【松之屋の台所】雛ちゃんと水戸納豆
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:07月14日〜07月20日
リプレイ公開日:2006年07月25日
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●オープニング
●水戸納豆はネバネーバー
「納豆、美味しいの〜」
満面の笑みで何やら糸を撒き散らしながら豆‥‥? を食べているのは一人の少女。えもいわれぬ臭気を漂わせているが、本人は至って上機嫌。
「それは‥‥何だ? 腐ってるんじゃないのか?」
通りかかった男が眉を顰め、自分の鼻をぎゅむりと摘む。それでも臭いを感じるのか、反対の手をぶんぶんと振り回し、懸命に空気を少女の方に追いやろうとし‥‥周囲の冒険者たちから煙たがられている。
けれど、全ての冒険者が嫌悪感を示すわけではないようだ。特にジャパン人の冒険者は全く気にも留めていない者も多い──どう贔屓目に見ても白米に乗っているのは腐った豆に違いないのだが。
そして、白米の隣で小皿にちょこんと乗っている赤くてシワだらけのものはといえば──
「それは知ってるぜ、ウメボシだなっ」
びしぃっ! と指を突きつける男──ラクス・キャンリーゼににっこりと頷く少女──雛菊(ez1066)。
「そんなもんは食い物じゃねぇ! 臭ぇ! 臭すぎる!!」
「ぇぇ〜? 納豆も梅干も、美味しいのよぅ?」
それは物心つく前から食べているからではないのか‥‥と小声で突っ込んだのは、雛菊が水戸の生まれと知っている誰かだろう。水戸納豆も梅も、水戸の特産といえる物である。
「お前の味覚は狂ってる!!」
「そんなことないもん〜っ! 納豆、美味しいも‥‥」
──うるるっ。
ばかでっかい瞳が潤んで、男が怯んだ。
「そ、そんな目で誤魔化されないぜ!! 人間の食うモンじゃねえ!!」
「‥‥ひっく‥‥ぅぇ‥‥うえええん!!! そんなことないもんー!!!!」
引かずに勢いで押し返した男の返答に、雛菊は威勢よく泣き始めた。途端に、一部から殺気を孕んだ視線が男を貫く!
──泣かすなんてっ!!
──納豆も梅干も美味いのに!
しかし、男の肩を持つ者たちも少なくなく‥‥庇うようにざざっと男を庇うように立ち塞がる!!
──泣けばいいってもんじゃねぇ!
──あんなゲテモノ、食べる人の気が知れませんわっ
「はいはい、喧嘩は江戸の華だけどうちでは御法度よ〜!」
一触即発の空気の中、看板娘の小梅が割って入った。
「どうしてもっていうなら、料理で勝負してちょうだい。厨房の隅くらいなら貸せるように掛け合ってくるから」
「よし、それなら勝負は明日の昼!! ここ松之屋で、だ!!」
「雛、負けないも!!」
──こうして、納豆料理&梅料理を作る雛菊組、試食するラクス組の不毛なる熱戦の火蓋が切っておとされた!!
手頃な料理ができたらメニューに加えようかな、なんていう小梅のちゃっかりした考えを知るものは、この場には、いない。
●リプレイ本文
●松之屋の暑い一日
「うわぁぁぁぁぁん!!」
場違いな子供の泣き声が響く。雛菊(ez1066)の
「はわわわわわ、とりあえず雛ちゃん泣きやんでー」
「納豆さんと梅干さんの仇を取るために、皆で集まりましたのよ」
野村小鳥(ea0547)に優しく抱きとめられた小さな雛菊の頭を、セフィナ・プランティエ(ea8539)の暖かい手が撫でる。
「あの男の方達にも美味しいって言って貰えれば嬉しいですよね? だから雛菊さん、元気を出して一緒にお料理頑張りましょう〜」
ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)がシフールサイズの小さなハンカチーフを差し出す。寄って集って甘やかし放題である。
「異国の文化が自分に合わないからって否定するのは、野蛮人のする事よ。野蛮人の言う事なんて一々真に受けたりしたら疲れるだけだからね」
もちろん、この女性が黙っているはずがない。キッと泣かせた男、ラクス・キャンリーゼを睨みつける宮崎桜花(eb1052)は、しかし彼や彼と行動を共にした者たちへ田舎のジャパン人がした仕打ちを知らない。
