【松之屋の台所】ジャパン探訪記〜外伝?〜
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月14日〜07月17日
リプレイ公開日:2006年07月26日
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●オープニング
●水戸納豆はネバネーバー
「納豆、美味しいの〜」
満面の笑みで何やら糸を撒き散らしながら豆‥‥? を食べているのは一人の少女。えもいわれぬ臭気を漂わせているが、本人は至って上機嫌。
「それは‥‥何だ? 腐ってるんじゃないのか?」
通りかかった男が眉を顰め、自分の鼻をぎゅむりと摘む。それでも臭いを感じるのか、反対の手をぶんぶんと振り回し、懸命に空気を少女の方に追いやろうとし‥‥周囲の冒険者たちから煙たがられている。
けれど、全ての冒険者が嫌悪感を示すわけではないようだ。特にジャパン人の冒険者は全く気にも留めていない者も多い──どう贔屓目に見ても白米に乗っているのは腐った豆に違いないのだが。
そして、白米の隣で小皿にちょこんと乗っている赤くてシワだらけのものはといえば──
「それは知ってるぜ、ウメボシだなっ」
びしぃっ! と指を突きつける男──ラクス・キャンリーゼににっこりと頷く少女──雛菊(ez1066)。
「そんなもんは食い物じゃねぇ! 臭ぇ! 臭すぎる!!」
「ぇぇ〜? 納豆も梅干も、美味しいのよぅ?」
それは物心つく前から食べているからではないのか‥‥と小声で突っ込んだのは、少女が水戸の生まれと知っている誰かだろう。水戸納豆も梅も、水戸の特産といえる物である。
「お前の味覚は狂ってる!!」
「そんなことないもん〜っ! 納豆、美味しいも‥‥」
──うるるっ。
ばかでっかい瞳が潤んで、ラクスが怯んだ。
「そ、そんな目で誤魔化されないぜ!! 人間の食うモンじゃねえ!!」
「‥‥ひっく‥‥ぅぇ‥‥うえええん!!! そんなことないもんー!!!!」
引かずに勢いで押し返したラクスの返答に、少女は威勢よく泣き始めた。途端に、一部から殺気を孕んだ視線がラクスを貫く!
──泣かすなんてっ!!
──納豆も梅干も美味いのに!
しかし、ラクスの肩を持つ者たちも少なくなく‥‥ざざっとラクスを庇うように立ち塞がる!!
──泣けばいいってもんじゃねぇ!
──あんなゲテモノ、食べる人の気が知れませんわっ
「はいはい、喧嘩は江戸の華だけどうちでは御法度よ〜!」
一触即発の空気の中、看板娘の小梅が割って入った。
「どうしてもっていうなら、料理で勝負してちょうだい。厨房の隅くらいなら貸せるように掛け合ってくるから」
「よし、それなら勝負は明日の昼!! ここ松之屋で、だ!!」
「雛、負けないも!!」
──こうして、納豆料理&梅料理を作る雛菊組、試食するラクス組の不毛なる熱戦の火蓋が切っておとされた!!
手頃な料理ができたらメニューに加えようかな、なんていう小梅のちゃっかりした考えを知るものは、この場には、いない。
●リプレイ本文
●芳しき松之屋
「水戸の納豆と梅がまずいはずなんてないんですっ!」
どんな理由を抱えているのか何を知ってしまったのかはさておいて、ネム・シルファ(eb4902)は力いっぱい主張する。
「なら大丈夫よ。ちゃんと美味しい料理が出てきたら、ラクスさんなら謝れるでしょうからそこの所はあんまり心配してないのよね」
そこの所は、と強調して口にされたラクスの操り手フィーナ・アクトラス(ea9909)の言葉に、ユキ・ヤツシロ(ea9342)は複雑な表情を浮かべる。小さな友人雛菊と共に厨房に入っていった友人たちの料理の腕は知っている。美味しいと主張する雛菊のことも信じている。けれど‥‥
「たまらんね‥‥」
マッド・ドクターの異名を取るトマス・ウェスト(ea8714)はいつもの笑い声を聞かせる余裕も無いのか渋面を浮かべ、雲間の透扇で空気を流す。厨房からほんのりと、けれど絶対の存在感を知らしめながら流れてくる納豆の香り、せめて心安らかにいられるようにと茨の冠を被ってみたものの、物には限度というものがある。傍らでは雛菊と共に騒動の元凶となったラクス・キャンリーゼが既に半死人状態。白装の経帷子を着てきたのは食べる前から斃れる仲間のためではないのだが。
