のように茫洋とした味でもなくとても甘く濃厚で美味だった──本当に甘かった。故に隆司も大光も、酒の肴にゃ向かないなとぼやいただけ──である。それを耳にした料理人が肴を作らなければならない気分になったのは副次効果にすぎない。
 ──海の幸が豊富だったのは不幸中の幸いだろうか。
「出来たぜ、待たせたな♪」
 料理も並び、肴も並び、花蓮や女性陣の前にはキンキンに冷やされた果物が盛り付けられ、どぶろくの栓も抜かれて──村人を交え恒例の大宴会も始まった☆
「すまんな、度々面倒を掛けて」
 酒の席で頭を下げた村長の髪がはらりはらりと風に舞う。村人たちの大爆笑はタイミングの良い笑いにすぎない、村長の中では。
「いいって、村長。そう気にすんじゃねえよ」
 目に滲む鼻水をぐいっと拭い、ぽん、と肩に手を乗せた──その振動で、また、はらり。
 無くなりそうで無くならない髪は隆司の視線も釘付けだ。
 けれど、花蓮にとっては村長の頭頂部より面白いものがあった。それは‥‥魔海村と呼ばれるこの村の様子。
「いい処です‥‥」
 時期には少々早いだろうか、一口大にした梨を頬張りながら‥‥興味深いこの地と、この地に住む人々を飽きもせず眺めていた。

 豊かすぎる土壌という祝福と呪いを受けた魔海村で
 自然と勝ち負けを競うことなく共存の道を選び
 それでも強く逞しく、そして明るく笑いを忘れずに生きている人々──

「右之介兄ちゃん。これ、持っててよ。僕の宝物なんだ」
 歩み寄った宗太郎から手渡された指輪を指に嵌め、少年の頭をぐりぐり撫でにかっと笑った。
「またいつか呼んでくれ。これの礼に、また旨いもん作ってやるよ」