「‥‥人には食べられない物があるのは分かるわ。それは当然の事だし、攻めないけど‥‥‥泣かすな」
猛烈な威圧の眼差しでラクスを睨むのは青龍華(ea3665)である。
「まぁ、それはそれとして、食べた人が江戸城壊しかねないぐらい美味しい料理作りましょー」
どうやって江戸城を壊すのかは謎だが、
「大人になっても食べられない物っていうのは確かにありますけど、調理だけでどうにかするのも難しそうですねぇ。要は、勝負に勝てば良いのでしょうが」
自身、好きでも嫌いでもないが好き好んで食べるわけではない‥‥まあ苦手な部類に納豆も梅干もカウントしているサーガイン・サウンドブレード(ea3811)は、試練の大きさにひとつ息を吐いた。
「ラクスだかラスクだか知らないが雛菊を泣かせるとは‥‥お前のような奴は冷や飯で充分だな‥‥」
昨今の行動原理がもっぱら私情と化している王娘(ea8989)は、真夏の熱気も湿気も纏めて吹っ飛ばす、装着したふりふりエプロンには似合わぬ凍りつくような殺気を放ちながら厨房へと踏み込んだ。それぞれエプロンを、持っていない者は松之屋から借りた割烹着を装着し、続々と厨房へ雪崩れ込む。
「‥‥それで、何をどうすればいいんだ」
「にゃんにゃん、殺気放ちながらボケないでっ」
怪我人のため今回は大事を取って安静に、でも好奇心が押さえられぬローサ・アルヴィートが皆紅扇で暑さを凌ぎながら‥‥へたれこんだ。
●松之屋の熱い厨房
「1煎目は旨味だけを引き出す様に‥‥」
鷹野翼からお茶の淹れ方指南を受けるフィニィ・フォルテン(ea9114)の隣ではセフィナと娘が龍華と小鳥に教わりながら四人並んで慣れぬ納豆に悪戦苦闘。糸引く納豆を木杓子で何とか纏め苦労しながら、ミケイト・ニシーネとゴールド・ストームが掻き集めてくれた油で揚げる。きつね色に揚がった納豆を菜箸で器用に拾い、大皿に持って塩を振ると、娘は何だか微妙に温度差のあるテーブルへと運んだ。
「皆の料理ができるまでこれでもつまんでいろ‥‥シンプルだがうまいはずだ」
揚げた納豆に塩を振っただけの超簡単料理が、第一陣として供された。
「揚げものはまだまだあるけど‥‥熱いし、危ないから、とりあえず火から降ろしておくわね」
可愛い子たちに火傷なんてさせられないしっ!
「ありがとうございます、龍華さん。‥‥それで、次はわたくしたち、何をすればよろしいでしょうか」
にっこり微笑むセフィナにずぎゅんと射抜かれる龍華。その腰にまふっと抱きついたのは膨れっ面の雛菊だ。
「雛もお手伝いしたいのー」
「ええと、ちょっと待ってね」
このタイミングで別々の作業をさせたら拗ねる。確実に拗ねる──そうは思ったが包丁を使わせるのも不安で、火にも近寄らせたくなくて、電光拳士は頭を悩ませる。
そこへ救いの手が伸べられる──梅生姜茶を作っていたミルフィーナだ。ほぐした梅干・おろし生姜・蜂蜜を器に入れ、熱いお茶を注ぎ軽く混ぜ飲む直前にアラレを散らせば、梅生姜茶の出来上がり♪ この程度ならシフールのミルフィーナでも難なく調理可能なのである☆ アラレと別に用意していた煎餅をよいしょっと雛菊へ手渡した。
「雛ちゃん、このお煎餅を砕いて貰えますか〜?」
「うわぁい。雛、お煎餅だぁいすき♪ セフィナお姉ちゃん、一緒にぱりぱりする〜?」
「そうですわね、ぜひご一緒に」
セフィナと雛菊はミルフィーナのお手伝いを開始☆ 入り損ねた娘は、けれど暇になるわけではない。
「娘ちゃん、炒飯手伝ってくださいー」
小鳥の指示が待っている。華国風の味付けをするのであれば、やはり華国人の手で行うのが一番だろう。
中華鍋は手に入らないので底の浅い鍋を使い、ちょっと値は張るがごま油を入れて熱し、ネギと大根の葉を炒め、しんなりしてきたら納豆を加えて炒め合わせる。その後、ごはんを加えほぐしながら炒め合わせ、納豆が焦げ付いてねっとりしている部分も刮げ落とすようにして炒める。
「はやっ!? 娘ちゃん危ないですよっ!?」
「この鍋が炒飯に向いていないのが悪い!」
「でも、怪我とかしてからじゃ遅いですからー。えっとー‥‥」