「そういえば、試食係は全員異国人なんだね〜」
確かに、ジャパン人は同席していないようだ。勝利と栄光のシンボル月桂冠をかぶり、勇壮さを醸し出すホークウィングを纏い、神社でお祓いを受けた力たすきを締め──
「雛菊ちゃん、可愛いなぁ」
ふふふ、と笑う聖母の白薔薇アレーナ・オレアリス(eb3532)も、料理相手に完全武装。納豆とはいったいどんな巨大な敵なのか──くらり、と眩暈で揺らいだリーラル・ラーン(ea9412)の体は次の瞬間、どったーん! と床に投げ出されていた。
「あぅぅ‥‥痛いです」
「私は半分ジャパン人なんですよ。父様がジャパン人で‥‥」
「ああ、キミはそれ以外にも半分みたいだね〜」
口を挟んだユキはちくっと刺す言葉に押し黙る。
そんな空気を察したわけではないだろうが、厨房から最初の一品が届いた。塩を振られたきつね色の塊──もちろん、冒険者が時折り連れているペットではない。あんな綺麗な球体ではなく、もっと、こう‥‥ぶつぶつというか、つぶつぶというか。
「皆の料理ができるまでこれでもつまんでいろ‥‥シンプルだがうまいはずだ」
ぶっきらぼうに差し出されたのは素揚げされた納豆。引いた糸までくっきりはっきりそのままに。それを美味しそうに口に運ぶネムは納豆にラクスとは違う立場で一家言あるだけのことはあって、全く問題はなさそうだ。
しかし──
「先は長そうね‥‥」
拒絶反応を示すラクスとドクターに苦笑し、フィーナはひとつ頬張った。
「あら、なかなかいけるわよ♪」
「フィーナに嫌いな食べ物があるなら教えてく──」
──クワァァン!
一直線に飛来した銀のトレイがラクスを半強制的に黙らせた。
──カランカランカラカラカラ‥‥
丸く赤く染まった頬には、鏡文字で黒くしっかり『フライングツッコミ君1号』と残っていた。
‥‥どうやら乾いていなかったようだ。
●麗しき松之屋
次に運ばれたのはご飯物の料理である。
「せっかくなので中華料理とあわせてみましたー。初めてつくったので味のほうは‥‥どうなんでしょうー?」
「華国料理ってあまり食べたことないけど、可愛い子が作っただけあって美味しいね」
ナイフとフォークで優雅に口に運ぶアレーナ、評価が微妙に味と違う気がするのはきっとリーラルの気のせいだ。
「大葉にゴマに、納豆の香りがいいですね」
「納豆が生きてるよね♪」
ユキとネムがにこりと笑う。が、芳しい香りも苦手な人間にとってみれば悪臭以外のなにものでもなく。
「この香り、人が食べるものではない〜! ‥‥というわけで、ユキ君、我が輩のも食べたまえ〜、まあまあ、遠慮などせずに〜」
こっそり高速詠唱でピュアリファイをかけてみるものの、穢れているわけではないので変化はなく──梅生姜茶だけを手元に残し、ずずいっとハーフエルフの少女へ向けて押し出すドクター。一緒になって差し出そうとするラクスの手にリーラルが触れる。
「これで誤魔化せないでしょうか?」
ドライシードル[ザ・シングル]やハーブワインといった異国の酒を提供するリーラル。
「うーん。シードルやワインとだと、ちょっと喧嘩しちゃうかもしれないよ」
「ええと、そうではなくてー。酔ったら食べられないかな、って思ったんです〜」
しかし、その目論見は脆くも崩れ去った。
「ちょうど喉が渇いてたのよね」
にょろん、と文字通り伸びた手がひょいっと掠め取った──フィーナである。
「フィーナ殿、それは」
「なにか?」
アレーナは変わらぬ笑顔でにっこりと微笑むフィーナの背後に、般若を見た。
「それは、ええと‥‥‥美味しいお酒だよ」
笑顔と笑顔の交錯する中に、何か別のものが──あったような気がした。
「ラクスさん。食べないと返事ができないよね?」
ネムが匙に掬った炒飯をラクスの口元に押し付ける。
「可愛い女の子たちが一生懸命作った料理を食べないなんて、男じゃないよね」
アレーナがローズホイップを構える。ユキの強い非難の眼差しが射抜く。
渋面を浮かべたまま、ラクスは差し出されたひと口を渋々口にした。ドクターがじっと見守る。
「‥‥‥うっ」