背後から抱きかかえるようにして、手取り足取り教える小鳥。頬に触れる髪が、肌に掛かる吐息が、何だかくすぐったい。
小鳥は小柄だが、娘も負けずに小柄なので特に問題はない。幼児体型で何だか寂しい胸も、こんなときだけは邪魔にならなくて便利である。
しかし──言うのは簡単であるが、華国で使い慣れた鍋ではない、異国の鍋。そして竈(かまど)も、炒め物にあまり適しているとはいえない。最大限努力をしたがパラリと解れる炒飯にはならず、小鳥と娘はちょっとがっかり。
でも、ゴマと刻んだ大葉を乗せて完成☆
「暖かいうちに運んできますね♪」
さて、その頃桜花はといえば‥‥
「桜花さんは納豆をそのまま使われるんですか?」
「そのままといえばそのままですね。良くかき混ぜれば納豆の糸はなくなるんですよ」
フィニィの言葉に笑顔を返し、額に誠の一文字を煌めかせながら桜花はぐるぐると納豆をかき混ぜる。桜花の髪と同じ色だから、と雛菊に渡された夜闇の指輪は、料理中なので鞄の中だ。
「良くかき混ぜれば納豆の糸は‥‥なくなる、ん、ですよ」
ぐるぐると納豆をかき混ぜる。
「なくなる、ん、ですよ」
宙を舞う糸。
「‥‥桜花さん、手伝いますよ」
「ありがとうございます‥‥」
サーガインにバトンタッチ。
(これだけの労力も厭わない──やはり雛菊さんは人を惹き付ける力を持って居ます。これを利用できれば‥‥。そのためにも今は取り入っておかなければ‥‥)
「あの、サーガインさん?」
サーガインさん、黒いです黒いです。顔が悪い人になってます! それ以前に納豆が器から毀れてますっ。
「いえ、なんでもありませんよ。‥‥なかなか力が要るんですね、納豆というのは」
「手間を掛けただけ美味しくなると思えばいいんですよ」
「そういうものですか」
「そういうものです♪」
その間に桜花はうどんの準備をする。蕎麦打ちは素人では無理だと諦め松之屋で手配してもらうこととし、まだしも可能だと思われるうどんの手打ちにチャレンジだ。
そしてしばしの後。
「できました! 納豆ぶっかけうどんと梅おろし蕎麦です!!」
「‥‥‥。桜花ちゃん、可愛い」
目頭を押さえながら、ぎゅむっと龍華が桜花を抱きしめた。
ほぼ同時に、セフィナの納豆たっぷり豆腐揚げ、ミルフィーナの納豆ステーキ風油揚げも完成♪
納豆たっぷり豆腐揚げは、すり鉢で豆腐と桜海老を良くすり合わせた生地に刻んだ葉山葵と納豆とを交ぜ、一口大の大きさで油で揚げたものだ。香ばしく、ピリ辛風味。──葉山葵が手に入らなかったため、山葵で味をつけた刻み青菜で代用している。
納豆ステーキ風油揚げは、水分を飛ばした豆腐を揚げて作った油揚げを湯通しし、葱と良く混ぜ合わせた納豆を中に忍ばせた後に口を楊枝で留め、表面全体に塗った醤油にこんがりと焼き色がつくまで網に乗せて焼いたもの。
揚げものは危ないので総じて龍華が担当している。
欧州風に仕立てられた油揚げには、セフィナの梅入りコンソメスープが添えられている。
梅干の果肉を手頃な大きさにしたものと、掻き卵、刻み葱を具にした鶏のコンソメスープだ。さっぱりした風味で、見た目もさっぱり。具は皆で用意したがコンソメスープは手が掛かるので前日から通してミルフィーナと小鳥が担当している。
御飯が炊ければ、小鳥の梅干とシソのご飯があっという間に完成。こちらは炊きたての御飯を大皿に盛り、適当な大きさに千切った梅肉とジャコと短冊状に切った青じそを掛け、かき混ぜたものだ。振りかけられたゴマが香ばしさを添える。
「結構簡単なものですけど、さっぱりしてて美味しいのですよ〜」
「小鳥さんは御飯物が二品なんですね」
「はわわ、そこは突っ込んじゃ駄目なんですぅ〜」
頬を染め恥ずかしそうに俯きながら上目遣いにサーガインを睨みつける。
慌ててサーガインが謝罪するより先に、娘がぼそっと呟いた。
「御飯物ばかりになってしまったな‥‥」
その手にはさらりと食べられるようにと頑張って作った梅雑炊が。指先についた小さな傷は梅を刻む際に切ってしまったもののようだ。リカバーを唱えようとするセフィナを目で制する。
「でも、どれも美味しそうですよ? 折角作ったんですし、全部運んでしまいませんか?」