確かに、表面は糸を引いていない。けれど噛み締めるとねっとりとした触感が歯に舌に独特の感触を纏わり付かせ、そのねっとりしたものから立ち上る臭いが口腔から鼻腔を抜ける。何故か涙が毀れた。
「腐った豆だ‥‥」
飲み込むことができず、梅生姜茶で流し込むラクス。梅と生姜のサッパリ加減がなんとも心地良い。
「火を通した程度ではどうにもならんということかね〜」
箸を付けることすらしなかったドクターの炒飯は、結局、ユキではなくフィーナの胃袋に収まった。
そうこうしているうちに、主食となるべき御飯やうどんなどの料理がごっそりと運び出されてきた。
「これは‥‥無理だ」
納豆ぶっかけうどんを見て頬を引きつらせるラクス。糸が出なくなるほどに掻き混ぜられ、薬味を入れた納豆がうどんに乗せられ、冷たい出汁が掛かっている。これなら、蕎麦の上に大根おろしと梅干を乗せ、その上から冷たい出汁をかけた梅おろし蕎麦の方がよほど食べられるものに見える。いや、梅干とシソの混ぜ御飯や梅雑炊の方が、だろうか。
「梅干は我が輩も好きだね〜。この酸っぱさしょっぱさが堪らないのだよ〜」
ドクターは納豆料理は遠ざけて、梅干料理に御満悦。梅干の味が大丈夫なら並ぶ料理は素晴らしい料理人たちの指示で作られた品々、舌鼓を打つのも当然だ。
主菜は納豆ステーキ風油揚げ、副菜は納豆たっぷり豆腐揚げ。汁物には梅入りコンソメスープ。アレーナが自前のナイフとフォークで優雅に──というか、ジャパンの器に盛られた料理を器用に、と言うべきかもしれない──食していく。引いた糸すら輝いて見える。引き攣った顔で眺めるラクスへ、ふふ、と微笑む。
「どうしても食べられないというのなら、これを使ってみるといい」
アレーナはユリア・ミフィーラルお手製の濃い味付けの調味料を取り出し、納豆ステーキ風油揚げへかけた。ジャパンでは珍しいチーズをベースにしたものなど、調味料というよりは濃厚な味のソースである。
「‥‥ふんふん」
臭いを嗅ぎ、ソースを舐める。馴染み深い異国の味に気を良くしたラクスはアレーナの手からソースを奪い、料理をどっぷりと浸して食べる。
「旨い!!」
「それは良かった──って、納豆の味がしないじゃないですかっ! 雛菊さんと全国の納豆ファンに納得のいく『美味しい』を聞くまでは引き下がりませんからね!」
ネムがビシィッ!! っとラクスに指を突きつけ、宣戦布告ッ!!
「つまらないものですけど、これも、宜しければ一緒に召し上がってください」
ラクスとネムのバトルを避け、月光の歌い手がリーラルとドクターへ料理を差し出した。
「こ、これは〜! 箸が苦手な我が輩でも食べられる素晴らしいものだ〜!」
わなわなわなと震えた手が伸ばされ──るのは演技。
「‥‥というかおにぎりだね〜」
それくらいなら知っている、とぱくり。ドクターは何気に芸達者のようだ。
中に潜む梅干は何の変哲も無いものだが、その『普通さ』が今は何より胸に染みる。
「酸っぱい〜! そこにお茶〜、これぞジャパ〜ンだね〜」
急須に注いだ湯を湯呑みに落とし、先般入手した新茶の茶葉を急須に入れると湯呑みに移しておいた湯を注ぐ。器から器へと動かすことで、湯が適温となるのだ。ずず〜っと茶を啜ったドクターは、ほうと1つ息を吐く。
どうしたらそんな所に付くのか、頬にご飯粒を貼り付けながらまぐまぐとおにぎりを食べるリーラルは、ひょんなことを思い出した。
「納豆おにぎり‥‥というのも世の中にはあるそうです」
「糸引いて食べにくそうよね」
リーラルが口にしたのは小耳に挟んだ噂だが、フィーナに想像できる感想はその位だ。あとは、好きな人なら食べられる味なのだろうということか。
「そういえば、フィーナさんは納豆ってどうですか? 私は美味しくいただけるんですけど」
「素のままで出されたら臭いがちょっと気になるけど、食べる分には問題ないわよ? 特に今回は、皆手が込んでて美味しいし♪ ラクスさんと一緒にいて美味しい思いをするのは初めてかしらね」
悪いことばかりでもないわね、と納豆たっぷり豆腐揚げを頬張った。
その時、悲劇は起きた!
「もほあっ!!」
ラクスが勢いよく咽た! どうやら納豆おかきを大量にねじ込まれた模様!!
「‥‥‥」
ドクターは揚げ納豆餅を口に突っ込まれ硬直した隙にだし汁で流し込まれたのだ。揚げ納豆餅の出し仕立て、納豆が嫌いな者にとっては危険な食料となったが──食べ物に罪はない。
体質的に受け付けなかったのか、耐えられないものがあったのか、でろでろと崩れ落ちるドクター。介抱役がいません、先生!!
「ドクターさん、ラクスさんっ! 大丈夫ですかーっ」
「大丈夫です、二人にはトラウマにならないようにレジストメンタルかけておきましたからっ」
ぐっ☆ っと親指を立てるネム。
「ああ、それなら大丈夫ですね〜」
「そこで納得しちゃうのがリーラルさんよね」
「ほえ?」
おっとりしたリーラルに何でもないわ、とにっこりと微笑んで梅生姜茶を啜るフィーナ。試練を与える黒クレリックの彼女が助け舟を出すことはなく‥‥。
(「雛菊様を泣かせたのですもの、ちょっとくらい痛い目にあっていただきたいです」)
ほんのりと恨みを抱くユキが救いの手を差し伸べることもなく‥‥。
「可愛い子たちが頑張って作ってくれたんだから、味わって食べなくちゃ駄目だよ?」
「水戸納豆と梅干スキーの皆さんに謝ってくださいねっ♪」
その後も、朦朧とした二人が『美味い』と白旗を振るまで納豆攻めは続けられたのだった──合掌。
●輝かしき松之屋
「ちびっこ、悪かったな。梅干は食べ物だった」
気に入ったのか和菓子『紅梅』を頬張って雛菊をぐりぐりとかいぐりながら、ラクスは頷いた。
「美味しかったなの?」
「不味いはずがありません! だって、水戸の梅と言えば天下の銘──むぐっ」
「はーいストップ、そこまでだよ☆」
大人の事情というやつで、ネムの言葉はアレーナの豊満な胸に押さえ込まれた。
「まあまあだな、俺はチーズの方が好きだが」
「雛、チーズはやー! 臭いんだも」
「臭いのは納豆だ!! あれは、あれだけは! 絶対に食えないだろう!? ドクターなんてまだ溶けっぱなしだ!」
でろでろと崩れ落ちたまま机に突っ伏し虫の息のドクタートマス。時おりぴくぴくと痙攣する様は涙を誘う。覗き込んだリーラルが右手のドライシードルと左手の納豆を見比べながら気付けの一杯を選ぶべきか、ショック療法を採るべきか真剣に頭を悩ませている──ドクターの命はまさに、風前の灯!! っていうか誰か助けてやれ。
「納豆は美味しいもん、臭いのはチーズだもん!」
「臭いのが納豆! 旨いのがチーズだ!!」
発酵食品は生まれ育ちでまったく合わないものである。馴染み易い味噌とて鼻が曲がるという者はいる。発酵食品ではないが炊きたて御飯の匂いも欧州では悪臭に分類されるのだ。
「残念だけれど一勝一敗みたいだね、雛菊ちゃん」
アレーナが雛のぷうっと膨らんだ頬を撫でる。ネムもぷうっと膨らんでいて、白薔薇は思わず苦笑した。
「否定するにしても‥‥今後はもう少し言葉に気を付けて下さいませ、ラクス様」
ユキがやんわりと注意した。それがどれだけ難しいことか知るフィーナはひょいと肩を竦める。そしてラクスの元へ歩み寄る。
「ラクスさん、そんなにノルマンに戻りたいなら、これであっという間よ」
そっと握らせたのはノルマン行きの転移護符。
「行き先はパリじゃないけど」
ボソッと付け加えた言葉は、その意図通りラクスの耳へは届かない。友人を交えユキと語らっていた雛菊も、やがてパリに行かねばならないことを思い出した。
「パリ、ですか‥‥私も仕事が終わったら追いかけていきますね。雛菊様──いえ、『雛ちゃん』は私の大事なお友達ですもの。だから向こうで待ってて下さいね?」
きゅっと手を握り、目を潤ませながらもにっこりと微笑もうとするユキ。そんな彼女を見て、ネムはぽんと手を打った。
「折角ですから、皆で月道までお見送りしませんか?」
「そうだね、可愛い料理人さんたちの前途を聖母の白薔薇も祝してあげよう♪」
神秘の月道を通り、遥か彼方へと旅立つ戦友(とも)のために。
余談であるが。
その翌日から‥‥ラクスの姿もまた、江戸の地から忽然と消えうせたことをここに追記しておく。