そうしたら一休みしましょう、とフィニィは微笑む。その傍らには、皆の為にと昨日一日特訓し続けたお茶と梅おにぎりが並んでいて──
「せっかくこんな綺麗に作られたんですし、フィニィさんのおにぎりとお茶も一緒に食べてもらったらどうでしょう?」
ね♪
今泣いた鴉がもう笑った。フィニィの手をきゅっと握り、人懐こい笑顔を浮かべた小鳥。そして、善は急げとばかりに山のような料理を運び出して、梅と納豆の料理人たちは一息つくことにしたのだった。
●松之屋の篤い人情
そして残るは数品。けれど、その数品がなかなかの曲者揃いだった。
「全部手込んでるから、手空いたら手伝ってください‥‥」
深々と頭を下げる龍華。彼女は彼女で前日から準備をしていたのだが、それでもまだまだ手が足りないのだ。
「水臭いですよ、龍華さん。皆で協力し合うって決めたじゃないですか」
「桜花さんの言うとおりです。私たちに出来ることであれば何でも手伝いますよ」
「はぁい、雛もお手伝いするなのー♪」
「雛ちゃんはいい子ね」
頬をすりすりぷにぷにと摺り寄せて褒める桜花。そして、まず納豆料理の説明を受けるのだが──これが大物だった。
納豆を細かく包丁で叩いたのちにすり鉢で更に丹念に粒が無くなるまですったペーストに、刻み葱と細かく砕いて揚げた納豆を入れる。そして搗きたての餅で包み、小麦粉とゴマを塗して揚げる。大根おろしと細かく刻んで炒めた納豆を混ぜた物を乗せ、だし汁をかけて完成☆ ──となる予定だが。
「お餅はサーガインさんにお願いするわね」
「えっと‥‥つく方で宜しいのでしょうか? ‥‥‥つかれる方ではないですよね?」
「お望みなら、それでもいいわよ?」
「いえ、決してそんなことはっ」
ぶるぶるぶると首を振るサーガイン。
納豆を刻んで炒めるのは料理への経験値が高い小鳥、納豆をするのは一人では無理だろうと娘&セフィナがそれぞれ割り振られる。
次に説明された梅料理は甘味なのだが、こちらもまた大物だ。
龍華が前日から下ごしらえしていたものは、この甘味である。一晩掛けて充分に塩抜きした梅干を細かく包丁で叩き、白餡に混ぜ込んで梅餡を作る。用意した葛に、同じ処理をし叩いた梅干と少量の水あめを加え混ぜる。お猪口に梅葛と丸く整えた梅餡を入れ、冷水で冷やし固めると──夏にぴったりの和菓子、紅梅の完成なのだが。
「雛ちゃんは、梅餡を丸めてくれるかしら?」
「頑張ったら、龍華お姉ちゃん、ぎゅってしてくれるー?」
「もちろんよ!」
頑張らなくてもしてくれそうである。雛の保護者は梅葛の担当を兼ねてミルフィーナだ。人間サイズの道具は苦手な彼女であるが、お猪口と匙であれば問題はない。
「数があるから、桜花ちゃんとフィニィちゃんにもお願いするわね」
「ふふ、雛菊さん、頑張りましょうね」
ミルフィーナの納豆おかきを焼きながら、フィニィと桜花は雛菊の頭を撫でた。
「ラクスさんをぎゃふんと言わせるために、もうひと踏ん張りよ! よろしくね、皆っ!」
「「「おー!!」」」
●そして、月道
かちゃかちゃと食器を片付ける音がする。
「えっとね〜、ぴよちゃんの名前はぴよちゃんだと思うの」
龍華お手製の黒やぎ人形を抱きながら、話し相手をしてくれていたフィニィを見上げる雛菊。その視界に写り込んだ空の色は昼間の青ではなく──気付けば日が傾きかけていた。
「あっ、雛、もう行かなくちゃなの!」
「行く? ‥‥どこへ行くというのだ?」
咄嗟に尋ねた娘に返された言葉は、予想だにしなかった遠方の地。
「雛ね、またパリに行くなのー。月道閉まらないうちに行かなくっちゃ!」
月道が開くのは満月の晩のみ──忘れてしまっては一大事である。
会いたくても会えない場所へ離れなければならないのかと、雛菊の友人たちは困惑の色を浮かべる。
けれど。
「私も行きます。大地を離れた華が枯れないように」
誰よりも先に決意したのは、華の名を持つ朋友。
そして桜花の言葉を皮切りに、皆が、遠い異国の地を踏むことを決意した。
(「‥‥月道を越えることすら決意させるとは。予想以上の逸材ですね‥‥」)
サーガインは内心ほくそ笑みながら、財布のチェックをするのだった。